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姫が昨夜布団に地図を描いたそうな。ニュースでは両親とニッコニコして子供達が電車や飛行機でじじばばの所に行く映像が流れてるだに。パパとママは今年も大ママに預けて特等席で格闘技見物だって。これじゃ、まるで子捨てだべよ。プライドが消滅したって聞いてたから安心してただが。K-1だか、ダイナマイトだかっちゅうのやってた。姫がかわいそうだんべ。でも、あの二人にとっては1年の締めくくりの行事だと言うから仕方ねえかもなあ。不景気だって言うのに店は車であふれていました。渋滞(こんな田舎町の道でもするんだから)を避けて勝手知ったる裏道を廻って買い物を済ませました。で、先ほど、ワインと寿司で食事を済ませました。かかさまは紅白まんじゅうじゃない歌合戦を下で見ています。わたしは何もする事が無いので寝ます。夜中の「新年あけましておめでとうございます」の電話に起こされるのは甚だ不本意ではありますが。
2008年12月31日
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負ける戦はしない方が好いと言うのは権力の座に座ってる者の身勝手な計算でしかない。徳川慶喜などにその爪の垢でも呑ませたいと思う麻生首相の歪な顔とその図太い神経に呆れ果てる。細川お公家並みに成り果てた家柄だけの元首相、安倍、福田氏の1年の年季奉公首相と比べても任期満了まで居座る覚悟は見上げたものですが小泉某が仕出かした法律で年の瀬も越せない人々を見れば見上げてばかりもいられません。見下げ果てた奴と言うのが正しいのでしょう。後期高齢者医療保険がどのような決着を迎えるかそれは野党に政権が付与される選挙がなければなし崩し的に永続するでしょう。今度の選挙はかってのチェコで実現したビロード革命と等しい革命と言って好いものにならなければ。対米追随外交が日本の基軸などといつまでも言うのはもはや認められないことです。日米安保も百害あって一利なしの悪い条約でしかない。世界から憎まれている米国の外交、戦略が正しいものとは思えません。*今年1年を振り返れば、特記すべきことなど1つもなかった。自分の無力さを実感として重く感じさせられた年ではありましたが。樹木の成長ほどの人間的な成長も認め難い。来年は、姫と一緒に絵を描こうかと思っています。顔から手と足が出てる姫の絵には魅せられてしまいます。あと6時間30分で2009年ですね。皆さん、今年は大変御世話になりました。よいお年をお迎えくださいますように。
2008年12月31日
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UFOは否定しませんが現れませんね。あの宇宙エネルギーと言う斉藤さんは中国人みたいな発音だった、気功より彼の正体が気がかりでしたね。沼尻エカリって女性は母親がフランス人とか。道理ではなっから好感が持てなかったわけだ。ある意味においてわたしは人種差別主義者かも知れないな。あんな小娘に”様”などと言う呼称をつけて報道するマスコミが許せんぞい。かかさまが、エジプトの墓荒らしを見ていて「ミイラの脳みそはどうしたの?」って訊いてきました。「鼻から鉤棒を差し入れて掻き出したんだって」「それで、魂が戻って来て再生するの?」「って思ってたんだろうね、馬鹿げた話だけど」「生まれてるかも知れないよ」「でしょうね」正月の儀式で口論したのでおとなしくしました。つまんない事でむきになるのは、今年も改まりませんでしたね。欠点だらけの人間ですから仕方ないか。自分でももてあましてるのだから、決して立派な人間にはなれない。また、派を立てようと言う意志もありませんが。お宝発見!何気なくゴミの分別をしていたら忘れていた骨董を発見した。10年以上、関わっていたわりには少ないと思っていたがまあ、これだけあれば十分でしょ。お宝と言っても自分だけの美的鑑賞に堪えるだけのガラクタですが。他人が見れば”なんじゃこりゃ”てなものばかり、、、。
2008年12月30日
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思春期の頃にまるっきり支配されていたので今は大嫌いと言うか無視してます。「・・・でなければならない」、「・・・であらねばならない」「・・・であるべきだ」と言う言葉で雁字搦めにされた心は狭い、小さい、貧しい空と大地しか見えなかった。読む本は「明治維新の志士の群像」とか「十八史略」とかでそれがすべて肯定的な世界であった。彼らの生きた時代も彼らの正体も知ることもないままに。その窒息するような心をしばし解放してくれる物が漫画だったと言うわけです。高杉や久坂には極端に傾倒していましたが今では「なんだ、あんなもん」です。当時から山縣有朋、西郷隆盛、坂本龍馬はあまり好きでなかった、むしろ、山縣や西郷は嫌いな方でした。理由は今もってわかりませんが、若さの直感でしたでしょう。英雄で好きだと言う人物がいないということは少なくもわたしも成長した証しでありませう。
2008年12月30日
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愛玩動物のにこ毛を思わせる霜の降りた草原。ごろんと寝転びたい気もするが冷たくて汚れるだけなので断念しました。テレビがなければ年末も年始もないのだと想うのですがかかさまが見てるというかBGMにしてる感じなので嫌でもばかげたお笑いたちの声があふれてる空間です。いつも、わたしは除夜の鐘も聴きませんし、勿論紅白歌合戦なんてものは見ません。おおつごもりの夜は注文しておいた寿司を食べてサッサと寝ます。みんな、年の暮れとか正月と言う幻想に振り回されていますがへそ曲がりとしては完全無視です。”日雇い法”とか”人材派遣業”などが認められて日本は芯から腐ってしまったがその犯人はあのあほな浮気性、付和雷同的国民性が持ち上げた小泉某と言う米国のものまね鳥の所為でしょう。チェコのようなビロード革命など日本には求めるべくもないが米国の桎梏から逃れさせるのは、格差社会で叩きのめされた者達ではないと想う。なぜなら、日本の祭の根源である神社が健在である限り日本の精神が変容するとは思われませんから、異国から流入した人たちの為すことだと予言しておきましょう。
2008年12月30日
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「1000円、借りた所へ返しに行く」と、かかさまが言うので行って来ました。「1000円なんて金、どうして借りるの?」「お財布、忘れたから」「って言ったって、1000円ばっかり借りてどうなるのさ」「そん時、相手も1000円しか無かったのよ」「要らないって言えば好いじゃん」「でも、貸してって言っちゃったから」「わかんないなあ~」てなこと喋りながら車1台やっと通れる細道を走って行った。間の悪いことにその家では庭に車が4台も止まっていて中へは入れません。向こうから車がやって来た。仕方ないので畑へ車を突っ込んで通過してもらう。すると、目の前に仔猫がいた。逃げないので抱っこした。聞くと野良猫だそうで一杯いると夢のようなことを言う。ヒマラヤンと何かの雑種でしたね。 *古本が届いた。経年劣化の茶色に変色した本ですが1953年出版とある。よく残っていたものだと感心しました。今、読んでる復刊本の乱歩の怪人二十面相はそれよりあとかもしれません。書棚に並んでる本を眺めると自分の心の軌跡が見えそうです。多分、これらの本がわたしの心を形創っていることは確かなようです。
2008年12月29日
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姫の異常に神経質な部分を目にします。キッチリとタオルやシーツを正しくしないと気が済まないらしい。絵を書くスケッチ帖も下とずれてると我慢出来ないようです。こう言うのは、パパの性格に似てるそうですが、わたしは昔の自分を見る思いで複雑です。私も中、高の頃まで机上のものはいつも定位置に、机と平行に置かないと落ち着きませんでした。笑っちゃうのは、机の引き出しにゴロゴロと小石が入っていたことです。几帳面が分裂していたようです。昨夜は、久しぶりに神のことから宇宙まで想いを伸ばしたためにきっちりと整えた布団の上で”もっちゃもっちゃ”してました。起きて見たらぐしゃぐしゃになっていた布団を見て思った。「きちんとしなくてもぐしゃぐしゃでも寝られるべ」って。
2008年12月29日
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”知らぬが仏”とはよく言ったものですねえ。”知った所為で鬼になる”よりはとても平和的。愛妻が不倫だなんて知りたくもないですから。目にしたことですが苦労して大学を出した息子がその妻と一緒になって学のない両親をバカにして罵倒してる家があります。あ々言うのは嫌だなあ。同じ様な話ですが戦争未亡人の祖母の金を毟りとって遊び呆けている孫娘もいます。これと似た話で祖父の財布から金を盗って都会に行って遊んでいた男孫がいました。家の全財産を握っている頑固爺の矛先はその善良な息子夫婦に向けられます。「俺の金を盗んだなあ」「知りません」「知らないわけがあっか、見ろ、ほれ2万も無くなってる、何さ使った!」「おれたちじゃないです」「バカヤロ、おめたちでなくて誰が盗る!」言うなり手元にあるものが飛んで来る。孫は呑気に街で愉快に遊んでいたと言う話です。こんな、人間たちを乗せて地球は廻っています。映画のように巨大な隕石がいつ飛来するかいつ巨大地震が来るのか、宇宙に地震は無いのでしょうかねえ。”そんなの関係ねえ、オッパッピー”で生きてるのでよいのでしょうね。ヒーターのおかげで暖かくなって”変”なこと書いちゃいました、ごめんなさい。
2008年12月28日
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この本、読み終えるのに何日かかったのでしょうか。神(仏)を想う人々、想わせる存在・・・。マグダラのマリアが復活したイエスを見たと言うのも失った者に対する心の悲しみが見せた幻と思うのですが。下記引用文・・。「マリア福音書」の著者は復活したイエスが肉体をもってマリアに顕現したことをマルコもヨハネも明白に述べていないことに気付いていたのかも知れない。「トマス福音書」に”私はあなたの先生ではない”と言い”私はあなたと同じ泉から知恵を授かった存在でありあなたと私は対等にして同一の存在である”と。正統派キリスト教では神と人間は主僕の関係ですがグノーシス派の福音書によれば神は人間の内部にも存在し人間は覚醒することによって神と合一し得る存在と考える。逆らう人間は容赦なく皆殺しすると言う怖ろしい存在(旧約)実は一至高神ではないと言う思考は納得出来るもの。レンブラント、トルストイ、ドストエフスキー、ニーチェなどがなぜ、正統教会から距離をおいたのか。・・私見・・・わたしのイエスの姿は磔刑像や絵画にあるようなものではなくて陽に焼けて縮れっ毛の普通の若者よりは熱狂的な神を抱く者であったと想う。あのような、女性的な長髪の蒼褪めた姿ではなかった。何と言っても正統教会は女性の指導者を否定し男性を神と認めたのだから、がしかしイエスをあれほど女性的な偶像であらわしたのは、完全に女性を否定し切れなかったからでいかめしい、雄雄しい男性像としては表せなかったのでしょう。又、磔刑された罪人が堂々として健康にあふれた姿でも都合が悪いし、なよなよとした哀れさをも感じさせる姿としたのだろう。背負ってゴルゴダの刑場まで背負っていったと言う十字架があれ程の長いものであったわけは無いと思ったが、完全にこの疑問は正しかった。当人の背丈をわずかに超える程度のものだったらしい。後世、イエスを神として崇める為に誇張してあれ程の高さになったらしい。処女マリアと言うがイエスにはきょうだいがいたのは確かである。にも関わらずイエスだけが人工妊娠の体外受精のようにして生まれた理由は、イエスの教えにセックスが重大な意味を持っているからで、エイリアンでもあるまいし処女が子を生めるわけはない。人間を創ったと言う神はそのための器官を人間に与えてるのだから処女マリアは神をも否定することとなろう。
2008年12月28日
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昨夜、来るなり開口一番、そういわれたんですがまんだぁDVDは出てないべえ~。ツルピカはげ丸の頭を撮るのに懸命な姫に「むがすはこれでも ビッダンコだったんだど~」「ビッダンコってなあ~に?」「ハンサムってことだよ」「ハンサムってナニ?」「見るとな、体が半分寒くなることだよ」「半分だけ?」「うんだ、全部寒くなったら凍っちまうからな」「ふ~ん、でものんのん嘘吐いてる」「ばれたかあ」ぜんぜん、人間的成長を促さないお話ばかりで寒夜はまったりと過ぎて行きました。唯我独尊さんのブログが思った通り受けたのでしてやったりとほくそえんだ。まあ、今日は下はブリザードが吹き荒ぶような寒さなのでまだ降りてゆきません。今日は恒例のお掃除日で、おまけに餅つきですから。全部、窓を開けなくても好いと思うのですがねえ。
2008年12月28日
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何だかご機嫌斜めで来宅された姫ですがイルミネーション見たかったらしい。でも大人が意味わかんないと言う”ドクタースランプあられちゃん”見てご機嫌がなおりました。大ママは食事が終わると疲れた~と言ってお休みです。必然的にわたしがお相手ですがプリキュアのパズルには参りましたね。今日で3度目くらいですがわかりません。でも、どうしてもやれと言うので仕方なく並べました。結局、姫の力で見事に完成して大人気なく嬉しさを表現したのはちと情けなかったなあ。先日、かかさまが教えたばかりのあや取りの相手は、ホントに嫌でしたね、めんどくさいのが大嫌いな性格なので姫が相手でなかったら丸めてポイでしたでしょうね。携帯で反射する頭を散々とられたのには閉口しました。子供は嫌がると喜んでそれをするようで、背後に廻って上からも撮られてしまいました。奈也選手のフイギュア応援していたのですが「何、あんなの」とケチをつけるところを見ると4才児にもジェラシーがあるのかと驚きましたが。安藤美姫選手は病的でランク外でしたが。自分に勝てない者が敗れる競技であることを痛感しました。本当は、小難しい”トマス福音書”について書こうと思っていましたが豆台風襲来ですべてはパーとなりにけりです、ハイ。
2008年12月27日
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パパイヤ鈴木さんとウェスト同じだあ。まあ、血圧は調節できますが中性脂肪が156、HDLコレステロールが35になっちゃったぁ。昨日計った血圧の上のほうが138だったしなあ。目の前の風景は動いてるけど、肝心のオイラは不動明王。これじゃ、駄目じゃん。今、姫が来ましたので終わります。
2008年12月27日
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かかさまの部屋の暖房器具の温度設定も最高にする。電気量が気になるのでわたしの部屋は用いません。室温が10度を割ったので流石に薄い頭が寒い。毛糸の帽子を被るんだったと思ったけどもう布団の中。とても抜け出す気力はありません。?おかしいなあ、何時になっても眠れません。ゴーゴーと北風が吹いているのは気付いてる。”カンラカラ~!”、これは倉庫の前にぶら下げてある空き缶の鳴る音。バケツが吹っ飛ぶ音、冬将軍が大暴れかあ。で、眠れ無いのが”カンラカラ兵衛”の金属音だったと知ったのは午前10時に起床してからでした。でも、1番の理由は姫の来るのを断ったかかさまへの不満があったからでしょうね。
2008年12月27日
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検査値も生きてるからには変動するのは当たり前ですがこの前はまったくすべて正常値だったのにぃ。中性脂肪が、尿酸値が、高くなっていて善玉コレステロールが低くなっていましたあ。そんなこととは露知らず総コレステロールも低いからといつもは食べない煮魚の卵まで全部食べていました。多分、ホルモンが止めを刺した感じかなあ。それに、最近テーブルに鎮座する生菓子、ケーキ、、。こんやはビールも禁止して慎ましく祖先の食事に準じたものを食べませう。全人格を否定されちゃったような検査値表を眺めてしばし黙然。珍念や~い、観念しましょうかね。
2008年12月26日
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”冬はつとめて 雪の降りたるは言ふべきにもあらず霜のいと白きもまたさらでもいと寒きに 火など急ぎおこして炭もて渡るもいとつきづきし 昼になりてぬるくゆるびもていけば 火桶の火も白き灰がちになりてわろし”1000年の時経れど 変わらぬ冬の景そして人間の感情。今朝はまさに清少納言が記したような雪の降り積もりたる朝です。窓も曇りて木々が北風に震えています。こんなに機密性の高くなった屋内にいてさえ寒いのに裸足で暮らしていた清少納言たちの寒さを思うと哀れですが彼女は、それを美しいと認めています。わずかに暖をとるのが火桶でしかなかった冬の日々。あ~、もう、考えるだけであかぎれになりそう。
2008年12月26日
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今日はクリスマスで姫もサンタの訪問を受けたことでしょう。わたしのような疑い深く不信の輩は神々の祝福には預かれない身でありましょう。ブッダが釈迦の専売特許になってる仏教もムハンマドの幻影から生まれたイスラム教も、事実より高さが違う十字架に磔刑されたイエスをキリストと認めた正統教会の神(キリスト)も信じることが出来ないことは明確なことです。仏陀も当時は釈迦以外に幾人もいたそうですし、ムハンマドのアラーもエジプトの宗教から影響されてることは明らかであります。神々の名前も仏の名前も皆考え出したのは人間ですからそんなものに呪縛される精神は求めません。ナグ・ハマデイ文書をずっと読み続けていますが、初期の原始キリスト教の頃の思想がわかって甚だ面白い。悲惨な現実に直面した時に人間が思ったり口にする事は「この世には神も仏もいない!」まさにその通りで人間が考え出した神や仏などはいません。が、しかし人間が思考出来得ない大いなる存在までを否定する事は出来ません。確かにそのような名を冠するべき存在はあるようです。その存在の証しとなるものが生命であり愛であり慈しみでありましょう。もっと他にもありますが、まだわたしの能力ではこれ以上のことは申せません。セント・ニコラウスがサンタクロースで好いじゃないですか。多神教徒の日本のクリスマスも大いに結構なことで、それで社会が明るくなるのなら文句も何もありません。第一、姫の”赤鼻のトナカイ”の歌が聴けるのですから。
2008年12月25日
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昨日、長い昼寝をしたので眠れないかと思いましたが今朝も8時過ぎまでグッスラと眠り呆けていました。窓を開ければ陽光燦燦として冬日、大気清澄にしてもの皆、影明らかなり。やはり、幸運が廻ってきたようです。お付き合いと思ってオークションに入札しましたが2つとも落札したというメールが届きました。”果報は寝て待て”と言う大先輩の言葉がよみがえります。但し、大先輩の果報はいわゆる”女性関係”だけでしたが。姫がみんなから愛されてプレゼントもドッサリと頂いてそのありがたさがわからなくなっているのではと心配。「まるで小公女みたいだなあ」と言うと「私はそう思った」と意外なかかさまのお言葉。そうか、父親の若すぎた急逝がその後のかかさまの人生を決定したのだから急転した苦難の日々が”小公女”のように思われるのも無理ないですね。姫が”小公女”見たいというのは幸福な子供時代に限定いたします。ずーっと幸せでいて欲しいですね。
2008年12月25日
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いままでこんなに気持ちよく眠ったことがあるだろうか。2時過ぎから6時の携帯が鳴るまでぐっすりと眠った。まさにぐっすりと眠りましたね。何の悩みも苦しみもないかのように。天国と言う万人が空想する世界の眠りは斯くあるか。地球の重力も月の引力も感じないで時に夢見る空中浮遊のようなやさしくてやわらかなぬくもりに包まれて。何かとんでもないいいことが起きそうな予感がしました。
2008年12月24日
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ズーッとデジカメを使用していません。自分では何となく使う気がしないのでと思っていました。が、理由はあった。過去となる今を撮る事にためらいがあった。かわいらしい姫を撮ることもせずに。カメラは不要なものではないと知っている。でも、かかさまの膨大なアルバムを見ると何となく。携帯の画像はほとんど花であふれている。だから、人間を撮るという行為にためらっているようです。みんな、昔は若かった的な想いが嫌いなだけかも。自分のそうしたものから離脱したくて卒業証書と一緒にアルバムも燃やして破棄したことがあった。しかし、そうしたことで何も心で納得するものは生まれなかった。だが、今でもこだわりが残ってるようでわたしのデジカメと称する物体は眠ったままであります。
2008年12月24日
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悪法の最たるものが殺人罪の”時効”であろう。殺人事件の時効が延びたと思ったが世田谷一家殺人事件のニュースを見ればやはり同じ15年でしかない。凶悪な殺人事件に時効を設けること自体、警察並びに司法の怠惰、手抜き、仕事量の減少を企図したものと言って好かろう。又、医師不足で閉鎖される地方都市の病院が増加しているが開業医はぺんぺん草がはびこるように増加している。医師会と言う組織が力を持っていて、同じ様な大学の医学部との連携で営利主義に走って現実の医療現場を崩壊の危機に瀕させている。市立病院は県立医大系、私立病院は東京の私立医大系、国立医大系と市民のほとんどがわかっている。自由な開業医制度を制限する必要があると思うのだが。でも、不思議なことに最初は患者もほとんど寄り付かなかったのが何処の開業医もまるで砂糖に蟻がたかるようにあふれるのだ。 *臨死体験だが、暗黒の中を飛んでいた。あの暗黒はダークマターだったのかも知れない。皆が言う花園も光も見えなかった。意識を失った状態で闇の中を飛行しながらこの魂は何だろうと思った。そこで心が感じたものは(悟った)魂の連続性であった。輪廻転生、よみがえり、生まれ変わりなどとはまったく違う自分自身の魂の無限のつながりを感じていた。つまり、多重宇宙でこの世で亡くなった肉体から魂が一瞬の間もおかず次の肉体へ移行するのである。自分自身の魂だから何の違和感も無いのは当然のことです。夢から覚めたような感覚でしょうが、すぐ前のことは忘れてしまう。で、その頃の混乱していた(副作用もあって)このような非人道的な医者とナースに看取られてベッドの上では死に切れないと思って、自殺を試みたのでありました。すべて、失敗したのは、こうしてブログなどを書いてるところから見ても明らかなことでしょう。
2008年12月23日
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曾祖母は2人とも腰が曲がってた。あちらの曾祖母は遠くって知らないけれどこちらの曾祖母はよく日向ぼっこしてた。”としばば”と呼んでいましたが祖母は”あけばば”と呼んでいました。大人になってから考えてみたら”年寄りの婆”と”若い婆”の意味と知った。小学校も高学年になれば「なんで、”あけばば”なんだあ?」「どこも赤くないのに」てな疑問が湧いてきたけれど誰にも言わなかった。祖母はあっちもこっちも腰が曲がらずしゃんとしていた。どちらの祖母も1孫と言うので愛してくれた。そんなことを想う今日の日和です。
2008年12月23日
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きょうだいと行ってもそれぞれの家庭を持つと考え方も変わるようで理解できないことが現れると見える。末の妹の娘が今度結婚するらしいのだが妹の家で新婚生活を営んで生まれる子供の面倒を見てもらうと言う。しかし、この娘は再婚した連れ子であって父(義父)とは血筋の関係も一切無いのである。しかも実の息子が裏に家を構えていて子が出来ないのだ。新婚旅行はハワイに行くらしいが現在その娘は無職だ。妹も妹であるが娘も娘である。人間として、人間の情を考慮していない。先ほどまでいた姫がのぼせて鼻血を出してしまった。わたしが抱っこして首根を抑えていたがビックリしたようだ。ママが来ていたので何とか落ち着いたが、大ママが珍しく寒いと言ったものだからコタツもストーブも最高温度にしていた。まるで、南国状態で、スマップの音楽をガンガン鳴らせていた。こう言う所もわたしには理解できないところであります。子供は遅くとも10時前に休ませるべきと思うのですが。わたしの考え方が時代から取り残されたものかも知れないが。で、あるか、とすればわたしの生きてる意味も失せてくるね。物語の最後で主人公が死ぬと言うのが大嫌いな性格でして主人公を死なせると言うことはその物語の全否定でしかないとわたしは思うものですから。”乱”の映画を見ていて何も残るものがないと思った。”戦”には映画のように何も残るものはない。悲しみ、苦しみ、痛み、虚しさと言ってもそれだけのものでしかあるまい。愚かさなどとは敢て言うべき言葉にもあらぬもの。誰が演じようともヒトラーはヒトラーであったし東条英機は東条英機であった、それ以外の何ものであるというのか。
2008年12月22日
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乱歩おじさんの”青銅の魔人”読んでますがなかなか進みません。今朝はまあだ夜だと思っていましたが8時を過ぎていました。窓を開けたら冷たい雨が降っていて景色も暗かった。窓は息ですぐ曇ります。今日の予定を変更しようかと迷っていますがちょっとそれは無理ですね。相変わらず微震が何か意味あるように続いています。地表と言う地球の薄皮の上でのさばっている我等人間。その存在の儚さを思うのも今朝の雨の所為でしょうか。
2008年12月22日
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隕石が地球の生命の源を生んだとか。その究極の姿として人間が支配する地球。だが、昔の写真機に動くものが映らなかったように撮影カメラで写しても速度が速すぎるものは映らない。古いフイルムを見ると当時の人々の姿がチョコマカと動いている。でも、その人たちはもう何処にもいない。花も同じで去年の花は去年のものであり、決して今年咲いた花ではない。昨日のわたしは今日のわたしではないように。かかさまが「今日は最高の日ですね、生まれて初めての」といみじくも言われた。2008年の12月21日の冬至は誰でも最初のもので初めて体験する日でしょう。今日と言う1日のなかでもいろんな事がありました。102円になったガソリンを給油して少し気分が楽になったり折角陸橋を作りながら、信号機の設置をしないので結局敬遠されるお役所のお仕事。甥の会社も車の部品を作っているので、この先が危ういとか。80万人の外国人労働者の受け入れが必要と叫んだ政治家がいたが今、その外国人労働者が日本語も話せないで路頭に迷う事態で。皆、ほとんど妻子持ちだと言う違和感。不老不死なんてことはなく順不同で人は死んで行く。葬儀場にあふれた花輪を見て絶息した人を想った。見っとも無い姿で政権にしがみ付いてる政党のことなど。彼らは、今を理解出来ない無能な連中にしては弁が立ちすぎるね。そう言うわたしは心の中をさらして生きた意味を求めている。ルパンと怪人二十面相が捕まらないじれったさで分析し続けている自分の心の軌跡、その他、、。 謎などは なにひとつない 冬の空 朋盛
2008年12月21日
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今日のように快晴の暖かい陽光が溢れた日じゃないととても書けない事なので。百合ねえも高ねえも20才でこの世を去りましたわけで。百合子姉さんは服毒して亡くなり高子姉さんは事故死でした。あの頃のことはまるで嵐のような日々で記憶が欠落してることが多い。あのやさしすぎるほどやさしかった百合子姉さんは、落葉を掃いたあと燃やそうとしたそうですが、穏やかで風もない日だったのに狂風がさっと吹いて隣家を消失してしまったのです。周りから責められて、思い詰めた上での覚悟の死だったと思います。わたしと会ったのはその火事があってから数えるほどでしたが百合子姉さんはすべてを教え、見せてくれた。わたしの心に移り住むかのように。このことは高子姉さんもまったく同じでした。「わたしたちって双子だったのかも」とよく言って笑っていたものです。高子姉さんの母が急死したのは十八歳の頃だったと思う。わたしが高校1年だったから。百合子姉さんが亡くなった知らせがあって数日後バイクに乗って高子姉さんが現れました。空元気だとすぐにわかる異常な明るさで「海に行こうか」と言うので二人で近くの海に行きました。防風林の松林の中でクルクルと着ていたものを脱ぎ捨てました。寒いのにと思ってビックリしてると「さあ、男の子だよ、脱ぎなさい」って命令するので仕方なく裸になりました。「大昔、神さまはこうして結ばれたのよ」って1度冷たい海に入ってから松林の上に敷いた毛布の上で結ばれたように記憶しています。「百合子さんともこうしたのでしょ?」「うん」「そう、好かったあ、それ聞いて安心したわ」そう言ってる高子姉さんが涙を流してるのを見てわたしも泣きながら嫌な予感を振り払うように「高子姉さんは死んじゃ嫌だよ!」ってむしゃぶりつきました。「馬鹿ねえ、わたしがそんなことすると思って」と言いましたがわたしを覗き込んでる眼はその言葉を否定してると思った。1人で生きてゆくには耐えられない事情があったと後から知った。当時、新国道を造成していましたが、その砂利道で高子姉さんは猛スピードで突っ走ったらしい。顔がなかったそうです。百合子姉さんの所へ行ったんだと思いました。確かにあの二人の異常な死でわたしは変わってしまったようです。二人は今でも心の中で笑顔を浮かべていて、時には叱り、時には慰めてくれています。でも、わたしの青春時代は冬の湖に佇んでいるような暗いものでした。今は、もうおっさん万歳で、こけてばかりいますが、そんな過去があったのも事実です。
2008年12月21日
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先ほど家が揺れました。かなり長い間グーラ、グ~ラと揺れていた。子供の頃の絵物語のように家が動いて何処かへ行くのかなあなどと考えたり、物凄い巨大地震でも来るのかと思ったりしていました。おっさんになった今でもまわりにいるのはほとんど女性ですが中学生の頃もそんな感じだったようです。上級生の女生徒、特に二人の人にかわいがられました。1人は富裕な大地主の娘さんでもう1人は母子家庭の家の1人娘で負けん気で勝気な女性でした。もう、二人ともこの世の人ではありませんし、当時を知る人もいないでしょうから書くつもりになりました。地主の大事な娘さんは色白で面長の人形のような人でした。昔の絵本に出てくるような温和で静かな性格でした。もう1人の方は浅黒い肌で丸顔で男顔負けのきかない性格でした。先のほうの人の名前は百合子、後のほうが高子といいました。今、思うと二人でわたしを取り合っていたのでしょう。休み時間、昼食の時間、放課後といつも影のように傍にいましたから。わたしには姉や兄がいなかったので嬉しかった。二人とも喧嘩をするようなことはなくどちらかともなく微妙な時間差で接していました。わたしはその頃1番早熟だと自負していましたが、まったくの勘違いで小説や絵本や映画のヒロインに恋をしていただけで、現実的な恋愛には多分1番おくてだったように思う。だから、放課後川原の土手で二人の膝に頭を乗せていても平気で眠っていた。卒業式の日に初めて抱きすくめられたけれどくすぐったくて笑っていた。二人とも涙で顔をビショビショにしてたけど最後には3人で泣き笑いでした。わたしもつられて泣いちゃったのが恥しくて二人のおさない胸に顔を埋めた。彼女達が去った学校で裏番長となり学校を仕切っていました。父の暴力で自分もまた暴力的な性格になっていました。教師から教わることは何もなかったから、遅刻や早退も常習的になっていました。父の友人でおじさんと呼んでいたのが今で言うヤクザの人でした。わたしが世界で一番の美男子だと思った人でした。そんなことを知ってか知らないでか、学校の教師達はわたしに対して誰も忠告する人がいませんでしたが、ただ1人英語の担任だけが厳しく諭してくれました。恩師と思うなつかしい人物でした。
2008年12月20日
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この頃、わたしがピンポーンの音で重い腰を上げて 階段を下りて行く姿を見ていつも来る宅急便のおじさんが「サイン、こちらでしときますから~っ」って荷物を置いてそそくさと退散いたします。そんなにみっともないありさまなのかなあって振り返る。酒を呑んでいないのに”ヨタヨタ”とは許しがたき所業じゃ。”退治てくれよう桃太郎”てな具合で桃太郎侍が現れたらどうするべえ。先ず、カズ姫さまに教えていただいた温灸をして見ましょう。あっちにもこっちにも御用繁多な折から体調を整えねば。羽生名人の体力を云々してる時ではありませんね。しかし、きょうはよく晴れたこと、人間の心が如何に自然に左右されるか実感しますねえ。晴れても雲っても嵐でも平常心であれと言うのはちょっと不自然な想いが致しますが。晴れの日は晴れの心であって好いのだし雨の日は雨の気持ちであるのが当たり前だと想います。冬に夏の気持ちを持てと言うのは無理でしょうから。所詮、人間は地球から離脱することは不可能なことです。
2008年12月20日
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霜降りて 枯れ葉静まる 大地かな 朋盛姫の再三のお招きあれど遂にお遊戯会には行かず。さほどに足が不調です。眉毛消失の頃から顕著になったようですが気付かなかった。ホスピスに入所した従兄弟からも会いたいと言う伝言あれどとても長旅できそうもない、わがおみ足。”ついにゆく 道とはかねて 聞きしかど 昨日今日とは 思はざりしを”てな感じがしてます。ダンチョネ~。
2008年12月20日
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あの誰でもわかる(将棋を知ってる人なら)手を打たず負ける手を指させた渡辺マジック。試合間隔の短さと体力のなさがはっきりと見えた竜王戦。24才と38才の年齢差と体力の違いが歴然としていた。佐藤康光も負けたのだもの、名人が負けても当たり前でしょう。やっぱり、竜王位が最高の位なのかも知れません。でも、不調と言うより何故歩を垂らしたりして飛車の頭に金を打たなかったのかは素人のわたしには意味不明です。惑わそうとして惑わされていたのでしょうか。 *知らなかった絵物語の作者名池田かずお・玉井徳太郎の絵をしらなかったとは!恥しい限りです。時代的に見ても山川惣治、福島鉄次、小松崎茂、伊藤彦造岡友彦、伊藤幾久造、伊勢田邦彦と同時代なのに。たしかに池田かずおは目にするのは難しかったかも知れませんがそれにしても月刊誌の時代で、みんなで回し読みしていたのだから見ていても不思議はないと思われるのですが、ね。まあ、その他、亜流作家は別として大抵の本流は知っていました。 *少女漫画もまあ、よく読んでいたと我ながら感心しますが、記憶にはないけれど同級の女生徒から借りたもののようです。何でもかんでも知らないと気が済まなかった性格でしたから小説とマンガと図書館の本は本当に読みつくしました。父親の時代のマンガや小説まで遡って愛読しましたから。当然、破損して終わりが失われてる物語もありましたが自分で勝手に筋書きを考えて弟妹に話して聞かせていました。甥、姪たちが本が好きなのもその親に話を聞かせたわたしが影響してるのかも、。
2008年12月19日
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後から来るタクシーを意識して、バックして車庫に入れるのを頭から入れたのが大失敗でした。かかさまを乗せるために歯科医院から急いで帰宅した所為もあったでしょうが定刻10分前、車を動かして見事にガッツン。トランクが負傷いたしました。まあ、自分のミスなので諦めて約束の家に行く。茶話会のようなものでしたが、見覚えのある方がいて楽しく時間が流れました。家に戻ると姫の家に来てという電話ありましたので行った。熱も腹痛も好くなった様で元気な笑顔を見せてくれました。でも、短いパンツを穿いてるので足が丸出しです、だから風邪を引いたのだろうと結論に達し嫌がる姫にタイツを穿かせました。「大ママの言うこと聞かなくて好いのかい?姫を誰よりも愛して守ってくれてるのに」「そんな乱暴な言葉使って好いのだろうか、悪い魔女みたいだな」「カゼ引いて死んだらパパと結婚出来ないぞ」などと、わたしはいつも嫌われ役ですが、素直に聞いてくれるので嬉しく思っています。最後の「パパと結婚出来ないぞ」が1番効果があったようです。大ママとかかさまは隣の市へお出かけ、姫はママとポプラ館へおもちゃを買いに行きました。わたしは車の修理に行くわけでしたが気が変わってまっすぐ帰宅。庭の植木の剪定をしました。わたしの好みでまっすぐな木は公孫樹と椿だけです。あとはすべてひん曲がっています。
2008年12月19日
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別に不景気でなくたって少子高齢化の時代と喧伝されてるのだから車の販売台数が減るのは当たり前と思うのですがねえ。昭和53年度のレベルでも好い方じゃないの~。自民党の中川某氏が労働人口が足りないから外国人を毎年80万人くらい受け入れる必要があるって言ってからさほどの時日は経過してませんが、よかったね、受け入れる前にパンクして。日本人の失業者の暮らしを守ってやらなければ政治なんて無用の長物ですから。髀肉之嘆と言う故事がありますが、今のわたしがそう言うことです。まさか、足が太るなんて夢にも何にも思いもしませんでした。最近、”よっこらしょ”の発声が多くなってたのは意識してはいたけれどあんなに細かった足がですね、大根足になっていたとは迂闊にも気付かなかったなあ~。昨日、出会ったグレート・ピレニーズにかかさまいたくお気に入り。「おまえは体が大きいんだから大きい犬でなくっちゃ駄目よ」だとさ。* 昨日、とどいた別冊太陽の”昭和二十年ー三十五年こどもの昭和史”を眺めたら随分知らない名前が多いので驚きました。もう一度真面目に調べる必要性を感じています。従兄弟がホスピスに入所したそうなので用意をしておかねばと考えてる12月18日の夜でした。
2008年12月18日
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”風と雲と虹と”じゃあ、あ~りませんぐぁ今日はわんちゃんとにゃんこと姫に描かれたようないちにちでしたね、。午前中に育った村へ行きました。流れてる川を何十年ぶりにか見てきました。上流にダムが出来て川に昔の俤はなく中洲に木が繁殖して荒れ放題でした。”ダムは洪水予防する”ものと言うのは真っ赤な嘘で清流を消し去り環境破壊し、豪雨の時には貯水量を制限するために放流して洪水を惹起する、ダムの使用者、受益者は河口までの河川管理の責任を負うべきものと思う。避妊しても太らなかったワンコの名前が思い出せません。お腹を出して甘えてくる。今度は山の方の家に行きました。白い見覚えのあるにゃんこがいました。”にゃお^ん”って呼びかけたら振り向いた。寄って行くとあっちも寄って来ました。このにゃんこの名前も忘れて思い出せません。お隣の奥さんが「ホワイティよね」と教えてくれた。抱っこしたら喉をゴロゴロさせて目を瞑っている。この時間が至福の時だなあ~。永久にあれと思っても寒いのだし、他所ん家のにゃんこだしいつまでもそうしちゃいられません。長谷川伸の股旅物みたいに「ごめんなすっておくんなさいやし」てな調子で戻って来ました。お歳暮、とどいたという電話が立て続けに5回。従兄弟はホスピスへ入所したらしい。今度は小脳へ転移して万策尽きた由。辛いなあ~、まあだ若いのに。にぎやかな声が玄関でしたと思ったら「こんばんわ~」てな姫の声。ここん所よく来ますねえ。”おしっこ””うんち”といつものパターンでドタバタ。先日行った”トトロの森”がいたくお気に入りのようでママに一緒に今度行こうねと約束してた。じゃんけんで「何出す?」って訊いてじゃんけんしましたが、ママも大ママも姫にコロッと負けてしまった。「いやあ、おりこうだなあ」と言って頭を撫ぜたらさも得意そうな笑顔を浮かべてた。残念だったのは、誰一人わたしが散髪してきたことに気付いてくれなかったことでした。
2008年12月17日
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音楽や絵画やペットや教育や車や色んな分野の達人に出会うことが嬉しくて、楽しくて、学べるからわたしはブログを続けています。かかさまは「何が面白いのだろう」って言われますが、自分の世界が豊かになっているのは確かです。人生って言ったってたかが1人じゃその世界は限定されますから。みなさんの人生を拝見することで、より大きな世界に触れられます。大ママが姫に教えてる呪文「感謝します、ありがとうございます」とわたしも大きな声で叫びたい。
2008年12月17日
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日本の人口の数%、300余万人の金持ちとまあまあ、食べて行ける2000万弱の人々と50%弱の5000万人弱の”乞食状態”の人々になるそうですが、日本の政治に携わる人々がなんたらかんたら喋っているけれど、この貧困層を解消しなければ日本の明日はない。歴史で起きた”徳政一揆”を思い出しましたが、国債をちゃらにするというようなもんじゃなくて、貧しい階層の人の借金をちゃらにするような考えがなければ、国内は収拾がつかなくなるでしょう。1000兆円もの負債を抱えてる日本は格付けでカンボジアより下位であると言う。ある財界人が消費税を95%くらいにしなければ”どもならん”と言ったそうだが、やれるもんならやってみろってんだい!民主主義の根本は多数決だそうですが、絶対多数が貧困層では勝負にならねえべ。GDP,世界1、2の国家が最も負債を抱えてるのだから、経済なんて出鱈目も好い所だんべえ。なじょするってなじょしたらよかんべかあ。
2008年12月16日
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地獄の第八病棟でカバフトで漁師をしていた老人と出会った。その頃の魚群の豊富さには話を聞くたび驚かされた。で、未明に見たのがその樺太でした。日本の技術者だか学者だか知りませんが、土地に住んでる住民の暮らしを見て廻るというものでした。現代より30年ほど前の頃のように思われる家の中の様子。子供が病気になって助けを求められて治療したり、始めの方では緑の草原を風の様に歩いたりと色んな人との出会いが有りました。寒かったから、こんな夢を見たのでしょうね。
2008年12月16日
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この本を読んだとき自分の未来を見たような気がしました。又、担任からジュリアン・ソレルと言われた時、怒りを覚えましたが、結局ジュリアンの1人じゃなくて4人もの人妻と恋愛をしました。江戸時代の警句に「すまじきものは人の妻との恋」とあったのに薬の副作用で完全に狂ってしまった。まあ、弟から比べればわたしなど足元にも及びませんが。正気で恋をしたことがないのも哀れかもね。初恋と言うものも、子供の夢に近いような未熟なもので。中途半端を絵に描いたような人生だと思うのですが。ラブが食べ物だけでなくわたしを愛してるかどうか確認しました。その愛を認められて今日は嬉しかった。わたしの指一本で言うことを理解する、賢い犬種だね。犬の選択にはほとほと迷っている。にゃんこならチンチラって一言でいえるのにねえ。
2008年12月15日
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何の因果か美形と言う面立ちを厭う性格なので弟から「アニキの眼はヘンだ」と言われてるが。その典型が”森高千里”なる人物である。面長、うりざね顔で今まで好きだと思った女性がいるのだろうか。その、原因を知りたいのだが不可能でしょうね。告白されたことがあるが、そのほとんどは多分自分の容貌に自信がある人たちだったと思う。でも、自分の感性が拒んでしまう。自分から想いを告げることはなかったが(生来の内気)薬の副作用が現れてから告白し出した。相手は「ふざけてぇ、からかうのは止めて」と言って断られた。昨日、大ママから「お兄ちゃんも崩れちゃったわねえ、若い頃は超ハンサムだったのに、もてたでしょ?」何て言われましたが、そんな自覚は全然なかったし、今頃言ってどうするの?って言いたかったが。そう言えば、パーマ店のおばさんや理髪店のおばさんやかかさまのお友達から「こんな美男子、見たことないわあ」って言われましたが、その頃は何とも感じなかった。心の中では反発していたようです。自分の顔に不満はなかったが、自信なんてなかったし美男子だのハンサムだのとはほど遠い顔だと思っていましたから。「みんなしてからかって、女ってのは質が悪い」と怒った時もあった。いま、おっさんの完全体になったので、ホラフキ、冗談と受け取られるのは100%でしょうから書きましたが、戻って美人に反発、反感を覚えていたのはマイナスとマイナスプラスとプラスのようなものだったのかも知れないと最近気付いた。でも、勿体無いことしたとは思わない、にゃんこ顔の心根の優しい女性がわたしにはピッタシカンコンでしたから。今朝のわたしは多分おかしい、変だと思う、昨夜のゆきおんなの所為でしょうね。
2008年12月15日
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島田紳介が現在のような活躍をするとは夢にも想わなかった頃さんまの部屋の前で女装した紳介がガリガリの姿で「さんちゃん、寒い」って言ってた姿が浮かんで来る今夜の寒さです。雪女も今夜は超多忙の稼ぎ時でしょうね。finesさんや独尊さんと言う素晴らしい知性と出会えたことを嬉しく想う。なまけものになってしまったわたしは、創作者より批評する側に立たされているように最近感じています。でも、締め切りが迫ると愚かにも駄作を綴り出してしまう。昨夜は剃らなかった髭面を散々姫に撫で回されましたが、子供の心も忘れてしまったかも。ピノキオは見捨てられてピーターパンになりましたが、途中だったのでまた見なければならないでしょうね。ヒーターを点けてもなかなか部屋が暖まりません。”北越雪譜”の本が浮かんできますね。
2008年12月14日
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昨日、遂に姫に「ジージっ!」って呼ばれちゃいましたあ。「のんのんがジージになって好いのかあ?」って訊くと、にまあっと笑って答えません。まあ、好いでしょう、そののんのんジーは方言をあつめています。かかさまが嫁いできた時には言葉がさっぱりわからなかったと言うこの土地の言葉。「ごしぇやげるごど、あのざいごうたかり、あの芋じぇんぶたんがえでえっだど、よぐたがって、でんぐればええになあ」「ほだがあ、おらもな、あのじさま好きでね、浜のもんだがらこすいしわあばっかしとぐする気なんだべ」おらも”私言葉”を使用しない性格なので挨拶の時など出席してる方々がビックリ致しますが、この方言が化石にならないように努力したいと思っています。「なにぬがす、このあっぽだれがあ、なまえきかたんでねほだらおだじもっごにのさってしょうしぐねえだが、おなごもしゃーねでいっちょめのごとしゃべぐんでねえ、あったく」なんて古老の言葉が聞こえてきたのでこのへんで終わります。
2008年12月14日
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山の中にある梨屋さんに行かされるとは思わなかった。”トトロの森”に行くと言うので乗せて行ったのでしたが。大きなトトロが2体もあったので姫は大興奮です。大ママまで童心に戻って音楽のスイッチを押して楽しんでいる。東京の小金井から帰郷されてその家のご主人が当時5才のお孫さんのために作られた由、伺いました。そのお孫さんは今年中学3年生だとか。それからがかかさまと大ママの目的が明らかにされて明日は雪で通れなくなるだろう山道を曲がり曲がって行きました。先日、手なずけたポインターは覚えてていて尻尾を振っていた。トランク一杯梨を載せて帰途につきました。家に帰って「毒のりんごだよ」と言う姫に白雪姫を見せてお留守番になりました。それとピノキオ、ピーターパンももってきました。姫が言うには「3つ目には寝ちゃうかも」って自分から言ってましたがピーターパンが始ってすぐにピンポーンとチャイムが鳴りました。出て行くと珍しや、パパさんのお迎えです。パパの背後からママも現れて姫は上機嫌で帰りました。何だか、こんな調子じゃわたし、子守させられる予感が、、。
2008年12月13日
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愛ちゃんと錦織君の恋は好いと思うけどなあ。圭君のフアンの女の子が愛ちゃんを責めるのは間違い。愛ちゃんのフアンの中国青年がむかつくのもわからないではないけれど。わたしは、愛ちゃんが誰を選ぼうと自由だと思いますが。それでですね、安藤美姫選手に話は変わるのですがあのコーチとの恋愛の噂は真実なのでしょうか。昨夜のショートプログラムも冴えませんでしたね。若し、コーチとの恋愛が真実なら不幸なことでしょうね。選手と言うよりひとりの”おんな”になってしまったのでは勝利するのは無理でしょうから。わたしは、日本人ですが金選手を応援しています。その方が心の負担が少ないという理由から。真央選手を応援してると、ストレスになってしまうし。勝ったら拍手喝采すれば好いのですから。ちょっとならず、ずるいかなあ。
2008年12月13日
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大山永世名人のよみがえりかと思っている渡辺明竜王は1番強いと思っている。去年は佐藤康光を破り、今年は羽生名人に逆王手をかけている。大山が危惧したように「羽生君は体が弱いから」と言う言葉がよみがえる。昨日の羽生は明らかに疲れていた。前夜、渡辺竜王は完食したそうだが羽生は食欲がなかったとか。それを聞いて「あヽ、今日も負けるな」と思ったが不運にも当ってしまった。24才の勢い、才能に羽生の将棋が打ちのめされるか甚だ、気がもめることです。勿論、引きこもりに近い甥が似てきた竜王よりわたしは羽生を応援してるのですが。1番すきなのは佐藤康光でありますが。竜王位が将棋会の最強位と言われてるが渡辺が永世竜王位をとるかそれとも羽生名人が名人位の誇りにかけて永世七冠をとるか他人事ながら終わるまでわたしの時間が奪われるでしょう。
2008年12月12日
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午前中に主治医の所へ行く。まさか、検尿は覚悟してましたが心電図は意外でした。「おしっこ出そうもないからミが出るかも」などと言ってコップを手にして搾り出しました。血液検査もしました。で、主治医から「腎臓ではこんな浮腫みはないからはて?」尿と心電図はまったく異常がなかったとの事。明日の血液検査が問題です。歩行禁止令を出されましたが「言わなくっても歩かないでしょ」だって、見透かされてますわ。*ハイビスカスの実がポロリ、親指姫は消えました。通夜にバスで出かけましたが案の定書き役となった。みんな、目が悪いだの、手が震えるだのと具合が悪いらしい。わたしだって、パソコンばかりで、日記、メモなどは覚書程度ですから、筆ペンが思うように動きません。完全なる健常者などいたのかどうか。通夜振舞で隣組の方々が余りにのんびりと飲食してるので「こう言う時はなるべく早く腰を上げるもんだよ」って故人になった先輩から教えられていたのでサッサと席を立って焼香して外へ出ました。おかげで6時30分過ぎに帰宅できました。*いやあ、なんたるお間抜けなのでしょう。オークションで落札して銀行から支払おうと思ったのですがログインパスワードがPC関係のノートに記されていない。こんなあほなことあり?ですかね。自分が嫌になりましたわ。
2008年12月11日
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7時50分になってもまだ晴れか曇りかよくわからない。窓を開けたら青灰色の空があった。今日は晴れだとわかったので日記に記す。日昼の最高気温が17℃だそうですが朝は寒い。夢を見たはずなのに全然覚えてません。昨日、見た夢がポッカリと浮かんできてたじろいだ。こんなこともあるのが人生、夢を見るのも生きてるから。散々、母を怒鳴り、暴れて困らせ、泣かせた息子の枕元でその母が泣いている。「生きてるみたいなのに何で死んだ」と言って。生きてては泣かせ死んでも泣かせている。苛められた弟がその葬儀の一切を務めている。肉親の情愛は他人からははかりがたいもの。亡くなる数が多いので地元でありながら不規則な時間となってしまった葬儀へ行かねばなりません。おそらく、香典帳の書き役でしょう。自然にそう言う役割が定まってしまった。当地へ来てから23年たちました。花とペットと子供に愛されるおっさんも今日はマンガを見てるなどとは言えないのです。奇矯な言動は慎んで普通にまともに行動しませう。
2008年12月11日
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今夜も危なくまた”シンデレラ”見なきゃならない所でした。子供って何度も繰り返して同じものを見るようですね。あの継母の連れ子の姉妹だって同じ女性ですから現実なら幸せに成って欲しいですって思うのですが。でも、あの物語では意地悪した罰としてピエロにされちゃいましたが。ディズニーのアニメはまだまだあるんですよ。自分でもいつ買ったんだろうと思うほどですが、ほとんどあります。ピノキオ、眠れる森の美女、白雪姫、ピーターパン、アラジンもうあとは思い出せませんが。流石にエヴァンゲリオンは無理でしょうが、。姫の感性をやさしい、おもいやりのあるものとして育てたい。「何、あれ!」ってついにわたしが求めたフィギュアを見つけられちゃいました。これも衝動買いだったと思うのですが、何でこんなもんと思う星井美希とか言う名の付いたもんですが、ね。買っても箱を開けないでほっとくので何が何だかさっぱりわからない。変なおっさんになっちゃったなあ~って冬にしては暖かい夜に思うのでした。
2008年12月10日
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年も押し詰まって来ると予期せぬ出来事が出来するようです。隣組に不幸が起きて2時~3時まで来て欲しいって?この情報はかかさま経由ですがおかしいなと思いましたが。で、南へ向かう。公孫樹の黄葉した葉がハラハラと落ちる坂道を上り詰めると白青色の冬空があった。で、今度は海の方へ向かってゆきましたが、狐にでも騙された(白昼ですからありえませんが)様に何度廻っても目的の家がわからない、3回ぐるりぐるりして根負けしました。帰途、ラブん家による。ラブは食欲ばっかりでわたしなんて愛してるのかどうか。朝方、窓から覗いたのですが、枯葉が盛んに落ちていた。それがクルクル廻りながら我が家へやってきます。帰ったら庭は枯れ葉で占領されていました。まだまだ、掃除なんてするもんかと思いました。木には未だ十分枯葉が付いてるのですから。所で、かかさまから聞いた2時になったので遅れないように出かけましたが、誰も来ていませんで葬儀屋とのお話中。よく聞いたら3時からだったそうです。これも、これから油断できないことだと自分を戒めました。今日は暖かくてエアコンも不要でジャケットも脱いで歩いた。農協じゃなくてハセキョウてな女性が妊娠したそうですがわたしの好みじゃないのでまったく関係ありませんね。
2008年12月10日
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足がむくんでるのにやっと今日の午後気付きました。血液検査で異常がなかったので油断していました。でも、心のどっかで腎臓機能が衰えてるとは感じてました。後輩(と言ってもおぼえてません)が脳溢血で亡くなった由。性格的に、わたしも死亡原因となるものは知っておきたい。遺言書を書いたが鼻で笑われた、ので一族に天罰を与えると脅したが女族たちはみんなケラケラ哂ってる。「死んだあとのことはわからないでしょ」だって。言われりゃそうだけどさあ、わたしの意思も認めてよ。”葬儀一切無用”で好いじゃんよ。「そんなこと言うほど偉くない」ってかあ~、そりゃほうですが認めて欲しいわね。今夜も姫が来て、ご飯も確り食べてシンデレラも見てご帰宅遊ばされました。「鍵、かけられるんだよ、見てて」と言う、何度も言う、継母が鍵をかける場面で得意そうな顔になりました。今日は髭をそりませんでしたので、そんな髭面に頬擦りして行きました。「痛かないかい」と言っても返事もしないで膝に乗ってました。そう言えば、今まで1度も結実したことがなかったハイビスカスにキスしたら結実しました。親指姫が現れるかもね。
2008年12月09日
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障害者自立支援法なんて悪法のため、重度訪問介護が成り立たなくなっている厳しい現実に障害者、家族、介護施設が泣いている。デパートへお歳暮の注文書を出してきた。昨夜、叔父から従兄弟が危ないと連絡が届いた。やっと孫が生まれたと言うのに。それにしても、ガンは憎い。遠いので行き来も儘ならず会えなかった。わたしも薬を2つ減らした所為かこの所膝が痛む。若しもの時行く自信がありません。なんとかしなくっちゃあなあ。注射1本で治す医院があると聞いたが信用出来ない。姫のお遊戯会も早々と欠席を決めている。麻生自公幕府は徳川幕府のような潔さはないらしい。ずぶ濡れどろまみれのぬかるみ作戦か。マンガが好きな人物はわたしを含めて悲観的でもそれをも凌ぐ楽観主義者だからなあ。何を夢見て首相の座にへばりついてるのだろうか?自分がマンガになってることに気付いてないんだから。
2008年12月09日
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睡眠中にわたしはどんな行動をしてるんだろうか。いつもは灯り(室内灯)をすべて消して真っ暗(PC関係の灯りは点灯してます)にして寝るのですが、昨夜は豆電球を点けたまま寝ました、勿論アイマスクをして。今朝、起きたらそのアイマスクが見当たりません。おそらく、布団の中だと思うのですが、夜中にどったらことやってるのかビデオカメラで撮ってたら知らない自分が見えそうな気がするね。今日は曇天で陰気で暗い感じの朝です。昔の東北の寒村の冬の光景を思い出しました。舗装されてない道路ばかりがあった。曲がりくねった道の傍らにお地蔵さんがいました。その道を通る手拭でほっかむりしたおばさんが何かを背負って行く後ろ姿が。子供は汚れて寸足らずになった学生服を着て素足にズックを履いて3、4人集まって固まった表情でこちらを見ている。にび色の重い雲が垂れている下で生命はさびしく、厳しく哀しくも紡がれ続けてきたのだ。現代は表面の華麗な装飾で、人間自身の心を惑わせているが不景気ともなれば、その仮面の毒々しい虚飾が剥離して剥き出しの人間の生きる切実な姿が現れてくる。自公連立政権の下の小泉政権が強行採決した後期高齢者医療保険と言う、加齢者と身障者を切り捨てる悪法に見るようにこの政権には民衆に対する人間的な情愛が欠落している。それも、彼らが勝ち組、富裕層だと言う驕りから生まれたものであろう。公明党にしてもその支持母体の創価学会が公布基金と言う打ち出の小槌を持ってからみにくい金権体質になって勝利者と言う組織のエゴに欲まみれになっている。公明党は創価学会の組織、センセイの名誉欲の充足させる為のものであって、決して日本のためにあるものではありません。”親孝行をしなさい”とセンセイが言うけれど貧しい親に送る金はなくても公布基金には平気で100万円も差し出すのであります。その、金で大学、美術館、その他の学会関連の施設を建築して平和団体、文化団体を強調する、そして、思い出したように宗教団体を強調する。それは公布基金のためのものであって、真の宗教団体からは程遠い存在でありませう。暗い朝なので、暗いことを書いてしまいました、お許しあれ。
2008年12月09日
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ボイラー工事が午後3時までかかって金縛り状態でした。で、早速久しぶりでニューヨークへ行きました。新品はいいやね、やっぱりさ。今度はアナログで温度設定も出来るから楽だし凍結防止のヒーターもついてるし寒くても心配いらねわ。上がって湯冷めすると風引くだでジャケット着ましたよ。個人情報なんて産業廃棄物処理場の汚染された水のようなもんで洩れっ放しだわ。またまた、マレーシアからのインチキ預言者の手紙が届いた。来年の1月11日に”大金もち”になるそうだけんとも”もち”は嫌いなんですよ。下らない手紙にウンザリしてたら携帯が鳴った。「5時半まで姫、迎えに行ける?」大ママからの連絡。「うん、大丈夫」と返事して5時10分に家を出て保育所へ向かいました。窓際にいた姫とばったり視線が合った、瞬間的に姫が駆けて行くのが見えた。玄関で自分のリュックと靴を持って来て先生に挨拶する間も無く出て来ました。車に乗ると「大ママとみーばあは一緒なの?」と訊いてきたので「うん、まる松でご飯食べるんだって」「それから何処に行くの?」「のんのん家で白雪姫見ようか?」「いや」「みーばあはまだ子供だから無理だって言ってたけどさじゃあさ、ピノキオしってる?」「知らない」「そっかあ、じゃシンデレラは?」「知ってる、それ見る~」「みーばあは見てもわかんないと言ってたんだけど」「わかってるもん、12時が来ると駄目になっちゃうんだよ」「ほ~、じゃあ見ようか」「うん」てなことを喋りながらまる松へ着きました。「あれ、まだ車来てないよ」と言ったらシートベルトを外してる。「みーばあ、いたよ」かかさまがにこにこ笑って向こうからやって来ました。結局、食事中にママから電話が来て迎えに来ると言いましたのでシンデレラは今度と言うことになりました。今日はおとなしかったなあ~、ってこの頃随分成長しましたね。車中で「お話嫌い、音楽にして」と言うので竹山逸郎の曲を流しましたら大笑いです。何がおかしかったのでしょうか。古過ぎて意味もわからず何処かのおじさんの寝言と聞いたのかも。
2008年12月08日
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