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本日は求人。学術団体のテープ起こし。宇宙物理学関係の講演&シンポジウム。合計2時間半やれそうな人は私書箱に立候補を。定期刊行物のレギュラー記事なので、ちゃんとできればまた発注します。ただし、非常識なことをしたらここで紹介させていただきます。(内心それを望んでたりして)私が何者かもわからないのに「人徳」云々を意見する馬鹿論は措くとして、そんなに人材に困っているなら自分に発注すればいいのに、と歯がみをしている人は多いらしいので(笑)そのうぬぼれを、とりあえず信用してあげます。できると思う人はどしどしご応募ください。
2003年10月29日
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10月12日の日記で誹謗・中傷者について触れたが、おせっかいか、はたまた親切心か、別のホームページで私の駄文に釣られたおっちょこちょいの自称SOHOがいるとの情報をくれた人がいる。どこかのWeb掲示板で、当サイトの定点観測がかなり長く続いているらしい。けだし、「ゲスト」のログが多かったわけだ(笑)私の参加していないところでコソコソ悪口なんて、気が弱くて暇なんだなあ。私本人と直接やり合わなければ、本当のことは何も見えてこないだろうに。そのときにも書いたが、誹謗・中傷なら哀れな人間と捨て置ける。ただ、ミスリードについては一応、きちんと答えて抗議の意を公然としておこうと思う。中身の方だが、要は、もはや手垢にまみれた感のある「騙されるお前も悪い」論のようだ。この「批判」は、以前からメールなどで入ってきていた。たぶん同一人物か、その人間と同水準のノウミソの自称SOHOの主張なのだろう。今回の「悪い」根拠は、レディたぬきには「人徳」がないんだそうだ。だから、「あるべきSOHO論をぶち上げたところで」「出会う人々(SOHO)の質は変わらない」と書き殴っている。書き手の意図とは別の意味で「面白い」主張だ。その論法では、強盗殺人も通り魔も、被害者の人徳に原因があるということで加害者は免罪されることになる。警察も裁判所も要らない、実に便利な思考だ(笑)いくら何でも、Webの日記で「私」の「人徳」はわからないだろう。実在する受注者の問題を、観念論で発注者の「人徳」へ無根拠に還元するオカリティは、論理的評価に値しないので文字通り論外として、そもそもこの日記を貫くテーマは、「あるべきSOHO論」などという話ではない。その程度の構想なら、初めからありふれた「SOHO支援サイト」でも立ち上げている。論理的思考力に難のある自称SOHOを哀れんで、もうすこし端的に書こう。自称SOHOのことを批判的例に挙げているが、書きたいのはSOHOについてではない、ということだ。SOHOなる定義自体が無意味とはいわないが、それが少なくとも零細企業や主婦にとって社会政策的にいかなる役割で使われているか、ということを考えると、私は、そのへんに転がっている「SOHO支援サイト」のように、「SOHO」と限定して何かを語るという立場はとれない。主婦を駆り立てる「SOHO」という釣り文句は、しょせん、産業構造の再編の中で労働者の賃金切り下げを達成するためにうまれた耳障りのいい「零細企業や主婦の無権利的労働」の美辞的表現の憾みを否定しきれないからだ。美辞的表現は、総じてその本質を隠すねらいと効果がある。(たとえば、売春を「援助交際」と呼ぶとか)そうした認識をもってすれば、「SOHOは弱者」と特称命題でがなることがいかに無意味かわかるだろう。産業構造全体をみなければ、労働的「弱者」がなぜ存在するかという構造をきちんとつきとめることはできない。ところが、既存の「SOHO支援サイト」はどうか。そうした認識には全く及ばず、それどころか働く者としての自覚すら啓蒙できているとはいえない。SOHOなる立場は、主婦が気軽にできる、あたかも「労働特区」であるような勘違いをしている者すら「育成」している。それは、その管理者達が不勉強というだけでなく、そもそも「SOHO」という枠内で何かを語ろうとすることへの限界でもあると思う。だから、はたらくこと、もしくは商行為とは何かいう、原理原則に立った話が必要なのだ。「SOHO」なる主語にこだわる必要はない。むしろ、お気楽主婦に妙な誤解をさせるだけである。それにしても、「弱者」を気取る自称SOHOの夜郎自大を指摘することが、「あるべきSOHO論」としてしか読めないというのは、どういうドタマの構造をしているのだろう。論理を無視し、文章から書き手の本意を斟酌することもなく字面から“見たまま”の興奮をする単細胞な書きっぷりからは、理性の欠落した皮膚感覚の人格しか想像できない。ましてや、ここ数回前からは、ご覧の通り、個別的な自称SOHOの非常識をすでに昇華した次元の話にうつっている。そんなことも読み取れない読解力では、このページを閲覧することはもはや時間の無駄。ただちに定点観測は降りた方がいい。いずれにしても、本人の知らないところでの悪意むき出しのミスリードばらまきは迷惑千万だ。まあ、“陰口遊び”自体が、そもそもしょぼいたわむれであると私は思う。そんなことに人生の貴重な時間を費やせるユニークな生き方もその人の価値観だから、同情して止めやしないが、せめてもっと自分の水準にあったサイトを対象にした方が、多少なりとも“書き甲斐”らしきものを実感できるだろうとアドバイスしておく。
2003年10月21日
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楽天日記に限定しても、ライター・編集者・Webデザイナー・レイアウターなどクリエイティブとされている職業の人が開くサイトは少なくないようだ。いろいろ考え方はあろうかと思うが、やたら、「売れる」だの「儲ける」だのと、利益の話ばかりで、「自己実現」という視点が抜け落ちている人のサイトは興ざめする。誰も儲けたくないとは言わない。ただし我々の仕事は、あくまでも利益は「採算」であって「仕事の成果(自己実現)」の本質ではないだろう。「採算」と「自己実現」は、連関するが、イコールではない。もし、利益こそ、「採算」だけではなく唯一最大の「自己実現」だという人がいるのなら、その人は本作り(もしくはWeb作り)ではなく、投資家や金貸しでも始めた方がいいと私は思う。非難しているのではない。その方が理に叶っていると言っているのだ。儲けだけを考えていたら、もしくは儲け以外の価値観がないのならとてもじゃないが本作り(もしくはWeb作り)ほど不合理な商売はない。だが、不合理さに価値を求められなければ、この商売は続けられない。以前、夜中のあるテレビ番組で、今は芸能界を引退した上岡竜太郎氏がこんなことを言っていた。「何日もかけて、スタッフをどっさりつかって手を掛けた本を(自分が読者として)パラパラっと短時間で読みあげる。こんなに贅沢なことはない」至言である。ひっきょう、我々の仕事の客観的な基礎は、そうした「贅沢」への奉仕にある。市場原理では辻褄を合わせられない労働力や価値観を前提としているのだ。板前が独立して店を構えたとしよう。そりゃ、企画・宣伝やマーケティングは経営上、必要である。しかし、本当の自己実現は、客に喜んでもらえるうまい寿司を食べさせることにあるのではないか。そこへのこだわりが抜け落ちてしまったら、少なくとも板前が店を開く意義は半分以上失われたといってもいいだろう。編集・制作の現場の人間なら金勘定にまつわる話ばかりではなく、いい原稿を書くための話をもっと積極的に行ってもいいのではないのか。ライターはもちろん、Webデザイナーでもレイアウターでもその点は同じである。しかし、「楽天日記」を見る限り、そうしたサイトは少ないように思う。本稿の第3回で、「時給はいくらですか?」とのたまう自称SOHOのことを書いた。「請負仕事だろう。アンタ、この仕事わかってんの?」とののしるのは簡単だし、ふざけたトーシロに対しては必要な段取りでもある。しかし、たぶんそれだけで問題は解決しないのだろう。そのピンボケぶりは、その人固有のものというよりも、この業界全体が、自己実現という本質的価値にこだわることを困難としており、それが、自称SOHOをして、ゆがんだものに映っているのではないか、という危惧が私にはあるのだ。
2003年10月19日
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政党機関紙の連載漫画、オダ・シゲさんの「まんまる団地」が1万回を数え、話題になっている。 連載媒体では、東海林さだおさん、植田まさしさん、佃公彦さん、いしいひさいちさん、加藤芳郎さんといった新旧の新聞連載漫画家と連載回数を比較しながら紹介。椎名誠さんは、「とてもレベルの高いユーモアとアイロニーの精神を持っていて、ずっとファン」というメッセージを寄せている。 この項の主旨にこだわって見た場合、オダさんと、そうしたロングラン漫画家たちとの間には、決定的な違いがある。オダさんは漫画家専業ではなく、28年間にわたる連載期間の大半を、会社員と二足のわらじを履き続けていたということだ。 連載開始時には、まだ「日曜大工」という言葉が当たり前のように使われていたが、オダさんに言わせると、自分はそれをもじった「日曜漫画家」だったという。平日は会社の仕事に明け暮れ、休日にまとめてネタを考えるからだ。 しかし、日曜大工はしょせん趣味に過ぎない。オダさんの漫画は何といっても日刊紙の連載だ。絶対に原稿を落としてはならない。日曜も祭日もないのだ。ネタが浮かばないときや本業の仕事が忙しいときなど、逃げ出したいときも何度もあっただろうなあと思う。 それが、いまや、(一介の労働者が)漫画史に名を刻み込むまでになった。オダさんを信頼し、任せた編集者の桁外れの度量には驚くばかりだが、オダさんの仕事がその期待と信頼に応える結果を出してきたということだろう。「まんまる団地」の1万回達成は、編集者の慧眼とオダさんの誠実さによる合作といっていい。 オダさんの場合はいささか特殊な例かも知れないが、たとえ「二足のわらじ」「副業」でも、まじめに長く続けることで、いずれそれが注目されることもあるし、その継続性が評価されることもある、ということだ。その一点においても、オダさんの偉業は十分意義がある。私はそう考える。 で、ミエミエの結論になるが、「主婦」を逃げ道にしているそこのSOHOさん。あなたがくすぶっているのは、あなたの立場や環境のせいばかりとは限らない。そもそも評価される、自己実現できる機会自体を獲得すべくあなたは努力したことがあるのか。 ヘーゲルは「小論理学」の弁証法で、「偶然」と「必然」の関係について説いている。あなたが自己実現できる機会をいつ得られるかは「偶然」性に依存することを否定しきれない。しかし、その機会を獲得するための日常的努力は「必然」的なものであり、責任転嫁することなく、自分自身がその責を負うものである。 願っているだけでは「必然」は作れず、「偶然」に出会っても自分のものとすることはできない。現実に噛み合う諸課題を地道に処理する中でこそ、一足飛びにブレイクできるチャンスと、それを維持できる力量も備わる。オダさんが漫画の連載を任され、続けたのは「偶然」的要素とともに、オダさんのがんばりという「必然」があってこそである。「必然」も用意せずに「偶然」を待つのは、図々しいだけでなく不毛なのだ。
2003年10月14日
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色々な方の楽天日記を拝見していると、「荒らし」や誹謗・中傷の類に悩んでいる方が少なくないようだ。一口に「荒らし」といわれるが、中には本人にとって具合が悪いだけで、第三者として客観的に見ると、ただの異論・反論や辛口の意見に過ぎない場合があるので、一概に「被害者」のカタをもつ気になれないこともある。だが、誹謗・中傷は別だ。これは二つの意味でまずい。ひとつは、文言自体が法的にまずい場合。つまり、名誉棄損だ。引きこもりの在宅ワーカーは、この重大さがわかっていない。一度、訴えられて痛い目にあえばいいのに、と私は思っている。もうひとつは、かりに法的にはセーフでも、そもそもそんなことを書いている、その人達の“すさんだ心”が哀れでならない。そんなことして何になるのか? 惨めな人たちだ。誇りもなく矜持も自覚せず、情のおもむくままに書き殴るケダモノ根性。それが嘆かわしい。ここにリンクしてくださっている方々の日記によると、私書箱メールに匿名の罵倒を投げ込んだり、日記の著者が知らないところ(Web掲示板)で陰口を書いたりして悦に入っているチンケな手合いがいるという。私の経験で言うと、私書箱メールでは、私を誰か別の人間と勘違いして何か怨嗟らしきものをごちゃごちゃ書いたのが2通ほどきたことがある。本人でもないし、身に覚えもないので、すぐに消してしまった。まあ、匿名メールだから返事の出しようもないのだが。掲示板には、中傷というより、意味のない落書きをされたことが2度あった。そうした私の経験は、どちらかというと少ない方らしいが、いずれにしても、犯人は、日記で自分の欠点や恥を暴かれた本人か、もしくは似たような経験があるから、自分のことを書かれたような気がして過剰に反応している人なのだろう。どちらにしても、そんなことで憂さを晴らすとは、安っぽい人格と人生ではないか。「中傷は人をめいらせる あのマザーテレサでさえも、『もっとも困難な仕事は、中傷と闘うことだった』と述べている。 人は誰でも、妬みや僻みや恨む気持ちを心の底に宿している。聖人君子に言わせれば、それらは“卑しい感情”とでもなるのであろうが、それを持っていることを認めてなお自制するのが理性ある大人ではないだろうか」 こう書いているのは、「鬼平犯科帳の神髄」(文藝春秋社)という本を上梓した里中哲彦さんだ。里中さんによれば、長谷川平蔵も世間の中傷と闘った者であり、無言のうちに「己のやるべきことを自覚して、そのことにひたすら打ち込む」という答えを出しているという。同感だ。昨日発売の「噂の真相」で、拙著の広告が出稿されている。大仰なコピーだったが、個人的には私の今後の道筋が見えてきた、やりがいのある仕事だったので、それが表現されていた点が嬉しかった。クレームは来るかもしれないが、それだけに背負っているものが大きいなあと、心の中では武者震いしている。ま、そういうことなので、くだらない中傷者は、笑って無視できる心境だ。あなた(方)も世間に何かを問える大きな仕事をしてご覧なさい。そしたら相手をしてあげよう。自分の仕事で、明るく楽しく激しい議論をしようじゃないか。
2003年10月12日
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