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娘と話をしていて、「今好きな俳優はだれ?」と聞かれ、そうだなあ・・・日本人なら佐藤浩市かなあ、と答えた。あとはハリソン・フォードとニコラス・ゲイジもいいなあ。とはいえ、佐藤浩市さんは「新撰組」で見てから気になり始めたくらいで、三國錬太郎さんの息子だということすら知らなかった。最近のビールのCMで美味しそうに食べている姿や、車のCMで「部長もピアスきっと似合いますよ」と言われて「俺が?」と苦笑いする姿を見るたび、なんかこう、ムラムラっときたりして・・・アラヤダ、恥ずかしい、オホホ・・ハリソンはいわずとしれた、スターウォーズとインディ・ジョーンズ。あのいたずら小僧みたいな笑顔がたまりません。さすがに最近はおじさんだけど、きっとショーン・コネリーみたいな渋いおじいさんになるに違いない。ニコラス・ゲイジは「スネーク・アイズ」がよかった。いかにも軽薄イタリア男みたいなのに、友人が犯人と分かったときの困ったような悲しいような表情にきゅんときた。「不機嫌な赤いバラ」という映画では元大統領夫人の護衛をするSP役だったが、こちらはひたすらな真面目な男で、夫人のわがままに寡黙に耐える姿が印象的。でも最近はいまいちの主演作ばかりで、ちょっと残念だ。やっぱり「フェイス・オフ」みたいな二面性のある役が、彼にはぴったりだと思う。今日は久しぶりにバレエのレッスンにK先生登場!発表会が近づいていろいろな人といろいろな打ち合わせがいっぱいで、忙しそう。舞台の裏方さんとの打ち合わせも綿密そのもの。きけば先生は「裏方フェチ」だそうな。「おの照明さん、いいわー。結婚したい・・・」って、もうダーリンがいるじゃありませんか。舞台の裏で、照明やら音響やら、大道具小道具やら、マイクつけて腰にはトンカチ(?)、きびきびと仕事する姿がたまらんと言う。確かにすごく頼りがいがありそうだ。夢のようなキレイな舞台を支えるのは、こんな仕事人のお兄さんお姉さんだ。私も舞台が好きだが、実は裏方さんにも憧れている。今回は出演せずに裏方の手伝いをしたいと思っていたのだが、せっかく練習してるんだから、と先生に説得された。まあ踊れるうちは表に出て緊張感にひたるのもいい刺激になるかな。舞台に出る前の緊張感、終わったあとの開放感は一度やったらやめられない・・・かも。
2005年09月29日
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今日は本当に、ほんとーに久しぶりのバンド練習!2人以上が揃うのはいったい何ヶ月ぶりだろう。私もなんとか高音が出るようになって、ほっと一安心。直るのに3ヶ月もかかってしまった。何が原因だったのか、どうやって直ったのかよくわからない。久しぶりなので、近況報告に大半の時間を費やしてしまった。このママさんバンドも実は結成からもう9年になる。もともと幼稚園のお母さん仲間3人で始まったバンドが、メンバーが増えたり入れ替わったりしながら、細々と今まで続いている。「来年は10周年記念の同窓会ライブをやろう!」と盛り上がり、今まで練習してきた曲を思い出してみる。「こんなのやったよね」「これも・・・」だが、曲名が思い出せない。出だしが分からない。歌詞カードはあるが、メロディーが思い出せない・・・なんてこった。久しぶりに子どもが幼稚園当時のお母さんに会うと、たいてい「で、まだバンドやってるの?」と聞かれる。やってるよと言うと、「ライブやる時は言ってね。聴きに行くから」と言ってくれる。しかし、ライブをやったのは私が参加した6年間で、たったの2回。一度はメンバーの行ってる教会のバザーで。大音響におばあちゃんが倒れそうになって、二度と呼んでもらえなかった。2度めは生協祭りだった。若者バンドに混ざってやったのだが、これはいちおうライブらしかった。今度はどこか小さなライブスタジオでやろうといいながら、仕事がいそがしくなって練習もままならない。こうしてたまに集まってもOさんちの亀吉は餌をみると必ず寄ってくるとか、Aさんちのシマリスの朝食はチーズトーストだとか、ピアノの一番左のペダルは何に使うのだろうとかバンドとは関係ない話ばかりで盛り上がって、今日もろくに練習できなかった。あと10年後にも「まだやってるよー」と言っているような気がする。まあ、ぼちぼち行こう。ボケ防止になるかも。
2005年09月28日
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S歯科でお仕事をして、3時からのS島さんの講習会のためにいったん家に帰って夕食の段取りをする。講習でプロジェクトの会議のやり方を教えてもらう。その後分科会で、S島さんの提示した方法で会議を進める。ついつい余分な口をはさんで、話が横道に逸れていくのは、もしかしたら私のせいかもしれない。この間よんだ「男と女の心理学」の本に、女はスパイラルに話を進め、男はストレートに進めたがる、と書いてあったが、まさにそのとおりかもしれない。「そういえば・・・」と寄り道をしながら、話が行ったり戻ったりすることも、女同士の会話ではよくあることなのに、男にとってはまだるっこしい事らしい。はやく結論にたどり着こうと真っ直ぐ話をする。だれかの話を聞いていると、それについて言いたいことが出てきて、気がつくと口をはさんでいる。メンバーがみんな私より若い人たちばかりで、そんな私の話をうんうんと相槌をうちつつ聞いてくれるので、よけいに調子にのってしまうのだ。うちの分科会はそのせいか、進行が遅れてしまった。あっというまの3時間だった。・・・で、なにか結論が出たのだっけ?みんなと話をするのは楽しい。でも会議は井戸端じゃないし、踊っている場合でもない。アイデアは出るが、話は進まない。本物の会議はこんなものではないはず。なんて、ちゃちゃいれてる本人が言っても白々しいよな。プロジェクトが完成する日はまだまだ遠い、ような気がする。
2005年09月27日
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今日はM歯科のリニューアル・オープン!と言うわけで、お引越しのお手伝いに行く。午前中に片づけをすませて午後2時から診療・・・なのだが、まだ工事は続いている。やはり初日の引越しが丸一日かかった分、順調にずれ込んでいるのだろう。院長の時間の見積もりはあまりにも無理がある。ハーマイオニーにでも頼んで、「時間戻し」でもやってもらわないと。診療室で棚に備品をしまったり、いらないものを捨てたりしている横では設計士さんの指示のもと、最後の仕上げの工事が進んでいく。立ってる人は親でも親方でも設計士でも使えと言わんばかりの忙しさ。UNITAさん、片づけまで手伝ってもらってすみませんでした・・・若いお兄ちゃんが、片づけを手伝ってくれるので、やけにあいそのいい職人さんだなあと思っていたら、今度新しく入る勤務医の先生だった。知らずにあごで使ってしまいました、私。お昼はみんなで玄関先の階段に腰掛けて、ピクニック気分でお弁当。もちろん工務店の方々はお昼どころではない。開演20分前!さらにみんな動きが早くなってくる。ドリルをまわしている端から、掃除機をぶんぶんいわせ、雑巾掛けをし、「終わりました!」と親方が出て行ったのが、ちょうど2時。・・・すばらしい、さすがにプロだ・・・ガスの火がつかないとか、エアーがでないとかあたふたしながら、なんとか一番乗りの患者さんに、入ってもらう。「おお、きれいになったなあ・・」と10年以上通われている患者さんもうれしそう。若いスタッフはそのまま仕事に突っ走る。私は・・・パソコンの設定も終わり、早々に退避。みなさん、お疲れ様でした。リニューアルしたM歯科をよろしくお願いします。
2005年09月26日
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昨日言いたいことを言った(書いた)ので、今日はちょっと気分が晴れた。朝は寒いくらいのからっとしたいい天気。主人はゴルフ。娘はバレエのレッスン。息子は散髪。では、私は使わなくなったパソコンを実家に贈呈しに(物置代わりに使うなって)行こう。娘を送ってから実家へ向かおうとしたとたん、実家の方から電話が入った。「昨日栗をたくさん貰ったから、取りに来るかい?」ラッキー!さっそくミスドでドーナツ買って、北へ向かう。空は気持ちよい晴天。沿道にはすすきと、コスモスの花。山へ向かう道はもう秋がそこまで来ている。久しぶりの実家ではじじとばばが待っていた。相変わらずしょうもないことでけんかばかりしているらしい。年をとるにつれて頑固で言う事が細かくなっていくじじ。いつも一言多くて、いいだしたら止まらないおしゃべりのばば。どこかで見たような夫婦だ・・・私の父と主人は誕生日が一日違いで、赤の他人のくせに似ている所が多い。結婚したての頃は、何かと反発してあまり仲がよいとは言えない二人だった。ようするに似たもの同士で自分の悪い所ばかりをお互いの中に見つけて、それを認めたくないのだな、と分かってきた。まだ本人たちはそうは思っていないようだが。父親と似た人を結婚相手に選ぶ、というのはよく聞く話だが、私もそうだったのか・・・見た目は全然違うので気がつかなかった。すると、この夫婦は将来の私たちの姿?うーーーん、複雑な気分。帰りには栗の他に、町内の「道の駅」で梨とピオーネまで買ってくれた。このあたりは岡山県の中央の高原で、はっきり言って「田舎」最近はお米よりもこうした果物の生産に力をいれているらしい。合併で多少人口が増えたとはいえ、高齢者が多く子どもは少ない。農家の後継ぎがいなくて困っているらしい。高級果実の生産も、こうした高齢化の対策のひとつなのだろう。私の同級生たちも、何人かはこの町でくらしているが、決して多くはない。町内にある公立高校も、まもなく廃校になるらしい。のんびりした暮らしができるのはいいが、子どもを持つ親としては、やはり不便だと言わざるをえない。リタイア組のUターンや、田舎暮らしに憧れてやってくる都会の人も、最近はぼちぼち見かける。「元気な高齢者の町、お達者村のピオーネ!」なんていうのもいいんじゃない?他人事だと思って好きなこと言って、と怒られるかな。
2005年09月25日
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昨日の夜主人とまたけんかしてしまった。もともとの原因は息子の部屋が散らかり放題で、汚かった事。お義母さんまで巻き込んであまりに怒鳴り散らすので、私が「もう少し普通にしゃべってくれない?」と言った。大きな声で、汚い言葉をつかうのは止めて欲しい、と言ったのだが、そのとたんにもっと大きな声で口汚く怒鳴りはじめた。前にも書いたが、私はあの「怖い人たち」の言葉使いが何よりも嫌いだ。話の内容はともかく、大きな声と、脅し文句で一日中でも怒鳴り続ける、あのやり方が嫌いだ。人を言葉の暴力で殴りつける。手を出さないからいいというものではない。聞いている方はそれだけで疲れ切って、気が変になりそうだ。そんな言葉を私は自分の大切な人の口から聞きたくない。私が悪いのなら悪いと言うのはいい。ただ、「怖い人」のような言葉で怒鳴り散らされるのは絶えられない。私が怒らせるようなことをするのが悪い。怒らせるようなことを言うのが悪い。嫌いでけっこう。「怖い人」でけっこうだ、とまで言い出す。この手のけんかになるたびに、こんな言葉をあびせられるとわかっていたら、この人と結婚していなかったかもしれないと思う。主人にそんなつもりはないのはわかっている。売り言葉に買い言葉だということもわかっている。だけど、どうしてもその言葉使いだけは止めて欲しい。これだけ「イヤだ」と言っているのに、なぜ止めてくれないのかと思うと悲しくて仕方ない。さすがに今日は「普通の」言葉使いをしてくれているようだ。でも一触即発の雰囲気は維持している。私の言い方一つで声が大きくなるのはわかっている。主人の仕事のストレスは私の比ではない。厳しい仕事をしているのもよくわかっている。家に帰ったら気を使わずに好きなことを言って、好きなことをしたいという気持ちはわからなくはない。でも私たちに怒鳴り散らして、それでストレス解消になるのだろうか。言っている事は正しい事でも、言葉の「負のエネルギー」の大きさに、必要以上に打ちのめされてしまう。怒っている事の内容よりも、その言葉に過剰に反応してしまう。私が素直でないのだろうか。だまって耐えるべきなのだろうか。(主人は普通に言ったのでは聞かないからだと言う)これから先もずっとこんな事が続くのかと思うと、暗い気持ちになってしまう。普段は頭がよくて理論的で、ユーモアもあって、ちょっとわがままだけど、いざと言う時には頼りになる、私には過ぎた人だと思っている。特に仕事に関しては、誰よりも尊敬している。でもやっぱり、考え方や常識と思っている事について、違うところもある。どうしても譲れない事だってある。子どもの前でけんかをしたくない。言い争う所を見せたくはない。でも自分の意見を主張するためにはそうするしかない時もある。これ以上言ったら怒らせるなと解っていても、言いたい時もある。主人の言い出したらきかない頑固さにはあきれるが、私のかっとなったら止められない性格にも自分で腹が立つ。もう自己嫌悪感いっぱい・・・・・・昨日今日、私がすぐ切れる原因はお月様のせいでもある。なぜかこれは主人にも伝染しているような気がする。この時期にかぎって主人の機嫌まで悪くなっているようだ。もしかして、生理痛で私が「すばろうしい」顔をしているのかも?その顔のせいで主人もすばろうしい気持ちになってしまうのか?はやく薬でも飲んで、平常心に戻らないとイケナイな。 注・「すばろうしい」は岡山弁で「うっとおしい」というような意味「すばろうしい」日記ですみませんでした。
2005年09月24日
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只今「電車男」の最終回放送中。映画も本も見ていなくて、どうなの?と思っていたが、見始めたらけっこう面白かった。ネットでの見知らぬ人との会話って、ちょっと怖いと思っていた。顔も見えない、誰だかわからない、何を書いても責任もたなくていいから、好きなこと書ける。ちょっとした言葉の使い方で、誤解されたり気分が悪くなったり。嘘をついてもわからないし。そんなマイナス面ばかり考えていた。確かに子どもがやっている掲示板とか見ると、こんな事書いて誤解されないかな、どういう意味だろう?と思うようなこともある。要するに、ちゃんとした会話ができる大人なら、ちゃんとした思いやりのある書き込みができるってこと。ネット上だろうが、オフだろうが、コミュニケーション能力は同じなんだ。面と向かっては言えないことが、メールなら言えることがある。ただ、メールだと一方通行で、相手の反応が見えにくい。話を途中で止めたり修正したりする事ができない。相手の返事を見るまで、ちゃんと言いたいことが伝わったかどうかわからない。「電車男」も最後には相手を見て、告白した。とても勇気がいることだ。でも告白される方にしてみれば、その方がインパクトがあるに決まっている。本気なんだと確信できる。最近の告白はメールが多いと子どもに聞いたことがある。断られて傷つくのが怖いのだろう。「ほれっ!」とボールを相手に放り投げておいて、さっさと逃げていくみたい。実は私もそうだった。高校生の頃、友達に告白を頼んで、答えを聞かずに逃げた事がある。少女マンガで育った私は、男の子に対して過大な期待とあこがれを抱いていた。マンガに出てくる男の子みたいに、ドジでのろまで、なんのとりえも無い女の子に「ずっと君の事が好きだった」とバックにバラの花をしょって告白する、なーんて人が現れると思っていたのだ。そのせいで、私はまともに男の人と恋愛するのが、ひとよりずっと遅くなってしまったような気がする。結婚してから、やっと少女マンガから卒業できた気がする。本物の男の人は分からない事だらけで、気難しくて、面倒くさくて、いやになるときがある。永遠に分かり合えないんじゃないかとさえ思う。でもそれもお互い様かも。女同士は気楽でいいけど、やっぱそれだけじゃつまらない。分かり合えぬ相手のことを、なんとか理解したいと思う事こそ「愛」というものじゃないかしら。やっとオトナになった今、そう思う。今はネットで知らない人と会話している。ほんの短い文章の中に、その人の性格や考え、人生が垣間見えることがある。文章を書くときは、本当に気を使う。だってそれは私自信だから。それは自己表現だから。この文章でちゃんと私の気持ちが伝わっているだろうか?
2005年09月22日
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秋の夜長にふさわしく、広いい宇宙について考える今日この頃。一昨日の「スマ・スマ」に宇宙飛行士の野口総一さんが出演していた。スマップの「宇宙には地球と同じような星が存在すると思いますか?」という質問に、野口さんは「あると思う」と答えていた。ロバート・ゼメキス監督、ジョディ・フォスター主演の「コンタクト」という映画があったが、その中でジョディ演ずるエリーが子どもに同じような質問をされて、「もちろん、こんなに宇宙は広いんですもの。私たちだけじゃもったいないわ」と言っていた。実験や理論で説明できる科学的なことしか信用していなかったエリーは、理論的に宇宙の中には他の知的生命体が存在するはずと信じ、彼らとコンタクトをとる研究を続けていた。夢みたいなことと研究費は削られ、なんとか協力者を探そうと奔走する。とある大富豪が彼女の研究に投資してくれることになった頃、念願の宇宙からのコンタクトが届く。かの大富豪の助言を得て彼らからの通信を解析すると、そこには宇宙船の設計図が隠されていた。狂信的な宗教家に「宇宙人など、創造主である神への冒とく」だと、テロを受けたりしたが、結局エリーがその宇宙船に乗る事になった。その宇宙の旅は・・・観ていない人のために省略。エリーはその旅で変わった。信条も人を愛することも・・・でも、彼女はその後も同じように宇宙からのコンタクトを待っている。「この広い宇宙を私たちだけで独り占めしたんじゃ、もったいないでしょう?」「宇宙戦艦ヤマト」「スターウォーズ」世代の私たちは、普通にワープとかできると信じていた。物理的にはやはり無理なようだが。それでもいつか普通の人が月へ行く時代が来るんじゃないかと期待している。中学の卒業文集だったか、「私の夢」という質問に「宇宙から地球を見ること、もしくはナスカの地上絵を上空から見る」と書いた覚えがある。その頃はなぜか、鳥のように空を飛ぶ夢をよく見ていた。とはいえ26歳で初めて飛行機に乗った時には、怖くて離陸の時には心臓がばくばく鳴っていた。となりに座っている知らない外国人のおじさんに「手を握ってもらえませんか」と、真剣に頼もうかと思った(誤解されても困るので言えなかったが)そんなことでは宇宙に行くのはとうてい無理かもしれない。
2005年09月21日
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昨日と今日は1泊2日の院内旅行。M歯科の旅行に混ぜてもらった。駅で拾ってもらうと、車には院長の次男君が乗っている。土曜日が運動会で火曜日が振替休校なので、飛び入り参加したらしい。最初はちょっと緊張気味の次男君。1年生とは思えない縦横立派な体格に成長している。天真爛漫なところは父親ゆずり、すぐにうちとけておもしろい替え歌を歌ってくれたりした。お昼は蒜山高原でジンギスカン。まだ暑いが風は気持ちよい野外で、飛び散る油と煙をものともせず、バーベキュー!。夜にはご馳走を食べるのだから控えめにしようね、と言っていたのに、思わず追加を頼む。道の駅でジャージーソフトまで食べてしまった。今日のお泊りは、皆生温泉の「松月」という海沿いのりっぱな旅館。大きな窓から日本海を一望できる特別室に通され、みんな大歓声。貸切風呂の時間が来るまで、海岸に出てみる事に。次男君がぱんつ一丁で海に入ると、海の好きな院長もたまらず服を脱ぎ始める。年頃の女の子のまえで、臆面も無くぱんつ一丁になって泳ぎ始めたではないか。・・・もう他人のふりをするしかなかった。あのかっこうで、どうやって旅館に戻るつもりだろう。「タオルでも持ってきてあげた方がいいでしょうか・・・」と心配するKさん。いやいや「大人なんだから、自分でなんとかするでしょ」と冷たく皆で先に旅館へ帰った。お風呂に入って浴衣に着替え、松葉の形をした窓から海の見えるお部屋でお待ちかねの夕食。松茸の土瓶蒸しも出て、秋を満喫する。皆料理の写真を撮っては、彼氏に送っている。しまいには「食いもんの写真ばっかり送るな!」と怒られていた。お腹いっぱいになった後は、アロマ・スパ。バリ島風のお部屋で、サロンを巻いたエステティシャンのお姉さんに、アロマオイルでマッサージをしてもらう。初めての体験だったが、すごーーーく気持ちよかった。肩から肩甲骨、背中から腰までぐーっと押してもらうと、あまりの快感によだれが垂れそうになってしまった。あっというまの40分、部屋に帰ってからも背中がほっこり暖かく、よい匂いが身体から立ち上ってくる。なんて贅沢なんでしょう・・・満足満足。次の日は朝風呂に入って、(若者は)皆丹念にお化粧をして、またまた豪勢な朝食。今日は大山の方へ向かう。いらちの院長はナビの案内が待てず、どんどん突っ走る。「ああ、そこを右折しないと・・・」もう一人のナビが言った時にはすでに通り過ぎた後。もとの道に誘導され、よけいに遠回りをしてしまう。それでもなんとか「ミルクらんど」にたどり着き、大山を間近にみながら濃厚なソフトクリームを食べる。次男君は草むらで、バッタを追いかけている。怖がるOさんにバッタをけしかけ、「もう遊んであげないから!」と本気で怒られていた。帰りに、桝水高原を通ったのだが、シーズンオフのせいか非常に寂しい。しかも壊れかけたホテルやレストランが放置され、まるで幽霊屋敷。ここは主人の会社の保養所があり昔はよく遊びに来ていたが、それも今は閉鎖され、ちょっと見ない間にすっかり様変わりしていた。いったいどうしたことだろう?お饅頭に蒜山大根のお漬物、牛乳サブレにスモークチーズ、とお土産を持って、駅で降ろしてもらう。M歯科は今改装中で、来週まで休診。月曜日は引越しが大変そうなので、手伝いに行くねと約束して別れた。乗るべきバスが目の前で出発してしまい、次の便は30分後。ご馳走を食べ過ぎたことだし、徒歩で帰ることにした。私がいない間、主人はわがままを言いまくって、お義父さんとけんかをしたらしい。私ならやらないような事でもお義母さんならやってくれるので、いつもは自分でする事でもやってくれと言う。お疲れのお義母さん、ありがとうございました。あーあ、まだ1泊以上の院内旅行はむりなのかな。スパがよかったので、「来年はバリ島に行こう!」と盛り上がったのに・・
2005年09月20日
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今夜は十五夜。鏡のように明るいお月様が・・・今は雲の中。玄関先にレジャーシートをひいて、お茶とおだんごでお月見をした。3連休で娘はどっさり宿題を出されたが、バレエの発表会の練習も大詰めに入り、そちらも3連荘。終わりそうにない宿題を前に泣きべそをかいている。間に合わないと言うので、明日はレッスン休むかときけば「そんなこと言ってない!どうしようと、泣き言いってるだけだよ!」と開き直る。「どうしよう」は私に向かって言ったのではないらしい。はいはい、そりゃすんませんでした。まったく、難しいやつだ。月といえば、恩田陸の「月の裏側」という小説を思い出す。ハインラインの「人形遣い」みたいなインベーダーものの、SF小説だ。月はいつも同じ面を地球に向けてまわっているので、月の裏側を見ることはできない。そこに何があるのか、だれも知らない・・・いつのまにかひっそりと、隣人が、友人が、家族が摩り替っている。どこが違うのか分からないくらいに。分かるのは彼らが死んだ時、死体が残らないということだけ。もう一つ印象的だったのは、主人公が図書館にいるときに、津波のような水が襲ってくる場面だが、なんとなく粘性をおびた水がじわーっとしのびよる様が、昔見た映画を連想させた。中学生の頃、土曜日の夜に「洋画劇場」をやっていたのだが、これがアメリカのB級映画が主だった。解説は高島忠男、エンドテーマ曲がホルストの「ジュピター」そう、あの平原綾香が歌ってたやつです。あれは「ジュピター」の中間部で、最初の出だしはまさに「全知全能の神・ジュピター」にふさわしく、ホルストの組曲「惑星」の中でも一番派手だ。岡山の私たちの年代の人なら、一度は聞いたことがあると思う。「陸に、海に躍進する、リョー○グループ」というナレーションのCMに使われていたから。話がそれたが、とにかくそのB級映画のなかで、一番覚えているのが「人食いアメーバの恐怖」というSFホラー映画だ。真っ赤なスライムのような宇宙アメーバが、洗面所の水道管から街へ逃げ出し、(そんなものを、あろうことか研究者はジャムの瓶に入れて、家に持ち帰っていたのだ)人を食っては大きくなり、とうとうクライマックスでは、ボーリング場のずらっと並んだレーンのむこうから、ぞわわーっとこっちに流れてくるのだ。(これを見てから、当分ボーリングに行けなくなった)そのボーリング場は冬場はスケートリンクになる所だったので、主人公が機転をきかせて温度を下げて、アメーバを凍らせて一件落着!という映画だった。たしか続編もあったような気がする。恩田さんにもし会うことがあったら、「人食いアメーバの映画見たことありますか?」と聞いてみたいと、常々思っている。月は地球から一番近い天体だ。クラークの「2001年宇宙の旅」でも、月のクレーターの下から巨大なモノリスが発見されるところから、壮大なオデッセイが始まる。どう見ても人工物としか思えないものが、なぜ、どうやって月の地中に埋められていたのか?そしてそのモノリスは地上に出たとたんに、強い信号を発信した。木星に向かって・・・人類が他の動物、特に霊長類のなかでも飛び抜けた進化を遂げたのはなぜか?立って歩き出したこと、道具を使い始めた事、それらが進化の跳躍を助けたというが、それは偶然なのだろうか?昔から人は月を見て、はるか彼方へ続く宇宙を想う。想像力というものは果てしないものだと、しみじみ想う十五夜の月であった。
2005年09月18日
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M歯科のスタッフの1人がもうすぐ結婚する。今何かと忙しく楽しい日々を送っているようだ。この間はドレス選びの写真を見せてくれた。最近は何着も試着して写真を撮って選ぶらしいが、ちゃんと髪もセットしていて、イメージがよくわかる。私は独身のころ結婚式場に勤めていた。そのころは白無垢の打掛けで神前で結婚式をして、披露宴で色打掛けとドレスにお色直しをするのが一般的だった。時はバブルの終わりごろ。何組もの豪華な結婚式を見てきた。大安の日曜日などは1日30組くらいがざらだった。受付の正面に大階段があり、2階の衣装部の入り口に打掛を飾るショーウインドウがあった。打掛は衣桁にかけると、身頃と振袖とで一枚の絵のように見える。綿入りの絹の地に刺繍を施した、それは一枚のタペストリーだった。私の持ち場は受付だったので、定期的にかわるウインドウのなかの打掛をいつもながめていた。その中で一番のお気に入りだったのは、クリーム色の地に、松の枝に孔雀が羽を半開きにしてとまっている刺繍の打掛だった。孔雀の羽は本物のそれと同じで、エメラルドグリーンとあげは蝶のような黒色に光っていた。だが結婚式の打掛としてはかなり地味だったので、それを花嫁が着ているのを見たことがなかった。「松に孔雀」と勝手に名前をつけて、自分の結婚式にはあれを着ようとひそかに決めていた。そして、退職後に結婚が決まったのだが、ちがう式場を使う事になった。でも衣装はここのを借りようと、久しぶりの職場を訪れ、例の「松に孔雀」の打掛を見せてほしいとたのんだ。だがみんな、そんなのは無いと言う。衣装部の部長は私が勤めていたころからそこの部にいたのだが、見たことが無いという。そういえば最初の2,3年位しか見た記憶が無い。でも私が入社したころのパンフレットにはその打掛の写真がのっていたのだ。だがそのパンフレットも今はもう使っていない。執着する私のために、違う支店の方も調べてくれたが、どこにも見つからなかった。代わりに部長が選んでくれたのは、黒地に鮮やかな色使いで花が咲き乱れた色打掛。黒地が全体をひきしめてなかなかいい感じ。そうとう高価なものだったが、私に気を使ってくれてレンタル料はかなりお得だった。あのパンフレットをとっておけばよかったと後悔したが、実際はきっと地味すぎて結婚式には着られなかったかもしれない。あの打掛はどこに行ってしまったのだろう。売り飛ばされたのだろうか。いまでも私の記憶の中ではあの打掛がウインドウに飾られている。気に入ったものは絶対その時に確保しておかなければならないのだ。
2005年09月16日
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最近寝不足なので、睡眠時間の確保のため泣く泣くブログの更新をサボっている。だって、文章考えるのが遅くてブログ一日分書くのに、1時間近くかかったりするんだもの・・・涙・・・なのに昨日はプロジェクトのミーティングで、また午前様になってしまった。診療が終わった7時半から始めたので、飲みつつ食べつつ、うだうだといろんな話をしていたら、あっというまに・・・今回のミーティングは30代後半~40台前半の熟年(?)のメンバーだったので、年代的に話が合ったし、勤務年数も長いので院長にもけっこう言いたいことをさくっと言えた。酒も入っているし。ていうか、院長は飲みすぎ。ビールを何杯も飲んではトイレに通う。しまいにはれろれろになって「明日になったら全部忘れてるかもしれない」といって、すみっこでいびきをかき始めた。やれやれ、これだからオヤジは・・・。若い子には見せたくない姿だ。お互い年をとったなあと思う。ミーティングをしていて気がついてのだが、こうやって何時間も人と話をするのは久しぶりだ。一時期人と話をすることや、初めての人と会う事がすごくおっくうになった時があって、その頃は家と医院の往復しかしてなかった。友達がたまには会おうよと誘ってくれても、そのために家事や仕事の段取りを考えるのが面倒くさくて「時間がないから」とか言って断っていた。夜に外出するのは、やはりひけめがある。ちゃんと段取りをしていても、「行ってきます」というと決していい顔はされない。仕事だといってもせいぜい年に1度か2度、忘年会と社員旅行がせいぜい。子どもも大きくなったし、そろそろ出て行ってもいいのかな?と最近になってちょっと思うようになったのだが、実は一番手が掛かるのが「主人」という大きな子どもだったりして。まだ子どもが小さかった頃、忘年会が盛り上がって帰宅が12時過ぎになったことがあった。起きて待っていた主人はいきなり「何時だと思ってるんだ!主婦がこんな時間まで遊び歩いて!」と怒鳴った。その頃は常勤で、身分の欄には「主婦」ではなく「会社員」と書いていたから、ちょっとびっくりした。主人の会社の飲み会には、既婚の女性社員は参加しないのだろうか。「主婦は早く帰れ」と言っているのだろうか。最近はここまでひどくはないが、その頃は自分の仕事中に出かけたり好きなことをするのはかまわないが、自分が家にいるときに私がいないというのは許せないらしかった。日曜日もしかり。他のみんなは「日曜日なら主人が子どもを見てくれるから出られるわ」と言っているというのに・・・けんかになるのが面倒くさくて、つい言うとおりにしてきた。気がついたら、飲み屋さんにはもう何年も行っていない。別に夜遊びがしたいわけじゃないけど、もう少しいろんな人と知合ったり喋りに行ったりしたいと思う。仕事をしていたら、やはり夜でないと時間があわないのだ。幸いな事に主人も、とあるばりばり仕事をしている女性に感化されて、「のみにけーしょん」において男女の差別をしないようになってきた。たぶんその女性が助言してくれているのだろう。今日は遅くなるよといっても、「ああいいよ」と言うようになった。私だって同年代の男の人と話をしたい。いろんな仕事をしているいろんな人の話が聞きたい。というわけで、最近は仕事の飲み会にはなるべく参加するようにしている。午前様になっても「ただいまあ!」と元気よく帰宅することにした。家庭内でも自分の主義主張を通すためにはそれなりの努力が必要なのだ。やばい!やはり1時間かかってしまった!
2005年09月15日
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月曜日の朝はつい寝坊してしまう。今日もいつもより15分遅く起きたおかげで、忙しいのなんのって。土日とお弁当を休んでいるので、だんどりも悪くなっているし。怒涛の2時間が過ぎて、朝から息切れしながら車に乗る。今日はM歯科へ。月曜日の朝はもちろん歯医者さんだって忙しい。10時を過ぎて落ち着いてきたら、例によって受付のNさんが1週間分の報告をしてくれる。いつものことながら、なにが本職だかわからない忙しさの院長。最近は度を越しているような気がする。事務長が入って少しは雑務が減って楽になったのかと思えば、新しいアイデアを出してくれる分だけ、よけいに忙しくなったようだ。予定や約束も直前になって、アラームが鳴るまで気がつかない。うるさいようでも再度確認が絶対必要だ。今日はとうとう「はやく引退したい」なんておっしゃる。彼の本当にやりたい事って、何なのだろう?とりあえず一つに絞るというわけにはいかないのだろうか?なんだかこっちまでせかされているようで、落ち着かない。今日は夕方から、娘のバレエのゲストの方がこられるので、本部に連れて行く。男の人と組むのは初めてなので、とても不安な様子。「重くて持ち上げてもらえなかったらどうしよう」と言いながら、空腹には勝てずパンを食べている。まあ、むこうはプロだから、いやとは言わんだろう・・・娘を待っている間に本屋さんで本を物色。未読の本がつきていたので、「文章の技術」と「男と女の心理学」の本を買う。まだ読んでない本が3.4冊くらい手元にある、という状態がうれしい。今日読み終わったのは、一条真也の「ロマンティック・デス・・月を見よ、死を想え」月が人間に及ぼす大きな影響。日本人の、また古代人の月に対する特別な思い。満ち欠けする月は、昔から死と再生の象徴であった。月へ行った宇宙飛行士の不思議な体験。宇宙へ行った人は、その後人生が変わるほどの心の変化を体験する事が多いと言う。それは臨死体験を経て生き返った人にも共通するもので、全宇宙の真理や森羅万象の仕組みを、言葉に依らず一瞬のうちに理解できたような気がするという。そして全てを司どる神の存在を感じたと。臨死体験は脳の酸欠状態による幻覚だという人もいるが、古今東西死後の世界についての記述の共通点があまりに多い事からいっても、一考に価すると思う。作者が冠婚葬祭会社の社長だという点がちょっとひっかかるが、新しい葬祭の形を提唱している。肉体は死んで土に還るべく地中に埋めても、魂は天に、月に還るべきだという。葬儀ではなく「月への送儀」という演出をして、死を忌むべきものではなく、天に帰る幸福な祝事と考えるべきだと。黒澤明の「夢」という映画の中に、3つの水車が回る村でお祭りのように楽しい葬儀に出会った夢の話が出てくるが、そんな感じか?確かに天寿をまっとうして亡くなった翁の死は不幸というより、めでたい感じはする。この本の中で、若くして亡くなったり、事故や殺人の犠牲になった人について触れているが、そういう人たちは死後の世界でより幸福な体験をし、より強い意志の力を蓄えて、この世に生まれ変わると言っている。また、自殺した人はこの世で逃れようとしてきた葛藤や悩みを死後も持ち続けることになるという。死とはそれそのものが悲しいのではなく、愛する人との別れという意味での悲しさなのだ。天動説を唱えていた昔の人々は、青い空が空間の限界だと思っていた。でもそれは人間の知覚能力の限界のせいで、実はその奥には無限の宇宙が広がっている。同じように人間の誕生から死までが人生の限界だと思っているが、実はその限界の向こうにも無限の人生が広がっているのかもしれない。今日はまだ半分の月だが、今度の満月の夜にはその光を浴びてみよう。折りしも月見の季節。日本人にとっての月はやはり風流なものだ。西洋では月の光を浴びすぎると、気がふれたり狼になったりするらしいが・・・
2005年09月12日
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せっかくだから、国体を見に行こうと主人が言う。ビーチバレーの成年女子に岡山が出るというので、渋川へ見に行く。海水浴場にビーチバレーのコートが4つ、観客席が2つ設置してあった。日に焼けた元気の塊のような選手を見ていると、思わずこちらも元気になってくる。岡山の対戦相手は熊本。試合が始まる頃になると観客席はいっぱいになり、地元の高校生が応援団を作ってやってきた。「みなさん手拍子おねがいしまーす!」といわれ、点がはいるたび、点をとられるたびに団長が立ち上がって、声をあげる。「ドンマイ!一点集中!」「いいぞ!いいぞ!おかやま!」みんなの応援のかいあって、セットポイント2-0で岡山の勝利!いやーおもしろかった。海からの風は気持ちよかったが、晴天ではなかったものの日に焼けてしまった。その後児島でお昼を食べて、マリンプールも見に行ってみた。児島の「リゾッティ」というお店で食べたランチはおいしくて、デザートもたっぷりで満足!こんなランチを食べたのはひさしぶりだ。たまにはいいよね。マリンプールは大勢の人が見に来ていた。沿道には市内の小学校、中学校の描いた各県を歓迎するのぼりが立っている。日曜日で観客も多い。南向きの観客席は・・・暑かった。3レースほど見て、早々に退散。夜になって、「ミステリーツアー」から帰ってくる息子を迎えに行く。いっぱい荷物をもって、みんな元気に帰って来た。列車の席も、泊まった部屋も、知らない子と一緒。でもすぐに仲良くなれたらしい。「おもしろかった?」ときくと、「うん!!」福岡の「スペースワールド」へ行ったそうだ。あいにくの雨だったようだが、楽しく遊んできたらしい。きょうは博物館を見て、お昼前に列車に乗って帰って来た。さすがに「腰が痛い」といっていた。普通列車で福岡まで行ったのだから、むりもない。帰ってから、あわてて宿題を片付ける息子。今日は早く寝ましょうね。
2005年09月11日
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今日から息子は「ミステリーツアー」に参加する。特別編成の列車に乗って西へ向かう。行き先は秘密。集合は6時半でお弁当をもたせなきゃいけないので、昨夜は早く寝た。駅に行くと、同じ町内の男の子が三人。同じ学校からは、女の子3人を含めて6人が参加していた。圧倒的に女の子が多い。そして12歳とはいえ女の子の方が断然大人びて見える。彼女たちは、旅行カバンも今流行のころころがついたキャリーバッグ。うちの子はお父さんに借りたリュックと、何が入っているのかしらないが、自作の巾着をさげている。(中身はきっとGBAだな・・・)ジュニアリーダーのお姉さんの説明を聞きながら、みんな緊張気味。台風が近づいているのでお天気はよくないが、楽しんできてほしい。帰ってくるころには、新しい友達ができていることだろう。岡山では今日から国体が始まった。駅の改札口のそばにも国体の案内所ができている。そういえばうちのお義父さんは、陸上で国体に出たことがあると言っておられた。残念ながら、うちの子に隔世遺伝はしなかったようだ。実家の父方の従姉妹の息子も、三段跳びの国体選手だった。中学から始めた陸上を高校3年生まやっていて、そのころ出場した。その後彼は卒業するとさっぱりと陸上から足を洗い、絵をかいていたかと思うと、今はクラブのDJをやっている。どういうつながりがあるのかさっぱり解らないが、とにかく今は一分刈りを金髪に染めて顎鬚まではやしている。私が初めて倉敷に来たころ、この従姉妹と隣同士の借家に住んでいた。当時その息子は1歳。ぽちゃっとしてかわいらしい男の子だった。よくだっこして遊んであげていたのよ、と恩着せがましく言ってみたが、覚えているはずもない。その上、久しぶりにあったら「おばちゃん」と言われて(当たり前だけど)ちょっとショックだった。当時は「お姉ちゃん」と呼ばせていたのに・・・フン!高校生に「おばちゃん」と言われてもなんともないのに、20過ぎの子に言われるとちょっと抵抗がある。考えてみたらいつも職場で一緒に仕事をしているのも、このくらいの年代の子ばかりだ。私もどちらかというと(いや、いわなくても)彼女たちの親の方に年齢が近い。そうか、実はみんなも私のことを「おばちゃん」だと思っているのだな。みんなの話に入っていけないのも道理。ちょっと自覚が足りなかったかもしれない・・・
2005年09月10日
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現在私の携帯の着メロは、バンプ・オブ・チキンの「プラネタリウム」。娘の学園祭で、天文部がこの曲を流しながらプラネタリウムをやっていたそうだ。実は私も高校1年のときには天文部に入っていた。校舎の最上階にある大きな反射式望遠鏡に憧れていたのだ。あれで、プレアデス星団を見たい・・・と思って入部したのだが、みたのは夕方のお月様を一度きり。で、学園祭にはもちろんプラネタリウムをやった。おおきな傘の内側に、小さな丸い天球儀で北半球の夜空の星を映すのだ。そしてペンライトで星座の説明をする。その頃星座とその由来となるギリシャ・ローマ神話について興味があったので、いつのまにか私が星座の解説をし始めていた。というか、先輩たちはみんな他の催しを見に遊びに行ってしまって、だれもいなくなったので仕方なく座る事になったのだ。夏の大三角形、大熊座小熊座、さそり座とオリオン座の関係、カシオペア座、星座占いの12宮・・・神話を語っているといつの間にか観客が増えていた。ひとしきり説明し終わるころには、次の観客が座って待っている。私はエンドレスでプラネタリウムを回し続け、例年にない大盛況となった。そろそろお仕舞というころに入ってきた先生が「南十字星はどこにあるんだ?」という。「ああ、それは南半球に行かなければ見えません」「この天球儀でなら見えるかな」と言うや、そこにいた皆で天球儀をひっくりかえした。そして南半球から見る夜空が現れた。星座を考えたのは北半球の人たちだったので、南半球にはほとんど星座がない。きっとこのプラネタリウムも手をぬいているのだろう。なんとか南十字星を見つけ出し(たぶんあれだろう)皆で拍手して、プラネタリウムは終了した。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の終点は南十字星だった。蒼いすすきのなびく河原。しらさぎの舞い降りる岸辺、白鳥座の十字を通り過ぎカムパネルラとジョバンニの乗った銀河鉄道の列車は南に向かう。南の空は北から続いている天の川のなかに十字星があるばかり。オーストラリアの人たちは夜空にどんな物語を見つけたのだろう。私の生まれ育った田舎では夜になると明かりがほとんど無く、夜空を見上げれば、そこはまさに満天の星。星座を作る1等星2等星の間には、数え切れないほどの星がきらめいていた。あの銀砂のように敷き詰められた星が、全部燃える太陽なのだと知ったときの驚き。その一つ一つに地球のような惑星がまわっているのかもしれない。部屋の明かりを消して窓から見上げる夜空には、無数の命がまたたきながら輝いている。私が、星座に神話に、そしてSFに引かれていったのはこんな夜空を見ていたせいだろう。人の想像力は太陽系を後にし、銀河を超えてはるか彼方の宇宙へと旅に出る。そう、それはもはや想像だけではなくなってきた。どうして人は空を見上げるのだろう。どうして宇宙の果てを目指すのだろう。そこに神の存在を感じるのは私だけではないはずだ。
2005年09月08日
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台風一過で青空が広がっているが、まだ風は強い。レセプトを提出しに行ったついでに、いつもの美容院で髪を染めてもらう。それにしても美容院で髪を洗ってもらうのは、どうしてこんなに気持ちいいのだろうか。もともと髪の毛をいらってもらう(これって岡山弁?触ってもらうというかいじくってもらうというか・・・)のが好きなので、力強い手でシャンプーしてくれると・・・快感・・・本屋さんで恩田陸の特集をしている「ダ・ヴィンチ」を立ち読みしていると、彼女の「夏の名残の薔薇」という小説のなかに「去年マリエンバードで」という映画のことが書いてあるとのこと。恩田氏は明らかに萩尾望都の影響を受けまくっている。私も萩尾望都はマニアックなほど好きなので、そのオマージュともとれる彼女の小説にはびびっとくるものがある。「去年マリエンバードで」は萩尾氏の漫画だかインタヴューだかで、その存在を知ってはいたものの、かなり昔の映画だしあまり一般受けするとは言いがたい映画だったので、見たことはなかった。ずっと前にBS2の洋画劇場でやったことがあり、深夜だったので録画しておいて見ようとしたら、開始時間がずれていたらしくあと20分というところでぱたっときれてしまっていた。あれほど悔しかったことはない!ヨーロッパのどこかのお城で行われているパーティーで、初めて会ったはずの男に「去年マリエンバードでお会いしましたね」といわれる女。長い回廊、シンメトリーな庭園。デルヴォーの絵のようにたたずむ人々。延々と同じような映像とせりふが繰り返される。そして、ラストが分からないまま、私にとっては幻の映画になってしまったのだ。それなのに・・・こんなふうにして、忘れた頃にその映画のことを思い出すような記事に出会ってしまう。思わずDVDでもでていないかと探してみると、すでに廃盤になっていてユーズドは定価の3倍の値段がついている。原作本も、もちろん絶版。ああ、やはり会いたくても会えない恋人のように、私にとっては手の届かない映画なのね・・・よけいに恋しくなってしまった。どこかで「懐かしのヌーベル・シネマ特集」とかいって、見せてくれないかなあ・・・
2005年09月07日
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M歯科で仕事をしていると、すごい暴風が吹き荒れる。玄関ポーチが吹き溜まりになっているらしく、ドアが開くと風とともに多量の木の葉が来院する。台風のためキャンセルも多い。徒歩で来られるお年寄りには危険な暴風だ。午前中はニチイの点検業務があり、午後から他の医院の総括をする。今日は神戸からバレエの発表会のゲストの男性が来られて、娘を教室に連れて行く予定だったが、夜になるとJRも運休になりそうだということでキャンセル。心置きなく仕事を片付けることにする。6時半ごろ帰途につくが、道は空いている。スーパーに買い物に行ってもさすがに空いている。風とともに横殴りの雨も降り、いよいよ台風の暴風圏に突入したようだ。午前中で学校も早仕舞。息子は非常食のような給食を食べて帰宅。娘もお弁当を食べている途中で「早く帰りなさい」と追い出されたそうだ。うちのように学校から近い子はいいが、電車やバスで1時間以上かけて登校した生徒は大変だ。いっそ朝から休校にして欲しかった、と怒るのも当然だろう。夜になって、雨は止んだが時折突風が吹き荒れている。市街地に近い我が家は、海からも川からも距離があるので、のほほんとしているが、危険地区の人たちは眠れぬ夜をすごしておられるのだろう。他人事と思って防災意識が低いのは、あまり褒められた事ではない。懐中電灯とラジオだけでも使えるようにしておかなければ・・・
2005年09月06日
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台風が近づいているので、ずっと雨が降っている。S歯科でレセプトの仕上げをしようと思っていたのに、何やかやで手間取って、結局お持ち帰りになってしまった。昼からP歯科にまわって、レセプトの点検をする。今月患者さんが増えて、点検にも時間がかかる。人の入力したカルテは見難いが、その分間違いは探しやすい。自分で入力すると、ついチェックが甘くなってしまう。どっちがいいのかわからないが、早いのは自分で入力する方だ。先日友達と、人の世の常識というものについて語り合ってしまった。こちらが常識と思っていることでも、あまりに堂々と破られると、自分の考えの方がもしかして間違っているのかと不安になってくる。私って心が狭いのかしら?みんなはこれを常識破りと思っていないのだろうか?・・・と。でもやっぱり、人として、していい事と悪い事というのはあると思う。人の心を傷つけるのはやはりよくないことだと思うのだが「こちらを立てればあちらが立たず」という場合、どちらかがどうしても傷ついてしまう。そういう時どちらを犠牲にするか、どうやって選ぶのが正しいのだろう。たとえば、何もしてくれない妻と自分に尽くしてくれる愛人と、どちらを立てるべきか?(世間の目の前で)妻をたてれば愛人が悲しむ。愛人を立てれば妻が怒る。さあ、どうする?愛人の方が大切だというのはわかるとしても、世間の人の気持ちを考えれば、たとえ当人たちが納得していたとしても、やはり妻の方を立てるべきではないだろうか。日本の結婚制度を考えると。堂々と愛人同伴で世間に出てくる人を、図太いと非難するのは間違っているのだろうか?そうしたいのなら、ちゃんと妻と別れてからにするべきだと思うのは私だけ?けじめもつけず、なしくずしに皆に認めさせようと言う魂胆かと疑うのは、偏狭な心なのだろうか?もしかして、日本以外の国ではそういうのが認められているのだろうか。人の目が気にならないというのは、なんともうらやましい限りだ。「二人とも納得済みで、だれも傷ついていないのだから、いいじゃないか。」と言われれば、確かに他人の口出しなど無用だろう。でも、本当に誰も傷ついていないのか?と聞いてみたくなる。誰かを傷つけて、犠牲にして手に入れたものでも、後悔がなければ幸せになれるのだろうか。非常識も自分たちがそれでいいと思えば非常識ではなくなるのか。ああ、この世には分からない事がまだいっぱいある。私もまだまだ修業が足りないようだ。
2005年09月05日
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今日は合同バレエフェス!お世話係りの仕事はすんだので、今日は観客としてゆっくり観ることができる。娘も高校生にもなると自分で舞台の用意ができるようになって、親の出番も少なくなった。ちょっと心配ではあるが、一緒に踊る仲間がベテランのお姉さんばかりなので、大丈夫だろう。いろいろな教室の合同なので、観客も多い。この市民会館は実は二階席がおすすめ。一階は席数が少ないし、二階とはいえ、かなりせり出しているので舞台が思ったよりも間近に見える。さっさと二階に席をとる。岡山県南部の14教室が集まっているので、見本市のようでおもしろい。同じバレエといっても教室によって選曲も振り付けもいろいろ。何度も見ていると、その先生の個性が現れているのがよくわかる。純クラシックで、ロシア式の伝統的なもの・民族音楽を取り入れたもの・日本的な曲や衣装で独自の振り付けのもの・バレエの技術をいろいろ見せてくれるもの・・・斬新な音楽でモダンなもの・邦楽器を使って西洋のバレエと日本の音楽の融合を図ろうとするもの・・等。バレエの様式は、「イギリス式」「ロシア式」でちょっとばかり違いがある。教室でどちらの様式のレッスンをしているか、踊りを見ていると分かるらしい。(私はまだ初心者なのでよくわからない)これからバレエを始めようと思っている人には、こういう合同発表会はよい参考になると思う。こんな舞台に出たいな、と思わせる教室を選ぶのがいいのではないか。最後には個人の好みだ。ちなみに私が今の教室を選んだのは、先生の選曲のセンスが私の好みに合っていたからだ。今回のピアソラといい、マイケル・ナイマン、シュスタコーヴィチ、プロコフィエフ、など古今東西ジャンルの広さが先生の特徴。曲を聴いてインスピレーションがわくものでないと、振り付けができないというので、先生にとっては曲を選ぶのが一番の重要なポイントらしい。私も振り付けはできないが、曲をきいていると踊りが目に浮かぶような時がある。そういうのを自分で振付けて、自分の育てたダンサーに踊らせることができるなんて・・・もう最高!だと思う。うらやましい・・・うちの教室の踊りは今回はセクシーかつスポーティーで、ちゃんと表現できるかどうか自信のなさそうだった娘も、思ったより堂々と踊っていた。去年よりもずっと大人びて見える。舞台が終わって、あちこちの教室の女の子がわらわらと出てくる。みなそれぞれ自信とやり終えた満足感に満ちたいい顔をしている。みんなと一緒に出てきた娘を見ていると、もう私の出る幕ではないなと思う。表現する事の楽しさを覚え始めた彼女は、趣味とはいえ、もう立派なダンサーだ。ダンサーとして成長していく娘を見るのは何よりも楽しみだ。もうすでに私の手の届かないところへ行こうとしている。うれしいような、さみしいような・・・
2005年09月04日
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今日は朝からがんばってレセプト点検!H歯科のがすんだら、S歯科へまわる。午後からは眠かった・・・見落としがあるかもしれない。事務長が超急ぎの仕事があり、私に手伝って欲しそうなのだが、私もこの週末だけはちょっと無理。心を鬼にして帰宅!A型の私は頼まれるといやと言えずに引き受けて後悔することが多い。もちろんできないことは受けないが、必要以上に忙しい思いをあえて自分からするなんて、ああ、損な性格・・・今日は岡山でリハーサル。接待の当番になっているので、今日体育祭の娘とは別々にでかけた。後でやってきた娘は顔が真っ赤!応援席が思い切り南向きで、そこで一日中日光を浴びていたのだから無理もない。電車の中で知らない小母さんに注視されてしまったらしい。確かに何があったの?と言われそうな顔だ。みんなに「痛そう・・」と道場されて氷をもらってひやしたり、先生には「白鳥でなくてよかった・・・」と笑われだり。一緒に当番をされたNさんとHさんに会うのは久しぶり。相変わらずきれいでお若い!娘さんはどちらもうちの子よりずっと大きいのだが、お母様は実は私より若かったりして・・・・私が結婚が遅かったので、これが結構よくある。怖くて年は聞けなかったけど・・・帰りの車の中で、体育祭の話を聞いた。ブロック別演技でペアを組んだ先輩が、後で頭が「落ち武者」になっていたと、コーフンしている。ちゃんと矢がささっていたと・・・この日のために髪を伸ばしていたそうだ。朝からずっと帽子をかぶっていたのでわからなかったが、実はすでに侍頭になっていたらしい。そんなことして、明日からどうするのだろうか?さすがに「理数系」はちょっと違う。「紙一重」ともいう?
2005年09月02日
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今日から小学校も2学期が始まる。給食も今日から始まるので、お義母さんもほっと一息。学園祭の始まった娘のために30分早く起きてお弁当をつくる。娘はもともとお祭り好きなので連日ハイテンションだ。バンドのライブ、各クラスの劇や展示の出し物。娘のクラスは劇をやった。男の子に女装させ、女の子に男装させて喜んでいる。いやがっていた男の子も、カツラをつけて化粧して制服を女の子と取り替えて着ると、だんだんその気になってきたとか。上級生の男の子に告られそうになったそうな。日ごろのストレスがよほどたまっているのだろう。皆異様に盛り上がっているらしい。先輩の着ているTシャツには「毎日が地獄です。今日以外は」と書いてあった。がんばれ3年生!そして帰って来た娘を連れて岡山の本部へバレエのレッスンに行く。バレエ・フェスの本番まであと3日。こちらも追い込みに入っている。仕事も忙しいし、何かやり忘れているような気がして落ち着かない。今週が終わるまでは走り回るしかないようだ。
2005年09月01日
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