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「きつねのはなし」森見登美彦 新潮文庫 京都には魔物が棲んでいます。それはこの本の話ではなく、この前京都に旅した私の実感です。 「ついこの間の戦(いくさ)」と住民が言えば、それは74年前のことではなく、ましてや外国との戦さのことではなく、600年前の応仁の乱のことだと言うのだから、時間の概念が違うのです。だから、秀吉が築いた都をぐるりと周らす堤を築くために掘られた溝に捨てられた無縁地蔵を、未だに住民が懇ろに供養しているのが、平気でそこら彼処にあるのです。 さて、はなからいつもの森見登美彦と雰囲気が違うこの短編集、21世紀の現代に延々と続いている吉田神社の節分祭に、主人公の男が魔物と取り引きをして得たものは、それはもうホントは何だったのでしょうか?ナツメさんは本当は何者だったのでしょうか?(「きつねのはなし」) 千年の都に張り巡らされた神秘的な糸が、それはもう、不思議な音を立てています。私はウソと信じながら迷い込み、迷宮の壮大な門の前で引き返した気がします。(「果実の中の龍」) (「魔」)という名の短編であるのにも関わらず、これはジュブナイル・青春ストーリーとも言っていいような短編。でも、ある一点を除いて。それが、この本の一頁から最後に至るまで棲みついている魔物のひとつであるから。 吉備国の弥生時代には、龍の信仰が確かにあり、何かうねうねとした奇怪な模様が壺に書かれています。やがてその模様が、古墳時代の大王の代替わりの際に使われる壺の特殊器台の模様に変わって行くのに、更に数百年の年月を要したとのことです。すみません、物語とは全く違う話を最後に書いてしまいました。(「水神」) 決して怖くはないのです。ただただおそろしい。
2019年07月31日
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「違国日記」マシタトモコ 祥伝社 現在4巻目まで出ているようだけど、1巻目を読んだ段階であまり大きな進展はないタイプの話のようなので、1巻目だけの感想を書く。というのは、気に入ったから。「このマンガがすごい!オンナ編」第4位。 田汲朝(15歳)は、交通事故で亡くなった両親の母親の方の妹と一緒に住むことになる。妹は高代槙生(35歳)小説家である。1話目は、突然朝が高校3年で出てくるが、2人の日常生活を描いているので、おそらくこの物語は、その3年間の「日常」を描くことなんだろうな、と見通しを立てた。2話目からは、朝を引き取る時の中学生の頃に戻る。 なにが面白いのか。人見知りの一人暮らしの女性の小説家が、女の子を引き取って、初めて「人間」と暮らし始める。その1つ1つがやはり発見の連続。朝の視点と槙生の視点。人間とはいえ、まだ犬ころを拾ったような感覚が槙生にはある。 槙生は小説家なので、言葉を大切にする。朝に日記を勧める。「この先誰があなたに何を言って、誰が何を言わなかったか。あなたが今、何を感じて何を感じていないのか。たとえ二度と開かなくても、いつか悲しくなったとき、それがあなたの灯台になる」。よくわかる。 私も中学生から高校生にかけてずっとつけていた日記があった。数年前にそれを見つけて、何か文章を書こうとしたら、それ以降一度も開けることがなかった。「そうだ、日記は灯台なんだ」まだ私には、必要ないのかもしれない。このマンガが完結した時に、また改めて感想を書きます。 どうでもいい話なんだけど、どうして最近のマンガ家は全部カタカナの名前が多いんだろう(コナリミサト、ヤマザキマリ等々)。そんなにもデジタル化(or記号化)したいんだろうか。
2019年07月30日
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久しぶりに岡山市埋蔵文化財センターに来た。大きな展示会もしていないし、報告するようなことはないと思ったら、意外とたくさんあった。建物の意匠は千足古墳石障の直弧文です。 千足古墳石障(仕切り石)の展示は、今は既に無いのですが、以前はなかった石室模型がありました。西田和浩氏の論考ペーパーがあり、天草・宇土半島との結びつきを考察していました。 収蔵展示室には、「発掘された日本列島2019」で展示されている金蔵山古墳(4C後半)の家型埴輪に漏れた埴輪群がありました。 展示室には多くは南方遺跡(弥生中期)の遺物がずらっと並んでいました。分銅型土製品に、農耕儀礼と関係する高床倉庫が描かれている?これは家族祭祀の道具だと理解していたのだが? 九州や四国、近畿から来た土器や、ジョッキ型土器などの変わりものや、南方遺跡土器群の編年などを見る。 びっくりしたのは、南方遺跡のこんな分厚い発掘報告書全3分冊が、800円700円700円で販売されていたこと。安売りセールじゃないらしい。最近の報告書はだいたいこの値段なんだと。技術の革新?つい全部買ってしまった。 南方遺跡発掘報告書より「旭川西海岸平野のほぼ中央に位置する集落遺跡。弥生時代中期を中心とするこの地域を代表する拠点集落であり、山陽東部の弥生中期の土器形式「南方式」の名祖遺跡」
2019年07月29日
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6月に観た映画の後半です。 「アラジン」何度も作り変えられる魔法のランプの世界。その度ごとに、アラジンも、ジャスミンも、ランプの魔人も過去の数々の、「欲望にはキリがない」「自由が1番尊い」「世界を知ろう」という教訓を上書きしながら、「女性権利の尊重」という新しい価値観と、実演でもアニメと全く遜色ないファンタジーの世界を実現した。ハリウッド化した中東の世界、米国美男美女インド系俳優の誕生、思いっきり楽しんでいるウィル・スミスと俳優の力も大きかった。楽しめました。冒頭、「船乗り」のウィル・スミスが子供達に物語を始めるという構造。「千夜一夜物語」の1つにもなっていて、しかも上手いこと仕掛けがあって、子供達目線の物語になっている謎が解ける。上手いと思った。(STORY)貧しいながらもダイヤモンドの心を持ち、本当の自分にふさわしい居場所を模索する青年のアラジン(メナ・マスード)は、自由になりたいと願う王女のジャスミン(ナオミ・スコット)と、三つの願いをかなえてくれるランプの魔人ジーニー(ウィル・スミス)に出会う。アラジンとジャスミンは、身分の差がありながらも少しずつ惹(ひ)かれ合う。二人を見守るジーニーは、ランプから解放されたいと思っていた。(キャスト)メナ・マスード、ナオミ・スコット、ウィル・スミス、マーワン・ケンザリ、ナヴィド・ネガーバン、ナシム・ペドラド、ビリー・マグヌッセン、(日本語吹き替え版)、山寺宏一、中村倫也、木下晴香、北村一輝、沢城みゆき、平川大輔、多田野曜平(スタッフ)監督・脚本:ガイ・リッチー脚本:ジョン・オーガスト2019年6月25日MOVIX倉敷★★★★ 「幸福なラザロ」冒頭。貧しいムラの夜中。若者たちが音楽を鳴らしながらやってきて、娘との婚約を宣言する。たった58人のムラではあるが、女子供は多く、中世の共同体とはかくあるかと思わせる。しかし、支配者の侯爵家は携帯を持っていた。少なくとも90年代の携帯であり、侯爵家は大量無賃労働をしていたということで、ムラ人は離散を強いられる。リアリズムとファンタジーの融合。社会派ではない。おそらく20年の月日が流れて、ムラ人たちの心は荒んでいる。そこへタイムスリップしたかのごとくラザロが現れる。しかし、昔の共同体を全面的に良かったとは言っていない。熱を出しただけで、死んでしまうという諦めがムラ人にあるように、それは厳しい生活なのである。子沢山は、彼らの防衛手段だ。映画の寓話性、神話を作る力は、この作品で如何となく発揮られた。ムラ人たちは語り伝えることだろう。やがてムラに帰って新しい共同体を作るために。そして、それが人類の特性なのだ。(解説)第71回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞したヒューマンドラマ。キリスト教の聖人ラザロとイタリアの詐欺事件から構想された物語で、無垢(むく)な青年を主人公に、孤立した地で生活する村民が外の世界に触れる様子が映し出される。監督は『夏をゆく人々』などのアリーチェ・ロルヴァケル。新人のアドリアーノ・タルディオーロ、『ハングリー・ハーツ』などのアルバ・ロルヴァケルらが出演する。(あらすじ)20世紀後半のイタリア。純朴な青年ラザロ(アドリアーノ・タルディオーロ)は、社会と隔絶した小さな村に住んでいる。そこの人々は、小作制度が廃止されたことを知らずにタダ働きを強いられていた。ある日、領主の侯爵夫人(ニコレッタ・ブラスキ)の息子が誘拐騒ぎを起こし、労働搾取の実態が世に暴かれる。2019年6月20日シネマ・クレール★★★★ 「町田くんの世界」失敗作である。原作を超えることができなかった映画は久しぶりだ。石井裕也は、原作を変えて自分なりに作って超えることができなかった。あと一回これが続けば見限った方がいいと思う。原作はとても難しい素材だった。一見普通の高校生がとんでもない天然人たらし(女たらしではない)だったという構造。それ以外は普通の世界を描いていて、最も理想的な作品にしようとするならば、是枝ばりのリアル作品にするべきなのだが、とても難しいだろうと思っていた。監督は、それをユーモア映画ならびにファンタジー映画にしてしまった。原作にない作家池松壮亮は、監督の分身だと思うが、池松壮亮の演技がそもそも大袈裟すぎて、そこから監督自身が「町田くんの世界」を信じていないことが見え見え。「もしかしたら、町田くんているかもしれない」そう思わせなくてはならないのに、最後の最後で恋に目覚めた町田くんが「君のことしか考えられなくなりそうだ。それっていいことなんだよね」と言わせてしまってはいけない。町田くんは、一瞬そう思っても、決してそうはならない青年なんだから。大人の実力俳優を高校生に4人も持ってきたのは、狙い通りだと思う。しかし、空回りした。(あらすじ)町田くん(細田佳央太)は運動や勉強が不得意で見た目も目立たないが、困っている人を見過ごすことのできない優しい性格で、接する人たちの世界を変える不思議な力の持ち主だった。ある日、町田くんの世界が一変してしまう出来事が起こる。(キャスト)細田佳央太、関水渚、岩田剛典、高畑充希、前田敦子、太賀、池松壮亮、戸田恵梨香、佐藤浩市、北村有起哉、松嶋菜々子(スタッフ)主題歌:平井堅監督・脚本:石井裕也脚本:片岡翔2019年6月27日MOVIX倉敷★★ 「新聞記者」ある程度は期待して観た。私には、普通のサスペンス映画にしか思えなかった(「相棒」外伝と言われてもおかしくはない)。そんなに悪くないけど、少し甘い。2人の俳優は頑張っていたが、脚本はもっと作り込むべきだ。現政権批判は、前半こそはそれらしきもの(前川事件、詩織さん事件、森本問題)が出てくるが、後半は普通のフィクションになっている。ラストは変な盛り上げ方をしたが、韓国映画ならばもっと二転三転するはずだ。これだけの内容で130分は長すぎる。この映画の一番の驚き(売り)は、ノンフィクションでないこんな作品でさえ、テレビが一切タイアップをかけなかったこと。それに尽きる。この見事な忖度社会を証明した作品は記憶されるべきである。追記それでも、「相棒」では決して出てこない場面として、薄暗い内閣調査室の中の無数の所員が延々とパソコンに向かってカタカタカタカタやっている場面は良かった。1つは、ニセ世論作りのための直のツイートか、それへの指示とも思われるが、映画の中でははっきりしない。まあ不気味なところは描いていた。新聞記者は、切り込んだ記事を書いても「誤報」とされてしまう仕組みを、不十分ながら描いていた。若い官僚の逡巡を2時間かけて描いたのだから、それに見合ったドラマとラストにして欲しかった。(解説)韓国映画界の至宝シム・ウンギョン×昨年度映画賞に輝く松坂桃李権力とメディアの“たった今”を描く、前代未聞のサスペンス・エンタテイメント!一人の新聞記者の姿を通して報道メディアは権力にどう対峙するのかを問いかける衝撃作。東京新聞記者・望月衣塑子のベストセラー『新聞記者』を“原案”に、政権がひた隠そうとする権力中枢の闇に迫ろうとする女性記者と、理想に燃え公務員の道を選んだある若手エリート官僚との対峙・葛藤を描いたオリジナルストーリー。主演は韓国映画界の至宝 シム・ウンギョンと、人気実力ともNo.1俳優 松坂桃李。(STORY)あなたは、この映画を、信じられるか―?東都新聞記者・吉岡(シム・ウンギョン)のもとに、大学新設計画に関する極秘情報が匿名FAXで届いた。日本人の父と韓国人の母のもとアメリカで育ち、ある思いを秘めて日本の新聞社で働いている彼女は、真相を究明すべく調査をはじめる。一方、内閣情報調査室官僚・杉原(松坂桃李)は葛藤していた。 「国民に尽くす」という信念とは裏腹に、与えられた任務は現政権に不都合なニュースのコントロール。愛する妻の出産が迫ったある日彼は、久々に尊敬する昔の上司・神崎と再会するのだが、その数日後、神崎はビルの屋上から身を投げてしまう。 真実に迫ろうともがく若き新聞記者。「闇」の存在に気付き、選択を迫られるエリート官僚。2019年6月30日イオンシネマ★★★★
2019年07月28日
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今更ですが、6月に観た映画を紹介します。8作品でした。二回に分けて。 「コンフィデンスマンJP」誰が最後に勝つかではなく、どう騙すか、が問われる作品。惜しかった。おかしいと思っていたのに!伏線を疑っていた場面を物語が進むにつれてつい忘れてしまった。「みんな見事に騙されたでしょ!」結局これが長澤まさみの代表作品になるだろうか?ちょっとかわいそうだ。(ストーリー)詐欺師のダー子(長澤まさみ)、ボクちゃん(東出昌大)、リチャード(小日向文世)は、欲にまみれた者たちから大金をだまし取ってきた。香港の裏社会を牛耳る女帝ラン・リウ(竹内結子)を新たなターゲットに定めた三人は、彼女が持っているはずのパープルダイヤを奪うために香港に行く。なかなかランに近づけずに苦戦する中、天才詐欺師のジェシー(三浦春馬)が同じく彼女を狙っていることがわかり、さらにダー子に恨みを抱くヤクザの赤星栄介(江口洋介)が不穏な動きを見せる。(キャスト)長澤まさみ、東出昌大、小手伸也、小日向文世、織田梨沙、瀧川英次、マイケル・キダ、前田敦子、佐津川愛美、岡田義徳、桜井ユキ、生瀬勝久、山口紗弥加、小池徹平、佐藤隆太、吉瀬美智子、石黒賢、竹内結子、三浦春馬、江口洋介(スタッフ)監督:田中亮 脚本:古沢良太 音楽:fox capture plan 主題歌:Official髭男dism上映時間116分2019年6月2日ムービックス倉敷★★★★ 「風と共に去りぬ(午前10時からの映画祭)」もう「午前10時からのー」でだけでも、3回目の鑑賞。それ以外を数えると何回見たかわからない。ひとえにマイルを貯めるためなのだが、それでもいったん見始めると、正味4時間最後までほとんど寝ずに観てしまうのは、我ながら不思議だ。改めて、究極のメロドラマだと思う。前半こそはスカーレット視点で物語が進むが、後半は4人平等に視点が変わる。特にレットバトラーの視点が多くなり、彼のミスで2人も子供を殺してしまっているのは、前半の万能選手的な扱いからいえば彼らしくないといえばいいのか、より人間味が増したといえばいいのか。それにしてもレットは、スカーレットの涙を拭くために3回もハンカチを胸ポケットから取り出す。無頼派を気取っているレットだが、ハンカチをそんな風に常備できる男なんて、現代ではもはや絶滅種だろう。CGがない時代のセット撮影を存分に楽しめる映画。何度か出てくるし、ポスターにも使われているタラの夕焼けは、ホントの夕焼けなのか?それとも絵画なのか?大画面で観ても分からなかった。誰か知っている人は教えて欲しい。本物だとすれば、どのくらい撮影待ちをしたのか気になるし、絵画なのだとしたら、ほとんど芸術!もう「10時からの」も終わるし、これが映画館で観る最後かもしれない。著者を代えて続編が出版されているらしいが、とうとう読んでみたくなった。←しかし、レビュアーのあまりもの酷評に、やはり読む気が失せた。2019年6月6日TOHOシネマズ岡南★★★★ 「長いお別れ」中野量太監督なので、もっとドラマチックな展開かと思いきや、まるで是枝監督のような展開。それはそれで中野監督のもう一つの一面なのだろう。普通のドラマならば、動物園場面で終わらせるところだけど、その2年後の話を描くことで、ドラマを見せたいのではない、ゆっくりと家族がお互いお別れをしたのを描きたかったのが判る。病状の判断、距離の取り方、デイサービスの利用、ヘルパー・ショートステイの利用など、現代介護状況を余すことなく描く。蒼井優と竹内結子は中島京子の分身だ。遠距離と家族問題で悩む竹内と仕事と恋人との関係で悩む蒼井。それでも、現代の介護をつかいながら、最初からきちんと病状を理解して、最も普通の70歳発症アルツハイマーお父さんの病状を見せてくれた。たいへんだけど、決して不幸ではない。と言うことを見せる、それなりの意義のある作品。「湯を沸かすほどの熱い愛」ほどの傑作ではない。(見どころ)直木賞作家・中島京子の実体験に基づく小説を、『湯を沸かすほどの熱い愛』などの中野量太監督が映画化。認知症の影響で徐々に記憶を失っていく父と、彼と向き合う家族を描く。認知症の父を『モリのいる場所』などの山崎努、家族を『彼女がその名を知らない鳥たち』などの蒼井優、『春の雪』などの竹内結子、『ゆずの葉ゆれて』などの松原智恵子が演じるほか、北村有起哉、中村倫也らが共演。(あらすじ)2007年、父・昇平(山崎努)の70歳の誕生日で久々に帰省した長女の麻里(竹内結子)と次女の芙美(蒼井優)は、厳格な父が認知症になったことを知る。2009年、芙美はワゴン車でランチ販売をしていたが、売り上げは伸びなかった。麻里は夏休みを利用し、息子の崇と一緒に実家へ戻ってくる。昇平の認知症は進行していて、「帰る」と言って家を出る頻度が高くなっていた。2019年6月6日TOHOシネマズ岡南★★★★ 「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」監督は、日本のゴジラ映画のファンらしく、ゴジラやモスラの主題歌も編曲しながら使っているし、ゴジラが神に近い存在だということも描いている。けれども、ハリウッドはどうしても家族の話を大きな軸に据えないといけないらしい。それでどうしても違和感を覚える。この話で無理矢理入れなくてもいいでしょ?キングギドラやラドン、モスラの造形は素晴らしいのだけど、なんかB級映画感が拭えない。この地球的な未曾有な話をたった130分少々で終わらせてしまうのですか?本来地球政府ができるとか、いろんな人類側のドラマがあるんじゃないですか?そもそも未確認生物特務機関モナークって何?何処から金が出ているの?そういうツッコミを入れるときりがないくらいいろんなところが謎の作品。決定的なのは、ゴジラが神々しくないということ。(ストーリー)神話の時代に生息していた怪獣のモスラ、ラドン、キングギドラが復活する。彼らとゴジラとの戦いを食い止め世界の破滅を防ごうと、生物学者の芹沢(渡辺謙)やヴィヴィアン(サリー・ホーキンス)、考古人類学者のアイリーン(チャン・ツィイー)らが所属する、未確認生物特務機関モナークが動き出す。(キャスト)カイル・チャンドラー、ヴェラ・ファーミガ、ミリー・ボビー・ブラウン、サリー・ホーキンス、渡辺謙、チャン・ツィイー、(日本語吹き替え)、芦田愛菜、木村佳乃、田中圭(スタッフ)監督・脚本:マイケル・ドハティ脚本:ザック・シールズエグゼクティブプロデューサー:バリー・H・ウォルドマン、ザック・シールズ、坂野義光、奥平謙二2019年6月8日ムービックス倉敷★★★★
2019年07月27日
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(平和新聞7月25日号4面特集) 自衛隊は7月1日に一斉に高校三年生にダイレクトメールを送っている。 何故そんなことが出来るのか? この名簿は自治体から提供されたものだからだ。 日本平和委員会がこの度、全国の自治体へアンケートを行い、自衛隊に名簿を提出しているか否かの調査を行なった。まだ中間報告ではあるが、67%の自治体が名簿は提出していないことがわかった。提出は33%。それでもダイレクトメールは届く。そのカラクリは後で述べる。 自衛隊が名簿提出を求める根拠は、自衛隊法97条と自衛隊法施行令120条。しかしよく読めば、「(政府は)名簿提出を求めることが出来る」と書いているだけなのである。67%の自治体は「法的義務はない」「個人情報保護の観点から」「市民感情に配慮」と拒否している。自治体に名簿を渡す義務はないのである。一層の自治体への監視が必要だ。 それでも、自衛隊がきて名簿を閲覧することを拒否することは出来ない。だから岡山は基本的に閲覧だけを認めているようなのだが、今年も高校三年生に自衛隊からのダイレクトメールは届いたようだ。悩ましい。 法改正を含む運動が必要だ。
2019年07月26日
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7月22日、今年も恒例の平和行進を歩いた。昨年の今頃は、殺人的な酷暑の中であり、今年の平和行進実行委員会は、いかに犠牲者を未然に防ぐか、を大いに議論をし、昔は何時間も人気のないところを歩こうとも何が何でもコースを通すのだとずっと作ってきたのだが(ちなみにそういうコースの作り方はもう岡山県ぐらいになっていたらしい。他県はずっと昔からワープ行進を導入している)、もう背に腹は変えられないし、去年はいくつも途中で午後から取りやめとかやったので、今年は初めからコースの短縮が図られた。また、その他の対策もバッチリだった。 ところが、蓋をあければ未だ梅雨明けならずの平和行進になった。まあ、だいたいそんなもんだろう。しかし、今年も東京からの通し行進者はみんなの尊敬をもらっている。特に87歳の山口さん(挨拶している人)は、これで7回目の通し行進で、岡山は3回目らしい。すごいことだと思う。 小雨降る中たどり着いて、恒例のリハビリテーション病院での患者さん、職員からの熱烈歓迎を受けた。 休憩場所での「接待」は毎年のお楽しみである。特に、水島コース、連島支所の接待には毎年手作りシソジュースが出る。今年はそれに加えてトマトやキュウリの漬物が出た。このキュウリの漬物が絶品! 誰かがレシピを聞いたらしい。「私も教えて!」ということになり、このメモ用紙が公開された。「ビールを入れるの!」とみんな驚いていた。機会があればやってみたい! この日の歩数は約2万歩!
2019年07月24日
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「凪のお暇」(1ー5巻)コナリミサト 秋田書店 5巻まで出ている。「このマンガがすごい!オンナ編」第3位。今度、黒木華さん主演でドラマ化される。ということで、その直前に読んだ。映画の黒木華も好きだけど、ドラマの黒木華は「重版出来」や「獣になれない私たち」等々、役になりきっていて好きなのだ。ちなみに、「お暇」は「おひま」ではなく「おいとま」と読む。空気を無駄に読みすぎて、メンヘラになる直前に退職した凪という女の子の話。元カレや隣の距離が近すぎるイケメンに依存体質になりメンヘラになる直前の卒業とか、「人との距離の取り方」が様々に描かれる。5巻目になっても、まだ退職して3ヶ月ちょっとしか経っていないので、彼女はほんのすこしモラトリアムしているだけなのである。現代の若者は大変だ。若者たちが、いかに社会の中で対人関係に悩みもがいているのか、よくわかる話になっている。漫画の中で、様々に描かれる節約生活は、『きのう、なに食べた?』の提案レシピの再現になるだろうか?テレビではどう描かれるだろうか?、黒木華には何の心配もない。問題は、高橋一生(我聞)と中村倫也(ゴン)、市川実日子(坂本龍子)、凪の母親(片平なぎさ)がみんなミスキャストに思えることである。脚本も、良いと感じたことが一回もない大島里美。心配だ。(7.18記入)(追記)7.19のテレビドラマ第1話を観た。やはり高橋一生と中村倫也2人が入れ替わったらいいのに、と思ったり、「空気」の描き方が違和感ありありだったり、でイマイチだった。
2019年07月23日
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「生死の覚悟」高村薫 南直哉 新潮新書高村薫の転換点が阪神大震災だったということは聞いていた。そこで体験した「自分が死ぬということを覚悟する」ことが、その後の「晴子情歌」「新リア王」「太陽を曳く馬」の福澤影之3部作に結びつく。影之は高村薫の分身であったことを新書の中で告白している。そうやってみれば、生い立ちやライフストーリーは全然違うが、いくつか思い至るところがある。南直哉は、禅僧であり、道元の生き方の体現者である。どこから私淑したのかはわからないが、高村薫は彼を「師」と呼ぶ。びっくりしたのは、高村薫の小説作法である。「マークスの山」の水沢がフォークリフトを手足のように扱う様や、「柿照」の野田の熱処理加工管理の頭の整理の仕方など、もう自ら体験するほどに取材を徹底したのだとばかり思っていた。この「仕事」の描写が高村薫の魅力のひとつだった。ところが、高村薫は「現実の企業や組織を描くときに、現実だから迷惑をおかけしないように、直接の取材は絶対にしない」と決めているのだそうだ。信じられないが、どうもホントのようだ。南直哉は、取材もされていないのに、福澤影之が4ー5点にかけて自分とソックリで「小説のネタ元」疑惑をかけられたらしい。高村薫は、芝居ではなければ(^^;)、その事実をこの対談で初めて知り、大いに恐縮するのである。阪神大震災から13年間迷いに迷って、たどり着いた境地が、「太陽の」のラストらしい。期待して読みたい。南氏のいう。人は「死んで物体としての『死体』となり、あるときから『死者』となってあらわれる」という死の表現はピッタリくる。死とは何か。生とは何か。ここで、宗教の観点から展開される「オウム批判」は、決してメディアでは展開されていない部分だが、重要な部分である。直接言及以外、この本そのものがオウム批判になっている。内容全体が禅問答みたいなところがあるので、読む人を選ぶと思う。私は道元を体現したかのような南さんの境地に至りたいとは思わないが、唯一「(信じるとは何かという問いに対して)私は賭けだと思ってやっている」(126p)という説明には、納得するものがあった。私は私の信条が「絶対正しい」とは思ってやっていないが、やはり「これは賭けだ」という意識が何十年も前からあったからだ。「私は今、次の小説の準備もあって、ずっと歴史の本を読んでいます。中でも仏教の歴史を振り返るにつけ、日本人はこれまで「宗教」とどのように対峙してきたのか-ということを考えざるを得なくなりました」(122p)と言っているのは、まさに新著「我らが少女A」の話だろう。だとすれば、やはりかなり思弁的なお話になるはずである。先ず次に読むのは、「太陽を曳く馬」だ。暫く後のことになる。
2019年07月22日
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「99.9%は仮説」竹内薫 光文社新書90%は当たり前のことを書いているのに過ぎない(99.9%でない理由をこの後延々と述べます)。けれども何故この本を読む気になったのか?それはオウム事件死刑囚(故)広瀬健一の手記を読んだからである。広瀬が何故そこまで思いつめてしまったのかは、今はもう聴くことは出来ない。けれども彼は高校生から大学院生になるまで、ずっと「生きる意味」を探していた。「宇宙論のように、全ては無に帰してしまうのではないか。絶対的な価値はあるのか」と探し求め、いったんは無いと諦め、この早熟な知性はそのことにより「生きる意味」さえ見失っていたのである。ところが、たまたまの「宗教的体験」が「絶対的価値」だと勘違いしてしまったのが彼の悲劇の始まりだった。この本の題名で言えば、「0.1%」が麻原彰晃の言うことだと信じて仕舞えば、貴方でさえもポア(殺人)するのに、何の躊躇いも無くなるのかもしれない。私がそう思うのには、根拠がある。麻原彰晃に出会う前の広瀬のように「世の中の真実は、相対的でかつ不可知なのだからわかりようがない。変えようと努力することは無駄である。生きる意味もない」という諦めは、広く広く若者の中に浸透していると思うからである。この本のレビューを見ても、「全て不可知だ」で感想をまとめている人が多い。どうも竹内薫はそう言う考えに結びつく事を書いているようだ、と「仮説」を立ててみた。99.9%は仮説だから、思い込みで判断しないようにしましょう、と竹内薫は言う。「飛行機が何故飛ぶのか?実はよくわかっていない」という説明はとてもわかりやすく書いていた。「土地の値段は絶対に下がらない」という仮説が間違っていた、という説明は歴史的事実だからとてもわかりやすい。では、109-110pにこういう文章があります。「この世には『正しいこと』などなにもない」「時代と場所によって『正しいこと』は変わるのです」。相対性理論は視点の設定らしい。つまり「ある意味、諦めることが肝心なんです」。(190p)それを突き詰めると、著者は「誤解を恐れずにいうと、人殺しですらある意味では悪じゃない可能性がある」(199p)という「仮説」を立てます。「ある意味」という条件として戦争を引き合いに出している。しかし、反証手続きは一切やっていない。もしやろうとすれば、この本の倍以上の分量は必要(それでも反証は難しい)なので、「諦めた」のかもしれないが、私はものすごく「無責任な文章」だと思った。「世界は数秒前に誕生した仮説」を否定する証拠はないから、この仮説は有効なのだという(241p)。この本の1番の問題は、自然科学や物理科学と、歴史科学や経済科学(反証できないから科学と言ってはいけないと言っている)を、言っている端から「同じ土俵で」論じている点である。自然科学と社会科学を同じ土俵で論じてはいけない。これは論理的な問題であると私は思う。人は明日の天気を予測できるけど、明日のニュースを予測出来ない。こんな思想の竹内薫だから「戦争による殺人は許される」ということに結びつきかねない文章を平気で書けるのである。それは人間としての教養の問題だと思う。上で私が出した「仮説」は証明された。竹内薫は、「ホントに書いていた」。よって、この本を読んで納得した若者から「広瀬健一」が出てきても全然おかしくはない。私の仮説で言うと、オウム真理教よりも質(たち)がわるい本だと思う。竹内薫が広瀬健一にならなかったのは、竹内薫が広瀬ほどは真面目ではなかったからだ、という仮説さえ成立するかもしれない。私はそれでも世界を諦めたくはない。何故ならば、竹内薫ならば「諦めて」も全く生活に支障はないだろうけど、私の生活は諦めた端(はな)から壊されていくからである。私たちは、社会の全てに「優先順位」をつけて「白い仮説」を信じて生きていかざるを得ないのである。
2019年07月21日
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「悔悟 広瀬健一の手記」(朝日新聞出版) 高村薫の合田雄一郎シリーズ新作が出版された。「冷血」文庫化で予想した通りだ。それに挑むためには、未読の「太陽を曳く馬」を読まなくてはならず、そのためには最近の新書「生死の覚悟」も紐解かなくてはならず、その準備として高村薫が序文を寄せている本書を手に取った。 何故ならば、「太陽」はおそらくオウム事件を契機に書かれたものだし、その根幹には仏教の死生観があり、オウムの真実に近づくためには、やはり犯行者本人の肉声に触れておいた方がいいからである。 「(オウム犯人の死刑は)裁いた側にも裁かれた側にも大きな不全感をのこした。なぜなら、私たち一般社会の側は事件の本質が宗教行為であった事実に蓋をするほかはなく、一方の信者たちは宗教の側からの弁明がほとんど社会に届けられないまま、一般の犯罪者として処断されたからである」(高村薫序文より)「宗教の側からの弁明」とは何か? 主な構成は4pの自筆の「被害者への謝罪文」、約55pに渡る女学院大学生に対する「カルトへの入会防止講義」への冊子原稿、100p以上に渡る武装化の経緯を書いた手記(未完)である。いくら時間があったからと言っても、私は先ず、内容よりも先に、論理的に真摯に文章を書いている広瀬の知性に瞠目した。それが何故、この狂気の所業に結びつくのか? 重要な事を箇条書きする。 (1)高校生時点で「真理は何処にも無い」と、早熟な知性は諦めていた。 (2)大学院の時に、麻原彰晃の本を読んだ後に「宗教的体験」をすることにより、真理はあると確信してしまう。 (3)「ヴァジラヤーナの救済の教え」(救済出来ない人を呪殺し、仏国土に導引する)を実行することが使命になってしまい、ポア(大量殺人)もそのための手段となってしまう。 ザクッと書けばそういう経緯で、一連のオウム事件が起きたのだと私は理解した。「手記」は、しかし武装化、サリン事件、逮捕、獄中生活、脱会の経緯については書かれていない。昨年に死刑執行されてしまったたからである。「手記」の多くは客観的な教義批判になっていて、私はスルーした。しかし、「弟子の暴走説」と「洗脳で思考停止になっていた説」をキチンと批判していたのは貴重である。 この優秀な知性でさえ、ボタンを掛け違えれば、ここまでの事を犯す。そこには「カルトだから」の一言では済ませてはいけない内容があると思う。
2019年07月20日
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今月の「県労会議」という機関紙に投稿した映画評です。 「1987、ある闘いの真実」 今年1月号で光州事件を扱った映画「タクシー運転手」を紹介しました。今回はそれから7年後の1987年ソウル市内が作品の舞台です。全斗煥大統領の独裁は頂点に達していました。あの外国人記者が撮影したと思われる軍隊の市民殺戮映像が、作品の中盤、大学の新入生歓迎企画で流れます。新入生のヨニ(キム・テリ)は普通の若者として登場し「デモなんかしても世界は変わらない」とうそぶきます。それに対してイケメンの大学生(カン・ドンウォン)は「僕も初めは逃げた」「でも(反対運動を止めることは)出来ないんだ。胸が痛くて」と答えるのです。 この若者の名前は、最後まで巧妙に伏せられていました。なぜならば、日本人は先ず知らないけれども、韓国ではかなり有名な人物で、名前がわかればその時点で後半部分のネタバレになるからです。 冒頭では1987年1月に、これも韓国では有名なソウル大学生パク・ジョンチョルが、対共分室刑事(アカ狩を専門にする集団)によって拷問死される事件が起きます。無法に市民が殺され、人権が犯されている。活動家は言います。「我々に残された武器は真実だけです。それが政権を倒すのです」検事(ハ・ジョンウ)、医師、新聞記者、刑務所看守(ユ・ヘジン)、刑事、活動家(ソル・ギョング)、神父へと次々と真実のバトンが手渡されて行きます。決定的な真実が明るみになり、最後にはあの延生大学生が催涙弾に倒れたところで、闘いは大きな転換を迎えるのです。 去年の秋に、私は韓国に行きました。そしてパク・ジョンチョル記念館で当時のままに残された対共分室拷問部屋を見学、あの延生大学生の遺物を展示しているイ・ハニョル記念館に行き、遺された運動靴を確認してきました。その記念館で、繰り返し「30年経ったいま」とテロップが入ったビデオが流されているのです。2017年朴槿恵大統領を平和裡に失脚させたろうそくデモの映像です。時の政権が間違った事をすれば、市民が倒す。それを実現させたのは、正にこの1987年の血で勝ち取った成功体験があったからだという事を、私はひしひしと感じました。勇気をもらいました。 主要登場人物で唯一の架空の女学生ヨニは、最後には政権打倒のために拳をふります。イ・ハニョルのために集まった100万人以上の集会の映像も映されました。見事な社会派、見事なエンタメ。韓国映画の真骨頂でした。(20189年チャン・ジュナン監督作品レンタル可能)
2019年07月19日
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個人的な話から始めて申し訳ない。「東京の子」を読んで思い出した。私の奨学金の話をすると、最近の人たちはみんな「ウソでしょ」という顔をする。「私の貰った奨学金は当然無利子だったし、半分ぐらいはタダだった。だから、確か年間9万円ぐらいしか返さなかったし、ボーナスの一部を充てるだけで済んだし、最後の3年はいっぺんに返したから30歳前後で返し終えた」「月いくらもらっていたの?」「確か5万円だったと思う」「それ!よっぽど優秀だったんでしょ?」「そんなことないのは、今の私見たら分かるでしょ」「家はそんなに貧乏だったの?」「確かに汲々だったけど、苦学をした覚えはないよ。あと3万円も仕送りをしてもらっていたし、月1万円の借家に住んで一切バイトはしなかった」(どうやら80年代始めの日本育英会特別奨学金制度・国立大自宅外通学の枠に潜り込めたらしい)この無利子給付型奨学金が今は無くなっているのは、最近姪のために奨学金保証人の判子をついたことで思い知った。現在の奨学金制度は、もう完全にサラ金じゃないか!奨学金って、国民の教育の権利を守るための制度じゃないの?教育の保証は国の根幹制度じゃないのか?現在国立大の学費は四年間で242万円、私立系大学は395万円、私立系理系大学に至っては538万円だ。私の時は、四年間で30ー50万円だったと思う。それでも、両親にとってはかなりの負担だったはずだ。私の大学3年の頃に、学費値上げ反対運動があり、13数年ぶりに大学教授会と共闘をしたことがある。何故覚えているかというと、その時私は新聞会部長として、生涯初めて人前で演説をしたからである。それなのに、なんとかなるだろうと思って一切原稿を用意しなかった。グダグダになって、教授会からかなり叱責された。もう二度と演説なんて止めようと思った。教授の誰かが、「初めてなんで仕方ないよ」と言ってくれたのを覚えいなかったら、ホントに全ての運動から手を引いていたかもしれない。閑話休題(^^;)。それでも、そのあと学費値上げは実行に移され、そのあとどんどん値上げされて現在に至る。あの時の、値上げ反対運動は、ものすごく重要だったのだ、私は事前にきちんと準備して演説しなくてはならなかったのだ、と今更ながらに思う。自公政権が続けば、本気で教育を受ける権利を保障するという政策はとらないだろう。もしあるとすれば、政府の都合のいい人間を作るための奨学金制度しか作らないだろう。こういう政府は変えなくてはならない。その意味でも、若者いや全ての国民は、自公維以外に投票して欲しい!
2019年07月17日
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「東京の子」藤井太洋 角川書店 2023年の東京が舞台、近未来小説である。背景には、移民問題、特区における労基法問題等々、現代の様々な問題が出てきているが、その1番のテーマは奨学金問題かもしれない。ヒロインは言う。『借金をたてにして働かせるのは人身売買よ』。これらの設定に興味を持って紐解いた。オリンピック有明会場跡地の巨大なポリテクセンターで、偽戸籍の子仮部は、行方不明になったベトナム女性を探し始める。最後まで読んで、作中でいろいろ匂わせている「ホントらしさ」は、信頼出来ないものになった。決定的なのは、政府が三橋社長に示したある「約束」とその後の三橋の対応である。あの約束が実現するような社会ならば、デモがあんなに大きくなるような事はなかっただろう。三橋の言うことは、小説の中だけのファンタジーである。作者は承知でウソを書いたのか、それともそう言うファンタジーを信じているのか。どうも後者のような気がする。作者自身が東京の「子供」のように感じる。どこかの経営者に丸め込まれたような理屈が、最後まで大手を振るっているのだ。始末に負えない。その他、オリンピックからたった2-3年で此処までの異世界が出来上がるとか矛盾もたくさんある。また、「首都青年ユニオン」という胡散臭い団体が出てくるが、現存していて地道に頑張ってきて「派遣切り」「ブラック企業」という言葉を社会的認知まで持ってきた立役者である「首都圏青年ユニオン」を揶揄する命名は許せない。
2019年07月16日
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「蜘蛛の糸・杜子春」芥川龍之介 新潮文庫「お釈迦様は極楽の蓮池のふちに立って、この一部始終を、じっと見ていらっしゃいましたが、やがてカンダタが血の池の底へ石のように沈んでしまいますと、悲しそうなお顔をなさりながら、又ぶらぶら御歩きになり始めました」(「蜘蛛の糸」13p)文章として1番洗練されていたのは、やはり「蜘蛛の糸」であると思う。鈴木三重吉に頼まれて初めて書いた芥川の童話集である。研究によって、元ネタが判明し、更にはトルストイも同様の話を紹介していることが判明した。芥川の凄いのは、その2つとも最後に小難しい教訓をつらつら述べているのに、芥川はラストをお釈迦様の顔でさらりと流したことである。私が20世紀最大の知識人と評価している加藤周一の「青春ノート」を覗き込むと、青年加藤は芥川に影響を受け、かつそれを如何に超えるか苦心していた。よって、単なる短編小説家と思っていた私の芥川龍之介評価は変わりつつある。確かに芥川の知識は、当時の日本の知識人の水準を遥かに超えていたと思う。この小さな童話集だけに絞っても、インド、中国、日本古代の知られざる典籍が元になっていて、更に短編小説の手法はヨーロッパ文学が基になっている 。それでも彼は自殺せざるを得なかった。大きな課題が、加藤周一の前に立ちはだかっていたとしても不思議はないと思うのである。 「アグニの神」は、在り来たりなジュブナイル・ストーリーなのだが、驚くことにその発端は「いったい日米戦争はいつあるか」という占い師への問いかけだった。日米開戦の16年前の記述である。約40数年振りの再読。320円で、お釣り調整のために買ったのだが、下手な現代小説よりも考えるところがあった。
2019年07月15日
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「自炊力」白央篤司 光文社新書 副題は「料理以前の食生活改善スキル」。よって詳しいレシピは無いけれども、応用出来るヒントがたっぷり。「料理をするのは今のところ難しいけれど、そりゃ食生活は少しでもより良いものに変えたい」人向けに書かれた意識改革の本。 私は、それよりもう少し意識はある方だとは思うが、面倒くさくて「まぁいいか」と思うこと多々。思ったよりも参考になるところがあった。以下に箇条書きで記す。 ・冷凍野菜食品の活用。なんと、生鮮野菜よりも栄養価高いことがある。でもパッケージの注意書きは絶対守る。 ・アボカドみたいな「ときめきの食材」を簡単料理にミックスさせる。 ・冷凍チャーハンにコンソメの素をお湯で溶いてかけて「スープかけごはん」にするのも美味しい。 ・スープはとても自由度の高い料理。何を入れてもいい。失敗しにくい。 ・何か食材が余ったら、まずは味噌汁に入れれば大体片付きます。肉や魚(鯖缶など)など、動物性のが入れば基本出汁を用意する必要もありません。 ・スープはコンソメ。クノールチキンコンソメはキューブ1つで水300ミリリットル。白菜、チンゲン菜、ほうれん草、豆腐、卵、プチトマトなど入れてオーケー。 ・より良い食材の選び方。ナス・ピーマンは表面がつややかでみずみずしいもの。カボチャは表面のデコボコがはっきりしているもの。キュウリは太さが均一なもの。ブロッコリーは淡い緑色でつぼみが硬く締まっているもの。 ・揃えたいものリストで私に不足しているもの。ボウル大小、軽量カップ、キッチンタイマー、スケール、おろし金、保存容器(130、480、1100)。 ・片栗粉のとろみつけは一対一で。 ・最初は豚しゃぶサラダがおススメ(切る、加熱、和えるの三行程があるから)。野菜を切って、肉を茹でて、ポン酢かドレッシングで和えれば完成。 ・冷凍庫常備菜は、きのこ類(石づき取って)、油揚げ(油抜きして切って)保存する。練り物類(スライスして煮物に利用)、ソーセージ・ハム・ベーコン(出汁要らずの味噌汁やスープに)、トマト(流水に当てれば皮がむける、スープに)に活用する。
2019年07月14日
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「ビジホの朝メシを語れるほど食べてみた」カベルナリア吉田 発行ユサブル発想は面白いので、リクエストしてまで借りて読んでみた。面白くなかった。行ってなんとしでも食べたいと思う朝メシが66軒中2軒しかなかったのが一つ。特色は朝メシそのものではなく、朝メシあるあるネタ集でしかないのが一つ。しかも、写真は美味しそうに撮れてはないわ、文章は素人のブログより品がない。しかも、東横インの朝メシが15軒。載せ過ぎでしょ。昔よりも改善されて感動したからといって、東横のポイントが貯まるからといって、何なの?「ビジネスホテル朝食評論家」と自負しているようだけど、「マツコの知らない世界」にだけは出ないでね。
2019年07月13日
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「遅読家のための読書術」印南敦史 ダイヤモンド社「ここで1つの結論めいたことを言っておけば、つまるところ、遅読家というのは能力の有無ではなく、読書の捉え方に由来しています。『本を速く読める人』と『遅くしか読めない人』がいるのではありません。『熟読の呪縛から自由な人』と『それにとらわれている人』がいるだけなのです」(扉表紙の裏側にあるリード文)まぁそうなのでしょう。特別な事は書いていない。私の関心は、この人はどのように本を選んでいるのか、ということぐらいだな。メモを書きながら読めば、数時間で読み切り、書評も書けるだろう、と見通しを立てる。読み進めるうちに、反感ばかり覚えてくる。著者は反感を覚えるような本は読まなくていいという。でも、ここまで読んで書評を残さないのも何だし、書評を残すならばきちんと根拠を示すのが礼儀というもんでしょ?著者は9割は「速く読める本」を選べという。でも、それは著者の書評家生活に特化する理由だ。あんたの生活に合わせる理由が私にはない。「速く読む必要がない本」はエッセイ、小説などらしい。根拠は「筋が重要だから」。バカ言ってんじゃない。小説は文体こそが重要なのだ。或いは細部こそが重要なのだ。この時点で、価値観がまるきり違うことが判明する。LGBTを生産性がないから不要だと言った政治家を思い出した。あとは冒頭のかなり詳しい目次を見たら、この人の書いた内容の大体は分かった。半分くらいは既に私が実践してることか、実践したいと思っていることであり、半分は私とは関係ないことのようだ。この時点であとの2/3は読むのよを止める。ここまで書きながら読んで掛かった時間は30分である。流石、素晴らしい!この調子で読めば、この人のように年間700冊は読めるかな(笑)。(追記)何でこんな本を選んだかというと、ブクログ書評を読んで興味を持ったため。直ぐに図書館に予約しました。印南さんじゃないけど、そういう本の選び方は重要だと思う。
2019年07月12日
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参議院選挙が始まった。私は始まる前に「選挙で棄権しようと思っている貴方に 」と題し、ともかく投票に行ってほしい、と訴えた。「誰に投票していいかわからない」という方は、「安心して」自民党、公明党、維新の党以外の政党に、「目をつぶって」投票して欲しい。と、訴えた。もちろん、インターネットで政策を比較検討できる人はぜひそれをしてもらいたいが、それがどうも面倒で結果投票に行かない、という方にむけて再度お願いする。わかりやすい表を手に入れたので、お見せする。現在の国政選挙の投票率はずっと52-53%で低迷している。それでどういうことが起きているのか。事実を見てほしい。自民の「絶対」得票率はわずか17%で自民の議席獲得率は60-61%とおおきく過半数以上を獲っているのである。結果、自民の大勝が続いている。もう一回見てほしい。自民党に対しては83%の投票者は投票していないのだ。それなのに、この7年間自民党の圧倒的多数の議席に依拠した強行採決に次ぐ強行採決の暴力的政治が続いているのである。貴方はこれをおかしいとは思いませんか?この不思議なからくりのネタは小選挙区制度というもののせいである。詳しいことは、インターネットの中にいくらでも解説がある。注目すべきは2009年だ。投票率が69%と17%高いだけで、自民党の絶対得票率はほぼ変わらないのに、議席獲得率は24%と激落ちしているのである。貴方の一票一票が得票率を上げる。できたら、貴方だけではなく恋人や家族を誘って投票してい欲しい。現在は期日前投票はかなり気楽にできるようになっている。その一票一票は「投票していも政治は変わらない」と思っている貴方の価値観を大きく変えるだろう。ぜひともお願いしたい。投票場に行ってほしい。こんなに減った会社員の手取り(ニュース23 より)7党の党首討論において、冒頭安倍首相の発言「現役世代の勤労世帯については、月、3万円増えてますから」 ホントか?
2019年07月10日
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「三鬼」宮部みゆき 角川文庫「人は語りたがる。善いことも、悪いことも」。そうだ。だから、江戸時代に井戸端会議があって、現代にSNSがある。しかし、三島屋の〈黒白の間〉は特別だ。現代ならば、どこかに厳重にパスワードで守った告白の部屋を置くようなものだ。そしてどの時代にも、そんな秘密の物語も「ホントにあったことのように」伝えてくれる語り部のような人がいるものである。現代では、例えば宮部みゆきという。今年の宮部みゆきの「夏の文庫本」は、これ一冊で打ち止めのような雰囲気だ。仕方ない、仕方ないと思いながら読み終わってしまった。今回も、私の人生の何処かで、いつか出会った者たちや、これから出会いそうな者たちが現れては消えていった。「迷いの旅籠」のような、懐かしい人たちには、夢の中で何度も出会った気がするし、「食客ひだる神」は子供のころ仲良しだった気がするし、「三鬼」の怖い話は、私の遠い遠い祖先の話のような気もする。「おくらさま」ではおちかさんの若い将来を願い、あの若者と同様の言葉を送りたい。とは言っても、百物語、未だ78話が残っている。現代の語り部宮部みゆきさん、人生百歳時代、まだまだですよ。
2019年07月09日
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「図書7月号」岩波書店「図書」7月号が届いた。大きな本屋では無料で置いているところもあるので、読んでみてはいかがでしょうか。一般的に雑誌は7月号というと、6月初めに発行、7月には古くなっていることが多いが、「図書」の場合は正真正銘7月1日発行です。7月発売の本を宣伝する内容なので、当然なのかもしれない。今回目を引いたのは、特別寄稿ではなくて、連載ものでした。地味なのでしっかり読んでいなかったのだが、読むと楽しい。「漢字の植物園ln広辞苑」(円満字二郎)は、植物名の由来を述べていくというもの。「百日紅」を「さるすべり」と読み、7月から9月まで百日咲くからという説明は有名です。実際私は近所の花が何日咲き続けたか、確かめたことがあります。7月3日から10月5日までホントに百日近く毎日咲いていったので、よくぞ名付けたと感心しました。ところが、名前は中国由来なのですが、17世紀の「二如亭郡譜」によると、150日咲いていたらしい。「中国と日本とでは気候が違うからなのでしょうか」とは円満字氏。何故この名前になったのか不思議です。実は「猿すべり」も中国に「猿が登れない」という説明があるらしい。完璧に和名だと思っていたので、これも意外です。意外といえば、「合歓木」と書いて「ねむのき」と読む花。エッチな妄想が膨らみますが、元の意味は違うらしいです。私の好きな古代の話なのですが、三浦佑之「風土記博物誌」は、出来るだけ読まないようにしていました。何故なら、風土記の世界は、基本的に8世紀成立の文学であって、何百年も昔の実態からは歪められて表現されているので、あまり染まりたくはないのです。但し今回「ワニ」の説明で、「古事記ではワタツミ(海の神)の娘トヨタマビメがワニになって子を生んだと語られているように、ワニは、海の神が人の前に現れる時の姿と考えられていた」と書いているのは、諸星大二郎「海神記」を読んだ直後だったので、おゝとなりました。ワニは鮫のことですが、「海神記」では下関の一族は鮫の顎を兜代わりにしていました。諸星大二郎は、8世紀の風土記の世界を換骨奪胎して4世紀世界を作り変えたのだと改めて思いました。1936年映画「一人息子」で、当時の最先端の呼称で「ラーメン3つ」と台詞に言わせた小津安二郎は、戦後もずっと支那そばの呼称を続けたらしい。「支那」という呼称を巡って、6ページに渡り山室信一は「モダン語の地平から」で分析しました。憧憬が侮辱に変わる過程を解説した後で「憧憬と侮辱の間で今も捻れ続ける日中関係。その捻れを解(ほど)くためにも、言説の背後に潜む事実を確認し続ける他はない」と結ぶ。私も「支那は差別語だから、中華そばと言った方がいいですよ」とわかったような大人にはなりたくない。
2019年07月08日
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「海神記3」諸星大二郎 潮出版社第五章「豊玉姫」は、スペクタクル場面が相次いだ。非常に激しい戦闘を行う。90年代の諸星大二郎は「西遊妖猿伝」でも、かなりスペクタクル巨編を作るようになった。2000年代は一転して箱庭のような世界を作っていく。出雲大社を彷彿させる一柱騰宮(あしひとつあがりのみや)や、盟神探湯(くかたち)神事などがイキイキと描かれる。どちらにせよ、海神記の世界では、わたつみの言葉(言霊)が、世界を導いていくのである。私は、ここまでの激しい戦闘は有り得ないと思っていた。闘いでなくとも、もっとほかの要因と結果的に宣託によって、人々を動かすことができるはずだと、思っていた。その私の思いを汲んだように、穴門の闘いの後に、海神のミケツを保護するオオタラシ姫は嵐の中で「海神よ、怒りを鎮めたまえ。何故、行く先々で戦を起こし大勢の海人や土地の人々を死なせなければならないのですか。常世はそうしなければ到達できない所なのでしょうか」と問う。そして最期の誓約(うけい)で、オオタラシは「戦あるときは海神の荒魂を戴き、戦なきときは日の神の恩頼を戴き」と宣う。正に、縄文と弥生の神の合同のような気がする。そしてオオタラシは言う。「海神は戦をせずとも常世に行ける道を示してくださった」。私は、これも倭国大乱から倭国統一に至る道筋の1つだと思っている。諸星大二郎に賛成だ。しかし、それでも著者の結論は出ていない。この本はこれで第2部が終わる。著者の構想は、この後吉備国を通り、大和にたどり着くという。七支刀が結果大和に保護されていた歴史がある限り、それは必然なのだろう。しかし二十数年間それは描かれないままだ。邪馬台国がどうなったか、百済や新羅との同盟関係はどうなっているのか?作者は「それは興味の範囲外だ」とは言っているらしい。しかし、第3部では、必ず「倭国の精神的統一」が描かれるだろう。私は何年でも待つ。
2019年07月07日
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「海神記2」諸星大二郎 潮出版社第2部第1章「神懸かり」では「誓約(うけい)」が描写される。矛を持った巫女が、軍事的な同盟・協定を、巫女の言葉として宣託する。風俗が違う南洋族の海人族も、渡来人の一族も、その点では従うのである。第2章では「漢倭奴国王」の金印埋蔵の場面から、本格的な戦争場面に移る。しっかりと鎧をまとった百済の将軍、むなかたの国の隣国「岡」を攻め取った奴国。穴門(現在の関門海峡)の豊浦宮では、鰐(サメ)の頭を鎧にした審神者がいる。または、鵜を自分の魂として憑依する巫女もいる。学術的根拠もあるが、ほとんどは諸星大二郎の想像だ。この創造力に驚嘆する。海神(わたつみ)は海童とも呼び、少童とも呼ぶ。わたつみに率いられて、西海の海人たちは常世を目指す。常世とはいったい何なのか?明らかにせぬまま、韓の日矛と七支刀の2つの宝剣が、登場人物たちを東に導くだろう。こういう世界は、200年前の弥生時代とほとんど地続きだ。私の好きな世界だ。
2019年07月06日
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「海神記 1巻 」諸星大二郎 考古学ファンとして、諸星ファンとして、ドキドキしながら読んだ。約40年前に書かれた本とは思えなかった。ダイナミックな古代の「仮説」として、ここまで具体的かつ総合的に描かれた「倭国」の姿は、小説でも映画でも、もちろん研究書でも未だ現れていない。 コトバンクによるとこう説明している。「諸星大二郎による漫画作品。4世紀後半の日本を舞台に、良い漁場を求めて移動する海人たちの姿を描く。『週刊ヤングジャンプ』1981年4月23日号~7月9日号に第1部を連載。潮出版社希望コミックス全3巻。1990年、『月刊コミックトム』にて第2部の連載を開始するも、未完のまま終了。」 実は90年に雑誌形態で第1部が出ていて、私は長いこと所持していた(紛失)。ともかく「暗黒神話」のようなファンタジーを期待していたので、それとあまりにもテイストが違って戸惑った覚えがある。末盧国などが出てくるので、ずっと「魏志倭人伝」の世界、つまり邪馬台国時代の話かと思っていた。それよりも200年後の4世紀後半の話なのである。この後に私は考古学の門を叩いたので、今回は見方が180度変わった。 全体の物語評価は、別の巻に譲るとして、絵としての評価をしておきたい。当時の学術研究を活かしながらも、おそらく著者の想像を駆使してかなり大胆な絵を描いている。海人が使う舟はくり抜き船ではあるが、隼人族の操る舟は準構造船だ。そして百済の将軍が乗る構造船さえ現れる。海人や隼人は顔に刺青を施し、装飾古墳に採用されている模様を船にも全体的に施している(南洋民族)。また、海の戦闘で、個人用の盾付き漕ぎ舟を描いている。海神(わたつみ)信仰も、火の国と隼人の国では微妙に違う。時には海神は祖霊信仰と対立する。海の彼方に常世(とこよ)があるという信仰は共通している。一方、伊都国には、渡来人が支配する日矛族がいる。太陽神を崇める彼らは全く違う宗教がある。彼らと大和政権の関係は未だ未詳だ。これらの関係をここまでビジュアルとして見せてくれている素材は、寡聞にして私は知らない。 未だ倭国は、混沌として日本国の形さえ為していない。とってもドキドキする(書いてみて、わかりやすく書いたつもりだったのに、かなり専門用語がならんで一般人にちんぷんかんぷんかと思う。以下続く2巻も私の覚えのために書いているので、もちろんスルーしてください)。
2019年07月05日
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「書標6月号」「書標」と書いて「ほんのしるべ」と読む。丸善のカウンターに置かれている宣伝誌である。全国78の丸善ならびにジュンク堂書店に置かれている他、定期購読も受け付けているが、定期購読は年間1680円と高い。調べたら、なんと「全ての書標はweb版でも読むことが出来る」らしい。早く言ってよ。 ジュンク堂書店は、2015年に丸善と「合併」して、「丸善ジュンク堂」になったらしい。イラストレーターの佐藤ジュンコさんは2014年4月にジュンク堂を辞めているから、この事実上の吸収合併に反対して辞めたわけではないようだ。「書標」の後には、いつも佐藤さんの4コマが付いているから、余計そうだろう。 長い記事は無くて、無著名の本の書評・紹介が中心。ということは、本屋さん店員の書評だろうか?そういう「素人の本気書評」が私的には、嬉しくて、しかもチョイスが、売れ線がほとんど無くて、本屋さんが「発掘しました」感がたくさん出ていて、私には嬉しい。 丸善やジュンク堂で手に取るか、web版で読むか、オススメです。
2019年07月03日
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「町田くんの世界(全7巻)」安藤ゆき 集英社コミックス全7巻完結。ほしよりこ「逢沢りく」と違って、絵柄は極めてオーソドックスな少女マンガ。ボーイミーツガールに至るまでの、ゆっくりとした学園ものなのだが、これがなんと玄人受けする第20回(2016年)手塚治虫文化賞新生賞を受賞している。何故か。りくと同じように、主人公の町田くんは一歩間違えれば極めて危険な人物として描かれているからである。成績も中以下で運動神経もない町田くんは、老若男女を問わず周りからは愛される。町田くんはちょっと知り合ったおばあさんに「あなたに恋をあげることはできません。でも、愛ならあげられます。愛は知っているんです」と臆面もなく言うことのできる危険な少年だからである。詐欺師が言えば天才的な「人たらし」だけれども、町田くんは有言実行の高校生だ。本気で、全力で、不器用だけど一生懸命に、周りの人すべてを家族を愛するように愛するのである。だから、始末に負えない。愛とはなんだろ。ホントに優しいとはなんだろ。愛と恋はどう違うんだろ。ホントはとっても難しいこの課題、この「天然人たらし」を通じて、7巻かけて描ききっている。2015-2018年別冊マーガレット連載。因みに、石井裕也監督作品「町田くんの世界」は失敗作だった。
2019年07月02日
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「ビッグイシュー361号」ゲット!今回の表紙は、私の生涯ベストのひとつである「パピヨン」リメイク版のかつてダスティン・ホフマンが演じたルイ・ドガ役をやるラミ・マレック。演技者としては、これで評価が定まるだろう。特集は「生きやすくなる方法」。リード文は以下の通り。なんとなく「空気」や「雰囲気」に引っ張られ、なぜこんなに生きにくいのか?と自問したことがありませんか? そんな「生き苦しさ」がどこから来るのか? を考え続けたのは、鴻上尚史さん(作家・演出家)だ。日本には「世間」と「社会」の二つの世界があって、基本的にあなたが「世間」に生きているから苦しいので、このことをわかれば生きるのが楽になると言う。また、なぜか、少し大人になれば「生きやすい」のにと思ったことはありませんか。そして、もはや「若者」ではないのに、どうすれば「大人」になれるのかと考えたことは?熊代亨さん(精神科医)は、「若者」をやめて「大人」を始めた頃の自分の体験を生々しく覚えている。誰もがいつまでも「若い」ままではいられない。あなたが「大人」を始めようとする時、何が必要なのだろうか?鴻上さん、熊代さんのお二人に、「生きやすくなる方法」を語ってもらった。鴻上さんはおそらく『「空気」を読んでも従わない(岩波ジュニア新書)』の中身をかいつまんで話したのだとおもう。実は私には「いじめた」のも「いじめられた」のも、記憶の中では認識はないのだ。どころか、同級生の中で、そういうことがあったのは、結果的にチンピラになって大阪に行って若死にしてしまった中学ニ・三年で同級だったYくんのことしか思い当たることがない。Yくんからは変に懐かれたが、付かず離れずの関係のままに終わった。大人になると、私はいろんな場面で戸惑った。そこで初めて生きづらさを感じていたのかもしれない。私の時代は、ちょうどムラ社会が音を立てて壊れて行く時代だった。音は聞こえなかったが、ムラと都会の両方の景色を見ながら育っていった。ムラという「世間」がなくなり、「社会」の中でも生きられず、新しい「世間」(スマホや会社)の中で流動化してるのが現代らしい。最近千歳楽の記事を巡って、千歳楽の地元の人からクレームのコメントが来た。いくつかやりとりをして、ある程度はわかってもらえたと思っているが、多分全面的には納得していないだろう。あれば、「世間」の話をしようとしているコメント主に対して、こちらは「社会」の話をしようとしたことから起きた軋轢だと思う。「異世代ホームシェア」の記事があった。とても魅力的だと思う。「今月の人」で、東京都のビッグイシュー販売者さんが、将来のことを尋ねられて「とりあえず、東京オリンピックの間、生活や販売ができるのかが心配。あとはもう、どうしたいと欲を言う年齢でもないかな」といっていた。まさか、そんなことが!と私などは思ってしまう。でも絶対にないとは言い切れない。販売者さんたちにとっては、ホントに死活問題なのだ。
2019年07月01日
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