全3件 (3件中 1-3件目)
1
さこちゃんこと、栗原定子が小学生だった6年間は、ほぼ戦争でした。 さこちゃんの父ちゃんはちょっと変わっていて、「防空壕なんか作っても、アメリカが爆弾を落としたら終わりだからね。」と言って、褌で外に出ていたということです。前橋の空襲の時も、空が真っ赤になったのを娘たちと見ていたそうです。病弱なため、お国のために戦争に行くことはなく、地域の消防団のまとめ役になっていた父ちゃんにも、いよいよ圧力がかかってきて、渋々防空壕を掘ることになる頃、戦争は終わりました。特攻に行っていたひでおちゃんも、予科練の先輩からひどい訓練を受けましたが、出撃することなく帰ってきました。 特攻に行っていた間、ひでおちゃんは、辛い思いを妹たちへの手紙に書いてきたそうです。戦争が終わって、特攻から帰って、下宿していた家のお嬢さんと結婚しました。 さこちゃんたちは、戦争に負けたら、アメリカが来て、男はみんな殺される、とか、女はみんな丸坊主にされて、手の平に穴を開けられて、ひもでつながれて連れて行かれるなどと聞かされていましたが、ずいぶん違った戦後がやってきました。 さこちゃんの小学校時代が終わった年に戦争が終わったのです。 次回は、さこちゃんの青春を書きたいと思います。
2017.07.28
コメント(0)

milcoの庭へようこそ! 豪雨だったり猛暑だったりで、milcoの庭の植物たちはぜいぜいしています。 そんな中、今年も夏休みがやってきて、インプリの自然体験が始まりました。桜子も何回かボランティアで参加します。 7月23日は、おおさる山乃家で、前橋市委託の自然体験活動「森を歩いて生き物を見つけよう!クラフトも作ろう!」がありました。 途中で道に迷ったり、熊に出会ったりしながら、30名の親子さんたちが参加しました。インプリのボランティアは12名。 昨年同様雨だったので、午前中クラフトをしました。流木に森の贈り物をくっつけて、作品を作ります。大人も子どもも夢中で作っていました。完成して、みんなで記念写真を撮りました。 午後は、A,B,Cの3グループに分かれ、浦野先生のミッション「9つの生き物を探す」活動をしました。桜子の担当した班はA班。合羽を着て出かけた子どもたちは、最初元気がありませんでしたが、雨が上がってきて、カッパを脱ぐと元気になって、9つのうち8つの生き物を探すことができました。 最後に、アンケートを書いて、さよならをしました。 次の前橋市委託のインプリ自然体験活動は、8月13日(日)「川の生き物を探そう」(水生生物ハンター)です。23日に参加した親子から、もう、参加希望の電話がありました。 次回のインプリ自然体験活動は、7月30日(日)「木で椅子を作ろう」です。 夏休みは、親子が余裕をもって一緒に体験する時間が持てます。 NPOぐんま緑のインタープリター協会では、子どもも大人も、「自然って不思議だな、自然の中で活動するのは楽しいな」と関心を持ってほしいと考え、そのきっかけになるようなネイチャーインタープリター(自然の解説者)の活動をしているのだと思って、参加しています。 詳しくは、「NPOぐんま緑のインタープリター」で検索してください。 申し込みもメール、葉書、電話でできます。
2017.07.25
コメント(0)
milcoの庭へようこそ! 今日、なぜか感じるところがあって、さこちゃんについて、ブログを書きます。 さこちゃん。栗原定子。昭和10年1月17日。群馬県榛東村山子田生まれ。さこちゃんの生家は、昔は大地主で、家から渋川の街まで自分の家の土地だけを通って行けたそうです。しかし、ちょっと変わってるお父さんが先物に手を出して没落したみたいです。子どもの頃、戸袋の中にたくさんの紙があって、それは人にお金を貸した証文らしいのですが、お父さんは回収に行くのが嫌で、トイレの紙にしていたそうです。回収していたら、建て直せたかもしれなかったですが、そうなると、さこちゃんの運命が変わってしまいます。 さこちゃんの娘の桜子は、母の実家に行くと、間取りが複雑で迷子になりそうでした。また、奥の部屋の廊下のトイレがすばらしく豪華な焼物でできていたのを覚えています。 さこちゃんには、長兄のこうめいちゃん(村で一番優秀だったそうです)、ねえさん、次兄のひでおちゃん、妹のたけちゃん、ちいちゃん、ともえちゃんがいます。 こうめいちゃんとねえさんのお母さんみやさんは、二人が小さいときに、番頭さんと駆け落ちしてしまい、つぎに来たゆきさんは病弱で、おねえさんは、子どもながら、新しいお母さんの病気のお世話をしていて、それは大変だったと話していました。 ゆきさんが亡くなり、つねさんがお嫁に来て、さこちゃん4姉妹が生まれましたが、妹たちが小さいころに、お父さんが亡くなり、長兄のこうめいさんが家督を継ぐことになりました。 複雑な家族ですが、みんな、「ちゃん」付けで呼び合う、仲の良い兄弟姉妹でした。群馬の田舎なのに、言葉遣いが優しいのです。このような家庭環境で仲良く暮らす栗原家を川島の「おしゅうさん」が知ったことが、後のさこちゃんの運命を決めるきっかけとなるのでした。つづく(これは、桜子が生前母から聞きかじった記憶を事を元に書いているので、ちょっと曖昧でフィクションも入っているかと思います。名前もだいたいです。)
2017.07.09
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1


