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「ひきこもり」なんとも香ばしい香りのすることばだ。もう、負の匂いがプンプン匂ってきて、鼻をつまんでも、脳を刺激する気がしてしまう。最近幅を利かせている「NEET(ニート)」なんて、太刀打ちできないぐらい、言葉自体が、「再起不能」と同じくらいダークな感じに覆われている。しかし、私自身、結構「ひきこもり」の要素をふくんだ人間であることはたしかである。北海道を「ひきこもり」の先端として、沖縄を「社交的で協調性のある」土地だと仮定するならば、私は福島県あたりに住んでいるのであろうと想像できる。かなり「ひきこもり」寄りである。私見によれば、「ひきこもり」3種の神器は、 1.ネットゲーム 2.同人誌 3.アニメであると思う。幸いなことに、私にあてはまるものはひとつもない(本当です)。まあ、これは偏見にまみれた見方ではあるし、個人の資質で「ひきこもり」になってしまうこともあれば、社会のゆがみの犠牲者としての「ひきこもり」のありうることなので、一概には、上記の3種の神器が正しいとは言い切れないが・・・もはや「ひきこもり」「不登校」を「気合でなおせ!」の時代は終わったような気がする。少し前の時代であれば「学校に行きたくないのは、お前の気合が足らんからじゃー!!!」なんて、頑固おやじの怒声が飛んだものだったが、今の時代では「なぜ行きたくないのかな?話してごらん?」と、優しいスクールカウンセラーが話しかけてくれる。こんなんでいいのかな?別に私は根性信奉者ではないので、前近代的な「気合でなおせ」には違和感を感じるのだが、現在行われているような、はれ物に触るような対応にも首を傾げたくなる。だからといって、いい代替案があるわけではなく、ここで何かを提案したいわけではない。しかし、今の世の中は「ひきこもり」を社会が生み出した病理として扱っているようにしか見えない。「病理」とは「正常」のほぼ対義語であり(正確な対義語は「異常」)、「ひきこもり」を病気の一つのように扱っている節がある。「病気」とは、生体がその形態や生理・精神機能に障害を起こし、苦痛や不快感を伴い、健康な日常生活を営めない状態。医療の対象。疾病(しつぺい)。やまい。であり、正常に戻すために治療をしないといけない対象である。「異常」を「正常」に直してあげるという考え方は、「正常」側の言い分であって、これはアメリカの正義-悪の二項対立の考え方に相通じるところがある。「悪を裁く」というのは「正義」を確立する上で必要不可欠な行為であり、「正義」をより際立たせるための舞台装置に他ならない。これと同じく「異常を治す」というのは「正常」を際立たせるための手段なのであり、「正常」側が正しいのだと証明する唯一の手段なのである。たしかに変動する社会についていくことができるほうがどちらかといえば「正常」なのであろうが、だからといって社会についていけない人々を「異常」という烙印を押して治療の対象にすることには、やはり違和感がある。私たちが「正統派」であるということを主張するためだけに「ひきこもり」を異端扱いしているだけに過ぎないだろうか。江戸時代の被差別民のように、社会に適応できない人々を最下層として設定し、「ああはなりたくないな」という感情を、一般人に引き起こすために利用しているだけなのではないだろうか。人間の本質的な部分ではどちらが「正常」かなんて判断できるわけもないのに・・・毎回最後にこんなことを言いますが、べつに私は「ひきこもり」を擁護したいわけではありません(本当)。たしかに「ひきこもり」よりの私としては、あまり異常者扱いはされたくないなという思いはありますが(異常者じゃないですよ)。最後のほうは「朝まで生テレビ」風の論調になてしまったが、ちょっとした「阿呆の暴走」ぐらいに受け取ってもらえればありがたいです。☆☆今回の参考資料☆☆NHKにようこそ!(1) NHKにようこそ!(2)このマンガのNHKとは、N(日本)H(ひきこもり)K(協会)の略であり、某国営放送のことではありません。「ひきこもり」の「ひきこもりの」ための「ひきこもり」によるマンガの最高峰(そんなマンガ他にはありませんが)。「ひきこもり」予備軍のあなたも読むべきです。 がんじがらめのひきこもりの図こんなに周りを囲んで、やっぱり怖いのかなぁ。
2005年05月31日

ところで「萌え」とはなんでしょう。巷にあふれる美少女キャラなどは、「萌え」の対象であるんだろうけれども、私にはいまいち理解できません(本当です)。【萌える】[動ア下一]も・ゆ[ヤ下二]草木が芽を出す。芽ぐむ。国語辞典で調べても、こんなのしか出てこない。そこで、もう少し調べてみたら、こんなページに遭遇しました。このページによれば、「萌え」とは簡単に言えば、コンテンツ上のキャラクター(漫画・アニメ・ゲームなどの登場人物やアイドルなど)への抽象的愛情表現。またはそれらの持つ外見または行動上の特徴への偏愛。 主に幼女や美少女などといった、かわいらしいもの、いじらしいものを目にしたとき、心で判断するよりも早く、脊髄反射のような感覚で起こる、非常に原始的な感覚。魅了され、激しく心が動くこと。 であるらしい。「心で判断するよりも早く、脊髄反射のような感覚で起こる、非常に原始的な感覚。魅了され、激しく心が動くこと。 」なんていわれても、いまいちピンとこないけれども、聞いた話では、人間には本能的に『小さくて丸いもの』に対して「可愛いなぁ」と思ってしまうらしい。これは、自分の子どもに対して愛情を注ぐという、社会を維持していく上で必要不可欠な行為であり、子孫を繁栄させていく上で身に付いた本能であるという。この本能によって、私たちは小さくてころっとした子猫を「可愛い」と思ってしまったり、なんとなく丸顔のキャラクターを好きになってしまったりするらしいのです。この本能の観点から言えば、「萌え」という感情は、現在使われている文脈ではなく、すべての人間に備わっている、より人間らしい資質なのではないかとさえ思う。別に「萌え」ということばを擁護しているわけではない(本当)。今回こんなことを書いているのは、このページを見たからであり、今の教科書にも「萌え」の概念が盛り込まれるほど、一般的になってきたのか?という疑問を持ったからです。私が始めてこのことばを聞いたのは、大学生のときであり(5,6年まえ)、深夜テレビを見ていたときに、出演者の桃井はるこ(現在のオタク界のクイーンみたいな人)が「モエモエ」という、呪文のようなことばを発しているのを耳にしたときです。はじめは、まったく意味が分からなかったのですが、それが「燃え燃え」ではなく「萌え萌え」だと知ったのは、そのことばを聞いてから半年後ぐらいのことだった。教科書の話に戻れば、このページで紹介されているような教科書は、あまり目にすることはないんだろうけれど、世の中で流行ったものを即題材にするあたりが、節操がない。まあ「『萌え』キャラっぽい」といわれても、そんなにかわいらしいキャラではないんだけれど・・・しかし、小学生のころからこんなファンシーな教科書を使って勉強していたら、そりゃ、馬鹿にもなるわな・・・なんて思わずにはいられません。 たとえば、このページで紹介されているこんな問題も、人を馬鹿にしているとしか思えません。教科書が生徒に歩み寄るのはもってのほかで、教科書はどんなに工夫を凝らしたって、つまらないことにはかわりないんだから、もっと威厳を持って、生徒に接してほしいと思ってやまないです。なんか「萌え」→「教育問題」なんていう意味不明な流れになってしまったけれど、現在児童・生徒と呼ばれている年齢に属している皆さんは、もう少しまともな勉強をしないと、本当に「ゆとり世代は馬鹿だ」という烙印を押されてしまうことになりますよ。今あなたたちが施されている教育・そのカリキュラムは、私が施されてきたものの半分ぐらいでしかなく、それができたからといってふんぞり返っていてはいけないということを肝に銘じておいてほしい。
2005年05月30日
唐突ですが、私の嫌いなことばのランキングをつけるならば、1位 「何歳ですか?」(見てわかんないの?ねぇ、分かるよね?)2位 「お前は人間のクズだ!」(言われたことないけど)3位 「いい体格してるねぇ~」(それって、どういうこと?)4位 「もったいないじゃない!」(うるさいなぁ)5位 「お前の相手は、この小指一本で十分だ」(なめんなよ)という具合なんですが、今日は私の嫌いなことばランキング第4位の「もったいないじゃない!」について一言述べたい。独身貴族の私は、日常生活においてあまりお金には困っていない。毎月の支払いとしては、自動車のローンと、多少の借金の返済と、アフリカの貧困な孤児への募金があるぐらいで、残ったお金は、貯金をするか、派手に使うかの2択である。大体私は後者の「派手に使う」を選んでいるのだが、傍から見ると、ものすごく「ムダ遣い」をしているように見えるらしい。たしかに、私は日常ではまったく役に立たないものを買うのが好きである。たとえば、「プロ野球カード」とか「なんかのフィギュア」とか「偽造パスポート」とか、例をあげればきりがない。たしかに他人が見ると、ただの「ムダ遣い」にしか見えないのだろうが、私にとっては、生活に必要不可欠なものであり、これがないと生きていけないのだ。かのデカルトが言っていた。「我ムダ遣いをするゆえに、我あり」と。さらに私は何事も、中途半端が嫌いだ。だから、中途半端な「ムダ遣い」は、ものすごく嫌いだ。これはお金だけではなく、時間の面においても同じことが言える。私の至福の時間は、「どうやってヴァンダレイ・シウバとグラウンドで勝負するか」みたいな、これからの生涯で、絶対に起りそうもないことを妄想しているときである。これこそ、時間の浪費であり、「時は金なり」というベンジャミン・フランクリンの教訓とはまったくの逆ベクトルを向いた行動である。しかし常に浪費をすることを奨励しているのではない。「必要なことは必要、無駄なものは無駄」というけじめをはっきりつけてこそ、このような浪費をすることができる。だから、私がいつも心がけているのは「最小限の努力で、最大限の結果を」ということであり、仕事にしてもなんにしても、必要なことを迅速に行い、自分自身の時間をたっぷりと作ることが大切なんじゃないかなと思う。「ムダ遣い」こそ、文化を生んだ原動力であり、今の私たちがあるもの「ムダ遣い」のおかげといっても過言ではありません。話があっちこっちにそれてしまったが、直す気力はないのであしからず
2005年05月29日
今回のタイトルを声に出して読むと、「簡単じゃないか」と、無意識にえなりかずきのモノマネができてしまう。どこかで見つけたので紹介まで。ただそれだけ。
2005年05月28日

以前にも増して、CDランキングに興味が行かなくなった今日この頃。皆さんどのようにお過ごしですか?しかし、夜中にぼけ~っとテレビを見ていたらなにやらランキングに異変が。『ハッピー☆マテリアル』なる曲がランキング上位に入っている(状況はコチラ)ではありませんか。確かに、アニメの主題歌や、テレビから出てきたタレントのユニットなどがランキング上位に来ることはままあることです。今までの例でいえば、「やまだかつてないWINK」「はっぱ隊」「くず」「ゴリエ」などが挙げられます。これは、私の一番嫌いなジャンルではありますが、世の中にはそういうのに釣られて買ってしまう「阿呆」どもが多いんだな。と自分に言い聞かせて何とか納得していました。これは今の韓国人歌手の曲にも言えることであり、最近ランキングでよく見る「リュ・シウォン」なんて(ランキングよく見てんじゃんなんて突っ込みはナシ)、「お前は3流役者か!」と言ってやりたいほど、安っぽい顔をしていると思うのは私だけでしょうか。しかも日本語たどたどしいし、そんなやつの歌を買っている時点で、「氏ね」と言いたくなるのですが・・・しかし今回ランキングに入っていた曲は、『魔法先生ネギま!』なんていうテレビ東京の深夜にやっているアニメの主題歌ではありませんか。このマンガ自体、週刊少年マガジンで連載中のものであり、結構人気があるらしいのだが、こんなに主題歌が売れるものなんだろうか。という疑問も同時にわきました。そして、調べてみたらこれは壮大なプロジェクトの結果なのだということが判明しました。そのプロジェクトの詳細はコチラまさに、暇人が考える壮大なプロジェクト。しかも、今回のランキングはそのプロジェクトの標的にはなっていないとのこと。ただのウォーミングアップみたいです。プロジェクトの標的は6月8日発売「魔法先生ネギま! 5月度OPテーマ ハッピー☆マテリアル」 であり、同日発売のオレンジレンジの「セニョリータ」を倒せるかが1位奪取のカギになるようです。すでに、今現在amazonでは予約ランキング一位になっており(詳細は下のほう)、このままいけば、オレンジレンジといい戦いができそうです。断っておきますが、私自身は暇人ではなく、あまりアニメにそんなに興味がない(本当)ので、このプロジェクトに参加はいたしませんが(これも本当)、アンチ「オレンジレンジ」の立場からは、このプロジェクトが成功することを祈っています。暇人たちに光あれ!☆証拠画像☆
2005年05月27日
こう見えても私は大食漢ではありません。「こう見えても」とは言うものの、見えませんが・・・まあ、標準より少し肥満度が高いこの私は、姿形だけ見れば「3度の飯より焼肉が好きだ!」なんて矛盾したことを叫んでしまうような、なんでも見境なく食べてしまう、アブラギッシュな大食漢に見えてしまうことでしょう。しかし、実際のところは私は結構小食で、1回の食事なんておにぎり3つでおなかがいっぱいになってしまうほどです(それで十分なんでしょうが・・・)。簡単な基準を挙げるなら、COCO壱番屋の普通の量のカレーを食べると、「ウエップ」と吐きそうになってしまうぐらいです。じゃあなぜ、ローレル指数が微妙に高いの?ときかれれば、答えはふたつ。食べるのが異様に早いことと、食事の回数が多いこと。これに尽きると思う。「早食いの早死に」という言葉があるように、早食いは体に悪い。また、1回の食事で腹いっぱい食べるのではなく、少しずつ頻繁に何かを食べていることが多い。よくよく考えてみても、「こりゃぁ、ちょっとぽっちゃりしてしまうのも当たり前だわさ」と自分でも思ってしまいます。こんな私なので、「大食いメニューに挑戦!」「時間内に食べきったらタダ!」なんていうふれこみには、リスペクトしてしまいますし、そのような挑戦をする人からは後光がさして見えるほどです。例えばこのページ。ここは「コロンビア」という大阪の喫茶店で、結構有名なところらしいのですが、私にはこんなもの食べられません。どれひとつをとってみても、量が半端ではなく、料理を目の前にしただけで吐きそうです。「俺の胃袋は宇宙だ!」という名台詞(?)で有名な「フードファイター」なるドラマも、おもちゃを目の前にした子どものような羨望のまなざしで私は見ていました。(今考えてみると、変なテーマのドラマだったなぁ)「人は見かけによらない」とはよく言ったもので、身体測定で結構な確率で「要検査」の判定が出てしまう、アンコ型(相撲用語)の私ですが、見かけよりも小食ですので、その点をご了承ください。また、今度おやつを食べている姿を見かけたら注意してくださいね。
2005年05月26日
日本も6月が近づき、衣替えも近くなってきたということで、模様替えをいたしました。まあ、模様替えとはいっても用意してあるものから選ぶだけなので1分とかからずにできてしまうんですが・・・今日(水曜日)は週刊少年サンデーと週刊少年マガジンの発売日であります。一応両方とも立ち読みという形でチェックはしているものの、だんだん興味のあるマンガが少なくなってきているのも事実であります。立ち読みでチェックしているものといえば、サンデー・・・MEJOR、ワイルドライフマガジン・・・はじめの一歩、クニミツの政、(たまに)あひるの空こんなもんです。サンデーを牽引している「名探偵コナン」「金色のガッシュ」「犬夜叉」マガジンを牽引している「Get Backers -奪還屋-」「ツバサ」などはあまり読む気が起りません。今読んでいる作品にしたって、好きで読んでいるのは「はじめの一歩」「MEJOR」ぐらいで、あとは、連載開始の1回目を読んだので惰性で読み続けているものばかりであります。でも、「あひるの空」には少し期待はしています。主人公がハンデを負っている(かなり背が低い)。主要な仲間が一人ずつ集まってくる(今週号で背の高いやつが入ってきた)。一人一人にきらりと光る才能がある(主人公はスリーポイントが上手)。まさに少年漫画、キングオブ・少年漫画といったながれであります。まあ、なんとなく流れは読めてしまうので毎週読むことはしないと思いますが、とてつもなく暇な水曜日に読んでみてもいいかなと思っているしだいでございます。マンガについての思い出で言えば、私は以前も申しましたとおり「音楽」に関するマンガが好みなんですが、スポーツに限って言うならば「バレーボール」に関するマンガに興味を惹かれてしまいます。実際私の家族は「バレーボール一家」といってもいいほど、みんなバレーボール経験があり、バスケットボールに青春をかけていた(?)のは、私一人ぐらいなもんであります。「アタックNo.1」はちょっと世代ではないのですが、「リベロ革命」「ヨリが飛ぶ」など、バレーボールを題材とした微妙にマイナーなマンガが好みで、毎週欠かさず読んでいたのであります。現在は目に付く「バレーボールマンガ」がないので、ちょっと寂しいのですが、マンガなんて結構簡単な設定で、うまくいくので誰かかいてくれませんかね。こんな設定はどうでしょう。主人公がハンデを負っている(かなり背が低い)。主要な仲間が一人ずつ集まってくる(今週号で背の高いやつが入ってきた)。一人一人にきらりと光る才能がある(主人公はバックアタックが上手)。この設定で、ある程度上手な絵なら「あひるの空」ぐらい人気が出ると思いますが・・・☆追伸☆今週は年に一度の(当たり前なのですが)日本ダービーがあります。気合入れていきまっしょい。
2005年05月25日
未来の足音が聞こえるね。未来がこっちにやってくるわけではないだろうから、表現としてはおかしいんだろうけどね。民主主義の日本では、「多数決の原則」というものが横行している。「多数決の原則」というものには、「少数派は切り捨て」なんていうメッセージもこめられているのだが、「最大多数の最大幸福」(byベンサム)と言われるように、これはしょうがないことかもしれない。しかしここは日本、困ったときには「多数決」で決めるときもあれば、「じゃんけん」で決める場合もある。勝敗を決しないといけないのに、最後まで大勢が決しなかったとき、最後の手段として「じゃあ、じゃんけんで決めましょうか」なんてことを言い出すこともある。特に地方の小さい大会に多いのだが、ドッヂボール、ソフトボール、野球など死力を尽くして勝負したにもかかわらず、結局は「じゃんけんで」ということになってしまうこともあるみたいだ。これでは、最初から「じゃんけん大会」をしたほうが早いのでは。と思わずにはいられない。死力を尽くしても、勝敗がつかない。「じゃあ、じゃんけんで勝敗を決めましょう」と言われたとき、こんなときに役に立つのが、「必ず勝つじゃんけんロボット」です。このロボット(手しかないけど)は、人間に必ず勝つことができるみたいです。あまり実用的ではないが、最後の最後のじゃんけん勝負においては、神のような強さを見せてくれるに違いありません。(当たり前だが)こんなことを研究するなんて大学って暇なところだな・・・とは思わずに、この技術から香る未来の香りに酔ってください。私が鼻くそをほじっている一方、未来はその歩みを止めずに進み続けているようです。未来と言えばこれも。こんなことができるようになるとは、ドラえもんもびっくりですな。☆追伸☆ドラえもんで思い出したけど、「ドラえもん 劇場版全制覇計画」は劇場版1本目「のび太の恐竜」を見た時点でストップ中です。時間がなくて見れないのと、なんか古くてあまり面白くないのとで、ちょっと見るのがつらい状況です。一回言ったからには実行する「男に二言はない」タイプの私ですから、ここで頓挫するのはイヤですが、このまま休止状態が続きそうで嫌な予感がします。
2005年05月23日
一文字には力がある。それ以上でも、それ以下でもないという潔さがある。飾らない、そんな生身の姿には人を惚れ惚れさせる魅力がある。つ(行ったことないけど)ふ(懐かしいのう)バ(最近見ないな)ピ(あんた誰?)ブ(正確にはブー)う(岐阜の誇り)ペ(微笑みの・・・) 適当に、思いつくままに一文字のものを挙げてみたが、いろいろあるもんだ。「ペ」だけで十分なのに、今度は「ピ」まで出てきて、韓国も忙しいな。ちなみに「バ」は、フランス代表のサッカー選手「イブラヒム・バ」です。一文字で存在が分かるのはいいね。これから私も「ナ」とかにしようかな。
2005年05月22日
今回は、別にキング牧師の話ではありません。(一応、断っておきますが、"I have a dream!"とはキング牧師が暗殺される前日に行った有名なスピーチの冒頭のことばです)あなたは夢をみますか?私は夢を見ます。でも覚えていることはほとんどなく、朝起きたときにはほとんど思い出せないでいます。一説では、夢は記憶を脳に確定させるために見るもので、いらなくなった記憶のかけらを処理しているときに見るものだそうです。確かに、夢にはだれも思いつきそうにない設定とか、自分が死んでしまうとか、誰かに追いかけられているとか、いろいろなパターンがあります。しかし元をたどってみれば、自分が経験したことのないことは夢に出るはずもなく、自分の記憶のかけらが複雑に絡み合って、新たな物を作り出しているのでしょう。しかしポール・マッカートニーがイエスタデイのメロディを夢で見て、それを朝おきてからすぐに楽譜に書いて完成したなどという逸話を聞くと、夢で見たことをメモっておいたら、面白いのになぁ。と思うことがあります。しかし前述したように、私は夢をすぐ忘れてしまうので、メモりようがありません。しかし、世の中にはいろいろな人がいるもので、自分の夢で見たことばを書きとめ続けている人がいます。その人が夢で見たことばのリストはコチラこれがかなり面白い。☆山羊が舐めて白くしたテーブルクロス(やぎがなめてしろくしたてーぶるくろす) インテリアショップの特別商品。唾液に含まれる酵素が、独特の透き通るような白さを生み出すらしい。 「白さを生み出すらしい」って、そんなのあるわけけないけど、なんか不思議。☆ルーベンス・ピクル 漫画の中で用いられるお約束の表現(漫符)の一つ。ランドセル程度の大きさで、目がギョロリとしたコミカルな白ワニとして表わされる。これを背負っている人物は、他の誰かに焼きもちを焼いていることを意味する。 意味不明。この人のリストは、そのことばについての説明もあって、面白い。しかし、長いことみていると、知らないことばばかりで不安になってしまう。というか、変な世界に迷い込んだようで、不思議な気分。トリップって、こんな感じ?夢の世界は、こんなに面白いのに、忘れてしまうなんてかなり損した気分。とはいえ、毎日こんなことばを見せられてもねぇ・・・あなたは夢を見ますか?
2005年05月21日
私には絶対音感はない。というか別にそんな能力ほしいとも思わない。絶対音感があったからといって、音楽がより深みのあるものになるわけではなく、人生がより豊かなものになるわけでもないだろう。ある程度生きてきた人間ならば、協和音:不協和音の区別ぐらいできるし、心地よい音か、そうでないかは、今までの経験で判断できる。音楽は、人間の本能的な部分に属するものである以上、科学的に分類された音階に区別できなくてもいいのではないか。別に負け惜しみではないんです。絶対音感がなくても、優雅に生きていけますよね。幸せになれますよね。そんなことを感じました。このページを見たあとで。まったく、私には音感がないようです。私はそんなに音痴な方ではないとは思うのですが、私には音感という技能は備わっていないようなのです。たぶん、『音感』の能力の代わりに『早食い』みたいな能力を神様からもらったんだろう。そんな気がしてならないのです。あなたはどうですか?
2005年05月19日
買っちゃうんだろうな。PS3。どうせゲームなんてクリアしないだろうに・・・見た目は、加湿器+ブーメランみたいな感じだが、性能はかなりいいらしい。でも、性能といったってあんまり機械にに詳しくない私が、いくらスペックを見たって、どれほどすごいのかは分からない。一応、スペックについて細かく説明してくれているところはあるけれども(ココ)、読んでいると、めまいがするぐらい意味不明。いまだにテレビがどうして映るのかが分からないし、何であんな小さい携帯電話で遠くの人と話ができるのかがわからないアナログチックな私にとっては、もっと分かりやすい説明をしてほしいね。例えば、PS2を楽天だとするならば、PS3はソフトバンクだ!とか(格が違う)、PS2を北朝鮮とするならば、PS3はアメリカだ!とか(独りよがりなところは似てるが)、PS2をヤング・チャンピォンとするならば、PS3は週刊少年ジャンプだ!とか(人気が違う)、PS2をあびる優とするならば、PS3は和田アキ子だ!とか(前科が違う)、PS2をCDラジカセだとするならば、PS3はi-podだ!とか(いろいろ違う)、PS2を私とするならば、PS3はふかわりょうだ!とか(なんか違う)、説明してくれないと分からない。なんかいまいちな表現ばかりなので、余計分かりにくくなりそうだが、『進化した』という面を、アナログな人種にも分かるように表現してくれないと、買うほうも困ってしまう。まあ、そんなうまいコピーなんてなくても買うヤツは買っちゃうんだろうけどね。
2005年05月18日
今回の題名は囲碁でもオセロでもありません。交流戦の中日の戦績です(5月17日現在)。いや、これはひどい。交流戦が始まる前とは別のチームみたい。セ・リーグの楽天か!とツッコミを入れたくなるぐらいひどい。一昔前までは「人気のセ、実力のパ」というように、パ・リーグよりもセ・リーグのほうが弱かった時代もありました。しかし今では、パリーグの某監督が「セ・リーグにはいい選手がたくさんいるから・・・」なんて愚痴をこぼすぐらいセ・リーグは強くなったはずだったのに。まあ、これはある程度は正しい。今現在(5月17日)、交流戦のセ・パの対戦成績は、セントラル・リーグの29勝28敗2分けです。つまり、セ・リーグはパリーグにわずかながら勝っているのです。なのに、中日は2勝8敗。勝率2割。ボロ負けもいいとこです。これはファンとしてもつらい。落合監督の飄々とした態度も、負けがこんでいる時に見ると、少しムカッとする。「風邪引いたから」なんて、監督談話を発表しないのも気に入らない。荒木のけがについての話もまったく無しなのも気に入らない。ファンというものは、勝っていれば喜び、負けていればけなすものである。これは真理であり、これが正しいファンであるのだと思う。負けているときも、心から応援するなんて私にはできっこない。こんな状態でもまだセ・リーグ1位ではあるが、阪神の足音が日に日に近づいてくる(1ゲーム差)。「交流戦は5割取れればいい」なんて落合監督は言ってましたが、このままで5割にいくんですか?交流戦は36試合あるので、残りを16勝8敗でいかなくてはならないんですよ。3試合に2試合は勝たないといけないんですよ。本当にいけるんですか?いってくれないと、ロッテファンに鞍替えしちゃいますよ。それでもいいんですか?
2005年05月17日
長いのを書きたいんだけど、気が乗らない、なんていう微妙な感じになっている私。こういうのをジレンマというのだろう。ジレンマといえば、ヤマアラシのジレンマという有名なはなしがあって、寒いところにヤマアラシを二匹放すと、寒いのでくっつきたい。という思いと、痛いから離れたい。という思いの葛藤が起きるようです。このような葛藤をジレンマといいます。まあ、そんなことはどうでもいいのですが、今のお子さんたちって、みんな1輪車に乗れるそうですね。私たちの頃は、乗れるのは運動神経のいいやつか、サーカスのクマか、変なやつかの3通りしかいなかったのに、今では各小学校に常備されるぐらいメジャーな乗り物になってしまったようです。私にはたぶん一生乗ることはないでしょう。だって、あんな不安定なのに乗るのは無理ですもん。一輪ですよ、一輪。普段4輪車に乗っている私から言わせれば、車輪が四分の一になってしまうんですよ。四分の一というのは、やはり結構怖いし不安定だ。髪の毛が四分の一になったらアデランスに電話しなきゃいけないし、給料が四分の一になったら三日に一回は食パンオンリーの日ができそうだし、体重が四分の一になったらそれはそれでうれしいけど、「やせすぎ」の警告が出そうだし、地球上の男性の数が四分の一になったら、私も結婚できそうな気配がするし、日本の老人の数が四分の一になったら、年金問題はなくなりそうだし、世界の紛争の四分の一がなくなったら、みんな平和に暮らせるのに・・・やはり四分の一というのは、不安定だ(?)。そんなあなたに(私も)いいお知らせが。それもこれも、一輪車が不安定だからいけないのです。こんなときは、安定感のある一輪車があればよい。ということで、今回のオススメは・・・新しい一輪車『マックス・チャレンジャー』これは最新式です。一輪車に乗れない人も、これなら乗れる!というか、もはや一輪車ではない気がするが・・・
2005年05月16日
前に言ったとおり、「劇場版 ドラえもん」全シリーズ制覇の試みを今日始めました。まずは1980年公開の「のび太の恐竜」です。今の絵と雰囲気が違い、昔っぽい絵のドラえもん。声の調子も私が慣れ親しんだものとは微妙に違っている。何せ、1980年物であり、私ですら1歳になったばかりの頃の作品だからしょうがない。だんだん今っぽくなっていくのが楽しみです。感想や、ストーリーなどは、まとめてフリーページで紹介する予定です。
2005年05月13日
どうも中日の調子が悪い。セ・パ交流戦に入ってから今日現在1勝5敗だ。普通のペナントレースでは3連敗すらしたことがなかったのに、交流戦に入ってからは、●●○●●●と、黒星続きだ。確かに、乱闘で豪快な右フックを放ったウッズが10試合出場停止なのは痛い。打率こそ低いが、ホームラン数は我がチームでは断トツに多い。そんなポイントゲッターがいないのは、不利なのかもしれないが、あまりにもふがいない。なんか、中日ってパ・リーグに負い目でもあるのかな?と邪推してしまうぐらい、今までの輝きが見られない。たしかに、中日は、パ・リーグに弱い。これは中日ファンならまあまあ知っている事実である。この弱さは日本シリーズの結果からも容易に分かる。1954年 ○中日―西鉄●1974年 ●中日―ロッテ○ 1982年 ●中日―西武○1988年 ●中日―西武○1999年 ●中日―ダイエー○2004年 ●中日―西武○6度日本シリーズに出たが、勝てたのはわずかに1回。なんと弱いことだろう。ちなみに、試合の勝敗数は、日本シリーズ通算13勝23敗(勝率3割6分・・・)特に西武には毎回いいようにやられている。さらに、ここ3試合で、西武に3連敗。西武が怖いの?ライオンが嫌いなの?なんて、問いかけたくなってくる。また明日からは、6年前の日本シリーズで完敗(1勝4敗)した、ホークスとの3連戦だ。あの時は、工藤(現・巨人)にしてやられた感があったが、「ホークス怖い」なんて、恐怖感が心の奥底に眠ってそうで、結構不安だ。あぁ、お星様。中日が明日からの3連戦で、2勝以上はあげられますように。
2005年05月12日
他の民族のことについては、あまりしらないが、日本人は「定番」が結構好きだ。確かに、まったく新しいものを見たり、経験したりすることは勇気がいる。自分の知っているもの、ある程度予測できるもののほうが安心する。結局これが、日本よりも15年ぐらい遅れている韓国のドラマを見る主婦たちの思考回路であり、自分たちが若かった頃(失礼に当たるのかもしれないが)である、バブル前後の匂いがするものに飛びつく要因になっていると思う。これは新しい文化を作り上げていく若者に対しても同じことがいえる。「DQ」や「FF」が他のゲームより飛びぬけて、販売本数が多いのは、「安心できる」からであり、「なんとなく予想がつく」からであり、「新しいことをおぼえる労力が要らない」からであろう。たとえば、回復魔法を例にとって見よう。基本は「DQ」ではホイミ。「FF」ではケアルである。バリエーションとしても、ホイミ―べホイミ―べホマ、べホマラー―ベホマズンケアル―ケアルラ―ケアルガぐらいしかなく、これをおぼえていれば、いちいち説明書を見なくとも冒険が進められる。ここで、名のあるRPGの回復魔法を羅列してみよう。(回復の度合いの強さ順)【桃太郎伝説】 きんたん―せんきんたん―まんきんたん【女神転生】 メディ―メディカ―メディカル【真・女神転生】 ディア―ディアラマ―ディアラハン【グランディア】 ケロマ―ケロマム―ケロマキシム【アークザラッド】 キュア【テイルズシリーズ】 ファーストエイド―ヒール―キュア【ブレスオブファイア】 リリス―アプリフ―トプリフ【ウィザードリィ】 DIOS―DIAL―DIALMA―MADI【ポポロクロイス】 ヒールウォーターなんとなく想像できるものが多い(キュア、ヒール~など)が、やはりこれら全てを覚えておくのはめんどくさい。知っているものを使って物語を進めていくほうが、断然楽であり、安心する。こんな思考が、今の若い人たちにもあり、「DQ」「FF」が飛びぬけて多い販売本数を誇っているのであろう。これと同じような現象がいろいろなところでおきている。たとえばTVドラマでも、過去の作品の焼き直しが行われている。今放映中の「アタックNo.1」にしても、「エースをねらえ!」にしても(どちらも上戸彩・・・)、私が生まれる前の作品の焼き直しであり、目新しさは感じられない。また、マンガ→TVドラマという流れも確立しつつあり、「ブラックジャックによろしく」「H2」「サラリーマン金太郎」「ホットマン」などの、タイトルが、ぱっと考えたがけでも浮かんでくる。これも、「前にマンガで読んだことがあるから話の流れはしっている」けど、「新しいのを見るのもなんだから、これでも見よっかな」何ていう考えの人が多い結果であろう。かく言う私も、上記のような人間の一人であり、最近買ったゲームでも「ドラクエ8」「真・三国無双4」「G1ジョッキー3」などシリーズものばかりで、新しいシリーズへの参入を尻込みしているのが事実である。だから、別に上のような「定番」へ飛びつくのをやめようと主張したいのではない。「定番」にこだわらず、新しいものへチャレンジするのが良い姿勢なのだろうが、このめまぐるしく変化する社会において、忙しいさなかに新しいものに挑戦する余力は、正直言って無い。(私には)「定番」であれば、程度こそ幅はあるけれども、確実に私たちを満足させてくれる。そんな安心感がある。前置きがとても長くなりましたが、私はこの「定番」にドップリつかってみようと思う。日本人にとっての定番「ドラえもん」を一から見直したいと思う。しかしTVのドラえもん、マンガのドラえもんは結構お世話になっているので、ひねくれものの私としては、「定番」でありながら、「定番」でない、ドラえもんの劇場版を全て制覇したいと思っている。小学生のときに映画館で1回見ただけで、あとは1回も見たことがないので、これから暇なときをねらって、1本ずつ見ていきたいと思う。ちなみに、今まで公開された劇場版「大長編 ドラえもん」は1980年 「ドラえもん のび太の恐竜」1981年 「ドラえもん のび太の宇宙開拓史」1982年 「ドラえもん のび太の大魔境」1983年 「ドラえもん のび太の海底鬼岩城」1984年 「ドラえもん のび太の魔界大冒険」 1985年 「ドラえもん のび太の宇宙小戦争」1986年 「ドラえもん のび太と鉄人兵団」1987年 「ドラえもん のび太と竜の騎士」1988年 「ドラえもん のび太のパラレル西遊記」1989年 「ドラえもん のび太の日本誕生」1990年 「ドラえもん のび太とアニマル惑星」1991年 「ドラえもん のび太のドラビアンナイト」1992年 「ドラえもん のび太と雲の王国」1993年 「ドラえもん のび太とブリキの迷宮」1994年 「ドラえもん のび太の夢幻三剣士」1995年 「ドラえもん のび太の創世日記」1996年 「ドラえもん のび太の銀河超特急」1997年 「ドラえもん のび太のねじ巻き都市冒険記」1998年 「ドラえもん のび太の南海大冒険」1999年 「ドラえもん のび太の宇宙漂流記」2000年 「ドラえもん のび太の太陽王伝説」 2001年 「ドラえもん のび太と翼の勇者たち」2002年 「ドラえもん のび太とロボット王国」2003年 「ドラえもん のび太とふしぎ風使い」2004年 「ドラえもん のび太のワンニャン時空伝」の25作品である。これをできたら1週間に2本ぐらいのペースで見ていけたらいいな。また、感想もフリーページに記していきたいなと思います。これが私のこれからの目標です。私がくじけそうになったら応援してください。忙しいとは言いながら、また長いのを書いちゃった。では!■おまけ■困ったときの神頼みとは言いますが、そんなにお願いしてもねぇ・・・長杉
2005年05月11日
夫婦でいうと、倦怠期(ケンタイキ)って言うのかな?な~んか、このブログ対しての情熱が薄れている今日この頃。1.そもそもこのブログは何のためにはじめたのだろう。2.ブログって一体何のためにあるのだろう。文学部卒の私は、こんな感じで、定義や、存在意義などの哲学的な部分からいちいち考えないと納得できない。ということで、上記の2点について考えてみた。1.このブログは何のためにはじめたのだろう特に意味なく。みんながやっているから。刺激が欲しかったから。なんか、私がこのブログをはじめた理由って、高校生の「万引き」の理由みたい・・・2.ブログって一体何のためにあるのだろう情報発信の場。意見を戦わせる場所。物忘れがはげしくなった人の日記。自己アピール。ウェブログの誕生当初は上の2つがおもな目的だったのだろう。しかし、最近では下の2つが主流になっており、自己満足の場になっているような気が。実際にウェブログの本場(?)アメリカでは、実名のブログがたくさんあり、自分の身分を明かした上での、生身の議論が飛び交っているらしい。一方、日本では、匿名のブログがほとんどであり、匿名だからこそなせる、本音が飛び交っている。どちらがいいかなんて、判断はできないが、現在はそんな状況にあるらしい。だから何?と聞かれても答えられないが、いま一度、この『ルーデンス的妄想』の存在意義を考えてみたかったのである。やはり、ブログというものは(こういう風に言う時点で文学部チックなのだが)、個人からの情報発信の場であり、それに共感した人々が集う場なのであろう。とはいうものの、現在の私にとって、皆さんに発信したい情報などあるはずもなく、何を、このブログに書いていいのやら、困っている状況なのだ。とか何とか言ってはいるが、ここでやめたらなんか面白くない。現在、開設129日目なのであるが、4ヶ月とちょっとで終わってしまうのは、あまりにもふがいない。別に、何も書きたくないわけではなく、「こんなどうでもいい文章を垂れ流していていいのか?」「読んでいる人は面白いと思っているのか?」などという疑問がふと浮かんできただけなのである。さらに追い討ちをかけるように、今週は忙しくって更新があまりできそうにない。いろんな状況が絡まって、こんなことを今日は考えているのです。(こんなことを考える時点で、ブログを続ける資格はないんじゃないか?)とりあえずは、のんびりと続けていく予定なので温かく見守ってください。☆追伸☆しりとりで、「る」に困ったこっとはありませんか。そんな方にはこちらのページがオススメ!
2005年05月10日
久しぶりに見ました。正味な話、10年ぶりぐらいかしらん。『ソフト麺』スパゲッティとうどんの子どものような、イメージで言うなら、アレサンドロ・デルピエロ(イタリア代表)と吉永小百合(日本代表)の子どものような、ハーフチックな食べ物。それでいて、日本にしかなさそうで、絶対アメリカとかにはないんだろうな。ハーフの顔して、こてこての日本語をしゃべる瀬戸カトリーヌみたい。瀬戸カトリーヌがわからないなら、ベッキーでいいや。まあ、そんな微妙な食べ物。日本にしかないとは言いながら、食卓にのぼることは絶対にない。小・中学校での給食オンリーな食べ物である。今思い出してみても、特にこれといって『ソフト麺』に関する思いではなく、おいしくも、まずくもない、非常に日本人的な食べ物である。確かに、ソフト麺には味がなく、そのよしあしを決めるのは、すべてソースだったように思う。肉味噌風味のソースや、トマト風味のソースこれぐらいしか思い出せないのだが、もっとバリエーションがあったかな?最近は、給食を食べさせてくれる料理屋さんが出来て、便利な世の中になった。ふと、「給食が食べたいなぁ。」と思ったら、そんな料理屋さんに行けばよい。しかし、「何が何でも、家でソフト麺が食べたい。」という強情なお子ちゃまみたいな人に朗報です。なんと、ソフト麺のレシピが公開されているとです。そのページはこちら。作り方といっても、製造工程が分かるだけで、家で作れるかは疑問だが、結構、栄養学的にはいい食材だと聞いたことがある。「ソフト麺」と聞けば、「ふ~ん」「あげパン」と聞けば、「おぉっ」「なます」と聞けば、「うぇっ」(私だけ?)「ミルメーク」と聞けば、「うほっ」(まだあるのかな?)そんな給食の品目で、一喜一憂していた頃が懐かしい。あぁ、あげパン・焼きそばコンボが食べたいな。と思うgauguinでした。
2005年05月08日
「メディア・リテラシーとは、市民がメディアを社会的文脈でクリティカルに分析し、評価し、メディアにアクセスし、多様な形態でコミュニケーションを創りだす力をさす。また、そのような力の獲得をめざす取り組みもメディア・リテラシーという」source メディア・リテラシーの世界 学術的な言葉の定義だけあって、ちょっと意味が分かりにくいかな。「社会的文脈でクリティカルに」なんて言葉を使われてもピンときませんね。 簡単に言ってしまえば、「メディア・リテラシーとはメディアから与えられた情報を疑いながら、正確に受け取ることができる能力。またそのような状態になるようにいろいろ働きかけること」であるといえます。 つまり、「メディア・リテラシー」という言葉が内包する主張は、メディア(ここで言うメディアとはテレビ、新聞、ラジオなどのマス・メディアをさす)から発信される情報には、いろいろな種類のものがあり、すべてのものを受動的に受け取るのではなく、ある程度能動的に、こちらが取捨選択をして受け取っていかねばならないということです。 今回、こんな言葉を題材にしたのにはわけがあります。最近の「JR福知山線脱線事故」の報道を見ていて、結構偏った報道がなされているな。と思ったからです。 参考 脱線事故をJR西日本バッシングのネタにするマスコミ 確かにJR西日本の安全対策は不十分でした。事故直後にボウリング大会やゴルフコンペをしていた行為は非常識です。また、国営時代から引きずっている官僚体質もこの問題の根っこにはあるのだと思います。 ですが、本当にJR西日本は悪者なのでしょうか。別に擁護をしているわけではありません。参考にしたブログにも書いてありましたが、「遺族の怒声の報道」、「不謹慎なJR西日本職員たちの行動の行動」というコンボにみんながやられているだけなのではないのでしょうか。 怒り、泣き叫ぶ遺族、「(ボウリング大会など不謹慎なことをして)申し訳ありませんでした」と謝るJRの重役、この2つの映像が連続で放映されると、見ているこちらも怒りがこみ上げてくるのは、人間ならばしょうがないことです。 しかし、その映像はテレビ局が編集したものであり、私たちにそのような効果をもたらすために仕立て上げられたものだとしたらどうでしょう。 筑紫哲也が好きな「ジャーナリズム」という言葉は、「マスコミはいろいろなこと(特に政府の動き)を批判的に(クリティカルに)考察し、なるべく改変することのないように情報を伝える」ことの言いかえなんだろうと思いますが、批判的であることは度を過ぎると「偏見」にもなりかねません。 何回もいいますが、今回の事件において、JR西日本は100%悪かったということは間違いないでしょう。過密なダイヤ、怠慢に対する厳しい日勤教育など、事故を引き起こすいろいろな要素を、JR西日本ははらんでいました。 しかし、今回の事故の報道は、批判的であろうとするマスコミの態度が少し極端すぎる気がする。また、「正義―悪」の図式を作ろうとして、JR西日本を「悪」にしたのはいいが、そのぶんマスコミが「正義」でなくてはならず、ちょと正義感を振りかざしすぎな面もある。そして、JR西日本の「悪」の面を強調するためにJR西日本の「正義」の面は黙殺されてしまうのでしょう。 ちなみに、事故直後に事故原因についてテレビで我が物顔で語っていた「専門家」とやらの発言も、電車オタク(通称テッチャン)に言わせれば、間違いだらけであるということです。 参考 無知は犯罪~尼崎事故を見て思ったこと 以上のことからも、お分かりのように、私たちのメディア環境は健全なものであるとは言い難いです。とはいえ、このメディア環境は私たちがどうこうできるものではないので、そうなればこちら側(情報を受け取る側)のメディア・リテラシーを確立するしか手段がないというのが事実です。 テレビ、ラジオ、新聞から毎日のように垂れ流される情報から、自分に有用なものを選び取り、また摂取した情報を上手に咀嚼(かみくだく)して、正しく自分の血肉にしていくことが、これからの私たちにとって大事なことなのではないでしょうか。 メディア・リテラシーとは、メディアの問題ではなく、受け取る側の問題なのです。
2005年05月07日
ところで、ドラクエの中での「ゴールド」は実際いくらぐらいの価値がある通貨なのだろう。今回は、最新作『ドラクエ8』を基準に考えてみる。現実世界にもある、「ぬののふく」が30ゴールドであることから、「ぬののふく」が現実世界で3000円ぐらいだとしたら、1ゴールド=100円ぐらいか。ということは、「やくそう」は8ゴールドなので800円。「キメラのつばさ」は25ゴールドだから、2500円か。ちょっと割高な感じがするが、どうのつるぎが270ゴールドなことを考えると、安いかも。なんか、どうぐ>武器な感じがするね。ちょっと、主要などうぐ・武器・防具を現実値段で挙げてみよう。店で買えないものは、売値×2で算出しました。【どうぐ】どくけし草 1000円まんげつ草 3000円せかいじゅの葉 10万円ちからのたね 3000円けんじゃの石 400万円【武器】ひのきのぼう 1000円こんぼう 1万1000円はがねのつるぎ 20万円ゾンビキラー 63万円ドラゴンキラー 110万円どくばり 19万円【防具】たびびとの服 7000円皮のよろい 18000円くさりかたびら 5万円はがねのよろい 23万円みずのはごろも 148万円やいばのよろい 190万円ミラーアーマー 300万円皮の盾 7000円はがねの盾 25万円ちからの盾 180万円 バンダナ 4500円てっかめん 35万円知力のかぶと 130万円メタルキングヘルム 200万円太陽のかんむり 740万円ちからの指輪 65000円金のブレスレット35000円ほしふるうでわ 50万円こんなところか。全体的にかなり高いね。でも、人間一人生き返らせるのに10万円なら安いもんか。現代でフル装備したかったら、1000万ぐらいかかるね。「はがねの~」シリーズで全身そろえるだけでも、100万はくだらない。110万円も出して「ドラゴンキラー」をかったら、そりゃ、ドラゴンに特別効いてもらわないと、ものすごく損だしな。300万の「ミラーアーマー」なんて、高すぎて普段は着れないだろうな(小市民)。まあ、道を歩いていても犬とかに襲われる心配はないので、ゴールドを稼ぐ手立ては私たちにはないんだけどね。うちのイヌを蹴っ飛ばしても、1ゴールドも出ないし。
2005年05月05日
武器屋現実にドラクエみたいな武器屋があったら、こんな風?
2005年05月05日
ネットを徘徊していて、気になる記事をピックアップ。(夕刊キャッチアップ風)楽天田尾怒り通り越した? 完敗、借金20よかった。中日ファンで。でも、中日のメンツも楽天に結構いる(関川、小山、山崎など)から、頑張って欲しいけどな。交流戦は、いかに楽天に負けないかが、セ・リーグ優勝の秘訣?釣られないように。精巧にできた釣りだね。思わず引っかかっちゃいそう。嫌煙ドイツ 次は運転中の喫煙禁止か前にも書いたけど、愛煙家は規制されればされるほどより吸いたいと思うもんです。あまりいじめると、テロっちゃいますよ。もうひとつのドラえもん。見た目もキモいし、声優が恐ろしく変。何をいまさら。でも面白そう。大人から子どもまで楽しめる、あの不朽の名作『マリオ・カート』がゲーセンに。ルールが、周知な事実だけに、結構広まるかも。「来い!赤コウラ」「こんなとこにバナナ仕掛けたヤツは、誰だ!」なんて会話が交わされるのかな。21世紀に間に合いました。こういうのを待っていたんです。近未来的。でも、実用度は低そう。曲芸武芸の奥深さを思い知る一方、なぜ君がこんなことを・・・とも思う。障害を乗り越えていろいろな議論を呼びそうな映像。頑張れ。なつかしい?ガンプラ、ミニ四駆、ハイパーヨーヨー、ベイブレード、ドッヂボールなどなどジャンプ連載漫画一覧これを見る限り、私のジャンプ人生は88年ごろのスタートか?
2005年05月04日

毎回言ってますが人間、日々勉強が大切です。ちょっと前には、「声に出して読みたい日本語」何ていうものが流行っていましたが、最近では、「声に出して読めない日本語」が流行の予感。というわけで、5月2日から5月6日まで毎日、『ほぼ日』で「声に出して読めない日本語」のテストを行っております。「日本語能力に自信あり!」とお思いの方は、下のバナーからそのページに飛んで、ぜひチャレンジしてください。ちなみに私は5月3日のテストは76点でした。(5月2日のテストは64点・・・)
2005年05月03日
ゴールデンウィークだからといって、あまり浮かれないでね。人生、日々勉強です。コチラのゲームでもやって、遊んでなさい。ちなみに、日本人なら、Sランクは取れますよ。
2005年05月02日
私が今まで生きてきた、その軌跡をデジタルで保存したら、どれぐらいの容量になるのだろう。そりゃあ、幼かった頃の父との思い出とか、母との思い出とか、兄弟との思い出とか、友人、そして、妻となりそうな人(いるの?)との思い出とか、いろいろな思い出がいっぱいで、デジタルなんかでは保存できないし、第一保存しておくことなんて不可能である。また、思い出は一つ一つが生々しい感覚を伴ったものであり、泣くほど痛かったあの思い出、むせるほど笑ったあの思い出、盗んだバイクで走り出した15の夜、一体何を卒業するのだろうかと悩んだあの思い出などなど、そんな思い出を2進法のデジタルになんて変換不可能である。それは真実。永遠の真理である。しかし、無理にでも、デジタルデータとして保存しておくと、どれぐらいの量になるのだろう。こんな考えは、加藤秀俊という、偉大な社会学者のエッセイを見て考えたことである。かの有名な(一部の地域で)加藤秀俊でさえ、今までの著作をデジタル化すると30ギガいくかいかないかぐらいしかないらしい。30ギガ、と聞くと結構な容量な気もするが、外付けHDD300ギガが3万で買える時代、30ギガという容量には3000円ぐらいの価値しかない(またまた単純計算)。まあ、著作をデータベース化しようという作業と、人生自体をデジタル化しようという試みは、似て非なる作業であり、単純に比較してはまずいのだろうが、いざ、自分の今までの思い出や、やってきたこと、思ったこと、すべてをデジタル化したときに、はたして30ギガいくのかな?という疑問がわいたのである。かの著名な学者でさえ、思考の結晶ともいえる著作をデータ化すると30ギガぐらいしかないのに、しがない私の生き様をデータ化したら、フロッピー(1メガちょっと)4枚ぐらいで収まってしまうのではないだろうか。そんな小さな私って・・・なんて、少し自己嫌悪に陥ってしまう。別に、悲観しているわけではない。先にも言ったように、思い出のデジタル化なんて現実不可能な事実だし、私の脳みそ(心?)に詰まっている思い出は、今でも目の前にありありと思い出されて、mpge2の非ではないぐらいリアルである。でも、上の記事を読んだら、無性に自分がちっぽけな気がして、「あ、あれ。変だな。目からしょっぱい水が出てくるや。これはなんだろう」なんて、一人コントをしてみたくなるほど、悲しい気持ちになったのも事実である。私は人生を悟ったわけではないけれど、どうせ人間なんて、自分の小ささを一生気にしながら生きていくものだろうから、どうでもいいっちゃ、どうでもいいけどね。☆追伸☆とうとうやってきました。1週間後です。準備はできましたか?私は、まったくしていません。というか、あまりする準備つもりはないですが、たまにはなんかしてあげてもいいのかね。と思ってしまうFlashです。そんな気持ちになってしまうFlashはコチラ
2005年05月01日
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