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健康診断の結果が返ってきました。健康診断を受診する数日前からちょろまかすための努力をしておいたので、改善している項目もありました(これで酒が飲める)。本社は結構年齢の高いひとも多いので職場の人はたいてい、どこか悪い。皆さん、営業現場で活躍してしまったせいか、あちこちで、俺は肝臓だとか、糖尿だとか、高血圧だなんて話が聞こえてきます。全員まとめて、さっさと自社の薬を使って売上に貢献するようにと思ってしまいます。健康診断にはメンタルヘルスのチェック結果も付いてきます。これは現在のところ役に立たないですね。ひとつには、分析結果が非常に紋切り型で、職場で見せ合うと、何個かの類型の組み合わせであることが透けて見えるのでなんか役に立たない気がします。それ以上に問題なのは、そもそもの質問が非常に紋切り型で、何を聞きたいのか見えてしまう点です。そのため「今のストレスレベルは大体このくらい」と勝手にストレスレベルを決めてしまい、それに向かって回答を調整してしまいます。やっぱり、現在の環境でストレスが高いなんてことになったら、ヤバイですからね。というわけで、Garbage in garbage out、だめですね。ただ、面白いことにストレスレベルの経年変化が載っていました。すると、毎年ストレスレベルが下がっていることが分かります。このまま、下げ続けると、来年はストレスがほぼないとの判定が下されてしまいそうです。というわけで、来年は上方修正が必要だなと思った次第です。
2004.08.31
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とりあえずMOVIXで、座席を確保。その後は、三条のさらさで飯。三条のさらさは、入り口の分かりにくさがすごいと思った。そもそも分かりにくいし、入っていくと自転車屋みたいだし、そこの急な階段を上ってようやく入れます。中は天井も高く意外と広々としています。劇団とかのパンフとかも置いてあって、落ち着いた中にも(原義での)サブカルチャーの雰囲気が漂っていていい感じでした。料理も山盛り。ただ、本を読むのには、窓際の席を取らないと、ちょっとくらい感じだと思います。さて、Loversですが、笑えました。Heroと同じく、政治的な興亡の中での男女関係を描いた、凝ったストーリー展開の話かと思いきや、政治的興亡は出てきますが、単なる男女関係の映画でした。しかも、無用に長い感じ。SFXを見せるシーンも多くて楽しめます。ただ、マトリックス・リローデッドで、ネオが沢山のエージェント・スミスと戦うシーンと同じで、やりすぎると、やっぱり爆笑してしまいます。ワダ・エミの衣装もなかなか見せますが、2作目はインパクトが減りますよね。というわけで、この映画は、チャン・ツィイーを観るための映画と考えた方がいいかと思います。「チャン・ツィイー・イメージ映像集(ストーリー付)」くらいを期待していくとちょうどいいかも知れません。しょうがないので、その後は、木屋町の嘉門で焼酎へと行ってしまいました。
2004.08.29
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原題は”Another World is possible! If..."となっていて、本の構成も「もし、XXしているのなら」という形で構成されています。章立ては以下の通りになっています。1.もし、私たちが問題の本質を理解しているのなら2.もし、私たちが地球を救えるのなら3.もし、私たちが推進者(アクター)の正体を暴くことができるなら4.もし、私たちがまぎれもない「敵対者」を標的にするなら5.もし、西洋の内戦でヨーロッパが勝利するなら6.もし、私たちが誰も排除せず、協力関係をつくりあげれば7.もし、私たちが知識と政治活動を結びつければ8.もし、研究者・知識人が役割と責任を果たせば9.もし、私たちが心の中の幻想を捨てられれば10.もし、私たちが非暴力を実践するならさて、なんでこの本を読もうとおもったかというと、反グローバル主義の運動がよくわからなかったからです。世の中には「反グローバル主義」の運動が多数あって、それらがG8やらWTOの総会やらを攻撃して、ジェノアで暴れまくったり、ついでにシアトルのスターバックスを攻撃したりしています。まあ、一般的な感じ方としては、「バカだなあ」と思います。疑問の第一点としては、そんなところで暴力を振るってみたところでなんの解決にもならないし、そんなことみんな分かっているはずなのに何をしているんだろうというもの。次に、そのバカ騒ぎをやるために集まった人が8万人とか報道されることがある。ずいぶんと金のあるバカがいるんだなあ、一体どこから出てきたんだろう、というのが第二点でしょうか。この本では一応の事情が分かります。まず、第一に暴力を振るうのは、ごく一部の、集まった団体とは無関係の人が起こすものであること、そして、それが唯一そうした団体の活動としてメディアに載るものであること。次に、彼らは、ただ集まっているのではなくって、ちゃんと討論も多数組織すれば、他方では、EU首脳会議などで主催者側の主要メンバーと討議を行うなど、実質的な活動も行っていること。さらには、かれらは、世界のオルターグローバル運動の代表者の集まりであったこと、などが分かります。暴力について、どう捉えればいいのでしょうか。たしかに、そのような集会ではやらなかったかもしれないし、警察側がスパイ的な人物を紛れ込ませて暴力を誘発するケースなど、オルターグローバル運動側が被害者の場合もあったのでしょう。ただ、一方で、フランスではマクドナルドの解体などを行っているので、一概に、彼らは非暴力だなどと断定できない感じがします。ただ、平和的に集まって、討議しても、全然メディアが取り上げない、そして、小さな暴力事件が起こると、それだけがあたかもすべてであるかのように取り扱われるのも問題のようです。これは、非常に不思議な感じがします。世の中のほとんど新聞はどちらかというと新自由主義的なスタンスは取っておらず(特に日本では)、むしろ、抵抗運動礼賛的な要素が強いような気がします。多分、彼らもよく中味を知らないのかもしれません。それで、次に、この本の全体に関する感想ですが、スーザン・ジョージの活動の総決算といった感じでしょうか。彼女の、FAOやら、IMF・IBRD関連の批判に関しては知っていましたが、その他の活動も含めて色々と知ることが出来ます。また、当然、オルターグローバリゼーション運動の諸側面についても知ることが出来ます。ただ、個人的に思うのは、超国家的企業の扱いがひどいなあ、ということでしょうか。まあ、分かる人が読めばいいのかもしれませんが、まるで、超国家的企業という単一の行為主体があって、人々を痛めつけているように感じられます。先進国のかなり多くの人が超国家的企業に(何らかの形で)依存して生計を立てているわけなので、もう少し行動の様態について目端を利かせる必要があると思います。というか、とりあえず、この言い方では何の建設的な話にもなりませんね。あるいは、企業のトップと話せばいいのであって、構成員には関係ない、というのならそういう見識のレベルなのかと思わざる得ないですね。訳については、問題ないと思いますが、人名の訳は、もっと気をつけて欲しいような気がします。ヘルムート・モーカーって誰? インターネット見れば、すぐに、日本語ではヘルムート・マウハー(ネスレ会長)ってなっているってわかるじゃん。まあ、これなんかは、いわゆる新自由主義陣営と抵抗側で読み方が違うなんてのがあるのかもしれませんが、ミシェル・カムデサスに至ると、全体的な訳のレベルを疑いますよね(もちろん、ミシェル・カムドシュ(前IMF専務理事)ですが)。まあ、瑣末なことなんですけどね、というかバリバリの新自由主義陣営についてだけ指摘する私もなんですけど。
2004.08.28
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法務部なんぞとかかわりを持つようになってしまった。当社では(他でもそうだと思うけど)契約書の締結に際して、法務部のチェックを受けることになっています。しょうがないので、お願いしているのですが、どうも、こういうのは困ります。ビジネスサイドとしては、法務部丸投げが理想です。つまり、契約書のドラフトを渡して「チェックしてくださいね」というやつです。これだと楽でいいですよね。でも法務部としては、ビジネスサイドで、何を入れて欲しいのか、何が発生しそうなのか、変更したいものを書いて持って来いといいます。そんなん知らないよ。第一、今まで結んできた契約はすべて附合契約だったから、こちらが勝手に(業界団体の雛形に基づいて)作成したのを、変更一切なしで判子を付かせるのが仕事でしたからね。それに、こっちは信義に基づいて誠実に商売やることを基本としているんだから、誠実じゃない場合なんて想定できないよ。とまあ、そんなことを言っていては、多分、流行の「国際的」とか「プロフェッショナル」なビジネスマンにはなれないんでしょうね。というわけで、とりあえず、えげつない質問と主張を100くらい入れることを目指して、契約書変更のドラフトをお願いしました。法務部もそれに応えて、結構、主張を入れた文書を作ってくれました。相手も「プロフェッショナル」なので、普通の交渉ごととして進むといいなと思っています。それにしても、さっさと契約して仕事を始めたいんですけどね。
2004.08.27
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この工場で、フォルクスワーゲンはブラジル向けにトラックを生産しているのですが、これはすごい工場です。工場に関しては、自社でどこまで設備やプロセスを保有してやるのか、逆に、どこまでアウトソースするのか、自社でやるとしても、施設は作るがオペレーションは任せてしまうのかなどいろいろのやり方があると思います。やり方次第で、財務諸表上の資産の金額も変わってくれば、人件費などの固定費に関するコストも全然変わってくるため、財務担当者には悩ましいところです。元に戻って、なんでこの工場がすごいのかですが、自動車を作るプロセスを全部アウトソースしてしまったからです。つまり、自分の工場なのに、自分では作っていない。どのように自動車を作るかというと、工場に部品メーカー7社にお願いして、それぞれの専門のモジュールを作って、ついでに、組み立ててもらいます。で、フォルクスワーゲンがどこをやるかというと、最終工程の検査だけをやるわけです。なんとなく、最後にブランドを守る牙城は自分でやると言う感じですね。この工場は96年に設立されて、この話自体は前から知っていたのですが、果たしてこの工場、成功しているんだろうかちょっと疑問になり調べてみました。アニュアルレポート他を見ると、2002年に4億ドルの追加投資も決定されたほか、ブラジルでのトラックのシェアもトップになるなど商品としても工場としても一応成功しているようです。ここで、問題となるのは技術基盤の蓄積です。当然のように製造に関する蓄積はサプライアーになってしまいフォルクスワーゲンには残りません。逆にフォルクスワーゲンとしては、コーディネーションですとか、検査に関するノウハウの蓄積が進行するということになったようです。自動車会社の重要な強みはアセンブリライン全体としての生産性の高さ、そのためのノウハウの蓄積になりますが、フォルクスワーゲンはここでの蓄積を捨てていると言えると思います。何でだろうとそんなことを思い切ったのだろうと思って調べてみると、どうやら、そもそもこの工場設立の背景によるようです。フォルクスワーゲンは95年まではフォードと合弁でAutolatinaという会社をやっていた。しかし、合弁解消に伴い工場がなくなるとともに、生産技術自体も一緒になくしてしまった。そのためノウハウのないところで急遽工場を立ち上げる必要が生じ、その苦肉の策として、どうやら、このような自社プロセスのない工場の設立に至ったようです。へぇーっ。あと、デトロイトの部品業界で(コストカッターとして)悪名高いロペスが、このプロジェクトを推進したことも理由のひとつにあるのかもしれません。あまり、あからさまに名前は出てきませんでしたが。さて、製薬会社へのインプリケーションです。この話の原理的な部分は、結構、製薬会社にはなじみやすい話だと思います。つまり、販売承認なったからどこで作ってもいいわけです。そして、外部委託します。ところがその一方で、商品自体には製造販売総括責任者を置いたり、信頼性保証部門を作ったりと最終的には責任をとらなければいけないからです。ということは、製薬会社にもフォルクスワーゲンと同じ原理、つまり検査だけやる、が成り立ちます。ただし、下記の二つを、満たすような製品の場合にのみ該当するといえます。1. 自社としてその製造プロセスのノウハウ蓄積に興味がない2. 自社にそもそもノウハウがないが、製品はあって急激な立ち上げが必要である。まあ、それに備えて受託会社の方でも、委託会社の信頼性保証部門とネットワークを結ぶようなことを提案しているようです。検査のノウハウをどの程度、蓄積していくかも、製薬会社のコンピテンシーのひとつになりそうです。
2004.08.26
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工場の人と薬事法改正の影響についてちょっと話す機会がありました。日本の製薬企業の対応としては、工場を分社化するという方策がよく取られているようです。たとえば、三菱ウェルファーマでは2005年4月に予定される改正薬事法の施行にあわせ、製剤機能の分社化を図るとしています。「製剤機能の分社化は、足利工場(栃木県足利市)及び吉富工場(福岡県築上郡吉富町)を対象とし、転籍の方向で取り進めることとします。鹿島工場(茨城県鹿島郡波崎町)については、主として生産技術確立機能(海外対応を含め)に特化することとし、現有の生産品目は、極力分社化の対象となる足利並びに吉富工場に移管します。」(2004年1月27日プレスリリース)国際分業や技術基盤の継承、雇用の維持など、さまざまな検討事項が背後にあることが見て取れます。まあ、とりあえず、そんなことはどうでもよくって、その人と話している時、気づいたことは下記の一点でした。「分社化」という言葉は、アパッチ・インディアンのヒット曲、「BOOM釈迦-楽!」に似ている。それにしてもひどい、日本語名ですね。外国語名は”Boom Shack-A-Lak”ですが。この曲は大好きで、よく90年代には聞いていました。それを思いついた瞬間、もう頭の中は、レゲエの世界”Wine your body, wriggle your belly, Dip and go down in a new styleWine and go up, wine and go down, Bubble and a rock-a to the new style around”(このlyric合ってないような気がするんだけど)議論に戻るのが大変でした。
2004.08.25
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今朝、会社でコンピュータを立ち上げながら、LANがつながって作業状態に入れるまでボーっとしていたら、なぜかバンコク支店のオフィスを思い出してしまいました。もう5年も前に行っただけですが、窓からみえる景色や、机の配置やじゅうたんの感じといったどうでもいいことを考えてしまいました。なんでだろうとちょっと考えてしまいましたが、理由は2つあるように思います。ひとつは、バンコクのオフィスと同様の環境だったこと。つまりエアコンが効いていて、暑くはないんだけど、湿気のせいでなんとなく湿っぽい感じがすること。そしてPCの暗証番号でした。みなさんはPCの暗証番号はどうされてますか?毎月、変えなきゃいけないので、結構面倒ですよね。前は何月であるかを示す接尾詞をつけるような形の暗証を毎月使っていました。でも、これって、少しもひねりがなくって面白くないんですよね。そこで、最近使っているのが世界旅行シリーズ。これは結構、使えます。ただ、都市の名前にしてしまうと、ひねりが少ないので空港の名前にしています。そして現在は、もちろん、ドムアン(バンコク国際空港)です。ドムアンなんて名前知っている人はバンコクについて思いつく人よりも相当少なそうですよね。それに、なんとなくバンコクやら空港の感じやらを思い出して少し楽しむことが出来ます。また、ちょっと気にかけておくと、何気ない情報が入ってくることもありますので、自分が興味のあるものごとについてのリマインダーにはなるかと思っています。まあ、それだけなんですけどね。でも、いま、思い出しっぱなしというか、気に掛かっているのは、ロンドンでしょうか。もちろん、その理由は先月の暗証がヒースローだったからですが、一ヶ月の間にイギリスのことをいろいろ考えてしまい大変です。今度、休みを取ってイギリスに行くんだなどとみんなの前で言い切っています。果たして実現できるかは不明ですが。(来月はガトウィックかルトン??)まあ、こんなところで説明してしまったら、またあたらしい暗証の方法を考えださないといけないかなあと思ってしまいます
2004.08.24
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四条通千本にあるラーメン屋、坦坦へ行ってきました。名前の通り坦々麺を中心とするラーメン屋です。以前、行ったときはすぐに入れましたが、なんと今日は人が並んでるではないか。しょうがないので、持って行った本を読みながら待つ。どうも、今週末は本を読みながら待つことが多い。15分程度で中へ。坦坦麺並と蟹あんかけチャーハン小を頼む。坦坦麺は相変わらずのおいしさ。ゴマがたっぷり利いていてうまい。蟹あんかけチャーハンははじめて食べました。これまた、いい感じです。蟹も沢山入っているし、あんかけチャーハンにありがちなやたら塩辛かったりしないし、満足できました。この店はやっぱりいいですね。帰りは壬生寺の前を通って、街の中を縫うようにして帰る。壬生寺の周りは突如として観光客だらけになるのである種異様です。便乗商売?も盛んでうれしくなります。これだけ客が来るのだから、商売しようとする人がいなければかえって、不親切ですよね。それから、街の各所で、提灯をぶら下げ、子供を集めて集会しているのが見えました。地蔵盆だそうです。調べてみると、「地蔵盆は京都生まれで、近畿地方の行事として古くから行われてきました。(中略)東海や関東には、ほとんどないそうです(参照)」。やっぱりね。どうりで知らなかったわけです。「地蔵盆は、8月は23、24日の地蔵菩薩の縁日を中心に行われます。しかし、準備する親や地域の方たちの都合によってこの日の前後の土曜日から日曜日にかけて行われるところもあります」とのこと。意外と日曜日実施が多いような気もします。私の通り道にいくつの町内会があるか知りませんが、そこら中でやっていました。「地蔵盆の主役は、子どもたちです。京都では、各町内ごと地蔵尊の前に屋台を組んで花や餅などの供物をそなえ、お菓子を食べながらゲームなどの遊び、福引きなどが行われます」。だからですね、子供が沢山いました。車座になってなにかやっている町内会もありました。こういう子供向けのイベントがちゃんと成立するっていうのは、社会として正常だなと思います。でも、なんだか、もう夏が終わってしまうようで、ちょっと、さびしい気分でした。
2004.08.22
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早速行ってきました。京都では新京極の弥生座でやっています。なんともオールドスタイルの映画館で、思わず40分近くならんで待ってしまいました。映画の方ですが、ブッシュのひどいところを集めたオムニバス集という感じ。私が観た後、印象に残った点は1.ブッシュが大統領に当選したのはいんちきである(フロリダの選挙の部分)、また、それを助ける、黙認する人が広汎に存在する。2.ブッシュ・ファミリーはサウジアラビア利権と深く結びついている(カーライル・グループはそのフロント企業)。3.ブッシュは当初からイラクを叩きたいだけで、アフガンやオサマ・ビン・ラディンなんてどうでもいいと思っている(だからイラク攻撃になんの正当性もない)。4.ブッシュはアホである。といったところでしょうか。たしかに、突っ込みの足りないところや、筋の荒っぽいところはあります。まあ、別にアメリカ政治を総覧するための映画ではないのでしょうがないですけれども。この映画のほとんどが公開されている映像で構成されていますが、そこはすごいと思います。逆にいうと、これだけ明らかになっているのに、それをひとつのストーリーとして伝えないと、何が起こっているかわからないと言うのは問題だと思います。すくなくとも、そう考えないと、今の民主党と共和党の拮抗状況は理解できないですね。アメリカでは正しいことにABB (Anyone But Bush)といった運動?が進められているようです。そこで利するケリーについて、もれ伝え聞く彼の性格では、日本にとってどっちがいいのかよくわからなくなるような感じです。なんか、日米(いきなり日本も含めますが)双方における政界の人材払底でも起こっているのでしょうか。不思議です。その後、先日ぶんぶんさんに教えてもらったバーで飲み。オリンピックの話で盛り上がりました。
2004.08.21
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先日、四条河原町のタワレコでThe Best of 60s MODなるCDを買いました。何がいいって確か620円くらいで、18曲入っています。店にあった「1曲35円」とかいったポップに説得されて買ってしまいました。その中にあったのがThe Skatalites : Guns of Navaroneでした。1967年の録音のスカですが、この曲はすごい。なにが、すごいって、なんともかっこいいとぼけた感覚がある。ちなみに、私はとぼけた感じのかっこいい曲が大好きです。そういうのってなかなかないですからね。一時期のShaggyとかがそんな感じでとても好きでした。あと、Corneliusの一部の曲もとぼけまくってますよね。大好きです。寡聞にして、The Skatalitesの名も、Guns Of Navaroneについてもよく知りませんでした。で、ネットで調べてみると彼らは「レゲエのルーツであるスカをひとつのジャンルとして昇華させた最大の功労者」で、「名曲『Guns Of Navarone』は、映画『ナバロンの要塞』を大胆にもスカでカヴァーしたもので、UKのポップチャートにランク・インするという快挙を成し遂げる。解散後もその評価は衰えることなく数多くのアーティストから崇拝されている、影響力のあるバンド」なんだそうです。(HMVのサイト内から)知らなかった。翌日、今度は梅田のタワレコに行ってThe Skatalitesの他のCDを購入してきました。これは残念ながら新しい録音のもので、Guns of Navaroneも入っていましたが、なんだか、洗練されて、若干Jazzyな感じがする展開になっていました。残念。もう少し、古いバージョンを探してみようと思います。さらに、とぼけた曲が沢山入っているといいのですが。
2004.08.19
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平成17年4月に施行される改正薬事法では、今までの製造承認に代わり、製造販売承認という形になるそうです。巷では、このため工場をどこに立地してもOKと捉えられています。本来薬事法の内容を詳しく検討すべきですが、それはすっ飛ばして、製薬会社の工場立地について、伊丹敬之の「空洞化はまだ起きていない」を参考に考えて見たいと思います。この本の総論には、空洞化に関するさまざまな考察が載っています。まずは、空洞化が2段階で起きるということです。第一段階は「生産の代替」です。つまり国内で生産していた商品を海外で生産するようになったり、あるいは海外からの輸入に負ける場合もあります。第二段階は「生産転換しない」ことです。第一段階で起きる生産代替によって国内生産が縮小するわけですが、それが生産基盤の縮小につながってしまう場合。この2段階を経ると、いわゆる空洞化が発生します。アメリカと日本がこの段階を経るやり方に関する違いは、アメリカは第一段階と第二段階が連動して起こることが多く、国内が空洞化してしまう。それに対し、日本は海外生産による国内の生産代替は広汎に発生したが、生産転換が進んだ。その結果、まだ、生産基盤の空洞化は起こっていない。(この本の中にもあるとおり、繊維産業などでは起こっていますが、全体としては電機、自動車など起こっていないといえるものもある)。では何が起こっているのかというと、日本ではドーナツ型の空洞化ではなく、ピザ型の国際分業体制が起こっている。国際分業には、下記のような種類がある。1.日本源泉型分業:北米での自動車生産のように日本が財の流れの起点になっていて海外に最終工程の工場が作られる場合。2.日本終点型分業:中国での繊維産業の縫製部門の移転など、日本の輸入促進につながるもの。3.ネットワーク型分業:エレクトロニクス産業で見られる一つの製品の生産工程が散らばったりしている場合。最後になんで、日本が上記2のような空洞化を招く分業ではなく、1や3になったのでしょうか。たぶんに企業文化的な説明になりますが、1.日本では海外へ移転していく生産活動と日本に残る生産活動の間に緊密な関係を作ろうとする傾向が強い。つまり海外と日本の統合度合いが高く、複雑な工程間分業が生まれ、そのため、日本での生産事業の余地(エレクトロニクス産業における中間財の生産)が出来る。2.会社自身に雇用維持の姿勢が強く、日本に雇用を残そうとする。3.人件費を含めた海外生産によるコストとの格差は、部品在庫、通貨要因、自動化による国内でのコスト削減、国内市場供給のための時間コストなどにCompensateされる可能性があることを考慮し、国内に製造基盤を残した方がよいと判断している4.日本の国内市場が十分大きくまた、産業基盤が十分蓄積されており、生産転換を行いうるポテンシャルが十分にあった。などがあるとされます。とはいっても、今後、このような形は続けられるのだろうか。下記のような製品の製造については日本に大規模で残るとする。1.「ハイエンド製品」: 開発技術基盤と高級品の需要者が日本に存在するため2.「ハイボリューム製品」:資本集約的で、自動化技術を使った大規模生産によるコストダウンが可能であるもの3.「スモールロット製品」:小ロットの製品を各国で作ると生産効率がわるくなるため一箇所でまとめて作るもの。となっています。とまあ、つらつら書いてきたわけですが、これがいったい製薬とどうつながってくるのでしょうか。製薬業界での国際分業は進むのでしょうか。空洞化という形までは進まないような気がしています。まず、生産代替が起こるか?製薬の製造をどう分けるのかわからないですが、原沫の製造工程については、多分、前臨床の時から徐々にスケールアップしていって、最終的にコマーシャルベースの生産に乗せるわけなので、これは開発の近くにあった方がよさそうです。次に製剤したり、打錠したり、さらには包装する工程が来るかと思います。これは、輸送コストとの相関関係でしょうか。工程が後になるほど、梱包も大きくなりそうですので。ということで、日本に主要な研究所がある場合、そんなに海外へ進出する必要はなさそうですね。ただ、日本企業が海外生産を拡大するに当たっては現地生産の拡大ということはありうるのでしょう。その場合、どのような形になるかというと、ハイボリューム製品とスモールロット製品については日本に残る可能性が高そうです。でも、新しい製品のために一から工程を作る場合、かつ日本の市場より欧米の方が圧倒的に大きい市場を見込める製品の場合ですと、現地生産に傾くことも多くなりそうです。さらに、分業の体制で見た場合は、ネットワーク型になるでしょうか。基本的に同一の製品の原沫製造においては規模の経済が働き安いように思われますので、ハイエンド、ローエンドに関係なく、市場立地が中心になるような気がします。こうしてみると、上記の分析視角に加えて、製薬企業の国際分業を考えるに当たってはポートフォリオ/パイプラインを考慮しなければならないような気がします。つまり、製品ポートフォリオによって当該製薬会社の直面する市場性が異なり、会社によっては、米国市場先行型の投資をおこなっていかざるえない会社も出てくると考えられます。その場合、販売額から見た製造の拠点は既に米国と言う会社も早晩出てくるのではないでしょうか。たとえば、現在、米国での申請を先行させている商品などはアメリカで新たに製造設備を立ち上げた方が良いところが出てくることは十分考えられます。元の話に戻ると、日系企業にとっても製造販売承認というのは使えるというのがとりあえずの判断でしょうか。
2004.08.18
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極東ブログで紹介されていた本です。たしかにすごい本だ。内容は、新田次郎の夫人である著者が、満州で終戦を迎え職場の人間と疎開団を組んで朝鮮経由日本に帰るまでの話。途中、北朝鮮北部の宣川で約1年の滞在を経て、38度線を突破し帰還するのですが、すごいところは、3人のこどもを抱えながらでの帰還であることでしょうか。その途中、苦境に陥った日本人同士の行う、いやったらしい所業がそこら中に出てきます。他の人間に対する配慮の欠如した振る舞いには、むなくそ悪くなります。同じ日本に帰還するという目標があるのに、疎開団によって、待遇がことなり軍関係者は優遇されたり、夫がおらず子供のいる母親がどんどん窮乏化していくさまもリアルです。この話は著者が子供全員とともになんとか帰還し、夫も徴用されながらもなんとか日本に帰ってきて、故郷で落ち着くことが出来ました。すさまじい話ですが、ハッピーエンドではあります。ただ、ハッピーエンドにならなかった大量の人がいたであろうことには考えさせられます。また、この話は家族の強い絆を感じさせます。なんか我々が通常イメージしている絆という言葉では表せない強い結びつき。それ以外ありえず、変更の余地のない、絶対的なもののように感じさせます。だから、現在よりもよくもわるくも、よっぽど濃い人間関係の存在を感じさせます。それは、親子関係もそうですが、夫婦間についてもとても強い思いが通っていたことが伝わってきます。どちらかというと「映画『マトリックス』が実は本当にありました」なんていわれても「あーやっぱりそうですか」と言えるような環境に幸か不幸か暮らしている自分にはなにかすごい、今の生活実感と違うものを感じる1冊でした。
2004.08.17
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見に行ってきました。といっても、今回は知人宅に集まりパーティをしながらでした。やっぱり、京都の家は、その家から送り火がみることが出来るかは重要な要素だと思う。でも、市内に住むと、北向きやら東西向きでないと見れないのが難点。友人宅は一乗寺近辺にあり、南向きかつ、大文字が見えるいいロケーションでした。結構、おいしいロケーションですが、京都駅へ通勤する身にはちょっと不便ですね。送り火は8時に始まり、あっという間に終わってしまいます。まあ、たいまつを燃やすだけなので、しょうがないですが。その後もパーティは続き、久しぶりにへろへろになって撃沈しました。
2004.08.16
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Pet Shop BoysのThe Hits(PopArtの方)を買いました。このCDはなかなかよくって、クリスとニールの各曲に対するコメントというかインタビューがえんえんと載っていて、彼らの曲のいろんな側面を知ることが出来ます。驚いたのはGet Alongでしょうか。この曲はけっこう好きな曲なのです。中味は、単なるラブソングというか、ある種イジワルなラブソング(別れの歌だけど)だと思っていました。この曲はいわゆる、別れてさびしい、相手への思いがつのるとか、これからがんばって生きようとか言うのではなくって、なんだか、ちょっと現実的なところがあったりします。そのあたりが、失恋した人が感傷に浸りたくてこの曲を聴くと、いじわるに作用するだろうなという感じがしていました。まあ、そう思って今まで聞いていましたが、なんと、実はこの曲は、政治の曲でブレア首相の閣僚だったピーター・マンデルソンをクビにする際の話なんだそうです。つまり、ブレアがマンデルソンを信用していたけど、裏切られたとおもって、くびにする、つまりは別れるという話だそうです。サビの部分は、I get along, get along withou you very wellget along very wellとなっていますが、実はそういうブレアの気持ちを歌ったのでしょうか。この曲の私の好きなところは、上記のサビに入る前の、盛り上がっていく部分です。Stuck here with the shame and taking my share of the blamewhile makingsudden plans that don't include youここは、ラブソングとして捉えると、かなり洒落た部分ですが、政治として捉えると、なんだかつまんなくなってしまって残念です。まあ、でもテキストの読み込みは、既に発表された以上、読者・視聴者の手にあるわけで、今後も自分なりの聴き方をしちゃおうかなと思っています。この曲に限らず、このCDのライナーには各曲がランキングどこまで行ったとか、他、歌詞も全曲ついていて結構、使いかってがいいのでお勧めできます。
2004.08.15
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ううっ、よくわからない。でも読んでいる理由はわかります、著者のことを知らないわけでもないので。本の内容は、ファンタジーに出てくるジェンダーのあり方、そこに出てくる人間関係の現代社会からの距離などを考察しています。ファンタジーなんだから、現在のジェンダーのあり方と全く関係ないことも想定することも可能なわけですが、実際、人間が書く以上、著者の生活する社会と無縁ではありえないと考えられます。つまり、今のあり方があって、その逸脱としてのファンタジーがある。どちらの方向に向かって逸脱するかは著者次第。でも、それを多く見ていくと一定の傾向が見られるのではないか。また、現在の問題に対して、解決策としての生活スタイルの姿を提示することも出来るのではないか、といった点から話が進んでいきます。具体的にどんなことが分析されているのかですが、ファンタジーというのは主人公が男性の場合が多く、かつ出てくる女性も類型的な場合が多いそうですが、そのなかでも女性が主人公のものを取り上げて分析しています。ここでは、男装の麗人、戦う女性、家族といったトピックが分析されています。この本を読んでわかるのは、ファンタジーが女性の社会進出(凡庸な言い方ですいません)と平行して変わってきたということでしょうか。つまり、以前は女性がファンタジーの中で主役を張るには「ベルサイユのバラ」のように男装をしていなければならなかった。それによって、男性と同じ戦いに加わることが出来た。しかしながらこの時代のファンタジーの主人公は、一定の段階で、当時の性別役割分業の中に戻っていく(ことが示唆される)となっていました。しかし、昨今ではファンタジーの世界事態が女性も戦うようになっており、特に男装の意味もなくなっている場合が多い(そもそも、男女同じ戦闘服を着ても男装とみなされない)といったことがわかります。それと、もうひとつは、日本と海外の女性が主役級で登場するファンタジー違いでしょうか。米国のファンタジーはたぶんに性的で、過去の性的トラウマに対する復讐譚としての性格を持っていることに対して、日本のものはある種、自分の居場所探しが問題となっているところでしょうか。本書で取り上げたファンタジーに特異的なのか、あるいはその国の読者層や平均的な読書に対する嗜好なのかはよくわかりませんが、そのような印象を受けました。この本の中で、著者が利用している用語のうち、面白いのはエンパワーメントという言葉です。通常、ビジネス関係だと「権限委譲」という形で訳されます(訳については反対意見も多いけど流通可能なAlternativeを出している人は見かけません)。意味としては、上司の権限を部下に代行させることにより、部下の決断可能な職掌を拡大するといった意味で用いられるかと思います。それに対して、ここでは、ある種の能力を獲得して、自分に対して自信をつけていくこととされています。これは大きな違いだと思います。というのも、ビジネスで言われるエンパワーメントには、上司など誰か、エンパワーしてあげる側の主体を想定してしまいがちですが、ここでは、特に与える主体を想定することなく、自らが獲得していくという仕組みになっていると思います。ビジネスについても、上から与える、あるいは下から見て、上から降ってくるものとして捉えるのではエンパワーメントはお題目で終わってしまう、とジェンダーとは関係ないところで思ってしまいました。最後に、この本の魅力は、著者の多面的な性格が本に反映されていることだと思います。まじめな現代社会論の社会学者、ジェンダーセンシティブでそれを生活と研究の中心においてしまったおっさん、そして単なるファンタジー好きの3つが合わさっています。それが、本書のところどころで、それぞれのナマの性格が出てくるところも面白くて楽しめました。
2004.08.14
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東京での仕事を終えたあと、東京オフィスの方々と行ってきました。出席者のほとんどは開発の人でした。品川から出発、お台場へ。船は貸切で、結構大きい船だったので、余裕がある感じです。品川あたりの運河を通って、外海?を少し横切る感じになるところは少し揺れますが、それもご愛嬌といった程度。あっという間に、お台場の沖に着いて、停泊、宴会スタートという感じ。開発中心の飲み会に参加するのは久しぶりでしたが、なぜだか一貫してテンションの高い飲み会でした。停泊中なかなか見ものなのは、お台場のパレットタウンにある大観覧車でしょうかの形状が頻繁に変わり且つカラフルなのでなかなかでした。外の風景がきれいなので、船内をもう少し暗くすると、もっと楽しめると思います。ただ、あんまり暗くすると少しロマンティックになってしまうのかもしれないので、ちょっと困難でしょうか。帰り際に少しだけ、船は隅田川を勝鬨橋まで登る。汐留あたりのビルもきれいに見えました。この時刻になると、ずいぶん涼しくなっていて、窓を全開にして走ると風が気持ちいい感じ。屋形船でタイタニックを!!と盛り上がっていましたが、女将さんにさっさと止められてしまいました。さぞかし、イメージがずれて楽しかっただろうと思います。家に帰って、アテネを見ようと思ったけど、あえなく玉砕。
2004.08.13
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休みをとってしまいました。とりあえず、平日の京都の中心部を楽しみたいとおもって、ぶらぶらしました。まずは朝の京都を見ようと思い立って、朝5時半から散歩。さすがに人は少ないですね。祇園あたりは前夜からの仕事あけの人が、鴨川沿いには、朝まで一緒にいてしまったカップルやらグループが少しいる程度です。あとは、健康系のおじいさん、おばあさんが少しでした。日中もぶらついていましたが、思ったより人は少ない感じでしょうか。もう、観光客でいっぱいかと思っていましたが、四条河原町あたりには多くないようです。東京や大阪の繁華街と同じように、どこから降って沸いたのかわからない若者やらおばさんであふれていました。本を買って、平安神宮の方へ。府立図書館に入ってCD-ROMデータベースでちょっと調べ物。その後は、府立図書館の前で本を読む。建物の間の距離、山の感じ、人通りと本をゆったりと読むにはなかなかいい感じのところでした。などなど、のんびり過ごしました。明日はまた仕事の予定。
2004.08.12
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住友信託がUFJの信託部門統合交渉差し止めを請求していた件で、高裁は住友信託側の申し出を却下しました。びっくり。なんでだろうと思っていろいろ見て見ましたが、なんだかわかりにくい構造になっているようです。日経新聞を読むと次のようになっているようです。1.住友信託とUFJ信託の統合に関する基本合意書に盛り込まれた住友信託の独占交渉件には法的拘束力がある。2.しかし、基本合意はUFJと住友信託の相互の信頼関係の維持が前提となっている。3.UFJの合意白紙撤回の公表、住友信託の仮処分申し立て、審理中の双方の対立により信頼関係は失われた。4.そのため、住友信託の独占交渉権は将来に向かって効力を失っており、差し止め請求権は認められない。はあっ???まあ、同様に思う人は多くいるようです。日経では弁護士と教授からコメントを取っています。渡部教授(学習院) 「一方的に契約をはきすれば権利を執行させられることになり疑問もある」外立弁護士 「こうしたケースでは信頼関係が壊れるのは当然だが、それを理由に独占交渉権の効力を否定したら、『独占交渉』の意味は失われる」まっとうな意見です。ここでよくわからないのは、上記日経の記事の2.「信頼関係の維持が前提となっている」でしょうか。まあ、日本の合意文書のことですから、「なにか問題が起こったら、信頼関係に基づいてお互い努力しましょう」ぐらいのことが入るのは通常あることだと思います。ただ、それがあたかもすべてをオーバールールする基本であるかのように扱うのはその他の契約の条文の意味がなくなるような気がします。それだったら、すべて民法一条で、やってしまえばいいじゃんという話になってしまいますよね。(権利ノ行使及ヒ義務ノ履行ハ信義ニ従ヒ誠実ニ之ヲ為スコトヲ要スってやつですよね)。まあ、それはともかく、普通、独占交渉権だったら期限がはいっていたりとか、あるいは合理的に認められる期間の設定があると思います。その他、実質的な交渉の中味でもっと審理をして欲しかったと思います。ぜひ、なんでこんな判決に至ったのか、詳しく知りたいですね。
2004.08.11
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いい加減なこと書いておいて、まだやるのかと言われそうですが、こっちも重要なので。というのも、日本の社会と同じで、日本企業も高齢化が進んでいます。それと同時に組織のフラット化が進んで十分なポストを配分できなくなっています。ついでにいうと、今まで性別だ、出身大学だ、総合職だといろいろ入り口で分けてきたのも崩れて一般競争になっています。というわけで、今後、団塊世代が完全に引退して(することはないような気がしますが)、労働力不足の世界になるまで、ポスト不足の時代は続きます。で、もって、上昇志向と別の原理でモチベーションを高められるような組織体制を作り上げておかないと、活力を保つことが出来ません。ついでにいうと、中途半端にやろうとすると、かえってコース別の人事になってしまい、会社の中に2級市民を作るようなことになりかねません。だったら、どうすればいいんだあというマネジメントの叫びに、この本はどのような回答を出しているのでしょうか。164ページ以降にうまい具合に「スローキャリアカンパニーの特徴」としてまとめがあります。とりあえず列挙します。1.序列が少なく開放的で多様性がある2.商品やサービス、戦略に質的こだわりがある3.自己の裁量度が高く、成果を問われるマネジメントスタイル4.行動指針やコンプライアンス(法令遵守)がはっきりしていて守られている5.キャリア自律への健全なプレッシャーがある6.採用時に、働く価値観や組織ビジョンをはっきりする7.自律的キャリア形成への具体的な取り組みがあるついでに、大組織のなかで、どのような形でスローキャリアの人に働いてもらうかですが、著者は2つ挙げています。1.組織内のプロフェッショナル、「専門性はもとより、成果を生み出すプロセスの自己完結性が極めて高く、自律性があって、職業倫理による自己管理が出来る人物」として働いてもらう。2.ただし、このようなプロフェッショナルな仕事ばかりではないので、どうすれば言いかというと、会社の採用プロセス自体を変更してしまい、いままでの欧米的な、特定の業務がこなしうるから採用するのではなく、価値観があうから、信頼置けるからという観点で採用するサウスウェスト航空で行われたような形にしてしまう。そうすれば、採用した人を特定の職務に限定することなく、多様なスローキャリアを積んでもらうことが出来る。となっています。上記の「特徴」を見ると、これはすべての会社がやらなければならないことですよね。だから、自社に問題があっても、なくてもマネジメントであれば取り組んでいけばいいのだと思います。社長がやる必要のある部分もありますが、とりあえず人事部長を呼びつけて指示を出しましょう。でも、実施していこうとすると一番問題になるのは人数的にも多い営業部門で、どのように上昇志向の強さと連動する数値目標による管理と、スローキャリア型プロフェッショナルの目指す顧客提供価値を最大化するといった成果主義を連動させるかではないでしょうか。つまり、売上の詰めをしなければならないところに、お題目のようなソリューションの提供で対応可能かということです。特に今まで、業界全体として顧客とぎちぎち売上の詰めを行ってきて、同業他社は相変わらず同様のことをやっている、さらには自社の商品など提供価値が他社と差別化できるとは言いがたい場合、大丈夫なのでしょうか。現在、それは「大丈夫ではない」と判断されていると考えます。つまり、今の一般的な低成長で差別化しにくい商品を主に売っている会社は、このままではスローキャリアの会社には移行できない、ひいては人員構成のひずみのなかで社員のモチベーションを人事政策により上げて延命することは困難と言うことになります。その結論としては、会社の提供する価値の差別化を図れという平凡かつ困った結論に達します。でも、それって、マネジメントが頭痛を起こしてでも考え抜いてもらわなきゃいけないことですよね。やっぱり、小手先で対処できる経営変革のマジックがあると思ってましたが、ここでも考えて見るとなさそうですね。つけたしですが、日本企業における上昇志向についての分析は、ちょっと毛色が違いますが、下記が面白いです。「できる社員は『やり過ごす』」高橋伸夫この本のなかでは未来傾斜原理という、簡単に言えば、将来おいしい思いを出来るから今はがんばれといった原理が企業内で働いているので、多くの係長がどうみても大きな負担をこなし続けることが出来ていると書いてあったように思います。
2004.08.09
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高橋俊介の本は複数読んでいますが、あんまり読みたくない感じがする本でした。だって、サブタイトルが「上昇志向が強くない人のための生き方論」ですからね。基本的に「上昇志向が強くない人間は企業社会で生きていく価値がない」というアメリカ資本主義の先鋭的な部分を共有している自分としては、なんだかいやな本です。でも、中味は結構、使えると思いました。というか、驚いたことに、自分がこの本で述べるところのスローキャリアからそれほど遠くないことに気づいてしまいました。実は、そうなることを恐れていたと言うのが半分あって、いやだったのかもしれません。もちろん、私がスローキャリアというのも私のリファレンス・グループの人たちに対してと言う意味ですけど。ではスローキャリアとは何なのでしょうか。スローキャリアとは「上昇志向でない動機によってドライブされる」ものとされます。で、どんな上昇志向ではない動機があり、それをどうすればスローキャリアと呼べるのでしょうか。ちょっと長いですけど引用してみます。「非上昇志向型の動機には、対人系の動機として、社交動機(人と仲良くしたい)、理解共感動機(人を理解してあげたい)、感謝動機(人から感謝されたい)などがあるだろう。また仕事の動機ではプロセス型の動機である自立または自己管理動機(自分で決めたい)、抽象概念思考動機(抽象的概念的なことを考えるのが好き)、徹底動機(細部まで徹底してこだわるのが好きなどが、上昇志向以外の動機として考えられる。 このような上昇志向でない動機を中心に活用して、あらかじめ達成すべき目標があるのではなく、自分のポリシーや価値観にしたがって、対人関係を含めた仕事のプロセスにのめり込みながら、自分で自分の人生をマネジメントしながら日々生きていき、振り返ったとき、結果として後ろにキャリアが出来ているというのがスローキャリアなのである。」ここで重要なことは動機の種類もさることながら、目標ではなく価値観に従うこと(収入などの外的なものさしに左右されない)、自分の人生をマネジメントしていること(自律的なキャリアとも行っています)、後ろにキャリアが出来ること(どうせ不確定な要素が多いんだし)でしょうか。この本が指摘していることを社会的背景に置きなおすと、1.従来の会社におんぶに抱っこ的な生活は出来ないし、そもそもみんなしたくもなかったわけだよねということ2.現在、その変わりに出てきてしまった勝ち組 vs. 負け組的な議論の不毛だということ3.ある種の魅力的な第三の道を提示することと言えます。第三の道とか言ってしまいましたが、そうなんですよね、この本は最後の方に向かって、ちょっと文明論的な色彩を帯びてきます。というのもスローキャリアが、就活に悩む大学生向けの本から離れて(まあ、社会人人生全般に使える内容ですが)、生活スタイル全般に及んできます。スローライフであるとか、スローキャリアを支援する企業を株主、顧客として支援するといったことまで入ってきます。やっぱり、スローキャリアとしての生き方を確立し、認めさせるためには、それを資本の論理(ビッグワードですいません)に通じるところまで翻訳していかなければいけないということなのかなと思うと、なんだかすごい時代を生きているような気がしてきます。でも、そんなにがんばらなくても、この本の最後に対談が載っていまして、その最後に出てくる言葉でいいのだと思います。「イメージが湧くと、ワクワクして、モチベーションも上がります。ですから、イマジネーション能力や直感力も、スローキャリア派には大切なスキルといえますね。」とりあえず、酒でも飲みながら、そっちの方面を鍛えることにしますか。
2004.08.08
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8月8日最終日の展示会になんとか間に合いました。展示品の数も結構多く、楽しめました。天気雨の降るなか自転車を走らせ、平安神宮の近くにある京都国立近代美術館にいく。チケット売り場に人が並んでいます。結構、入場者数は多かったです。といっても入場制限がかかる東京の人気展示会と比べれば空いていますが。会場に入ると、真正面に「紅葉」といった巨大な屏風絵が飾ってあり、右手すぐにこれまた、有名な「屈原」(明治31年)が展示されています。とりあえずこの二つを10分間ほどかけて鑑賞。「屈原」はその表情、たたずまい、周りの空気や背景の描き方など、なかなかドラマチックな絵だと思っています。もちろん、絵の横にある説明を読むと、岡倉天心が東京美術学校を追い払われたことを屈原に付託したなどと書かれています。本当かなあ?これだけの絵をうらみつらみから描いたことにされて、ついでに自分の代表作の一部に入れられてしまうって、なんだかかわいそうな気がします。もっとも、その後も日本画壇の巨匠としていろいろあっただろうことを考えると、あながち、間違えではない説明なのかもしれません。後、考えてしまうのは、この絵が当時どういうリアリティをもって描かれたかということです。この絵は、もちろん屈原と思しき人物が着物っぽい衣装を着て苦い顔をして、荒野(一部しかわかりませんが)に佇むという構図です。現代の我々から見ると、古代中国の感じを出すために荒野を配置し、着物を着させ、ひげをはやさせたということになります。それで、普通に見ると、いわゆる中国悠久の昔の故事に思いを馳せるといことになるかと思います。では、現代と、描かれた時点と、中国古代の間ではどの程度の親近感があったのでしょうか。我々は明治後期には既に都市に居住し洋服を着て鉄道(明治5年)もある生活をしていたわけで、基本的には我々と同じ生活をしているとなんとなく考えてしまいがちです。ただ、その時点では着物を着ている人も多かっただろうし、自分の家から荒野までの距離もかなり近かっただろうと思います。更に言えば、現在より圧倒的に漢学を重視していた当時にあって屈原はかなりなじみの人物だったと言えます。さらにテレビも、西洋絵画や写真も今ほど一般的ではなかった時代であることも考えると、この絵はかなり迫力のある絵だったのではないでしょうか。もし、そのような形で、当時見た人(特に大観や天心の利害関係者)がびっくりしてしまうような作品であったのであれば、やっぱりこの絵の力はすごかったのだろうなと感じざるを得ません。今となっては上記のとおり悠久の中国で思い悩む老人の図ですけれども。展示会にはその他多くの絵があり、他に目を引いたのは富士山の絵でしょうか。沢山ありますし、構図もいろいろです。基本的には富士山を下から仰ぎ見るといった感じの構図が多いのですが、昭和に入ってから、航空写真を原画にしたような富士山を見下ろす構図(?)も出てきて、時代の変遷を感じさせます。ただ、昭和14年あたりの富士山の絵が複数ありましたが、なんとなく国粋主義などに迎合的なのではないかなどと思ってしまいました。まあ、純粋に楽しめばいいのですけどね。美術館を出てきたら、真夏の京都でした。緑の山並みが迫ってきており、いかにも夏を感じさせる日でした。
2004.08.07
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宣伝資材の作成にあたってMRの意見を聞く会議をプロダクトごとに行いました。私の役どころは営業部で、会のオーガニゼーション全般と、ひとつの会議でのファシリテーションです。今年から始めた、この一連の会議ですが、一応、形になってきたような気がします。というのも、プロダクト・チームがいろいろと形式を考え、病院関連のプロダクト同士がミーティングの一部を合同開催にしたりといったことが進んできたからです。今後、MR側からも会の開催や、自分たちの役どころについて提案が出てくるようになるともっと面白くなるかも知れません。基本的にはプロマネとMRが真剣に話し合う場になればいいので、ファシリテーターはあまりいらないと考えています。ただ、プロマネの性格によって、プロマネが暴走し、自分の言いたいことをMRに言い続ける会になってしまう可能性もあるので、一応、いろんな人がいたほうがいいかと思っています。昨日は、GP向け製品のファシリテーションで入ってました。この製品の会議は2度目でありMR側もこなれてきて、うまくいくだろうと、どちらかというと流す感じにしておりました。終わったあと、よく考えてみると、プロマネ独演会の部分が結構多くて反省することしきりです。独演会ではありましたが、MRの発言を通じてプロマネの頭の中がすっきりし、当初出していてたマーケティングのコンセプトを変更するに至ったので、なかなか成果のある会議だったと思います。あとは、この会議を通じて作られた資材がドクターに受け入れられて売上向上に結びつくことを願うばかりです。
2004.08.06
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堺町通錦小路を上がったところにあるイタリア料理屋です。店の構造がなかなか凝っています。入ったところはアイスクリームなんか置いてあって、ジェラートの店かとおもうような展開ですが、少し奥にいくと、今度は高めの椅子が置かれたバーカウンターがあります。さらにおくには和風の中庭があり、その横をすり抜けると、普通のテーブル席になっているという展開です。店の中も通路の幅など若干広めに取ってある感じで、落ち着きます。今回はバースタイルのカウンターで食べました。椅子が若干高いので、結構疲れやすいかなと思いましたが、意外と落ち着いて食べることが出来ました。店員の対応も過不足なく、まあ、いい感じです。料理は、まあいろいろとこだわっていて楽しめます。ただ、ここの料理の値段対比だともう少し量があったり、もう少し、なにかがあるといいなと思わせるものはいくつかありました。この日は、京都支店のMRの人からご意見拝聴という感じでした。最近のプロダクトのマーケティング方策、新製品の支店での売れ行きに関する実感、いろいろと悪評が多く改善中のe-CRMシステムへの意見など聞いてきました。昨今、本社にこもっていることが多いのでいい機会になりました。帰ってきて、ネットで調べたら、この店ってペントラ・グループの店なんですね。このグループのお店は、まあ、町屋風で洒落ているけど、ちょっとあれだなあと思います。
2004.08.04
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オーストラリアとテレコン。東京とテレコンするつもりだったのに、相手がなぜかオーストラリアに行っていたのでそうなってしまった。そんなん、聞いてないよ状態。しかもこっちがかけることになってしまった。一体、どういう電話料金になったことやら。まあ、必要だからしょうがないけど。どうもテレコンで英語を話すのは苦手だと思った。先方が資料を用意してくれたので、まだ、なんとか形になった。でもテレコンは便利だと思う。東京の人にわざわざ大阪まで来てもらって会議をすることは本当に時間の無駄だと感じる。たとえ、近くなったとはいえ新幹線で片道2時間半は長い。これが普及すれば結構、会議で頻繁に打ち合わせる必要もなくなるので便利だが、欧米に比べると日本でのテレコン利用率は低いように思う。たしかに面と向かって話した方が、ずっといろいろ話が進むことも確か。要は使い分けなのでしょう。夜は海外からの研修生の送別会に出席した。遅れて出席して、とりあえずの挨拶が「はじめまして」。まあ、いい加減なものですね。良くあることですが、細長いテーブルに12人近く座っているとどうしても話題が2つから3つのグループに分かれます。なぜか知りませんが、われわれのグループはEDの話と脱毛の話。意外とおじさん向けの生活改善薬、メンズヘルスという業界は伸びるなという感じを受ける。西中島は花火帰りの人でいつもよりかなり大目の人出でした。
2004.08.03
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昨日、ちょっと興味を引いたネタを紹介します。1.英国食品基準庁がヒジキを食べないように勧告、発癌リスクを高めると考えられる無機砒素含むため http://medwave2.nikkeibp.co.jp/wcs/leaf?CID=onair/medwave/tpic/322579なんで、英国食品基準庁やねん、というのが第一の疑問点ですね。たしかに日本食ブームの中、日本食に含まれるものについての興味が高まっていると言うことなのでしょうか。ひじきは健康食品なのに残念です。2.市場環境の変化に対応したMR機能のあり方 http://medwave.nikkeibp.co.jp/medipass/pharma/marketing/index.shtmlいつもの日経BP Phrama Businessのサイトに平田雄一郎なる人が書いた文章です。変わりつつある日本の医療業界に対応してMRの役割も変わっていくべきだとして以下のMRの役割を強調します。(1)医療連携担当MR: 患者の流れの中で自社薬剤の普及を図る(2)経営支援担当MR: 経営的な問題に対応することにより信頼関係を高める(3)臨床研修支援担当MR: 主に指導医の悩みを解消することを通じて自社の薬剤普及を強化するなかなか、面白いですね。みんな同じこと考えるなあと思うとともに、さすがうまくまとめてくるなあと感心します。3.Big pharma is a two-faced friendhttp://news.ft.com/cms/s/bee18692-d9a1-11d8-a9eb-00000e2511c8.htmlFTの記事です。ハーバードのSocial Medicineを講義しており、かつNewEngland Journal of MedicineのEditor in chiefだそうです。後の肩書きの方がインパクトがありそうですね。内容は、ファイザーが保険のない人に対してディスカウント・プログラム、いわゆるCharm Offensiveについて、製薬会社はやらざる得なくなった背景を検討しています。曰く、アメリカでは薬剤の値段が高すぎとか、R&Dに言うほどちゃんと支出していないとか、そのR&D費用もイノベーティブな薬剤の開発に投資されず、Me tooの開発に費やされているといった、内部にいる人はみんな知っているけど、積極的には言わない、ある種神話の破壊を行っています。ブロックバスター主義とその結果としてのMe too志向でなんとか商売を回そうとするビジネスモデルは、誰の目にも破綻寸前ということでしょうか。まあ、次の一手はなかなか見えてこないんですけどね。三題話である以上、まとめがなきゃいけないんだけど、変わりゆく製薬業界ということで、後は皆さんで考えてください。
2004.08.02
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時々みる番組で日曜日午後11時半からやっている「世界遺産」があります。私にとっては「サザエさん」的番組で、これが終わると土日は終わってあとはさっさと寝なければいけないという気分にさせられる、なんとも憂鬱な番組です。でもいい番組なんですけどね。今日は、スペインのコルドバでした。コルドバには一度だけ行ったことがあります。夏の暑い日に一泊して、メスキータだけ見て、翌日はグラナダに抜けるという駆け足の旅行でした。この番組で、行ったことがあるところが紹介されるたびに思うのは、「都合のいいところだけ撮りやがって」ということです。たとえば、ちょっと前ですがバンコクをやったときがありました。そのときなんてバンコク市内しか紹介していないのに車やビルが少しも出てこないというすさまじいものでした。たしかに世界遺産としてのバンコクを紹介するわけだからかまわないと言えばそれまでだけど、なんだか片手落ちでないの?という気がします。幸い、コルドバは観光名所しか行っていないので、今日はあまり不満なく見ることが出来ました。でも、なんだかすごく違うと思うのは、私が行ったときは8月で、やたら暑くて、砂漠の中にいるような感じだったのに対して、今回はそんな感じでもなく、緑もあるが石造りの街という感じでした。季節によって、ずいぶん違うのだなあと感じました。また、コルドバにもパティオというか中庭のいいのがあったり、噴水などいろいろあることがわかりました。昨年、スペインに行ったときは北の方のサンチャゴ・デ・コンポステーラしかいけなかったのですが、またそぞろ、スペインの南を回りたい気分になりました。政権が変わって安全になったのだろうかとちょっと思います。コルドバ行きのAVEはアトーチャから出るのでちょっと心配ですよね。
2004.08.01
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