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「義経」を見た。豪華なキャストだった。でもなんか画質がおかしかった。うちのテレビのせいなのだろうか。たしかにプラズマテレビではない。ハイビジョンでもない。液晶テレビでもない。なんか変だった。バブルのころのテレビドラマみたいだった。「冬のソナタ」みたいな画質だった。流行なのか。ジュリアナ東京のお立ち台が頭に浮かんだ。懐かしい感じがした。でも違和感のほうが大きかった。何でだろう 。安いCGを使っていた。最近の仮面ライダーの方がましだ。わざわざ使う必要があるのか。美輪明宏は「キラーン」と出てくる必要はない。意味不明だ。何でだろう 。滝沢クンはがんばっていた。思ったよりは。香取君よりは。でも、まだまだだった。まあ、後半になればうまくなるかも、と思った。がまんがまん。また視聴率が取れなくなるのかな。そうだろうな。あぁ。NHK受難のときだ。唯一の国営テレビ局なのに。何でだろう 。「義経」は次回が山場だ。弁慶との出会いがある。そこで終わりで良いんじゃない?まだやるの?あと1年も?だらだらと?もっとましなのを見せてくれ。お金は払ってないけど。ひそかに上戸彩には期待。ここでひとつ変わったページをご紹介コチラです→不思議です。注意:ブラウザの「戻る」は使わないこと! いろいろ見て回ること!
2005年01月31日

早速、ファンダンショコラさんのお勧めの通り(オススメアリガトウ)今日は漫喫で「ツバサ」と「ホリック」の2つのCLAMP作品を読みました。まさに、善はいそげ。フォンダンショコラとは「ホリック」がネタ元なのですかね。この2作品は、結構異色な存在の漫画だと思う。連載している雑誌は異なるけれど、有機的に(モコナという生き物?で)つながっていて、片方のキャラがもう片方の漫画にひょっこり顔を出したりする。これはもう、CLAMPぐらい、いろいろなところで連載している作家にしかできない離れ業である。たしかに、ドラゴンボールにもアラレちゃんが出演したことはあったが、同時連載でお互いにやり取りしあうのは見たことがない。しかし、「攻殻機動隊」を見ずに「イノセンス」を見るように(分かるかな?この例え)正直なところ「カードキャプターサクラ」やほかのCLAMP作品を知らずにこの2作品を見るのはちょっとつらい。イメージで言えば、例えは古いが「ジャンプ」のキャラクターが集合して新たな冒険を作り上げる「ファミコンジャンプ」(多分あまり知らないだろうけど)に似たおもむきがある。CLAMP作品にどっぷりつかっている人にはこれでもか、これでもかとキャラクターが出てきてものすごく面白い作品なんだと思う。これは、別につまらないといいたいわけではない。とくに「ホリック」の方は、最近よくある「何か不思議なもの、得体の知れないもの」にまつわる数々のエピソードがうまくまとめられていて読みやすい。また「ツバサ」のほうは、少年漫画の伝統にのっとって、戦い、友情、成長、新しい世界への旅立ち、なんていう、なんともつぼを押さえた作品に仕上がっている(別に悪い意味ではない)。少年漫画CLAMP風味といった感じかな?私の感想は、言い方に少しとげがあるように見えるかもしれないが、どうも「面白い!」とか「普通!」ですませるのはどうも性格に合わないので、あしからず。絵に関して言えば、少女漫画の作家だけあって少女漫画独特の文法(CLAMP独自?)や少年漫画にはない線などが堪能できて、新鮮な感じを受ける。見慣れていない私にとっては「ツバサ」の1話が「ホリック」の1話と入れ替わっていてもきずかないかも知れないが一目でCLAMPの漫画だと思わせる画風、オリジナリティーはすばらしいものがある。なんか、ほめているのか、けなしているのか分からなくなってきたが少年漫画しか読まない少年たちにとってこのCLAMP体験は己の世界を広げる上では欠かせないものになるだろうし、CLAMPが好きな人にとっては、この上なくよい作品になるであろう。そのどちらでもなく、「サクラちゃん、萌え~~っ」なんて趣向のない私にとっては、CLAMPの世界という新しい文化に触れるいい機会になったんじゃないかな。☆☆☆今日の参考資料☆☆☆
2005年01月30日

最近お気に入りの「ぞう」がいます。ぞうのエルマーです。小さい子が読む絵本の主人公で、皆さんも知っているかもしれません。なんか、このぞうが気に入っちゃいました。デザイン的にとても良い。メルヘンチックで良い。子供心にかえるようで良い。参考資料1 参考資料2 参考資料3 では。また明日。--追記--今日から、日記の文字をいろいろ工夫するつもりです。少し見にくいかもしれませんが、ご了承ください。ぞうのエルマー↓
2005年01月29日
来週はものすごい寒波が押し寄せてくるんだって。今年一番(まだ今年は始まったばっかりだけど)の寒さなんだって。寒そうだね。こんなときは、こんなときには、体をホットにする曲。そう。そうさ。ロックを聴こうぜ!ところで「聴こうぜ!」ってなにさ。「~ぜ!」って、言ってて恥ずかしいな。実際使っているのはあまり聴いたことない言葉だな。「歯を磨こうぜ!」「漫喫行こうぜ!」「結婚しようぜ!」「墓参り行こうぜ!」「はしかを治そうぜ!」「おしくらまんじゅうしようぜ!」「洗濯物をたたもうぜ!」「今、夜中の2時半だぜ!」いろいろ使ってみても、やっぱり不自然だ。こんなセリフをはけるのは、ロック歌手しかいない!(無理やり?)「ロック」とは何か。これを説明するには、何かのインタビューでベックが言っていたことがいい参考になる。彼が言うには、 ロックとは、音楽の形ではない。 それは、精神的な形なんだ。 たとえば、今ここで僕がいすを持ち上げるだろ? それがロックさ。なんて、ことを言っていたような、言ってなかったような。ベックが言いたかったのは ロックとは「非日常」によく似ている。 今ここで、いすを持ち上げるって、 これは、現実的ではないだろ? ロックは歌っている内容は、身近な問題だったりするけど 「歌っている」「音楽を奏でている」 そのこと自体は、やはり「非日常」じゃない? その、「非日常」の世界に身を浸して、 みんな!ロックしようぜ!こんな感じかな。ものすごく適当な解釈だけどベックの言いたいことは大体くみ取ったと思う。(本当か?)まあ、ロックとは精神であり、バラードだろうが、ヘビメタだろうがラップだろうが、ヒップホップだろうが、歌っている人、作った人がロックの精神を持っているならば、その曲はロックといっていい。2004年(去年)はロック生誕50周年だった。ロックの歴史は、エルヴィス・プレスリーまでさかのぼる。そのプレスリーがデビューしたのは50年ほど前、1954年のことである。それから、ビートルズや、ジミ・ヘンドリクス、レッド・ツェペリン、ピストルズ、デビット・ボウイ、ニルヴァーナなどを経て現在に至っている。以上に上げた人々は、現在のロックを作った人たちであり、大人になるまでに聴いておかないといけない人たちでもある。これらの人々を知らずして「ロック」という言葉を安易に使ってはいけない。ダメ。ゼッタイ。という私も、あんまり聴いていないんだけどね。しかし、いろいろ聴いて自分なりのロックを作り上げるのが、世界中の男の子の使命なのではないだろうか。(別に男尊女卑ではない)それでは、また会おうぜ!(ベタ?) --追伸--タイトルから「ホモ」を取りました。なんか、勘違いされるといけないから・・・ついでなんで、今日見つけた面白いページを紹介します。まったくもって何のために開いているページなのか分かりません。だれが書いてるのかな?犬かな?見たい方は→コチラ
2005年01月28日
もし、あなたの知らない行為が、アナタの家庭以外のすべての家庭で行われていたら。あなたはどうしますか。ああ。紹介が遅れました。みなさんこんばんは。ミステリーハンターのgauguinです。もうすぐ節分です。それで思い出したのだが、私の大学のときの友人の家庭には世にも不思議な風習があったそうだ。節分といえば一般的には豆をまいて、歳の数だけ豆を食べるといった、まったくもってどうでもいい行事なのだが、その家庭では1年に1回やってくる、とても盛大な行事だったようだ。その行事とは以下のような感じらしい。まず、真っ暗にした部屋(どこに人がいるか分からないぐらい)に友人と弟がスタンバイする。そこへ、両親がやってきて、なんかいろんなものをまき始める。そのまくものとは、ポテトチップスやポッキーなどのお菓子やら、チーズなどのような食品やなんといっても一番大事なのが、「お金」である。そのまかれるものを目は使わず耳だけで判断して、まずはお金を優先して暗闇をまさぐるそうだ。おかげで、床に落ちたのが10円なのか、500円なのか、全然音がしそうもない紙幣なのかを聞き分けることができるようになったという。そして、すべてまき終わった後、弟と二人で自分がとったものを見せ合い、自分の欲しいものがあればトレードをしていたらしい。友人は、この風習がすべての家庭で行われていると中学生ぐらいまで信じていて、なんとなく他の人に言ってみて、他の家庭では行われていないことを知って愕然としたらしい。また、両親ともに地元の出身であるのに、地元ではそんな風習は行われてなく、その起源はなぞのままであるという。あなたの家庭にも、自分は普通と思っているが実はどこの家庭でも行われていない風習はありませんか。「おやすみなさいと言うときは、必ずウインクしないといけない」とか、「冷蔵庫は絶対2秒以上開けてはいけない」とか、「目玉焼きは、必ず白身、黄身の順に食べないといけない」とか、「家に入るときには、合言葉を言わないといけない」とか、「風呂あがりには、すぐパジャマを着てはいけない。そのほうが風邪をひかないから」とか、あぁ、なんかいいのが思いつかないね。やはり「現実は小説よりも奇なり」という言葉は正しいね。でも多分、私の家庭(将来、実現可能?)では友人宅で行われていた節分の風習をやってみるつもりです。なんか面白そうだし。味気ない節分が、盛大なイベントになっていいんじゃない?では。さらば。■次回予告■明日は「ロック」を題材に書く予定です。「ロック」とは何ぞや?お楽しみに。
2005年01月27日

1200ヒット御礼。はちきれんばかりのgauguinです。うれしいですね。アクセスが増えるっていうのは。ものすごく自分が人気者になった気がして、自分の顔写真がヨン様になってしまうぐらい。私も、大物芸能人の仲間入りか。まだ、ソウルの女王、和田アキ子には肩を並べられないけど出川哲郎の上は越えていった感じがする。(あくまで感じだが)今までの1日のアクセス数の平均は50アクセスなのでこのまま12月31日までいったら今年はあと340日あるので340×50=17000アクセスだ。私はあと50年ぐらい生きる予定なので17000×50=850000アクセスになる計算になる。850000だよ?「はちじゅうごまん」ですよ。福沢諭吉で言えば85人必要だし、樋口一葉なら170人も必要だ。ましてや野口英世なら850人もいるんだぜ。うわぁ。この駄ページがそんな膨大な人の目に触れるのか。大体センター試験を受ける人が60万人ぐらいなので大学進学を考えている人がすべて私のページを見ることとなる。これは結構すごいぞ。これは、日本中の若者が私のページを見ていると言っても言い過ぎではあるまい。いや、日本中のすべての人が見ていることとほぼ同じことだ。自分の粗ページが見られるということは、大勢の前で素っ裸で立っている感覚に似ている。ものすごく恥ずかしく、でも少し気持ちがいい。露出狂なのかな。まあ、私の根気と興味が続く限りこのページは存続していきます。では、今日のテーマに話を移しましょう。今のゲームはぬるい!これが私の最近のゲームに関して思う感想です。昔は、自分で買ったゲームでさえクリアできないことなんてざらにあった。これはものすごく悔しいことだけど、どうしてもクリアできないゲームも存在した。たしかに、今はゲームの製作料も上昇しているし、ゲームの単価も上がっているのであるていど簡単にしてあげないとだれも買わなくなる心配はある。しかし、中ボスやボスで、あるいは雑魚キャラ相手でも簡単に全滅してしまうゲームが緊張感のある、いいゲームであると思うのだが。こんな私の印象に強く残っているのがRPGでドラクエと2大巨頭を形成しているFFシリーズの3作目「FF3」である。FF3は私の中では、FFシリーズ最高傑作といってよい。なにせ難しい。また、ストーリーも秀逸だ。だって、逃げるのに失敗すると後ろからの攻撃ということで敵の攻撃が10倍位のダメージになったり、小さくなったまま(自分たちにミニマムをかける)ダンジョンを1つクリアしないといけなかったり、最後のダンジョンには1つもセーブするところがなくまた、敵から逃げると危ないので、すべての敵と戦っていくと中ボスに達するまでに3時間ぐらいかかるし、4匹の中ボスはとてつもなく強く、ボスはもっと強い。ボスまで倒そうとするとダンジョン入ってから合計で5時間ぐらいかかる。これは、小学校の私には結構つらかった。しかし、かなり苦労したおかげでとても印象に残っている。初めてボスを倒したときのことを、今でもおぼえているぐらいだ。一応FFシリーズは3から10ぐらいまでやったことがある。FF10はもう大学生だったので、なんか途中で飽きてしまって最後までいっていないのだがやはり印象に残っているのがFF3である。その次はFF4かな。このあたりまで書いてきて思ったことがひとつ。小学生高学年ぐらいにやったゲームが一番印象に残るのが普通なのではないか。自分のお金(お年玉とか)で買うことが多くなる年代でもあるし、学校でも結構、ゲームの話をするし、ゲームばかりやってしまう年頃である。この年代にやったゲームがその人の脳裏に深くやきつくのは至極当然の話である。でも、こんな分析をすると味気ないので止めましょう。まあ、なんといっても私にとっての最高のFFはFF3である。それ以上でもそれ以下でもない。☆☆☆今日の参考資料☆☆☆
2005年01月26日
皆さんこんばんは。ストレートヘアーのgauguinです。社会人になってあまりテレビを見なくなりました。テレビを見る暇がないのと、面白いテレビがやっているであろう時間は仕事中だからです。しかし、こんな私でも、唯一ビデオにとってまで見たい番組があります。それが、今夜紹介する「きらきらアフロ」ですこの番組は、私が大学生のときにはじまりました。かれこれ、3年ぐらい見続けています。私がこんなにテレビの番組を見続けているのははじめての事で、それほど面白い番組だと、自信を持って皆さんに紹介することができます。番組の内容は、ただ鶴瓶と松嶋(オセロ)がしゃべっているだけなのですが、これが結構面白い。というか、私は鶴瓶が大好きで、昔でいえば「パペポTV」「らくごのご」などをよく見ていました(皆さんはまったく分からないでしょうが・・・)私はどうも落語家上がりの人が好きみたいです。鶴瓶の番組はなんか心惹かれてしまうし、伊集院光も好きな芸能人の一人です。別に見た目が・・・というわけではないのですが、落語家上がりの芸能人は話術に長けていて、日本古来の間というものが身に付いている人たちです。そんな人たちが好きな私は自分が日本人であると再認識してしまいます。「きらきらアフロ」この番組が面白いと思うか、そうでないか、が私と感覚が似ているかの物差しになるでしょう。このあたりでは、金曜日の深夜12時10分ぐらいから放送中です。チャンネルは「テレビ愛知」です。また、再放送が日曜日のお昼にやっていたように思います。深夜がつらい方はそちらをドウゾ。ぜひ、一度お試しあれ。公式ページはコチラへ
2005年01月25日
お久しぶりです。1日休みをいただいたgauguinです。ところで、パク・ヨンハってだれですか?チャ・ドンゴン?イ・ビョンボン?チャ・ブンクン?ノ・ジュンユン?チェ・ヨンスン?ノ・ムヒョン?キム・デジュン?知っている限りの韓国人の名前を挙げてみたが、過去のひとが多い。チャ・ブンクンなんて知っている人いるのかな。結構前の韓国サッカーチームの監督だよね。いや、さっき挙げた名前の中で、下の5人は知っている。だけど、上の3人はまったく分からない。名前は聞くんだけどなぁ。「冬のソナタ」から始まった「韓流ブーム」それにつられて、日本に大量輸入されてきた韓国の有名人ただの、一時的なブームなのかもしれない。または、これから日本にしつこく根付くものかもしれない。でも、それでも、私はこのブームには乗りたくありません。流行っているものにすぐ飛びつくのは、なんか気恥ずかしくてしょうがない。まあ、マンガに関してはそんなこともないんだけど・・・韓流ブームの何が嫌って、韓国人俳優はまだしも、韓国人の歌手が、日本語で一生懸命歌を歌うのが嫌。「日本人の皆さん。みんなに分かりやすいように、下手だけど、日本語で歌うので、聴いてください。」というメッセージがこめられていそうで嫌。ただのひねくれモンなのかもしれないが、日本人に媚びている感じがして嫌。もともと、韓国人はあまり好きではないので(向こうもそうでしょ?)それが増幅されたただけのかもしれないが、なんか嫌。私は、海外に1回行った事がある。それが何と韓国です。これには、病むに病まれぬ事情があった。でも、この体験で気づいたこと。外国人が、流暢に違う国の言葉を話しているのは、なんか気持ち悪い。韓国のテレビを見ていたとき、韓国の語学番組がやっていた。日本でいう、「フランス語講座」みたいなものである。そこで見た光景というのが、フランス人が流暢に「韓国語」を話しているものである。日本で見ると、特に不思議には感じなかったけれど、韓国で見ると、フランス人が韓国語を話している光景がものすごく奇妙な感じがした。「ボンジュール」なんてかっこいい言葉を話す(私の感覚)フランス人が、「アニョハセヨ!」と言っている。「スパシーバ」なんて言葉を話すロシア人が、「カムサムニダ」と言うではないか。これは、いざじっくり考えてみると結構変なことのように思える。「いや、別に普通ジャン」こんな風に横浜弁で言える人は国際感覚豊かな人物なのであろう。しかし、私の体には「島国根性」が染み付いていて、「うわぁ、なんか鼻の高い人たちが来たぞー!」「南蛮人って、サルの脳みそを好んで食べるんだって。」「俺たちも、焼いて食われるかもしれないぞ」「飛行機で攻めてきたら、この竹やりで落としてしまえ!」「鬼畜米英の兵隊は、鬼のように怖いんだって。」「ぜいたくは敵だぁー!」「欲しがりません。勝つまでは」こんな偏見が、私の中にはある。(ちょっと、極端すぎたかな)しかし、島国という、外敵がやって来にくい地理的条件の国に生まれた民族には、外からの人々を上手に受け入れる器のようなものが生まれつき備わっていない。これは、結構顔が似ている韓国人や中国人に対してもそうである。しかし、この感覚をうまく身に付けていかないとこれからの国際化社会において日本人は世界から置いてけぼりを食らってしまうのであろう。みなさん。私に代わって、外国の方々と仲良くしてください。私には無理です。がんばってね。-PR-こんな感覚を身に付けたいなら、現在公開中の「パッチギ!」を見るべし。このあたりの映画館ではAMCリバーサイドモール16真正で公開しています。私も多分見に行きます。公式ページはコチラ 別にPRしても何の得もないけど。
2005年01月24日

皆さんこんばんは。ねむけまなこのgauguinです。なんかスゴクねー?(語尾上げお願いします)日記が一週間も続くなんて。こんなの初めて!こんなに続くと思わなかったyo。俺ってサイコ-?はぁーっ。そんなことないか。普通か。やっぱりね。そうだよな。当たり前だもんな。普通以下かな。サイテイだね。ぼくって。すぐ調子に乗って。ああぁ。ぁぁぅなんてひとり言を言っている場合ではないんだよ。チミ。そこのキミ。私は誰だ。そうだ。gauguinだ。そんなことだから、若者に負けちゃうんだよ。でも若者に負けないように、日々がんばっているつもりだよ。最新のマンガも結構読んでいるほうだしね。だって『鋼の錬金術師』をチェックしている20代半ばってあんましいないよ。別に『ガンガン』を毎月読んでいるわけではないけれど。でも一応チェックは欠かしていないよ。コミックを買っているだけだけどね。まあ『鋼の~』って人気あるよな。暗い過去を背負った少年が幾多の困難を乗り越えて立ちふさがる敵をやっつけて仲間との友情を深めつつ成長しつつ巨大な悪に立ち向かうこんなストーリーだったかな。ものすごく抽象的にストーリーを書いてみたけどこれってよくある話じゃない?これは、ジャンプで人気の『NARUTO』にもあてはまる。暗い過去(九尾の狐)を背負った少年が幾多の困難(中忍試験)を乗り越えて立ちふさがる敵(砂の我亜羅など)をやっつけて仲間との友情を深めつつ(いろいろ)成長しつつ(螺旋丸習得)巨大な悪に立ち向かう(大蛇丸など)ほら。おなじでしょ。このようなものごとの見方を「構造的」に見ると言います。これについての細かいことは、大学にいってから学びましょう。大体、少年漫画はその構造、いいかえればその骨格が似ていることが多い。これは仕方のないところでもある。少年漫画、いやメジャー誌のマンガには大きな使命がある。「売れること」ただ、それだけ。そのためには、世の少年少女が好むようなありとあらゆる手を使う。よくある手は、主人公を多少かっこよくすること。これは、ものすごくかっこいいのはいけない。ただ、魅力的なだけでいい。この主人公設定は、『三国志』に通じるところである。劉備という大志を抱いた男を中心として関羽、張飛、趙雲という豪傑や諸葛亮といった智謀を持った人物などがきら星のように集まり物語を構成していく。これは『水滸伝』も同じ。また、主人公とサブキャラの人気の逆転現象が起こるとそれはヒットした証になる。古いところでは「SALM DUNK」では、流川が圧倒的な人気だったし、「幽々白書」では、飛影や蔵馬が人気だったし。まあ、こんな感じで、いかにサブに魅力的なキャラがそろえられるかが少年漫画においては、第1のヒットする条件であろう。また、マンガのヒットのバロメーターになるのが「同人誌」である。この前、近くの「アニメイト」に入ってみた。これがはじめてであった。本当です。いや、本当だって。そこにあるのは、アニメのDVDやフィギアや「同人誌」であった。私のリサーチ(見て回っただけだが)によると、最近の「同人誌」界の流行は『鋼の錬金術師』『テニスの王子様』『NARUTO』であった。「同人誌」の世界は、もしもこんなシチュエーションだったらマンガの主人公たちはどんな行動をするのだろうかなどといった、ifの世界、いわゆる妄想の純化された世界である。それは、ソフトなものからハードなものまで、さまざまである。「同人誌」の内容をよく表す言葉として「やおい」という言葉がある。これは「やまなし」「おちなし」「いみなし」の頭文字をとったものであり、「同人誌」という媒体においては読者を過剰に喜ばせる必要がない(ただの作者の妄想の記述だから)ので、とくに「やま」、いわゆるクライマックスを作る必要がなく、「おち」といった、物語のまとめも必要なく、「いみ」のような、万人に通用する感覚は入れる必要はない。別に「同人誌」を嫌悪しているわけでもなく、ただの妄想のかたまりなのだから、このページとあまり、根本は変わらないような気がする。ただ、誤解しないように言っておきますが「同人誌」に興味はありません。(マジで本当)なぜここまで知っているかって。それは秘密。思いつくままに書いていったら、まとまりのない文章になってしまった。今は午前1時半夜空に星が光り、私を呼んでいる。行かなくちゃ。早く行かなくちゃ。置いてかれちゃうよ。☆☆☆今日の参考資料☆☆☆
2005年01月22日
どうも。みんなのアイドルgauguinです。今夜もよろしく。 私は2chねらーではないのですが、大人のたしなみ(?)として2chは時々見ます。あの巨大な掲示板は、匿名で、自分の言いたいことが好きなように書き込める点においては、史上まれに見るすばらしいメディアであると思う。やはり、匿名というのがみそであり、自分の心底思っている本音を、十分にぶちまけることができます。 しかし、人間は匿名であると凶暴性が増す傾向にあるようです。心理学で、ガラスの向こうにいる人(お互いに顔が見える)にスイッチを押して電流を流す実験をしたとき、素顔の人はあまりスイッチを押さないのに対して、仮面をかぶった人はかなりの回数スイッチを押すようです。これは当たり前のように思われますが、実際にデータとして現れてくると、少し怖いような気がします。人間は、生まれたときから人に対する攻撃性を身に付けているのでしょうか。それを、社会という仮面の下に忍ばせながら生活をしているのでしょうかww また、2chに限らず、ネットの世界では、独特の文法が見受けられます。これまでに2回使いましたが、wという記号が顕著な例です。これは(笑)が省略されてできたものであると考えられますが、どうも私は、こういう記号を使うのはなんか気恥ずかしいです。 このような記号を使うといかにも「私はネットの世界にどっぷりつかってマース」という自己アピールをしているように思われて仕方がないのですw。 しかし、これからこの日記を続けていくにあたって、このようなネットの文法とでも言うべき記号に慣れていかねばならぬと思い、今回がんばって使っていこうと思います。 まだ慣れていないので使い方があやまっている箇所が多数あるかもしれませんがあしからず。 特に興味はないんだけど、一応タイトルに「日本の難民認定について」と書いた手前、それについて少し書いておかないといけませんね(;´Д`) まあ、このテーマ自体たまたま聞いたラジオでやってたやつ(TBSラジオ「アクセス」)をパクっただけなんだけどね。 難民が日本にキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! 日本は世界一難民を受け入れるのが嫌いな国です。難民とは、自国の政府などに何の罪もないのに迫害や虐殺される危険があるために、他国へ保護を求めて逃げ出す人々の事を指します。 何の罪もないのに、政府にゴルァ!と目を付けられ、ウマ-とやっていた生活が脅かされるようになったら、それは逃げるほかありません。それはさぞかし悲痛な思いでしょう _| ̄|○ 島国である日本には、他国から難民が来ることは歴史上あまりありませんでした。だから、難民が来るたびに(゚Д゚)アア!とおどろき、щ(゚Д゚щ)カモーン!!なんて気持ちにはさらさらなれません。それは、 多少しょうがないところがあります。 しかし、常任理事国入りを目指している手前、国際的な責任を果たしていくことは大切なことであり・・・・・・ もうつかれました(早い?)。やはり慣れないことはするべきではありませんね。大して記号にも興味はないし、ましてや難民についても。たしかに難民を保護してあげることは人権的見地から見ても大切なことではあります。しかし、いざ難民を保護したところで、自分の隣の家にいきなり引越してきてもらっても、それはそれで対応に困ります。どう接していいのやら。 「大変でしたねぇ」は、同情してるみたいでなんか嫌だし、「国へ帰れ!」は非道だし、「今晩うちで難民パーティーやりましょうか」は不謹慎だし、「結婚してください」は唐突だし、いい言葉が浮かばないね。 適当に書いてたら結構な分量になってしまった。ひとまずここで、今日は終わりにします。とは言っても、また明日続きを書くわけではありません。 では、最後に占いをひとつ。 presented by ガンダーラ しし座のアナタ 2005年はハエに注意 おとめ座のアナタ 霊柩車に触れると吉 山羊座のアナタ 点字ブロックをよく見てみよう。何かいいことがあるかも では。またいつか。
2005年01月21日
みなさまこんばんは。まだ傷心中ののgauguinです。 最近、結構力を入れて(?)日記みたいなものを書いてきましたが、このままの勢いで行くと、4月の声を聞く前に飽きてしまって、このページが閉鎖になってしまいそうです。 そんな事態を回避するために、今日は、ゲーセンのUFOキャッチャーのアームぐらい、力を抜いていきたいと思う。 最近本を読んでいません。いや、本当に。 文学部出身というと、ものすごく本を読んでいる印象があるみたいですが、活字は基本的にあまり好きではありません。 母に聞いた話なので、これは自分の記憶ではないのですが、私は幼稚園ぐらいのときはあまりちゃんとした日本語がしゃべれなかったそうです。 「ぼく、ごはん、たべる。」とか、 「あれ、たべる、おいしい、ぼく」とか、 「おもちゃ、おでこ、まいご、ルイ14世。」とか、 「キリン、おちょこ、スパゲッティ、アメリゴ・ヴェスプッチ。」など。 なんていう感じで、単語を羅列する傾向があったそうです。これを心配した母が、私を毎日のように図書館へ連れて行って、紙芝居を読ませて、しっかりしゃべれるようになったとさ。 図書館によく行った記憶は少しあるのだが、しっかりしゃべれなかったことを知ったのは、高校生のときです。 アインシュタインが子どものころ、脳みそのシナプスとよばれる情報伝達機関が多すぎて、しゃべりたいことが脳内でこんがらがってしまって言葉が出てこないことがよくあったそうな。このことを知っていた私は、「もしかして、幼稚園のときに言葉をうまくしゃべれなかったのは、僕が天才だからか?」なんて、大きな勘違いをしていました。(すぐに、それは違うだろ。と思い直しましたが) これが、私がよくセリフ、話をかんでしまう原因です。 そんなことを告白してどうなるのでしょう。 まあ、いいや。 ではここで、最近気になる漫画を紹介。 PLUTO(豪華版)(1) この作品は、「モンスター」「Yawara!」「Happy!」「マスターキートン」などで、知られる浦沢直樹の作品です。手塚治虫の鉄腕アトム「地上最大のロボット」という、連載1回分を1つの作品としてリメイクしたものです。ビックコミック・オリジナルという微妙な雑誌で連載しているのであまり目に触れることはないかもしれませんが、これは面白くなりそうです。ぜひ、ご堪能あれ。 ではでは。
2005年01月20日

こんばんは。ちょっぴりさみしい気持ちのgauguinです。 「ニューヨークへ行きたいかー!」 このセリフを知っている人は多分20歳をこえているでしょう。1998年に一度復活したので、10代の人でも知っているのかもしれませんが。 これは、かの有名な「アメリカ横断ウルトラクイズ」の中で、福留アナウンサーが挨拶代わりに発していた言葉です。 「アメリカ横断ウルトラクイズ」とは1977年(まだ私も生まれていない)から、1992年まで、毎年1回、計16回放送された日本テレビのテレビ番組です。第1次予選の○×クイズから始まり、成田空港でのじゃんけん、飛行機の中のペーパーテスト、海岸での間違えると泥んこになってしまうドロンコクイズ。少し思い出すだけで、さまざまな形式のクイズが出てきます。 この番組の復活を切々と願う今日この頃です 今日この話題を取り上げたのは、私ことgauguinが無類のクイズ好きであるがゆえです。私のモットーは「知識は浅く、広く」であります。ただ、ひとつのジャンルの知識を、この世のだれにも負けないぐらい盛っている人は、尊敬に値します。これはたしかなことなのですが、これは私には合いません。最近ゲームすら満足にクリアできなくなっている私は、人より、ひとつの物事に熱中できる時間が短いようです。いろいろなことに興味を持ち、少しずつかじりながら生きてきたのが、この私です。 突然ですが、第1問! ニューヨークの自由の女神像 STATUE OF LIBERTY がアメリカ合衆国の硬貨に描かれたのは1986年100周年記念の時が初めてである。 ○か×か?(解答は一番下) こんなの、分かるわけがない。 「知力・体力・時の運」が必要だとはよく言ったもんだ。ちなみにこれは、1992年第16回の時の第1問である。 しかし、テレビを見ている子ども時代の私(小学生)は、将来絶対にウルトラクイズに出てやるぞと、ひそかに思い続けていたのであります。ところが、ウルトラクイズは1992年に放送終了となり、1998年に復活したときも、私は貧乏な大学生で、とても会場までいけるような余裕はありませんでした。このもやもやをどうしてくれようか。 そんな気持ちを解消してくれるものが、なんとゲームセンターにありました。 その名も「クイズ マジックアカデミー」 これは、全国のゲーセンとオンラインでつながっていて、全国の人たちと、クイズで対戦できるというゲームです。要するに、地元にいながら北海道や、鹿児島や、沖縄の人とクイズで対戦することができるということです。 まあ、私はコナミの宣伝マンではないので、紹介はこれぐらいにしておきますが、これは結構面白いです。 興味のある方はこちらへ 「ゲームセンターなんて、不良の行くところですよ。お坊ちゃん。」 と、毎日のように爺やに言われていた中学生時代、私はあまりゲームセンターに出入りしませんでした。というか、格闘ゲームとか苦手なので、行ってもお金がなくなるだけだし、たまにからまれたりするしね。 でも、そこにいる全国の人たちは、結構しょぼい。 いがらし寒月、大川緋芭、猫井 椿、もこなの 女性4名からなる創作集団の名前は? なんて問題が出題されるのだが、こんなのCLAMPに決まってるでしょ?ちなみに、私はCLAMPにはまったく興味はないのだが(本当です)、これぐらいのことは知っている。たしか、大川が原作などストーリーを考えて、もこながおもに作画を担当していたような。後の二人は知らん。 これは、漫画を多少読んでいるものにとっては常識なのであると思う。でも、私の常識と思っていることは、世間的に常識ではないことがままある。 2年前ぐらいにテレビでやっていた「マンハッタンラブストーリー」はTOKIOの松岡が主演で、脚本はあのクドカンこと宮藤官九郎でしょ?このドラマはまったく見てない(これも本当)けど、これぐらいのことは知っていますよ。 別に私は、自分の知識を見せびらかして、優越感に浸りたいのではない。でも、これぐらいは知っていないと、クイズなんてやっちゃいけないでしょ? こんな愚痴を言いたくなるほど全国の人たちは、たいしたことはない。たまに負けちゃうことはあるけれども、私は、ひりひりした戦いがやりたいんです。まあ、夜中の12時ぐらい(仕事帰り)にゲーセンに行くことが多いので、そんな時間に日本全国のゲーセンにいる奴なんて、不良か、暇なサラリーマンか、無職の奴(最近の言葉で言えばニート)か、フリーターか、不良か、フリーターか、不良ぐらいなもんだ。なんか、自分は、暇なサラリーマンに入っているような気がするけど。 こんなことを書くと、もっと仕事をしろ!新傾向問題の採点はしたのか?なんて思う人がいるかもしれないが、私の息抜きです。しょうがない。そうでしょ?結構ストレスがたまるんです。 いろいろ書き連ねてきましたが、この日記は、何かを伝えたいものではありません。私の日々思ったこと、最近興味のあることを適当に書いていく、興味本位の日記です。 だから、この日記の内容に関しての直接の質問は厳禁です。ここで言う直接とは、実際に私に会って質問することを指します。ていうか、お前誰だか知らないし、質問できるわけないじゃん、なんて思う人は無視してくれていいですが、分かりましたか?みなさん。13歳~15歳ぐらいのみなさん。いいですか。 最近、アクセスが結構多い気がします。これはうれしいようで、恥ずかしいようで、なんか変な気分です。例えるなら、渋谷のスクランブル交差点で、ふんどし一丁でヒップホップのダンスをおどるような感じです。分かる? あまり暇ではないのだが(これも本当)、この日記はほぼ毎日更新していくつもりなので、温かく見守ってください。 では、おやすみなさい。☆☆☆今日の参考資料☆☆☆ クイズの答え ○
2005年01月19日

皆さんこんばんは。ちょっと悲しい気持ちのgauguinです。 楽天ブログはだれかの考えたテーマで、それについての意見をみんなで、書いていくという機能があります。これは、ウェブログ自体が、もともと何かテーマを持って、それについて議論する場として考えられたことに由来する機能であります。今では、ただの日記帳になっていますけど。 まだ、日記を付け始めて2週間ぐらいしかたっていないけれど、書くネタが思いつかないときは、誰かのテーマを使って、それに対する自分の思いなどを書き綴っていこうと思うしだいであります。というか、今日はネタがありません。 だから、誰かの挙げていたテーマ『リストカット』について書きたいと思うのである。 リストカット。略してリスカ。 これは自殺などで、手首を切ることを指します。 年々、自殺者数が増え続け、平成15年度にはその数何と34427人にまで達しています(参照) 。私の住んでいる町の人口が約14万人なので、その約3分の1が1年間に自殺していることになります。 東京ドームでいえば、観客が最高で55000人入るので、その過半数が死ぬことになります。 広島市民球場は、収容人数32000人だから、そこにいるすべての人が死んでしまうことになります。 それだけの人が、自らの命を絶っているということは、どういうことなのだろうか。本当に考えさせられることであります。 なんて、普通『リストカット』というテーマを選べば、こんな感じで書き進めていくのが一般的なのですが、今回はこんな真面目な話をしたいのではありません。 だから、もう一度初めからいきます。(結構不謹慎な話なので、そういうのが嫌いな方はここで止めといたほうがよろしいかと。) リストカット。略してリスカ。 略すとなんかまぬけな言葉だなあ。 『リストカット』自体はいい言葉ではありません。何か忌み嫌われる言葉のように感じます。また、聞くだけで何かいたーーーい気持ちになります。 しかし、それを略してしまうと、少しファンシーな感じがしてしまうのは私だけだろうか。 炭酸入りグレープ飲料『リスカ』新発売!(無果汁) 東山動物園に新しいコアラの赤ちゃん誕生! その名も『リスカ』ちゃん。 「おい『リスカ』持ったか?」 「あ。忘れてた。これがないと電車に乗れないもんなぁ。」 急な神経痛、関節の痛みには『リスカ』がよく効きます。 など、とても不謹慎な妄想だけど、なんかありそうな気がするでしょ?これが、日本文化特有の「略すとなんかまぬけになってしまう現象」略して「略まぬ」だ! いたね。「ワンピース」にこんなやつ。「ワンピース」はあまり熱心に読んでいるほうではないけど、確か「バロックワークス」とかいう会社の「Mr.4」という名前で。たしか、モグラみたいに攻撃するやつと一緒にいたような。(おぼろげですまん)そいつは、セリフを極限にまで略してしゃべっていたっけ。例えば「このこぶしを受けてみろ!」というセリフを「この受け!」や「こ受!」や「こ!」なんてね。 これは現代のすべての言葉を略してしまおうという若者に対する、尾田栄一郎の痛烈な批判と受け取っていいだろう。彼は、このキャラクターを用いて「あんまり略しすぎると、通じなくなるよ。」と若者に訴えたかったのではないだろうか。考えすぎか? 話がそれてしまったので、戻そう。 私は、ものの名前を略すのが好きではない。 「ミスター・チルドレン」略して「ミスチル」 うわぁ。なんか書いてて恥ずかしい。まぬけな気がする。 だって「ミスチル」でしょ? 「ミ・ス・チ・ル」ですよ? 「ミ・ソ・シ・ル」や「エ・ス・プ・リ」や「ミ・ス・コ・ン」や 「キ・ス・す・る?」や「イ・ル・ボ・ン」(韓国語で日本)や 「ミ・カ・ヅ・キ・モ」なんかに似てない? 似てるでしょ? ねぇ、似てるって言って。 だから、私はあまりものの名前を略さないようにしている。なんか恥ずかしいから。 まあ、一般的になった略称はいいかもしれない。国際連合略して「国連」。特別急行、略して「特急」。ハイ・ソサイエティー、略してハイソ。谷亮子、略して「柔ちゃん」など。 最近よく略されているもので言えば、「アジアン・カンフー・ジェネレーション」略して「アジカン」、「渡る世間は鬼ばかり」略して「渡鬼」、「ブラッド・ピット」略して「ブラピ」、「冬のソナタ」略して「冬ソナ」、などがある。 ところで、これらは略さないといけないのか? ここで、ひとつ実験をしてみよう。 「アジアン・カンフー・ジェネレーション」と「アジカン」 それぞれ発音するのにどれだけ時間がかかるのだろうか。 早速やってみた。 結果 「アジアン・カンフー・ジェネレーション」 1.26秒 「アジカン」 0.20秒 たしかに「アジカン」のほうが1秒ほど短い。これは便利だ。 しかし、1秒節約したからといって、何になるというのだ。そんなに時間が惜しいか?1秒あれば、英単語が1つでも覚わるか? ちりも積もれば山となる。これはたしかだ。私が生涯「アジカン」という言葉を1000回はなつとしよう。それで「アジアン・カンフー・ジェネレーション」と言うより、1000秒の節約になる。時間に直すと16分ぐらいだ。これはこれで、有意義にすごせるかも知れない。16分あれば、「プロポーズ」だってできる。絶対1000回も言わないけど。 だが、そんなに急いでどうするんだ。「狭い日本。そんなに急いでどこへ行く。」という標語があったように、何も強引に略さなくてもいいのではないか。 略したほうが愛着がわく? ふん。それがどうした。 そんなの、俺には関係ない。俺はどうせ一匹狼だ。 俺は、世の中に逆行して生きてやる。 それが俺の行き方だからさ。 どうというオチのない文章になってしまったが、妄想はこれぐらいにしておこう。拙者は眠いので。 では、これまで。 みなさん、さようなら。略して「みなさよ!」(ベタ?ベタと言えば )■■■今日の参考資料■■■
2005年01月18日

スタミナがない。 これが私のゲームに関する悩みです。 中・高生のころは1日何時間でもゲームに熱中することができたのに。 買っても、買ってもクリアができません。 クリアするまで、ゲーム・スタミナ(造語)がもちません。 去年買ったゲームはすべて、中途半端で終わっています。 なぜだろう? 年かな? ドラクエ8はものすごく期待した作品だった。 予約して、 発売日に買って、 買い物に行かなくてもいいように買いだめして、 体調を整えて、 いざ、ゲーーーム! ここまでは面白かった。遠足の前の日みたいで。 ワクワクした。 でも、ここまで。 ここまでしかもたない。 マラソンでいえば、42,195キロのうちの0,195キロを全力で走って棄権したみたいな感じだ。 なぜなのか。 これに関する分析はあるていどはできている。 やはり、社会人になってお金と時間の価値が変化してきていることが挙げられる。 中・高生のころは、なけなしのお金をはたいてゲームを買った。だから、全力で遊ばないと、とてももったいない気がしてた。そして、時間が有り余るほどあった。時間をあげるから、お金を頂戴、ねぇ、時間どろぼうさん。と本気で思っていた。 しかし今はどうだ。時間がない。なんかゲームに費やしているともったいない気がする。お金をあげるから、時間をかえして、ねぇ。別にクリアしなくても、お金はもったいなくは感じない。多少楽しめればいいか。なんて思う自分がここにいる。まあ、不可逆性が時間の一番の性質ならば、しょうがない。あの時間は、もう戻ってはこない。 が、学生マインド カムバーーーック! これが私の望みです。 せっかくゲームを買っても存分に楽しめない。これはやはりツマラナイ。 よし決めた。 もうゲームは買わないぞ。 買うもんか。 でも、せめてドラクエ8ぐらいはクリアしたいなぁ・・・☆☆☆今日の参考資料☆☆☆モモ 著者ミヒャエル・エンデ
2005年01月17日
私はとんかつが好きです。 でも、アンカツはあまり好きではありません。 アンガールズは、もっと好きではありません。 ナリタセンチュリーね。 ああいたね。 日経新春杯に。 断然の一番人気だったね。 きれいに飛んだね。 花火みたいにね。 ちょっと詩人ぽく(?)書いてみましたが、どうも納得できません。仕方ないのかな。 哲三も悪い。武も悪い。買った私も悪い。 でも納得いかんとです。 あぁ。このやるせない気持ち何にぶつけよう。 あの不利さえなければ突き抜けてたかもしれないなぁ。 たぶん。 コーナーでついてけないこと自体微妙なんだけどね。 たぶん。 競り合ったら負けてたのかな。 たぶん。 まあ、それはそれ。これはこれ。 アンカツの調子が非常に悪い。 強いのに乗っていることが多いので余計に取捨に困る。 スランプか? なんか悩みでもあるのか? 笠松競馬のことか? 嫁さんの不倫のことか?(ウソ) なんかよう分からんけど、いまだに2勝しかしていません。 あなたは岐阜県民の星でしょ? えっ? そうなの? 本当? Really? じゃあ、がんばりなよ。 期待してるゾ。 来週は絶対買わないけどね。
2005年01月16日
この前の日曜日「あるある大辞典2」で低炭水化物ダイエットが紹介されていた。こちらを参照 炭水化物が肥満の原因になっていることは前から知っていたが、番組で紹介されると、とってもまずいことのように感じるのは私だけでしょうか。 私だけ? ラーメンを食べると絶対チャーハンが食べたくなるのは。 私だけ? お好み焼きはご飯のおかずだと思っているのは。 私だけ? 「ごはんのおかわりOK」という文字を見ると、食べないとすごい損した気持ちになるのは。 私だけ? バナナはご飯で、おやつではないと思っているのは。 なんて、炭水化物過多の生活を過ごしている私は、肥満度指数全開デス。このままいくと、孫の顔を見る前に、いやいやお嫁さんの顔を拝む前に、いやいや、ドイツワールドカップを見る前に、いやいや、愛知万博が始まる前に死んでしまうのdeath。まあ、見た目も人生も太く短く。ってそれは、いやぁぁぁぁぁぁ! 現代の世の中は欺瞞に満ちている。いや、炭水化物に満ちていると言い換えたほうがいいかもしれない。それほど、炭水化物を気にすると食べるものがなくなってしまう。これが、たった3日間ではあるが、低炭水化物ダイエットを試みようとしている男の持った、第一の感想である。 「お昼、何にしようかなぁ」 「カツ丼は?」 「ご飯ものは勘弁してよ」 「じゃあ、パスタなんてどう?」 「小麦粉製品だしなあ 炭水化物を多分に含んでそうだな。」 「じゃあ、ピザは?」 「それも小麦粉」 「うどんなんていいんじゃない?」 「結局それも、小麦粉でしょ」 「ビーフンなんてカロリー低そうじゃない?」 「それは米粉なんだよなあ」 「ならば、コーンフレークでどうじゃ?」 「っていうか、穀物は、大体炭水化物なんじゃ!」 「なら、お前は何を食うんじゃ コノヤロー」 「うるせえーな もう、お前の指図は受けねーぞ」 「じゃあ、一人で昆布でもしゃぶってな」 「ああそうするよ じゃあな あばよ!」 こんな会話が毎回の昼食の買い物のときに、脳内で繰り広げられてしまいます。すべては妄想です。しかし、この一人芝居でお分かりの通り、炭水化物抜きでは、満足に昼食もたべれません。テレビでは、炭水化物さえおさえれば焼肉も食べ放題!カロリーを気にする必要はありません!なんて、キャッチセールスのようなうまい話をしていたけれども、そんな生活僕にはできません。毎日焼肉?そんな金はどこにもありません。それはそれで、体にものすごく悪そうだし。 だからここに宣言します!“私、gauguinは「低炭水化物ダイエット」から、今日限り、引退させていただきます! gauguinは永久に不滅です!” はあ。すっきりした。 でも、自分の忍耐力の無さをこんな感じで告白するのも恥ずかしいな。 では、お別れに短歌を詠んで差し上げましょう。 これからも 炭水化物を 見てしまう そんなわたしを どうかゆるして お粗末でした。 では、また会える日まで。
2005年01月14日

「あなたの前世はアルトリコーダーです!」 なんて細木数子いわれたら、微妙な感じがするね。生物じゃないし。でも最近、自分の前世は楽器なのではないかと思うようになってたりして。 というのも、なんか私こと[gauguin]は音楽に関するものがとても好きなのじゃ。しかしそれはとても偏っていて、別に作曲してみたりするわけではないんだよな。そんなことが好きなんだったら、自分の前世は作曲家か、はたまた指揮者か、それともジョン・レノンか、いやはや、尺八奏者か。なんて優越感にひたっちゃうのに(最後のやつはどうでもいいが)。 そんなことは無く、絶対音感も当然無く、絶対トランペットも音を出せそうに無いなと思うのに、音楽に関する映画やマンガに心惹かれてしまうのです。なんかドキドキしてしまうのです。すごくときめいちゃうんです。胸キュン(死語?)してしまうのです。そんな私です。お母さんお元気ですか。 まあ、音楽をテーマとしたマンガや映画は、青春ドラマの風味が必ずと言っていいほど混入されており、作品として成り立ちやすく、読みやすい作品が作りやすいのも事実である。「何の変哲も無い高校生の女の子の集団がビッグバンドに興味を持ってジャズに挑戦。」なんてアイデアは結構面白いものができる可能性は高い。また、「森の中にあるピアノに触れながら育った少年が、実はピアノの才能があり、秀才のピアノ奏者とぶつかりあいながら成長していく」とかもマンガにすると描きやすいネタだね。(ちなみにこれは私の今思いついたアイデアなので盗作厳禁!) まあ、映画はいいにしろ、マンガにおいては音楽をどのように表現するかは結構な問題である。ただ、♪を並べておけばよいなんて考えは手塚治虫のころの考えであり、最近では歌っている表情や、疾走感、勢い、熱気、などを書き込むことによってリアリティーを持たせていることが多い。 この点では、少年漫画よりは少女漫画のほうがテクニックとしての空白の使い方や、スクリーントーンなどを使って効果的に表現するのが得意なぶん、音楽を表現するのがうまいと思う。この点でも、「のだめ!カンタービレ」が最近面白い。なんか、言葉で説明しても面白くないので、興味があれば読んでみてください。 なんか話題があやふやでもやもや病(どんな病気かあまり知りませんが、響きだけで)みたいになってしまいましたが、これで終わります。ありがとうございました。では、また合える日を楽しみにしています。ではでは。●●●今日の参考資料●●●
2005年01月13日
こんばんは。gauguinことビッケです。いやまちがえた。ビッケことダンナです。いやいやまちがえた・・(略) ネットの世界に足を突っ込んでまだ3年ぐらいの若造ですが、ことあるごとにハンドルネームやらIDやら、パスワードやらを聞かれて、どんな文字列がよいのか分からなくなっている私です。まあ、上に挙げたとおり「gauguin」か「ビッケ」か「ダンナ」の3パターンを繰り返しているだけなんだけどね。 gauguinとは「ガウグイン」と読むのではなく「ゴーギャン」と発音します。これはあのフランスの著名な画家の名前です。印象派に分類される画家の一人で、印象的な色使いが特徴です。というか、大好きな画家なのデス。 ビッケとは「小さなバイキング ビッケ(参考資料)」からの命名ではなく、私の敬愛するグループ「Tokyo No.1 Soul Set」のビッケからいただいたものです(本人の了承は無いですが)。 ダンナとは私の大学時代のあだ名「ダンナ」からきています。大学入学当初、「どんなあだ名で呼ばれたい?」なんて、ナンセンスな質問をするやからがいたので、「そんなのはそっちが付けるんだろ!」と、言ってやりたかったが、そこをこらえて「俺ってなんかふけ顔だし『ダンナ』なんてよばれたら面白いかな」と答えてやったら、そのあだ名になってしまった。まあ、これはこれで愛着のあるあだ名なんデス。 こんな3つの名前を使いこなす私とは一体・・・(続)
2005年01月12日

ブログをはじめて1週間とちょっと。日々の日記を書き続けるのも結構つらいことが判明。もうすでに2日に1回のペースでしか日記が更新できなくなくなっている。まあ、自分のペースで行けば問題ないのだが、多少なりとも人に読まれる可能性のあるものとしては、とても満足はできないレベルである。だから、ここで思い切って、いろいろな文体を試していきたいと思います。読みやすく、かつ、面白い日記が書けるようになるまで実験していきます。 最近いろいろ忙しく、好きなことをやってる暇がないでガンス。こういうのを、「ネコの手も借りたい」なんで表現するのだけれども、なぜネコなんだろうね。もっと役に立ちそうな手はいくらでもあるのに。たとえば「クマの手も借りたい」にしたらどうだろうか。なんか痛そうな響きがするけど、実際に食べると蜂蜜で甘くなっているという話も聞くし、実益も兼ねてこの方がいいんじゃない。まあ、手を借りる前に食われちゃいそうだけど・・・。 それよりも、「親父の手を借りる」とかにしたほうが畜生の手を借りるよりもっともらしいんじゃないかな。でも、「親父の手はかりたくな~い」とか、「親父ってキモ~い」とか、「親父の手を借りるぐらいだったら死んだほうがましだ」、「お父さんにも殴られたことないのに・・・」なんて青臭いことを言う奴が出てきたりするからだめなのかな。そんな奴には「子どもだからさ」ということばを浴びせるとして、やはり困ったときには親のすねをかじるのが一番でヤンス。 そんな忙しいさなか、いろいろネットを探っていると、面白いページに出くわすことがありんす。たとえば、下のリンクのようなページです。http://pr1.cgiboy.com/S/1103571/(勝手にリンクしてごめんなさい)( *´艸`*)現代の流行をつくるのが女性であることは十二分に承知しているが、はじめ「文字化け?」と思うぐらい、判読不明な記号がちりばめられています。これはこれで面白いんですけどね。次のこれなんかちょっとおじさんには読むのつらいな。[前略プロフ] 麻穂O 弥依O 知里大すちO ぁたそだけの知里だと思ってまそが何ヵ??? も―知里愛∪てるO ぁたそがぁかn事ゃってもO 黙ってなぃでちゃnと『ぁかn』て言ってくれるO まぢ助かるO 素 これからもぃぱ―ぃ絡もなO ぅちらずっとまぶゃぞO 素 ここまでくると、違う星のことばに思えてくるね。なんか半角カタカナを多用するのが流行らしいね。(こう言っている時点でとてもおじさん臭いが) コレカラハワタシモツカッテミヨウカナァ。ベツニ-コウイウノガスキデヤッテルワケデハナインダケドォナンカオモシロイヨネ。イブンかコウリュウトデモイウノカシラァ。イブンかはブンカノカガミトイワレテイテ、ソレニセッスルコトデ、ジブンノブンカノトクチョウガァよ~くワカルトイウジャナイ。 いま、結構まじめなこと言ったんだけど、半角カナだと説得力ないね。こういうものが世の中にはびこるなんて、世の中はまだ捨てたもんじゃないね。 ヂャァ、コウレイノマンガヲショウカイシママママママ~~~ス『ペット』三宅乱丈 これは、ものすごく有名な作品ではないけど、秀作といえるだろう。『ぶっせん』で有名になった作者は、他人の心に入り込むことができる「ペット」というものを次の作品のテーマとして選んだ。人間の心にはヤマとタニがあり、ヤマとは、その人が今までの人生の中で経験した一番いい思い出であり、その人の精神的支柱になるものである。人間の無意識の世界をマンガとして描き出したこの作品は、設定こそファンタジックなものではあるが、その内容は深くて重い。 とにかく読むべし。 睡魔が襲ってきました。ああ。
2005年01月11日

変則的な3日間開催の正月競馬に参加しました。とっても暇だったので、72レース中25レースも参加してしまい、生涯2回目の万馬券を当てたにもかかわらず回収率が100%を切ってしまいました。やはりまだ買い方がうまくないようです。これからも精進して、回収率150%を目指していきたいな。 ではここで、マンガの紹介をば。『蒼天航路』王欣太(原案 李學仁) 三国志のマンガといえば一応その主役は劉備である事が一般的です。横山光輝の三国志も例外ではありません。そして、曹操といえば悪の親玉みたいな書かれ方をしているのが現状です。しかし、この作品はその曹操を主役としたマンガであり、その活躍ぶりが堪能できます。 また、三国志の前半の主役呂布についての解釈が面白いのもこのマンガの特徴です。 ゲームであれ、伝説であれ、呂布といえば三国志の世界で一番武芸に秀でた人物です。ゲームで言えば「武力100」の最強のキャラです。しかし、それにもかかわらず横山光輝三国志では武芸に秀でた普通の武将のように描かれていて、そのすごさがあまり伝わってきません。その点、この蒼天航路における呂布は常人の3倍ぐらいの体格を持ち、荒れ狂う駿馬「赤兎馬」をのりこなし、矛を振り回せば20人ぐらいの死者が出るといったスケールです。この呂布の描き方はその伝説を納得させるものであり、これが真の呂布であると信じさせてしまう説得力があります。 この作品は三国志をエンターテイメントに特化させた作品であると言えますが、三国志自体、『三国志演義』という正史を元に繰り広げられる娯楽小説を基本にしているので、このはちゃめちゃぶりは許容範囲であるでしょう。 皆さんも、蒼天航路の世界をご堪能あれ。 それでは時間です。では。
2005年01月10日
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「だれがなんと言おうと、タバコを愛してる」 これは、奥田民生の『たばこのみ』の歌詞の1部である。昨今、禁煙ブームや健康志向の広がりにより、我々喫煙者の肩身がだんだん狭くなっている。公共のスペースではほとんど吸えないし、野外である道路でも、吸えないところが増えてきつつある。まあ、確かに百害あって一利なしと言われるぐらいタバコは人間の害になるものなのであるが、なんか、肩身が狭くなればなるほど、「絶対に止めねーぞ、コノヤロー。」と思ってしまうのはなぜでしょうか。 それは、自分自身の天邪鬼な性質によっているところが大きいのはたしかにそうなのだが、新興宗教やカルトが周りからの圧力が強ければ強いほど、結束力が強まり、自己陶酔しやすく、過激な行動にはしりやすいのと似ているんじゃないかな。 だから、世間の皆さん。あんまり喫煙者を追い詰めると、何をしでかすか分かったもんじゃないよ。もしかしたら、テロとか起こしちゃったりするかもしれないよ。だから、皆さん。喫煙者をあんまりいじめないで、やさしく見守っていてください。お願いしますよ。では、恒例のマンガ紹介。『きりひと讃歌』手塚治虫 「ブラック・ジャック」などで知られる手塚治虫が医者を目指していたことはよく知られているが、この物語は、モンモウ病(顔がけもののように変形してしまう病気)という奇病にかかった主人公(医者)がその病気と闘いながら、医学界とも戦っていくというものです。これは、権威主義的な医学の世界を批判した作品として、「白い巨塔」や「ブラック・ジャックによろしく」などと並ぶ名作です。ぜひ読んでみてください。 では、お時間がまいりました。 さよなら、さよなら、さよなら。
2005年01月08日

去年の年末から今年の初めにかけての大きなイベントが終わり、やっと一息つけます。ああ、やっとゆっくり寝れるなあ。 まあ、一応1日1作品ずつマンガを語って行こうという目標を立てた手前、今日はもう眠いけど、1作品上げさせてもらいます。 『三国志』横山光輝作この作品は言わずと知れた、歴史マンガの超大作であり、普通のコミックでは60巻にもなる作品です。雑誌に連載されていた当時の話はあまり知らないけれども、世の青年男子なら、一生に1回は読まなければならない作品でしょう。普通の日本男児ならば、「曹操が好きだ。」「いや、やっぱり劉備でしょう。」「いやいや、マイナーだけど、太史慈なんてどうだい。」なんて会話を挨拶代わりにしていることでしょう。いや、絶対しているに違いない。 しかし、作者の横山光輝氏は去年の4月15日に火事によるやけどで亡くなられたのは非常に残念なことです。ご冥福をお祈りいたします。 まあ、氏の作品はこれからも長い間、人々の間で語り継がれていくことでしょう。 光輝フォーエヴァー。 では、今日はこれまで。
2005年01月06日
今日から競馬が始まります。私のつたない予想を一応書いておきます。【京都8R】◎ヒーローアンセム○タイキアルファ△アルファフォーレス△マダムチェロキー【京都金杯】◎ダイワエルシエーロ○イシノミューズ▲ハットトリック△ナイトフライヤー△キネティクス△メイショウオスカル【中山9R】◎タイキエニグマ▲ウィッチズブルーム▲マイネルサイプレス▲サウンドザビーチ【中山金杯】◎マイネヌーヴェル○カナハラドラゴン▲アルスブランカ△エイシンチャンプ△ウインブレイズ△キーボランチ△クラフトワーク当たれーーーーーー!――後記―― この馬印で、回収率100%ってどういうこと?と、叫びたいぐらいに私は馬券を買うのが下手なのです。まあ、人気サイドが多いので、あたる可能性は高いのですが、それにしてももっと言い買い方があるんじゃない?と自問自答してしまいます。まあ、これも経験、前を向いていきましょう。
2005年01月05日
今年から日記を始めるといったものの、2日目にしてすでに破綻。これこそ、三日坊主ならぬ一日坊主だ!「坊主が屏風に上手に坊主の絵を書いた」なんていう早口言葉があったよね。 まあそんなことはさておき、今年2発目の日記を書き始めようじゃないか。 2004年の年末(4日5日前の話だけど)に、部屋の大掃除をしたら、膨大な漫画のコミックの山が出てきた。これは僕が今までに集めてきたコミックの集大成なんだけど、数えてみたら部屋の中にあるだけで400冊もあった。部屋のそとにあるだけで100冊ぐらいはありそうだから、合計500冊のコミックを僕は買ったことになる。1冊400円としても、400×500=200000で、20万円も漫画につぎ込んだことになる。20万円あればうまい棒のチーズ味が2万本も食べれる計算になり、これだけのうまい棒があればアフリカの貧しい子どもが500人ぐらい助かって、アフリカの貧しい子どもが満腹になれば、暇つぶしにサッカーでもやってみるかということになり、サッカー人口が500人も増えてしまう。要するに、私が500冊も漫画を買ったことは、世界のサッカー人口を結構減らしていることにつながっているわけだ。ああああああああ、罪深いなあ、俺。 お遊びはこれぐらいにして、これから1ヶ月間ぐらいは私の持っているコミックの中から、1つの作品を選んで、面白さを声を大にして語っていきたい。ではでは。
2005年01月04日
2005年になって、私も新しいことを始めてみようということで、新年早々ウェブログに手を出してみることにしました。日常における面白いもの、ロックなもの(byみうらじゅん)、私の心をひきつけてやまないものを、徒然なるままに書き綴っていこうと思います。 題名のホモ・ルーデンスとは、オランダの歴史・文化史家ヨハン・ホイジンガの著作『ホモ・ルーデンス』から取ったものです。「遊びは文化よりも古い」これがホイジンガの主張であり、この主張には大きくうなづけるものがあります。ホイジンガの言う「遊び」と、現代の「遊び」とでは本質的なところで異なるものではあるかもしれませんが、まあいいとしておきましょう。 世の中には面白いことが散乱しています。その中で、私の琴線に触れるものを1日1つでもいいのでここに書き残していきたい。
2005年01月02日
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