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一枚のはがきで、 一通のメールで、 ほんのひとことで、 救えることがあるよね。 本当に苦しい時には、 「助けて」 なんて言えないから。 私が子供たちにお願いすることがある。 苦しんでいる人がいたら、手を差し伸べて。 たとえ、それが振り払われたとしても、 それでも、もう一度、手を差し伸べて・・・・・・・と。 難しいことだと思うけど、 そうして傷ついたとしても、 何もせずに後悔するよりも、 ずっとましだと思うから。 無言ほど、 無視ほど、 忘却ほど、 刃よりも心を傷つけるものはないと私は思うんだ。
2015年09月23日
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実家に帰省すると、なぜだかよく眠たくなって、 奥の部屋や、二階の時分の部屋でお昼寝をしたものだ。 今朝もそのつもりで目が覚めたのに、 ここは今住んでいるマンションのベッドの上だった。 震災が起きるほんの3~4ヶ月ほど前に、 実家に布団乾燥機を買ってあげた。 もっと早く気づけばよかったのだけれど、 日当りの良い南向きの廊下にいつも布団は干してあったので、 その重要性に気づかないでしまった。 新しいものや、便利なものをいくらプレゼントしようとしても、 「もったいないから」「お金の無駄だから」と全く受け付けない昭和一桁生まれの父親が、 とってもよろこんでくれたと、 とっても気持よかったと、私に伝えてくれと言っていたと、 母からメールをもらった。 その布団乾燥機も、 ずっと母が欲しくて、やっと買うことが出来た新しい掃除機も、 何もかもみんな部屋の中に、どろんこと砂だらけになって、 無惨に転がっていた。 いっそのこと、どこかに流れていってしまえばよかったのに。 そんなことばかり思い出すんだ。 まいったな。
2015年09月21日
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去年 この歌が流行ったね でも、私はありのままの自分なんて受け入れることは出来ない 何かちょっとでも、おおきなことでもうまくいかないことがあると、 それはすべて、自分が悪いのだと、自分のせいだと、自分が自分だからだと思ってきた 常に満足せず、 常に不満で、 常に不安で。 それは、私が私だからだと思ってきた。 私じゃない、あの人なら成功したはず。 私じゃない、あの人だからできたこと。 自分を好きになることができなくても、 自分をそのままうけとめること。 それが、できないんだ。 人には、そのままのあなたで大丈夫、だと、 本気で言えるんだけれどね。
2015年09月17日
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不謹慎だと思いつつも テレビの画面の向こう側で起きているのに、 背筋が凍るほどの恐怖に苦しみながら、 「これで、少しはあの時の気持がわかってくれただろうか?」 なんて考えていた。 そしてまた、 泳いででもあの夜に見ずに阻まれたからと言って、 タイヤがパンクしたからと言って家に戻らず、 何時間かかってもたどりついていれば、 あきらめずに心肺蘇生し続ければ、 母は、助かっていたのではないかという再びの苦しみが私を掴み込んで離さない。 それから、昨夜の大雨の中では、 せっかく助かった命なのに、宮城県でもひとり死者が出ました。 なぜ日本は、学校に行くことを、職場に行くことを優先に考えるのだ。 自分の命を守らねば、 臆病だと笑われたとしても慎重過ぎるほど慎重にすごさなければ、 なくすことのなかった命を失ってしまう。 職場も、学校も、 勇気を持って、お休みにしようよ。 みんな今日は、昨夜遅くまで災害の様子を見守っていたから、 眠くて仕事にならぬはず。 交通機関も麻痺していて、大変だったはず。 無理しないで、休もうよ。 そして、そのぶん、明日頑張ろうよ。 それじゃなぜだめなんですか? 仕事の期限も授業の予定も、 死んだら何にもならないんだよ。 誰が責任とってくれるというの。
2015年09月11日
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そんなものさただそれだけ
2015年09月01日
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