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「意外と知らない岡山県の歴史を読み解く!岡山「地理・地名・地図」の謎」柴田一(しばたはじめ) 実業之日本社 岡山大水害から1年。本屋で手に取りパラパラめくると『「晴れの国」はとてつもなく雨に弱い「水害の国」でもあった!』という小見出し以下の文章が目に付いた。予言的である。発行は2014年。18年大水害の4年前である。 去年まで岡山県民はみんな、「(岡山県は)晴れの国」と思っていた。雨が少なく温暖、災害も少ない。震度4の地震なんて数十年に一度だ。台風はずっと直撃が無かった。ところが、実は一旦大雨が降れば大きな被害が出る、(この時まで)水害被害額全国第6位の大雨弱小県だったのである。これは、近世の岡山平野の出来方に原因がある。ほとんど干拓によって平野を作ったのだ。標高ゼロメートル地帯が230平方キロにもおよび、なおかつ天井川が多い。18年の時に町ごと水没した真備の小田川も天井川だった。しかも「小田川の流れは昔は逆だった」と、私も知らなかったことを書いていた。広島県福山側に流れていたのだが、当時の福山藩主が洪水を防ぐために井原で逆にしたらしい。ところが、大きな工事だったはずなのに、一切記録がないという。岡山県最大の謎と書いている。しかも、これがなければ小田川の氾濫は起きなかったのである。これは、小説にしても面白い謎だろう。 このような「謎」或いは「トリビアな情報」が、なんと70以上も綴られている。著者は高校教師、博物館学芸員、大学教授、名誉教授等々の来歴。かなりの勉強家なのだろう。惜しむらくは、ひとつひとつのエピソードの原因の掘り下げ、なおかつ問題点の掘り下げが、ページ数の関係から無いこと。岡山県在住の学生・研究者は、是非ともここに提示されている「不思議な出来事」を探って欲しいと思った。 素人の私は、私で、地道にやっていきます。
2019年08月31日
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後半の3作品を紹介します。「天気の子」伏線回収の前回の成功体験はバッサリやめて、分かり易い話にしなかった、新海誠監督の勇気を先ずは讃えたい。「岡山の人間にとって、あのラストに不快感を持つ」という人がいたならば、たかだか100年の岡山を知らない人間が何を言っているの。江戸時代以前は、岡山市倉敷市のほとんどは海の中だったんだよ、と言ってあげたい。そして吉備女性が龍神を治めて、その神の系統が天皇の世紀を作ったんだって、私の持論を言ってあげたい(笑)。え、そんなアニメじゃないって。まぁそうだけど。単に監督の天気論の話かなと、心配していたけど、エコロジー文明論で武装していた宮崎駿とは全く別系統の世界観を持ったスケールの大きい話を描ける人だと分かってよかった。次回を期待したい。STORY高校1年生の夏、帆高は離島から逃げ出して東京に行くが、暮らしに困ってうさんくさいオカルト雑誌のライターの仕事を見つける。雨が降り続くある日、帆高は弟と二人で生活している陽菜という不思議な能力を持つ少女と出会う。キャスト(声の出演)、醍醐虎汰朗、森七菜、本田翼、吉柳咲良、平泉成、梶裕貴、倍賞千恵子、小栗旬スタッフ原作・脚本・監督:新海誠音楽:RADWIMPSキャラクターデザイン:田中将賀作画監督:田村篤美術監督:滝口比呂志演出:徳野悠我、居村健治CGチーフ:竹内良貴撮影監督:津田涼介助監督:三木陽子音響監督:山田陽音響効果:森川永子製作:市川南、川口典孝企画・プロデュース:川村元気エグゼクティブプロデューサー:古澤佳寛プロデューサー:岡村和佳菜、伊藤絹恵音楽プロデューサー:成川沙世子2019年7月25日MOVIX倉敷★★★★「アマンダと僕」観る前の目論見とは違っていた。「大切な姉を失った青年ダヴィッドは、母を亡くしひとりぼっちになった姪アマンダの世話を引き受けることに」という設定は知っていたので、青年の子育て奮闘記と思っていた。そうではなかった。突然の「事件」によって失われた心を、おじ姪によっていかに回復していくかの物語だった。「事件」に至るまで全体の1/3を使う。異例の長さである。それも「事件」のせいだとも言えなくもない。アマンダは強かった。それは不思議ではない。ただ、青年にとってはラッキーだったかもしれない。最初の頃は、要らない映像が多くて退屈だった。「事件」の後は、見事にそれがなくなる。「事件」は国際的なことであり、フランス人にとっても我々にとっても未知の出来事だから、同じ土俵に立っていたからかもしれない。だとすると、前半のた退屈はもしかしたら意味ある映像だったのかもしれない。最後は、アマンダのアップを見ていて、この姪を引き取って一緒に暮らしてもいいな、と思うようになった。映画の力だと思う。(解説)夏の日差し溢れるパリ。便利屋業として働く青年ダヴィッドは、パリにやってきた美しい女性レナと出会い、恋に落ちる。 穏やかで幸せな生活を送っていたが―― 突然の悲劇で大切な姉が亡くなり、ダヴィッドは悲しみに暮れる。そして彼は、身寄りがなくひとりぼっちになってしまった姪アマンダの世話を引き受けることになる…。悲しみは消えないが、それでも必死に逞しく生きようとするアマンダと共に過ごすことで、ダヴィッドは次第に自分を取り戻していく――。愛する人を奪われ遺された人たちは、どのように折り合いをつけながらその先の人生を生きていくのか。その一つの答えを、本作は青年と少女にとことん寄り添い映し出す。そして、今もなお傷を抱えた、現在のパリの社会情勢が垣間見える。あの頃にはもう二度と戻れないが、この映画は誰かの存在によって、悲しみはきっと乗り越えられるということを教えてくれる。希望の光が差し込むラストは、観客を大きな感動に包み込む。「傑作!人間が立ち直る力を、静かに感動的に祝福している」(ハリウッド・リポーター)、「深く胸を打つ。過剰に演出することなく人物を輝かせた、まさに完璧な映画!」(フィガロ)など、ふたりの強い絆を世界中が大絶賛!さらに、第31回東京国際映画祭では、審査員の満場一致でグランプリと最優秀脚本賞W受賞の快挙を成し遂げた。メガホンを執ったのは、本作が初の日本劇場公開作となるミカエル・アース監督。画面に映る繊細で優しい眼差しが、多くの人々の心を掴み離さないでいる。主演は、フランスで主演作が立て続けに公開され、いま最も旬で引く手あまたの若手俳優 ヴァンサン・ラコスト。戸惑いながらもアマンダに向き合おうとする、心優しい青年を瑞々しく演じている。姪のアマンダ役は、奇跡の新星イゾール・ミュルトリエ。自然な演技を求めた監督が見出し、初演技とは思えぬ存在感を放つ。子どもらしさと大人っぽい表情の両面を兼ね備えており、観る者を釘付けにする。さらに『グッバイ・ゴダール!』でジャン=リュック・ゴダールのミューズであったアンヌ・ヴィアゼムスキー役が記憶に新しいステイシー・マーティン、『グッドモーニング・バビロン!』『ザ・プレイヤー』 のグレタ・スカッキなど実力派が脇を固めている。2019年7月28日シネマ・クレール★★★★「駄菓子屋小春」悪役俳優の八名信夫さんが、熊本地震復興の為に監督・脚本・製作・主演した映画。地上げ屋と戦う駄菓子屋の春さんを助ける植木屋職人を演じる。6人の役者以外は地元の素人を使った。ストーリーは、ほとんど昭和の任侠映画から借りてきたようなものだったが、舞台はまだ震災傷跡生々しい熊本の街を使い、その中でサークル活動で頑張る地元の人の活動をドキュメンタリーとして挿入するなど、ユニークなつくりを持つ。素人の割には、何人かは達者な演技をしていた。ラストの不知火の海をバックに熊本三味線で盛り上がり、リュウさんが(ガンを患っているので)死んだように眠っているシーンはよくできていた。なんと2日がかりで撮ったらしい。八名信夫さんが岡山出身で空襲に遭っていたとは知らなかった。2019年7月28日灘崎文化センター★★★
2019年08月30日
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昨日は観た映画は9作品と書きましたが、ひとつ見落としていました。よって、今日は一つ増やして4作品を紹介します。『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』 今回のテーマは、ヒーローの目覚め、かと思っていたら、それはフェイクで、実はフェイクを見破れ、だった。という話。でも、あんなんやられたら、全部フェイクで出来ちゃうじゃん!MJ凛々しくて好きです!STORY高校生のピーター・パーカー(トム・ホランド)は夏休みを迎え、親友のネッド(ジェイコブ・バタロン)やMJ(ゼンデイヤ)たちとヨーロッパへ旅行に行く。ところが、ピーターの前にS.H.I.E.L.D.の長官ニック・フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)が現れ、彼にある任務を与える。キャストトム・ホランド、サミュエル・L・ジャクソン、ゼンデイヤ、コビー・スマルダーズ、ジョン・ファヴロー、J・B・スムーヴ、ジェイコブ・バタロン、マーティン・スター、マリサ・トメイ、ジェイク・ギレンホール、スタッフ監督:ジョン・ワッツ脚本:クリス・マッケナ、エリック・ソマーズマーベルコミックブック原作:スタン・リー、スティーヴ・ディッコ2019年7月8日MOVIX倉敷「僕たちは希望という名の列車に乗った」戦争時における「抵抗」の話ではないと思う。これは、人生に何回か訪れるはずの「岐路」に当たった若者の「選択」の話だ。ただ、これが凄いのが、「選択」に国家が介入していることと、「選択」が続けざまに2回や3回ではなく、人によれば4回も5回も起きたことだ。その1つ1つで、彼らは間違いもあったが、基本的に誠実に向きがあった。その知性と勇気は、「事実に基づく話」であるだけに、我々を驚かす。(解説)すべては、たった2分間の黙祷から始まった――なぜ18歳の若者たちは国家を敵に回してしまったのか?ベルリンの壁建設の5年前に旧東ドイツで起こった衝撃と感動の実話1956年、東ドイツの高校に通うテオとクルトは、列車に乗って訪れた西ベルリンの映画館でハンガリーの民衆蜂起を伝えるニュース映像を目の当たりにする。クラスの中心的な存在であるふたりは、級友たちに呼びかけて授業中に2分間の黙祷を実行した。それは自由を求めるハンガリー市民に共感した彼らの純粋な哀悼だったが、ソ連の影響下に置かれた東ドイツでは“社会主義国家への反逆”と見なされる行為だった。やがて調査に乗り出した当局から、一週間以内に首謀者を告げるよう宣告された生徒たちは、人生そのものに関わる重大な選択を迫られる。大切な仲間を密告してエリートへの階段を上がるのか、それとも信念を貫いて大学進学を諦め、労働者として生きる道を選ぶのか……。新たな実話映画に挑んだラース・クラウメ監督のもとにドイツの若手有望株と実力派キャストが結集!監督は、ナチスによる戦争犯罪の追及に執念を燃やした孤高の検事フリッツ・バウアーにスポットを当て、ドイツ映画賞6部門を制した『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』(16)の気鋭ラース・クラウメ。原作者ディートリッヒ・ガルスカ自身の実体験を綴ったノンフィクションを、緻密なリサーチで迫真のサスペンスと繊細にして深みのある感動のドラマとして描き上げた。また、注目すべきは本作のために発掘された新人俳優たちのフレッシュな魅力。そして過去の戦争や悲劇的な事実を語ることができない親たちの愛と葛藤を体現するのは、『東ベルリンから来た女』のロナルト・ツェアフェルトら旧東ドイツ出身の実力派キャストたち。無意識のうちに政治的タブーを犯してしまった若者たちが、仲間との友情や恋を育みながら、あるときはまっすぐに主張をぶつけ合い、人間として正しきこととは何かをひたむきに模索していく姿は観る者の心を強く揺さぶる。過酷な現実にさらされた彼らの、人生のすべてを懸けた決断とは?希望を追い求めた若者たちの“小さな革命”を未来へと続く“列車”とともに描き上げた感動の実録青春映画!2019年7月9日シネマ・クレール★★★★「誰もがそれを知っている」ファルハディ監督の緻密な作風とは到底思えない。ありふれたストーリーだった。(以下、ストーリーの核心には触れないが、重要なヒントを呟きます)それでは。ラウラは、そしてその家族は、直ぐに警察に知らせる事をしなかった。それは、みんな過去に脛に傷持つからだとずっと思っていた。そうなるように、わざわざ秘密の匂いのするカルメン誘拐事件の切り抜きを置いて行く。この事件が今回の事件に絡んでいるのだとずっと思っていた。ところが、それは単なる警察通報をためらせるための小道具だった。それならば、もっと他にやりかたがある。また、いかにも何か匂わすように時計塔の屋根裏が使われる。それもフェイクだった。それを覆すストーリーがあるのならばいいしかし無かった。ガッカリである。2019年7月14日シネマ・クレール★★★「トイ・ストーリー4」初めて眠らず最後まで観れた。きちんと完結した。(STORY)ある日ボニーは、幼稚園の工作で作ったお手製のおもちゃのフォーキーを家に持って帰る。カウボーイ人形のウッディが、おもちゃの仲間たちにフォーキーを現在のボニーの一番のお気に入りだと紹介。だが、自分をゴミだと思ってしまったフォーキーはゴミ箱が似合いの場所だと部屋から逃亡し、ウッディは後を追い掛ける。キャスト(声の出演)、トム・ハンクス、ティム・アレン、アニー・ポッツ、トニー・ヘイル、クリスティナ・ヘンドリックス、キーガン=マイケル・キー、ジョーダン・ピール、キアヌ・リーヴス、アリー・マキ、ジョン・キューザック、ウォーレス・ショーン、ジョン・ラッツェンバーガー、ジム・ヴァーニー、ドン・リックルズ、エステル・ハリス、(日本語吹き替え)、唐沢寿明、所ジョージ、戸田恵子、竜星涼、新木優子、松尾駿、長田庄平、森川智之、竹内順子、日下由美、三ツ矢雄二、咲野俊介、辻親八、辻萬長、松金よね子スタッフ監督:ジョシュ・クーリー脚本:ステファニー・フォルソム脚本・製作総指揮:アンドリュー・スタントン製作:ジョナス・リヴェラ、マーク・ニールセン製作総指揮:ピート・ドクタースーパーバイジングディレクター:ボブ・モイヤー2019年7月22日MOVIX倉敷★★★★
2019年08月28日
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遅まきながら7月に観た映画は9作品でした。3回に分けて紹介します。特に、映画の日に一日で三作品を観たこれは、後々に尾をひくいずれも力作でした。「日本のいちばん長い日」(午前10時からの映画祭)原田眞人監督のそれと、ここまで違う作品だったとは思わなかった。こちらの方は、阿南陸相(三船敏郎)はあくまでも最後まで本土決戦を主張する冷静な軍人として描き、新作の天皇と鈴木首相との阿吽の呼吸で終戦に導いたという説を取らない。松坂桃李の畑中も狂気を出していたが、この作品の黒沢年雄のそれとは全然違う。岡本版は、あくまでも15日真夜中から明け方までの近衛兵の暴走に力点があった。だから民間兵の狂気とも言える挙兵や14日深夜の背後の特効に力点を置く。原田版は終戦の意味に力点があったようだ。原作も読んで、新作ももう一回観て見比べなくてはならないと思った。(解説)大宅壮一名義(実際の著者は当時編集者だった半藤一利)で当時の政治家宮内省関係、元軍人や民間人から収録した実話を編集した同名原作(文芸春秋社刊)を、「上意討ち -拝領妻始末-」の橋本忍が脚色し、「殺人狂時代」の岡本喜八が監督した終戦秘話。撮影は「喜劇 駅前競馬」の村井博。(ストーリー)戦局が次第に不利になってきた日本に無条件降伏を求める米、英、中のポツダム宣言が、海外放送で傍受されたのは昭和二十年七月二十六日午前六時である。直ちに翌二十七日、鈴木総理大臣官邸で緊急閣議が開かれた。その後、八月六日広島に原爆が投下され、八日にはソ連が参戦、日本の敗北は決定的な様相を呈していたのであった。第一回御前会議において天皇陛下が戦争終結を望まれ八月十日、政府は天皇の大権に変更がないことを条件にポツダム宣言を受諾する旨、中立国のスイス、スウェーデンの日本公使に通知した。十二日、連合国側からの回答があったが、天皇の地位に関しての条項にSubject toとあるのが隷属か制限の意味かで、政府首脳の間に大論争が行なわれ、阿南陸相はこの文章ではポツダム宣言は受諾出来ないと反対した。しかし、八月十四日の特別御前会議で、天皇は終戦を決意され、ここに正式にポツダム宣言受諾が決ったのであった。この間、終戦反対派の陸軍青年将校はクーデター計画を練っていたが、阿南陸相は御聖断が下った上は、それに従うべきであると悟した。一方、終戦処理のために十四日午後一時、閣議が開かれ、陛下の終戦詔書を宮内省で録音し八月十五日正午、全国にラジオ放送することが決った。午後十一時五十分、天皇陛下の録音は宮内省二階の御政務室で行われた。同じ頃、クーデター計画を押し進めている畑中少佐は近衛師団長森中将を説得していた。一方厚木三〇二航空隊の司令小薗海軍大佐は徹底抗戦を部下に命令し、また東京警備軍横浜警備隊長佐々木大尉も一個大隊を動かして首相や重臣を襲って降伏を阻止しようと計画していた。降伏に反対するグループは、バラバラに動いていた。そんな騒ぎの中で八月十五日午前零時、房総沖の敵機動部隊に攻撃を加えた中野少将は、少しも終戦を知らなかった。その頃、畑中少佐は蹶起に反対した森師団長を射殺、玉音放送を中止すべく、その録音盤を奪おうと捜査を開始し、宮城の占領と東京放送の占拠を企てたのである。しかし東部軍司令官田中大将は、このクーデターの鎮圧にあたり、畑中の意図を挫いたのであった。玉音放送の録音盤は徳川侍従の手によって皇后官事務官の軽金庫に納められていた。午前四時半、佐々木大尉の率いる一隊は首相官邸、平沼枢密院議長邸を襲って放火し、五時半には阿南陸相が遺書を残して壮烈な自刃を遂げるなど、終戦を迎えた日本は、歴史の転換に伴う数々の出来事の渦中にあったのである。そして、日本の敗戦を告げる玉音放送の予告が電波に乗ったのは、八月十五日午前七時二十一分のことであった。出演宮口精二 東郷外務大臣戸浦六宏 松本外務次官笠智衆 鈴木総理山村聡 米内海相三船敏郎 阿南陸相小杉義男 岡田厚生大臣志村喬 下村情報局総裁高橋悦史 井田中佐井上孝雄 竹下中佐中丸忠雄 椎崎中佐黒沢年雄 畑中少佐吉頂寺晃 梅津参謀総長山田晴生 豊田軍令部総長香川良介 石黒農相明石潮 平沼枢密院議長玉川伊佐男 荒尾大佐二本柳寛 大西軍令部次長武内亨 小林海軍軍医加藤武 迫水書記官長川辺久造 木原通庸江原達怡 川本秘書官三井弘次 老政治部記者土屋嘉男 不破参謀島田正吾 森近衛師団長伊藤雄之助 野中俊雄少将青野平義 藤田侍従長児玉清 戸田侍従浜田寅彦 三井侍従袋正 入江侍従小林桂樹 徳川侍従中谷一郎 黒田大尉若宮忠三 水谷参謀長山本廉 伍長森幹太 高嶋少将伊吹徹 板垣参謀久野征四郎 大隊長小川安三 巡査田島義文 渡辺大佐森野五郎 大橋会長 加東大介 矢部国内局長石田茂樹 荒川技術局長田崎潤 小薗大佐平田昭彦 菅原中佐中村伸郎 木戸内大臣竜岡晋 石渡宮内大臣北竜二 蓮沼侍従武官長野村明司 中村少佐藤木悠 清家少佐北村和夫 佐藤内閣官房総務課長村上冬樹 松阪法相北沢彪 広瀬蔵相岩谷壮 杉山元師今福将雄 畑元師天本英世 佐々木大尉神山繁 加藤総務局長浜村純 筧庶務課長小瀬格 若松陸軍次官佐藤允 古賀少佐久保明 石原少佐草川直也 長友技師石山健二郎 田中大将滝恵一 塚本少佐藤田進 芳賀大佐田中浩 小林少佐佐田豊 佐野恵作上田忠好 佐野小門太勝部演之 白石中佐加山雄三 館野守男新珠三千代 原百合子宮部昭夫 稲留東部軍参謀関口銀三 岡部侍従関田裕 神野参謀井川比佐志 憲兵中尉須田準之助 高橋武治小泉博 和田信賢大友伸 陸軍軍務局長堺左千夫 厚木基地飛行整備科長2019年7月1日TOHOシネマズ岡南★★★★「エリカ38」思った以上に良い作品だった。邦画における樹木希林の遺作としてもふさわしい。樹木希林のプロデュースとしても、冒頭から終わりまで、きちんとお金が取れる作品だった。実際の事件に取材して、ほとんどそれにそっくりというか、ドキュメンタリーといっても良い(だって首謀者の名前がそのまま使われている)のだが、もちろんほんとのエリカがどんな人間だったかはわからない。けれども、顔のシミをどんどん出した浅田美代子のそれでも時々コケティッシュ、時々ほんとのおばさんぽい表情から、ホントにこんな女性だったかもしれないという説得力があった。彼女がこうなった原因もなんとなくわかる。親の愛は、やはり必要なのだと思わせる。堂々の主役である。オールヌードこそ、出さないが、ちゃんと濡れ場もこなしている。最後にホントに騙された人たちの肉声が流れる。映画の通り、彼女たちは望んで金を騙し騙された、のである。びっくりする。ホントにそれで数億円が集まるのである。(解説)樹木希林が盟友のために手がけた渾身の初「企画」作品!浅田美代子、45年ぶりの主演作&演技派・個性派が揃う豪華キャスト「浅田美代子が女性詐欺師を演(や)ったらおもしろいと思うのよ」。2018年に惜しまれつつ逝去した役者、樹木希林の一言が、この映画のはじまりだった。ドラマ「時間ですよ」で共演して以来旧知の仲である女優、浅田美代子の“代表作”にしたいと、樹木希林は自ら企画に乗り出し、その熱意は、ニューヨークで写真家としても活躍する映像作家・日比遊一監督、『その男、凶暴につき』『銃』など多くの日本映画を手がける奥山和由プロデューサーらを衝き動かした。役者として数多くの映画に出演し、日本アカデミー賞ほかさまざまな映画賞を受賞した樹木の、初の「企画」作品となる本作で、樹木は木内みどりら出演者たちのキャスティングや脚本のチェックにも関わり、さらに浅田演じる聡子の母親役として出演もしている。タイトルロールのエリカこと主人公の渡部聡子を演じるのは、国民的人気ドラマ「時間ですよ」でデビューし、アイドルとして人気を博したのち現在は映画やテレビ、バラエティと幅広く活躍する浅田美代子。これまでの作品で見せてきた“愛らしく優しい女性”といった浅田のイメージを打破してあげたいと、犯罪者役での主演作を企画した樹木の期待に応えるべく、体当たりの演技を披露し新境地を拓いた。本作は、『あした輝く』(74/山根成之監督)以来、45年ぶりの主演作となる。そのほか、聡子を投資詐欺犯罪に巻き込む男女、平澤役に平岳大、伊藤役に木内みどりがそれぞれ扮し、ミステリアスな魅力で異彩を放つほか、小松政夫、古谷一行、山崎一、窪塚俊介、山崎静代、小籔千豊、菜 葉 菜、佐伯日菜子ら、演技派・個性派が揃う豪華な顔ぶれとなっている。(ストーリー)渡部聡子・自称エリカ(浅田美代子)は、愛人・平澤育男(平岳大)の指示のもと、支援事業説明会という名目で人を集め、架空の投資話で大金を集めていた。だが実は、平澤が複数の女と付合い、自分を裏切っている事を知る。彼女は平澤との連絡を絶つと、金持ちの老人をたらし込み、豪邸を手に入れた。老人ホームに入っていた母(樹木希林)も呼び寄せ、今度は自ら架空の支援事業の説明会をおこない金を詐取していく。旅先のタイで、若者ポルシェと出会う。恋に落ちるエリカ。蜜月の時。だがもう警察の手はすぐそこまで伸びていた。※PG12監督 日比遊一出演 浅田美代子、平岳大、窪塚俊介、山崎一、山崎静代、小籔千豊、小松政夫、古谷一行(特別出演)、木内みどり、樹木希林[ 上映時間:103分 ]2019年7月1日TOHOシネマズ岡南★★★★https://erica38.official-movie.com/「凪待ち」断じて気持ちのいい作品ではない。ギャンブル依存症とも言うべき、どうしようもなくダメな男が主人公で、それを克服するという話でもない。しかし、いちばん最後の場面に、ストーリーとは関係無く、津波で波の中に沈んだ街の遺物が映し出される。正しいのか、正しくないのか、わからないけど、これは鎮魂の映画ではないかと思ったのである。香取慎吾の異様に肩幅の広い、顔さえ映っていなければ、フランケンシュタインと言われても信じてしまう容貌は、この作品の狙いだったのかもしれない。(解説)愚かな者たちの切ない暴力と狂気を描いた映画が誕生した。誰もがその恍惚に陶酔した『孤狼の血』、誰もがその偏愛に涙した『彼女がその名を知らない鳥たち』など日本映画界を担う監督・白石和彌の最新作だ。主演を務めるのは、『クソ野郎と美しき世界』『人類資金』などエンタテイメントから人間ドラマまで幅広い役柄をこなすだけでなく、オリジナリティ溢れるアートでも才能を発揮しつづける香取慎吾。白石和彌と香取慎吾が初のタッグで挑み、『クライマーズハイ』の加藤正人が脚本を手掛けたオリジナル作品だ。主人公の恋人を、誰が殺したのか?なぜ殺したのか?「愛」という名に隠された事件の真相とは――?容赦ない絶望を描いた、魂を破壊する衝撃作だ!本作に集結したのは、『くちびるに歌を』『散歩する侵略者』の恒松祐里、映画・ドラマ・モデルと幅広い分野で活躍し、そのライフスタイルも注目され同世代の女性から支持を得ている西田尚美、『龍三と七人の子分たち』や白石組常連の吉澤健、『孤狼の血』など白石組の名バイプレイヤー・音尾琢真、『万引き家族』『そして父になる』など数々の話題作に出演し見事な存在感を放ち続ける俳優リリー・フランキーら、目が離せない面々が揃った。(ストーリー)毎日をふらふらと無為に過ごしていた郁男は、恋人の亜弓とその娘・美波と共に彼女の故郷、石巻で再出発しようとする。少しずつ平穏を取り戻しつつあるかのように見えた暮らしだったが、小さな綻びが積み重なり、やがて取り返しのつかないことが起きてしまう―。ある夜、亜弓から激しく罵られた郁男は、亜弓を車から下ろしてしまう。そのあと、亜弓は何者かに殺害された。恋人を殺された挙句、同僚からも疑われる郁男。次々と襲い掛かる絶望的な状況を変えるために、郁男はギャンブルに手をだしてしまう。※PG12監督 白石和彌出演 香取慎吾、恒松祐里、西田尚美、吉澤健、音尾琢真、リリー・フランキー[ 上映時間:124分 ]2019年7月1日TOHOシネマズ岡南★★★★
2019年08月27日
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「ビッグイシュー365号」ゲット!表紙は「ライオンキング」。知らなかったが、ディズニーが「初めて」作ったオリジナルストーリーの「アニメ」だったらしい。作ったのは、結局王道の英雄物語。観てはないが、イーリアスからヤマトタケルまで続く、英雄の試練と帰還に渡る物語をトレースしているのではないかと推測する。もちろん「ジャングル大帝」も、そのバージョンだったからパクリ疑惑が出た。「パクられるぐらいなら、誇らしい」と虫プロが問題視しなかったため大ごとにならなかった。オトナな対応だったと思う。結果、それだけでなくアフリカ文化を世界に紹介するツールとなり、今回の実写版に繋がったようだ。観る気は一切なかったのだが、ビッグイシューで扱われたので、観ようかな。特集は「漢字を包摂した日本語」。リード文は以下の通り。アルファベットは52文字。漢字は5万305字。圧倒的に数が多いうえ、4千年前の原型がいまも生きる、一番古い文字、漢字!私たちがいま日本語で読み書きできるのも、先人たちが漢字を導入したからこそ。さらに、固有の文字のなかった日本が、外来の“異なる文化”を包摂したからでもある。21世紀に入って、そんな漢字のルーツ(字源)をめぐる研究は急速に進展。個々の漢字の誕生とその歴史をたどれる「字形表」が世界で初めて作成されるなど、漢字研究は今、新たな展開を見せている。阿辻哲次さん(京都大学名誉教授)に「知られざる漢字のおもしろさ。日本語の成立と漢字の果たした役割」について。落合淳思さん(「立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所」客員研究員)に「漢字は“タイムカプセル”。世界初の『字形表』誕生」について聞いた。日本語は漢字をどう包摂したのか? 日本文化のルーツと未来を考えたい。阿辻哲次さんが紹介する「武」の字。元のつくりは「戈を止める」、つまり「武器の使用(戦争)をやめることこそが、真の武(勇気)である」という平和を願う文字であることが、「春秋左氏伝」に載っているそうだ。過激な家臣を諌めるために、楚の王が語った言葉である。しかし、楚王は実は嘘をついていた。この時代、止は既に止めるの意味だったが、元々は進むの意味だっだのだ。それを楚王が敢えてこのように説明するところに、現代に通じる、「武」(戦争)に関する真実がある。戦争の二面性は2000年以上前から、人々の間で揺れていた。これは「歴史的な証拠」である。人類はこの2000年間、何をしていたのか!卵の元々の意味は、鳥や動物の卵ではなくて、魚類か両生類の卵だった。これは卵の出自表である「字形表」を見ると一目瞭然。しかも、卯は卵からは来ていないらしい(^_^)。
2019年08月26日
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「生き物の死にざま」稲垣栄洋 草思社 セミは必ず上を向いて死ぬ。脚が硬直して縮まるからだ。ついでに、目の構造から空を見て死ぬことはできない。それでも、自らの役割を全うすることが昆虫としての幸せに繋がるとしたならば、そういう死に方は、別に惨めでもなんでもなく、多くは繁殖行動を終えた後のプログラミングなのだ。 というようなことを冒頭6pは書いていて、延々と29の生き物についての死にざまを説明してくれている。「幸せ」という言葉は、私が付け足した。レビュアーの多くは彼らの行動を「切ない」という。でも、それは1つの解釈に過ぎない。「メスに食われながらも交尾をやめないオス」カマキリとか、「生涯一度きりの交接と衰弱しながら子を守りきるメスの」タコとか、その行動原理は唯一だ。如何に種として生き延びるか。それに尽きる。 ところが、「もしかして5億年の間不老不死だったかもしれない」ベニクラゲの章が登場する。それでも、個体はウミガメに食べられてあっさりと死ぬという。プランクトンなどの単細胞生物はどうだろう。ずっと分裂を繰り返し、コピーして行き、38億年、生きものに「死」はなかったのかもしれないという。でも、それだとコピーミスによる劣化も起きる。新しくもなれない。一度壊して作り直す。10億年前、「死」が生まれた。これは「生物自身が作り出した偉大な発明」であるらしい。さらには「オスとメスという仕組みを作り出し、死というシステムを作り出し(環境変化に対応し、「進化」する仕組みを作った)」。単細胞生物のプランクトンは、寿命はないが、わずかな水質変化で死んでしまう。知らなかったが、身近な石灰岩は、有孔虫というプランクトンの殻が堆積して出来た岩らしい。 面白い話が山のように語られるが、みんなさらっと終わるので深められない。もともと著者は、植物の専門家なのだ。専門に必要な「ちょっとした」知識が惜しげもなく語られているのかもしれない。
2019年08月25日
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「麦本三歩の好きなもの」住野よる 幻冬社 初、住野よる。 ふむふむ。まるで孫娘を愛でるように読ませていただいた。孫、居ないけど。 私は、ずっと前から、一生懸命頑張る女の子のお話が大好きだ。だからナタリー・ポートマンは「レオン」以来一貫して全作観ているし、AKBは何人か推しメンはいる(いた)し、「村上海賊の娘」は、そのキャラだけで一気に読んでしまった。序でに言えば、現在は同郷のゴルファー渋野日向子にメロメロである。あ、いや、三歩と全然キャラ違う、ってわかっております。でも、私から観たら皆んな同じに見える。少女が果敢に世界に向かって、前を向いている。 「その見方、甘すぎるんじゃないの?」と"おかしな先輩"は言うかもしれない。三歩はまるで少女マンガから抜け出てきたような「ドジな女の子」であり(まぁそれだけじゃない所がこの作者のキモかもしんないけど)、三歩を愛すべきキャラだとするのは買い被りだと言うのだ。確かに三歩を彼女にしたら、毎日が心配で堪らなくなるかもしれない。でも孫娘ならば、生きてくれているだけで嬉しい。 前の彼氏とは、どんないきさつで別れたのか?三歩の名前の由来は?聞けば教えてくれるんだろう。あわわ、と戸惑いながら。でも、それは次に会う楽しみにとっとこ。
2019年08月24日
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「おにぎりの文化史」横浜市歴史博物館監修 河出書房新社 大変面白く、貴重な本だった。2014年企画展「大おにぎり展」の図録がやっと出たのか、と思ったら、それを基にした普及版だった。もはや幻の図録だったので、それはそれで素晴らしい。 おにぎりの歴史は、即ち日本人はどうやってお米を食べてきたのか、という大問題に直結する。おにぎりの文献記録を辿る第1章〜2章は、戦後のおにぎり呼称の変遷や、中世から近世にかけての絵巻物語や浮世絵に登場するおにぎりの姿を記録する。ご飯は主食なので、あまりにも当たり前に存在する。だからみんな、それぞれの地方色豊かなおにぎりを作っていたことの自覚がない。そして、実は国民のイメージが「三角おにぎり」に劇的に変化したのも1980年代で、つい最近のことなのだ。コンビニの普及によって国民意識が「統合」されたのである。つまり、歴史は現代も動いているのだ。また、中国地方だけは、まだ半分くらい「おむすび」の呼称か続いているらしい。そういえば私も「三角おむすび」とか言っている。 面白いのは、世界のおにぎり文化圏は日本以外では、タイ・ラオス・雲南地方だけらしい。粘り気のある米を使う中国や朝鮮半島でも、冷えた米飯を食べる習慣がなく、米飯とおかずを混ぜて食べることが多いのでおにぎりは無いという(韓国のキンパブはどう位置づけるのだろ)。だとすると、おにぎりは基本的に日本人の発明なのではないか? いつから始まったのか? 第3章にご飯や籾の炭化遺物がずらっと並んでいる。これだけのモノをよくも集めたと感心した。そして遺物観察と考察の結果、現存してる確定的な最古のおにぎりは、表紙にもある古墳時代横浜市北川表の上遺跡(6C)のものである事が明らかになった。いくつかの塊がくっついているらしい。しかも竹籠(弁当箱?)に入っていた。 おにぎりは弥生時代から始まっていてもおかしくないじゃないか? しかし、そうでもないらしい。ご飯を握れるように炊くまでには、古墳時代の蒸炊きを待たなくてはならなかったのである。実験考古学の説明が、実にわかりやすく出ていた。 炊飯の方法は、世界的にも大きく分けて6種類だ。 (1)湯取り法(炊き上げる)。途中で湯を捨てて炊き上げる。一部東南アジアで使用されていて、弥生時代もこうだったようだ。 (2)炊き干し法。現在の炊飯ジャーで炊く方法。 (3)蒸器で蒸す。赤飯・おこわなどはこれ。振り水で補う必要あり。古墳時代はこれだと言われている。 (4)湯取り法(蒸しあげる)。途中ザルなどにあげて蒸す。江戸時代文献にあり。 (5)煮る。お粥(炊き粥)を作るのに、使われる。 (6)炒め煮。西洋のリゾット、ピラフ、パエリアなどはこれ。 あと、チャーハンは炊いたご飯の再利用。雑炊は炊いたご飯の煮たもの。 私は弥生時代は蒸器はなかったのだから、雑炊やお粥が多かったと思っていたが、土器の付着物で他の穀物と混ぜて調理した例はないらしい。だとすると、ご飯を炊くのは、竪穴式住居の外で、かなり慎重に、技術を持って毎日作っていたことになる。感動する。それを高坏の食器を囲んで手づかみで家族で食べていた。パサパサのお米だったから、おにぎりは握れない。しかも、学芸員は三回試してやっとまともに炊けたのである、。そんなに苦労しても、お米が良かったのか?雨の日はどうしたのか?またもや新たな疑問が出てきた。古墳時代になって、やっとかまどを家の中に据えて蒸して炊くことができるようになる。 次第とパサパサ米から粘り気のあるウルチ米に変わって行く。そして弥生時代晩期から個別食器に変わって行く。食卓の情景はこの頃大きく変わったのだ。お箸が使われ始めたのも、この頃の少し後である。弥生時代、ご飯は必ず家族で鍋をつつくように手づかみで食べていた。人生の中で、食事がいかに大きな構成要素だったか、私は想像する。
2019年08月23日
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「邪馬台国時代の王国群と纒向王宮」石野博信 新泉社 二上山博物館主催の17回に渡るシンポジウムに寄稿した論文に加えて、関連論文をまとめた。シンポの中心者である著者の邪馬台国論の集大成。それは即ち現代の邪馬台国近畿説の集大成ということになるだろう。かなり専門的だが、それでも短文が多いためにラフな論考が多い。ザッと読んだだけだが、細かに検討する時には再読しなくてはならないと思う。 以下は、あくまでも私的メモ(ウェブ上に残しておくと、何かと便利なんです)。特に吉備との関係で前半部分から少しメモした。無視してください。 ・「倭人は文字を使っていた」唐古・鍵遺跡(1ー2C弥生後期)で使われていた記号は後続の纒向遺跡(3C)では消滅する。漢字の導入のせいではないか。卑弥呼の外交と関連しているのでは。伊都国三雲・井原遺跡の1ー2世紀の硯片、島根田和山遺跡の硯片、福岡県薬師の上遺跡から完全形の硯等で、文字使用は決定的に(←最新報道では弥生中期の硯片が大量に発見された)。 ・「半島との交易」日本海航路では、松江市南講武草田遺跡、太平洋航路では高知市仁淀川河口の仁ノ遺跡に近畿系土器出土。瀬戸内航路では、姫路市丁・柳ヶ瀬遺跡で丹波系土器、総社市津寺遺跡・ほか酒津遺跡、楯築遺跡など。福山市御領遺跡には纒向甕、湯田楠木遺跡には第5様式系の叩甕。大分安国寺遺跡には纒向大和型甕、宇佐市豊前赤塚古墳周辺から纒向型壺。関門海峡の航行には熟練の海導者が必要。田布施町国森古墳に楯築・ホノケと共通するヤス(への字型鉄製品)がある。海峡通過後は、中津宮、沖津宮(沖ノ島)等のコースを辿ったろう。 ・「阿波・讃岐・播磨の連合はあったか」1-3世紀にかけて、積石と石囲いの遺跡と吉備・大和の葬儀用器台のグループに分かれる。 ・「3世紀の大和と吉備の関係は?」楯築は180年ごろ、纒向石塚は210年ごろ、と一世代遅れた、と分析。大きさは楯築(80m)を超えた(96m)が、葺石も墳頂の列石なし、突出部は1つ(総社立坂、宮山)。特殊器台採用は、3世紀の中山大塚古墳(130m)、箸墓古墳(280m)まで待つ。しかもこの時期は器台と壺が分離、葬送儀礼の変質があった。ホノケ山(3C中、80m)は阿波・讃岐の海洋民か。 ・「3世紀の三角関係 出雲、吉備、大和」楯築のころ、越の人々が因幡に集団移住(西大路土居遺跡)。2-3世紀は越と因幡・出雲(吉備)に航路があった。3C前半から後半にかけて、伯耆西部と出雲東部(南講武草田遺跡)に大和・河内の人々が現れて定住した。それとともに、吉備は出雲から姿を消した。四隅突出墓も衰退に向かった。出雲は吉備との連合を解消し、大和との連合に向かったのだろうか。2世紀末大和に多くいた吉備が3世紀に激減、しかし特殊器台は採用し続ける。河内は繋がりを持っていた。河内を通じて大和は瀬戸内航路を持っていたのか。3世紀前半まで多かった尾張が激減し、3世紀中以降近江系が増加、かつ大和は出雲に進出、日本海ルートを選択。3世紀中は卑弥呼・トヨの交代時期。2世紀末は吉備主導だったが、3世紀後半から4世紀中にかけて大和主導に転換した。 ・卑弥呼登場の時期の2世紀末の各地域を見て、楯築の被葬者が中心になって卑弥呼擁立を決めた可能性が高い。箸墓はトヨの可能性が高い。邪馬台国は吉備ではなく、大和だ。
2019年08月21日
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「ビッグイシュー364号」ゲット! 写真はセサミストリートのリリー。NHKの放送は終了していたので、しらなかったのだが、なんと家族でホームレス状態にある子供らしい。アメリカの子供番組の懐の深さに脱帽する。まさか、こういうこともあってNHK放送が終了したのか? 特集は稲葉剛責任編集の「ホームレス支援をアップデートする」。うーむ、ひとつひとつの事例が、今ひとつ具体的にイメージできなかった。 「大英博物館で「マンガ」展!」の記事。老舗の博物館でマンガ展とは何事か、との声はあったらしいが、一方ではその発言者は英国で炎上したらしい。確実に時代は変わっている。図録があれば是非手に入れたいが、無理だろうな。 投書コーナーで、高知県の山間部でビッグイシュー含む古本の良心市を始めた、というのがあった。そういう手があったか! 今回の号は楽しい読み物が多くあった。
2019年08月20日
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「ぶらりあるき釜山・慶州の博物館」中村浩・池田榮史・木下亘 芙蓉書房出版 過去7回ほどに渡り、述べ70日ほど韓国の古代遺跡と博物館巡りを1つの目標にして歩いたことがある。よって、ここにある主要な博物館は踏破してはいるが、それでもまだこんなにも行っていない所があったのか!と驚いたのが正直な所。個人のインターネット検索では網羅しきれない博物館はまだまだあるのだ。遺跡となれば言うまでもない。この本の発行によって、個人で韓国の歴史を学ぼうとすれば、この本によって旅の計画を練ることが必須になるだろう。貴重な仕事だと思う。 しかし、だからこそ、この後に続く「済州島」「ソウル・韓国南西部」編では軌道修正してもらいたい所がある。(1)おそらく、この後の10年以上に渡る読者を意識したので敢えて最新情報は載せなかったのかもしれない。しかし、観覧料はともかく、休日と観覧時間は載せて欲しかった。例えば日曜日休みなのか、月曜日休みなのか明らかにしておいて欲しかった。旅の計画に必要なのだ。大学博物館は多くは日曜日休みだと思う。苦渋を何度も舐めた。また、私は年末年始の休みを利用しての旅行が多かったので、臍を噛むことが多かった。年間の休み予定は知りたい。 (2)簡略な場所の地図しかない。行くための交通手段の詳細が必ずしもない(最寄駅は記載ある場合もある)。有名博物館ならばガイド本でわかる。しかし、地方にある、特に大学校博物館などは、なかなかわからない。バスで行くしかないが、これは検索で知るのは至難の技である。特に韓国は大学校博物館に素晴らしい遺物が置かれていたりするので、尚更である。 ここに書かれている博物館は、新羅や伽耶の考古学遺物が豊富である。この時代、倭国(日本)は常に学ぶ時代だった。よって、自らのルーツを知ろうとしたならば、この国々を知らなくてはならない(例えば、なぜ製鉄技術は6世紀まで日本列島に渡らなかったのか等々)。私が、情熱もって韓国を旅した理由のひとつである。 未見の博物館で、私の興味関心に沿うもの。 ・国立日帝強制動員歴史館 ・東義大学校博物館 ・新羅大学校博物館 ・国立慶州文化財研究所 ・玉ヒョン遺跡展示館 ・昌寧博物館 ・嶺南大学校博物館 ・国立伽耶文化財研究所 ・慶南大学校博物館 ※普州の青銅器文化大坪里博物館が無かった。私は今まで観た中で五本の指に入る博物館だと思っているのでとても残念だった。序でに普州慶尚大学校博物館は、偶然教授と色々お話できた思い出ある博物館で懐かしかった。
2019年08月19日
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「日本の文様解剖図鑑」筧菜奈子 文・絵 エクスナレッジ発刊 私の目論見が外れて、私にはあまり役に立たなかったが、力作である。しかも、オールカラーでこの値段ということは、案内役の「うめモン」ちゃんだけでなく、ここに出ているあらゆる「文様」を筧さん独りで描いたということでしか説明がつかない。いくら芸大出身だからといって、恐ろしいほどの力技だと思う。 第1部「日本の文様77種」に平均4つのイラストを配置したとして約300、その他いろいろで400-500の文様を正確にトレースしたはずだ。表紙を見たらわかるように、ひとつひとつが、ほとんど絵画だ。 しかし、残念ながら、日本と世界の文様の比較や、歴史から来るその大きな特徴、また、弥生時代の流水紋は現代まで生き残っているのだが、それは何故か等々の考察はほとんどされていない。ただただ、どんな文様(意匠)があるのか、分類して紹介しているだけなのである。目論見が外れたと言った所以である。 もちろん、着物を説明して「貝尽くし文様夜着」と聞いてどんな着物か想像できたら楽しいだろうし、京都四条通界隈に錦天満宮の梅、1928ビルの星、京都大丸の八芒星、先斗町入り口の千鳥、松竹南座の松竹等々の意匠を見つけたら楽しくて仕方ないだろう。 この本を持って、古い街に行き日本を感じる、そういう使い方がよく似合う本だと思う。
2019年08月18日
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「看板建築」萩野正和 トゥーヴァージンズ発行 看板建築という建物をご存知だろうか?そうそう!正面は立派な洋風建築なのに、裏や横に回ってみれば、木造建物だった、というアレである。特に商店が並ぶ街並みの中で作られて、商店街の景観を作っていた。 歴史はなんと昭和の一時期に限られている。関東大震災の復興中に、潤沢な資金のない個人商店が採用した方法が、やがて全国に波及した。よって竣工は、昭和初年からいくら遅くても昭和40年ごろまでの建物しか存在しない。現在次々と解体されている。 しかし、この本を見てビックリしたのだが、日本人らしい細部に凝った意匠が一軒の中にもたくさん採用されていて、時の大工さんたちの心意気が見事に見えるのである。 昭和遺産とも言っていい建築物の数々が載っている。多くは既に解体された貴重な写真がある。そして現在でも現役で頑張っている建物を、約80軒近く記録し、更に色濃く看板建築の暮らしを、10軒にかけて詳しく記録している。なかなかの労作だ。 私が東京に住んでいたならば、必ずこのうちの数軒は尋ねると思う。なぜならば、ほとんどが店なので中まで入れるし、外の窓枠や装飾だけでなく、中も職人の技が極まっているからである。住んでいる人たちは、文化財だから残そうという意識はまずない。時期が来たら無くなるからである。 荻野正和さんの企画を支持する。ここに記録されているのは、実はほとんどが都内だけだ。これからは全国の看板建築を記録するか、ホームページを開設して、全国から記録や写真を収集して欲しい。もう一つの視点は、海外の看板建築の記録を撮って欲しいと思う。韓国の釜山や江景や地方の街で、私は数多くの看板建築を見てきた。昭和の風景を残そうという意識ではなくて、改築が出来ないので残ったという残り方だった。そういうのもプロの視点で是非記録してほしいなぁと思うのである。
2019年08月17日
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今年の県労会議機関紙8月号に載せた映画評です。「日本のいちばん長い日」 今年は1945年8月15日の玉音放送までの24時間を描いた「日本のいちばん長い日」を取り上げます。14日の深夜に、陸軍将校畑中少佐を中心とする若手軍人によるクーデター未遂事件があったことはあまり知られていません。最後の最後まで綱渡りだったのです。誰がどう決断したのか?岡本喜八監督(1967年)と原田眞人監督(2015年)の2作あり、2つとも力作です。岡本版は、オールスターがドキュメンタリーのように膨大な台詞を発して庵野秀明監督の「シン・ゴジラ」の手本になったと言われたました。岡本版と原田版を、今回見直してかなり違っていました。大きく違うところが、何点かあります。1つは、岡本版も鈴木首相(笠智衆)と阿南陸相(三船敏郎)が阿吽の呼吸で、主戦論渦巻く陸軍を御しながら終戦まで持って行った様に描いていました。しかし、原田版はそれを更に強調します。原田版は岡本版で出すこと叶わなかった天皇(本木雅弘)をほとんど主人公のように出演させています。あえて、軍閥とは程遠い老獪な鈴木貫太郎(山崎努)を首相に据えたのも天皇の意向ということになっています。阿南陸相(役所広司)と鈴木と天皇は、侍従武官、侍従長、天皇と旧知の仲という事を明かし、阿南の「腹芸」の場面を新たに作っています。確かに、敗色決定とも言える状況で「あともうひとつ成果」を求めた政府の対応が、国民に大きな犠牲者を出した事は否定出来ないものの、あの時点の様々な「決断」がなければ、更に敗戦日が延びた可能性は十二分にあったのです。1つはクーデターの首謀者、畑中少佐は、岡本版では黒沢年男が演じて、直情決行、狂気とも言える存在感を出していました。原田版は松坂桃李がまた違う狂気を演じています。1つは岡本版には女性は新珠三千代しか出演しなかったが、原田版には重要な役で何人もの女性が出演しています。よかったら、岡本版原田版と続けて見ると、日本の政治の意思決定の複雑さと、当時の戦争の雰囲気が良くわかって面白いと思います。動き出したら止まらない。戦争は、巨大な機関車のようです。車輪が外れ、燃料がなくなり、それでも運転しようとする狂気の機関士を止めないと、止まらないのです。(2作品ともレンタル可能)
2019年08月15日
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「日本のいちばん長い日」半藤一利 文春文庫 「天運がどちらに与するかそれはわからないでしょう。どちらに与してもいい、判決は実行することによって定まると思うのです。そしてその実行が、純粋な忠誠心より発露しているものである以上は、臣道としてなんら恥ずるところはありません。…中佐殿、私は、まず宮城内に陣どって外部との連絡を断ち、時局収拾の最後の努力をこころみるため、天皇陛下をお助けすべきだと信じます。将校総自決よりその方が正しいと思います。近衛師団との連絡はもうついているのです。必要な準備はととのっております。あとは、少数のものが蹶起することによって、やがて全軍が立ちあがり、一致して事にあたればいいのです。成功疑いありません。中佐殿にはぜひ同意されて、この計画に加わっていただきたいのです」(115p) 岡本喜八版の映画では黒沢年男が、原田眞人版では松坂桃李が演じた畑中少佐が、8月14日の午後4時、聖断が降りたことで諦めきっている井田中佐にクーデターへの参加を詰め寄っている「記録」である。生き延びてしまった井田正孝の証言なので、かなり正確だろうと思う。中佐も少佐もない。最後の段階では、声の甲高い「狂」が、時を動かしかけた。 今から観ると、狂気の言としか思えない。ところが、井田や当時の陸軍士官のほとんどは、14日の前までは、この方向でみんなまとまっていたのである。「成功疑いありません」当時の最高の知性が、74年前のこの夏の日に、そういう判断をしていた、ということを私たちは忘れてはならない。 彼らが護ろうとした「國體」は、天皇そのものではなく(何しろご聖断に背いてクーデターを起こすのだから)、むしろ実体のない「こころ」のようなものであったのだが、それが多くの国民の命よりも、自分の命よりも大切だった(蹶起した3人の士官は15日に自決した)。現代ならば、実体のない「成長神話」がどんな国民の生活や命よりも大切だと思っている頭の良い人たちが存在するのと、同じかもしれない。
2019年08月14日
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「縄文ZINE 10」望月昭秀編集発行 フリーペーパー界の雄!3万部近く発行しているはずの縄文時代に特化したフリーペーパーの最新号をゲットした。とは言っても、今回は珍しく岡山市埋蔵文化財センターでゲットしたので、一か月前の話なんだけど。いつも岡山市の無印良品でゲットするので、こんな「まともなところ」でゲットすると、なんか新鮮! 今回は特集2つがなんといっても面白かった。「わけのわからないものばかりの縄文時代で、とびきりわけのわからないもの」と「遺跡はみんなキラキラネーム」である。これはそのまま弥生時代でも当てはまる。 これは雑誌にはなくて、望月氏のツイッターから拾ったもの。尿瓶?そんなはずはないよね。わけわかんない。 これはテレ丸さんのツイートから拾ったもの。わけわかんない。 一般的にも「トロトロ石器」と名付けられているらしい。本来尖っていないといけない先が尖っていない。誰も傷つかない鏃だ。しかも、西日本の広範囲に渡って、ほぼ同じものが出土している。「かなり重要なものだったのではないか」と専門家の意見である。縄文早期に限られている。そうやって考えると面白い。 前から思っていたけど、遺跡って、字で名前つけるので、キラキラネームって多い。でも、編集人は100個も拾っている。ご苦労様。 多いのは、流石に甲信越、東北。私は近くの、岡山、鳥取、島根から採る。 【岡山】溝落遺跡 【鳥取】陰田隠れが谷遺跡、井図地中ソネ遺跡 【島根】面白谷遺跡、金クソ谷遺跡、アガリ遺跡、田中ノ尻遺跡 「金クソ」は、製鉄の際に出来る鉄鉱石のカスではあるが、知らない人にはインパクトがある。逆に、どんな土地なんだろうかと想像が膨らむ。面白谷は、ホントに私にもインパクトがある。なんでこんな名前? 名前の由来を深掘りしてもらいたかったが、無かった。次回に期待する。
2019年08月13日
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「ポーの一族 ユニコーン(1)」萩尾望都 小学館 「ポーの一族」への40年以上に渡る想いや予想は、文庫本「ポーの一族3」にあらかた書いてしまった。予想通り、この(1)には、予想以上のことは幾つかしかなかった。もちろん、バリーという新キャラについてはまるきり予測できなかった。しかし、彼は「解」を導くための補助線みたいなものだ。 最大の予想外は、アランが生きているかもしれないということだ。悲しいけれど、これでシリーズが終わるだろう、という私の予想は変わらない。これからのことを、大胆に予想してもいいけど、それは自分の胸に秘めておく方が粋というものかもしれない。 「VOL1わたしに触れるな」は、過去作品のようにコマ枠を破って人や言葉や夢や時が溢れ出ていた初期の萩尾望都から比べると、まるできちんとし過ぎた舞台劇みたいで気に入らない読者が出てくるのは、ましてや顔つきもかなり昔と違うし、当たり前だと思う。けれども、このきちっとした構想を背景にしたセリフのひとつひとつは、やはり初期の萩尾望都の特徴でもあるのだ。1巻目を最後まで読んで、もう一度VOL1を読み返すと、あら不思議、8割方意味がわかるだろう。わからないところが、次巻の核心部分だとも予想できるだろう。次巻が楽しみだ。
2019年08月12日
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「ポーの一族3」萩尾望都 小学館文庫 「ポーの一族」の新作が刊行された。噂によると、最終編『エディス』の 正当な続編らしい。それで急遽これを取り寄せた。そうせざるを得なかった。読む前に、ファンとして私の40年間のあれこれの妄想を、もう一度整理しておきたかったからだ。 以前、前回の『春の夢』連載開始時に復刻版『小鳥の巣』を紐解き、こう書いた(16.6.25記入)。 「現在キリアンがドイツで生きているならば、おそらく71歳。ドイツ統一のために闘って来たのではないかと(勝手に)想像する。」 「キリアンは微かにマチアスに噛まれて仕舞う。萩尾望都はついつい書いて仕舞った。『パンパネラの血は、キリアンの体内に深く沈んで存在した。それは潜在的な因子として子孫に受けつがれてゆき‥それはもっとのちの話となる』この記述があるがために、「ポーの一族」ファンたちは、一生「続編」を待ち望む「呪い」をかけられてしまった。もちろん、私にも。その呪いは未だ解けていない。」 つまり現代は、ポーの一族が再び現れるならば、キリアンの14歳の孫の前に出現しても可能な時代になっているのだ(晩婚化が進んでいるからちょうどいいだろう)。ちなみに『小鳥の巣』はシリーズの中でも屈指の傑作である。 その妄想を膨らますために、1976年当時の『エディス』を読んだわけだ。この時点で、アランはエディスを助けるために消滅してしまったことになっている(ロンドンでの事件)。「消滅」するのである。マチアスは肉体どころか靴さえも消滅してしまった。だとすれば、他の次元に移るとした方が正しいのかもしれない。この本には、そのほかに1966年にエドガー研究家のオービンが関係者を集めた『ランプトンは語る』も収録。時系列の歴史を解説した便利な本になっている。しかし、最初に読むべき本ではない。文庫本なのであまりにも画が小さいのだ。あれから40数年。オービンは当然、エドガーについての総括的な一書をしたためているはず。エディスは50歳後半だ。テオの血液研究はどうなったのだろうか。66年当時に血液保存技術はないだろうから、成果も出ずに終わった可能性が高い。 『春の夢』(2017年刊行)も、当然この「続編」のために準備されているはずだ。改めて読み直す。ポーの一族の間の中のいろんなランクと、消滅への危機感を持ったクロエのような人物がいることが明らかにされている。ポーとはまた別系統の異能種のいることも明らかになった。「ポーの一族」とは何なのか?それが最終的に明らかにされるのが、最終章になるはずだ。それを意図して始めたのが『春の夢』だろうと、今なら想像できる。 『春の夢』の中にいくつもヒントがある。ファルカは言う「(アランがすぐ眠るのは)"気"のヒフが薄いんだよ。すぐシューシュー漏れちまう」。吸血鬼とは実は病原菌とかの生物が中に入ってなる病気ではなかった。気はエナジーとルビを振る。だとすれば、バンパネラの正体は、エネルギーだ、ということになる。ファルカは瞬間移動が出来る。だとすれば、バンパネラの存在は、異次元の存在なのかもしれない。それから、大老ポーが老ハンナを仲間にしたのは、8世紀だ。一体何があったのか。一方、ファルカはウクライナ・ポーランドの「紅いルーシー」という一族。800年(600年かもしれない)も生きている。さらにルチオというギリシャ系の一族さえいる。紀元からいると言われる「さまよえる者」がホントだとしたら、本当の起源は2000年前から居るのかもしれない。 しかし、バンパネラの正体だけならば種明かしに過ぎない。エドガーの約240年間にわたる、魂の遍歴の意味を明らかにするのが、最終章の役割のはずだ。 それにしても、本当に終わるのだろうか?今、あらゆる情報は今回が「ポーの一族最終章」だと囁いている。知りたいのと、知りたくないのと、半々だ。「カムイ伝」「火の鳥」と未完に終わった名作を抱えて、私たちは長編漫画の夢の中を生きてきた。その正当な継承者である萩尾望都が「終わらす」と言うのならば、やはり私たちはそれを真正面から受け止めなくてはならないのかもしれない。襟を正そう。そして、新章を紐解こう。
2019年08月11日
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あいちトリエンナーレで「表現の不自由・その後」に出品されていた「平和の少女像」(俗称・従軍慰安婦像)の展示等が、大阪市長や名古屋市長などの公権力からの圧力と「ガソリンまくぞ」という脅しFAXが直ぐに警察が動かない事を知らされて、遂に中止に追い込まれた。表現の自由への侵害と公権力からの検閲・圧力という点で、憲法違反の事案だとは思うが、今回は展開しない。 取り上げるのは、中止するかどうかが懸念されていた時に、ツイート上に展開されていたフェイクニュースが、今も根強く拡散され続けていることである。 それは例えばこんなツイートだ。 アメリカ軍装甲車にひかれた少女は2人いて、空いてるのはもう1人のひかれた少女の像を作って座らせるところだったのが、作りかけで世に出されて、なぜか反日プロパガンダに使われているかわいそうな少女というのは結構知られています。学生ボランティアの方に伝えていただければと思います。 このツイートは、私が(平和の少女像に)「昨年冬に初めて逢いました。学生ボランティアが24時間体制で、ガイド兼守っていました。隣は、一緒に座るために椅子があることを知っている日本人が如何に少ないことか。」と、本当の意図をツイートしたものに対して某氏がツイートしてきたものです。この写真は悪質だ。あたかもこのように展示されるのが意図されていたかのように加工したものである。同じオカッパだし、隣の椅子が空いているのはわけわかんない、と思っている若者にストンと落ちるように作っている。 完全なデマである。写真でしか見たことがない人はコロリと騙されるかも(この某氏もホントに信じてツイートしてきた可能性が高い)。しかし、芸術作品は、直に見ないとわからないことが多い。この作品はその最たるものだと思う。 私の意見を言う前に、この「噂」に対してちゃんと反証した記事がある。そこには、根拠のない噂であるし、いろんな証言からデマであることを立証している。 文春も報じた「慰安婦像の正体は米軍事故被害者」は完全なデマだった! 官邸とネトウヨ情報に丸乗りし印象操作 (2017年12月7日) - エキサイトニュース しかし、そんな記事を読む前に私はこれがデマだと直ぐにわかった。なぜならば、2点の点で(前掲記事に触れられていない)、他の塑像を作り変えたとは到底思えないからである。 1つは、この彫刻の後ろには明確に中学生ではなく「老女」の姿の影が刻印されているからである。しかも、自由の象徴である蝶を胸に潜ませている。この像が、元従軍慰安婦を表していなくて何なのだというのであろうか? 1つは、あの米軍装甲車女子中学生事件は、私もよく覚えている。私が韓国によく行き始めた頃の事件で、街中で何度もソウルの人たちのデモに遭遇したからだ。それは2002年の秋、21世紀に入った時のことだった。しかしながら、この像はチマチョゴリを着ているのだ。明らかにおかしいだろう。21世紀の女子がチマチョゴリを着て通学するか?万が一頭だけが、作家が彼女をモデルに作りかけていたとしても、ここまで違えば、それは芸術の常識として「作りかけで世に出されて」ということでは絶対にない。もちろん、先のエキサイトニュースを読んだらわかるように、作りかけを流用したというのは、何処にも根拠のない、オカッパだけの頭が似ているだけの、「デマ」なのである。 芸術作品は、直に観てどう感じるか、が全てである。直に観たらわかるように、少女はまるで生きているかのようであり、しかも品がある。全ての無垢な少女の象徴なのだ。観てもないのに、反日だと「批判」する輩は、映画を観てもないのに「面白いはずがない」という輩と同じ穴の貉である。そういう輩を私は軽蔑する。私は映画を直接見ないで批評したことはない。その他の芸術作品も同じである。 こういう「フェイクニュース」が、何度否定されても、まるで鬼の首を取ったように、今回何度も何度も拡散されている。その拡散が、今回、戦後最悪の部類に入る「表現の不自由」の結果になった。 おそろしい、と思う。 おそろしい時代になっている。
2019年08月10日
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「健康で文化的な最低限度の生活8」柏木ハルコ 小学館 読んだ漫画を全てレビューしていたらきりがないので、私は漫画の場合は時々まとめて書評を書く。しかし、この漫画だけは全巻感想を書いている(序でに購入さえしている)。漫画として飛び抜けて素晴らしいわけではない。しかし、一巻一巻きちんと対峙しないと、ここで描かれている事に対して申し訳ないと思うからである。そう思わせるだけの「取材」を柏木ハルコはしているのだ。 今回は「子供の貧困完結編」である。間違ってはならないが、このシリーズはノンフィクションではない。しかし、フィクションだから描ける真実があると思う。最初取りつく島がないように見えた佐野さんも、DVを受けて二児の母として、恋人にも逃げられ自暴自棄になっていたと判明。そう言う複雑な状況を2巻かけてゆっくりと見せている。恋人との間にできた赤ちゃんを産むのか産まないのか、栗橋さんがどう対応するのかが、この本のクライマックスだった。主人公義経えみるだと、この複雑な状況をさばけなかったかもしれない。 それと同時に不正受給問題で登場した欣也くんのその後も描かれる。貧困の子供は、はたして大学や専門学校に行けないのか? 『現在、7人に1人の子どもが貧困状態にあると言われている。子どもの貧困は子ども本人には全く責任がない。では誰の責任か?父親か?母親か?』『両親が離婚し、母子家庭になる。父親が養育費を払わない。母親は子育てのため正規の職に就けず、不安定な仕事を掛け持ちする。教育には金がかかり、公的な支援は不十分なまま』という栗橋さんの呟きの後ろで、よく見ないとわからないが「子どもがいるひとり親世帯の相対的貧困率」や「教育支出の対GDP比(公費負担及び私費負担の合計)」等々のデータが載っている。西欧や南米諸国と比べて、日本は最下位だ。チェコやチリよりも、日本は劣っているのだ。もちろん、佐野さんの元夫は酷い男だったと思う。欣也くんは進学したいけど、なかなか学力が追いつかない。しかし、それを含めて「支援」するのが国の責任だと、私は思う。戦闘機に一機100億円以上も払い、さらに百数十機も買いますよと大盤振る舞いするよりも、こちらにお金をかけるべきだ。その方が未来の国家に向けて、よっぽど「戦略的」だと私は思う。
2019年08月09日
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「死にがいを求めて生きているの」朝井リョウ 中央公論新社 初、朝井リョウ。物心ついた頃からゲームやSNSがあって、ゆとり教育やら同調圧力があるのを当たり前の社会だと思って生きてきた世代の、それでも対立と和解をどう解決して行くのか、探って行く物語。のように思えた。納得できなかった。以下、なぜかを述べる。 「俺は、死ぬまでの時間に役割が欲しいだけなんだよ。死ぬまでの時間を、生きていい時間にしたいだけなんだ。自分のためにも誰かのためにもやりたいことなんてないんだから、その時々で立ち向かう相手を捏造し続けるしかない」(398p) 「自分のためにも誰かのためにもやりたいことなんてない」なんて、平成生まれのこの子は、どうしてそんな風に自分のことを思ってしまうんだろう。どうして、いつも誰かにどう見られるかが、何かの基準になるのだろう?こんなに若いのに、何を焦っているんだろう?丁寧にその心理を幼少の頃から辿っているはずなのに、やはり私にはピンとこない。 組み体操のピラミッド存続問題やRAVERSや大学寮存続問題、無人島仙人問題など、現実にあった問題からモチーフを「強引に」自分のテーマに引き入れる書き方は、感心しなかった。揶揄はしていないが、あの事柄をある程度知っている人にとっては、揶揄されていると怒るかもしれないような書き方もあった。安藤くんじゃないけど、この作者に対しても「こうやって喋って満足するだけのおままごとはもう、終わり」にしよう、と言いたくなる書き方もあった。朝井リョウは何を焦っているんだろう? 自分に求められている「役割」を過剰に意識し過ぎているんじゃないか?こんな風にホントにあったことをなぞるならば、表層だけを見るんじゃなくて、「核」の部分を描いて欲しい。その表現、作者は、その部分で1番もがいているのかもしれない。そこは伝わってくる。でも、まだ足りない。決定的に何かが足りない。人気作家だけど、こんな感じならば、認めるわけにはいかない。
2019年08月07日
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「ワセダ三畳青春記」高野秀行 集英社文庫 高野さんは昨年の今頃、数少ない私の「お気に入り作家」に昇格した。そうなれば、出ている文庫本の少なくとも8割くらいは読まなくては気が済まないのが、私の性分。恋でも本でも、原理は同じですね。これで7冊目。まだまだ道のりは長い。この本で、第1回酒飲み書店員大賞を受賞。読めばわかるが高野さんは全ての作品が名文なのである。読み始めると、直ぐに高野節に染まってゆく。 でも、家賃1万2千円の三畳間には別に驚かない。私は2年間、家賃1万5千円の「家」に住んでいた。学生時代ではない、社会人になってからである。1つのボロ屋を2つに仕切って、半分に住むのだ。こちらは1人、向こうは一回も顔を合わせていないが、おそらく4人以上の家族だった。私が使わなかった部屋はふた部屋もある。最後は畳がブヨブヨになったが、全くノープロブレム。途中で私の母親が亡くなったので、夜になると真っ黒い部屋の片隅をよく凝視した。一度も出てきてはくれなかった。 話がそれたが、ともかく高野さんは、私のような孤独な下宿生活ではなく、普通の冒険旅行と同じく変人と共になんやかんや起こしながら、11年間、元気に「生活」してゆくのである。思うに傑作だろうと思う。
2019年08月06日
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「図書」2019年8月号 さだまさしの連載もの(「さだの辞書」)では、長崎に伝わる幽霊話を紹介しています。「飴屋の幽霊」という話は、いかにもありそうなお話でおそろしいのではありますが、さだまさしの伯母が死に目に仲良しの親類の老母に報せに来たという話も書いていました。 それで、私が直に体験したことも思い出しました。昔のことなんですけど、まざまざと覚えているのは、それが私の中学の入学式当日の朝だったからです。 その少し前から、私の母は家を留守にすることが多かったのです。どうやら母の実母が危ないということで病院に通っているということだけは聞いていました。その日はそれでも私の入学式なので、母は無理して私の式に出る予定でした。朝食の時に、家の屋根の上で、カラスがかなり大きな声で三鳴き四鳴きしました。「なんか不吉じゃねぇ」と言っていた時に黒電話が鳴ったのです。母は急いで受話器を取りに行き、暫く話したあと、私に「式に行けなくなった。ごめんね」と言ったのです。泣き虫の母が涙も見せていないことに「悲しくないのかな」と思ったことを覚えています。「あれはおばあさんが報せにきたのかなあ」と家族の誰もが思いました。まぁ、何処にもあるような話です。 三浦佑之さんの「風土記博物誌」は、今回は各地に伝わる大男伝説の話。ちょっと近くの兵庫県の伝説は、現在現存する山がちゃんと比定されているので、機会があれば行ってみたい。 山室信一さんの「モダン語の地平から」は、なんと現代もある常用漢語は1921年から始まっているという話。漢字学習の効率化と新聞など活字を選ぶ職工の作業軽減などが求められたらしい。最初から1962字。かなり絞っていたことに驚いた。常用漢字表にない漢字は仮名で書くことにした。現在では2010年から2136字が用いられている。 それでも外語は入る。この時の外語は実は中国語だ。マージャンは1909年に初めて入ってきて、20年代に流行、「テンパる」「面子」などは今は意味は転用されて使われている。他には裏面工作の「工作」、「合作」、「下野」、「要人」等も。軍事用語として「改編」「改組」。とても面白い。外来語は特に近代はカタカナ語ばかりと思っていたけど実は違っていたのである。
2019年08月05日
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「将軍」芥川龍之介 おそろしいはなしです。 青空文庫で、20分ぐらいで読めます。 伏せ字だらけ、芥川だけでなく、なにやらいろんな方の怨念が棲んでいそうな文章です。 大正10年の発表。N将軍と書いていますが、誰が読んでも日露戦争を勝利に導き、明治天皇崩御の際に殉死した乃木希典について書いたと分かる小説です。 日露戦役での将軍の白襷隊への激励、戦時に間諜を発見する将軍、慰問団劇にクレームをつける将軍、亡くなった後に青年が持つ違和感の四章で成っています。 乃木の殉死については、漱石も(「こころ」)鴎外も(「阿部一族」)それなりに反応を示した大事件でありました。「なんか嫌な感じ」と文豪たちは思ったのだと、私は解釈しています。 乃木希典は、決して自ら「死んで神様になりたい」と言ったことはないと思います。芥川も、この作品で一言もそういうことは書いていません。ただ、最後の青年の違和感と、この作品の5年前に「乃木神社」が建てられ、実は現代まで綿々と「格式ある神社」として続いているという事実を知るにつけ、なんかこの日本という国が、私はおそろしいのです。 最後に第2章「間諜」の一節。 将軍に従った軍参謀の一人、──穂積中佐は鞍の上に、春寒の曠野を眺めて行った。が、遠い枯木立や、路ばたに倒れた石敢当も、中佐の眼には映らなかった。それは彼の頭には、一時愛読したスタンダアルの言葉が、絶えず漂って来るからだった。 「私は勲章に埋った人間を見ると、あれだけの勲章を手に入れるには、どのくらい××な事ばかりしたか、それが気になって仕方がない。……」
2019年08月04日
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「桃太郎」芥川龍之介 おそろしいはなしです。 芥川龍之介の書いた変わり種「桃太郎譚」。青空文庫で10分ぐらいで読めます。 黄泉比良坂でイザナギが追っ手を防ぐために撃った桃は1万年に1度成るというもの。その桃は核に赤ん坊を孕んでいたそうな。 そこから産まれた桃太郎。現在人口に膾炙している彼とは真反対、ニートの食いつぶし、サイコパス紛いになって、平和に暮らしている鬼ヶ島へ侵略戦争を仕掛けるというお話です。 降参した鬼が桃太郎に、どうして私たちを征伐に来たんですか?と尋ねた時に桃太郎はこう答えています。 「日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召し抱えた故、鬼が島へ征伐に来たのだ。」 「ではそのお三かたをお召し抱えなすったのはどういう訣でございますか?」 「それはもとより鬼が島を征伐したいと志した故、黍団子をやっても召し抱えたのだ。──どうだ? これでもまだわからないといえば、貴様たちも皆殺してしまうぞ。」 見事な二段論法。まるでどこかの国の首相のようなはぐらかし答弁です。これをどこかの国のパロディとみるのか、どこかの会社のパロディとみるのか、単なるギャグとみるのか、は貴方次第。芥川龍之介はこれを書いた3年後に自殺しているのですが。 大正13年、「サンデー毎日」初出。
2019年08月03日
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「絵物語 古事記」富安陽子・文 山村浩二・絵 三浦佑之・監修 偕成社 世に「現代語訳古事記」は多い。易しく書かれた絵本もかなり出ている。しかし、原文の形を残したままに、絵本形式の古事記は、ほとんど例がないのではないかと思う。 古事記は、粗筋も大切だが、細部にこそ命がある。もっと言えば、リズムや比喩表現が大切なのだが、この本にそこまで求めるのは無理だ。そのかわり、この本ならではの絵画表現が、大人にも数々の発見を持たらすのではないか?と思う。 私は古事記初心者なので、簡単なことに感心する。例えば長い矛で「コオロコオロとかきまぜ」て生まれたオノゴロ島は、いったい何処なんだろと思ったのと同時に、矛の形は明らかに弥生後期にしか出現しない形態で、古事記作者の視点は作成時の700年ぐらい前にしか遡れないのだな、と独りごちた。本当は皇紀で言えば、1300年以上は遡るはずだ。 涙や雫から次々と生まれ出ずる神々の姿は、原文ではイメージが湧きにくいけど、絵で見ると、あゝなんて簡単に神々が出てくるのか、と思ってしまう。神が神を産んで、綿々と繋がって、天皇に成って行くことを「説明」している。この本の大きな特徴だ。 イザナミは火の神カグツチを産んだ火傷がもとに亡くなるのだが、イザナギは怒りに任せてカグツチの首をちょん切ってしまう。その剣の滴る血から戦さや水の神など、災いと生産の神々が次々と産まれる。小さな事件は、次の来たるべき社会の転換点になったことを示していると思う。絵を見ると、まだ子供のような神なのである。小さく産んで大きく育つ。そうやって、日本人は神々(社会)と向き合ってきたのかもしれない。 何年か前、出雲の国で黄泉比良坂(よもつひらさか)と言われる森の中を訪ねたことがある。死の国の住人になったイザナミを閉じ込めた岩も見た。真偽はどうであれ、1300年近くそういう伝説を伝える人々のエネルギーに圧倒された。絵の中の最後の彼女の姿、子供が見たら夢の中に出てくるかな。 ヤマタノオロチは、ずっとキングギドラみたいな姿を想像していたけど、原文をきちんと読めば「ズルズルと体をひきずり」やってくるのだ。絵を見て初めて知った。巨大な大蛇が8匹同時にズルズルやってくるのは、確かに気持ち悪い。 等々、書き出すとキリがないのでここまで。大人が読んでも、大人が読んでこそ、面白い絵本でした。
2019年08月02日
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