全26件 (26件中 1-26件目)
1

「ビッグイシュー358号」ゲット!特集に入る手前の「世界短信」に、メキシコシティの巨大壁画が「エアライト」という光合成をする塗料で描かれている、と書いていた。その洗浄効果は同じ面積に植えられた樹木と一緒らしい。これが世界に広がればいいと思う。特集は「森の時間」。リード文は以下の通り。なぜだろう? 森に入れば心が安らぐ。日本列島の約3分の2は森林、私たちは古来、樹脂、木炭、山菜、薬木、薬草……と森の恩恵を受けてきた。今、森は遠くなったのに、きりりとした空気やかすかな樹木の香りは気分をさわやかにしてくれる。新緑の5月、森へ分け入り、身体の記憶をひも解いてくれる3人に教えを受けた。東北地方の森の写真を撮り続ける南日伸夫さん(写真家)からは、5月の「森時間」が流れる写真とエッセイが届いた。森林資源や森林浴などについて研究してきた谷田貝光克さん(東京大学名誉教授)には、“月に1~2度の森林浴でがん予防効果が期待できる”など知られざる樹木の香りについて聞いた。中川重年さん(玉川アルプホルンクラブ)は30年間、森の間伐材で楽器アルプホルンを手作りし仲間とともに国内外でコンサートやイベントに参加してきた。森に響くアルプホルンの魅力を聞いた。森を身体で感じ、楽しむ方法を知りたい。この中で興味深かったのは、ガン予防に効果があると説く谷田貝光克さんのお話。とは言っても、劇的な効果を持つものではない。昔ながらの生活は、ちょっと身体にいいよ、と思うぐらいでいいのかも。「ビッグイシューEYE」では、東京あきる野市「五日市憲法」を見つけた1人である新井勝紘の人生が興味深かった。明治100年に、色川大吉のゼミで行った土蔵調査で見つける。新井氏は、その後50年間五日市憲法にこだわり続けて研究を続けて、専修大学教授になっている。一つの謎から広がる世界と人生。氏の最近の著作「五日市憲法(岩波新書)」を読みたくなった。
2019年05月31日
コメント(0)

「ビッグイシュー357号」ゲット!随分とビッグイシューを買っていない。販売者さんと会うことができなかった。やっと出会うことができて、まとめ買いした。どうやらアルバイトも始めているらしい。そうやって、次第と自立への準備を始めているのは素晴らしいことだ。表紙は「ビューティフル・ボーイ」主演が近づいているティモシー・シャラメ。薬物依存症の彼が、父親とともにそれを克服して行くという映画だ。実在するモデルがすぐそばにいる状態での撮影は、大変だったけど充実したものだったようだ。観に行きたいと思う。特集は「市民発電所」。実は私は、岡山の市民発電所に少し投資している。最初の頃は投資額よりも多くの売電額が振り込まれたのだけど、最近は少ない。その事情がわかった。売電額改定が進んでいるのだ。10kw以上の太陽光発電の場合、12年に40円/kwだった価格は、19年には14円まで下落したらしい。市民団体は、売電するのではなく、自家消費して商品を作る取り組みをするとか、農地の上に発電所を作り、農作物も喜ぶ効率いい発電をするとか工夫してやっているようだ。岡山の市民団体にこれを見せてあげたいと思った。
2019年05月30日
コメント(0)

「大人は泣かないと思っていた」寺地はるな 集英社読み終わったあとに、著者のプロフィールを見る。1977年生まれ。現在43歳か。会社勤めと主婦業のかたわら小説を書き始め、2014年ポプラ社小説新人賞でデビュー、この本が7冊目。1年に1〜2冊の割合だな。書くのが好きなんだなと思う。ライトノベルの流行を受けて描写はやさしい。映画のように場面の切り取りには、かなり神経を使っている。「大人は泣かないと思っていた」いい題名だと思う。人生の何処かで、誰もがそのことに気がつく。読む前の予測は15歳ぐらいの少年の話かと思っていたが、21歳とかなり遅い。しかも時系列では物語が始まる11年ほど前になる。よって、青春モノではない。片田舎の住人の、穏やかな日常と、それなりの人生の転機を描く。いろんな年齢層の人物の視点から紡がれる約1年間の連作短編集になっていて、主人公の青年視点は1番最初と最後に置かれる。でもやはり、30代の人物像が1番生き生きしている。青年が幸せになればいいなと思う。そうなんだよ、大人は案外泣き虫なんだよ。2019年5月28日読了
2019年05月28日
コメント(0)

以下に掲載したような記事を見つけたので、コピペしたうえで、私の感想を述べる。東京23区内だけでも、「1987年には、男性788人、女性335人であったものが」「2015年には、男性4995人、女性は2683人」に膨れ上がっていることにびっくりした。それを敷衍すれば「わが国では、年間孤独死3万人、1000万人が孤立状態」というとになるのだろう。様々な要因が考えられるとは思うが、それはレポーターの著書を読んだときにまたコメントしたい。記事を読んで思ったのは、「若年孤独死」は、私にもあり得るなということだ。さゆりさんは約10年で「ボランティアもしたい」という意欲から「ボツコミュニケーション」になって三ヶ月死を知られなかったという状態になった。それほどまでに、現代は一人になっても気づかれないということなのか。今でこそ、私は今現在突然連絡が取れなくなったら(仕事関係から)一日で探し始められるという自信がある。SNS関係で、一週間で周りの人が動き出す可能性もあるだろう。そういう意味では、私は知らぬ間に「セーフティネット」を構築していということなのだろう。反対に言えば「スマホを落としただけなのに」で描かれたように「なりすまし犯罪」に巻き込まれる可能性もあるわけだが。しかし、実際はそんなにひどいことにならない間に気づかれる関係性は築いている。やはり、人間は人と人との間に生きる生物なのである。孤独死した40代女性が日記に綴った叶わぬ願い男性より見抜きづらい、女性の孤立2019/05/26 16:00「週刊女性PRIME」編集部わが国では、年間孤独死3万人、1000万人が孤立状態にある──。自著『超孤独死社会特殊清掃現場をたどる』(毎日新聞出版)の取材において数々の特殊清掃現場を取材したが、とくに、高齢者と違って地域による見守りなどがない60代以下の現役世代の孤独死は深刻だ。孤独死の8割はセルフネグレクト(自己放任)だと言われている。ゴミ屋敷に代表されるような、自分で自分の首をジワジワと絞めていく、いわば自らを殺すような緩やかな自殺行為だ。ある40代女性の悲しき孤独死今回は、ある40代女性の孤独死の一例をご紹介したい。八王子市の一軒家に住む40代の牧田さゆりさん(仮名)は、孤独死して3カ月以上も発見されなかった。当記事は「週刊女性PRIME」(運営:主婦と生活社)の提供記事ですさゆりさんは両親が亡くなった後、実家で独り暮らし。東方神起の熱狂的なファンで、ポスターが壁の隅々まで飾られていた。部屋のいたるところに、CDやDVDなどの東方神起のグッズがみっちりと詰まった段ボールが山積みになっていた。この現場の特殊清掃を手がけた武蔵シンクタンクの塩田卓也氏が、遺品を1つずつ整理していくと、棚には、ホテルの領収書や新幹線のチケットがバインダーに丁寧に整理されている。どうやら、さゆりさんは、元気な頃は熱心に地方公演の遠征をしていたらしい。棚にあったアルバムをめくっていくと、ハワイ旅行でピースサインをする無邪気なさゆりさんの姿がそこにはあった。20代後半には、彼氏と思われる男性とともに、満面の笑みを浮かべている。アルバムには、彼氏にあてたラブレターや記念日のカードが挟まれていた。そしてその横には、4冊にもわたる数年分の日記帳が立てかけられていた。日記帳によると、さゆりさんに異変が起こったのは、30代の前半だった。肝臓に疾患が見つかり、最愛の彼氏との結婚を断念。その頃から、病弱になり徐々に家に引きこもり、セルフネグレクトに陥っていく。さゆりさんの両親はすでに他界していて、兄とも長年疎遠、誰も頼れる人はいなかった。そのため、さゆりさんは、たった独りで病魔に向き合わなくてはならなかった。LDKには、かつて思いを寄せた男性を描いたと思われる絵が残されており、さらに男性にプレゼントしようと思ったのか、男物の毛糸のセーターや、マフラーなどの編み物がホコリをかぶっていた。たった独りで闘病生活を送っていた初期の日記には、彼女の闘病への決意が綴(つづ)られていた。『病気を乗り越えて、人のためになれるようなボランティア活動をしていきたい。そして、幸せな家庭を築きたい』しかし、その思いは日を追うごとにトーンダウンしていく。『もっと私が元気だったら……生まれ変わったら、今度は、結婚したい』さゆりさんのあまりにはかない、そしてささやかな願い──。しかし、それはかなうことはなかった。そして、亡くなる1カ月前には、自らの病への苦しみや戸惑いを記したものが多くなっていく。『お腹が痛くて、下痢が止まらず、身動きがとれない……。これからの自分は、どうなってしまうのだろう……』日記は死亡推定日時の4日前で途絶えていた。『今日は、お腹が痛くて、あまりよく寝れなかった。倦怠感もひどい……』それは、さゆりさんが力を振り絞ってしたためた最後の文章だった。さゆりさんは、病気のことを誰にも告げずたった独りで闘病し、最後はトイレの中で崩れ落ちるように息絶えていた。直接の死因はトイレで排便中にいきんだことによる、急死。しかし、誰も頼る人がいないという状況が彼女をむしばみ、死期を早めたのは明らかだ。さゆりさんの遺体が見つかったのは、真夏を過ぎて、秋に差しかかった頃だった。2階の窓から、大量のハエが見えることを心配した近所の住民が、警察に通報して孤独死が発覚。死後3カ月が経過していた。ひと夏を過ぎたさゆりさんの体液は、トイレと脱衣所の床一面に染み渡り、大量のウジとハエが発生していた。さらに体液はクッションフロアをとうに突き抜けて、ベニヤや断熱材、建物の基礎部分まで浸透していた。遺体が長期間発見されなかった場合、このように、建物の深部まで体液が浸透するケースも多いのだという。塩田氏は、さゆりさんの死について、無念な思いを語る。「さゆりさんが愛していた彼氏と一緒に人生を歩めなかったこと、肉親を頼れなかったことが、病気だけでなく彼女の精神をむしばみ、死を早めてしまったんだと思います。さゆりさんは、40代という若年層ということもあり、地域包括支援センターなどの見守りの対象者ではない。また、戸建て住宅は、賃貸物件と違いプライバシーの問題で、近隣の住民が立ち寄らないことも多い。それがなおさらご遺体の発見を遅くしたんだと思います。ご本人の孤独な境涯が死を早めるんです。心を閉ざして、人生さえ早く幕を閉ざしてしまう。本当に切ないです」現在、この住宅はリフォームされ、別の住人が住んでいるという。東京23区では1日あたり約21人が孤独死東京都監察医務院では、孤独死を「異常死の内、自宅で死亡した一人暮らしの人」と定義している。通常、人が亡くなった時点で病死と判明している場合は、自然死として処理される。異常死とは、そもそもの死因が不明な遺体のことだ。この異常死に該当すると、解剖などが行われることになる。東京都監察医務院は東京23区内で異常死が出た場合に解剖を行う機関だが、そこでは、この「異常死」のうち、自宅で亡くなった数を孤独死としてカウントし、その統計を毎年公表している。この統計が孤独死の数を知る数少ない手がかりとなっている。それによると、東京23区において1987年には、男性788人、女性335人であったものが、ほぼ20年後の2006年になると、男性では2362人、女性では1033人となっており、20年前に比べて約3倍にも膨れ上がっている。2015年には、男性4995人、女性は2683人とある。1年間に、東京23区において、総数7678人が孤独死しているということになる。東京23区に限定しても、1日あたり約21人が孤独死で亡くなっているのである。女性の孤独死の特徴としては、部屋の洋服や紙などの物量が多いという特徴がある。心が雪崩のごとく崩壊し、家の掃除をしなくなり、部屋の中を徐々にゴミが占拠していく。なかには、衣類を天井ほどまでためこんだ女性もいた。女性の孤立は男性より見抜きづらい部屋が汚くなると、人を招き入れなくなるという悪循環が起こる。とくに現役世代は、健康を害してしまうと誰にも気づかれず、セルフネグレクトに陥り、命を脅かすようになる。身内との縁が切れていたり、近隣住民からも孤立しているという特徴もあり、なかにはペットとともに亡くなっているケースもある。行政も捕捉が難しいのが現状だ。度重なる遺族や現場の取材から、男性がパワハラや失業などいわば、社会との軋轢(あつれき)から、セルフネグレクトに陥るケースが多いと感じた。しかし、女性の場合は、さゆりさんのように、失恋や離婚の喪失感、病気など、プライベートな出来事をきっかけに、一気にセルフネグレクトに陥りがちだ。また、責任感の強さから、誰にも頼れずゴミ屋敷などのセルフネグレクトになり、孤立してしまう。数々のエンディングサポート業務を行っている遠藤英樹氏は、女性の孤独死についてこう語る。「女性が1度、世間から孤立すると他人が見てもわかりづらいのは確かです。まだ自分は大丈夫だと仮面をかぶるからです。しかし実際は、雨が降ると外に出たくなくなり、身体がだるいと動きたくないという狭間で、そのギャップに苦しむ。そんな自分に嫌悪感を覚えて自己否定が始まり、最後に精神が崩壊する。女性の孤立は、男性の孤立より、見抜きづらいと思います」孤独死の現場を目の当たりにすると、筆者自身、同じ女性としていたたまれない思いを抱いてしまう。それは、孤独死は筆者とも無関係ではなく、むしろ、誰の身に起こってもおかしくないという思いを強くするからだ。筆者自身も含めて、誰もが人生の些細なつまずきをきっかけとして、孤独死という結末を迎えてしまう。さゆりさんの死は、孤独死は決して他人事ではないということを私たちに突きつけている。■プロフィール菅野久美子(かんの くみこ)1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)などがある。最新刊は『超孤独死社会 特殊清掃現場をたどる』(毎日新聞出版)。また、さまざまなウェブ媒体で、孤独死や男女の性にまつわる多数の記事を執筆している。
2019年05月27日
コメント(0)

「住宅顕信句集 未完成」春陽堂若さとはこんなに淋しい春なのか映画「ずぶぬれて犬ころ」(本田孝義監督作品)を観た足で、岡山県立図書館を訪れ、この本を借りた。2003年発行。顕信の一周忌に間に合わせて刊行された88年の句集「未完成」の文庫版である。顕信は、私が岡山市に住んでいた頃、岡山市民病院で闘病し1987年にたった25歳で死去している。岡山リビング新聞という、新聞に挟み込む広告新聞で1度大きく取り上げられてはいるのだが、死後しばらくして有名になるまで一切知らなかった。その死を知らぬ間に、私は彼が全集を2冊ボロボロになるまで読み込んで、遂に彼の行くこと叶わなかった小豆島の尾崎放哉終焉の地を旅している。そこで、私は初めて自由律俳句を本格的に読んだ。咳をしてもひとり放哉の句だ。自由律俳句は引き算である。と、私は思う。定型俳句が、17文字の中に広大な世界を入れ込む試みなのに対して、その対極な所に顕信の句はある。夜の窓にふとうつる顔がある洗面器の中のゆがんだ顔をすくいあげる影もそまつな食事をしている長い闘病生活の中の、切り取られた感情。日本語の、現代語の、磨きに磨きあげた可能性。香山リカさんが「顕信の句は、実は現代的で都会的」と言い、解説の池畑秀一氏も同意しているが、実は私も同意する。気の抜けたサイダーが僕の人生映画「ずぶぬれて犬ころ」では、いじめに遭っている中学生が最初に選ぶ顕信の句である。放哉のように破滅的でもなく、家族の愛に包まれ、それでも白血病と闘い亡くなった顕信の、その心像風景は30年経てもなお、切々と若者に届くだろう。あと30年生きて我々の前に立っていれば、きっと未完成などではなく新たな地平を見せているかもしれない。などとも思う。夜が淋しくて誰かが笑いはじめた
2019年05月26日
コメント(0)

「MIX(既刊14巻まで)」あだち充 小学館「あの」明青高校が、30数年ぶりに甲子園を目指すという漫画を、あだち充が描いているのは知っていた。どうせ上杉達也と浅倉南の息子が出てくるのだろうと無視を決め込んでいたのだが、最近無料で電子書籍を見ることを覚えて、試し読みをしてみたら、そんな単純な話じゃなくて、血の繋がっていない立花兄弟が甲子園を目指し、みゆき等歴代ヒロインそっくりの可愛い女の子2人も出てきて、じっくり高校野球青年群像を描く話になっていた。という話になりそうなところで、無料お試しが終わったので、続きは買うのはやめて、某所で最新の14巻まで一気に読んだ。勢南高校の西村が息子と共に出てきたり、元・須見工野球部が出てきたり、13巻からは原田正平が記憶喪失で出てきたり、完全「タッチ」の続編となっていた。何度も盛り上がりかけた所で、和也のような悲劇が襲いそうな場面を作ってみたりしている。あだち充は、絵柄に似合わない癖のある漫画を描く男なのだ。明らかに「タッチ(ヒーローの交代)」というテーマではなく「ミックス(名作と現代のコラボ)」というお話になっている。まだまだ主人公たちは高校二年生になったばかり。ゆっくり進んでいるので、あと6年ぐらいは続きそう。あだち充は、そう言うことを平気でやる男である。おそらく、最終回は、明青が甲子園出場を決めて、浅倉南が顔を出す所で終わる、と私は見ている。でも、予想を外すのをとことん楽しんでるのが、これまでの14巻だったからなあ。
2019年05月25日
コメント(2)

「女子柔道部物語(既刊5巻まで)」原作恵本裕子 脚色・構成・作画小林まこと 講談社私は中学・高校の6年間柔道部に入っていた。神さまの山下泰裕、天才の古賀稔彦、怪物の田村亮子(決して谷ではない!)を、その初めからテレビ中継されたものは全試合を観てきた。だから、柔道漫画を見る目は厳しい。小林まこと「柔道部物語(全8巻)」は、その時代の中ではピカイチの漫画だった。アクロバット的な技が横行していた柔道漫画のなかで、柔道にはスピードとパワーが必要なのだと言うことを、説得力持ってリアルに描き切った作品だった。その小林まことが帰ってきた。しかも、原作には本当の女子柔道の金メダリスト恵本裕子を迎えて。まだまだ物語の序盤だとは思うが、5巻まで来たので、この辺りで、一言書いておきたい。小林まことの作品は、途中でキャラが暴走してとんでもない所に行くのが欠点だった。ところが、女子柔道部物語は、最初から「タガをはめた」。冒頭は、1995年主人公が日本大会2連覇を成し遂げて、世界選手権一回戦で秒殺11秒で負けるところから始まる。ところが、その一年後にアトランタオリンピックで金メダルを獲ると書いてしまっているのである(あとでウィキで調べると全て恵本裕子の伝説的事実だった)。そして、物語は7年遡って高校1年の神楽えも(恵本裕子の分身?)が初めて柔道を始めて、5日後の新人戦で勝ってしまう所から物語が紡がれるのである。高校時代で終わるのか、社会人になって、最後のオリンピックまで進むのかは、これからの人気次第だろうけど、ここまでは快調だ。なによりも、安定の作画と、小林まことらしいギャグと、恵本裕子の実践的な物語が、予想以上にマッチしている。 もちろん、恵本裕子の純粋な自伝じゃない。でもかなり経験が入っている。まだ高校二年生だ。あと四年、次々回のオリンピックまでは続くと思える。次回書評は10巻目でお会いしましょう。
2019年05月24日
コメント(0)

「鴨川食堂」柏井壽 小学館文庫 鴨川食堂と言いながら、東本願寺の近くである。「正面通の東洞院を東」と京都通ならば、割とわかりやすい住所を明らかにしている。私もこの前の旅で歩いた辺りだったので、とてもイメージが湧いた。鴨川食堂は看板も出していない二階建てのしもた屋だ。実際、根を詰めて探しても現実にその店があるはずもない。想像上の店に、気のいいアラサーのお嬢さんと食の名人で僅かな情報から思い出の食を探り当てる流という料理人がいる。京都を知り尽くしてると自他ともに認める作者が、小説という形で「美味しいもの」を表現している。ここに出てくる京料理のほとんどは、かなり京都に通い詰めてそれなりにお金も落とさないとたどり着けないものばかりなので、私は反感を覚える。一方で思い出を再現する表題の料理は、「鍋焼きうどん」「ビーフシチュー」「鯖寿司」「とんかつ」「ナポリタン」「肉じゃが」と普通手の届くものばかりだ。上手いことバランス取っていると思う。流料理人の推理は、あらかじめ結論が出ているものを探すわけだから、何の驚きもない。ただし、京都の食文化をきちんと伝えたいという情熱は感じた。最後まで読んで、辛口だった評価が、だんだんと豊かな風味を帯びてくるのを認めざるを得なかった。
2019年05月22日
コメント(0)

「インソムニア」辻寛之 光文社現実の南スーダン自衛隊PKO日報隠微問題では、結局担当防衛大臣や防衛省幹部の首が飛んだだけで、具体的な「戦闘」があったのかどうかは、闇に葬られた。世論を受けて早く撤退したおかげか、犠牲者も出なかった。よって、改定された自衛隊法は一切手をつけられなかった。ところが、今年の冬、南ナイルランドという架空の国で、具体的な自衛隊PKOの「駆けつけ警護」任務で、「戦闘」が起き、犠牲者が出たという事件が発端の社会派ミステリーが上梓された、と聞いて本書を紐解いた。小説上では、当然政府は「戦闘」は無く「事件」であると報告を「改竄」しているが、次第と真相が明らかになって行く、というのが本書のストーリーである。物語を動かすために作者は、自衛隊の外の人間はほとんど出さなかった。ジャーナリストや政治家は、少ししか出てこない。その代わり、生き残りの隊員を治療するメンタリストや精神科医などを配置し、一章ごとに生き残った隊員たちが新たな真相を語るという「羅生門」方式を採る。小説だから描ける個々の人間心理に迫った真実を、社会的な視点から描きたくはなかったのだろう。それは、判る。ただ、真相らしきものを玉ねぎの皮をはがすように何度も塗りかえる途中で、最終章では、この本を書いた意図が向こうに行ったのではないか?と危惧を覚えた。最終章の直前の、メンタリストの神谷が最後に選ぶ道の場面で終わらせて欲しかった。その方が、真の国際貢献の姿、現代の国際情勢では「駆けつけ警護」任務は無理があることを鮮明に出せたと思う。人間ドラマを出してもいいけど、私は「アレ」は作り過ぎだと思う。
2019年05月21日
コメント(0)

「アレルギー医療革命」NHKスペシャル取材班 文芸春秋社この春、私は花粉症になった。もう一生ならないものだと思っていたから、かなりショックだった。周りの反応はふた通り、「ようこそ花粉症の世界へ」と「まぁ大変ね」である。2016年刊行のこの本では、日本国民の4人に1人は発症しているらしい(友人情報だと2人に1人だとも言う)。4人に1人以上は仲間意識で一言を言っていたので、実態に合っている。みんなが信じていたのは、「体内に取り込まれた花粉があるレベルを超えると発症する」と言う説だ。しかし、NHKは、それは「間違いだった」と断定する。しかも、治らないと言われた花粉症の治療薬が来年あたりから出回るとの情報も。驚きである。免疫細胞の役割は、戦争の攻撃そのものだ。偵察隊のマクロファージが情報をもたらし、司令官のT細胞が敵(栄養等の有益なものではない)と判断を下し、現場に出向き命令のサイトカインを出す。実働部隊が武器の活性酸素を放出し、B細胞の抗体で防衛する。しかし、司令官の判断は時々間違いを犯す。だから膵臓のβ細胞を攻撃して1型糖尿病になったりする。でも、簡単に間違うようでは人間は直ぐに病気で亡くなるだろう。そこで間違いを正す司令官が存在するはずだと研究して、見つけたのがTレグ細胞だ。これを応用すればガン特効薬にもなる。この本ではノーベル賞を受賞した本庶佑さんは登場しないが、あゝこの流れだったのだ、と腹落ちた。さて問題は、いかに花粉症を防ぐTレグ細胞を増やすかだ。そこで再び注目されたのが「衛生仮説=都市化して衛生的になったからアレルギー発症が増えた」説だ。私の幼少期は、家でニワトリを飼うような片田舎で育った。衛生的でなかったから今まで発症しなかった、といえば確かにそうかもしれないとも思う。実際、都会から養豚業に鞍替えした重症の花粉症患者は、多くの場合根治したらしい。しかし、大人の根治には大きな環境変化と時間が必要だ。では希望はないのか?有る。舌下治療法と花粉症を治療するお米。2015年現在、農水省が2020年の早期実用化を目指していると言う。他にも3回の注射投与だけで劇的に治るとか、日々治療は進歩している。遅れてきた私は、その恩恵を易々と受けれそうだ。これも幼少時の非衛生的な環境のおかげである。
2019年05月20日
コメント(0)

「なぞとき遺跡発掘部 弥生人はどう眠りますか?」日向夏 小学館文庫九州にある大学の考古学研究室の灯里の日常と謎解き小説の第三弾。私はライトノベル文庫シリーズを買うのは好きではないので、第一弾は未だ読んでない。ていうか、ここまで読んだらもうだいたいは内容を推測できる。今回の見どころは1つだけ。二十五年前の盗難事件や謎の事故死の真相の解明の仕方ではなくて、やはり具体的な発掘作業の手順を一部分だけ見せてくれている所だろう(「ガリかけ」とか)。てな、感想は私のような考古学ファンしか持たないだろうけど。そろそろ、灯里も古賀先輩も、西枝教授も、日比野も、同じキャラを使い回しているだけじゃダメと思うよ。灯里も、あまりにも名探偵過ぎる。夫々の登場人物主観から描くとか工夫が欲しい。一度西枝教授の頭の中を覗いてみたい。日常では全く頼りない人だけど、専門の考古学的推理だと、灯里を遥かに凌駕する洞察力があるというような場面を見てみたい。それと、この第三弾、これじゃ終わり方スッキリしないよ。1番人生を狂わされた「あの人」の本懐は遂げることができたのか、書いてあげないと。
2019年05月19日
コメント(0)

「アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」」中川裕 集英社新書パラパラとめくると、人気漫画「ゴールデンカムイ」のカットが豊富に採用されているので、簡単に読み終えることができるだろう、と軽く考えて買うと、何の、なんと2カ月もかかってしまった。予想以上に、アイヌの世界を本格的に論じた入門書だったからである。更に言えば、アイヌを縄文人と同等視するのは厳に戒めねばならないとしても、古代史に興味ある者としては、アイヌの世界観に古代の世界観が生き生きと息づいていることを認めざるを得ないからである。そこがとても驚きで、読むのに時間がかかった。また、「ゴールデンカムイ」が思った以上に、厳密に学問的根拠を元に作画・構想されていたことにも驚いた。以下興味深かった所。・この世の中で、何らかの活動をしていると考えられ、人間に出来ないようなことをするもの、人間のために何らかの役に立ってくれているものを、特にカムイと認めている。人間とカムイ(=環境、自然ではない)は、お互いがお互いを必要とするパートナー。だから、カムイが悪いことをしたら、人間がバチをあてることもできる。・力の強いウエンカムイ(悪いカムイ)を退治するため、肉を細かく刻んで撒き散らし、その肉がじわじわ寄り集まって元のクマの形に戻らないように、火のカムイの垢とされる霊力のある囲炉裏の灰をかけたり、ゴミと一緒に燃やしたりする。更に「地下の冥府」に落とすために「普通の男」がカムイたちに祈る。誰でもできるのは、言葉というのは、それだけの重みを持つから。・アイヌの男に求められる資質は3つ。「雄弁」「度胸」「美貌」。・アイヌは人間が自分の意志だけで行動しているのではないことをよく知っている。言うつもりでないことをつい言ってしまったり。現代で言えば、「意識下」があるわけだが、アイヌは「憑神」がついていると説明する。・普通のカムイは目に見えないが、夢の中でカムイたちは人間の姿で出てくる。普段聞く鳥や獣の鳴き声や木々のざわめきは、理解できないが、夢の中では、ちゃんと理解できる言葉で話しかけてくる。・アイヌ文化と縄文文化は繋がりはある(7世紀まで続縄文文化)。しかし、その間に擦文時代があり、オホーツク文化もある。アイヌは土器の製作をやめている。アイヌの世界観は、カムイとの物々交換、つまり交易という考えを前提としている。これは、和人や近隣諸民族との交易が盛んになって完成されていった考えだろうと思われる。縄文人の世界観とはかなり違うはずだ。・アシリパ(リは小文字)は、「新年」という意味だが「未来」とも解釈できる。・争いは言葉で解決する。体力が尽きてもう弁論することができなくなったら負け。決着がつかなくなれば、ストゥ(制裁棒)を使ってお互い殴り参ったというまでやる。物語には、それでもトパットゥミ(忍び+戦争)という、一切言葉を交わさない恐ろしく悲惨な戦いが描かれる。これを起こさないために、争いを解決する方法が作られてきたのだろう。・ウエペケレ(昔話)とカムイユカラ(歌話)がある。様々な教訓や学びがある。・「ドラゴンボール」とユカラ(英雄詞曲・英雄叙事詩)は似ている。例えば、みんな空を飛べる。・カムイは自分の力ではカムイの世界に戻れない。人間の手で解放する。それが狩猟。あの世の入り口は、人の住んでいる所の案外近くにあり、基本的に洞窟になっていて、死者の魂はそこを通って向こう側に出て、そこでこの世と同じように、狩をしたり山菜を採ったりしていると考えられている(この辺りは映画「洗骨」の世界観と同じだ)。道具も傷をつけて、あの世に返す。・祖先供養では、供物を捧げる時に割ったり切ったり、火をつけたりして、肉体から解放して捧げる。そのあとに肉体を人間が食べる。これは神と人間の「共食」である。酒とかの供物を捧げる時には、必ず捧げる相手の名前と自分の名前を言う。宅配便みたいなもの。あの世は、遠くにあるのではなく、ちょっと離れた実家ぐらいの感覚ではなかったか(この辺りは柳田民俗学と類似している)。・アイヌの弓は、弓ほどにはしなりを作らず、イチイ(アイヌ語でクネニ)の枝をサクラの樹皮を巻きつけて強化して、グッと曲げただけ。矢じりに刻んだ溝にトリカブトなどの毒を塗りこんで強化する。「クマなら10歩歩けるが、お前なら一歩も歩けずに死ぬ」。毒は各自秘密の成分を加えて、毒の調合を図る。もちろん、至近戦用。・日露戦争前後のアイヌの人口は、約1万8000人。ほとんどのアイヌはアイヌ語を話せた。現在は、「北海道アイヌ生活実態調査(2017)」によると、1万3000人。しかし、日常的に自由にアイヌ語で会話できる人はいない。しかし、学ぼうと言う力が働けば、消滅危機の言語でも取り戻すことができる。ハワイ語がそのとても良い例。2019年5月18日読了
2019年05月18日
コメント(0)

「ダンガル きっと、つよくなる」 インド映画が元気だ。上映されるほとんどの作品を無視出来ない。いっときの韓国映画のごとく、これは驚くべきことです。去年の作品では、これが最も注目すべき作品でした。 ダンガルとは、インド語でレスリングのこと。インド版アニマル浜口・京子親子を描いた作品と言えばいいか。メダルの夢破れた父親が、長女ギータと次女バビータが悪口を言う男の子をボコボコにしたのを見て、その才能に気がつきレスリングの特訓を始めます。アマチュア国際大会で、インドで初めて金メダルを獲るまでを描きます。 頑固一徹な父親マハヴィルを演じるのは『きっと、うまくいく』のアーミル・カーン。映画大国インドの大スターが27キロも体重を増やし肉体改造したと話題になりました。男物の服を着せ、髪を切り……暴走するマハヴィルの指導に、流石に姉妹も「あんな父親、要らない」と切れてしまいます。けれども、それを諌めたのは、意外にも友達の花嫁でした。IT産業を中心に急成長を遂げているインドは、それでもその人口の多さから、まだまだ地方には昔の因習が残っています。「14歳になったら、知らない男のところに嫁に出される。この国の女性の人生には、家事をし、子を育てるというほかに選択肢は無いの。それを押し付けないあなたたちのお父さんはよっぽど娘思いよ」友達の言葉をきっかけに、娘たちは「主体的に」トレーニングを始めて、大会で次々と優勝して、インド代表になるのです。これがインド映画で歴代興行収入1位を勝ち取ったのは、単なるスポ根ものではなく、社会派作品でもあったからだろうと思います。 実際に訓練したコーチからは、いろいろと事実とは違うというクレームも起きたようですが、そもそもインド映画はエンタメが基本です。ある程度の脚色はお約束。冒頭の、実況中継に合わせた対決場面など、いたるところにアイディアもあります。ミュージカルではないけど、「♪ダンガル、ダンガル」と繰り返す力強い主題歌や、トレーニングを強いられた中学生の娘たちがコミカルに歌う「♪やめて父さん、私たち体を壊すわ」 等は、とても耳に残る楽曲でした。 13億の人が住むインドが、今大きく変容しつつある。それを楽しく感じることのできるボリウッド映画でした。(2018年インド映画・ニテーシュ・ティワーリー監督作品)
2019年05月17日
コメント(0)

「ハンターキラー 潜航せよ」なかなかハラハラドキドキするポリティカルアクションでした。久しぶりの潜水艦アクションとしても、まあ楽しめました。最後の艦長の決断は、本来は五分五分というところか。上手くいったから、三方一両得、万歳だったが、上手くいかなくても、あそこで証拠映像は既にあるわけだから、本来なら米国は知らぬ存ぜぬでいいわけだ。アクション映画を撮りたかったプロデューサーの杜撰な脚本というべきだろう。ゲイリーオールドマンが、完全脇役なのに、何故か助演男優並に大きく出ています。(ストーリー)ジョー・グラス(ジェラルド・バトラー)が艦長を務めるアメリカ海軍の攻撃型原子力潜水艦ハンターキラーに、ロシア近海で行方不明になった同海軍原潜の捜索命令が下る。やがてハンターキラーは、沈没したロシア海軍の原潜を発見し、生存していた艦長を捕虜として拘束する。さらに、ロシアで極秘偵察任務にあたるネイビーシールズが、世界の命運を左右する巨大な陰謀をつかむ。それを受けてハンターキラーは、敵だらけのロシア海域に潜航する。(キャスト)ジェラルド・バトラー、ゲイリー・オールドマン、コモン、リンダ・カーデリーニ、トビー・スティーヴンス、ミカエル・ニクヴィスト(スタッフ)監督:ドノヴァン・マーシュ製作:ニール・H・モリッツ、ジョン・トンプソン原作:ジョージ・ウォーレス、ドン・キース2019年4月28日ムービックス倉敷★★★★ 「洗骨」今年の邦画では、今のところベスト。監督・脚本の照屋氏の手腕が素晴らしい。郷里に帰った家族が絆を確かめ合う、という縮めれば身もふたもないないストーリーが、実はそうではなくて、日本人が遠い新石器時代から延々築いてきた営みを振り返る壮大な叙事詩にも見えてくる。或いは、良質な喜劇にも見えてくる。という稀有な物語になっている。酸性土壌の本土では、古墳時代以来、絶えて無くなった「風習」ではあるが、沖縄の孤島では、まだ生き生きと残っているのをドキュメンタリー風ではなくて、きちんと「風葬」の本来のあり方を見せてくれる。「何故洗骨するのか、わかった。ぼくたちは、自分自身を洗っていたんだ」という実際作品を観なくてはわけのわからない長男の呟きは、実際そうなんだと思うし、沖縄の人でなくてもきちんと伝わる。証拠に観客の半分は、最後にはみんな泣いていた。岩波『図書』2月号では、風葬の習俗が新石器時代にも認められるという研究者の途中報告を載せていた。私もそう思う。そもそも、三回忌や村のはずれに結界を持つ日本の埋葬習俗は、多くの部分で風葬を受け継いでいるのである。(解説)〈 洗骨とは 〉今は殆ど見なくなった風習で、沖縄の離島、奄美群島などには残っているとされる。沖縄の粟国島(あぐにじま)では島の西側に位置する「あの世」に風葬された死者は、肉がなくなり、骨だけになった頃に、縁深き者たちの手により骨をきれいに洗ってもらい、ようやく「この世」と別れを告げることになる。最愛の人を失くすのは誰しも悲しい。だが数年後、その人にもう一度会える神秘的な風習、“洗骨”。死者の骨を洗い、祖先から受け継がれた命の繋がりを感じる。ユーモアと感動で世界各国で絶賛を浴びた珠玉のヒューマンドラマ。本作の礎になったのは国際的な短編映画祭で数々の賞を受賞し、大きな話題となった照屋年之(ガレッジセール・ゴリ)監督の短編映画『born、bone、墓音。』。12年に渡り短編映画や自主映画の制作で積み重ねてきた照屋監督のその短編を原案に、長編映画として新たに生まれたのが本作『洗骨』です。主演に奥田瑛二を迎え、実力派の筒井道隆、河瀨直美監督作『光』で堂々の主演を演じた水崎綾女ほか、大島蓉子、坂本あきら、鈴木Q太郎、筒井真理子などが脇を固めます。そして主題歌には、数々のアーティストによって歌い継がれてきた古謝美佐子の名曲「童神」が起用され、その余韻が涙を誘います。2018年8月に開催された北米最大の日本映画祭“JAPAN CUTS”では28本の新作日本映画の中から見事観客賞を受賞。モスクワ、上海、ハワイなど国際映画祭でも軒並み高い評価を受けています。世界中で絶賛され、観客の心をつかんできた最高に笑って泣ける至極のヒューマンドラマが、満を持して日本公開を迎えます。(ストーリー)沖縄の離島、粟国島・粟国村に住む新城家。長男の新城剛(筒井道隆)は、母・恵美子(筒井真理子)の“洗骨”のために、4 年ぶりに故郷・粟国島に戻ってきた。実家には、剛の父・信綱(奥田瑛二)がひとりで住んでいる。生活は荒れており、恵美子の死をきっかけにやめたはずのお酒も隠れて飲んでいる始末。そこへ、名古屋で美容師として活躍している長女・優子(水崎綾女)も帰って来るが、優子の様子に家族一同驚きを隠せない。様々な人生の苦労とそれぞれの思いを抱え、家族が一つになるはずの“洗骨”の儀式まであと数日、果たして 彼らは家族の絆を取り戻せるのだろうか?2019年4月21日シネマ・クレール★★★★「マイ・ブックショップ」1950年代のイギリスの田舎の土地の有力者と目をつけられた未亡人との確執のお話。どういうことはない。何故映画になるのか、わからない。結局いつのまにかクリスティーナの時点で物語られるわけだ。あらゆる場面でお茶と共に話をする(一回だけ例外あり)習慣と、手にキスをするのは恋愛の証なのか他の証なのか、わからなかった。いわゆる、既に歴史になった昔のイギリスの話であり、私には興味を持てなかった。(解説)『ナイト・トーキョー・デイ』などのイザベル・コイシェ監督が、イギリスのブッカー賞受賞作家ペネロピ・フィッツジェラルドの小説を映画化。田舎町で亡き夫との念願だった書店を開業しようとするヒロインを描く。主演は『レオニー』などのエミリー・モーティマー、共演に『ラブ・アクチュアリー』などのビル・ナイ、コイシェ監督作『しあわせへのまわり道』にも出演したパトリシア・クラークソンら。(ストーリー)1959年、戦争で夫を亡くしたフローレンス(エミリー・モーティマー)は、書店が1軒もないイギリスの田舎町で、夫との夢だった書店を開こうとする。しかし、保守的な町では女性の開業は珍しく、彼女の行動は住民たちから不評を買う。ある日、40年以上も自宅に引きこもりひたすら読書していた老紳士(ビル・ナイ)と出会う。(キャスト)エミリー・モーティマー(フローレンス・グリーン)ビル・ナイ(エドモンド・ブランディッシュ)ハンター・トレメイン(キーブル氏)オナー・ニーフシー(クリスティーン)フランシス・バーバー(ジェシー・ウォルフォード)ジェームズ・ランス(ミロ・ノース)パトリシア・クラークソン(ガマート夫人)2019年4月29日シネマ・クレール★★★
2019年05月15日
コメント(0)

「バイス」マイケル・ムーア作品のドラマ版とでも言おうか。そもそもムーア作品はドラマ的なドキュメンタリーだったのだから、ドキュメンタリー的なドラマがあったていいのだ。というよりか、こちらの方がより説得力を持つ寄りや演義があるからわかりやすい。何しろ、出演者はオスカー常連の演技巧者ばかりなのだから。予想が外れたのは、思った以上ににチェイニーの伝記作品になっていたこと。まだ死んでないのに、ほとんどここまで批判するのは、基本的には相当調べなくては描けない筈だ。ほとんど真実に基づいているが、限界はあると最初に断っている。その限界は、例えば一旦断った副大統領職を夜中の妻との会話の中で引き受けることにする場面なのだが、シェイクスピアの台詞を借りて演技するわけだ。ハッキリ言って意味がわからなかった。反対にいえば、それ以外はほとんど事実だということだ。ラストシークエンスで、この映画をまとめるシーンがあるのだが、私は当然「バカラル」の立場(映画を観れば意味が解る)だ。面白かった。面白いだけじゃいけないのだけど。(解説)大統領を差し置いてアメリカを操り、世界をメチャクチャにした悪名高き副大統領、その名はディック・チェイニー。まさかの実話&社会派ブラック・エンターテインメント!よほどの政治マニアでなければ、アメリカの副大統領の言動に関心を抱く人はいないだろう。常に陰に隠れた副大統領は、大統領が死亡したり、辞任した際にその代わりとして昇格するポジションであるため、「大統領の死を待つのが仕事」などと揶揄する者もいる。しかし、もしも副大統領が目立たない地位を逆手にとって、パペットマスターのごとく大統領を操って強大な権力をふるい、すべきでない戦争を他国に仕掛けた揚げ句、アメリカを、そして世界中を変えてしまったら……。本作はそんなまさかの“影の大統領”が本当に存在したことを証明し、現代米国政治史における最も謎に包まれた人物に光をあてた野心作。その主人公の名は第46代副大統領ディック・チェイニーである。『マネー・ショート 華麗なる大逆転』のチームが再結集この前例の見当たらないユニークなプロジェクトに挑んだのは、リーマン・ショックの裏側を斬新な視点で描き、アカデミー賞5部門にノミネート(脚色賞を受賞)された『マネー・ショート 華麗なる大逆転』のアダム・マッケイ監督。この“影の大統領”を綿密にリサーチするうちに、底知れないほど深くてどす黒い人物像に魅了され、いかに彼が密かにホワイトハウスの権力を掌握し、その後の今に至る世界情勢に多大な影響を与えたかを徹底的に追求した。ちなみに題名の『バイス』には、バイス・プレジデント(副大統領)を指すだけでなく、“悪徳”や“邪悪”という意味もこめられている。驚異的な役作りで魅せるクリスチャン・ベールと豪華キャストのアンサンブル本年度アカデミー賞を賑わせたオールスター・キャストの豪華なアンサンブルにも、目を奪われずにいられない。マッケイ監督に「彼に断られていたら、この映画を作ることはなかった」と言わしめた主演俳優はクリスチャン・ベール。ハリウッド屈指の“演技の鬼”として名高い彼が、約20キロにおよぶ体重の増量、一度あたり5時間近くを要する特殊メイクを施して、約半世紀にわたるチェイニーの軌跡を体現した。その体型や髪型、顔つきの信じがたい変化に加え、内面からにじみ出すオーラの迫力には誰もが息をのむだろう。自身のキャリアにおいて本作に特別な思い入れがあるベールは、ゴールデン・グローブ賞男優賞(コメディ/ミュージカル部門)に輝いており、アカデミー賞主演男優賞にも順当にノミネートした。チェイニーの野望を後押しする妻のリンに扮するのは、『ザ・ファイター』『アメリカン・ハッスル』に続いてベールとの3度目の共演が実現したエイミー・アダムス。本作でアカデミー賞ノミネートが6度目となる名女優が、タフでしたたかなセカンドレディを演じている。チェイニーを取り巻くブッシュ政権の面々の“そっくりさん”ぶりも驚嘆に値する。『マネー・ショート~』『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』のスティーヴ・カレルがラムズフェルド国防長官、『スリー・ビルボード』でオスカー俳優の仲間入りを果たしたサム・ロックウェルがブッシュに扮して曲者ぶりを発揮。ナオミ・ワッツやアルフレッド・モリナの意外な登場シーンも要チェックである。また、話題作を次々と世に送り出すプランBが全面バックアップした本作には、強力なプロデューサー陣にブラッド・ピット、ウィル・フェレルも名を連ねている。シーンごとに社会派、ブラック・コメディ、家族ドラマ、さらには荘厳な叙事詩やシェイクスピア劇のようにも表情を変える本作は、アカデミー賞でも堂々たる主役のひとりとしてスポットライトを浴びた。2019年4月7日シネマ・クレール★★★★「未知との遭遇」実は初めて観た。有名場面だけは飽きるほど見たから知っているものと思っていた。かなりキワモノ作品だということが今回わかった。世界的ヒットになったのは奇跡のようなものかもしれない。リチャード・ドレイファスは、明らかに変でしょ。それは許せるとしても、これはファイナル・カット版なので最も説明している作品のはずだ。それなのに、説明不足があまりにも多い。ドレイファスとメリンダ・ディロンはどうして山の上でキスをしたのか?音と光で、会話が出来ると判断した研究機関の根拠がわからない。何故今になって(拉致した人を返すのはいいとしても)飛行機や船まで返すのか?果たして彼らとは、分かり合えたのか?これは物語として破綻しているでしょ?でもヒットしてしまった。いったい何が要因だったのだろう。宇宙人と分かり合えるというメッセージは、その後の中東人との戦争を経て、随分後退しているように思える。最新のアベンジャーズ含めて、未だにアメリカンは未知との戦争を続けている。【ストーリー】 インディアナポリスで続発する謎の停電事故。調査のため派遣されたロイは、そこで信じられないような出来事を目撃する。だが、彼の驚くべき体験を誰も信じようとはせず、調査は政治的圧力によって妨害されてしまう。しかしロイは何かに導かれるように、真実の探求を始めた。そして彼が辿り着いた場所とは…。 スピルバーグが初めて監督と脚本を共に手掛けた記念すべき作品。彼のその後の作品に多大な影響を与えたSFスペクタクルの金字塔! 【スタッフ&キャスト】 ≪監督≫スティーブン・スピルバーグ ≪出演≫リチャード・ドレイファス 2019年4月1日TOHOシネマズ岡南★★★★「キングダム」原作は読んでいない。秦国の中華統一を目指す若き王の政と天下の大将軍を目指す奴隷出身の新が主人公であるという情報だけを知っていた。秦の始皇帝を私は良くは思っていないが、始皇帝になる前の政についてはあまり知識はない。新が何処まで政と二人三脚できるのか不明だった。結果はどうであったか。まさか呂不韋(良くは知らないがかなり複雑な関係らしい)が出現する以前で終わるとは、思わなかった。これならば、まだ奴隷と王とで二人三脚できる。結局なんだったかというと、「中国歴史大河の舞台を借りたアイドル映画」でした。いちいち負けそうになって勝負に勝つというパターンが一回ならまだしも4回以上あって、それ全部にアイドルが「見得を切っ」ているのである。あり得んでしょ?でも、アイドル映画だからあり得るのである。長澤まさみが素晴らしいと聞いていたけど、私見ですが、わざわざ観に行くほどじゃありません。自作作るのかなあ。あと4作ぐらい作らないと中華統一まで行かないと思うんだけどなあ。(ストーリー)紀元前245年、中華西方の国・秦。戦災で親を失くした少年・信(山崎賢人)と漂(吉沢亮)は、大将軍になる夢を抱きながら剣術の特訓に明け暮れていた。やがて漂は王宮へと召し上げられるが、王の弟・成キョウ(本郷奏多)が仕掛けたクーデターによる戦いで致命傷を負う。息を引き取る寸前の漂から渡された地図を頼りにある小屋へと向かった信は、そこで王座を追われた漂とうり二つの王・エイ政(吉沢亮)と対面。漂が彼の身代わりとなって殺されたのを知った信は、その後エイ政と共に王座を奪還するために戦うことになる。(キャスト)山崎賢人、吉沢亮、長澤まさみ、橋本環奈、本郷奏多、満島真之介、阿部進之介、深水元基、六平直政、高嶋政宏、要潤、橋本じゅん、坂口拓、宇梶剛士、加藤雅也、石橋蓮司、大沢たかお(スタッフ)脚本・原作:原泰久監督・脚本:佐藤信介脚本:黒岩勉主題歌:ONE OK ROCK製作:北畠輝幸、今村司、市川南、谷和男、森田圭、田中祐介、小泉貴裕、弓矢政法、林誠、山本浩、本間道幸2019年4月25日ムービックス倉敷★★★
2019年05月14日
コメント(0)

4月に観た作品は9作品でした。3回に分けて紹介します。 「ビリーブ 未来への大逆転」法廷劇。最後の10分の逆転が鮮やかだ。結論はわかっているのだけど、その過程を見ると、全く違うように思える。「未来」は、いくつかある選択肢を「闘いとって」選んだ結果の集まりなのだとわかる。1970年までに、日本が民主主義の手本としているアメリカの現実が、現代の日本から見ると、あまりにも「正義からかけ離れている」としかし見えないことを、知ることは、現代の「#ME TOO運動」も歴史的に映画化されると確信できる、運動なのだとわかる。そして、日本も変わらざるを得ない。なぜならば、「現実はとうの昔に変わっているのだから」。ラストソングの「HERE COME TO CHANGE」がとても力強くて素晴らしかった。(ストーリー)ルース・ベイダー・ギンズバーグはハーバード大学の法科大学院の1回生であった。多忙な日々を送っていたルースだったが、夫のマーティンがガンを患ったため、夫の看病と娘の育児を一手に引き受けざるを得なくなった。それから2年後、マーティンのガンは寛解し、ニューヨークの法律事務所で働き始めた。ルースはコロンビア大学で取得した単位を以てしてハーバードの学位を得ようとしたが、学部長に却下されたため、やむなくコロンビア大学に移籍することになった。ルースは同大学を首席で卒業したにも拘わらず、法律事務所での職を得ることが出来なかった。ルースが女性であったためである。やむなく、ルースは学術の道に進むことになり、教職を得たラトガース大学で法律と性差別に関する講義を行った。1970年のある日、マーティンが持ち込んできた案件の一つがルースの関心を引いた。その案件はチャールズ・モリッツという名前の男性に関するものだった。モリッツは働きながら母親を介護するために、介護士を雇うことにしたのだが、未婚の男性であるという理由でその分の所得控除が受けられない状態にあったのである。その根拠となる法律の条文には「介護に関する所得控除は、女性、妻と死別した男性、離婚した男性、妻が障害を抱えている男性、妻が入院している男性に限られる」とあった。ルースは法律の中に潜む性差別を是正する機会を窺っていたが、モリッツの一件はその第一歩に最適だと思った。「法律における男性の性差別が是正されたという前例ができれば、法律における女性の性差別の是正を目指す際に大きな助けとなるに違いない。また、高等裁判所の裁判官は男性ばかりだから、男性の性差別の方が共感しやすいはずだ」と考えたからである。ルースはアメリカ自由人権協会(ACLU)のメル・ウルフの助力を仰いだが、にべもなく断られてしまった。その後、ルースは公民権運動家のドロシー・ケニヨンに会いに行き、必死の説得の末に協力を取り付けることができた。ケニヨンの口添えで、ウルフも協力してくれることになった。それから、ルースはデンバーにいるモリッツの元を訪ねた。モリッツは訴訟を渋ったが、ルースの熱意に心を打たれ、地元の行政府を訴えることにした。ほどなくして、ルースとウルフは第10巡回区控訴裁判所に訴訟を提起した。ところが、ルースには法曹の実務経験がなかったため、口頭弁論でしどろもどろになってしまった。そこで、ルースは法廷経験のある夫、マーティンの力を借りることにした。(キャスト)ルース・ベイダー・ギンズバーグ: フェリシティ・ジョーンズマーティン・D・ギンズバーグ(英語版): アーミー・ハマーメル・ウルフ: ジャスティン・セロードロシー・ケニヨン(英語版): キャシー・ベイツアーウィン・グリスウォルド(英語版): サム・ウォーターストンジェーン・ギンズバーグ(英語版): ケイリー・スピーニージェームズ・スティーヴン・ギンズバーグ(英語版): カラム・ショーニカージェームズ・ボザース: ジャック・レイナーブラウン教授: スティーヴン・ルートルース・ベイダー・ギンズバーグ: 本人監督 ミミ・レダー2019年4月1日TOHOシネマズ岡南★★★★ 「バンブルビー」最初、ホントに犬ころのように縮こまるB-127を見て、まあ女の子ならばみんな保護したくなるだろうな、と思う。そして、同時にメカに強い女の子。憧れのヒロイン像だと思う。だからこそ、せっかく35年前のエピソードを出したのに、現在はどうなっているのか、一言も触れないのは、観客をバカにしているとしか思えない。(ストーリー)1987年、海辺の田舎町。父親を亡くした哀しみから立ち直れない思春期の少女チャーリーは、18歳の誕生日に、海沿いの小さな町の廃品置き場で、廃車寸前の黄色い車を見つける。自宅に乗って帰ったところ、この車が突如、変形≪トランスフォーム≫してしまう。驚くチャーリーを前に、逃げ惑う黄色の生命体。お互いに危害を加えないことを理解した瞬間、似たもの同士のふたりは急速に距離を縮める。チャーリーは、記憶と声を失い“何か”に怯える黄色の生命体に「バンブルビー(黄色い蜂)」と名前をつけて、かくまうことを決めた。思いがけない友情が芽生えるのだが、しかし、予想もしない運命が待ち受けているのだった―監督 トラヴィス・ナイト出演 ジョン・シナ、ヘイリー・スタインフェルド、ジョージ・レンデボーグ・Jr、ジェイソン・ドラッカー、パメラ・アドロン、スティーヴン・シュナイダー、リカルド・ホヨス2019年4月1日(元号が決定しているときに鑑賞)TOHOシネマズ岡南★★★ 「ダンボ」ティム・バートンの描くアンチ「グレイテスト・シャーマン」。ティム・バートン毒が薄れたディズニー映画。時は1919年、コリン・ファレルは西部戦線で腕を失くし、妻はスペイン風で亡くした、そういう家族が見つける、ダンボという奇跡。ジャンボの子供の宣伝ネームが落ちてダンボになったり、ドリームランドの文字が変わって騙しランドになったりのわかりやすい毒は、それとして、ティムがこの作品を引き受けたのは、おそらく「グレイテスト・ショーマン」のヒットにあったことは間違いない。マイケル・キートンの富豪は、サーカスのランド化を唄ったり、ヨーロッパから愛人を引き連れたりしているのは、そういうことだろう。しかし、悪役の行動があまりにもお粗末だ。自ら大火事を作って自滅するなんて有り得ないだろう。この辺りは、ティムは老いたかな、と思う。(解説)ディズニーと、個性の素晴らしさを描き続けてきたティム・バートン監督が新たな「ダンボ」の物語を実写映画化。“大きすぎる耳”を持つ子象のダンボはサーカス団の笑いものだったが、やがてその大きな耳を翼にして空を飛べることに気づく。コンプレックスを強さに変えたダンボは、引き離された母を救うため、サーカス団の家族の力を借りて新たな一歩を踏み出す!大きな耳で大空を舞うダンボが、世界中に“勇気”を運ぶ感動のファンタジー・アドベンチャー監督 ティム・バートン出演 コリン・ファレル、マイケル・キートン、ダニー・デヴィート、エヴァ・グリーン2019年4月1日TOHOシネマズ岡南
2019年05月13日
コメント(0)

『藤沢周平 遺された手帳』遠藤展子 文藝春秋社藤沢周平研究という分野がもしあるとするならば、この本はおそらく最初に挙げるべき第一次資料になると思う。何故ならば、藤沢周平を最も藤沢周平たらしめた「あの」時期に書かれた日記の評論だからである。最初の妻悦子さんの亡くなった後の「鬱屈」の具体的な姿が明らかになっている。没後20年経って、やっと娘の展子さんが発表した。藤沢周平は、業界新聞の仕事をしながら小説の投稿を繰り返していた。そんな時、0歳の娘を遺して最愛の妻がガンで亡くなる。後にエッセイに「人に言えない鬱屈」が、自分に小説を書かせたのだと告白している。しかし「言えない」中身は何だったのか、ずっと想像するしかなかった。初期作品の『闇の梯子』などで、妻の病のために闇に堕ちていく話を読んでしまうと、私などは何か悪いことに手を染めそうになったのではないかと心配していた。悦子さんが亡くなる2カ月前の日記「5月に手術したばかりなので悦子可哀想だ。夕方何も知らぬ展子と一緒に帰ってきた。空虚な部屋。帰ったら7時で、一本のませ湯につかわせたら間もなく眠った。悦子も可哀想、展子も可哀想。なんとか切り抜けよう。全力をつくして。悦子が脱ぎ捨てていったものをみると涙が出る」(31p)ホントに展子さんが居たから自殺を思い止まったところがある。そして、小説への情熱があったから、その中に「鬱屈」を塗りこめることができたから、生きていけたのかもしれない。カネのためではなかった。ガンの新薬を買うために危ない橋を渡ったのかとも思っていた。エッセイに「特効薬は高価で心ぼそい思いをした」と書いていたし。しかし、展子さんの解説では、単に最初から効き目の少ない薬を買った絶望感と一筋の希望があったということらしい。仕事と小説と、何と言っても子育ての両立は、ここで具体的に展開されている。大変だったのだ。ホントに大変だったのだ。どうしてあんな名作を書けたのか、不思議でならない。さすがに、1番手間のかかる展子さんが2ー5歳までの約4年間は、一作も書けていない。再婚をして、「鬱屈」を客観視できるようになって初めて、オール讀物新人賞受賞、2年後直木賞受賞になる。業界新聞時代の知人・日ハム社長の自伝を書いたはずなのに、どうして出版されないのか、ずっと疑問に思っていたが、どうやら社長の道楽?だったようで、出版もされなければ原稿も紛失しているらしい。やっと諦めることができる。ここでは、初期の作品群が、どのような経緯で書かれたのか、完成までにどう変化したかが、興味深く書かれていた。その意味でも貴重な資料だ。、キチンと研究するためには、日記の全貌を知りたいところだ。親族としては、ちょっと公にできない部分もあったのかもしれない。藤沢周平全集の追加編集が待たれるところである。思いもかけない良書だった。
2019年05月12日
コメント(0)

「ドライブイン探訪」橋本倫史(ともふみ)筑摩書房 橋本さんが「マツコの知らない世界」に登場して、俄然興味を持って本書を紐解いた。橋本さんがドライブインに興味を持ったのは、10年前と最近だ。この間に200軒のドライブインを訪問し、記事を書くためには、印象深かった店を再訪し 、一日ゆっくりと顔を覚えてもらって、そこで記事化の許可をもらい、やっと後日足を運んで取材する。典型的なノンフィクション作家なのである。よって、昭和回顧的な軽い読み物ではない。「マツコ」で指摘している通り、「ドライブインには家族の歴史が詰まっている」それは即ち、昭和の側面史にもなる。当然、ドライブインが作られる地域独自の背景(ハイウェイ時代、米国統治、瀬戸大橋時代等々)も詳しく調べられ描写される。また、「明日からやるぞ」と言われて夫について行く妻や、強かに生きる女の一生も描かれる。私は当初、「平田食事センター」が出てくるのではないか、と期待していた。岡山県からは二軒も扱われているのに、2つとも既に閉店しているのに、数年前に閉店したこの超有名トラックドライブインが扱われないのは、おそらく何かの事情があるのだろう。出来たら、次回本では、その事情含めて扱って欲しい。最後の一カ月前の写真ならば、私は持っている。
2019年05月11日
コメント(0)

「精霊の木」上橋菜穂子 新潮文庫デビュー作には、作家の全てが出るという。先ずは、デビュー作から長編であり、かつ未来SFファンタジーというのが上橋菜穂子さんらしい。そして冒頭書き出し。『その不思議な光がナイラ星にあらわれたとき、最初にそれを発見したのは、第四チタン鉱山の夜間監視員だった』この50字の中に既にファンタジーとしての様々な「設定」の多くをぶち込んでいて、デビュー時の気負いと才能と、そして夢を感じる。上橋さんは濃密な「世界」を創ってから書き始めた。未来地球史から未来文明小道具、ナイラ先住民の言葉や地理等々、文章の裏側にある設定が山のようにあるのが判る。また、最初の数ページにアボリジニとオーストリア政府との関係が既に透けて見える。と思って後書きを見ると、未だアボリジニ調査をする前の作品だった事にびっくりした。文化人類学を本格的に研究する前から、既にその方向性は決まっていたのだ。体裁はジュブナイルだが、何の準備もせずにこの作品を読む少年・少女には少し荷が重かったかもしれない。実際、上橋作品を読んで来た我々だからこの世界に付いて行ける処がある。編集者に言われて540枚を400枚に削ったそうだ(私なんかは、その中に原住民と地球史との接点が描かれていたのではないかと想像したりする)。しかし、描き足りなかったから、売れなかったわけではない。世界が濃密すぎたから売れなかったのだ。いや、そうではない。この作品はデビュー30年を経て「とき」を待っていたのだ。若書きが書かせた思える以下のストレートな台詞は(それ以外のステキな言葉も)、今文庫本で広く読まれることによって、やっと「陽の目に当たる」のかもしれない。あの事故にあうほんの2時間前の、ジムの言葉が心に焼きついて、離れなかった。「歴史ってのは、過去におかしたあやまちを、二度とくりかえさないために、学ぶんじゃないんですか?それを、いまいちばん正さなきゃならない恥部を、うそで塗りかためて、おそろしい悪事をつづける手伝いをするんじゃ、わたしは、なんのために生きてるんです?」(73p)「それはわかるけどさ、母さんは北米先住民を美化しすぎてんじゃない?」「彼らも人間だから、みにくい面もあったでしょうし、べつに彼らが理想郷に住んでだなんて思ってるわけでもないわ。自然の猛威の前に、なすすべもない人間っていうのは、ひどくみじめな存在でしょうしね。でも、その自然におびえ、おそれながらも、彼らはその自然が、自分たちを生み、はぐくむ親であることも、心の奥底で知っていて、仲間とつきあうときのような気づかいとやさしさを、自然にたいして持ってたような気がするのよね。 たとえば、ある北米先住民たちは、太陽を父、大地を母だって考えていたの。そして、春は母である大地が、いのちをはらむ時季だからって、きずつけないように、靴をぬいではだしで歩いたの。 文明人たちは、よくまあ迷信を信じられるもんだって笑ったわ。でもね、その大地をはだしで歩いた人たちは、一万年以上も自然を破壊することなく暮らし、文明人たちは、そのわずか四百年後に、地球を破滅させたわ」(124p)
2019年05月10日
コメント(0)

他の記事がたまっているので、あと一日遺す「京都の旅」はお休みします。そもそも今回は日記の描きだめができていない。でも旅の印象はまだ鮮烈なので大丈夫です。『手のひらの京』綿矢りさ 新潮文庫京都の旅から帰って2日目に読み終えた。京都国際漫画ミュージアムから八坂神社近くまで、はじめてのデートでほとんど会話もせずに歩いた長女綾香のコチコチの姿は、その距離の大変さを実際体験しているだけに、「おいおい、そんなに緊張してしまったらダメでしょ」と思ってしまう。そのあと、毎夜のように電話する宮尾さんのマメさが功を奏して上手いこと行くのではあるが。旅のあとのせいか、さりげなく置かれている京都の景色や温度、人の接し方、美しさの一つ一つに共感する。三女の凛が魔物に追われる夢を見るのも、共感する。たった3日間居ただけだけど、京都の街には、至る所に将門や道真の怨念があったり、室町時代から続く流した赤ん坊のお地蔵さんが居たり、異次元に続く迷路のような路地裏が存在したりしたのである。綿矢りさは初めて読んだ。これが芥川賞作家なのかと思うくらい、直木賞好みの文章だった。映画にもなった『海街diary』と似ている所もあり、読んではないが『細雪』や『古都』のように失われ行く京都を描いた作品でもあるらしい。現代の等身大の京都を描いて、もし旅の前にこの本を読んでいたならば、この本の「舞台巡り」を計画していたかもしれないぐらい、琴線にふれた本だった。
2019年05月08日
コメント(0)

「鐡輪の井戸」もそうだったが、京都には、戸を開けるとそこは玄関ではなく、多くの長屋?の潜戸である場合が多々ある。何か異次元に向かう戸のように感じる。北野天満宮に至る。天満宮に用があるわけではなくて、もう一つの蜘蛛塚が、此処の伴氏社の奥にあると聞いたからである。ところが、一通り探したがない。北の門を出るとカフェ「オリーブ キタノ」があった。疲れていたので入る。完全町屋(宿屋)を改築したお店を女将が1人で運営していた。お客が来ないようで、私とのおしゃべりを40分ぐらいした。そこでいくつか情報を得る。どの流れからそうなったのかは、忘れたが女将は「大阪はいけすきまへん。神戸は好きどすえ」正に『アドまっち天国』通りの反応で、彼女にそういうと、全然番組観てないようで真から思っているようだ。京都と大阪の仲違いは根深いようだ。また、ここに来るまでに長屋から機織りの音がしたことを告げびっくりした戸を言うとやはりあれは西陣織の作業所らしい。「もうあきまへん。西陣はなくなります。このあたりでもたくさんの作業所があったんですけど、全部なくなりました」「それはみんな着物を着なくなったから」「そうどす。西陣はなくなります」あれだけいろんなところから音が聞こえていたのだからまだまだ技術の継承はできている気がするのだけど、京都の人はネガティブなことで相手に利害関係がない事ならば、かなり「はっきり」とモノを言うことがわかった。いろいろお話したが、省略。但し、これだけは記さなくてはならない。「珍しいもん、教えまひょうか?天満宮の横に御土居というのがありましたやろ?あの堤は秀吉さんが、築いたもんやけど、洛中洛外を隔てるもんやから、それを築いだときに溝をさらう。この店の横にもそのあとがありますのや。その時にお地蔵さんが大量に出ましたのや。お地蔵さんは、流れた(死産)した赤ん坊をお祀りするもんやけど、いろんな事情で祀ることができへんようになると、人は洛外に持ってくるんや。だから、溝にたくさんのお地蔵さんが捨てられている。でも、出てきたもんは存外に扱うことができへん。それで、お地蔵さんを集団で祀っているところが、其処にある」「ということは、その地蔵堂は、秀吉の時代からずっとこの地域の人たちが祀ってきたということですか?」「そうや。地蔵祭りの時には、新たにお化粧をしている」ひとつひとつの地蔵には、流れ、という歴史がある。その話だと、少なくとも室町時代からの地蔵ということになる。とんでもない「民衆がつくった遺物」である。「見させてください」これが喫茶店から10メートルほど西に寄った所にある地蔵堂だ。「延命地蔵大菩薩」と書いてある。地域が今でも大切に祀っている証拠に、可愛く化粧されている。「これだけ出たんやないんや。もっと出てるんや」と言って、少し北側の御土居保存の堤を見せてくれた。これが秀吉御土居である。京都の洛中をこの御土居で囲んだ。いわゆる権力者の権力の表し方だろう。その横に出てきた地蔵を保存している。これは堤保存整備の時に出土した地蔵だろうか。こうしてみると、地蔵の形は何百年もあまり変わらない。但し、2人並んで彫られている地蔵がわりと多い。昔は、それだけ死産だったり、幼児のうちに亡くなる子供が多かったということだろうか。御土居の前に、大阪でも見た長屋形式の借家があった。関西では広くある形なのだろうか?岡山ではあまり見ない。ずいぶんと雰囲気のある家。未だ一般家屋のようだが、江戸時代では娼家だったような雰囲気がある。さて、北野天満宮の事務所で蜘蛛塚を聴くと、あっさり場所を教えてくれた。但し、5時を遠にすぎているので中に入れない。もっと面白いものを見させてもらったので、これで良し。生粋京都のおばあさん、ありがとうございました。バスで河原町に行く。降りて、何故か方向感覚のいい私が何度も間違える。今回の旅はホテルの場所を勘違いしていたところから始まり、方向間違え放しだった。なんか物の怪のせいだろうか?何度か間違えて、やっと鴨川を渡る。向かいに南座が見える。八坂神社辺り迄行って、フランス人のつくる京野菜料理店を目指すが、どうやら閉店しているようだ。新書に書かれていた住所でピンポイント検索したので間違いない。次の候補店は、川沿いの少し高級な店、これもなんと見つからなかった。閉店かどうかは不明。暗闇の中を1時間半歩いた。鴨川沿いの高級割烹は、未だ納涼床は出ていない。妖しく美味しそうに食べている。足が棒のようで、しかも腹が猛烈に減っている。河原町に戻って、ある店に狙いをつける。京極町の京極スタンドである。昼も夜もやっていることは柏井さんが書いていた。今日を居酒屋で終わらすのは残念だったけど、此処も岡山にはない飲み屋だ。えん豆卵とじ、赤ワイン。スジ肉煮込み。おばんざいの定番である。安定的に美味い。鰻ざく。これが、京都ならではの料理。おばんざいとして、こんなに気楽に鰻料理は、なかなか出てこない。柔らかい。癖はない。コクがあまりないのが物足りない。でも数百円で鰻が食べられるのは嬉しい。ポテトサラダ、竹の子わかめ煮、白ワイン。締めて3660円。安い!場所は新京極商店街。明治10年ごろには、芝居小屋、浄瑠璃、寄席などや飲食店が建ち並び、東京浅草、大阪千日前とともに日本三大盛り場として知られるようになったらしい。再び鴨川を渡り市電で帰る。有名な鴨川沿いの等間隔で並ぶカップルの列。少し寒いのに御苦労さま。写真見て気がついたけど、ストリートシンガーもいるのね。これまでの最高歩数。34147歩。
2019年05月07日
コメント(0)

堀川通りを渡り、さらにテクテクと歩く。称念寺、俗称猫寺に至る。浄土宗のお寺。1603年建立。三代目住職が愛猫家だったが、猫が貧窮しているのにもかかわらず呑気に姫に化けて舞を舞ったのに怒り追放する。その猫が報恩して寺が再興したらしい。老松は、その愛猫を偲び、伏した猫の姿になぞらえているらしい。そのことから、いつしか猫寺と呼ばれるようになった。時が経ち過ぎたためか、全く猫に見えない。千本通に至る。北上している時に、「指物師 普賢」と名乗る暖簾を掲げたボロ屋を見る。「指物(さしもの)とは、板と板、板と棒、棒と棒を組み、指し合わせる仕事のことをいい、また一説に、「物指し」を用いて細工することもいわれる。京指物の源泉は、平安時代にさかのぼり、それ以前の奈良朝の宮廷および寺院においては、正倉院にみられるようなわが国独自ともいえる木工芸が、豊かな木材資源(有用50種以上)をもとに発達している。(京都伝統工芸協議会ホームページより)」検索すると、大谷普賢という指物師が此処に住んでいて、茶の道具などをつくり数々の賞を受賞しているらしい。上品蓮台寺にたどり着く。此処に来たのは、蜘蛛塚があると柏井さんが書いていたからだ。寺の説明板には、そのことは書いていなくて、様々な国宝、重文ほかがあるらしい。仕方ないので、境内の墓をひとつひとつ見て歩く。無い。全然わからない。説明板に書いていた、平安朝屈指の仏師・定朝の墓は見つかった。『京都の路地裏』を精読する。そうすると、欅の木の下にある、と書いていた。それを頼りにもう一回りすると、あった!無縁墓がずらりと並んでいる。説明。蜘蛛塚ではなかった。源頼光の塚になっていた。説明をよく見ると、頼光が退治した土蜘蛛の塚が此処にあったとなっているから、蜘蛛塚でいいのかもしれない。土蜘蛛とは、飛鳥でも、大和政権に対峙する勢力ではないか、と言われていた。よって、この蜘蛛も、その残党かもしれない。と、思いながらこの地域を見る。東に京都に少ない小山、船岡山がある。残党が潜むにはいいところかもしれない。現代も、無縁墓は次々と増えているようだ。千本通に戻って、三停留所ほどバスで南に行き、そこから千本釈迦堂を探す。いつしか長屋通りに紛れ込む。至るところから機を織る音が聞こえる。工場ではない。長屋の中である。細い路が何本も通る長屋町。一軒燃えたら、全てが灰塵に化すような町だ。此処は西陣、これは西陣織なのか。こんな手工業で作られているのか。地図アプリに頼りすぎた。ずいぶん捜したが見つからない。この地蔵堂を釈迦堂と間違えた。大きく迂回する。千本釈迦堂 大報恩寺。(大報恩寺ホームページより)「大報恩寺にお参りすると、境内にある「おかめ塚」に因み、“縁結び” “夫婦円満” “子授け” にご利益があると言われています。「おかめ」は本堂建築で棟梁を務めた大工「長井飛騨守高次」の妻。高次が重要な柱の寸法を間違えて短く切り過ぎた際、枡組で補えば良いと助言して、窮地を救いながらも「専門家でもない女性の知恵で棟梁が大仕事を成し遂げたと言われては夫の恥」と上棟式を迎える前に自害した愛妻「おかめ」の物語が伝わる、全国のおかめ信仰の発祥となっています。」疲れた。良い喫茶店があれば入ろうと思ったけど、適当なのがない。柏井さんおススメの蕎麦屋に入る。上七軒ふた葉。ここの茶そばは絶品だと柏井さんはいうのである。「すみません、茶そばというものを食べてみたくて」「茶そばというのは、うちではお蕎麦のことをいうんです」どうやらうどんと分ける名称らしい。「あ、だとザルをください」ザル700円。うどんと同じく、コシがない。出汁を楽しむものなんですよね。これが絶品という京都人の気持ちがわからない。
2019年05月06日
コメント(0)

歩いて行くと、昔ながらのお米屋さんがあった。出雲路橋。鴨川を渡る。柏井氏は「ここから見る比叡山から大文字山に至る東山がもっとも美しいプロポーションを見せる(『おひとり京都の愉しみ』)」という。何をもって「美しい」というのか、わからない。天寧寺の額縁門ここから観る比叡山が額縁のようだと言う。これは、つまり「京都の自画自賛」なのではないか。西園寺という寺の寺号の額の方が、私には、思わぬ発見だった。なぜならば、この寺は鎌倉幕府太政大臣藤原公経の建てた寺であり、その時西園寺と名付けたのであるが、それ以来子孫の家名となり、西園寺家の北山山荘になったと言う。そして、この額の筆は、中江兆民の盟友であり、首相ともなった西園寺公望の筆らしい。明治25年というと、兆民が1年で帝国議会を辞め、北門新報で臥薪嘗胆を狙っている時期である。御霊(ごりょう)神社にたどり着く。堀には菖蒲?が満開。ここは、もともと早良親王、菅原道真や吉備真備などの御霊を慰める神社なのだが、それに加えて、日本最大の内戦・応仁の乱発祥の地らしい。揮毫は応仁の乱東陣総大将細川勝元子孫・細川護煕元首相。ここも、令和元年記念として、この豪華な神輿を担いで、54年ぶり復活の神幸祭をするらしい。本殿の中。遅い昼食。近くの淡海食堂にたどり着く。いやあ、ホントに地域の愛される食堂でした。誰か画家の卵が描いたのか、淡海食堂の絵を掲げている。とても味わいのある絵だ。メニューは、何年も値上げしていないのではないか。柏井氏おススメのキツネカレーうどん(480円)を食べる。なるほど、京都のうどんは、お伊勢さんのうどんと同じコシが全くない。お伊勢さんと違うのは、こちらが少し細めというだけ。なぜコシがないのか?うどんは、出汁を味わうためのものだからだそうだ。そういう意味では、うどん出汁で作ったカレーはとても美味しい。けれども讃岐うどんを良く知っている私は、うどんにコシがあってもいいように思う。ともかく満足して出た。やはり柏井さんおススメの店。御霊神社前まで戻り、水田玉雲堂に入る。疫病を鎮めるための御霊会(863年)の時に神前に供えられた菓子を、応仁の乱後の1477年この場所に店を構えてそのお菓子を復元したのが、唐板(からいた)というお菓子らしい。お菓子ひとつにも、ちょっと歴史の規模が違う。1番小さい袋が650円と思ったよりも高かった(後で全部手焼きと知る)。少し迷ったけど買うことにする。「割れやすいから」と言って、ビニール袋を足してくれた。サイドポーチに押し込む。
2019年05月05日
コメント(0)

三館共通券、買ったからには行かなくてはならない。これが思った以上に面白いところだった。鴨資料館 秀穂舎(しゅうすいしゃ)。元鴨社公文所の学問所画工司浅田家の旧宅。要は神社のための絵を描く人の家。けれども、神社という所は、一般人とは隔絶した生活をするのだということがよくわかる。一子相伝の職能集団だったらしい。約数百人の氏人がこの一帯に住んでいたらしい。この日初めての観覧者ということで、1人だけど説明する人がいて詳しく説明してくれた。華表門。門が鳥居になっている。下鴨神社社家に多い門らしい。よく見ると、鳥居の上に鴨が乗っている。門の裏側に、お客の随行者が待つスペースを設けていた。こんなの見たことない。お客様は全て、随行者を伴う前提で設計されている。タバコの火入れなどもある。座ってみると、玄関が正面に見えて、主人が出た時に決して見逃さないようにできている。井戸(御井)と水を入れる御壺(おつふ)と、その先は枝折戸(しおりど)と言って、この世と清浄界との端、結界になっているらしい。中は写真撮影不可。武具を置いている部屋があった。文化人に相応しくないが、神社は度々動乱に巻き込まれるので必要とのこと。思いっきり古く「応仁の乱の頃ですか?」と聞くと「それよりもっと前です」と言われてしまった。また、側を流れている川で禊をするための場所なども作られていて、画工司にしてこうならば、もっと上の人はどうなるのかと思ってしまった。糺の森は、原生林が残っているという話なのだが、ほぼ全てを管理しているように見えた。糺の森や下鴨神社が世界文化遺産になるに当たって、環境保存調査のために一部発掘調査をして、平安時代後期の祭祀遺構を見つけたらしい。いよいよ原生林ではなくなっている。御手洗場は、舟形磐座石を使っているそうだ。御苦労なことだ。去年の台風21号による被害の復興途中らしい。さざれ石。神霊の宿る石らしんだけど、こんな風に俗化されたらなあ。この連理の賢木はすごいと思う。詳しくは説明版を。下鴨神社本殿前の舞台。本殿前には、干支の社が祀られている。私は子年なので、その前で10円のお賽銭を投げた。本殿前には、一般にある鈴がない。秀穂舎の人が言っていた。「下鴨神社本殿だけは無いのです。なぜならば、神様に来て頂いてお願いするところではないからです。神様に感謝する所なのです。五月の葵祭も、皇室使節がやってきて、一年の感謝するお祭りなんです」とのことです。もう一つの資料館、大炊殿に向かう。浦の廻廊を回る。なかなか興味深い説明が書かれていた。御井の説明板。御井。葵の庭の説明板。フタバアオイ。カリンの花。水ごしらへ場の説明。磐座の上にみんなお賽銭を投げているけど、なんだかなぁ。大炊殿説明板。大炊殿中。大炊殿いろいろ。七五三餅説明。七五三餅。しかし、神社ってホントめんどくさい。唐車説明板。唐車。御手洗川説明板。橋と光琳の梅を見る。ここから、あそこまで抽象する絵画を作ること自体が精神構造がわからない。ここのトイレは、最新のトイレのようなのだが、なぜかトイレットペーパーがなかった。何か嫌なことがあったようだ。しかし、普通知らないで入ってしまうでしょ。たまたま花粉症でペーパー持っていたから良かったけど。下鴨神社を出た所に、加茂みたらし茶屋がある。ここが正真正銘みたらし団子発祥の店らしい。この周りには、みたらし団子の売る店が他に一軒もなかった。下鴨神社の御手洗池が発祥なのに、無いということは、この店に敬意を払っている証拠である。これがみたらし団子420円。小ぶり。三つではなく、五つ。しかも一つは少し離れている。何故かは、以下の説明文。ということらしい。甘すぎくなく、少し焦げ目があって、とても美味しかった。一旦切ります。
2019年05月04日
コメント(0)

二日目、とても三回に収め切れませんでした。五回に分けて掲載します。4月22日(月)晴れ 2日目朝、寝坊した。行きたい所に行けなかった。私の人生っていつもこんな感じだ。朝食は一泊4000円とは思えないバイキング。2泊するので、半分くらいしか乗せなかった。深草駅に行く。龍谷大学正門。ずっと昔、ここに受験に来た。その時と雰囲気がまるきり違う。他にもう一つ京都の私立の受験をした。京都の左京区に、兄貴の下宿があった。今でもイマイチよくわからないのだけど、地下の鰻の寝床だった。玄関扉から地下に降りて、細い廊下の最初の扉を開けると、2人がやっと寝ていられるスペースがある。よって陽は入らない。そこを基地として、受験日と受験日の間の期間を利用して1週間、私は京都観光をした。中学修学旅行は奈良・京都だったが、日本史教科書に載っている京都はそれだけではないだろうと、確信を持っていたから昭文社のポケット地図を持って、行きたい寺は全て踏破するつもりだった。京都をなん分割かして、今日は銀閣寺周辺、今日は六波羅蜜寺周辺、今日は金閣寺周辺、今日は二条城周辺、今日は平等院周辺と歩いていった。行きと帰りだけバスに乗り、地図に載っている有名ラーメンを食べ、時には、同志社映画研究会に入っていた兄貴オススメの名画座「京一会館」などで一日中初めて若松孝二などのピンク映画を延々と観たりした。一本目こそ興奮したけど、三本目からは飽きてしまったのも覚えている。ものすごく、大人になった気がした。今思えば、ピンク映画なのに素晴らしいチョイスだったのだ。その後何回か京都を訪れ、行きそびれた所は補ってきたので、有名所の寺は大抵行ったはずだと思っている(実際はそうではないのではあるが)。この金のかからない旅が、私の生涯の旅スタイルになった。この時、京都の土地勘がついたので、その後歴史小説を読むときや、歴史書物を読む時にどれほど役に立ったかしれない。若い時に、京都を1ー2週間、東京を1ー2週間歩いて回ることは、その後の人生に必ず役に立つ。東京へは私はその後15年経たないと行くことができなかった。私立受験は、ひとつは落ち、龍谷大学は受かった。しかし、そのあと国立の山口大学に受かったので、さすがに兄弟共に私立大学に行くカネはないと、私は自覚していて山口に行った。大学に未練はなかったが、京都の文化には未練はあった。電車で出町柳駅まで来る。糺の森に着く。河合神社。見るつもりはなかったが、説明を見るととっても興味深い。鴨長明の人生挫折の神社だったのだ。三井社。三井物産の社殿ではない。下鴨神社の分霊神社。ともかく、異様に屋根を綺麗に古く保存している。河合神社では鏡絵馬と言って、美人の神社の霊剣新たかにあやかるためか、自分の化粧品で飾り立て奉納するらしい。まあ様々な「化粧」があるものだと、実際の奉納を観て思う。本殿。任部社(とうべのやしろ)。祭神は八咫烏の命らしい。ということで、サッカー選手のサイン入りボールが奉納されていた。鴨長明資料館があった。ほかの2つの資料館と三館共通券。博物館フェチとしては観なくては。中の鴨長明失意のうちに河合神社を去る事情については、冒頭のここを観てもらいたい。彼のいた頃の下鴨神社古図。江戸時代の鴨長明の絵。既に仙人のようになっている。うーむ、違うと思うけどなあ。大福光寺本『方丈記』(複製本)。鴨長明直筆かどうかは不明らしい。ひらがながカタカナになっているところが特徴的。直筆だとしたら、ホントに貴重だ。実際の方丈庵がある場所らしい。行きたいけど、実際は半日仕事になる。諦める。実際の場所の写真。外に方丈庵の復元があった。観たかったので、嬉しかった。こういう生垣はあったと思う(少年の世話する者までいたのだから)。夏は涼しく冬はなんとか凌げそうだ。四畳半。私はそんなに酷い家とは思わないのだけど。瀬木の小川。湧き水から出る水が糺の森を通って行く。今は枯れていた。この川の石橋を渡り、河合神社に向かう、その間の馬場が、なんとラグビーワールドカップの第1蹴の地らしい。八咫烏神社は、蹴鞠の神様なので、ラグビーにとっても神様なのかもしれない。
2019年05月03日
コメント(0)

千歳楽というのは、この地方に伝統的に伝わる山車(だし)のことである。秋のお祭りに毎年出されるが、今年はこういうとをするらしい。もちろん各町内会で「自主的に」決まったことだろうから、表現の自由の観点から私ごときが「出すべきでない」とか云々いうような筋合いではない。実際行ってみると、みんな愉しんでいたので、大いにやるべきだとさえ思う。ただ、このチラシにはひとこと言っておきたい。1937年の南京陥落をうけて、日本各地で行われたというちょうちん行列、あるいは全国各地で行われた青年の出征行列と、その精神構造において、ほとんど変わっていないのではないか?もちろん戦中に生きていた人間が町内会で意見を言うようなことはない。今生きて町内会の役員をしているどんな人たちも戦争を知らないはずだ。だから、このチラシは、当時の精神を知らない人間が「ものまね」をしたのである。しかし、その間の70年近くの「民主教育」「平和教育」とはいったい何なんだったのだろうか。気になって、集合場所に行ってみた。連島町どころか、水島地区全体の千歳楽が二つの子ども神輿含めて11体集まっていた。人出は乗り手とその家族含めて200人程度だろうか。このあと各町内会に戻って午後にかけて町内を引いていく。幾分酒も入ってみんな楽しそうだったが、予想通りの人出だと思う。神社ではこの日のためだけに新調したのぼりがはためいていた。地域からご祝儀がどのくらい集まるかで、実際の成功失敗が決まると、私は思うが、もちろんそこまで調べる手立てはない。
2019年05月01日
コメント(5)
全26件 (26件中 1-26件目)
1
![]()

![]()