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「マスカレード・ナイト」東野圭吾 集英社 今回は大晦日から正月にかけての事件。「無理」という言葉を自ら禁じている優秀なホテル・コンセルジュの山岸尚美は、またあの新田刑事がやって来ると知って思わず胸の中で呟いた。「無理!」 若い女性の感電死事件を調べている新田たち警視庁に、「犯人がホテル・コルテシア東京のカウントダウン・パーティーに現れる」と匿名の密告状が入る。またもや、新田たちのホテル潜入捜査が始まった。 約2年前に「マスカレード」シリーズが始まった時には、帯には「東野圭吾の新シリーズ」と銘打っていた筈だ。そうやって本の「仮面」には偽りの言葉をちらつかせて商品を買わす。今回読んだら解るように、新田と山岸の恋は進むはずもないし、これ以上シリーズの続きが作られるはずもない。(警察による「たまたま」の潜入捜査という)設定から行ってそれは明らかなのに、ついついシリーズになるかもしれないと、読者を誘う。ホントにいやらしい「仮面」である。 今回はかなり凝っていて、これで犯人に気がついていたならば、私はその読者を尊敬する。明らかにわかるような伏線もなかった(犯人を無事に逮捕できたのは、偶然の要素が高いし、犯人が完全犯罪を目指してなかったからとも思える)。それよりも本書の主眼は、不倫とかのためにホテルが使われていても、気づかないフリをするフロントや、要望を言われたら決して「できない」とは言わないコンセルジュの仕事などのホテルの特殊性にあるのは間違いない。ホテル・サスペンスの末尾を飾る楽しい作品でした。 今年もたいへんお世話になりました。良いお年をお迎えください。
2019年12月31日
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『たかはし散歩』ネコ・パブリッシング編集・発行 手許に持って、ポール・マッカートニーの絵本を借りに、備中の小京都・高梁市に行ってきました。県立図書館は「研究用」として借出不可になっていたからです。車で1時間弱、蔦屋書店とコラボしたとってもお洒落な高梁市図書館に変わっていました。 この本は、今年の春に刊行。「るるぶ」とは同じように、観光地、食事処、宿等の情報もあるけど、比較的詳しい高梁の歴史記事などや松山城、備中神楽や松山踊りなどの記事もあり、上記雑誌と紀行単行本の中間を狙っているようです。実際、尼子氏や小堀遠州や幕末老中板倉氏や山田方谷の名前は知っていたけど、それがどう歴史に位置づけられるのか知らなかったので勉強になりました。価格600円(+税)なのに、全面カラー約100ページはお得です。 高梁市図書館の吹き抜けの造りや、「男はつらいよ」のロケ地など散歩しました。薬師院は「口笛を吹く寅次郎」で渥美清と竹下景子が語らう長い階段が有名。 でも、図書館からちょうど眺めることの出来る全景はまるで城郭のようです。いざと言うときには武士が立て篭ることの出来る造りになっていたと何処かで聞いたことがあります。 その他「寅次郎恋歌」ロケ地・寿岳院、小堀遠州の手掛けた枯山水・頼久寺庭園、 現存する最古の教会堂・高梁基督教会堂、 明治37年築の高梁市郷土資料館などを見て回りました。資料館は年末年始のお休みに入っていて、博物館フェチの私としては痛恨のミス。 この本は、欠点が2つあります。(1)駐車場情報が全くないこと。図書館駐車場は、図書館・書店利用者は2時間無料になりますが、利用しなくてもカードを機械に通せば手続きできます。そのあと1時間100円の料金になるので、半日観光ならば、此処を基地にして歩けばいいと思います。(2)街の簡略地図しか無い。詳しい地図や、本の半分を占める高梁市街地周辺の観光地図が一切なくて、行動計画が立てられない。図書館入口に観光案内所があるので、そこで地図をゲットして係の人と相談することをお勧めします。 こういう小振りだけど、豊かな観光資源を持っている町は、全国至る所にあると思います。そういうところが好きな人に向けて、最も詳しいガイドブックが発達することを私は望みます。そのためには、もっと改善して欲しい。
2019年12月30日
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『グランデュードのまほうのコンパス』ポール・マッカートニー・さく、キャスリン・ダースト・え、いけもとなおみ・やく 潮出版社 「ビッグイシュー」を読んで知った。あの、ポール・マッカートニーが新作を作った。音楽じゃない。絵本だ。 何が「あの」なのか、説明を始めたら書評がとっちらかってしまうのでやめます。原題は『H ey Grandude!』Grandudeは「渋いおじいちゃん」「かっこいいおじいちゃん」というような意味だ。上記雑誌によると、いつも孫に聞かせている話をそのまま絵本にしたんだそうだ。 時々やって来ては、眠る前のお話を聴かせてくれるポールの姿やお話の内容が、お陰で、ありありと分かる。「まほうのコンパス」がぐるぐる回ると、世界の何処にでも直ぐに行くことができる、ってそれはポールだからとってもリアルだ。でも行ったらあり得ないことがどんどん起きるし、子どもたちはとっても危険な目に遭う。だけども、グランデュードがいるから大丈夫! ポールは、動物保護や環境問題にも精力的に取り組んでいる。社会問題にコミットしていない超有名アーティストなんて、探す方が困難だと私などは思う。あ、日本を見たら簡単か。あ、超有名じゃないから大丈夫なのか。それはともかく、上記雑誌で環境問題についてもポールは「若者はよくやっている」と楽観的だ。他にも危険なことは増えている。けれども、ポールはそう言うことは避けている。「世代が違えば、危険な種類も違ってくる。だからこそ、思いやりや愛する心を示し、生きていることの素晴らしさを伝えたいのです」ホントにそうだね!
2019年12月29日
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「ビッグイシュー373号」ゲット! 今回も豊作だった。表紙は、シンガー「水曜日のカンパネラ」のコムアイさん。ずっと「ビッグイシュー」に出たかった、なんてかなり嬉しいことを言ってくれている。少女の頃から決められた道への違和感、好奇心を行動に起こして世界が広がる、女の子だった。主張があるなら先ず有名になればいいとシンガーに。けれども主張はそのまま歌っても伝わらない、人は他人に言われたくらいでは変われない、だから「(私は)音楽を水彩絵の具のように人々の心に垂らし、それぞれの気づきのきっかけにしてもら」おうとする。現在アラサーだと思うけど、もうここまで成熟している。体験の幅と深化が彼女を作って来たのだと思う。 何処まで行くのか、見守りたくなった。私は「頑張っている女の子」に弱いんです。 同年代の香山リカさんが「忙中閑あり」について書いている。「楽しみを優先」という原則を崩さない彼女の生き方は、しかし有名人だからできるんだ、というのとは違うと思う。現に私が実践していることでもあるから。 と思っていたら、科学者の池内了さんが「実は働きアリの7割は怠け者なんだよ」と嬉しいことを書いていた。働きアリには性質の差というものがあって、7割(から2割まで研究者によって差がある)のアリは、巣の中をウロウロしたり、散歩したりしているだけなんだそう。これは反対に言えば、3割(〜8割)が働けば7割は生きていける社会ということだ。マルクスの共産社会論への素晴らしい援護ですね。 シアターキノの中島さんの今年の映画10選、今年は珍しく観たのは2作品しかない。でも、この10作品は見ておきたい。 行っておきたいのは、大阪黒門町の「道草アパートメント」。どう見ても魅力いっぱい。しかも、ある人たちにとっては、とっても映える!これは絶対行きたい!なんとかして行きたい! 今回の「今月の人」は、久しぶりの日本人販売者。なんか話を読んでいると、私がホームレスにならなかったのは、ホントに僅かな差でしかないんだな、と思った。
2019年12月28日
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「風の万里 黎明の空(上)」小野不由美 新潮文庫 「月の影 影の海」の直後、戴冠したばかりの景国王陽子の戸惑いから始まり、元芳国公主(皇女)祥瓊や、明治時代末の日本から十二国に流れ着いた少女鈴の紆余曲折、3人を同時並行で描くことで、十二国で生きることがどういうことなのかを重層的に見せる巻となっている。 祥瓊も鈴も、それぞれ3年間や100年間で身分の激変があり、「世界」を知る契機があったのに、自らの不幸を嘆くばかりで、張清じゃないけどほとんど「ガキ」だ。そして陽子ははじめての王様の仕事で王様ブルーになって市井に隠遁するなど、「月の影 影の月」とは種類の違う暗い展開になっている。 また、「この世界」の様子もだいぶわかって来た。少なくとも千年以上は続いているこの世界が、何故に日本のように産業の発達がないのか、その秘密も少し推測できるようになった。例えば、人や馬や牛、新種の作物でさえも、それは「生命のなる木(天帝の意思?)」の気まぐれにまかされていて数が調整されているからだ。また、王朝の交代や天災によって、人口や経済は一気に後退する。経済によってモノが産まれるのではなく、意思によって産まれるのである。そんなこんなで産業の発達は著しく阻害されている。人々はそのことに何の疑問も持っていない。だって、世界はそうなっているから。だったら、完全に閉じて、百年のうちに何度も外の世界(日本や中国)から人を招き入れなかったら良いのに、などと私などは思う。そこには深遠な天帝の意思があるのか、それともないのか、他所のファンはともかく、私などはそういうことが気にかかるのではある。 しかし、泰麒や陽子が流れ着くこの時代、あまりにも王朝の交代が激しく、日本からの招来が多い。それは何故なのか?おそらくシリーズを通じて最大の謎になるだろうと思う。 祥瓊や鈴の、あまりにも自分勝手で「ガキのような」思考には辟易した。下巻では、それが反転するのかしないのか、まぁそれも読みどころだろうと思う。 明らかになった年表的事項もあるが、それは下巻で記入する。下巻を紐解くのはおそらくお正月だ。
2019年12月27日
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松木武彦教授の古墳めぐりの3回目は、長野県伊那谷の飯田古墳群を取り上げています。古い古墳や大きな古墳だけが、見るべき古墳ではないことを、松木さんは雄弁に語ります。 古墳時代前期の3-5世紀前半まで、伊那谷には古墳はあまり築造されていません。歴史の表舞台に出てきたのは、雄略天皇(倭王・武)の時代です。長さ76mの塚原二子塚古墳(前方後円墳)が出てきます。それ以降20基の前方後円墳が1世紀の間に築かれるのです。 何故か。副葬品は、かぶと、矢尻、刀などが多い。伊那谷の平地や気候が、馬の成育に向いていて、一大馬の産地になったからだろうというのが、松木さんの意見です。大陸仕込の馬の飼育と訓練が展開されたようです。それに付随して、内陸交通の要所となります。 基礎的な農業生産力が低かったことで、6-7世紀に国府・国分寺に拠点は移り!再び長閑な山間地域に戻ったのだろう、という松木さんでした。 雄略天皇の軍事侵攻政策の一端を垣間見る、古墳の見方で、文字にない歴史が見える。
2019年12月25日
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「ビッグイシュー372号」ゲット! この号は比較的豊作、読むべき記事が多かった。表紙はポール・マッカートニー。新曲を出したからではない。孫に読み聞かせをしていたのがきっかけで、絵本を作ったのだ。(『グランデュードのまほうのコンパス』作ポール・マッカートニー 絵キャサリン・ダースト潮出版社)普段絵本は読まないけど、これは読んでみよう。グランデュードとは、「渋いおじいちゃん」「かっこいいおじいちゃん」というような意味。 孫の世代が直面している課題について、彼が気にしているのは環境問題。でも「若者はよくやっている」と楽観的だ。他にも危険なことは増えている。けれども、ポールはそういうことは避けている。「世代が違えば、危険な種類も違ってくる。だからこそ、思いやりや愛する心を示し、生きていることの素晴らしさを伝えたいのです」ホントにそうだね! ケン・ローチの『家族を想うとき』の記事も大切だ。83歳になった彼は、今度は「働く貧困層」である非正規雇用の実態をテーマに選んだ。今度1月に岡山にやってくるけど、必ず観ようと思う。 「表現する人 VOL2」は、紙のこよりで動物を造るHITOTSUYAMA.STADIOの仕事を紹介する。1ページ使って見せてくれるワニの写真は圧巻だ。一度観てみたい。 講談師四代目玉田玉秀斎の記事も素敵だった。ビッグイシュー販売者の人生を虚構織り混ぜて講談に作ろうとしている。 その他いろいろ。あ、特集の枝元なほみのパーティー料理も素敵だったけど、私にはまだハードルが高いかな。
2019年12月24日
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「ビッグイシュー371号」ゲット! 表紙は草間弥生。芸術は、好き嫌いで論じて良いと思っている。よって、これ以上いうことはない。 特集は「地図と暮らす」。リード文は以下の通り。 じつは「地図が文字よりも古い歴史をもつ」こと、知っていました? 今はネットで簡単に地図が見られる時代になりましたが、世界最古の地図は紀元前6200年頃にトルコのチャタルホユックの遺跡の家の壁に家屋を描いたもの。地図は人類が生きのびるのに不可欠で、それぞれの時代の、人々の空間的な理解を表してきました。 7歳の頃から都市の空想地図を描いてきた今和泉隆行さん(地理人)は「土地の全体観をつかみたいなら、アナログな地図感覚の方が役に立つ」と言います。 42年間、高等学校で地理を教えてきた田代博さん(日本地図センター相談役)は「災害などにも役立つ地図は命と生活を守る不可欠のツールでは?」と問いかけます。 地質図との出合いから地図を“鑑賞する”杉浦貴美子さん(ライター/地図製作者)は、地図や地形をモチーフにしたお菓子やアクセサリーもつくります。 地図感覚、地理、偏愛、地図と暮らすエキスパート3人の話を聞きながら、あなたも地図を友にしてみませんか? 世界最古の地図を見てみたい。今度図書館で調べてみよう!今和泉隆行さんの「地図の読み方」は、大変参考になった。 ・小学校は100-150m四方なので、小学校を見つけて、地図の大きさや距離を感覚的に知ることができる。 ・道路の網の目模様を見ることで、地域の歴史が見える。不規則‥‥明治以前、規則的‥‥昭和以降、なめらかな曲線‥‥新興住宅、旧市街地・駅・新市街地・高速という順に町の発展度合いがある。 また、防衛省が秋田県のイージス・アショアの設定根拠を出した時に、イーグルアースの見方がわからなかった「初歩的なミス」を解説もしていた。 地図って面白い!
2019年12月23日
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「カムイ伝第二部(不知火)(〜17)」 第8章「不知火」(14ー17巻) 竜之進「松造、拙者は(略)人の運命(さだめ)とは、一瞬先は闇とみて生きてきた。おぬしより拙者の方が先に逝くかもしれぬ」 松造「そんなことは承知の上でさあ。(略)人はなにも長生きするだけが能じゃねえ。ただ死ぬときには、おれは生きたんだってことを納得できる生きざまを(息子の小助に)教えてやってほしいだけでごぜえやす」(第14巻206p) 案外、この死生観がカムイ伝第二部の最大のテーマかもしれぬ。冗談です。 泥棒集団不知火一族のアヤメ奪還のために、タブテや五つ、竜之進、草鬼、日州、宮城音弥、カムイそして将来の老中堀田正俊までが活躍する。アヤメの奪還が何故重要かと言えば、逮捕・処刑の黒幕が酒井忠清だからというその一点に過ぎず、ここまで約3巻かけて描くのには、ずっと違和感があった。ただ、本当の狙いは別にあったのではないかと、今回再再読して思うようになった。ほぼ一巻かけて23年前の島原の乱が詳細に描かれる(アヤメの父親・道無の過去を描くため)。隠れキリスタン弾圧を機にした大きな「乱」であった。もちろん、差別される者に寄り添う姿勢は、正伝の中で一貫している。それは「カムイ伝」第一部第二部を貫くテーマでもある。しかしそれだけではない。実は島原の乱は、幕末を除いては、江戸時代に起きた唯一の幕藩体制を揺るがす「大戦争」だったのである。第二部が歴史的年代に拘った一つの狙いが、この島原の乱を描くことにあったのだとしたら、実は合点が行く。これは、カムイ伝が本来はたどりつくべき「戦争」、そして敗北に終わるべき戦争だったのではないか?つまりカムイ伝本来のテーマの前哨戦を描いたというわけだ。この時、反抗者だけでは無く、反乱を収めようとして失敗した一次二次の責任者は全て惨めな最後を迎えている。アヤメを逮捕する立場にある石谷奉行も島原の乱に参加していた。歴史的には他の責任をとって(この作品ではアヤメ処刑失敗の責任を取って)終わっている。こういう複雑な支配構造がカムイ伝本来の構想と結びついていたのかもしれない。ただ、この時点では物語全体から見れば島原の乱を無理やり挿入しているように思える。この大河物語が完結して、この伏線が生きたならば又違っていたのだが。 それと、事件の終息を告げる石谷十蔵町奉行辞職の件が1659年と書いている。この「不知火」の章のきっかけは、佐倉事件の終わりに竜之進が罠をかけられたことによる。佐倉事件は1660年なので、これは明らかに矛盾である。史実だとしても、それを実際書いてはいけなかった。明らかなミスを犠牲にしてまでも、石谷の辞職を「歴史的事実」だったと描く必要があったということなのだろう。 「カムイ伝第二部はどこに行くのか」ここで一旦切ります。長い長編もあと三章を残すのみとなっている。
2019年12月22日
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「カムイ伝第二部(佐倉十一万石)」(〜14)白土三平 小学館 第7章「佐倉十一万石」(12-14巻) 酒井雅楽頭の「野望」に関して、宮城音弥の推測を語る場面がある。「堀田家の排除だけならば、こんな回りくどいやり方はしない。将軍を鬱の病で除くことを通じて、自分の天下を狙ったのではないか」。「野望」の正体の一つの結論だが、おそらくそんな簡単にはわかるものではない。この巻では、酒井忠清の思惑通り、堀田上野介の無断佐倉帰り(史実)が行われる。 音弥が将軍家綱を、気鬱の病から救う少し前の話に時制は戻り、上総の椿湖干拓に従事する正助、竜の進、熊沢蕃山たちがカムイとまた一旦別れることになる顛末も描く。 つまり、カムイが追忍(?)と相対する顛末である。裏の裏の裏をかく描写は、緊迫感に満ちていてエンタメとして素晴らしかった。なんと!あのカムイの必殺技霞斬り、飯綱落としがあっさりと破られる。そして「カムイ外伝(スガルの島)」で作り出された十文字霞くずしさえも、この謎の男の前に破れて終う。その相手は謎のままという展開。この時、カムイは絶体絶命のピンチに陥る。ここまでのピンチは、カムイ伝中最も過酷だったと言っていいだろう。白土三平が長い間温めていた展開だったことは間違いない。画の描写もすごい。 カムイ外伝・正伝からの人物の名前が次々と出てくる。搦の手風、百日のウツセ、棒心、伝次、名張の五ツ。その過程で、謎の男から「抜けるばかりが抜忍ではなかろうが。初心を忘れおってからに」という伝言。正に外伝ではなく、正伝としての展開である。そしてカムイにこんなことを言える人物は、正助以外では1人しかいない。このあと、カムイは「野望」の章の宮城音弥のところに行き、音弥が徳川家綱の気鬱の病を癒すのを助けるのである。カムイの目的は、ただ宮城音弥を助けたかった、だけではない。ましてや、家綱に恩を売りたかったわけではないことは明らかである。 また、熊沢蕃山の思想の一端も紹介している。いわゆる、革命を経ずに日本国を豊にする方策である(参勤交代制度廃止論‥‥これも史実)。第二部が教育論を漫画化しただけという一部の論評は、しかし不十分ではある。正助も黒鍬衆の拡大によって、少しでも人々の移動を自由にし、身分制撤廃への道につなげようとする夢を語る。実現・非実現性は一旦置いておく。もちろん、ここでは大きくは展開されてはいない。ひとつ驚いたのは、千葉県佐倉にまで日置大一揆を謀った「影衆」が組織されていたということである。この広がりは、まるで戦前の共産党組織のようだ。これは、非常に恐ろしいことだ。いざという時には、一挙に「日本中の百姓・非人が動く」可能性があるということだ。ただし、これも未完のためか、展開されなかった。そして最後は酒井忠清の堀田上野介への企みを潰すことで終わるのである(万治三年1660年9月堀田上野介の佐倉帰城事件)。←ひとつ驚くことがある。第二部が始まったのは、1656年である。なんと、14巻かけて、4年しか経っていなかったのである。 それにしても、湖の中の食物連鎖の描写は、構成は白土三平自身がやったにもせよ、岡本鉄二の画は素晴らしい。この弟の死はいつから始まったのだろうか。残念でならない。
2019年12月21日
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「カムイ伝第二部 -12」「野望」白土三平 小学館コミックス 第6章「野望」(9-12巻) 世に名作「カムイ伝」の評価を下げたという評価のある第二部全22巻、いつかは取り上げなくてはならないと思っていたために前回は9巻まで6回に分けて、章ごとに批評していった(2018年7月)。その続きを書く。今回は大長編となった「野望」の章の途中で、2年間も中断して再開し、そのまま始まった「野望」の章を最後まで見てゆく。 四代将軍家綱が大きくクローズアップされるのは第10巻だ。物語はいよいよ歴史上の人物や出来事が出現する反面、物語の中の主要登場人物はどんどん宮城音弥(草加竜之進によって命を助けられ、浪人武士の出ながら小姓から将軍教育係まで出世している)の方にシフトしていく。既に物語のテーマは第一部の階級闘争から遠く離れている。音弥は、将軍への個人教授でこのように教える。 「高貴に生まれてもそれなりの苦しみがあり、私どものように貧なる生まれにても楽しき時もございます」 「それぞれの宿命をいかに生きるか、その生き様によって、この世は地獄ともなれば極楽ともなると‥‥」 「仰せの通りかと存じまする。故にすべての庶民は、百姓も漁民も皆必ず死ななければならぬ生を生きるべく、懸命に命をかけて生きておりまする。したがって楽しむ時には、精一杯楽しみます。なれど、己の運命(さだめ)をのりこえるには、勇気なければ耐えられませぬ」 音弥は、その時のために武術の稽古も必要と話をするわけだが、ここに至るとまるで「教育論」である。支配階級の頂点に位置する将軍と庶民を、ある意味では同等の者として描いている。まあ、音弥の言っていることはその通りなんだけど、芸術論を活かして、武も極める過程は少し出来過ぎの感もなくはない。 しばらく休みを取った後に、白土さんはなんか物語の構想を此処で大きく変えた、又は諦めたのだろうか。最終巻で結論を述べたい。 此処で正助の息子一太郎が、サエサに騙されて忍びの世界に入っている。忍びの世界をヤクザの世界に置き換えれば、サエサの心変わりも一太郎の不良化もガッテンのいくことである。ここでカムイは甥のために、いっぺんに教育するのではなく、おいおいと見守る方針を立てたようだ。それが果たしてうまくいくのか、私などは疑問である。 酒井と「影の参謀、猿投沢城主、望月佐渡守」との密謀は、四巻かけて半分くらい明らかになった。酒井雅楽頭の独裁への野望はどのように画策されて、どのように潰れるのか?現代の眼から見たらどう見えるのか?果たしてそこまで、話は行くのか?見守りたい。
2019年12月20日
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今月の映画評は「アベンジャーズ シリーズ」ということにしました。 お正月映画は何にしましょうか?滅多にない連休です。まとめて映画を観られる機会なのだからシリーズものにしましょうか。 家族一緒に観られる映画だとすると「アベンジャーズ 」はどうでしょうか?最終編は今年、歴代世界映画興行収入が「アバター」を抜いて1位に輝きました。そういう意味では歴史的大作です。超能力や特別な力を持った正義のヒーローたちが、宇宙の平和を脅かす敵に向かって、団結して(時に仲違いしながら)立ち向かうお話です。簡単に言えばそうなのですが、実は製作のマーベルの思惑で、直近の最終編だけでも前後編あわせて5時間半の大作で、そこに至るまでの全員揃う作品が3作あり、全て観れば22作品あるという大変なものです。時系列に沿って観るのは、おそらく難しいと思います(私も無理でした)。迷いましたが最終前編「インフィニティ・ウォー」と後編「エンドゲーム」を観て、気になった人物が出てきたら、過去に遡ってチェックするのが1番ストレスが無いかもしれません。そういう謎解きを愉しむつくりにもなっています。その際、「キャプテン・アメリカ」シリーズだけは抑えておくことをお勧めします。 こう書くと「そんなめんどくさいことできるもんか!」と怒り出す方がおられるとは思いますが、大丈夫です。ひとつひとつは「ああ、そんなお約束なのね」と受け流して仕舞えば、ちゃんとそれぞれにテーマがあって楽しめる作品ばかりです。 因みに、最終前編「インフィニティ・ウォー」にもテーマがあります。サノスという宇宙最強の敵が登場します。アベンジャーズ も最強なのに、あの有名なハルクでさえ歯が立ちません。悪い事に、サノスは宇宙を操ることのできるインフィニティ・ストーンズを全て集めて全能の力を持とうと画策しています。まぁドラゴンボールのようなものです。 サノスは敵役にしてはとっても真面目な性格で「人口を半分にして、宇宙の不均衡を正す」変な正義感を持っています。現代でも「戦争は必要悪だ。人口を減らさなければ世界が滅びてしまう」と仰る真面目な変人が消えないのと同じですね。それを否定するのは簡単です。アベンジャーズ も、それに対抗して仲違いしていたのに団結します。それでも‥‥というのが前編です。これを機会に世界の人口問題や食料問題について家族で観て話し合っても良さそうです。(08年から19年まで22作、主役級の俳優が多数出演、監督も多々、「アベンジャーズ の映画まとめ」で検索すれば一覧がでます。全てレンタル可能)
2019年12月18日
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「創世のタイガ(〜6)」森恒二 講談社コミックス 人類学ゼミの卒業旅行でオーストラリアを旅している途中、男女7人はタイムスリップしてネアンデルタール人とホモサピエンスが同時に生息していた時代に行ってしまう。何故なのか、どうなるのか、ということは最終巻に明らかになるかもしれないが、漫画の目的はそこにはない。大型獣や最も警戒しなくてはならない人類のいる中で、体力や時代のスキルに劣っていると思われる現代の若者が、この3万年前(私の推測)の旧石器時代に果たして生き残ることができるのか、という問いかけの漫画なのだ。現在出ている6巻まで一気読みした。 ただ彼らには、人類学専攻で普通の学生以上に高い知識がある。また、主人公タイガは格闘技の技術と工夫と勇気があった。 ネアンデルタール人とホモサピエンスは当然のように「組織的に」殺し合っている。これには私は、とっても違和感がある(cf.『絶滅の人類史』を読めばその根拠を書いている)。このように描くのは、「戦争」がないと歴史が進まないと勘違いしている現代人の悪弊だと思う。何しろ彼らが殺しあう動機をこの作品は一切語っていないのである。しかし、ここでいくら言っても物語はそのように進んでいるので、とりあえず受け入れて読み進めていった。いいところもある。日本の古代ファンの私が見ても、とっても面白い所が多いからだ。 大型獣をも倒せる石槍の作り方、皮のなめし方、土に書く地図、共同体の中の長老の存在、簡単な信仰、狩の仕方、生き血で塩分を摂る方法、塩がまだ作られていなかった頃の保存法(いぶし肉)、そして組織的な狩によるマンモスハンター、「創世の」という題名の意味がどんどん明らかになってくる最新巻だった。
2019年12月17日
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「酒の友 めしの友」安倍夜郎 実業之日本社文庫 台湾の台南に行ったときに、通路の宣伝看板に「深夜食堂系列 食久堂」というみすぼらしい貼り紙があった。無許可看板なのは明らかではあるが、ここまで台湾の人にこの漫画が浸透していることの方に少なからず驚いた。 新宿のなんでもつくる居酒屋の料理とお客さんを通じて、実に日本的な人生模様を見せる漫画『深夜食堂』は、しかし世界的な普遍性をも持っているのである。私も大好きで、ついつい漫画もドラマも何度も見てしまう。その作画の秘密が、文章とイラストと短編漫画とインタビューで綴られていて文庫本で刊行された。「いかん、これ図書館で借りようとしたら半年かかるヤツやで」と、ついつい購入(後で考えたら、直ぐリクエストしたら直ぐ読めたかも)。 作者の秘密は簡単だ。高知県四万十市の自然食材に育まれた舌と、バーなどに集う「常連客の話」を上手いこと料理していること。安倍夜郎は、ずっとパッとしないCMディレクターをやっていて、2003年新人コミック大賞を受賞して直ぐ仕事を辞めた。デビューしたのが3年経った41歳という経歴。その顛末を語った漫研先輩の堀井憲一郎とのロングインタビューがすこぶる面白い(なんか他人事じゃないと思ってしまう)。『深夜食堂』の語り口はデイモン・ラニアンの『ブロードウェイの天使』を参考にしたそうだ。一度眺めてみよう。あと、早稲田漫研の同級生(!)の町山智浩の結婚ビデオを撮っていた。「夜郎」って「夜郎自大(井の中の蛙)」て意味なのか!時々びっくりするようなことがどんどん出てくる。この本にはデビュー作『山本耳かき店』や大学時代の習作まである。文庫本オリジナル編集。すこぶるお得で面白い一冊。
2019年12月15日
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松木武彦教授の「全国おすすめ古墳めぐり」(「新聞赤旗」金曜日連載)の2回目は、鳥取県淀江の向山古墳群が選ばれました。6世紀の群集墳です。私自身は、直ぐそばに弥生時代の妻木晩田遺跡があるので、3回は来たことがありますが、そんな魅力あるものとは思っていませんでした。松木さんは、「大和政権ができてなりを潜めていた勢力が、それまでの大王とのつながりが薄い継体になって台頭してきたのだ」と言います。同じ丘陵の石馬谷古墳から出土した石馬は、九州の磐井の残党が継いだ可能性があります。そう考えると、四隅突出墓勢力が突然勢力を無くし、300年経ってまた力を蓄えたのだという「物語」も見えてきます。遺跡めぐりは、これだからロマンがある。
2019年12月14日
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博物館フェチの私が、なかなかタイミングが合わずに見ることできていなかった倉敷市の代表的な博物館、倉敷市歴史民俗資料館をやっと観た。三好市にある広島県立歴史民俗資料館とは、展示内容は質量とも雲泥の差がある。けれども、観るべきところはあった。 (1)ともかく建物が素晴らしい。大正14年竣工の元倉敷幼稚園を解体復元して作ったもの。正面のいかにもモダンな佇まい。圧倒的なのは、美しい八弁花模様の天井を持つ遊戯室(展示室)である。こんなに広いのに、八角形にすることで、内部に支柱を使わずに幼児が伸び伸びと遊ぶことができた。現存するものでは全国唯一、幼児教育史上貴重な建物らしい。 (2)歴史民俗資料館というよりは、教育資料館として改名したらいいほど、それに特化していて、倉敷市の歴史展示や民俗資料はほとんどない。資料の8割くらいは、明治から昭和にかけての教科書を、倉敷市の各地域から集めて展示している。戦前のそれは、数があるからなのか、実物を手に取ってみることができる。 教科書展示の充実度は、今まで観たどの博物館よりも充実していた。
2019年12月13日
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「ほのぼのお徒歩日記」宮部みゆき 新潮文庫 前口上 90年代中ごろ、ミヤベのお江戸学習と腎臓結石治療のために、赤穂浪士討ち入りあとの泉岳寺までの道のりや、市中引き廻しのルート等々を歩いてみよう、と始まったこの企画、好評を得まして平成12年に文庫本「平成お徒歩日記」と相成ったようです。中島みゆきの歌とラジオ番組の中島みゆきの声が別人のように、宮部みゆきの小説とミヤベのエッセイが別人であることを、このとき世間は初めて知るのでありました。それにしても31pの写真のミヤベが若い!「おかち」と書いて「お徒歩」と、「どびんむし」と書いて「土瓶蒸し」と、変換しないワープロ「一太郎」が懐かしい。今回一編加えて新装完全版が出ました。 あとがき 前の文庫本も出た直後に買っています。すっかり蔵書の奥の何処かに隠れていますが、頭の何処かに記憶があったのか、この16年間に東京の散歩ルートはかなり歩いていましたよ。ミヤベのシマは深川です。両国吉良邸跡も、小塚原の刑場跡も、深川7不思議のほとんどの場所も、剣客商売「浮沈」の深川も、8年前や2年前に歩いていました。歩いて初めてわかる江戸人たちの時間感覚。江戸城一周コースはやったこと無かったなあ。今度やってみよう。令和のコース(半七捕物帳「津の国屋」を歩く、神田-四谷-赤坂)もやってみよう。今回再読してわかったこともいくつか。ミヤベの実家って、あの辺りだったんだ!歩いた!歩いた!
2019年12月11日
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「東の海神 西の滄海 十二国記3」小野不由美 新潮文庫 このファンタジー世界の秘密に関して、冒頭にとんでもないことが書いてあった。冒頭なので、ネタバレとして扱わない。以下に記す。 世界の果てに虚海と呼ばれる海がある。この海の東と西に、二つの国があった。常には交わることなく隔絶された二国には、共に一つの伝説がある。 ー海上遥か彼方には、幻の国がある、と。 そこは選ばれた者だけが訪ねることのできる至福の国、豊穣の約束された土地、富は泉のように湧き、老いもなく死もなく、どんな苦しみも存在しない。一方の国ではこれを蓬莱と呼び、もう一方の国ではこれを常世(とこよ)と呼んだ。(12p) もちろん、蓬莱とは日本のことである。では、常世は何を示すのか。十二国の世界そのものを示すのである。十二国とはあの世、或いは天国のことだったのか?でも、さぁこれで「十二国記」の秘密はバレた!と思ってはいけない。日本をそんな国だと言っている端から真実ではないことは明らかだからである。「常世」の起源はいつ頃だろうか。民俗学的には日本全国にその伝説はあり、特にニライカナイ伝説が有名だ。考古学的には宗教遺跡は遺らないのでわかりにくいが、仏教以前と考える方が自然かな。だとすると、古墳・弥生時代となる。蓬莱はどうか。紀元前91年ごろに完成した司馬遷『史記』の中に、秦の時代(BC3世記)の『徐福伝説』の中で出てくる。神仙思想のひとつ。かなり古い。でも、弥生時代と重なる。他にも検討すべき言葉はあるが、長くなるのでここまで。 閑話休題。この巻で、時代は一挙に500年前に飛ぶ。雁(えん)国王、延王尚隆と延麒六太の始まりのお話である。 ここでは、理想の政治体型についての議論が戦わされる。とは言っても、十二国は、天帝の意思を代弁して麒麟が王を選ぶ。王は理想の政治を行うことになっている。王は不老不死だし、そのまま理想が続くと思いきや、昏君になることがあり得る。そうなると、麒麟は病み、失道に陥る。そのまま麒麟が斃れれば、王もまた斃れる仕組みである。今回の敵役、元州の斡由は「それならば、民の信任厚い私に元州だけでも全権をお任せください」と武力と脅迫を持って迫るというわけだ。手段はよくないが、理屈は一見通っているかのように見える。 王が不老不死のまま、必ず理想の国つくりを行えば、こういうことにはならない。でも、どうやら千年続いた国はないようなので、最初よくても、最初から悪くても、王は必ず失道するのだろう。「名君による独裁国家か、民主主義による腐敗か」という議論は、『銀河英雄伝説』からこの方ずっと読者を悩ましてはいるが、この世界は、一応「名君による独裁国家」を制度化した世界のようだ。天帝(の使い麒麟)が選ぶのは、必ず「人間」だ。人間はいつかはダメになる。それを見越しての制度化である。これがホントの理想国家なのか?天国なのか?昏君になったときの民の不幸は目を覆いたくなるようなものだ。数十年であれ、民にそんな想いをさせて良いものか。超人ではない延王尚隆は、20年や30年では民を幸せにはできない。元州の斡由が出てくる所以である。延王尚隆は果たしてどうするのか? (実質この世界の天帝たる)小野不由美の手腕が問われる。 それにしても、「ある人物」は、「己の失敗を認めることができない」「自分が完璧だと信じたい。傷を隠すためならばなんでもする」という風に描かれた。最近、現実のある一国の責任者の中にそういう人物がいたことを思い出した。 最後に、ここまでで分かったことを年表に落とす。斡由の乱の帰趨は次巻の時に付け加えます。 年代推測は綿密な考証をしている長文コラム 「COLLUM」(https://proto.harisen.jp/koramu/komatsu-metsubou.htm)をそのまま参考にさせてもらいました。泰麒の項の記載も若干修正しました。 1467年 六太1歳応仁の乱で罹災する。 1470年 六太4歳麒麟となる。 1477年 延麒六太京都を彷徨う 1479年 瀬戸内海賊村上氏により海辺領主小松氏滅亡 (大化元年) 六太、小松尚隆を延王とする 1500年(大化21年)斡由の乱 X元年 泰麒 胎果として日本に流される X8年 景麒 景国に降りる X9年末 景麒 商家の娘である景王を見つける X10年 泰麒 2月蓬山に戻る 泰麒 泰王見つける X11年 泰麒 4月日本に戻る X14年 5月景国王亡くなる。 X15年(1992年?)1月陽子日本より来たる 8月陽子景国王となる X17年 泰麒 9月戴国に戻る
2019年12月10日
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10月の一作品と11月の四作品を紹介します。「閉鎖病棟-それぞれの朝-」出始めの頃は危うかったが、「沈黙-サイレンス−」以来、小松菜奈はいい役者になろうとしている。精神病棟をじっくり撮ったのは、これが最初なのでは無いだろうか?それぞれ(入院患者全員)の事情は、あえてわかりやすく見せずに、お互いがそれぞれ踏み込まずに思いやりながら暮らしているのを、無理なく撮ったと思う。ドラマ部分は、付け足しのようなもので、それが無いと終わらないからだろう。本人達に終わりは無い。でも、ドラマ部分に感動してしまった自分もいる。もちろん、人はいつでもやり直せる。STORY長野県の小諸にある精神科病院には、さまざまな過去を持つ患者たちが入院していた。死刑囚だった梶木秀丸(笑福亭鶴瓶)、幻聴が原因で暴れるようになり周囲から煙たがられている元サラリーマンのチュウさん(綾野剛)、不登校のため通院する高校生の由紀(小松菜奈)ら患者たちは、明るく生きていこうとしていた。ある日、秀丸が人を殺してしまう。キャスト笑福亭鶴瓶、綾野剛、小松菜奈、坂東龍汰、平岩紙、綾田俊樹、森下能幸、水澤紳吾、駒木根隆介、大窪人衛、北村早樹子、大方斐紗子、村木仁、片岡礼子、山中崇、根岸季衣、ベンガル、高橋和也、木野花、渋川清彦、小林聡美スタッフ原作:帚木蓬生監督・脚本:平山秀幸2019年11月19日MOVIX倉敷★★★★ 「ターミネーター:ニューフェイト」シュワちゃんは「もう戻ってこない」と言ったのだから、シュワちゃんのターミネーターはこれで終わり。結局、彼ありきのこの話だったのだと思う。シュワちゃんが20年の間に考えを変えたのだとすれば、「運命」は「変えることができる」という命題を、繰り返し繰り返し作ってきたということなのだろう。それと、もう一つ「人類の滅亡」という「運命」も繰り返し繰り返しやってくるというのだろう。二つの運命を繰り返し繰り返し描くことで、人類特にアメリカ精神は、何を得てきたのだろう。それを突破するのは、サラ・コナーをはじめとする戦う女だったということなのか。シュワちゃんとリンダは、想像以上に頑張っていたし、世界をそのまま信じさせる存在感に満ちていた。これは奇跡的なことかもしれない。でも、もう次は作ってはいけない。年寄が傷つきながら頑張る話は見たくない。(STORY)ある日、未来から来たターミネーター“REV-9”(ガブリエル・ルナ)が、メキシコシティの自動車工場で働いている21歳の女性ダニー(ナタリア・レイエス)と弟のミゲルに襲い掛かる。ダニーとミゲルは強化型兵士のグレース(マッケンジー・デイヴィス)に救われ、 何とか工場から脱出した。そして彼らをしつこく追跡するREV-9の前に、サラ・コナー(リンダ・ハミルトン)が現れる。(キャスト)アーノルド・シュワルツェネッガー、リンダ・ハミルトン、マッケンジー・デイヴィス、ナタリア・レイエス、ガブリエル・ルナ、ディエゴ・ボネータ、(日本語吹き替え)、玄田哲章、戸田恵子、坂本真綾、小松史法、高垣彩陽、伊東健、落合福嗣(スタッフ)監督:ティム・ミラー製作:ジェームズ・キャメロン2019年11月18日MOVIX倉敷★★★★10月の鑑賞を記録忘れていました。「ある船頭の話」もし評価するとすれば、奇跡のような渓谷の景色が2時間近くずっと続くことだと思う。明治時代、山奥に橋がかかる半年前の話。渡し舟しか手段がなく町へ行く田舎の人々は、トイチの舟を利用する。少女が流れ着いて、不穏な空気が流れるけれども、大きな事件は終盤まで起きない。この辺りの脚本と緊張感の持たせ方が、やはりオダキリ・ジョーでは難しかったと思う。結局、近代化の波の中で失われる昔の暮らし、というようなテーマしか、くっきりとは浮かばなかった。とってつけたような最後の急転直下は、単に登場人物たちを舞台から去らせるための方便でしか無いように思う。柄本明が、少女が何を考えているのか、最後までわからない構造は、それはそれでいいのだけど、それならば、もっと納得できる脚本にして欲しい。(解説)俳優オダギリジョーの監督作で、オダギリが長年温めていたオリジナル脚本を映画化したヒューマンドラマ。渡し舟の船頭の人生が、ある少女との出会いによって狂い始める。『カンゾー先生』などの柄本明が主演を務めるほか、村上虹郎、川島鈴遥らが共演。撮影監督に『花様年華(かようねんか)』などのクリストファー・ドイル、衣装デザインに『乱』『LOVERS』などのワダエミら世界で活躍するスタッフが参加した。(ストーリー)村と町の間に流れる川で船頭をしているトイチ(柄本明)は、ひたすら渡し船を漕ぐ毎日を送っている。人々は、川上に建設中の橋の完成を心待ちにしていた。ある日トイチは、一人の少女(川島鈴遥)と出会う。トイチは何も話さず身寄りのない少女と一緒に生活することになる。2019年10月27日シネマ・クレール★★★「ホテル・ムンバイ」観る前は、てっきり数人の英雄が起死回生のアイデアと勇気を出して、ホテルの人々のほとんどを無事に救出した「ホントにあった奇跡の物語」かと思っていた。「奇跡の脱出劇」とは違う。「ひとりでも多くの命を救おうとした“名もなき英雄たち”」というチラシの言葉を軽く見ていた。フィーチャーされたのはホテルマン、デヴ・パテルとアメリカ人、アーミー・ハマーであるが、料理長も脱出の時にお客脱出を優先させた多くの従業員、元ロシア軍人も、みんな必死に命を救おうとしたし、それでも思った以上に多くの人の命が失われた。チラシでは、ホテルに3日間閉じ込められたと書いているが、映画では12時間後には特殊部隊が到着している。どっちがホントなのか。いくらインドが広いと言っても、軍用輸送機で送ることはできなかったのか?等々とちょっと疑問も残る。テロ側を、その人物像まで描いているのが、今までと違う。「まだ子どもじゃないか」と地元警察がいみじくもいったように、テロが起きる構造さえ見えるようにリアルに作っている。パキスタンの首謀者の悪意はとても恐ろしく憎い。思った以上に社会派だった。(ストーリー)STORYインドの巨大都市ムンバイに、臨月の妻と幼い娘と暮らす青年アルジュン(デヴ・パテル)は、街の象徴でもある五つ星ホテルの従業員であることに誇りを感じていた。この日も、いつも通りのホテルの光景だったが、武装したテロリスト集団がホテルを占拠し、“楽園”は一瞬にして崩壊する。500人以上の宿泊客と従業員を、無慈悲な銃弾が襲う中、テロ殲滅部隊が到着するまでに数日かかるという絶望的な報せが届く。アルジュンら従業員は、「ここが私の家です」とホテルに残り、宿泊客を救う道を選ぶ。一方、赤ん坊を部屋に取り残されたアメリカ人建築家デヴィッド(アーミー・ハマー)は、ある命がけの決断をするのだが──。2019年11月25日シネマ・クレール★★★★「決算! 忠臣蔵」なんとか手に入れた内匠頭の奥様の輿入れ資金約5000両をまるまる再興(途中から討ち入り)資金として活用し始めたのは、いいけど、案外使うわ使うわ、江戸時代の物価は、どうやら現代よりも高い気がする。何しろ、京都から江戸へ半月ぐらいかけて往復するのに72万円必要なんでっせ?高すぎやろ!かけそば一杯480円で計算しているんだけど、天ぷらそばに変えた途端に960円するなんて高過ぎやろ!そんなこんなで、討ち入り後に残った金は100両ぽっち。それも、48士の家族の面倒見てやってと頼まれたモンだから赤字だったそうだ。吉本興業とジャニーズで、この群像劇をなんとか成立させている。次席家老を西川きよしにさせたのは、誤りかなと思ったら案外いい表情してた。それとNGT48の荻野由佳がいかにも料理屋の娘然としていて案外よかった。本来の忠臣蔵とこの忠臣蔵を足して二で割ると現代的な見応えある忠臣蔵になるのかもしれない。この映画で、きちんと現代批判をしたならばよかったのに、中村監督にしてはいまいちキレが悪かった。STORY1701年、赤穂藩藩主・浅野内匠頭が江戸城・松之廊下で刃傷騒ぎを起こし、浅野家お取り潰しと内匠頭の即日切腹が決まる。筆頭家老・大石内蔵助(堤真一)はお家再興のために幕府へ働きかけるが、その思いは断たれてしまう。江戸の庶民たちは吉良上野介へのあだ討ちを熱望するが、討入りするにも多額のお金が必要だった。キャスト堤真一、岡村隆史、濱田岳、横山裕、妻夫木聡、荒川良々、西村まさ彦、木村祐一、橋本良亮、寺脇康文、桂文珍、竹内結子、西川きよし、石原さとみ、阿部サダヲスタッフ原作:山本博文監督・脚本:中村義洋撮影:相馬大輔美術:倉田智子照明:佐藤浩太録音:藤本賢一編集:小堀由起子音楽:高見優VFXプロデューサー:齋藤大輔2019年11月30日MOVIX倉敷★★★★
2019年12月09日
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10月後半の4作品です。 「蜜蜂と遠雷」世界は音楽で満ちている。世界が鳴っている。貴女が世界を鳴らすのよ。原作も、それだけのことを言うために延々と言葉の技巧と志を傾けて大長編を作ったのだが、映画は、その大長編をとことん縮めて、新たな場面も作って、同じことを描いた。原作も映画も、果たして描けたのか。と言えば、描けたとは、私は言い切れない。反対に言えば、誰が描けると言うのだろう?けれども、映画は映画の仕事はした。原作では省略した、栄伝亜夜の本戦最後の曲を描き切った。聞いてみれば、3人の中では一番派手な曲なので、当たり前ではある。亜夜が主人公になっているので、それはそれで仕方ない。春と修羅の作曲は、感性の問題だから仕方ないのだけど、私は納得できない。(解説)直木賞と本屋大賞をダブル受賞した恩田陸の小説を実写映画化。若手ピアニストの登竜門とされる国際ピアノコンクールを舞台に、4人のピアニストたちの葛藤と成長を描く。キャストには『勝手にふるえてろ』などの松岡茉優、『娼年』などの松坂桃李、『レディ・プレイヤー1』などの森崎ウィン、オーディションで抜てきされた鈴鹿央士らが集結。『愚行録』などの石川慶がメガホンを取った。(ストーリー)優勝者が後に有名なコンクールで優勝するというジンクスで注目される芳ヶ江国際ピアノコンクールに挑む栄伝亜夜(松岡茉優)、高島明石(松坂桃李)、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール(森崎ウィン)、風間塵(鈴鹿央士)。長年ピアノから遠さがっていた亜夜、年齢制限ギリギリの明石、優勝候補のマサル、謎めいた少年・塵は、それぞれの思いを胸にステージに上がる。(キャスト)松岡茉優(栄伝亜夜)松坂桃李(高島明石)森崎ウィン(マサル・カルロス・レヴィ・アナトール)鈴鹿央士(風間塵)臼田あさ美(高島満智子)ブルゾンちえみ(仁科雅美)福島リラ(ジェニファ・チャン)眞島秀和(ピアノ修理職人の男)片桐はいり(コンクール会場のクローク)光石研(菱沼忠明)平田満(田久保寛)アンジェイ・ヒラ(ナサニエル・シルヴァーバーグ)斉藤由貴(嵯峨三枝子)鹿賀丈史(小野寺昌幸)(スタッフ)原作 恩田陸監督・脚本・編集 石川慶「春と修羅」作曲 藤倉大ピアノ演奏 河村尚子、福間洸太朗、金子三勇士、藤田真央オーケストラ演奏 東京フィルハーモニー交響楽団2019年10月14日TOHOシネマズ岡南★★★★ 「ジョン・ウィック パラベラム」後世の歴史家は、こういう映画が結果的に4作も続いたこの時期の世界を、刺激に飢えた退廃した世の中と「裁定」するのだろうか(続編が作られるのは決定的なので4作と書いた)。見なければ批評出来ないので、1も2も観ていないし、必ず出来るであろう4も見るつもりはないけれども、このシリーズを観ました。ともかく、理屈はいいから131分永遠に暗殺アクションを見せることに徹した珍しい作品でした。アクションの最中に眠たくなったのは、初めてかもしれない。なぜか、寿司屋がフィーチャーされていて、忍者が超人的な敵役というか、ほとんど漫画のライバルとして出てくる。見方の役は、殺されそうになるけど、何故か殺されないというのも、漫画的。製作者はジャパンコミックのフアンなのは、明らか。(解説)キアヌ・リーヴス演じる殺し屋ジョン・ウィックの復讐(ふくしゅう)劇を描くアクションシリーズの第3弾。追われる身となったジョンが、迫りくる暗殺集団との戦いに挑む。前2作のメガホンを取ったチャド・スタエルスキが続投。イアン・マクシェーン、ローレンス・フィッシュバーンらおなじみのキャストに加え、ジョンと因縁がある謎の女役で『チョコレート』などのハル・ベリーが参加している。(ストーリー)裏社会の聖域コンチネンタルホテルでの不殺のおきてを破ってしまった殺し屋のジョン・ウィック(キアヌ・リーヴス)は、裏社会を束ねる組織の粛清の対象になる。1,400万ドルの賞金を懸けられ、刺客たちと壮絶な死闘を繰り広げて満身創痍のジョンは、以前“血の誓印”を交わしたソフィア(ハル・ベリー)の協力を得ようとモロッコへ向かう。(キャスト)キアヌ・リーヴス(ジョン・ウィック)ハル・ベリー(ソフィア)イアン・マクシェーン(ウィンストン)ローレンス・フィッシュバーン(バワリー・キング)マーク・ダカスコス(ゼロ)エイジア・ケイト・ディロン(裁定人)ランス・レディック(シャロン)サイード・タグマウイ(首領)ジェローム・フリン(ベラーダ)アンジェリカ・ヒューストン(ディレクター)(スタッフ)監督チャド・スタエルスキ脚本・キャラクター原案デレク・コルスタッド脚本シェイ・ハッテン、クリス・コリンズ、マーク・エイブラムス2019年10月14日TOHOシネマズ岡南★★★ 「ジョーカー」若者で半分くらい埋まっていた。興行成績一位らしい。この現象が、映画の内容よりも、よっぽど興味深い。エンタメ部分はほとんどない。終始フォアキン・フェニックスのアップが続く、一人称語りの深刻な作品なのである。若者の奥深いところで、共感があるのか?しかし、それ以上にあるのは「謎解き」の話題であることもわかった。話は、ジョーカーの妄想なのではないか?ラストの場面は何だったのか?結局、バッドマンの父親を殺したのはジョーカーじゃなかった!この時ジョーカーは30歳。バッドマンになるべきブルースはおそらく10歳くらい。バッドマンとジョーカーの対決は、バッドマン30歳の頃だろうから、この時から20年の歳月が流れたのか?あの時のジョーカーは50歳だったのか?‥‥等々が面白いのか?若者に対するそういう小さな細部への拘りが、結局、日本の若者を大きく動かしているのか?作品全体の構造を、私たち大人は話題にしなくてはならない。虐げられて、絶望して、自分を殺すために、道連れに嫌な奴を殺す。ジョーカーは、自殺のために人を殺したのは明らかだ。そのあと10年間、バッドマンに捕まるまで、自殺のために人に祭り上げられて、犯罪を犯してきたのだろうか?ウエィンもロバート・デ・ニーロも、表は常識人本質は嫌な奴として描いている。それによって、暴動を起こす街の人々に同情している。あれで暴動を起こす「架空の街ゴッサムシティ」は異常である。そこで祭り上げられるジョーカーに共感するのも、どうなのか?と思う。京アニ放火事件の犯人の内面を映画化すれば、このようなものになると言えば、多くの日本人が反発するだろう。しかし、当たらずとも言えども遠からずの気がする。しかし、これが興行的に成功するところに、現代性があり、やはり歴史的な映画というべきだろう。アカデミー最優秀男優賞をとって欲しい。(解説)『ザ・マスター』『ビューティフル・デイ』などのホアキン・フェニックスが、DCコミックスの悪役ジョーカーを演じたドラマ。大道芸人だった男が、さまざまな要因から巨悪に変貌する。『ハングオーバー』シリーズなどのトッド・フィリップスがメガホンを取り、オスカー俳優ロバート・デ・ニーロらが共演。『ザ・ファイター』などのスコット・シルヴァーがフィリップス監督と共に脚本を担当した。(ストーリー)孤独で心の優しいアーサー(ホアキン・フェニックス)は、母の「どんなときも笑顔で人々を楽しませなさい」という言葉を心に刻みコメディアンを目指す。ピエロのメイクをして大道芸を披露しながら母を助ける彼は、同じアパートの住人ソフィーにひそかに思いを寄せていた。そして、笑いのある人生は素晴らしいと信じ、底辺からの脱出を試みる。(キャスト)ホアキン・フェニックス(アーサー・フレック)ロバート・デ・ニーロ(マレー・フランクリン)ザジー・ビーツ(ソフィー・デュモンド)フランセス・コンロイ(ペニー・フレック)(スタッフ)監督・製作・共同脚本トッド・フィリップス製作ブラッドリー・クーパー、エマ・ティリンジャー・コスコフ共同脚本スコット・シルバー撮影ローレンス・シャー美術マーク・フリードバーグ編集ジェフ・グロス衣装マーク・ブリッジス音楽ヒルドゥル・グーナドッティル2019年10月20日MOVIX倉敷★★★★ 「楽園」こんなに暗い話なので観客が少ないのは肯ける。そんなに悪い出来じゃない。吉田修一の「犯罪小説集」の中の「青田のY字路」や「万屋善次郎」が原作らしい。2つを合体させていたのか!主役級が2人いて、1人は途中退席(実は違った)したので、てっきり勘違いしたよ。限界集落の閉鎖性を、これでもかと描く。映画的外連味があって、名作とはちょっとならなかった。杉咲花はいい女優になったと思う。(ストーリー)12年前、青田に囲まれたY字路で幼女の誘拐事件が発生した。事件が起こる直前までその幼女といたことで心に傷を負った紡(杉咲花)は、祭りの準備中に孤独な豪士(綾野剛)と出会う。そして祭りの日、あのY字路で再び少女が行方不明になり、豪士は犯人として疑われる。1年後、Y字路へ続く集落で暮らす養蜂家の善次郎(佐藤浩市)は、ある出来事をきっかけに、村八分にされてしまう。(キャスト)綾野剛、杉咲花、村上虹郎、片岡礼子、黒沢あすか、石橋静河、根岸季衣、柄本明、佐藤浩市(スタッフ)原作:吉田修一監督・脚本:瀬々敬久撮影:鍋島淳裕照明:かげつよし録音:高田伸也美術:磯見俊裕編集:早野亮主題歌:上白石萌音作詞・作曲・プロデュース:野田洋次郎劇伴:ユップ・べヴィン2019年10月28日MOVIX倉敷★★★★
2019年12月08日
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10月に観た映画をUPし忘れていました。10月で8作品、11月で4作品と少ないので三回に分けて一気に紹介します。「アイネクライネナハトムジーク」うーむ残念な一作。やはり原作は越えられない。伊坂の原作は、時が行ったり来たりして、その叙述トリックを見破るのが楽しかったのだが、映画だから登場人物は推測できるから出来なかったのだろうけど、時系列通りに話は進むし、素敵な会話は、中途半端だし、その一方で原作通りに会話だらけの映画になっているし、1番は、斉藤和義の新作を何回も聞けたのは良かったけど、原作では「さいとうさん」は人物に合わせた斉藤和義の歌詞をプレゼントする設定になっていた。斉藤和義全面協力なんだから、その設定は活かして欲しかった。また、1番好きなエピソードが他に入れ替わっていた。ホントに残念!(STORY)マーケティングリサーチ会社で働く佐藤(三浦春馬)は、劇的な出会いをひたすら待っている。ある日、仙台駅前で街頭アンケートを取っていると、多くの人が立ち止まってくれない中で1人の女性(多部未華子)が快く応じてくれた。佐藤は、親友の「出会いなんてどうだっていい、後で自分の幸運に感謝できるのが一番だ」という言葉を思い出す。あ、恒松祐里は良かった。「凪待ち」はまぐれじゃなかった。(キャスト)三浦春馬、多部未華子、矢本悠馬、森絵梨佳、恒松祐里、萩原利久、成田瑛基、八木優希、MEGUMI、柳憂怜、濱田マリ、藤原季節、中川翼、祷キララ、伊達みきお、富澤たけし、貫地谷しほり、原田泰造(スタッフ)原作:伊坂幸太郎主題歌:斉藤和義監督:今泉力哉2019年10月1日TOHOシネマズ岡南★★★「見えない目撃者」まさか、こんなサスペンスで泣かされるとは思わなかった。吉岡美帆の此処までの代表作になると思う。犯人がわかったあとの、怒涛のアクションが近年無い。細かいところでは、犯人の行動に疑問符が付いたり、警察の行動に疑問符が付いたりはした。でも、それが全てのエピソードが、吉岡美帆と宇宙2人の生きる意味を見つけ出す意味となって集約してゆくラストが気持ち良くて、許したくなる。つまり、全く傷のない大傑作ではないが、忘れられない作品になった。JK(女子高生)の家出事情や、視覚障害者の行動可能性を最大限まで映像化したという意味でも意義ある作品になっている。(ストーリー)浜中なつめ(吉岡里帆)は警察学校の卒業式の夜、過失で弟を事故死させ、自分の視力も失う。警察官になることを諦めたなつめはある日、自動車事故の現場で少女が助けを求める声を聞く。誘拐事件を疑ったなつめは警察に訴えるが十分に捜査してもらえず、自ら動き出す。キャスト吉岡里帆、高杉真宙、大倉孝二、浅香航大、酒向芳、松大航也、國村隼、渡辺大知、柳俊太郎、松田美由紀、田口トモロヲスタッフ監督・脚本:森淳一脚本:藤井清美プロデューサー:小出真佐樹撮影:高木風太美術:禪洲幸久照明:藤井勇録音:竹内久史編集:瀧田隆一音楽:大間々昂ドッグトレーナー:宮忠臣警察監修:石坂隆昌視覚障害取材協力:平野恒雄、鈴木千秋主題歌:みゆな2019年10月1日TOHOシネマズ岡南★★★★「アド・アストラ」「地獄の黙示録」や「父親殺し」という評価があるが、よく似ているが、やはり違う。結局は、家族を蔑ろにしてきた男の反省の物語なのである。最後にリブ・タイラーが1番堂々と登場するのでわかる。映像は素晴らしい。近未来、宇宙旅行がある程度民間化した時にどういうことが起きるかを、シュミレーターしていて、そこはリアルだ。月は、完全に民間化できている。布団と飲み物を船内で要求すると百ドル以上取るのが笑える。月上基地は多く作られていて、資源戦争が起きているというのも笑える。火星の地下に最北の基地があって、割とたくさんの人が一切地球を見ることなく一生を過ごしそうだというのも笑える。しかし、そういう細かいところだけがリアルで、冥王星に知的生命体を探してもバカかと思う。探すのならば、太陽系外でしょ。父親の絶望感が理解できない。非常に優秀な宇宙パイロットである、ロイのこだわりもあまり理解できない。結局あれはアメリカ知的エリートの悩みなんだろうか?(ストーリー)地球外知的生命体探求に尽力した父(トミー・リー・ジョーンズ)の背中を見て育ったロイ・マクブライド(ブラッド・ピット)は、父と同じ宇宙飛行士の道に進むが、尊敬する父は地球外生命体の探索船に乗り込んだ16年後に消息を絶つ。あるとき、父は生きていると告げられ、父が太陽系を滅亡させる力がある実験“リマ計画”に関係していたことも知る。(キャスト)ブラッド・ピット、トミー・リー・ジョーンズ、ルース・ネッガ、リヴ・タイラー、ドナルド・サザーランド(スタッフ)監督・製作・脚本:ジェームズ・グレイ共同脚本:イーサン・グロス2019年10月1日TOHOシネマズ岡南★★★★「イエスタディ」いろんな感想が渦巻く。でも、不思議なことにみんな幸せな感想なのである。予想とは違った。そうだよね。SF理論では、頻繁にパラレルワールドは発生しているのだから、なんかの間違いで元いた人間が紛れた場合、この世界にはない大傑作を知っていることがあってもおかしくはない。その人がある日突然、コピーで傑作を書き出して「ホントは◯◯の作品でした」と告白して、僕は彼らを恨むだろうか。傑作ならば、ようこそ傑作!というのが、僕の立場だ。それにあの人が生きていた。それは確かにとっても幸せな気分になる。もう一つ。主人公と同じように、私も世界では数少ない「ビートルズ」を知っている人間だ。それなのに、周りの世界はこんなに騒ぐ。それは1日にしてスーパースターになる人間の気持ちを追体験するような気持ちだ。自分の記憶(能力)には自信を持っているけど、この世界は自分の世界じゃない。そんな気持ち。いつかは熱狂は冷める。それまでのひたすら忍耐するか?それとも拒否するか?二者択一を選ぶ。一夜にして、シンデレラガールになった渋野日向子の気持ちが少し分かる。その後の対応、彼女はホントに立派だと思う。(解説)自分以外はバンド「ザ・ビートルズ」を知らない状態になった青年の姿を描くコメディー。『スラムドッグ$ミリオネア』などのダニー・ボイルがメガホンを取り、『ラブ・アクチュアリー』などのリチャード・カーティスが脚本を手掛けた。青年をヒメーシュ・パテルが演じ、『シンデレラ』などのリリー・ジェームズ、『ゴーストバスターズ』などのケイト・マッキノンのほか、ミュージシャンのエド・シーランが出演する。(ストーリー)イギリスの海辺の町に暮らすシンガー・ソングライターのジャック(ヒメーシュ・パテル)は、幼なじみで親友のエリー(リリー・ジェームズ)に支えられてきたが全く売れず、夢を諦めようとしていた。ある日ジャックは、停電が原因で交通事故に遭遇。昏睡(こんすい)状態から目覚めると、この世には「ザ・ビートルズ」がいないことになっていた。(キャスト)ヒメーシュ・パテル(ジャック・マリク)リリー・ジェームズ(エリー・アップルトン)ジョエル・フライ(ロッキー)エド・シーラン(エド・シーラン)ケイト・マッキノン(デブラ・ハマー)ジェームズ・コーデン(ジェームズ・コーデン)(スタッフ)監督・製作ダニー・ボイル脚本リチャード・カーティス原案ジャック・バース、リチャード・カーティス作曲・音楽ダニエル・ペンバートン音楽アデム・イルハン2019年10月14日TOHOシネマズ岡南★★★★
2019年12月07日
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昨日、午後4時20分過ぎに岡山市街地上空で、オスプレイが二機、東から西の空(岩国基地?)へ飛び去ってゆくのを見ました。複数目撃証言があるので間違いありません。 オスプレイは街の上を飛ばずに、海の上を飛ぶという約束がありますが、岡山県内だけでも、今年三回写真に撮られて目撃されています。米軍は、植民地の日本で、そんな約束なんて守る必要はない、早く世界一忖度する思いやり予算を増やせ、と言っているかのようです。 因みに、この前まで、その抗議学習会に参加した記事を新聞「平和新聞」に投稿したので、以下に載せます。オスプレイは、この共同演習の帰りだったのかもしれません。 12月2日から3日間、岡山県日本原演習場で日米共同訓練を行うとの突然の発表がありました。これを受けて「米軍の共同訓練・単独訓練に反対する県北住民の会」は、12月1日奈義町で「日米共同訓練」学習会(事実上の抗議集会)を開催しました。 緊急集会だったにもかかわらず県内各地から約30名が集まり、共同演習の内容・問題点、日米地位協定の問題、これからの活動などを話し合いました。 今回は9年ぶり4回目の日米共同訓練です。日本原演習場では移動日をのぞくと3日に射撃訓練を20人ほどでねに日米共同で行うとしているが「規模が小さいから良いと言うことではない」と奈義町議員で奈義平和委員会の森藤政憲氏は言います。「今回は、国分台(香川県坂出、高松市)から饗庭野(あいばの)(滋賀県)へとオスプレイが海を渡って仮想敵国に向かうという、今までにない実戦的な訓練であり、日本原の射撃訓練もその一環。今回オスプレイが来なかったのは、海を渡る作戦と、夜間訓練をさせない合意を作ってきた私たちの運動があったから。黙っていたら、遅かれ早かれ来る」。 参加者からは「サポートで20人以外に数十人くる予定になっているが、日本原で指揮所訓練もするかもしれない」「単なる移動ではなくて、戦争のための訓練なんだとイメージを膨らませなくてはいけない」等の意見が出ました。 大西県平和委員会会長は「県に対して10月に合同訓練反対を申し入れた。これに対し県は『日米合同委員会の合意を重視する』というだけ」とこれから運動の必要性を語り、平林県労会議事務局長も12月19日に県南で、日本原共同訓練反対の宣伝をすることを表明しました。 県北住民の会の中西会長も「3月に米軍単独訓練がある。今度は『海兵隊来るな』と大きな住民集会をしたい」と決意を語りました。
2019年12月06日
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「図書2019年12月号」 「岩波国語辞典第8版」が刊行されました。今回はそれを受けてのエッセイが三遍もありました。 アナウンサーの福島暢啓さんは、辞書もアナウンサーも言葉のプロという事を述べています。「「河川敷」は「かせんしき」か「かせんじき」か?タピオカは「食べる」ものなのか、それとも「飲む」ものなのか?」時代の変化にどの言葉を選ぶかは常に悩んでいるそうです。私は「かせんじき」「食べる」なんだけど。言語学者のエフゲーニー・ウジーニンさんは、「辞書を小説のように読む」のが大好きなんだそう。単語の使い方や、その単語からどのような表現が成り立っているかわくわくしながら辿るらしい。辞書編集者の1人、丸山直子さんは「ネットで利用できる辞書の中には、編纂者が不明で、ネット上の不確かな情報をそのまま拡散させているようなものを目にすることもある」と書き、「責任ある辞書作りができる環境を守る必要」を説いています。なるほど、こんなにも「辞書」が次から次へと「出版」される日本は未だ恵まれているのだけど、大きな危機に立っているのだな、とも思う。もう一度「辞書を読む愉しみ」に立ち返る必要があるのかもしれません。 その他、言葉そのものをテーマにしたエッセイは、今回は特に多かったように思えます。人気作家町田康さんの「古典の言葉」が巻頭エッセイでした。さだまさしは、88年に『広辞苑』第五版に「目が点になる」が初めて載ったときのことを書いています。実は、70年代末にさだのコンサートメンバー福田幾太郎が『嗚呼‼︎花の応援団』の主人公青田赤道が言葉を失って絶句するときの表情を見て流行らしていた言葉だったのです。交通事故で亡くなった彼を悼み「タローちゃんは今『広辞苑』の中に棲んでいる」と書き、連載エッセイ「さだの辞書」の最終回最後の言葉としました。 谷賢一は『戯曲 福島三部作』の成立過程を詳しく書き、俳人の長谷川櫂は「死の瞬間まで明治の新国家建設に役立ちたいと願う「明治の子」だった」正岡子規のことを書いて、司馬遼太郎の『坂の上の雲』を批判しました。
2019年12月04日
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「ひとり暮しの戦後史」塩沢美代子 島田とみ子 岩波新書 ツィッターで回ってきた。この新書が隠れた名著として話題なのだという。「戦中世代の婦人たち」の副題があり、その世代は100万人近くが婚期を逃したりしていて、ずっとひとりで生きてきたらしい。若い人は知らないかもしれないが、むかしは「お局」の労働条件は酷かった。 とは言っても、1975年の刊行である。女性差別を扱っているとしても、データは古い。この本の素晴らしいのは、20数人のその世代の綿密なインタビューがあるのだ。それを読んで行く中で、私は30年前に亡くなった伯母のことを思い出した。 伯母は24才で敗戦を迎えた。青春をまるまる戦中の看護師として生き抜き、何処かに意中の人はいたかもしれないが、ここのデータにあるように時代の緊迫と男性人口の消失があり、気がついたら独身のベテラン看護師として残っていた。最終的には街で大きな病院の婦長にまでなったので、給与はここの登場人物よりはまだ良かった。それなのに、伯母の晩年には悲劇が襲った(内容については決して言えない)。趣味もあり、付き合いもある方だったのに、仕事を退いてからの彼女は孤独だったようだ。伯母の決して幸せとは言えないかもしれない生涯を具体的に考えるきっかけになった。私は今、彼女の寓居を引き継いで住んでいる。 独身中高年婦人は、この新書の時点で約50歳前後。働き盛りで、生活苦に苦しんでいるばかりではなく、かえって意気軒昂な女性も多い。しかし、そのあとが心配になった。独身になったのは、彼女達の意思とは言えない。また、給料が少ないのも、仕事がきついのも、彼女たちのせいとは言い切れない(そのあたりは説得力持ってこの本が書いている)。親の介護と自分の老後は大きな壁として立ち塞がっていた。この時代「恍惚の人」がやっと話題に登った頃だ。そこから、今の女性問題はどこまで前進し、変われたのか? また、現代のロスジェネ世代(超氷河期世代)は独身者が多い。第三のベビーブームが起きないのは、つまり少子化が起きているのは、この世代があまり結婚できなかったからだと言われる。400万人とも言われるこの世代は、ずっと非正規で働いている方も多く、時代のせいでこうなっている。つまり戦中世代の婦人たちの問題は現代の問題とも被るのである。いろんなことを考える新書だった。 内容を推察するために目次を以下に載せる。(機種依存文字があるために、一部の数字を変えた) はじめに A 統計は語る B ひとり暮しの戦後史 1 病院の調理士として 2 ちいさな美容室を経営して 3 雇われの洋裁師 4 家政婦からマッサージ師を志願 5 誇り高き独身 6 働き盛りに定年 7 退職を強要されながら 8 勤続28年,下っぱのいかり 9 “生きがいってなんだろう” 10 給料明細を見ないで捨てる 11 戦争疎開のまま住みついて 12 労働運動のオルグとして 13 保育に生きる C 現実のなかで 1 差別の体系の下で 2 ひとり暮しの哀歓 3 結婚について 4 老後をどう生きる D 若い世代へ あとがき
2019年12月03日
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「だから、居場所が欲しかった。」水谷竹秀 新潮文庫 タイのコールセンターは、小さな日本である。日本語しか出来ない日本人が、安い給料で、しかし日本よりはまだ住みやすいという理由で働いている。ロスジェネ世代(就職超氷河期に青年期を迎えた世代)の著者が、主にロスジェネ世代の人たちのそこに住む理由を聞いて行く。 「そんな社会から落ちこぼれてしまった、もう若くない日本人たちがコールセンターに集まっている。あたかも最後のセイフティーネットであるかのように、バンコクに張り巡らされた網にかろうじて留まっている。そして取材した大半のオペレーターたちが「もう日本に帰る気はない」と口にする。異国の地でそんなことを真顔で言われると、彼らに共感しつつも、生まれた国が愛想をつかされているように思う自分がいた」(エピローグより) 初めて著者の本を読んだが、タイ国のように何処か暑苦しくジメジメとした文章で好きなれない。取材が長引いた経過や、取材費として金を払うかどうかという過程も頻繁に出てくる。ムダな文章が多いのではないか?と感じた。かつて本多勝一は「どういう事実を書くのか」が問題だと論じた。ベトナム戦争の最中に、人が銃弾で倒れる事実も、ジャングルの自然を描くのも、正確な事実としては等価なのだ。だから事実でもって真実を描こうとするならば、事実を選ぶ著者の思想そのものが問われるのである。コールセンターはいい素材だと思う。難しい取材だったとも思う。しかし、著者は未だ東南アジアの森の中で彷徨っている。そんな気がした。 「私が取材の過程で特に意識したキーワードがある。「居場所」だ。私の定義する居場所とは、自分の存在意義を実感することができ、承認欲求を満たせる空間のことである」(エピローグより) 著者本人が承認欲求を持って未だに迷っているから、このロスジェネ世代達の過去も未来も描き出せない。このごちゃごちゃしてジメジメした「現在」を描けば、何かが見つかるのではないか、誰かが見つけてくれるのではないかと勘違いしているのではないか? 著者は「彼らに寄り添って取材するべきだ」という。そのことには同意する。しかし、文章までも寄り添うべきでは無いと、私は思う。 かなり厳しい事を書いている。あんたはロスジェネ世代より前のバブル期に就職した世代だから気楽な事を言えるんだ、と非難されそうだ。まぁその通りだ。しかも、著者は私のなれなかったジャーナリストに曲がりなりにもう成っている。頑張ってほしい。純粋にそう思って、つい書いてしまった。
2019年12月03日
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「響 小説家になる方法」柳本光晴 小学館コミック 「響」が完結した。前巻まで読んだ時、もう明らかに「仕舞い」に掛かっているのが見え見えで、流石に破天荒の天才を描いた作品も、作者は天才ではないので、セオリー通りに終わるかなと思った。で、セオリー通りに終わった。 マンガ大賞受賞作は、一応目を通そう。ということで読み始めた最初の頃の作品なので、気にはなる。「小説家になる方法」ではなく、「文芸畑に天才が現れた時には何が起きるか」という話。冒頭文芸誌の編集者が「何か今までのセオリーをぶち壊すような作家が現れたらジリ貧の文芸誌の未来は変わるのに(例えば太宰治みたいな)」という意味のことを呟く。「太宰治」には同意出来ないが、その言葉に期待して読みつないで来た。しかし残念ながら普通の「天才系」マンガだった。 編集者の斜め上をいく話を描いたら面白いのでそのまま通したら映画化までして成功したという典型。一度も、直木賞芥川賞同時受賞の作品の「文章そのもの」は出ないで終わった(←当たり前だわな)。周りの大人の右往左往を比較的リアルに描いて、現代日本のマスコミが如何に青少年の個性を潰すのか、ということを見事に見せたということだけが、この作品の価値だと思う。
2019年12月01日
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