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《染人百話》より《独りごと》
豊後の妙喜はどのような難儀に出逢うても、仏恩じゃ々々と独り言を云うていた。
それはなぜかと問うと、我今すでに死ぬべき処を免れさせて下されたは全く仏恩である。
又転重軽受の御利益であると、いよいよ御恩を喜ばれたと云う。
今曰く。古歌の「うきことのかさなる身こそうれしけそれ、さらではいかで弥陀をたのまん」
の下の句を、事の起こる度に独り言せよと古い志の人は申された。
又御恩が知れねば五劫永劫々々と独り言せよと。
ある人曰く。言の失が腹えまわると云うことがあるぞ。
蓮如上人は 「宿善めでたしと云うはわろし」
。又 「御文がと云うはわろし」
と、仰せあり。
同じ事を申しても、私はか様に々々に御知らせ蒙りました。かく気付かしていただきました。
と云うのとはちがうものじゃ。
・
《蓮如上人御一代記聞書》より235
蓮如上人、仰せられ候う。「 「宿善めでたし」と、云うは、わろし。
御一流には、
「宿善有り難し」と、申すが、よく候う
」由、仰せられ候う。
(現代語訳)
蓮如上人が、言われた。「「よい事してきてよかったなあ」と、いうのは、駄目。
他力の教えを聞くものは、「よい事はなかなかできない、できる御縁が有り難い」
という、実感が、わくものである」という事を、言われた。
・
《蓮如上人御一代記聞書》より259
「「仏恩が」と、申すは、聞きにくく候う。聊爾なり。「仏恩を有り難く存ず」と、申せば、
莫大聞きよく候う」由、仰せられ候うと云々 「『御文』が」と、申すも、聊爾なり。
『御文』を聴聞申して、「 『御文』有り難し」と、申してよき
」由に候う。仏法の方をば、
いかほども尊敬申すべき事と云々
(現代語訳)
「「仏の恩とは有り難いものなのだ」と、言うのは、聞き苦しいものだ。失礼である。
「仏の恩に出遇えたことが有り難い」と、言えば、この上なく聞きやすい。」
「「『御文』とは有り難いものなのだ。」と、言うのも、失礼である。『御文』をお聞きして、
「『御文』に自分自身を聞く事が有り難い。」と、言うのがよい。」と言われた。
自分自身に響いてくる仏法を、尊敬し過ぎる事はないと言われた。
・
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