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例によって月末である。今日はS歯科とH歯科のはしごをして、われながらすごいと思うくらいのスピードで仕事をしてしまった。・・・あとでミスが見つかりそうでもある。山積みのカルテが、すいすいと減っていくのを見るのはいつものことながら、気持ちがいい。一匹狼の私は、1人でおんなじことを何時間でもできるのだ。集中すると、周りの人も声をかけてこなくなる。ふっと気づくと、1時間くらいたっていて、そんなときは疲れも感じない。今日は久しぶりに充実した仕事ができた!娘がどうしても期末テストの前に、「ハリー・ポッター」が見たいと言って今日は学校が終わってから、映画を見に行った。今回の「炎のゴブレット」は2時間半くらいあるらしい。えらいこっちゃ。そういえば、主演のダニエル君と娘たちは同い年だ。西洋の子は大人になるのが早いなあ・・・カンヌ映画祭で主演男優賞をとった柳楽優弥くんも同い年だったっけ。こっちは16歳にしては、ちょっと可愛らしい顔だ。仕事をしていて、患者さんの生年月日を入力する時だんだん「平成」が多くなってきたと感じる。昔は生年月日の入力欄の第一候補が「昭和」だったけど、最近のレセコンでは、まず「平成」が出てくる。おんなじ仕事を10何年も続けていると、自分では同じだと思っていても知らないうちに時代は変わっていくのだと、ふと気がつく。自分では若いつもりでも・・・・いやいや、言うまい。「今日より若い日はない」だ。同僚が一回り年下でも、先生の年が自分の子どもの方に近くても、私はいつまでも「年齢不詳」でいたいものだわ。
2005年11月29日
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M歯科で仕事がすんで、Nさんと一緒にお弁当を食べていたら、実家の母から電話が。「円城の道の駅で白菜買ったから、取りにおいで」行きます、行きます!朝夕冷え込む高原のてっぺんにある円城の白菜は肉厚で、でも柔らかくて甘くて、すごーく美味しいのだ。お鍋に、お漬物に・・・これがないとおいしい冬はこない。M歯科から直接向かったので、今日は久しぶりに高梁経由で行った。高梁川のそばを通る国道を北へむかう。かすんだようなぼやっと白い風景の中、晴れているのに暗い川の色。もうすぐ冬が来るんだなあ。高梁の市街地に入る手前で右折して、吉備中央町にむかう。川沿いの盆地の高梁市から、道はすぐに急な坂になる。ループ橋をのぼっていくと、一気に山間の田舎の風景になる。木々はすっかり色づいて、車が落ち葉を巻き上げていく。鮮やかなもみじやいちょうなどは無いが、クヌギやサクラや栗の木の落ち着いた紅葉もまたいいものだ。よく晴れたのどかな昼下がり。刈り入れもすんだ田んぼが続く道を、のんびりとドライブ。田舎育ちの私は、林や山の中にいるとほっとする。実家でお茶のんで、じじばばと近況を話し合い、愚痴を聞き、あれこれおやつを食べまくって、おなかいっぱいになった。白菜をもらいついでの、ちょっとだけの里帰りでした。
2005年11月28日
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ラグを買おうと、ホームセンターに行ったが、これというものがなかった。インテリアコーナーのとなりに、ペットショップがあったので、ちょっとのぞいてみた。小型犬のあかちゃんが、ゲージの中で眠ったり遊んだりしている。めちゃめちゃかわいい・・・!名前はよく知らないのだけど、今はやりの足の短いわんちゃんや、毛がふかふかのモップみたいな子・・・中でもいちばんあかちゃんの、ヨークシャーテリアがゲージの中でおもちゃ相手にころげまわって遊んでいる。思わず「どうする、・・フル♪」のBGMが聞こえそうになってしまった。犬でも猫でも人間でも、あかちゃんはあかちゃんというだけで、かわいいものだ。冷静にならなくては・・・後ろ髪ひかれながら、ホームセンターを後にした。今夜は100年ものの葡萄の木からとれたボジョレー・ヌーボーを開けて、弟たちもよんで、おでんパーティーだ。大根を2本、卵も10個、こんにゃく2丁、みんなの大好きなごぼう天に、餅入りきんちゃくもいっぱいいれて・・・子どももいれて、総勢10人、あっというまに鍋の中身が減っていく。ワインと一緒に出したチーズやスモークハムもきれいになくなった。うーん、大満足!
2005年11月27日
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娘はサッカー部の試合でK工業高校へ。マネージャーの仕事もだいぶ慣れてきた様子。息子は友達とイオンへ遊びに行きたいと言う。小学生だけで行くのはまずいじゃろ・・・というわけで、一緒に行くという友達のお母さんに相談して、結局私が連れて行くことに。息子と友達と4人を積んで、イオンへ向かう。車の後で話をしているのをきいていると、面白い。「あのラーメン屋、作る人が変わったんだって」「ああ、知ってる、息子が継いだんだってよ」「味が変わったよなあ」・・・エラソウに・・・「裏・修学旅行にいきてえよなあ」「USJかな、やっぱ」「どうやって行くんだよ」「歩きか?」「チャリだよ」・・・笑ってしまった・・・車から降ろすと、みんな「ありがとうございました!」「おせわになりました!」最近は学校の遠足や修学旅行でも、子どもだけでグループ行動をしたり、地域に出て活動したりしていて、挨拶や口のきき方はしっかり仕込まれているようだ。下手な新入社員より、常識があるように思えることさえある。これなら、子どもだけで行っても大丈夫だとも思うのだが、繁華街はそんなにまともでない人たちもたくさんいるから、変なことに巻き込まれるのが心配なのよね・・・今の世の中、子どものお手本になるような人ばかりじゃない。子どもたちには、ただ大人の言う事をよくきくいい子になるだけじゃなくて、自分でちゃんと考えられる人になってもらいたい。なにがいいことでなにがいけないことか。ちょっと考えればわかるようなズルいことを、言われたから仕方なかった、ばれなければいい、なんて言ってやっているようなどこかの建築士さんみたいになってもらいたくない。いざとなったら、私はそんなこと言ってない、なんて責任を転嫁して逃げようとする人もいて、そんなこと、お天道様はまるっとすべてお見通しだ!正直者がバカを見るなんてことは、あってはならない。仕事をしていたら、正直でばかりはいられないときだってある。それは否定しない。でも、プロとして、人間として、越えてはいけない一線というものがある。誰かのせいにするんじゃなくて、最後は自分で考えて判断しないと、後で自分を情けなく思うことになる。窮地に立たされたら、最後は誰も助けてくれなくて自分でしたことの責任は自分が背負うしかない。それがいやならよ~~く考えよ~う♪だよね!おおっ!もうすぐアクセス4444です。初めてですが、ささやかですが、キリプレご用意したします・・・(^.^*)
2005年11月26日
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中学校の同窓会の案内状が届いた。卒業してから○十年、なんと初めての同窓会だ。私の卒業した中学校は、県の中央部吉備高原の真ん中にある。最近合併して、町名も変わってしまった。鉄道も通っておらず、バスは1時間に一本。それも通勤通学時間帯のみ。はっきり言って(言わなくても)田舎だ。小学校の頃、新卒の先生がよく配属されたが、バスでここへ向かう途中本当にこんな山奥に学校があるんだろうかと、皆不安になったという。バスで山道を上がって行くと、高原の上に出て、ぱっと見晴らしがよくなる。山間のちょっと盆地になったところに、わが中学校がある。私の実家は中学校から、徒歩2分。すぐそこに見える。チャイムがなってから飛び出しても、鳴り終わるまでには教室に入れるという近さ。もちろん、遅刻した事なんか一度もない。でも、遠い子は片道10キロくらいの道のりを、朝まだ暗いうちからやってくる。「いいなあ、家が近くて・・・」と、居眠りをして先生に怒られた彼女たちに、何度言われたことか。3つの小学校から、集まった生徒が通うこのT中学校は、当時2クラス。一学年80数名だったと思う。そのころ流行の(?)校内暴力もなく、私たちの学年は比較的仲がよかったと思う。まあ、1.2名のやんちゃはいたが、なにせ田舎のこと、たいした悪さはできなかったようだ。それでも、同級生には英語のスピーチコンテストで全国大会に出た子もいたし、陸上で国体に出た男の子もいる。80人の割合からすれば、優秀だと言ってもいい・・・かな?3年前に高校の同窓会があり、その時に「今度は中学校の同窓会を」と、言っていたのが、ようやく実を結んだのだ。地元に残っている人たちが、世話をしてくれているようだが、以外に多いように思う。早くもUターン組もいるのかな?もうすっかりおじさんおばさんになってしまった。みんなどんな生活をしているのだろう。なんだか楽しみでもあり、怖くもあり・・・新年の同窓会に向けて、女を磨いておこうと決意したのであった。
2005年11月25日
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お義母さんが、心臓の手術をすることになった。自他共に認める、丈夫で病気をしない人だったのに、1年半ほど前から、脈が急に速くなったりして、診てもらうと「心房細動」と「心房粗動」があるという。「心房細動」の方は、よくある病気で特に支障はないらしいのだが、「粗動」の発作がたびたび起きるようであれば、心臓に負担がかかるのでよくないという。心房細動にはストレスが一番よくない。怒りっぽくて、うるさい主人を持つ人に、その病気が多いとか・・・「私のことだわ」と、お義母さんは言う。病気がわかってから、お義父さんも気をつけるようにしてはいるのだが、長年のくせがそうそう簡単に直るわけもない。ついつい言いすぎたり、声を荒げたり・・・今までと一緒だ。私だってそのうちなるかもしれない。主人には、ストレスは外で発散してきてもらいたいものだ。お義母さんも、薬と定期健診でなんとか過ごしてこられたのだが、最近よく発作が起きるので、とうとう主治医の先生に手術を勧められた。「カテーテルアブレーション」という手術で、カテーテルを血管から心臓へ通して、粗動を起こす電気信号を発信する場所を焼ききるという。細い管を2箇所から入れるだけなので快復も早く、3日ほどの入院で済むとのこと。手術はもう何百例もこなしてこられたベテランの先生がしてくださるというし、お義母さんはもう「まな板の上のコイ」状態で、覚悟はできている。とはいえ、全身麻酔での手術。いくら入院3日とはいえ、その後もできればゆっくり休んでもらいたい。おもわず家中に緊張が走る。ここはみんなで協力して、これ以上お義母さんに心労をかけないようにしなくては。みんな、自分のことは自分でするんだよ!私はできないことはやらないからね。さっさとわが身の安全を確保しようとする私。子どもたちも大きくなったことだし、これは自立するいいチャンスかも。私がいるとつい手を出してしまって、子どもも頼ってしまうから、いっそいない方がやりやすいだろう。なんでもやっていいよ。お料理してくれてもいいし、洗濯もしてくれると助かるし。なんて、この際子どもを仕込む事にしよう。
2005年11月24日
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郵便局へ用事があって行くついでに、いい天気だったので、美観地区の方へ行ってみた。観光シーズンの美観地区は、観光客がいっぱい。こんなに近くに、有名な観光地があるというのに、なかなか行く事がない。アイビースクエアに行ってみると、児島虎次郎記念館で、「高校生現代アートビエンナーレ」展をやっていた。入ってみると、ちょうど表彰式の真っ最中。倉敷芸術科学大学や、大原美術館、倉敷市長などから入賞者が表彰されていた。 いまどきの短いスカートの普通の高校生たちが、誇らしげに賞状を受け取っていた。表彰式が終わると、皆自分の絵の前に立ち、賞状をもって写真を撮ってもらっている。撮影するご両親たちも嬉しそうだ。油絵、アクリル、コラージュ、CG・・・いろいろな絵画があった。大きなキャンパスに向かい、自分の中の自分と向き合い、一筆一筆描き進んでいったのだろう。集中力と根気のいる作業だ。最優秀賞を取った女の子が、受賞の感想の中で「長い時間をかけて私が作品を作る間、見守って協力してくれた両親、友達、先生に感謝します。」と、言っていた。描きたい気持ち、迷い、挫折、ひらめき・・・何時までに、と区切ることはできない。きっと、ぼーっとしている時間もあったことだろう。ふつふつと湧き上がって、手が動き出すまで、じっとだまって見守る両親の理解にも、私は感心する。最優秀の子の作品はCGだったが、このビエンナーレの主催者の画家の先生に、「なぜ、CGにしたの?手で描こうと思わなかった?」と聞かれていた。今のCGはものすごく細かい設定ができる。色の組み合わせ、重なり、陰影・・・この道具を使い始めた子供達にとっては、夢のような魔法の道具に思えることだろう。主催の先生は、一筆づつ迷いながら描き進むことの大切さを語っておられた。CGで、さっと色を塗り、削除し、印刷したものと、手書きのそれとでは絵の奥行きが違うという。確かにそうだと思う。でも、CGは筆こそ使わないが、一枚の平面に幾重にも重ねられた、色のコラージュのようだと思う。筆を使う技術を磨くのと同じように、彼らはCGの技術も磨いているのだ。最優秀の彼女も、「今回たまたまCGで始めたから、CGで描いたが、今度は違う技法にも挑戦してみたい」と言っていた。まだまだ発展途上のこの子たちは、これからもっとたくさんの表現手段を勉強して、自分に合った方法を見つけていくことだろう。短いスカートをはいて、ケイタイで写真を撮っている画家の卵たち。これからも自分を表現するために、描き続けてほしいものだ。美観地区を歩いていたら、なにやら人だかりがしている。きゃあ、という声や、撮った写真を見せ合っている人がいる。だれか、来てるのかな?思わず人だかりの方へよっていくと、大原美術館の庭先にかの、カリヤザキ先生がおられるではないか。TVでみたままの、金髪カチューシャのロングヘア。わーい、有名人を見ちゃった。思わぬ観光旅行ができた昼下がりであった。
2005年11月23日
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はい、美人ダンサーおかんです。こずかべさんからのバトンとあっちゃあ、受け取らないわけにはまいりません。人間性バトン1.まわしてくれた人の印象 こすかべさん・・・人の気持ちの分かる人2.周りから見た自分はどんな人と思われますか? やさしそう。 怒らない人。 ぼーっとしてる。(主人曰く) ほわーっとしてる。(従姉妹が言った) 3.自分の好きな人間性を5つ ・おおらかな人 ・人の痛みの分かる人 ・ユーモアのある人 ・人が考えないような事を考えている人 ・美しいものを美しいと素直に感じられる人4.きらいな人間性 ・自分の型に人をはめようとする人 ・自分が正しいと信じて疑わない人 ・なんでも人のせいにする人 ・人の立場にたってものを考えられない人 ・人を愛した事のない人5.こうなりたいと思う理想像 美しく生きる人になりたい6.自分のことを慕ってくれる人に叫んでください 私のありのままを受け入れてくれてありがとう!7.そんな大好きな人にバトンタッチ!(その方の印象も) まだ初心者なんで、知ってる人少ないのですが、きいてみたい人 ・サンシャインあきこさん・・・人生を真摯に生きる美しい女性 ・たこさん・・・家族を守ることを誰よりもがんばっている人 ・はっぴい・E・ママさん・・・親バカ大将 ・巴里雀さん・・・なぞのパティシエ ・Tシャツ自営隊さん・・・体調がよろしければ ・もーくん・・・・・・何も言えません
2005年11月21日
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倉敷駅前の商店街で、月に一度やっている朝市に行った。久しぶりだ。7時から始まると思って行って見たら、8時からだった。寒い!めちゃめちゃ寒い。たまらず、改札口の近くの喫茶店でコーヒーを飲んで、時間をつぶした。主人のお目当ては魚やさん。お店の人と値引き交渉をするのが楽しいのだ。そんなに買ってどうするんだと言うくらい、買いあさる。そのやりとりが調子がよくて、面白がってお客さんが寄ってくるほどだ。この間なんか、TVカメラまで寄ってきた。私は後の方に下がって他人のふり。今日も、お正月かい!というくらい買っている。自分でさばくというんだから、もう何も言いません・・・広場で「山形名物・いも汁」を100円ワンコインで食す。ころころしたさといもと、ゴボウにこんにゃく。けんちん汁みたいで、温かくておいしい・・・その足で、駅前の○ナカへ。ここも朝市に合わせて、開店している。・・・すごい人だった。確かに、安い。いろいろ安い。冷凍食品半額・トイレットペーパー148円・ジャワカレー100円・ポテチ68円・カップヌードル58円・・・・閉店セールかと思うくらいの大賑わい。よけいなものを買わないように、見ないふりをしつつ、それでもちょっと買ってみた。レジも長蛇の列。帰ったら、10時前になっていた。あー、疲れた。熱っぽかったのと、少し頭痛がするのとで、お昼から本格的に寝てしまった。これで、残っていた風邪も全快!夕食は主人がさばいたお刺身で握りずし。なんたって主人はお魚が大好きなのだ。美味しいお刺身を好きなだけ食べるためには、やはり自分で買ってつくるのが一番。日ごろの節約の分、思いっきり好きなお魚を買って、たらふく食べる。それがストレス解消になるんだったら、まあ仕方ないよね。にこにこ顔で握りずしを食べる主人をみていると、よかったね、と思う。私の場合は、魚よりもケーキだな。最近食べてないなあ・・・娘の誕生日まではお預けかな。
2005年11月20日
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ただ今、娘はサッカー部の練習試合で、瀬戸方面へ遠征。息子は野球をして遊ぶと言って、友達の家に。主人は仕事だと、岡山に。うわ~、ひっさしぶりの一人の土曜日!何しようかな~と言っているうちに、もう夕方になってしまった・・・ 冬物の服を出して、夏服を片付け、灯油を買いに行ってボイラーとファンヒーターに給油し、お昼ご飯を食べたあと、息子が学校で掘ってきたサツマイモをゆでる。りんごのざくぎりを加えて、砂糖とレモン汁をいれ、ぐつぐつと煮ているあいだに、ちょっとブログを読んで・・・・おおっと、つい夢中になっているうちに、イモが煮崩れてしまった。りんごとさつまいものブリザーブのできあがり?ま、いいか。今朝のTVで、マドンナの新作CDのプロモをやっていた。レオタード着て、美しくもたくましい足を丸出しにして踊っている。47歳だって?信じられない!レオタードの後から、はみださんばかりのお尻は、ぷりっとして全然たれてない。ウエストもきゅっと引き締まって、胸も大きすぎず、小さすぎず、もちろんダンスもすばらしい。すごいわ!お姉さま!・・・ふっ、私なんか、まだまだひよっこだわ。と、妙に元気がでた私でした。そういえば、私のまわりには同年代でも「おばちゃん」な人はいない。もしかして、世の中全部がそうなってきてるのだろうか?40代まだまだこれからだ!・・・みたいな元気いっぱいの人ばかり。私たちの老後は明るいぜ!フォー!!(なんじゃそりゃ?)
2005年11月19日
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今日はかなりすっきりした気分。まだ少し咳がでるけど、声も直ってきた。久しぶりにスカートなんぞはいて(でも厚手のタイツ)ショートブーツで出かける。今日はM歯科。一週間ぶりなので、仕事はいっぱいたまっている。受付のNさんが、「ああ~、私がうつしちゃったんですね!スミマセン」と、恐縮する。いやいやお義父さんのがうつったんだと思うよ。例によって一週間ぶんの事件をききながら、仕事する。それにしても、つきることのないニュースには面白いやらあきれるやら・・・従業員が増えれば増えただけ、問題も増えていく。「みんなが心を合わせて同じ方向に進む」なんて、夢のような話だ。だれかぎゅっとまとめることのできる人がいればいいのに。今は「だまって俺の言うとおりにしろ!文句を言うな!」なんていうやり方は通用しない。成績が悪い、努力しろ、と言うだけで人が管理できれば、だれも苦労しない。どうすれば成績が上がるのか、一緒に考えてくれるような上司をみんな求めているのだ。冗談が冗談に聞こえなくて、本気でNさんを怒らせたT先生。相手の反応をよく見て、言っていいか悪いか考えてから言えばいいのに・・本当に子どもなんだから!と怒るNさん。まあ、M歯科のスタッフはよそに比べて確かに厳しいとは思う。細かいところまで注意するし、だめならだめとはっきり言う。プライドの高い人なら、むっとするだろう。年下でも「歯科医師」としての立場は守ってあげてもいいような気がするのだが、みんな結構厳しく注意する。T先生も素直にきいてはいるが、内心面白くないかもしれない。ときには反抗的な態度をとることもあるだろう。なんだかそのうち喧嘩になりそうで、ちょっと心配だ。院長にしても、メールや伝言での苦言は聞くが、面と向かって言われるとやはり不機嫌になる。相手のプライドを傷つけないように言うのは難しい。感情的にならずに、言い過ぎないように、相手の反応を見て、傷つけないように言葉を選んで・・・ああ、難しい!でもこれをクリアできれば、結婚生活にも役立つ事請け合いだ。こんな風に自分の気持ちを相手にわかってもらえるように伝えられたら・・・わかってはいるのだが、なかなかそう上手くはいかない。他人事じゃないな、このテーマ。
2005年11月18日
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徐々に快復してはいるものの、ときどき咳が出る。もう少しだなあ。朝の片づけをしてから、S歯科へ仕事にいく。そんなにカルテもたまっていないので、12時過ぎには終了。お弁当を食べて薬を飲んだら、とたんに眠くなる。スーパーの駐車場に止めた車の中で、けっこう熟睡してしまった。今日はボジョレー・ヌーヴォーの解禁日。いつもヌーヴォーを買うワインのお店「ヴァン・ル・パン」で、1本予約していたのを取りに行く。薦めてくれたのは、樹齢100年の木からとれた葡萄で作ったというワイン。・・・うーん、年とともに深い味わいの・・・私たちにぴったり?「今年は作柄がいいので、きっと美味しいですよ」と店長。でも、今日はそれはお預け。今日は主人が「悟空」で買ってきたワインをあけた。今日はアドバイザーが来ていて、選んでくれたというこのワインもなかなか・・・お酒はあまり飲めない私だが、ヌーヴォーくらいなら大丈夫。葡萄の皮ごとの味がする。渋くはなく、ほどよい酸味。今日はどうしようかと迷ったが、バレエのレッスンにも行った。暖房も入っているし、踊ったら身体が暖まるし、ちょっとくらいの風邪なら踊れば治る!と先生も言っておられた。身体の力が抜けているせいか、いつもより軽い感じがする。結局しっかりと通常のレッスンをこなしてしまった。帰ってワインを飲んだら、なんだか風邪がふっとんだような気がする。よっしゃ!明日もがんばろー!
2005年11月17日
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鼻はいくぶんよくなったが、声がヒサンなことになっている。今日はバンドの練習日だったのだが、みんなに風邪をうつしてもいけないので、お休み。声が出にくくても、行ったら喋りたおしてしまいそうだし。また高音がでにくくなりそうだ。前回は完治するのに4ヶ月くらいかかってしまった。おとなしくH歯科へ仕事に出かける。マスクもして、極力しゃべらないように・・・しかし、薬のせいか眠くてしょうがない。はやく直したいよお!というわけで、きょうはこの辺で。おやすみなさい。
2005年11月16日
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鼻は詰まるし、喉が痛くて声まで変わっている。でも、めげずに甥っ子の通う幼稚園のバザーに行った。義理の妹のMさんが今年は役員をしていて、「すごいですよ!みんな。手作り品がいっぱい」というので、行かねばなるまい。9時半開始のバザーに、8時50分位から並ぶ。保護者の方々(OB含む?)近所の皆様、などおよそ30人くらいは並んでおられたようだ。うちの子ども達の通った幼稚園のバザーも近所では有名で、ここは1時間以上前から長蛇の列で、始まったとたんバーゲン会場のように殺気立っていた。ここの幼稚園はまだそんなに知れ渡ってないらしく、買い物をする皆様も比較的落ち着いておられる。不用品の方はさすがに人がいっぱいだったが、今回私は手作り品に焦点をあてて、おおっと目につくものを片っ端から買い物かごに入れていく。安い!こんな値段では材料費にもならないんじゃないかと、他人事ながら心配するほどだ。しかも手作りとはいえ、皆さんお上手。もう買うしかない!誰かのプレゼントにしてもいい。キリプレにしちゃおうかしら。(いつになるやら・・・)おいしそうなケーキも買って、となりの部屋でコーヒーも飲んで、大満足で幼稚園を後にした。Mちゃんありがとう、来年もまた呼んでね。耳鼻科でもらった薬も飲んで、さっさと寝なくちゃ・・・といいつつ、もうこんな時間だわ。 戦利品の一部
2005年11月15日
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お義父さんが風邪をこじらせて調子が悪いと、朝からお義母さんと一緒に病院へ行かれた。お義母さんも昨日から、持病の調子がよくない。大丈夫かなあ・・・お義父さんは、いつも「おもいっきりTV」などを見て、健康には人一倍気を使っておられるのだが、いざ調子が悪くなると、なかなか病院に行きたがらない。まあもともとは丈夫な方なのだが、やはり年をとってくるとなかなかすぐに直るということは難しいようだ。お二人には小さい頃の孫の面倒を、イヤと言うほど見てもらった。私がのんびり仕事できるのも、お義母さんのおかげだ。子どもたちも大きくなって、自分のことは自分でできるようになってきた。今はゆっくり自分の好きなことをやってもらいたいと思う。お義母さんの心臓はストレスも原因になっている。いままで苦労された分、こころおきなく生活を楽しんで頂きたいのはやまやまだが、まだ現役引退というわけにはいかないようだ。おおきな子どもが約1名、いや2,3・・・4名?しんどくても、ついがんばってしまう。やらなきゃならないことでも、私なら自分がしんどかったらさっさと休んでしまうのだが、お義母さんはそうではない。結局、ほっておけない性格のお義母さんがわりをくっているのだ。でも、お義母さん!自分の身体は自分で守らなきゃ!病気になって何もできなくなるよりは、お休みして「横着もの」と言われても、健康な方がいいに決まってるじゃありませんか。自分のことは自分でできるように、男たちを教育しないと。・・・いまさら、無理っぽいけど・・・と言うわけで、今日も私はのほほんと日記など書いている。眠くなったらちょっと横になって、それから起き出して片付けをする。早く寝たいけど、自分の時間もほしい。・・・私ってアバウトな性格?
2005年11月14日
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今日は朝からいい天気!娘はこの間なったばかりのサッカー部のマネージャーでの初試合。はりきって出て行った。娘は、けっこう人のお世話をしたり、下働きしたりするのが、好きみたい。・・・私とは違うなあ・・・主人が紅葉を見に行こう!と言うので、豪渓に出かける。豪渓は今、途中ががけ崩れで通り抜けできなくなっているのだが、紅葉のきれいなあたりまでは行けるらしい。ついたのは10時ごろだったが、けっこうたくさんの人が来ていた。駐車場が狭いので、手前の分かれ道のあたりで通行規制がでている。紅葉はまだ始まったばかりで、一本のもみじの木に、赤い枝と緑の枝と両方が楽しめる。来週か再来週くらいが見ごろかな?その後、井山の宝福寺へ。雪舟さんが涙でねずみの絵を描いたといわれる、山の中のお寺だ。こちらも、もみじが真っ赤に色づき始めている。予約してないので精進料理は無理だったが、近くのお寺で湯豆腐をいただく。ゆっくりとお寺の庭を見て歩き、ちょっと京都にでも来たような気分。お昼すぎに帰ってから、あまりに汚い愛車を二人して洗ってやる。ワックスまでかけて、久しぶりにぴかぴかになった。あ~疲れた。夕方になってなんだか喉が痛くなってきた。やだなあ・・・もう、早く寝よ。
2005年11月13日
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今年は主人が永年勤続のご褒美で、10連休がもらえる。前回の連休には、二人でイタリアに行ってきた。今年は節約モードに入っているし、テロも怖いので、EUは断念。「タイに行って、ムエタイが見たい」と言う主人。タイかあ・・・辛い料理が苦手な私はちょっと不安。そんなに使わないだろうと、5年間有効のパスポートしか取っていなかったので、取り直さないといけない。今度は10年のを取るつもりだ。でもまた使う事があるだろうか?いや、あれば使うかもしれないな。私が始めて海外旅行に行ったのは、27歳の時。本で読んだ旅行記に魅了されて、バリ島に行った。バリ島も今では有名だが、当時はまだあまりポピュラーではなかった。相談した旅行代理店の人に「すごい田舎ですよ、何しに行くんですか?」と言われ、珍しがられた。当時は若い子が行く海外旅行といえば、まずはハワイだった。12月の安い時期だったこともあり、成田発なのに申し込みは私1人。ツアーの最低催行人数は2名だったが、1人部屋追加料金も無しで催行してくれることになった。ろくに英語すらしゃべれないのに、初めての海外旅行で女の子1人・・・今考えるとかなり無謀だったような気がする。でもどうしても行ってみたかったのだ。バリ島はインドネシアの多数の島々のなかの一つだが、独自の宗教と、工芸品、芸能や音楽、絵画を持っている。特に興味をもったのは、バリ王朝時代に神々に奉納されたという舞踊。バリ島の宗教はヒンズー教が基で、その神話を題材にした古典舞踊と、現代になってから発展した「ケチャ」のような、芸能とがある。踊りに演奏されるガムランの響は、微妙に音階をずらせているのか、不協和音すれすれの共鳴を起こす。細密で遠近感の無いバリの絵画。黒檀の彫刻もバティックの模様も非常に緻密だ。催眠術にでもかけられそうな芸術の数々・・・しかもそのほとんどは専門の職人さんではなく、普通の人が仕事のかたわらにやっているものなのだ。当時のバリは、ヨーロッパとオーストラリアからの観光客が多く、今では豪華なリゾートホテルの立ち並ぶヌサドゥアも、まだまだ発展途上。サーファーとバッグパッカーがうろうろしている横で、地元のおばちゃんが頭に大きな荷物を載せて歩いていた。私が泊まったのは、サヌールにある大きなホテルで、敷地内にゴルフコースまであったが、宿泊客は少なかった。部屋は広くて、快適だったしホテルにはかたことながら日本語を話せるスタッフもいて、みんな親切だった。ホテルを出ると舗装もしていない道路のわきには、海の家みたいなお店があり、店の人はひまそうで、私が通ると「コンニチワー」と声をかけてくれた。今ほど物売りも騒々しくなく、貧乏そうな私に声をかける人も少なかった。毎日が夏休みみたいだ。朝起きると、聞いたことのない声の鳥が鳴き、かいだことがない甘い花の香りがした。空も海も見たことがないほど青かった。片言のインドネシア語で現地の人に声をかけると、ちょっと驚いた顔をして、そのあとにっこりと笑顔を返してくれる。今まで私が大切だと思っていたこと、失くしたくないと思っていた物、そんなものを全部、捨ててしまってもいいような気がした。世界はまだこんなにも美しく新しいものに満ちている。私たちが失くしてしまったものが、ここにはまだあった。バリ島の小さな空港を飛行機が飛び立ったとき、私は帰りたくなくて涙が出た。まるで故郷を離れて行くようなさみしさを感じたのだ。一人ぼっちでは、たいした冒険もできず、ちょっと見てきただけのバリだったが、私にとってはとても大切な経験になった。バリ島では最近も自爆テロが起こり、昔のようにのんびりした田舎でもなくなったようだ。バリ島にはあれから2回行ったが、そのたびに、島とそこに住む人たちが変わってきたように思う。仕事のかたわらに趣味のようにやっていたことが、思いのほかお金になるとわかって、専門にやる人もでてきたのだろう。美術工芸品の値段も格段に高くなっている。今はプロの舞踊家もいるようだ。観光は大きな収入源で、私にどうこう言う資格はないのだが、ちょっとさみしいような気がする。またいつか、行ってみたい。そんなに快適じゃなくてもいい、日本語が通じなくてもいい。大切なものを失くさないように守っている人たちも、きっとまだいるはずだ。
2005年11月12日
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久しぶりに一日中雨。朝、車のエンジンオイルを交換して市役所へ戸籍謄本を取りに行って、M歯科へ重役出勤。今日はゆっくりとここの入力作業をしよう。受付のNさんに、いろいろききたい話があったのだが、今日は彼女はすごく忙しかった。新婚旅行から帰って、仕事に復帰したばかりの新婚Oさんとも、忙しくて話せずじまい。かわりにT先生が昼休みになっても、そばに張り付いてあれこれ話をしてこられる。「子どもみたい」と、みんなに怒られてばっかのT先生だが、自分の得意分野では、話をし出すととまらない。4時半すぎに終わってから、買い物にむかう。今日は静岡から主人の真ん中の弟が、帰ってくるのだ。お義父さん、お義母さんの作ったお魚料理も済み、先日主人がネットで買った「花咲ガニ」も解凍中。今が旬の瀬戸内海産の・・・えーとほっぺの尖っている・・・名前を忘れてしまった・・・かにさんも並んでいる。三男夫婦と甥っ子たちもやってきて、にぎやかな夕食が始まる。例によって顔も性格も全く違う三兄弟。でも、おいしい魚が大好きなところは、みんな一緒だ。「花より男子」を見ていたら、どうにもたまらず、爆睡・・・・気がついたら12時半。流しは食器の山。「ポッキーの日だから、買ってきてね」と、娘が言っていたような気がするが、夢だったかしら・・・?明日早くからやるよりは、少しでも寝坊したいので、洗い物は今夜中に済ませよう。・・・て、もう明日か。
2005年11月11日
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H歯科で今月最初の入力。もう7日分もたまっている。気が遠くなりそうなカルテの山を、ひとつひとつ片付けていく。H歯科はこの土曜日イレギュラーにお休みなので、今日も診療している。このあいだのお休みの分を取り返すべく、来週は休みなしでやるという。大丈夫かなあ・・・いくら若いとはいえ、疲れがたまると仕事にも支障がでやしないかと心配になる。M先生も「来週は大変です・・」と、すでに疲れた様子。言われた事に対してあまりに素直に反応するので、この子たちにはめったな事は言えない。意地になっているところもあり、ちょっとやる事が極端なような気もする。思いついたことをぱっと言ってしまう院長に、彼らは慣れていないのだな。後で「えっ、そんなこと言ったっけ?」とか言われても知らないよー。先週が祭日でお休みだったので、今日はひさしぶりのバレエのレッスン。足や肩、腕の筋がじわーっとのびていくのがわかる。最近腹筋運動をさぼっていたおかげで、足を持ち上げるのが重くて大変だ。最初は寒いと思っていたのに、バーをやっているとじわっと汗が出てくる。終わる頃には足の先までほっかほか。技術はなかなか上達しないが、新陳代謝は確実によくなっていると思う。だって、先生なんか真冬でも裸足で、お顔なんかつるつるぴかぴか。まぶしいわ・・・今夜は朧月がでている。私は童謡の「朧月夜」が大好きだ。 なのはなばたけに いりひうすれ みわたすやまのは かすみふかし はるかぜそよふく そらをみれば ゆうづきかかりて においあわしあの曲をきくと、ぱあっと目の前に光景が浮かんでくる。私に絵をかく才能があったら、それを描いて見せてあげたい。風のやわらかさや、匂いまで浮かんでくる。もうひとつの「朧月夜」は、源氏物語。高校生の頃友達と、誰が何の君のイメージかという話になったとき、私は「朧月夜の君」だと言われた。エライ人との結婚が決まっていたのに、光源氏にほだされて関係をもってしまい、それがばれて光源氏は須磨へ左遷される。彼女は「ああ、どうしよう、どうしよう」と嘆くばかり。なのに光源氏が都に帰ってきて、「あなたと私は長い付き合いではありませんか」なんていわれて、また関係が復活してしまう。源氏もまあ、勝手な男だよなあ。だが彼女も最後には出家して、源氏の手の届かないところに行ってしまうのだ。「えー、なんで私が?」と聞くと、情に脆そうだから、といわれた。そうかなあ・・・?これが、私の名前の「朧月夜」の由来です。
2005年11月10日
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今日は1年に1度の人間ドッグの日。去年より体重は減っているとは思っていたが(発表会に向けてがんばったもんね)なぜか身長が伸びていた。ここ2年で、1センチ伸びている。バレエをやってて、姿勢がよくなったからだろうか?特に異常はないようだったが、いつものとおり総コレステロール値がちと高い。今年は再検査になりそうだ。これって、いわゆる「血液ドロドロ」ってやつよね・・・食生活と運動不足、あとは体質にもよるらしい。水分を多く取って、卵食べ過ぎないようにしなきゃ。検診センターをでて、用意してくれた昼食をとりに、病院の方へむかう。最近建て替えてすばらしくきれいになった病院は、わたしが独身の頃からおせわになっている所だ。特に婦人科が有名で、私は出産も、手術もここでお世話になった。かかりつけのA先生は、かれこれ17年のお付き合いだが、いまでは腹腔鏡手術の第一人者として忙しい日々を送っておられる。私が腹腔鏡手術を受けたのはもう10年ほど前だったが、いまでは何の傷跡も残っていない。むしろ、22歳のとき受けた虫垂炎の手術のあとの方がくっきり残っている。日々進化する医療にはびっくりさせられる。でも、患者さんの負担が少なくなるのはいいことだと思う。手術は、たとえ虫垂炎といえども翌日は歩けないほど消耗するものだ。10年前、ドッグで見つかった私の卵巣膿腫の手術は、腹腔鏡で行われた。とはいえ全身麻酔で行うので、私としてはかなりの覚悟がいることだった。気がついたら終わっていたのだが、その後が大変だった。麻酔の後遺症か、起き上がるとひどい頭痛がして、5日の予定の入院が7日に延びてしまった。大量の痛み止めと一緒に退院して翌日には仕事に復帰したのだが、1週間ほどは薬が手放せなかった。それまではなかった生理時の頭痛も、この後から始まった。全身麻酔はもうこりごりだ・・・その頃とは、すっかり変わってしまった病院の9階にあるレストランで、倉敷の町並みを眼下に見ながら定食をいただいた。薄味で美味しかった。ご飯にも、よくわからないけど雑穀が混ぜて炊いてある。私ももっと勉強して、食生活は大切にしなくちゃ。ますます若く、美しく、なるためにも(^_^)v ね!
2005年11月09日
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レセプトも無事に仕上がり、あとは提出するのみ。月曜日にM歯科の入力の後、提出に行こうかと思っていたのだが、さすがに連日の4時半起きがこたえてきた。もう午後から猛烈に眠くて、こんな時に車の運転をするのは犯罪行為に近いと、断念。おとなしくM歯科のカルテを入力し、帰宅途中に寄ったスーパーの駐車場で、買い物前に仮眠をとる。目が覚めるとあたりは真っ暗。あ・・・1時間も寝てしまった・・・日曜日には、この間のバレエの発表会の反省会兼、先生とお茶する会があった。娘がこの教室にお世話になり始めてから、もう12年。私も保護者のなかではベテランになってきた。今回いちばんの大御所保護者が抜けられていたので、保護者会(発表会のときだけ発足する)も、ずいぶんとわきあいあいとした雰囲気になってきた。恩師亡き後、バレエ教室を継いだ先生は当時若干20歳。助けてくれる教室もあれば、風当たりの強い教室もあり、いろいろなご苦労があったことと思われる。うちの先生は一言でいうと、「男らしい」性格。さっぱりしていて、でも情熱的で、こだわりもあれば、思い切りもよい。今の生徒さんたちは、ひとえにこの先生の性格とバレエのセンスに魅了されて、長い事続けているようだ。もちろん小さいお子さんもいっぱい居られるが、他の教室より、高年齢層が多いような気がする。大きくなって止めた子もいれば、高校大学と出て行っていたのに、帰ってきてまたレッスンしている子もいる。結婚して出産を終え、子どもと一緒に戻ってきた人もいる。人生は人それぞれだが、その一部にバレエが入っているというのは、私の理想でもある。ストレスが多くて忙しい生活の合間に、ほっと一息つける場所。ここへ来て踊って、おしゃべりしたら、また元気になって帰ることができる。そんな場所でありたいと、先生はおっしゃる。今回の発表会は、子どもたちの演目と、大人のそれとのギャップが大きすぎたと、あちこちで意見があったらしい。3部の大人の演目は、演劇やモダンのゲストも、半端でなくかかわっておられたし、いっそ独立した公演としてやるべきだったのではないかと・・・次回の発表会の方向性なども先生から発表があり、これからの教室の行方がますます楽しみになってきた。ああ、たとえ娘が止めても、私はまだまだ止められないわ・・・「大丈夫、シルバークラスを作りますから!」と先生もおっしゃる。終わって下のレッスン場をのぞくと、いつものお姉ちゃんたちが、我が家のようにくつろいでいる。この子たち、ここでゴハンを食べたり、寝泊りしたりもしているらしい。日曜日だというのに、男の子とデートもしないで、バレエ三昧・・・まあ、それもいいよね。同じ価値観の仲間がいるというのは、幸せなことだ。
2005年11月08日
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娘が国体のボランティアに行くため、連日4時半起き。さすがに、日記の更新をやって午前様になるのはきついので、お休みしました。土曜日には、皇太子さまも視察にみえたそうだ。至近距離で超VIPを見た娘は「オーラが違う!」と興奮していた。TVの画面を見てるみたいで、額縁がついてるようだったと言う。なんとなくその表現、わかるようなわからんような・・・その娘をほっといて、土曜には主人と尾道へ小旅行。尾道「灯りまつり」と、「男たちの大和」ロケセットを見るのが目的。尾道は久しぶりだった。海のすぐそばまで山の斜面が迫っていて、国道から北は急な坂道が続く。山陽本線の線路をわたると、民家やお寺に続く階段があちこちにある。「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」大林宣彦監督の「尾道三部作」のロケで有名になった町だ。急な階段を登ってふと後を振り返ると、目の前には道ではなく、家の屋根と海と、対岸の島が見える。このあたりの家の人たちは、いつも街と海を見おろしているのだ。ぐるっと見渡せば、東にしまなみ大橋、南には造船所の巨大なクレーン、そして日が沈む瀬戸内海。下には電車と車が並んで走る道路。踏み切りが多く、しょっちゅう警笛が鳴りる。海には島とこちらをつなぐ渡し舟が、何度も往復している。「灯りまつり」最終日のこの日は、町にたくさんある古いお寺の参道の両脇に、ちいさなろうそくが並ぶ。お寺への階段にも並んでいて、遠くからでもずらっとちいさな火がともっているのがよく見える。夕暮れ時に千光寺に登っていたのだが、ちょうど町の人がろうそくをともすところだった。「どうぞ、つけてください」とちゃっかまんを渡され、私たちもそのあたりのろうそくに火をつけていった。しだいに暗くなっていく町に、暖かなろうそくのオレンジ色が広がっていった。もうひとつのお目当ての「戦艦大和」のロケセット。渡船で対岸の向島へわたり、造船所のドッグにセットされた原寸大の大和の一部を見る。大きな戦艦だ。主砲塔や、対空機銃、測距儀・・・世界最大の艦船大和は、極秘裏のうちに作られ、大戦最後の砦として沖縄へむかった。10代の少年兵を含む3千余名の人たちは、東シナ海で米軍の攻撃をうけ、大和とともに今も海の底に眠っている。家族には「必ず帰ってくるから」と約束し、戦友たちとは「靖国で会おう」を合言葉に、国を家族を守るために彼らは旅立っていった。愛するものたちを引き裂く戦争の残酷さ。勝ち目のない戦と分かっていても、命を投げ出す若者たちを、どうしてばからしいと言う事ができるだろうか。彼らを英雄というのはあまりにきれいすぎるが、その犠牲になった命を、私たちは決して忘れてはいけない。今も世界中で行われている、戦争やテロ。悲しみの連鎖を、いつか断ち切ることができるのだろうか。私たちはもっともっと、歴史に学ばなければならないのだ。お昼は尾道ラーメンをいただき、夜は海の近くにある和食のお店で、おいしい魚料理を食べた。「ベッチャーの胃袋」という、3日前に開店したばかりだというお店だったが、若い板さんが作る料理は繊細で丁寧で、予想外の当たり!「あなごの薄造り」「寄せ豆腐」「いわしのちょっと干しのてんぷら」・・気の短い主人は出てくるのが遅いと文句を言ったりしたが、それでも料理は非常に美味しく、店の人の対応も誠意があったので、きもちのよい旅行の締めくくりになった。市役所のそばの市営駐車場から北へ向かってすぐ、道の左手にありますよ。帰りに尾道バイパスに乗ろうとして、道に迷って狭い山道をうろうろしたりしたが、夜だったので2時間ほどで帰宅できた。ナビは抜け道までわかって便利なのだが、道の広さまでは分からないのが難点だ。思わぬ細い道に誘導されてあせった事が何度もある。結局地元の人に道を聞いたりして、なんのためのナビなんだか・・・子どもたちには「尾道ラーメン」と、とおりすがりに見つけた「桂馬」のかまぼこをお土産に買って帰ったのでした。
2005年11月07日
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ひさしぶりのP歯科。ここは月に一度しか行かないけど、いつも私の「癒しの空間」だ。事務長のSさんの細やかな気配りが、院内に行き届いている。患者さんも細々とではあるが、着実に増えている。おかげさまで私の仕事の時間も増えてきた。DHのさんがいろいろとお菓子を出してくれるので、ここへ来ると確実に太りそうだ。丁寧に点検をしたので、総括まで終わったら4時半すぎていた。かえりにジャスコへ寄って、息子の靴下を買う。靴下は24~26cm。・・・でかくなったものだ・・・息子は一週間に1足靴下を履きつぶす。上靴を履いているにもかかわらず、5本指がそっくりシルエットになるほど靴下の裏を汚して来るし、親指のあたりに大きな穴をあける。何度か繕ってはみるものの、洗濯でごしごしこすった靴下は生地が薄くなっているのか、またすぐに穴があく。靴磨きや掃除に使おうと取っておくと、あっという間にゴミ袋いっぱいになってしまう。ほかに何かいい使い道はないものだろうか。
2005年11月04日
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ドッグ入りしたS歯科のPCの代替機が来たので、祭日だが仕事に行った。レセプトを打ち出してみたら、半端でない枚数。どうりで仕事がやけに忙しかったわけだ。今月は大入りだ。院長私にもボーナス・・・(^-^)/~ ヨロシク!乳幼児医療受給者は、レセプトの他に別請求があるので、それを書き出さなければならない。倉敷市では4才までだが、今月はそれも当然いつもより多かった。しかし最近の子どもたちの名前はバラエティーに富んでいる。外国の子のようなかわいいのやら、親御さんの思い入れがひしと伝わるもの、兄弟で韻を踏んで(?)いるもの、やたらと画数が多くて書くのが大変なもの・・・双子ちゃんはもちろん、三つ子ちゃんもいる。にぎやかだろうなあ・・・書いていて気がついたのだが、最近「子」のつく名前の女の子がほとんどいない。私たちの世代ではほとんど「子」がついていて、ついていない私などは、どこへ行ってもたいそう珍しがられたものだ。「男の子なの?」と聞く年配の人さえいた。当時の田舎では、聞いたこともない名前だったのだろう。文学少女だった母は、自分のごく普通の名前がおもしろくなくて、娘が生まれたら少女小説に出てくる女の子みたいな名前をつけようと思っていたらしい。母は私の名前に「子」をつけるべきかどうか悩んだという。祖母に女の子の名前らしくないといわれたのだろう。結局「子」はつかなかったのだが、小学校の時には校長にわざわざ音読みされて、男の子と間違われた。あれを音読みするほうが無理があると思うけどなあ・・・でも、高校入試の面接の時には、「いい名前ですね」とほめてもらった。授業中にも名簿の中で目立ったのか、よく音読などにあてられた。「きれいな声をしていそう」だと言われて当てられた時もあり、私は真っ赤になってしまった。名前で得をすることもあるのだな。お母さん、ありがとう。もちろんうちの子も私の思いいれたっぷりの名前だ。今年高校に入った娘は、たまたま前の席の子と同じ名前で、入学式の日からすっかり打ち解けていた。娘はなんだか幸先がいいと、喜んでいた。自分と同じ名前の人がいると、やはりうれしいし、どんな人か気になるものだ。私も、以前病院で呼び出された時、偶然私と同姓同名の人がいて、同時に返事をしてびっくりしたことがある。呼んだ先生の方もびっくりして、カルテを見比べていらした。同じ名前の人が、たまたま同時に診察を受けにきたなんて・・・偶然て面白い。その人のお顔は見られなかったけれど、私と似てるのかな?どんな性格の人かな?と考えてしまった。同じ名前でもきっと全然違う人生を送っているのだろうな。
2005年11月03日
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朝からはりきって、H歯科の打ち出しと点検。お昼過ぎにS歯科から、代替機が届いてセットできたと電話が入る。S歯科に行く前に、倉敷市営球場の横の陸上競技場で行われている、学童陸上記録会を見に行く。息子の学校も6年生が全員出場している。競技場につくと、ちょうど息子の出るハードルが始まろうとしていた。はっきりいって運動神経が抜群とは言いがたい息子。ひょろひょろしていて、特に速く走れそうでも、強そうでもない。しかしこの2週間ほど、先生が放課後特訓をしてくれた。「もう少しタイムが上がったら、県大会にでられるぞ!」と励ましてもらって、彼としては非常にがんばっていたと思う。足の指をねんざしたり、ひざが痛かったりしたが、どうしてもこの大会に出たいと思っていたらしく、2日ほど休んだだけで特訓も再開。もちろんお風呂上りのストレッチもかかさない。さあ、スタート!やはり皆より少しだけ出遅れている。2つ目のハードルに思いっきり足をぶつけながら、それでも最後のランでちょっとだけ追いついた。市内の同じ6年生が集まっていたのだが、大きい子小さい子、太い子細い子様々だ。でも皆、一生懸命走る姿がかわいらしい。競技に入る前には、皆一礼して、「位置について」の姿勢も、とてもきりっとして頼もしく見える。そして友達の競技が始まると、大きな声で声援を送っていた。走り高跳び男子で、大会タイ記録がでたらしい。140cmくらいだったかな?大きな競技場で、本格的な記録をとってもらって、子どもたちにはいい経験になったことだろう。今どきの小学生も思ったよりずっとしっかりしていて、先が楽しみだ。
2005年11月02日
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熱帯河川系のネットで買ったCDが届いた。ケイト・ブッシュの「Dreaming」と、バーバーの「弦楽のためのアダージョ」後者のは、先日の発表会で使われていた曲だが、このCDにはこの曲がいろんな楽器のバージョンで入っている。ストリングス、フルート、ブラス、合唱・・・etc.同じ曲をいろんなバージョンで聞ける。ひたすら、レクイエム風に・・・ちょっと暗いか。「Dreaming」はレコードは持っているのだが、今は聞くことができなくて、CDをいつか買ってやろうと思っていたものだ。イギリス生まれのケイト・ブッシュは16歳のとき「嵐が丘」(Wuthering Heights)でデビュー。エミリ・ブロンテの同名の小説を題材に彼女が作った曲だ。彼女には天才と狂気が同居しているようだ。怖いようで、官能的で、不思議な人。アルバム「Dreaming」はそれから10年ほどたった頃のものだったか?ケルトやインドの民族音楽のような曲調、いろいろな声色で歌い、叫ぶ。ますます「普通じゃない」感じのアルバムだ。私は最初に彼女の歌を聞いたときから、「あ、この人知ってる」という感じがした。なんていうか、私が作りたかったような曲、歌いたかったような曲、という感じがした。実際はきれいな高音のソプラノで、とても真似できないのだが。彼女の曲を聴くと、アイルランドやケルトの音楽を思い出す。そして、私はなぜかイングランドの北、アイルランドに妙に親近感を覚えるのだ。ヒースの咲く荒涼とした丘。吹きすさぶ風。重く垂れ込めた暗い空。「嵐が丘」や「ジェーン・エア」「テス」等の映画を見たとき、私はかつてこのあたりで暮らしていた事があるような気がした。そして、「ライアンの娘」にでてくるような、高い断崖のある島。アイルランドだったか、アラン島という所があるのだが、そこはまるで、シーチキンの缶詰をぱこっと逆さにして、そのままお皿にのせたような形の島だ。荒れ狂う海の中で、断崖でまっすぐ切り立ったその島には、山もなく風をさえぎるものは何も無い。背の低い潅木やヒースが生い茂り、低い石垣がはりめぐらされている。アラン編みという縄の模様編みがあるが、それはもともとこの島で男たちが漁に出る時に着ていたセーターに編みこまれていた模様だ。家によってその模様が違っていて、セーターをみただけで、どこの誰だかわかったという。アラン島の映像をTVで見たときも、ひどく懐かしく感じた。いわゆるデ・ジャ・ヴというやつ?絶対に私は前世のどこかで、このあたりにいたに違いない。いつか行ってみたいと思うのだが、行きたくないような気もする。「もう二度と、行きたくない」とどこかで声がする。前世の私は、その地ではあまり幸せではなかったのかもしれない。
2005年11月01日
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