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今日で3月も終わりです。がんばった。よくがんばったよな。俺。だって、1ヶ月毎日こんな日記を書くのは結構つらいことなんだってば。そんなめんどくさいことを1ヶ月も続けてきた俺ってすごいんじゃないのってば。なんか、ナルトみたいな口調になってるんだってば。マジで、自分を自分で褒めてやりたいYo。有森裕子なみに自分を褒めてやりたいNe。ということで、明日あさっては休む方向で検討中です。たまには休養もとらんとね。話は変わって、明日はとうとうセ・リーグの開幕です。セ・リーグとは、セルシオの改造度合いを競い合い、いかに他人を怖がらせるかなんていう、セルシオ・リーグではなく、どれだけ早く男の人を誘惑して、声をかけさせるかを競うセクシー・リーグでもなく、どれだけまわっている羽に指を近づけられるかの、度胸を競うセンプウキ・リーグでもなく、日本のプロ野球のセントラル・リーグの開幕です。私は言うまでもなく「中日ドラゴンズ」のファンです。われわれ東海地方在住の人間は、中日ドラゴンズファン、かつ名古屋グランパスエイトファンでなくては、非国民として、周りの人から陰口をたたかれ、石を投げつけられてしまいます。これは当たり前のことであり、われわれは日本人であるのと同様、東海人であり、住んでいる地方のチームを応援するのは、日本人の三大義務に付け加えてもいいぐらいの義務です。サッカーのワールドカップが、国別対抗戦であり各国の威信をかけた戦いであるのと同じく、ペナントレースは、日本の各地方の威信をかけた戦いなのである。だから、私は中日ドラゴンズと一蓮托生、運命共同体なのであります。今年の中日は強い!これは万人が認めることであり、だれも否定できない真理なのであります。だって、去年の優勝メンバーが健在であるにもかかわらず、タイガー・ウッズならぬ、タイロン・ウッズが加入し、山崎武志以来の右の大砲の加入があったんだよ?これはまさに鬼に金棒、これ以上強くなんてどうするの?何て感じがするほどです。今年のドラゴンズは、私のデータを集計した予想によりますと、3勝1敗のペースでずっといくので、108勝38敗で、ぶっちぎりの優勝です。あの憎っくき巨人なんてどうせ、20勝ぐらいしかできません。だってしょぼいし、むかつくし、わたしの呪いがきいてるし。堀内なんて、ムダにひげなんて生やしてないで、ジーコと一緒に左遷されちまえ!まあ、今年も巨人はたいしたことなさそうなので、何もしなくても自滅しそうだけどね。1952年に日本一になって以来長い間手にしていない「日本一」の座。今年こそ、本当に今年こそ、取ってくださいね。頼みますよ。落合さん。では。今日はお粗末でした。ちなみに中日ドラゴンズのホームページへは、行くべきでしょう。ということで→コチラへ
2005年03月31日
万博も開催中なので、近未来的な話題を。大手検索エンジン「goo」に「gooラボ」という新しい検索システムをいろいろ試しているサイトがある。その中には「日本語自然文検索」なるものがあり、普段の検索とは一味違った検索が楽しめる。たとえば、もし今日のタイトルの質問をそのまま入れると、検索結果としてはじめに「あびる優」と出てくる。検索結果はコチラ(正解だ!)こんな感じで、自然な日本語文を入れると、それに対する解答が提供されるというしくみになっている。これが発達すれば、ロボットにこの機能を組み込み、コチラの質問に対し的確に答えられるようにすることもできるし、そんな機能が充実し、四次元ポケットも開発すれば、ドラえもん製作も可能である!こんな未来を妄想して見るのも、これまた一興。ちなみに、その「日本語自然文検索」では、いろいろ遊ぶことができる。たとえば「愛って何?」と入れると「愛を与えること」「無償の行為である」などと出てきて、ふむふむと思ってしまう。また、「スルメを抱いてねる有名人は?」と入れると「森口博子」なんて出てくる。まあ、~じゃない?とか、~なわけないか など、検索結果によって自信度が違うみたいだが、これはなかなか面白い。皆さんも、日ごろ思っている疑問などをぶつけて解消してみよう。今日はこんな話。
2005年03月30日
お酒にまつわる話をひとつ。私は生まれてこのかた、お酒に飲まれて、記憶が吹っ飛んだことが2回あります。初めてお酒に飲まれて神様に記憶を奪われてしまったのは、10年ほど前の冬(年齢を計算しないように!)、友人宅で、友人の兄さんとお酒を酌み交わしていたときです。私はその友人ととても仲がよく、その友人の兄弟(四人兄弟)ともものすごく仲がよい。当の友人がいなくても、友人の兄さんと一緒にのみにいったりするぐらいです。その兄さんが、ウイスキー(たしかホワイト・ホースだった)を1本持ってきて、「お前にウイスキーの飲み方を教えてやる。」と言い出したものだから、「お願いします。」と、私は快諾してしまった。それが悪夢の始まりだった。「男なら、ウイスキーは絶対水で割るんじゃないよ。」「一番おいしいのは、やっぱりロック。その次がストレート。」「でもロックは、水が溶けると薄まってしまうから早いうちの飲んだほうがいい。」「これがツーフィンガーでな・・・」なんて講釈を聞いているうちに、あれよあれよという間に二人でボトル1本あけてしまった。この間なんと30分。お酒を飲み始めてまだそんなに日が経っていない私にとって、これはやばかった。さらに、あまりに短時間で飲んだので、まだ酔いがまわっていなく、お口直しにビールでも飲もうかな?なんて、ビールを1本飲み終わろうとしたとき、だんだん視力がなくなったように目がシパシパし、ろれつが回らなくなってきた。「おなへは、はにじんじゃ?(お前は何人じゃ!)」なんて、隣にいた友人に訳もなく絡んだり、「にゃんじぇ、ほんにゃにどばせるんどばぁ?(何でこんなに飲ませるんじゃ!)」と兄さんに文句を言ったりしながら、「ウへへへへ」と奇妙に笑い始めたという。(このあたりから記憶がおぼろげ)そんな状態なのにまだお酒を欲しがり、ビールをごくごく飲んでいたという。その後の記憶がほとんどない。噂によると、友人に悪態をついたり、女の子の名前を叫んだり、プロレスごっこといいながら、部屋の中を暴れまわっていたらしい。でも、まだ良識は残っていたようで、二日酔いしそうで、吐きそうな気がしたので、隣にビニール袋を置いて眠りについたらしい。そして、起きたとき、無性に吐きそうだったので隣に置いておいたビニール袋を反射的に取り、「ボエー!」と吐きだした。「よかった。用意しておいて」と思ったのもつかの間、そのビニール袋には穴が開いていたらしく、私の口から出た「モノ」がビニール袋を通り越して、ダイレクトで床にビチャーッとこぼれていく。「うわぁ~!」このあたりには、酔い自体は多少さめていたが、まだ夢心地で「これは夢なんだ。早く家に帰って寝なきゃ。」という思いと、「なんかやばいことしたなぁ。逃げよう!」なんて思いが交錯して、いそいで自転車で家に帰ったとさ。その後のことはあまり知らない。(聞かないようにしてたから)話では友人が私の後始末を文句を言いながらしたとかしないとか。もう1回記憶が吹っ飛んだのは、結構最近(1年以内)の話なのですが、それはまた、別の話。お酒は二十歳になってから。絶対だよ!
2005年03月29日
3月もまもなく終わりです。ここまで毎日更新してきたのでこの調子で。私は占いは基本的に嫌いです。だって、星座占いって、全国民、いや全世界人類の12分の1が同じ星座でしょ(単純計算で)。世界の人口を60億としたら私と同じさそり座は、5億人ぐらいいることになり、その人たち全部のある日の運勢が、金運◎、恋愛運×、仕事運△であるはずがない。血液型占いなんてのはもっと大雑把で、世界の4分の1ぐらいが同じ血液型である可能性が高い(これも単純計算)。そんな人間を四分して、あなたは今日の運勢いいですよなんて、あきれてしまう。しかし、12分の1、4分の1だから、信用できないのであって、その割合が小さくなればなるほど、占いの信憑性もあがるはず?だから、誕生日(365分の1)と、姓名(1億人中3人ぐらい?)を入れて占えるサイトを探してやってみました。結果はコチラ。○○○○さんの一生の運勢 非業の災多し、暗い波間に浮き沈み。 凶兆甚だしく、失意不遇の恐れ。 自立運 吉才知運 凶 精神環境 中吉 健康運 凶 開拓運 凶 ツキ 凶 金運 吉 家族運 波乱 対人運 中吉 事故運 中吉 結婚後 吉 助言 一筋の活路は正義。 (滅亡運) いや最悪。コリャ私の未来はないね。これは競馬が当たらないわけだ。だから、占いは嫌いと言ったんだ。なんか暗い気分になるよね。でも、私は占いは好きではないが、自分の誕生日に関するいろいろな情報は好きだ。誕生花とか、同じ誕生日の人とか、誕生石とか、なんか運命を感じてしまう。ちなみに私の誕生日の11月6日と同じ誕生日の芸能人は1986年 いしいすぐる(タレント) 1978年 小田茜(女優) 1969年 高野信弘(インパクト・タレント) 1968年 飯田成一(CRAZE・歌手) 1967年 松岡修造(テニス) 1963年 伊原剛志(タレント) 1946年 サリー・フィールド(女優) 1925年 桂米朝(落語家) ????年 喜多尚江(漫画家) こんな感じ。なんか微妙なメンツだが、小田茜は生年月日全部一緒だし、米朝師匠と同じとは。でも、知らない人が多い。また、誕生石、誕生花は、誕生花は 百合(カサブランカ)、花言葉は“高貴”、誕生石は トルコ石(turquoise)、宝石言葉は“成功”です。とあり、結構いい感じ。さらには、「誕生ずし」なるものもあるみたいで、私の誕生ずしは、「あかがい」で、そのすしことばは「感涙」であるらしい。 マジで「あかがい」って、どうでもいいね。でも、自分の誕生日に関することを知っておくのはいいかもね。知らない人と二人きりになったときの話題にはなるかも。ペーとパー子ぐらいしか乗ってこないだろうけどね。まあ、私の誕生日は半年以上先の話ですが、プレゼントは随時受け付けております。ヨロシクオネガイシマス。(あぁ。外車に乗りたいなぁ。)ちなみに、今日参考にしたサイトは、有名人誕生日検索/今日は何の日です。今日はこんな話。
2005年03月28日
15歳の皆さん、おめでとうございますあなたたちの今後の活躍を心から祈っています最後に詩を捧げます 道 この道をゆけば、どうなるものか 危ぶむなかれ、危ぶめば 道はなし 踏み出せば、その一足が道となり その一足が 道となる 迷わずゆけよ 行けばわかるさそれでは また会う日まで
2005年03月28日

【注意】今日の文章は、理屈っぽい高校2年生が書きそうな文章です。ぱっと思いついて、書かずにはいられませんでした。なんか、栗の花みたいにものすごく青臭いにおいがいたしますので、お嫌いな方は遠慮しておいたほうが身のためです。また、私は文系中の文系なので、論理的というよりもむしろ観念的な話が多くなってしまうので、理解不能な部分もあるかもしれませんが、あしからず。村上春樹の作品の中で、私が一番すきなのが今回の題名でもある『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』です。村上春樹らしい少しぼやけた世界観。「世界の終わり」と「ハードボイルド・ワンダーランド」の2つの物語が同時進行して織り成す不思議な世界。興味のある方は読んでみるべし。というか、欲しかったらあげますので、私におっしゃってください。(実際に私に会える方限定)ところで、話は変わりますが、あなたは「世界の終わり」について考えたことがありますか。私は中学生の終わりから高校生にかけてこの問いについていろいろ考えをめぐらせたことがありました。この問いは、「自分って何?」「何のために生きてるの?」「私が死んだらどうなるの?」「モテててー!」などの、思春期の人々が持ちやすい疑問のひとつであると私は考えています。この問いについて、当時いろいろ考えた結果、私の導き出した結論は「私が死んだら、世界は終わる」というものだった。だってそうでしょ?この世界を知覚している私自身の喪失は、この世界の喪失と同義なのではないか。世界を世界たらしめている本体である自分が、この世界からいなくなることは、世界が無くなるのと同じことなのではないのか。この考えには、さまざまな要素が影響している。そのひとつを挙げるならば、小学生・中学生時代と私の音楽人生の基礎を作った「The Bule Hearts」の『世界の真ん中』という歌の歌詞が結構影響している気がする。世界の真ん中朝の光が待てなくて 眠れない夜もあった朝の光が待てなくて 間違った事もやった僕が生まれた所が 世界の片隅なのか誰の上にだって お日様は昇るんだ川の流れの激しさに 足元がふるえている燃える炎の厳しさに 足元がふるえている僕が今見ているのが 世界の片隅なのかいくら捜したって そんな所はないうまくいかない時 死にたい時もある世界の真ん中で生きてゆくためには生きるという事に 命をかけてみたい歴史が始まる前 人はケダモノだったこんな歌詞の歌なのだが(著作権無視です。JASRACさん怒らないでね)、もうこの曲は思春期のもやもやした気持ちを、いつも解消させてくれた、私の人生の中でベスト10に入る曲であるといっても良い。この歌詞を読んでも分かると思いますが、自分のいるところは世界の片隅ではなく、世界の中心であるといっている。言い換えれば、自分がいるからこそ地球が回っていと言ってもいいような気がするような歌詞です。私は、別にこの歌を根拠にというわけでは無いのですが、なぜか「この世界は私のモノ」なんていう、根拠のない確信みたいなものが心の奥に眠っていた。周りにいる人たちはすべて自分の人生の脇役で、自分の人生は、主役である「自分」を中心とした壮大なドラマなんじゃないかな?という気さえしていました。だから、私が死んだら、テレビドラマが終わるようにその世界は丸ごと消滅してしまうんじゃないかと思っていました。まあ、このような考え方には何の制限もないわけで、どのように思おうが自分の勝手だと言ってしまえば、それで終わってしまう議論なのでありますが、この根拠のない自信が大学になるとゆらいできたんです。その揺らぎの原因は、大学での友人との談笑や、大学で学んだいろんな情報・知識によるものだった。私は某大学文学部の出身であるので、文学部らしくたっぷりと哲学的なことや、机上の空論とも思える知識を学んだ。そこで「アイデンティティー」について、考える機会があった。「アイデンティティー」とは日本語に直訳すれば「自己同一性」となり、意味が分かりにくいが、これはつまり「自分らしさ」のことである。当時の私は、自己と他者の区別をどのようにつけるかなんていう、今考えれば、どうでもいいようなそうでもないようなよく分かんない事を、ない頭を絞って考えたり、文献を調べたりしていた。そこでさかんに議論されたのが、自己と他者の区別において最もよく使用されるのは「差異」であるということだった。「差異」とは簡単に言えば「違い」のことで、自分らしさを表現する場合には、他人とどれだけちがうかを指標にしないとうまく表現することができないということだ。つまり、自分が自分であることを証明するためには、自分がいかに他人と違うかを証明しなければならない。他人と交わってこそ、自分というものが確立するのだ。これは私には結構衝撃的な考え方であった。だって、今まで自分がいるから世界がある。私が認知するから他人がいて、そして世界がある。図式化すれば「自分→他者→世界」であったのが、他人がいないと自分が存在できない、他者の存在が自己の存在を証明すると言われたら、「他人→自分→世界」という図式になってしまう。これには混乱した。「自分が死ねば世界が終わる」という考えの論理的な根拠は、「自分が死んだら、自分がいることで存在している他者も死ぬ(観念的に)ことになり、自分、他人、世界もろともなくなってしまうというものであったのに、「他人→自分→世界」という図式の上では、自分が死んでも、私にとっての世界が終わるだけで、他人は消滅しない。他人と他人にとっての世界が残ってしまう。なんかごちゃごちゃになっていて、私の言いたいことが伝わっているのか怪しいが、とにかく、大学でのこの衝撃は私の世界観を大きく変えた。今では自分が死んでも、世界は通常通り存在し、為替相場は変動し、道路の信号は規則どおりに変わり、あなたたちは普通に生活を送るんだろうなぁ。なんて確信しております。これは別に、私は人生の脇役で、私は世界の片隅に暮らしていて、ひっそりと死んでいくんだろうなぁ。という悲壮感をあらわしているのではない。また、自分はちっぽけな存在で、世界に対しての影響力なんてこれっぽちもないと嘆いているわけでもありません。私の人生は私一人のものであり、私が主役なのは変わりないが、私が死んでも地球は回り続ける。私が世界を支配しているのではなく、自分と他人みんなで同列に並んで世界を構成している。そのことに気づいただけです。ただし真理は闇の中。一人一人の心の中にしかない。長々と意味不明な文章を書いてきましたが、これはあくまでも思春期の脳内討論会のメモです。昨日高校時代のことを書いたら、ついでにいろいろなことを思い出してしまい、こんな葛藤もあったなぁ・・・なんて懐かしんでしまったので、ここに記しておいただけです。ただのひとりごとだと受け止めてください。よって、これ関する議論・批判には応じませんので。こんな問題は自分ひとりで寝る前に考えるがよろしい。今日は、そんな話。☆☆☆今日の参考資料☆☆☆ 『世界の真ん中』は8曲目です
2005年03月27日
12番は3着でした。アホ蛯名の出遅れのせいで。話しかけないでね。
2005年03月27日
すっごい久しぶりなんですけど、お馬さんの話を書いておきます。明日、われわれ中京人の血が1年中で一番騒ぐ日です。なんと、中京競馬場で「第35回 高松宮記念(G1)」が開催されます。あまりお馬さんのことに詳しくない方のために説明しますと、1年に20回ぐらい開催されるお馬さんのレースの最高峰「G1(ジーワン)」の唯一の中京地区での開催が、この高松宮記念なのです。例えるなら、年に6場所しかない大相撲の場所のひとつ、名古屋場所が始まる感じです。大相撲ファンならウズウズするでしょ?関係ないけど、「大相撲」で思い出したので昔話をひとつ。高校時代の同じクラスのものすごくかわいい子の唯一の趣味が「相撲観戦」だった。なんか、結構年季の入ったファンみたいで、場所が始まると、勉強に実に入らないぐらいらしかった。さらに、わが地区での開催である「名古屋場所」には、ちょくちょく観戦にいって、「これが貴乃花でしょ。これが舞の海でしょ」なんて、自分で撮った力士の写真を自慢げに見せてくれた。舞の海ファンの彼女は、舞の海が勝つと機嫌が良く、負けると、次の日は始終ぶすっとしているのであった。「あ~あ。かわいいのになぁ。もったいないなぁ」なんて当時は思っており、敬遠しがちだったのですが、今思えば、もっと相撲の話を聞いておけばよかった。と後悔しております。だって、そんな女子高生いないでしょ?貴重でしょ?私は、一途に好きなことに打ち込んでいる人を尊敬しています。彼女もその一人であり、そんな彼女の人格をもっと知っておくべきだったと悔やんでおります。絶対面白い話が聞けたのにな・・・こんなどうでもいい昔話。話を戻しましょう。とにかく、明日は待ちに待った高松宮記念です。最近はギャンブル運が向いてきた感があるので、勝負してみようかな。競馬もパチスロも競輪も宝くじも、所詮確率の上で、言い換えれば神様の手の上で迷って、踊って、考えて、落ち込んでを繰り返す、興味のない人から見ると、本当に無生産的に見えて、究極の廃人のごとき所作で御座います。しかし、しかしながら、行っている本人たちは、程度の差こそあれ、かなり本気で取り組んでいるのであります。私は、生活をかけて!なんて意気込みは無いのですが、たった1分チョットのレースのために、何時間も頭を悩ませています。なんかいいよね。このやるせなさ。この退廃感。人生のベクトルも上昇志向なのか下降志向なのか判断できず、四次元空間に迷い込んだ不思議な感じがするとです。とは言いながら、人生をかけた大勝負をする勇気は無く、多少の生活向上を願って、あまり金をつぎ込む甘ちゃんな私。でもいいのです。これでいいのだ。だって面白いんだもん。(↑これは他人の批判をすべて無効化する無敵の言葉です。あまり多用しないように)―追伸―たぶん12番プレシャスカフェを軸に買うと思います。多少でも興味があるなら、なにかで結果を調べて見てもいいかも。日曜日の3時40分発走です。テレビなら東海テレビで見れます。1着か2着に12番がいたら、私はたぶんホクホク。いなかったら、気安く声をかけないでください。ギザギザハートで周りにいる人を傷つけちゃいそうです。というか殴っちゃいそうです。
2005年03月26日
ビールと私とジーコジャパンの間には特に何の関係もない。ただ、今日ビールを飲みながらジーコジャパンの奮闘ぶりを観戦していただけである。ん?奮闘ぶり?あれは「奮闘」というのだろうか。まさに「糞闘」というべきものなのかなぁ?(字が似てるだけ?)私の目に映るジーコジャパンはだんだん弱くなっていく気がする。もともと別にそんなに強いわけではないんだけどね。極端な話、三浦の代わりに私が左サイドにいたら、流れが変わっていたね。福西の絶妙なサイドチェンジに機敏に反応した私は、中村とのワン・ツーを華麗に決めて、相手ディフェンダーにフェイントをかけて、虹色の左足から高原のハゲ頭にどんぴしゃのアーリークロス。しかしそれを、ハゲ高原がヘディング失敗して、キーパーがパンチング。そしてこぼれたところを、私の世界の至宝である右足から繰り出されるミドルシュートが、イラン国民の悲鳴をよそに、イランゴールに突き刺さる。なんて妄想が4分に1回ぐらい頭をもたげるほど、面白くない試合だった。実際私がいたら、一人退場で人数的に足りない状況よりももっと悪い状況を作り出しそうだけど。しかし、こんなつまらん試合を見ていると、ビールが進むことこの上ない。テレビを凝視している必要もあまりないし、手持ち無沙汰で、ついついビールに手が伸びる。さらに、こんなにけなしているとはいえ、私もやはり日本人。日本男児の魂を心の中や、ワキ毛の隙間に潜ませている、生粋の日本男児である。だから、わが日本が敵国に対して劣勢になっている状況を見るのは、やはりつらい。結構ストレスがたまってしまう。抜け毛が増えそうなくらい。このストレスも災いして、ビールがぐんぐん喉を通る。気づいたら、後半だけで500mlの缶を3本飲んじゃってました。ゆえに、今はほろ酔い状態で気持ちいい~。でも、つまらん試合を見せられて辟易気味。なんて気持ちが複雑に絡み合い、チョット変な感じがするので御座います。あっ!この気持ち、淡い初恋の気持ちに似ているぞ!でも、いつまで待ったら、わがジーコジャパンはアジアでは敵無しの強さになるのだろう。たぶん、ジーコのままだったら無理なんだろうね。ということは、当分無理か。まあ、最終手段はgauguinジャパンでしょう。夏ごろにオファー来るかな?いつでも待ってますので、ヨロシク!というか夜露死苦!今日はレロレロでベロベロでピロピロなgauguinでした。―追伸―今日はサントス(三都主)の不在が響いたね。ところで呂比須ワグナーはどこにいるの?まさか、ブラジル?
2005年03月25日

ハゲ。あまり言い響きの言葉ではない。ゲーハー。ひっくり返しても同じ。昔、「ハゲしいな桜井君」なんていうハゲを気にしている青年を主人公にした漫画があったが、私のように20代半ばを過ぎて、峠の向こうに30代の背中が見えてきた今日、少し気になる話題ではある。私は高校生のときに床屋さんに「キミは、髪の毛の質が硬くて、直毛で、本数が多いから絶対にハゲないよ」といわれたことを、唯一の心の支えにして生きてきました。しかし、人生一寸先は闇、何が起こるか分からない。うちの両親は別にフサフサで困っている様子はないのだが、ハゲには、困った隔世遺伝という奴があるらしい。両親ではなく、その両親、つまり祖父母の代からの遺伝という奴だ。私の祖父母は、祖父母と言うと語弊があるかもしれないので、私の祖父は、父方、母方そろって見事にハゲていた。今のところ、私の頭皮に目立った変化はないのだが、いつ発作がおきてもおかしくはない。(発作は言いすぎか?)これが私の現在の悩みである。それならば、そうであるならば、今から上手なハゲ方を考えておいても遅くはないのか。周りを見わたしてみると、ハゲ方にはいろいろな種類がある。簡単に類型化すると、3パターンになるか。1 前から、だんだんおでこが広くなっていく、孫社長型。2 頭のてっぺんから薄くなっていく、アルシンドorジダン型。3 全体的に、中国山地の農村での過疎化のごとく密度が減っていく、掛布(カケフ)型。おやじ臭いのは1である。前からじわじわ迫ってくる、抜け毛の波。どんどん息絶えていく毛根。それに対抗するように、育毛をがんばるが、あえなく撃沈。しょうがないので、まだフサフサな横の髪を持ってくる。それこそ、海原はるか・かなたの漫才のようになってしまう。2もいただけない。自分ではあまり実感がないのに、人からはものすごくハゲに見える。震度がはげしいと、カッパそのものになってしまう危険がある。3も、希少価値があるハゲかただけに、目立つことこの上ない。本人が気づいているのかどうかも分からないので、言及しづらい。どれもいまいちなので、たぶん私は、少しでも自分の頭髪にハゲの兆候が見られたら、一気に剃ってしまうだろう。だって、やはりゴミを捨てるならゴミの山に。チョットハゲもケッコウハゲもハゲはハゲ。だったらいっそのこと、一気にいったらどうなんですか。何て言いながら、ハゲてきたら、リアップなんて買い込んで育毛にいそしみ、不測の事態に備えて、頭の横の毛を伸ばし、バーコードの用意をし、もうだめだ、という時になったら、アデランスやアートネイチャーの広告が、嫌でも目に入るようになるんだろうなぁ。神様おねがい!私をハゲさせないで。今日はこんな話。☆☆☆今日の参考資料☆☆☆パターン1 孫社長お金持ちの面はあやかりたいが・・・ パターン2 アルシンド・ジダン結構かっこいいんだけど・・・パターン3 掛布これはレアこれは面白いからいい。
2005年03月24日
カメライフ。すべてのものが慌しく過ぎ去ってゆくこの現代。何もかもが。そして、人間の一番大切なものである、心さえもが、置き去りにされてしまう、そんな現代社会だからこそ、周りのスピードに自分を無理やり合わせるのではなく、自分自身のスピードで、あなた本来のスピードで、花を見つめ、風を香り、日差しを仰ぎ、魂のスピードで、生きて行こうではないか。だれにも急かされることなく。ゆっくりと、ひとつひとつふみしめながら・・・・カメライフとは、こんな感じの意味ではありません。ただ、電気グルーヴの曲でこんなのあったなぁ。と思ったので付けてみました。少し前に流行った「スローフード」という言葉にせよ、なんか、現代人はいま自分たちが生きているこの社会を、ものすごい病窟、田中真紀子が言うところの「伏魔殿」としてしか見てないのだろうか。現代に生きていること、それ自体が病気なのだろうか。現代に遅れずについていけること。それは病気なのだろうか。なんか、自分の本来の生活のスピードを見直そう!なんて運動がいろいろあるけれども、本来のスピードとは一体なんなのか。原始時代?平安時代?明治時代?どれが本来のスピードなのか。私が思うところ、少し極端な話になってしまいそうだが、人間なんて、機械を発明して自分の奴隷として使えるようになってからは、破滅への道をまっしぐらに突き進むしか、選択の余地はないと思っている。その破滅への道のりの始まりが、機械の従属か、道具の発明、火の使用、二足歩行、どの段階からスタートしたのかはよく分からないが、より便利なものへの志向というのは、人間が本能的に持っているものであり、人間なんて所詮、『便利・快適』この2つを追い求めて、死んでいくものなんじゃないのかな。イカロスのように。じゃあ、ここでちょっと足を止めてみましょう。立ち止まって、わが道を振り返ってみましょう。もうすこし、ゆっくり歩いてみましょう。なんて言ったって、多少の努力では人間は振り返ろうとしない。愛・地球博では、自然と人間との共存をテーマにしているみたいだが、開催自体地球にとっては悪であるだろうし(開催決定のときに散々言われていた)、地球に優しい技術を見せるために、地球を傷つけるといった、諸刃の剣的な側面を持っている。一度動き出した歯車は、もう止まることはない。だからといって、私たちは傍観者で終わってはいけない。私たちは、地球が破滅に向かうスピードをおそくすることができる。リサイクルでも良い。ゴミ拾いでも良い。少しでも地球のために力になれることがあるのなら、全力ですべきである。それが地球に生れ落ちた、私たちの宿命なのではないだろうか。ワタシは地球の未来には絶望しているが、人間の未来には絶望はしていない。大風呂敷を広げすぎたが、今日は、そんな話。
2005年03月23日

なんか日記が書けません。一応、書きかけるんだけど、最後まで続きません。今日書き始めた日記は、『聖書を傍らに携えて・・・・』『第3次お笑いブーム到来!?』『花粉さん、こんにちは。そして・・・』の3つなのであるが、どうも途中まで書いたところで続かなくなっちゃう。というか、ものすごく長くなりそうでヤル気がなくなっちゃう。いつも、思いつきでテーマを決めているので、何の関連性もないテーマが続いてしまいます。たとえば、今日の一番はじめに書き始めた『聖書を傍らに携えて・・・・』はこんな感じの所まで行きました。『聖書を傍らに携えて・・・・』汝、隣人を愛せよ。アーメン。世界で一番出版された書物。それは『聖書』である。聖書にはありがたい御言葉がたくさんあるらしい。私には、上に挙げたものぐらいしか思いつかないが、とにかくたくさんあるらしい。なぜ、日本人は無宗教者が多いのだろうか。唐突に質問を投げかけてみたが、この質問に対する私の回答はない。日本人に無宗教者が多いのかを問うより、なぜキリスト教徒やその他の宗教を信じようとするのか問うてみようか。質問の角度を変えてみたが、これに対する答えも持ち合わせてはいない。ここまで書いたところで、どのように展開していけばいいか分からず、断念してしまいました。特に訴えたいこともないし。だから、ここで気持ちを取り直して、次のテーマで日記を書こう。と決めた。そして、ぱっと思いついたのが『お笑いブーム』これなら結構書けるぞ!と思ったが・・・『第3次お笑いブーム到来!?』だれが名付けたか知らないが、第3次お笑いブームがきているらしい。いつものことだが、こんな風に名前のついた時点で、そのブームは収束に向かうはず。そんなさみしいことはさておいて、お笑いについて少し話してみよう。私の青春時代の前期(いまだに青春時代なので)には、お笑い第2次ブームの『ボキャブラ天国』が大絶賛放映中の時期だった。ネプチューン、フォークダンスde鳴子坂、Boomer、男同士、爆笑問題、海砂利水魚など、今をときめくコンビたちの出世作となったテレビ番組だ。お笑いは好きだけど、ボキャブラはちょっと・・・なんて思っていた僕は、この番組をちょくちょく見る程度だった。そして、幾年かの月日が過ぎ、ボキャブラーたちは、チリヂリになり、広大な芸能界という宇宙に飛び散っていった。そうして、僕はあまりお笑いに興味がなくなっていった。数年後のある日、NHKで『爆笑オンエアバトル』と言う、趣向を凝らした番組が始まることを知る。私のお笑い魂に火がつき、ものすごい途中だが、ここで書く気が失せた。最近では『南海キャンディーズ』が好きだなぁ。というところに話を持っていきたかったが、ものすごい遠い道のりな気がして、リタイヤ。じゃあ、身近なところで。ということで、『花粉さん、こんにちは。そして・・・』精神的に落ち込んでいても、花粉のヤロウは容赦なく襲いかかってくる。「ちょっと、ズボンが脱げちゃったから、タイム」なんていう言い訳は通用しません。しかも、飛散している花粉は目に見えず知らないうちに吸引してしまう。そんないつらいのなら、というかたちの、マスクでもして、完全防備の体制を作ったらどうなのか。なんて言われることもありますが、どうもマスクと言うものは、おいドンは好かんとですたい。「イギリス人男性は、少々の雨では傘をささないんだよ。だって、ジェントルマンだから」と言う言葉を高校のときに聞いてから、「僕もジェントルマンの一人なら、花粉飛び交う中でもマスクなしで行くべき」と、勘違いをしてからもう、8年がたちます。どうも、人前でマスクをするのは、イヤなのです。自分の弱い部分をさらけ出しているようで、イヤなのです。と書き始めて、いい感じかな。と思っていたら、あら寝る時間。もう寝なきゃ。明日も早いんだし。ということで、今回はまだ熟れていない果実ですが、青い果実3つで熟れたやつ1つ分ぐらいにはなるだろうということで、これで終わり。いつか、各々の日記を一つずつ完成させていくかもしれません。しかし、それはまた、別の話。
2005年03月22日

今日は勢いあまって、CDを4枚も買ってしまった。結構な出費だったが、たまにしかCD屋さんに行かないので、毎回買いだめをする羽目になってしまう。ところで、今日買ったCDは、Tokyo No.1 Soul Set私の敬愛する「Tokyo No.1 Soul Set」のベスト版です。ベスト版だと気づかずに買っちゃいました。アルバムなど全部持っているのに。まあいいや。Number GirlナンバーガールのラストライブのCD。前から買おう買おうと思っていたが、今日勢いのあまり買ってしまった。うん。やはりいいね。Daft Punkフランステクノの人気者。前作ディスカバリーはものすごいいいアルバムだった。今回はどうか。まだ聞いてません。BECK ベックの最新作。なんかポップな路線に戻ってきたみたいだけど、まだ聞いてません。聴くのは楽しみだ~。一応、明日ぐらいにじっくり聞く予定。こんな4枚のCDを買ってしまった。別にお金には困っていないので、出費の面では大丈夫だが、こんなに一気にCDを買うことがなかったので、ちょっととまどった。だって、まだ2枚しか聴けてないですもの。私は、結構1枚1枚のCDをじっくり聴くほうなので、4枚しっかり聴けるのは1週間ぐらいかかりそうです。ちなみに、大学を卒業して初めて、「Tokyo No.1 Soul Set」を知っている人と知り合った。ものすごくうれしいことであり、親近感を覚える。このバンドを知っている人は、私と趣味が似ているので、話しやすいことが多い。あぁ。もっと増えてほしいなぁ。
2005年03月21日

今は日本時間28時。もう夜明けが近い。しかし、3月21日の午前4時ではない。あくまで、3月20日の28時です。寝るまでがその前の日に属している気がするし、夜中(明るくなるまで)は、感覚的に前の日と仲がいい。次の日は、朝の6時ぐらいからにして、ちょっと遅い夜食でもいただきませんか?☆☆☆今日のおすすめ☆☆☆ 冷凍クロワッサン コーヒー豆(ブルーマウンテン)たまごベーコンガチャピンこれぐらいかな?夜食、もとい朝食に必要なものは。
2005年03月20日
人生にとって、一番大切なのは「前向き」であることではないだろうか。積極的な態度で、積極的な考え方で、前向きに生きていきましょう。くよくよしている暇があったら、何か行動をしろ。以上、自分への応援歌でした。
2005年03月20日
ノーコメントです。精神力が回復するまでお待ちください。
2005年03月19日

楽天ブログには、楽天アフィリエイトと言う機能がついています。ページをもっておられる方はご存知ではいらっしゃるでしょうが、このページで紹介した商品などを、このページからその売り場へ行って、購入していただくと、私にその購入金額の1%ほどが、利益として舞い込みます。要するに、私がこのページでバンバンいろんな商品を紹介して、皆さんがバンバン買っていただくと、私のふところが、ガンガンあったかくなるというしくみです。とはいうものの、別に私はそんなことをしたくて、このページを開いたわけではありませんし、私にふところに1万入るということは、皆さんのさいふから、合計100万円が飛んでいったことになり、とてもじゃないけど、貧乏な皆さんにしてもらうような行為ではございません。ただ、話の中で出てきた漫画などを、実際に知って欲しくて、なんか、画像付きの「売り場誘導トラップ」を仕掛けただけなので御座います。ところがどっこい(古いかな?)先月のgauguinのアフィリエイト成果報告書のメールを見てびっくり。購入者がいらっしゃるではありませんか。しかし、調べてみると、私には覚えのない購入先。そんなリンク張ったかなぁ?なんて思っているのもつかの間、「もしや!楽天のワナ?」なんて、声が脳下垂体のあたりから聞こえてくる始末。「そうじゃ。そうじゃ。楽天がお前をワナにかけようとしとるんじゃ」あぁ、これは前頭葉のイボイボじじいの声だ。「こんなんでお金が儲かると思わせて、もっとアフィリエイトを張らせようとしとるんですわ。」これは、脊髄のマダム・フランソワーズのお声だ。「いいや、そんなわけないわ。あの楽天がそんなことするわけないじゃないの!」鼻の奥に住んでる、長谷川京子の声だ!「だって、あの三木谷社長だよ。そんなことするはずないじゃん!」これは叶姉妹のライバル、マナ・カナのマナのほう(どっち?)の声だろう。こんな体内会議を繰り広げていても、何の問題も解決しないが、言うことはひとつ。お買い上げ、ありがとうございました。おかげで、私に楽天ポイント21ポイントが加算されました。これで生きてゆけます。っていうか、別に買わなくていいですタイ。そんなはした金欲しくなかとです。どうせ買うなら、ドーンと私にお金をくださいな。参考までに、下にアフィリエイトを張っておくので、興味があったらドウゾ。今日の話にはまったく関係がありません。☆☆☆今日のアフィリエイト☆☆☆フェラーリです。ご購入いただくと私に17万円入ります。南洋真珠18mmUPネックレス・リング・イアリング 3点セットです。ご購入いただくと、私に80万円が振り込まれます。本当にこの値段なのかなぁ?大間産、本マグロ一本です。うまそうだけど・・・これをご購入いただけたら、私に4万5千円入ります。ただし、在庫ナシです。う~ん。残念!
2005年03月18日
風邪がだいたい治りました。皆さんの祈りが通じました。どうも、ありがとう。ところで、病は気からと申しますが、私も、そんな言い伝えを信じている一人で御座います。「ゴホ、ゴホ。なんか、風邪っぽいな」なんて思っていても、体温計すら使わず、気力で生活していれば、風邪なんだと気づかずに治ってしまう気がするのです。しかし、「ゴホ、ゴホ。うん?風邪っぽいな」「じゃあ体温計ではかってみよう」「えっ!38度もあんの?風邪じゃん。あぁ、つらい」というふうに、体温計を使い、体温が高いことを知ると、ものすごく、風邪を引いた気になる。または、ちょっと風邪気味なだけで病院へ行き、「風邪ですか?」「風邪です(キッパリ)」なんて言われて、「やっぱりね!」としてやったりな得意げな顔をしている人もいます。そんな人に限って、家に帰ったとたん、「あぁ、熱があって、もうつらい。早く寝なきゃ」なんて態度になる。こんなんでいいのかな。たしかに、風邪や、その他のいろいろな病気は、症状からどんな病気なのかをすばやく診断して、その病気にあった治療を施すべきである。これは、早期発見、早期治療という、医学の目指すべき到達点であることは間違いない。しかし、私はまだ経験がないから想像するしかないのですが、「糖尿病です!」「高血圧です!」「肥満です!」「肺ガンです!」「高脂血症です!」「メガネがキモイです!」「痛風です!」(私がなりそうなものをあげてみました)なんて、医学の有識者であるお医者さんに烙印を押されたら、「あぁ、おれ○○○なんだ。やばいな」「あと何年、生きられるんだろう」「コンタクトにしようかなぁ」「あぁ。生きる気力がなくなっちゃった・・・」と、デフレスパイラルならぬ、ものすごい悪循環軌道に、自分の気持ちが乗りそうじゃない?これらは、極端な例なのですが、私の言いたいこと分かるかなぁ?つまり、私はこんなことが言いたいのです。私は、心霊現象や、超常現象などはあまり信じないほうなのですが、「言葉の力」、「言霊」は結構信じています。言葉には結構、力があって、その言葉自身にしばられてしまうこともしばしばあります。他人に「お前は、病気だ」と言われれば、「私は病気なんだ」と思ってしまい、自分で自分の気力をそいでしまうことがある。また、他人に「お前は、ブサイクだ」といわれれば、「私はブサイクなんだ」と思ってしまい、鏡で自分の顔を見るたび、どんどん自分の顔が醜く見えてしまう。これは、特に心の病気なんかによく見られることなんですが、ある症状が病気として認定され、病名がつき、治療の対象とみなされたとたん、「ちょっと、心が不安定なだけなんだろうな」と思っていた人が、精神的な病の患者となり、治療無しでは生活ができなくなったりする。誤解しないで欲しいのは、私は別に、すべての病は気力で治せなんて思っているわけではない。そんな考えは、新興宗教に任せておけばよいことで、足の裏を見ればすべてが分かる、「サイコーですかー!」が口ぐせのあいつに一任しておきましょう。(古いかな?)言葉には魂があり、発した人の意図以上に受け手に影響を及ぼす可能性があるので、発言は慎重にしたほうが良いなぁ。なんて思っていることや、もし、ショックなことを言われたり、診断を受けたりしても、あんまりくよくよせずに、気力を充実させて生きていきましょう。なんてことが言いたいのです。単なる風邪の話から、大風呂敷を広げすぎたた感があり、話がこんがらがっているみたいだけど、直す気力はありませんので、あしからず。今日は、こんなお話。
2005年03月17日
あぁ。風邪を引いた。頭がガンガンするし、喉も、扁桃腺の辺りが痛いし、関節も、おじいちゃんになったみたいにギシギシいう。体中がだるくて、胃のあたりがモヤモヤする。食欲があんまりない。こんな風に、自分の症状を書き連ねていると、ものすごい重病にかかったみたい。単なる風邪なのにね。私は、めったに風邪を引かない。本当に、4年に1回ぐらいの割合でしか、引かない。これは、日ごろの生活が品行方正なのと、タバコを1日1箱ぐらいすって、ストレスを解消しているからに違いない。しかし、オリンピックのごとく、4年に1回風邪を引くと、日本柔道のアテネ五輪での快進撃みたいに、風邪の症状がオールスターで襲ってくる。つばを飲み込むと、喉がキーンと痛いし、歩こうとすると、体中が谷亮子5人背負ったみたいに重いし、階段を上がると、ひざの関節が保健所の犬たちみたいにキーキー悲鳴を上げる。こんな私ですので、今日は、早くおねんねしたいと思う。ところで、よく風邪には「あったかくして、早く寝る」のが一番。なんて言葉がありますし、「玉子酒」を飲むと治りやすい。なんていいますが、あなたの知っている風邪の治療法で、なんか良いのありますか?コメントのところでいいので、教えてください。ただし、あんまり真面目に答えられても、面白くないな。
2005年03月16日
私は大人です。結構大人です。タクシーに乗ったら、運賃がいくらであっても、万札を出して、「釣りはいらねいぜぃ」(てやんでぃ口調で)なんてことをやっちゃうぐらい、大人です。「お客様、どちらになさいますか」なんて、マクドナルドで店員に聞かれたら、「メニューに載っているもの全部。お金に糸目はつけねぇぜ」なんて言いながら、店員の頬を札束でペチペチ叩くぐらい大人です。(多少、お金持ちと大人を混同していますが)しかし、まだ20歳をこえて少し。(6年なんて少しです)自分がどれくらい大人かといったら、上手に答えられません。しいて名前をつけるとしたら、今の私は「小大人」(コオトナ)ぐらいかな。結婚したら「中大人」(チュウオトナ)、孫ができたら「大大人」(オオオトナ)と呼び名をつけたらどうか。だって、20歳をこえて何十年も大人って呼ばれつづけるのはイヤだから。私と、35歳・バツイチ・子持ちのひとと、同じ大人っておかしいんじゃない?まだ、そんな人とタイマンはれません。そんな人とでは、勝負になりません。だから、まだ私は「小大人」ぐらいの、小さい呼ばれ方でいいのです。525円を払うのに5円玉を5枚フルに使って払うぐらいの小大人でいいのです。どこかに食べに行くときには、ぴあマップは必需品であるぐらいの小大人でいいのです。ゲーセンでバーバパパのぬいぐるみ2つを3000円かけてとって、「これって、1つ500円ぐらいで買えるんじゃ・・・」と後悔するぐらいでいいのです。そんな小大人の私です。あなたは愛してくれますか?
2005年03月15日

うちには犬が1匹います。名前は「シン」またの名を「イギー」といいます。イギーとは、ジョジョの奇妙な冒険に出てきたイギーに似ているからであり、私は家族の中で一人だけイギーと呼んでいます。あとの皆は、「シン」と呼び、通称「シンちゃん」でとおっている次第であります。この名前は、家に来た当時、「クレヨンしんちゃん」が流行っていたからつけたのであり、ものすごく安直な名前であるといえます。今であれば、飼い犬に「ぺ」とか「ジウ」とかつけるのに似ているね。種類は、ベッキーが日本人とイギリス人のハーフであるのと同じくらいの、ビーグルと雑種のハーフ。まあ、いわゆる「雑種」という奴だ。でも、どれだけ血統がよくても、血筋がよくても、雑種と交わるだけで、すべてが雑種になってしまうとは、イヌの世界は恐ろしい。天皇家のお嬢様が、一般人と結婚して生まれた子どもが・・・・なんか、やばいことを書きそうなので自粛します。まあ、その雑種「シン」であるが、これが結構生きてきた。私が中1の頃からの付き合いなので、もう、かれこれ13年ぐらいになる。イヌで言う13歳とは、結構おじいちゃんであり、還暦を過ぎたあたりなのかな。でも、これが結構元気で、毎日の散歩の時間、えさの時間は、部活無期限停止で、ものすごく野球に飢えた、高校球児みたいに吠えまくる。横っ腹に一発けりを食らわさないと止めないぐらい。(私は東海地方動物愛護団体の副会長補佐なので、断じてそんなことはしませんが)また、ものすごく現金な奴で、どれだけニコニコして近寄っていっても、えさのにおいがしない(媚びてもうまいものが食べられない)と判断すると、コチラに見向きもしてくれない。このときも、グーで後頭部をガツンとやってやんないと、言うことを聞かない。(私は東京ムツゴロウ王国代表取締役員のつもりなので、そんなことはしませんが)たしかに、中学生の終わりぐらいの冬。いろいろなことに悩み、苦しむ時期。イヌの散歩をしながら、満天の星が輝く夜空を見上げながら、「シン」といろいろ語り合ったっけ。あの時は、地球で一番僕を分かってくれる犬(とも)だった。あぁ。あの頃が懐かしい。若かったなぁ。甘酸っぱかったなぁ。青春。まあ、今現在も、青春まっしぐら(青春は35歳まで)の私なので、そんなに懐かしいわけではないが、ここ最近は、あまり犬と遊んでいない。家に帰ってくるのが深夜12時ぐらいだし、家を出るときはあまり時間がない。たまの休日も、家でごろごろしているか、海へウィンドサーフィンしにいく(妄想)か、女性をはべらせてクラブのVIPルームで飲み明かすか(これも妄想)で遊んでやる時間がない。あぁ。久々に遊びたくなってきた。じゃあ、これから「シン」のシッポを「これでもか!」というぐらい、引っ張ってきます。(冗談ですよ。何せ私は、『生類憐みの令』復活委員会書記長なのですから)参考までに。うちのバカイヌの画像を張っておきます。携帯で撮ったので、画像が荒いけど、ご勘弁を。もっと鮮明な画像を見たい方は、私までご連絡を。私の得意な念写で、ポラロイドに写して差し上げます。 どう?バカっぽく見えるでしょ?
2005年03月14日
私がまだ小学生だったころ、妹は幼稚園で、父親は屁がくせーだった。わかるかなぁ?わかんねぇだろな。イェ~イこれは松鶴家千とせのネタである。知っているのは、私より年上の人であろう。ところで、私が小学生だったとき、今の「ファミ通」の前身「ファミコン通信」とゲーム雑誌の覇権を争っていたのが「ファミコンマガジン」通称「ファミマガ」であった。そして、今よりもローテクであった、あの頃のゲームには、バグというか、裏技と言うか、何といえばいいのか分からないが、とにかく面白い技がいろいろあった。コナミコマンド(上・上・下・下・左・右・左・右・B・A)や、ツインビーで、スタートボタンを押した直後に右上をずっと押していると残機数が10機になるetc.こんなようなウラ技を見るために毎週のように買っていた私。しかし、今ではウラ技が、あまり重宝されなくなってきている。これはしょうがないことでもあり、悲しむべきものである。しかし、今日面白いページを見つけて安心しました。確かに、ウラ技はゲームを楽しむ上での重要な要素であるが、もう一つの要素として「早解き」「スーパーテク」などの、そのゲームをとことん突き詰めてやりこむ『やりこみ』というジャンルがあるではないか。今日発見したページは「スーパープレイ動画 保管庫」というところで、新旧いろいろなゲームの「早解き」などが保存されている。「スーパーマリオブラザーズ」の早解きなんかは、神業です。どうやって、ハンマーブロスを踏んでるの?と聞きたくなる。さらには「スーパーマリオカート」もすさまじい。「こうな風にレインボーロードって攻略できるの?」と聞きたくなる。さらには、ゲームには関係ないが、「二歩をして負けてしまうプロ棋士」の映像もある。これはプロならやってはならないミスで、野球で言えば「1アウトしかとっていないのに、ベンチに引っ込むキャッチャー」サッカーで言えば、「キックオフの瞬間にボールを持って走り、相手のゴールのトライ!」なんて感じなんだろう。だって、ものすごく「アチャー!」ってなってたもん。まあ、気になるお方は行ってみてね。じゃあね。
2005年03月13日

ネットの世界にあって、自分の顔をさらけ出すのは厳しい。まあ、私の顔を知っている方もたくさんみえるでしょうが、知らない人は、私をどのように想像したらよいのか。よく、「上戸彩」と「目玉のおやじ」を足して2で割ったような感じ。なんて表現があるが、これは結構分かりづらい。何せ、その場に写真もないし、想像するにも、そのソースがない。だから、私の顔を皆さんに想像しやすいように画像を使って、表現してみたいと思います。☆注意☆著作権、版権などはまったくの無視ですので、お気をつけください。何か、法律上の問題があってクレームがある場合はご連絡ください。私の顔は、以前「ファッグラ」という言葉を作った回にも言いましたが、よく言えば「ぽっちゃり」「ふくよか」「体格が良い」悪く言えば「・・・・」自分で言うと、リストカットをしたくなるので自粛。さらに、メガネをかけている。それがチャームポイントのさそり座でO型の26歳です☆私の顔は + + って感じかな。まあ、最後の福山は、「微調整」ぐらいの意味合いでとってください。比率的には「サンボマスター」80%、「紅の豚」19%、「福山雅治」1%ぐらいです。えっ!分かりづらい?やっぱりそうか。そうだよな。アニメの人物が入っている時点で、分かりづらくなってしまうもんな。じゃあ、次のはどう? + + + こんなもんかな?ソーセージは、まあ感覚みたいなもんだけど、要るかな?なんて。妻夫木は多少なりとも似ているところがあるかもしれません。見ようによっては。特に、鼻毛のはえ方あたりなんかが。たぶんね。えっ!まだうまく想像できない?さっきのは、結構上手に出来た気がするのに・・・なら、もう最後だよ!これで想像できなかったら、もう知らないからね! + これでどうだ!ほら、結構似てるでしょ?「X-GUN」(バツグン)の西尾によく似てるって言われてたから。あぁ。こんなことをやってると、死にたくなるね。
2005年03月12日
今日は書くことがない。何も思いつかない。だから、寝る。ワタシ、モウネル。オヤスミナサイ☆
2005年03月11日
来ましたね。とうとう。私の時代が。そう、『ルーデンス的妄想』の時代が。去年は、韓流、災害が1年のトピックスであり、それは、流行語大賞や、その年を漢字1字で表すコンテスト(正式名称は知らん)などを見れば明らかである。ちなみに、去年の漢字は『災』だった。中越地震や、スマトラ島沖地震など結構ひどいものがたくさんあったからであろう。この流れでいくと、今年の漢字は、『ルーデンス的妄想』の驚異的なヒットのおかげで、『ル』か『デ』とかになりそうだな。漢字じゃないじゃん。なんて突っ込みは無し。なぜ、こんなに鼻息が荒いかって?それはさ、私のページがまた、リンクされたからに決まってるじゃないの。この前の「雲丹女さん」のページに続き、私のページを気に入ってくださって、リンクしてくれたページがあります。その方とは、「mまいdiary☆★」というページです。今回も、私の相互リンク仲間として、コチラからもリンクしておきますので、ぜひ、見に行ってください。って言うか、行け!いってみると分かりますが、私の現実の姿とは似ても似つかないような、かわいらしいページであります。まあ、私にも、自分で言うのもなんですが、かわいらしい面はいろいろあります。たとえば、牛乳を飲むときは必ず小指が立っちゃうこととか、いきなり暗がりから人が出てくると、「オピャ!」って、思わず声を上げてしまうことなどなんですが、まあ、その話はおいておいて、自分のページがほかで紹介されるのは、ものすごくうれしいことであります。だから、私の中では、「雲丹女さん」と「mまいさん」は、私の好きな人ランキングの上位20位には入っています。細かく言うと、好きな人ランキング第17位の「伊集院光」と14位の「うちの近くのコンビニのバイトの女の子」の間に入る健闘ぶりです。ちなみに、目安としてあげるなら、いつもBBSに書いてくれる「なんたら男Kさん」は、好きな人ランキングで言えば、第1481位にランクされています。ね。ものすごく好きだって言うことが分かるでしょ?まあ、実際に会ったことはないけどね。でも、ここは妄想の世界。実際はどうであろうが関係はありません。この文脈だと、上記の2人がいまいちみたいにとられるかもしれませんが、そんなことはありません(一応)というか、一言言わせてもらっていいですか。「雲丹女さん」「mまいさん」好きです!結婚してください!おねがいします。
2005年03月10日
愚痴っていいですか。このページでは暗い話は無しにしようと誓っていたのだが、このままでは、納得がいかん。「王様の耳はロバの耳」のように、どっかに吐き出さないと、精神的にやばい。このまま一人で抱え込んでいるのは無理。でも、勘違いしないで。なぐさめて欲しいわけじゃないから。コメントなんていりませんから。(本当に)ただ、気持ちを整理するために愚痴を書き連ねるだけですから。ということで、最初で最後ですが、愚痴らせてもらいます。今後は絶対に愚痴ることはないでしょう。読みたくない人・興味のない人は読まなくて結構。っていうか、読まないで。読んじゃダメ!お前は読むな!私の職業は、人と接することが多い。さらに、人と出会ったり、別れたりすることも多々ある。そりゃ出会いはいいさ。いろんな人に出会えて、面白くもあり、うれしくもある。ある意味、その人に出会えたことは運命であり、その人とうまくやっていき、接することでいろいろ学ぶことや、人生の糧になるようなことはたくさんある。しかし、この職業にとって、別れほどつらいものはない。ある面では、私の職業は恋愛に似たところがあり、「一緒にいると幸せ」「一緒にいると楽しい」「一緒にいるとためになる」なんていう思いを抱いてもらうことが、私の使命であると思っている。それゆえに、別れは「失恋」とほぼ同義であるような気がする。「あの人と一緒にいるほうが幸せ」「あの人と一緒にいたほうがためになる」なんていう別れ文句を言われているような気がしてものすごく落ち込んでしまう。私がこの日記で落ち込んでいるときは、その「別れ」が判明したときなのである。もう、好きだった人に振られたような気がして1週間ぐらいはブルーな気持ちになってしまう。でも、その別れの理由がはっきりしているなら、まだ納得はできる。「あなたの体臭は、卵の腐ったにおいがするからイヤ」「耳毛が長すぎてイヤ」「話の最後に『ニャ』って付けるからイヤ」とか、別れの際にいってくれれば、次の恋愛のときはその点を改善していこう。という気になる。(実際上のように言われたら、自殺しちゃうぐらいショックだけど)だから、理由のない別れには納得ができない。突然「別れましょ」と宣告されて、自分の元を去っていく。残された男は、自分の今までの行動をいろいろ振り返る。「何か落ち度はなかったか」「わきは臭くなかったか」「ムダ毛の処理はしていたか」たしかにいろいろ思い当たる節はある。しかし、決定的なものは、その男自身には分からない。そして、ものすごい自己嫌悪に陥ってしまう。さらに、自分のすべてがダメなような気がして、ついには富士の樹海へ足が向いてしまう・・・その後、その男の消息を知るものはいない。かっこよくて、一緒にいて楽しくて、自分を磨いてくれる人は確かに魅力的だ。その人になびいてしまうのも、頷けない話ではない。しかし、やはり別れ際に「あなたのここがいけないのよ」なんて、アドバイスしてくれるのが人間ってモンじゃないのか。人間関係ってもんじゃないのかなぁ。「私はあなたと別れるけど、ここを直して、いつか良い人見つけてね」なんてメッセージをくれるのが、暖かい人間なんじゃないの?ねぇ。そうでしょ?別に怒っているわけではない。このむなしさ・悲しさの矛先をどこへ向けたらよいか分からないでいるだけだ。もう、十分に自分にその矛先を向けてきた気がする。だから、もう向ける場所といったら「そちら」しかなかっただけである。ただそれだけのことである。まあ、気を取り直していかないと。大変なことになる気がする。でも、また1週間ほど元気はありませんので、あしからず。ちなみに、私の職業は「ホスト」ではないことは確かである。
2005年03月09日
こんなに早く5000アクセスを達成できるとは思ってもみなかったっス。なぜか知らないけど、後輩口調ですっス。いや、5000っスよ。本当に。私が今まで泣かしてきた女性の数にもうすぐ並んじゃうんですってよ。1月2日にこのブログをはじめて2ヶ月ちょっと。ついに大台にのっちゃいましたっスよ。うれしいことこの上ない。もう、うれしすぎて英語で言えば、最上級の上のマキシマム級でしか表せません。ちなみにマキシマム級とは、ある一部でしか用いられない比較級の最高のものです。たとえばhappy-happier-happiest-happpppiestyonmage発音は「ハッピー・ハッピヤー・ハッピエスト・ハッッッッピエスチョンマゲ」または、good-better-best-chorizo「グッド・ベター・ベスト・チョリソー」または、beautiful-more beautiful-most beautiful-チョーキモチイイ!(流行語大賞)まあ、このマキシマム級は私の体から半径2cmのところでしか通用しませんけどね(正直、書いてて恥ずかしい)でも、このうれしさをだれに伝えたらよいでしょう。やはり、こんな私を生んでくださった母上殿でしょうか。それとも、こんな私を雲の上からいつも御見守りくださっている大塩平八郎様でしょうか(大阪から?)それとも、インタビューのたびにだれにも分からない電波で私にだけ信号を送ってくれる浜崎あゆみ様でしょうか(入院かな?)それとも、うちのアホ犬「シン」にでしょうか(もうすぐ13歳?)それとも、マツダさんかな?(身近なだけに)いやいや、やっぱり、私自身にでしょう。あの有森裕子が「自分を褒めてあげたい」といったのは名言だが、私も、自分にポルシェをあげたいぐらいである。ねぇ、だれかチョウダイ?今夜は、そんな話でしたッス。押忍!
2005年03月08日
読めますか?「餞」餞別(せんべつ)の「セン」なんですが、一文字だと読みにくい漢字の一つです。これは「はなむけ」と読みます。「はなむけ」って、言葉だけきくとなんか変な意味がありそうな言葉である。「はな」は、顔の中でも、一番間抜けなパーツだし(偏見)、野に咲く「はな」も、私にとっては、DonDokoDonの平畠ぐらいどうでもいい存在だ。(山口は日本にとって必要)「むけ」なんてのは、もってのほか。何が「むけ」なのか想像もしたくない。「むけ」からは、「むける」しか連想できなく、「むける」って。と思ってしまう。そんな言葉が2つ結びついた「はなむけ」はその言葉自体、結構間抜けな言葉になるだろう。沖縄のおかし「ちんすこう」(甘すぎ)と並ぶほど、ネーミングセンスがない。ところで、「はなむけ」とは、Yahoo!辞書によると、《昔、旅に出る人の道中の無事を祈って、乗る馬の鼻をその行く先へ向けてやったところから》旅立つ人の安全を祈り、前途を祝して、酒食をもてなしたり、品物を贈ったりすること。また、その品物。餞別(せんべつ)。はなむけ。ということらしい。人に餞として言葉をおくるのは、かっこいい。それこそ、海援隊の「贈る言葉」である。「人は悲しみが多いほど、人にはやさしくできるのだから~」結局「贈る言葉」って、これなのかな?岡本真夜のtomorrowにも似たような歌詞があったような・・・私は、職業柄、人と出会ったり、別れたりすることが多い。そんな別れる人に、餞の言葉を差し上げたい。贈りたいのはやまやまだ。本当に贈ってあげたい。でも。思いつかない。なんか最後の言葉だと思うと、ものすごく良いこと言わないといけない気がして気合が入りすぎちゃって、言えない。「なぜ高い山に登るのかって?」「ふん。それはそこに山があるからさ」なんて登山家マロリーみたいにさらっと言ってのけたい。(本当これは冗談で言ったみたいだけど)「それではお別れです。みなさんサ・ヨ・ウ・・ナ・・・・r(涙をこらえて)」「み、みんな・・(泣きながら)」「一生、みんなのこと忘れないから。ず~っと。ず~っとだよ。zutto!(ウインクしながら)」「我が人生に一片の悔いなし!(突っ立って)」「神様は、人に背負えない重荷は背負わさないんだよ。アーメン(神父風に)」いろんな候補を挙げてみたが、どれもいまいち。こんな時間に、こんなことを考えているって・・・(朝の6時)死んだほうがいいのかな。俺。今日は、そんな話。☆追伸☆またまた「雲丹女さん」のページで私のページが紹介されちゃいました。やばいね。YA・BA・I・NE!このままいくと4月ぐらいには「愛・地球博」をしのぐ話題性を持ってしまう。頭の良いお笑い芸人は、ブレイクしだすと出演を少し減らし、あまりヒートアップするのを嫌うらしい。このページもヒートアップする前にどこかに隠遁する必要があるかも。いや、本当に。本当?
2005年03月07日
この歌を聴け!今日は命令口調で行くぞ!3月2日にアルバムが出たぞ!私の好きだった「ナンバーガール」のCDだ!「好きだった」とはもう解散してしまったからだ!それで出たアルバムはベスト版+αだ!興味を抱け!どんな音楽か、だぁ?そんなん聴いてみろ!説明なんてするか!とりあえず、聴け!でも、このバンドは普通のアルバムよりライブアルバムのほうがいい!だから、もし聴いて気に入ったら、ライブアルバムを買え!そして悶えろ!あんまり小さいCD屋さんにはおいてないかもしれないぞ!探せ!探し回れ!そして買え!買ったら聴け!涙しろ!そして風になれ!あの空に浮かぶ、真っ白い雲のようになれ!大志を抱け!さらに今月には私の敬愛する「Tokyo No.1 Soul Set」の新譜が出るぞ!5年ぶりぐらいだぞ!待ちくたびれたぞ!余裕があるならこれも買え!普通のCD屋には売ってないぞ、コラ!がんばって探せ!地中深く掘ってでも探せ!セントレアぐらいまで探せ!そして聴け!そこで、死んだ曽祖父を思い出せ!やさしかったあの人を思い出せ!そして泣け!思いっきり泣け!あいつの胸で泣け!涙で沖ノ鳥島が沈没するぐらい泣け!そして星になれ!あの人のもとへと・・・・
2005年03月06日
パチンコパ・チ・ン・コ改めて発音すると、奇妙な言葉だな。今日はパチンコについて、少し書きたい。私はパチンコはやりません。ましてや、パチスロなんてものもやりません。だって、お金の無駄でしょ?でも、昔結構そそられたことがある。私が高校生時代、うちの母は、パチンコにはまっていた。毎日のようにパチンコ屋へ行き、朝から、夕ご飯を作る前まで、ずっとパチンコをしていた。かなり、パチンコがうまいほうで、1ヶ月に20万ぐらい稼いできていたらしい。おばさんのパートよりも時給がいい。(今はやってないみたいだけど)それを見ていた私は、「そんなに簡単なら、おらにもできるかな?」なんて勘違いをし、パチンコの打ち方を少し母に学んだだけで、1万円を持って、パチンコに出かけた。当時の1万円は、今の5万円ぐらいの価値があるお金で、結構な大勝負だった。でも、早かった。なくなるのが。1時間も、もたなかった。本当にへこんだ。1時間で1万円がなくなったことに。でも、今となってはいい経験だったと思う。だって、パチンコなんてあほらしくてやってらんねー。なんて思うから。1万円で、その後の結構なお金を節約できていると考えれば。どうせ、そのとき当たっていれば、今頃はまっていたに違いない。人生はプラス思考である。パチンコなんて、親父のやることで、若いモンがやるものではない!もっと、時間を有効に使え!ギャンブルなんて、負けるだけじゃ!こつこつ、まじめに働け!とはいいながら、パチンコよりディープな競馬はやめられない私であった。(つづく)
2005年03月05日
不毛な遊びが好きな人、この指と~まれ!私は大学時代、ものすごく暇をもてあましていた。時間をあげるから、お金を頂戴。ねえ、ねぇったら。神様!将軍様!そうだ!今度の七夕には、短冊に「時間とお金を交換してください」と書こうかな。叶えられるかなぁ。なんて、妄想しておりました。そこで、思いついた遊び。名付けて「風が吹くと、おけ屋が儲かる?」ゲームであるよく、ことわざ?として、「風が吹くとおけ屋が儲かる」というのがあるが、これは、「風が吹くと、寒いからみんな風呂屋に行くので、おけが足りなくなって、みんなおけ屋に殺到するから」ではなく、(私は高校までこう思っていた)風が吹くと、砂埃がたつ砂埃がたつと人の目に入る目に入ると目を悪くする目を悪くすると失明する失明すると仕事は三味線引き三味線引きは三味線が必要三味線には猫の皮が必要猫の皮を捕るには猫を殺す猫が減ると鼠が増える鼠が増えると桶が囓られる桶が囓られると桶を買う桶が売れると桶屋が儲かるなんていう、結構長ったらしい内容である。これは、物事には因果関係があり、その関係を皮肉ったものだとされています。これを利用して、関係のないものに因果関係を付けてみようというゲームを思いつきました。大学のときにね。たとえば、「中国で蝶々が羽ばたくと、アメリカでハリケーンが起こる」なんていう、有名な「バタフライ理論」なんていうのがあります。これは元は「気象に関することは、何が原因でおこるか分かったもんじゃない」という意味をこめられて使われたものであるらしいのだが、最近では少し変わった意味で使われている。では、このバタフライ理論に因果関係を作ってみよう。このバタフライ理論の間にストーリーを作りましょう。中国で蝶々が羽ばたく中国の子どもたちがその蝶々を追いかけて、野山を駆け回る野山の草花が踏みにじられる「中国自然保護の会」の人々が子どもたちを虐待する子どもたちの親が「うちの子供になんてことを」と「中国自然保護の会」を訴える裁判には弁護士が必要で、アメリカから敏腕弁護士を連れてくる「子どもの親」勝訴。弁護士アメリカに帰国。しかし、中国から伝染病を持ち帰るアメリカ国民が、その伝染病に冒される黒人も白人もヒスパニックもみんなが病気になる2億人がくしゃみが止まらなくなるそして、フロリダ州の3000万人が一斉にくしゃみをしたそのとき火星から「ホヂアジョス星人」襲来ブッシュ大統領に「降伏」を勧告ブッシュ、これを拒否怒ったホヂアジョス星人「ハリケーン製造マシーン」を使用アメリカでハリケーン発生(途中までの話はあまり関係ないが)こんな感じかな。これには想像力と、相当量の馬鹿さが必要です。ではLet's try!お題北海道にサクラが咲くと、卑弥呼がよみがえる
2005年03月04日

人間の体は面白い。いろいろなものを見ている目でさえ、時々おかしくなる。そんな錯覚を起こしてしまう画像を2つ紹介。錯覚1 「あれ?回ってない?」 本当に動いてません。マウスカーソルを置いてみると、そこだけ回らなくなります。錯覚2 「うん?チカチカするぞ?」 う~ん。不思議ですねぇ。
2005年03月03日

忘れてました。1枚画像を張ろうと思ってたんだ。今が旬のものなので。早くはっとかないと。いや~。似てるね。
2005年03月02日
面白い事実が判明!なんか、私のページが他の人のところで紹介されているらしい。そのページは「雲丹女のキス ~PARIS・TOKYO 妄想の日々~」というところです。最近、異様にアクセスが多くて「個人情報漏洩?」「僕って、サトラレ?」「僕のページに徳川埋蔵金が?」「ルーデンス的妄想ブーム?」「韓流ならぬ、ルーデン流?」「ジャニーズの陰謀?」「キッコロの怨念?」なんて、いらぬ心配をしておりましたが、杞憂に終わりました。私が、雲丹女さんのページで、何と「妄想仲間」として、登録されているではありませんか。あぁ「妄想仲間」って・・・いいネーミングだな。いや、本当に。「妄想仲間」だけに・・・・・・あぁ!いいたとえが浮かばないや。目の前が、なんかぼやけちゃって。あれっ?なんだろう?この目から出てくる水は。まさか!こ、これが!あの伝説の!夢にまで見た、あの・・・(妄想終了)もう感謝、感激、雨あられ。秀樹、感激!(そんな年代じゃないけど)Thank you for introducing me to others!(合ってんのかな?)forのあとは、動名詞です。えいごのきほ~ん。ほら!メモっとけ!片方だけリンクしてもらうのは申し訳ないので、コチラもリンクさせていただきます。「Book Marks」に「妄想仲間」として、登録しておきますので、見に行ってください。っていうか、行け!これで晴れて、生まれて初めての、生涯初の、gauguin史上初の、昭和53年にこの世に生を受けてからはじめて、26歳と4ヶ月にして始めて、「相互リンク」なるものが成立しました。皆様、gauguinに盛大な拍手をお願いいたします。P.S.ところで、「雲丹女」って読めますか?私は、はじめ「ワンタンオンナ」だと思ってました。
2005年03月02日
まだ、書く気にはなれません。いかんせん、いろいろ忙しく、気にかかることがたくさんあるのであります。来週ぐらいに復活するかも。乗れるのかな?
2005年03月01日
別にスランプではないけど、日記を書く気力がわきません。気力が復活するのを、気長に待っててね。これでもくらえ!この画像の中にある顔をどれくらいの時間で見つけられたかによって、右脳がどれだけ発達しているかが分かるそうです。ちなみに私は15秒ぐらいかかりました。
2005年03月01日
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