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昨晩よりキャノンIXYの新CMがオダギリジョーになるというニュースが流れ、久々にキレイなオダギリジョーをみて感激ここんとこのオダギリ氏、ながいファンの私から見てもバッハのようなウェービィとか、スナフキンのような帽子とか、キタロウのような前髪とか、非常に個性的すぎるいでたちであったけど、これは久々にすっきり・キレイなオダギリジョーせっかくのよい素材は、いつもこのように全面的にオープンに見せていてほしいとファンは願うものでありまするよ。ポニーテールが似合ってますぅ。オヒゲのないつるるんお顔もまたとってもいいですねぇ。キャノンの専務談によれば、「Stylish・Intelligence・Advancedを兼ね備えた(CMの)後継者はこの人しかいない」とのことで、いや~それほどでも~ うふ♪ そのとおりです~(*´ー`*人) >違ヒデの後は任せてくださいっ! >オイ
2007.02.23
「PPK」って?今日の夕刊から拾った言葉。「ぴんぴんコロリ」なんだって。流行ってるんだってよ。昨日までピンピンしていて、朝みると亡くなってた、というのは確かに究極の理想ではあるがなぁ。。。長いこと更新をさぼり、すんませ~んハードな仕事と、その合間の時間は義母の一連の雑務に明け暮れ、あっと言う間に時が過ぎ去りました。結論から言うと、ハハは実家にほど近い場所の介護型有料老人ホームに入居しました。自分のためにもざっと流れをふりかえって書いて整理しておこうと思います。2/2に介護認定マンを迎えてから、2/4、ケアマネさんその他に勧められたケアマンションを見学に行きました。ハハの家の隣の町です。先の自治体統合のブームに乗る前は「村」だったところで、乳業、酪農の、のどかな山すそにあります。建物はすごくきれい。昨年の1月にスタートした施設で、新しいので、そこらへんのマンションよりずっといい感じ。個室は11畳あり、洗面とトイレ付き。5階建てで、各階にリビングスペースあり。ちょっとしたリゾートマンション気分です。で、なによりも、田舎なので、入居金がお手ごろです。名古屋市内では数千万、うちの市内でも数百万のところが、ここは10万台でOKなのです。月々の費用は13万程度で、まあ妥当な線。+介護保険の一割自己負担額。なので、たぶん16万程度で住めそうだ。これは、特別養護老人ホームの場合でも12万前後かかるらしいので、お得ですぞ。というのは特養は収入に応じて費用が決まるので。それに順番待ちがずらっといて、緊急を要する人から入居していくしくみ。ハハのように子どもが3人もいる場合、まず入れない。16万という額は少なくないけど、ハハの場合は、年金が、国民年金+議員年金+軍人年金(!父は大戦のソールジャーだったのだ)の3倍バージョンなので、月々5万くらいの持ち出しでいけそう。いつも「戦争からはなかなか帰ってこず、選挙ばっかり金を使った」と悪名高き(?)義父も、今回は役にたったというものだ。いや、お金のことばっかり言ってるみたいでいやだけど、正直この先どれほど長生きするか、予想は立たないので、お金を使いすぎてもこっちが破綻してしまいます。すっかり気に入って「よろしく!」と頼んで(100戸あるのだけど、空き室がそんなにないのだ。急げ!)病院へ直行。ハハを説得せねばならない。うまく納得してくれるのか? ダダをこねないか?オットとケースパターンに応じてシミュレーションしていざ!臨むと、ハハはあっさり「うれしい」という返事。家の近くがいいんだって。ひとまず、よかったべ~♪病院からは、治療は終わってるのではやく退院を、みたいに言われる。そこで、兄弟3人で退院日を相談。次の休みの連休は、それぞれ都合があるのだが、その日家政婦さんに支払った額が予想外に高く、(10日分で25万ほどかかった。痛いぞ~! 先に聞いていた額が、どうも日中分だけの金額だったらしい)もう早急に退院させなくては! ということで(^^;オットが12日の深夜まで仕事をして、早朝に帰宅することに決定。3人の都合の合う日は12日しかないのだ。♪よーく考えよ~ お金は大事だよ~ということで、12日退院に決定。家政婦さんは、ハハが、介護認定マンが小ばかにしたような態度だったと言って、あの後、荒れたことを話す。別にバカにしたわけではないんだけどなぁ。お仕事なんだよ。でも、老人、そこがわからなくなってる。とにかく、病院の環境が劣悪なのだ。看護が形どおりだけで、あれでは老人はみんな認知症になるぞ。はやく脱出しないと、身体はよくなっても、脳がどんどん悪化しそうだ。ということで、家政婦さんにもう一週間頼んで、12日に向けてGO。雑事をいろいろこなさなくては。なんせ、ハハのお金をおろすだけでも、委任状だ、はんこが違うだの、通帳の表記と委任状の表記が違うだの(通帳は変体仮名だった!(汗)面倒でかなわん!老人ホームで入用なものの用意もあるし、やたら手がかかる。ああ、トシをとるってたいへんなのね~~アタシってどうなるんだろう~? なんて思いながら。つづくっ!
2007.02.22
昨晩、寒くて夜中に何度も目が覚めたけど、起きたら外が白かったはぁ~~さっむーーー!!寒いの、超苦手なんだよねぇ。。。昼頃、病院につくと、義母はぐっすり眠っていた。腎う炎の点滴がはずれ、導尿カテーテルもはずれ、2日前からリハビリに行っているそうだ。といっても、赤ちゃんの歩行器のようなものにつかまって歩くだけなのだが、それでぐったり疲れて、昼ねをするらしい。家政婦さんに様子を聞くと、まったく目がはなせない、キビシイ状態とのこと。あんなこと、そんなこと、こんなことも、と聞かされ、「え~~~~」と言う私に、同室のおばあちゃん患者さんのご家族が「うん、うん」とうなづく。はぁ、そうなのね。。。などなどしていると、ハハが目を覚まし、「ああ、来てくれたの、よかったぁ!」と上機嫌である。すっかりまともだ。介護認定マンは、30代後半の快活あったかタイプの男性だった。チェック項目が90コ近くあるそうで、けっこう時間がかかる。ハハと認定マンのサシの話が済んで、別室で、私との話の番になる。認定マン「今の様子では、ひとりでもだいじょうぶそうなくらい しっかりしてますが」私「そうなんですよね、でも、差が激しいらしいです」てな話をして、家政婦さんにタッチ交替。認定マンは、その後、看護師さん、医師、などに調査して、その結果を持ち帰って、協議して、結果が出るのは、1~2ヵ月後とのことだった。ただ、認定結果は、申請日に遡って適用されるので、サービスはもうすでに使えるらしい。と、言っても、何をどうするのか、わからんのだが。とにかく、まだ時折雪が降ってくるので、15時半頃に家政婦さんにお願いして、帰路へ。17時すぎに帰宅。家に着くと留守電がチカチカしてる。メッセージを聞くと病院のDr.からの「病状説明をしたいので、平日の都合の良いときに来院されたし」の伝言だった。おーい、いま病院から帰ってきたところだよー。もうちっと早く言ってくれよぉーーそんなこんなで今日は終わりだ。明日はガチンコで仕事して、あさっては、某老人介護マンションの見学に行ってきます。
2007.02.02
(昨日から続き)介護保険の認定の変更を申請するには、介護保険証番号がいる。ハハは保険証は「キッチンのTVの棚の下の箱の中」→「玄関の電話台の下の箱の中」→「コタツの部屋の棚の箱の中」の順に探せばあるとのことだった。ところが、家についてみると、テレビの下にも、電話の下にも、コタツの部屋にも、箱がいっぱい、ていうか、家中、箱だらけなのだ。よくもまあ、こんなものまで、というものも全部保存してある。(しかし、肝心の物が見つからないぞ)子どもたちの小学校の成績書とか、やっと字が書けるようになった頃の某Mが書いた手紙だとか、ハハが綴った旅行記、日記、etc,etc.…オットとふたり、すっかり消沈して「ここ、せつないね」と。しかし、レトロになるな、といい聞かせて、家捜しを続ける。「もうないぞ」とあきらめかけた頃、原点に戻ったオットが、テレビ下の棚の“横の”箱の中から、保険証を見つけた。それを持って、役場、福祉課へGO!福祉課ではIDカードに「えりか」という“名前のかわいい”女性が親切に諸事もろもろ、初心者向けに説明してくれる。申請のことを無事理解し、以前ハハの担当だったケア・マネージャーさんの居る場所を教えてもらった。地図もコピーしてくれた。何人もの人が集まって場所を教えてくれる。電話もしてアポをとってくれたので、(すべて自主的に=役人のカガミ!)昼食を後回しにして、そこに向かうことに。そこは、「地域包括支援センター」という場所で、距離的にも遠く、かなりの山道を、「ほんとにここか?」と疑いながら、でも人に聞くにも誰とも会わないので、疑心暗鬼のまま進むしかない。ようやく「山の途中の小高い丘の開けた所のグラウンドのPの横」と教わったとおりの状況で、そこは出現した。ケア・マネージャーさんは、50代後半くらいの上品な奥さん風のFさん。悪気はないのだが、何度も「誰も家には戻れないんですね」「誰もいっしょに暮らせないのですね」と念を押すので、すごく自分が極悪人間に思えて、気力が下がる。ハハがあの家で、誰かが帰ってきて暮らしてくれることを願っていたのはよくわかってる。けど、それは無理なのよ。あんな化石のような、山の中の村で、私たちがどうやって適応していけるか。ならば、自分の家に引き取れば?となるのだろうが、それも、車椅子で、認知症が出始めている状態では、やはり苦しい。誰にも仕事と生活がある。一時的なヒロイズムでやれることではないのだ。何十年続くかも知れないことなのだから。Fさんは、子どもたちのいる地域の方にハハを来させたいという私たちに、「誰でも老人は自分の家が一番なの。自分が暮らしていた場所がいいのよ」と、ハハの家の近くの老人マンションを奨められる。やはり、そうなのかなぁ。帰りの車中は、昼食を抜いたこともありひもじく、切ない気分に支配される。自分が極悪非道な無責任人間のようにも思えてくる。私は長男の嫁の義務と責任を放棄してる?いやいや、現実的に考えていこう、先は長いかもしれんのだし。と言って、おやつタイムに遅いランチをサービスエリアでとった。ということで、翌日には何とかセンターから連絡があり、ハハの病院に来るということです。なので、明日は病院に認定の立会いに行ってきます。
2007.02.01
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