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二学期の中間までに読んできた「こころ」のまとめとして、みんなに考えることをさせたいと、グループワークをしようとしました。テーマは、「K」のこころを考えること。「私」のこころを考えること。担当している三クラスのうちはじめの一クラスでは 問題なく3人ずつのグループを作り考察をしたのですが、二番目のクラスで気になる様子を見せる人がいます。失恋裏切り信念を貫けなかったからその他要領を話してから、「K」のこころを考える時に当然必要となる自殺の原因について考えることの材料にと黒板にそれらの文字を書き終えた時でした。その人とふたりでしずかな話しをしてわかったことは「友達が 裏切ったことの責任を感じて自殺した」のだということ控え室に戻り、専任の教員にそれを報告すると、もうひとつのクラスでも、抱えきれないほど重い過去を背負っている人がいることを知らされました。このふたクラスでは、発表を取りやめました。話し合いを進めていた方のクラスは発表用の用紙を集めて目を通し、話せる部分のみを報告するに留めました。あとは私の発表?をもってこの単元の締めとすることに。グループワークのテーマとするには重たかったのではないかという反省点と、現代の複雑な背景を持つであろう世の中で、「こころ」を取り扱うことの難しさを思いました。そして、この教材を取り扱ったからには、それなりのフォローが必要だということも。慎重に原稿を作りました。まずは、「死」だの「自殺」だの「裏切り」だの、直接的な表現を避けること。「罪悪感」の説明に気をつけること。「遺書」の意味について配慮すること「こころ」という作品を通し、作者がいいたかったことはなにかなどなど。そうして、話をしました。○ 「K」は「薄志弱行」とあるように、「信念を貫けなかったから」すなわち自分自身の問題として亡くなったと考えられる。とすると、彼は「私」を恨んでいなかった。だから、微笑をもらして「おめでとうございます」といえたのではないか。「私」は「K」のこころをはかろうとしてはかることができず、独りよがりな「罪悪感」をもてあまして、結局遺書を書くという経緯をたどる。↓人の「こころ」は様々で、はかろうとして推し量れるものではないのだ○ 作者が「こころ」という作品を通じて伝えたかったことは何か。1、人は過ちをおかすいきものである。後悔することは必要だけれど、それは次に同じ過ちを起こさないためにこころに刻むためのもので、一度刻んだら、後悔し続けないことが大切。前を向いて生きなさい。日はのぼったら必ず沈むように、人も生まれたならば必ず沈むものである。そこで、「生」を感じながら生きるか、「沈む」ことを考えながら生きるかそれにより、生き方は正反対にも異なる。「K」と「私」は結局、「沈むことだけを見つめて生きた」のではないか。 ならばそこに学んで、「生きることをのみ考えて生きる」生き方をしたいものである。2、人が生きていく中では、取り返しのつかないようなことも起こるものである。人が命をもって伝えようとするものは、「命の尊さ」である。「私」が遺書をもって「青年」に伝えようとするものは、この「命の尊さ」に他ならず、 「あなたは私のようになるなよ」沈むように生きるのではなく、「生きて、生きるのだよ」誰かの取り返しのつかない つらい出来事に決して負けず、前を向いて生きるのだよ○ 今一度、「こころ」のあり方を考えよう「こころ」ははかれないものであるからこそ、大切にすべきものである。周りにいる人の「こころ」を大切に。自分の「こころ」を大切に。今一度見直して進んでいきましょう。おおよそ、以上のような内容でその締めとしました。どうかちゃんとフォローになっていますようにと祈るばかりです。試験問題も平行して作っています。が、上のような内容は「出せない」ですね~。
October 12, 2015
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トン太郎さんの遺骨に会ってきました。そこで住職さまからお話しをお聞きしたことで、いくつかのなぜが解決する方向に向かいました。トン太郎さんは明らかに病気でなくなっていたのだということを知りました。私が警察で聞いた話と、住職さまがトン太郎さんの弟さんからお聞きになられた話は、全く違っていました。警察から聞いた「お布団の中で」は なく、倒れていたらしいのです。けれど、事件性はなく、明らかに 病気。もともと疾患として持っていた 心臓ではなく、消化器けいの疾患がその原因であったようです。警察は、私に伝えるべき情報でないと判断されたか、その情報を与えることで受けるショックというものに配慮されたかで、恐らく後者でしょう。住職さんは、私のなぜ? 副作用か憔悴かなどの疑問に対し、病気だよ、という 確かな結論を与えるために お話し下さったのでした。それから、 携帯電話が壊れていたのだそうです。いつからかは分かりませんが、最後に返信のあった6月7日以降に 水没させたかなにかで、使用出来なくなっていたようです。これはなんという不幸なことだったかと、不憫でなりません。住職さんはこれらの話を終えて、あと二点教えて下さいました。私はあの頃、トン太郎さんの体を思い マクロビのを実践、具体的には、玄米菜食をしていましたが、それが口に合わず、トラさんと中華料理を食べに行っていた一例。(もちろんこのようなことは気づいておりました。)それから、籍を抜いた後の話として、「さる子との3人暮らしより、トラさんとのふたりぐらしの方がいいのだ」と話していたそうです。これには、不謹慎にも笑ってしまいました。じゃあ、出てきたことを悔いなくてもいいのかなと 実際私は思いましたし、「負い目を持つな 」 住職さまもそのためにこの話をしてくださったのでした。手を合わせてこられたこともそうですし、いろんなお話を伺い、なぜがほぼすっきりしたこともそうですし、少しだけ 気持ちを軽くして 進んで行ってもいいかなと思えました。トン太郎さんのご冥福をお祈り致します。
October 9, 2015
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