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無理をして、ダンテの新曲と福音書、そして黙示録の紹介をしようとしてきたのは、ここに引っ張る為でした。
最後の福音書、ヨハネの黙示録は、エーゲ海に浮かぶギリシャの小島、パトモス(Patmos)島で執筆されたと言われています。
ヨハネとヨハネの黙示録 in Patmos
黙示録の記載
ヨハネが黙示録を執筆した島
アポカリプシス(Apokalipsis)
黙示録の記載
この世の終わりと永遠の神の到来を告げる「ヨハネの黙示禄」は新約聖書の最後に記載された預言書的性格を持っていると言う。
聖典中の唯一の黙示文学
です。(神から啓示を受け、それを書き記した話。)
私は
、あなた方の兄弟であり、共にイエスと結ばれて、その苦難、支配、忍耐にあずかっている ヨハネである。
私は、神の言葉とイエスの証の故に パトモスと呼ばれる島にいた。
ある主の日の事、私は突然「精霊」に満たされて、後ろの方でラッパのように響く大声が私に告げるのを聞いた。
その声は言った 。「あなたが視る事を書物に記して、エフェソス、スミルナ、ペルガモン、ティアティラ、サルディス、フィラデルフィア、ラオディキアの7つの教会に書き送れ。」
私は、語りかける声の主を見ようと振り向くと、7つの金の燭台が見えた。
燭台の中央には長い衣を着て金の帯を締めた人の子と思われる姿があった。
その頭、その神の毛は白い羊毛に似て、雪のように白く・・・・・・
右の手に7つの星を持ち口から両刃の剣を光らせたその人は言った。
「恐れるな、私は最初の者にして、最後の者、また生きている者である。
1度は死んだが、見よ、世紀を超え、世々生きて、死と冥界の鍵を持っている者である。
さあ、視た事を、今ある事を、今後起こる事を書き記せ。」
・・・・・・・
尚も目を見開いていると天に開け放たれていた扉が見え、先ほどの声が言った。
「此処に昇れ、これから起きる事を見せよう。」・
・・・・
A
ヨハネが後述し、弟子が書き取っている図
ヨハネが黙示録を執筆した島
ヨハネの黙示録は、書記者が、自分はヨハネであると明示し記されている。
しかし、実際は? 「使徒のヨハネ」ではなく、「福音書のヨハネ」でもないとの論議もあるのです。
が、黙示録には、ヨハネの居る場所が パトモスであると記されている事から、
ここパトモス島においては、使徒のヨハネだと信じられているようです。
そもそもパトモス島はローマ帝国時代の犯罪者の流刑地の一つです。
ヨハネなる人は、トルコでの布教活動を咎められ、この島に送られた。その年代が西暦95年頃で、ローマ帝国の第11代皇帝ドミティアヌス(在位81年~96年)の時代にはまる
ようです。
伝承によればドミティアヌス帝は、即位後小アジアのユダヤ人やキリスト教徒を迫害した事から、 黙示録の執筆年代がドミティアヌス帝の末期とするとつじつまが合う
のだそうです。
私個人の見解では、黙示録の執筆がドミティアヌス帝(在位81年~96年)の末期で間違いないのであるなら、むしろ使徒ヨハネの説は年齢的にも腑に落ちません。福音書記者ヨハネと使徒ヨハネは別の人間と考えた方が自然な気がします。
下は、パトモス島です。
タツノオトシゴのような形をした小さな島で、入り江の多い島です。地中海クルーズの船が立ち寄り、観光して行くくらいだそうで、地味で穏やかで、物価も安い島だそうです。
B
思う以上に明るく開放的に見え、暗い流刑地のイメージはありませんね。
この島にいた時には、ヨハネはかなり老いていたので、執筆の実際の筆記者は、彼の弟子のプロコロだそうです。
この島には、幾つかのヨハネの奇跡の話も残っているようです。島流しなのに、自由に動き回り、布教活動したとも伝えられている。
アポカリプシス(Apokalipsis)
ヨハネが黙示録を書いた岩窟は、その書「黙示録(アポカリプス)」の名で呼ばれている。
スカラの街の南の中腹にあり、スカラから歩いて10分くらい。
下は、ヨハネが黙示録を書いた岩窟の上に建てられた家? です
C
建物の中は二つの部屋に別れていて、右の部屋が洞窟になっているようです。そこには、ヨハネの休んだ台と、壁に起き上がる為に使ったと言われるくぼみがあります。
中の撮影はできません・・残念。
使徒ヨハネは流刑されて18ヶ月この島にいたようです
。
その後、現トルコのエフェソスにある聖マリアの家に身を寄せて、第13代ローマ皇帝トラヤヌス(在位98年~117年)の治世まで存命していたと伝えられている。
黙示録は、この世の終末から永遠の救済に至るプロセスです。
第1段階 終末まで
第2段階 千年王国
第3段階 魔王復活
第4段階 最後の審判
第5段階 新天地創造
次回ヨハネ修道院とマリアの家です。
エフェソスにある聖マリアの家については<2009年7月15日「聖母マリアの家とマリア崇拝」でのせます。
リンク 聖母マリアの家とマリア崇拝
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