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何年前に手にした本だっただろう?寛然和尚の「植物セラピー」という本があります。この和尚さん、植物とお話が出来る。また、測定器を使って、いろんなことを植物に教えてもらったりもするお方なのですが。この本の中に、面白いことがいっぱい書いてあります。そのひとつの、プラタナスのお話。プラタナスに虫がつき、その虫が自分の種族保存に脅威を及ぼすものであるときは、樹木自身がタンニンやフェノールの分泌をはじめて、樹液が渋くてたまらないようにするそうです。それも一瞬にして!「この虫はこの樹液でコロリ、いっぱつだ!」って知っていて、虫が死なない程度の毒を出すから、害虫はすべて急性中毒で地上に落ちてしまう。隣の木も、その隣の木もみんな樹液を渋くしちゃうから、虫が目を覚ましても二度と食べたくない味にしてしまい、上ってくるのを防ぐために、悲鳴を上げてお知らせする・・・そうです。一種の揮発性ガスを最初の木の葉っぱが空中散布するんですって。すると、それをうけとった木は条件反射で、ガスを組織する仕組みだそうで。または、白菜やきゃべつ。葉っぱを動かして虫を落とせない。ので、種族の存続にかかわる害虫がつくと、農薬の数万倍という毒素を出してその虫を追い払う。すると、じぶんもその毒素で生育が止まって、立ち枯れしてしまうそうです・・・なんとしたことか。そして、自分のみは枯れるとも、害虫を気絶させるだけで殺さない。アオムシヤ、人間が食べても無害なように気を配っているそうで・・・。 信じるもよし、信じぬもよし。だけど、畑に出て、自然の営みを見ていると、本当のことだと思えるんです。手を入れず、生態系を作るだけで、和と循環が始まる。それは、見事です。わたしたちの仕事は、少し、他の植物には申し訳ないけれど、野菜たちをちょっと優先させてもらって、環境をつくっているだけ。実際、それくらいしか出来ません。お天気や、気候は天任せ。種だって、自分たちのこてさきじゃあ作れないから、ずっと種を保存してきてくれた植物に分けてもらっているだけだし。今、畑を一から作り直しているのでこの際、そういう野菜たちの生命力。あと、人の心や言葉を汲み取る能力。水の結晶に見る言霊の大切さ。ここらを 畑に出る自分たちにドシンと入れといて 種をまいていきたい・・・。自分たちが知らないだけで、植物も、微生物もすごいことをやっている。でも、そのすごさが、うちの畑を通して、みんなにも見えていくと素晴らしいよなぁ!そこまで、頑張りたいものです。(でも、今日も他の仕事に追われて畑仕事してないー!)
2003年09月29日
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15年ぶりに運動会に出ました・・・・。もうガタガタです。田舎の運動会なので、そりゃあ、父兄からジーちゃんバーちゃん、保育園児から中高生まで活躍の場があります。今朝は6時前から、地区のテントの下に行って、レージャーシートを引き、その上に座布団を置いて場所取りです。開会式の後から、飲み始める人もいます。(さすがに、ビールどまりだけど)生徒数が120人くらい。でも、参加者はおおいよ!自分の子供が出るのを見るのも楽しいけど、今年は、地区の出し物によー出た。まずは綱引き東西対決。体がでかいから選ばれたのか!?体力も握力も根性もないって!いうのに、選手になっちゃって、引っ張る時間は30秒。最初、1分って言うから、みんなで「えーー!!」「もたーん!」のクレームをつけ、競技は30秒に。オーエスオーエス!ってわけにはいかないよ。みんなテンデばらばら、「まだっ!?」「もうだめだ!」女性陣から声があがる、ほんと、もうだめ、許してェ~・・・結局負けたんだけどね。終わってスグから、すでに腕と腰痛し。いたいいたいありがたい。う~む。次には地区対抗リレー 。だけど、今回は仮装リレー。初めのひとりが その地区の仮装のテーマをカードで引いて、一人一人がグッズを増やしてアンカーが全部身に着けて走るという趣向でした。うちらは、「魚屋さん」がテーマ。他の地区は「女子高生」「小学生」「看護婦さん」「剣士」など。4番走者のわたしは「魚屋さんの服」を着て走る役目でした。あんまり、足の早さも追求されず どたばたのうち終わってよかったんだけど、順位はどんじりだったかな?「あたし、セーラー服着て走りたかったわア(制服がブレザーだったんで着てみたかった)。」って言ったら、「そんなん、入らんかったらどうするん!恥ずかしいやん~。」って言われた。それも、そうだ!最後は玉いれ。5メートルくらいの竹さおに、3つ籠がついていて 地区の人の人数制限なし。年齢制限なし。6地区対抗で競います。コレも、しゃがんでは投げ、しゃがんでは投げ、上からは玉が降り注ぎ、そりゃあ大騒ぎ。中高生も加勢してくれる。かなり、マジやけど、入らないんだわ、籠に。特に1番上のは籠はちいさーいし、その高さまで届かんもん・・・結局決勝まで残って2位でした。いっすい君は徒競走が3位の快挙を成し遂げ、偉かったんだけど、もう、今年の運動会は「わがこと」で、目いっぱい。しっかり日焼けして、体いたくなって、家に帰ったとたん昼寝(?)して、もう、夜は、温泉と外食です。いいんです。それくらいせんと!あしたからの演奏生活と、ややま神事の仕事にむけて がんばるぞー オウ!
2003年09月28日
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なぜだか、学生のときは女の子から、手作りのプレゼントをよく貰いました。手編みのマフラーとか、手提げ、マスコット、なぜか、針山(針はささっていませんでしたよ、もちろん)などなど・・・・?今でも大事に持っているけど、なぜに手作り?心がこもってます。また、欲しいな、と思うのは色の変わる指輪。石のようになっているところに、多分液体が入っていて、体温で石の色が、緑や、青や紫になってきれいだった。あれ、今は売っていないのかなあ?指輪といえば、エンゲージリングをは披露パーティーのあと、なぜだか親不孝どおり(現在親富孝通り)にでっかい紙袋ごと忘れて帰って、指輪だけなくなってた。まあ、必要ないから身につかなかったんだろうなあ、って話になって、それ以来指輪はしていません。まあ、畑仕事にも、ピアノ弾きにも必要ないからね。20歳くらいのとき、「靴もバックも、指輪も毛皮も興味がない。」って言ったら、「そのまま、ずっとその気持ちが続けば いい奥さんになるよ。」といわれましたが・・・・。物欲はさほどありませんけど、食欲はあります。ずーずーしさもあります。いい奥さんになっておりますでしょうか!?自分に、につかわしくないものは必要ないから、あんまり欲しくない。だから、身につけるものはほとんど買わない。洋服なんて、衣装か野良着しかないから、ちょっとした外出は困るけど。いい演奏会や、旅行は行きたいな。本やCDも買うな。あと、コンサートに使うちょっとした小物。これは即仕入れちゃう。必要なものだけ持っていて。シンプルに身軽に生活していれば、もっとスッキリしてくるだろうな。ものが多いから、家事の時間も増えてるんだし・・・。取られる物がなければ、泥棒の心配も(あんまり)ないし。孝さんが、いろんな人から、「孝さんにいい楽器をひいてもらいたいわ~。ストラディバディとか。」って言われるけど、「ほんとにそんなの持ってたら、怖くて夜も寝れないし、外にも出れないな。」と話して笑ってしまう。確かに、我が家のセキュリティーは江戸時代なみですもん。相応の生活が 安心です。ああ・・あしたの運動会で走らないかん・・・。なんで大人になってまでー!もういい、受けをねらうしかない!(でも、受けが取れるキャラでもなし)なんか、現実逃避したくて なんのこたない日記です。
2003年09月27日
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北海道で地震!マグニチュード8!津波も!我が家は新聞もテレビもなく、早起きをしていても、ラジオを聞いていなければ世の中でおこっていることは何も知らないままなんですが・・・・。お昼前ごろ、わたしが出かけるので、一緒に行こうと孝さんを誘ったのですが、畑に行くといって家を出ただんな。なぜだか、軽トラで、家の門からでることなく青くなって帰ってきました。「ちょっと、さっちゃん!」「どうしたと?」(なんか、わたしライトつけっぱなしだった?それとも、ドアあけっぱなしやってバッテリーあがってたんかいな?)と、いささか、ビクつきながら尋ねると、「北海道で地震!」実は、軽トラのラジオはもう何年も(それこそ5年くらいは)壊れてならなかったんです。それなのに、軽トラのエンジンをかけたとたん大音響で北海道地震を告げるラジオが鳴り出したもんだから、孝さんびっくりして戻ってきたんです。これは、神様に「聞きなさい!」といわれたんやろうって・・・・。わたしは 神様がいる、と思っています。だって、この世に存在するもの何をとってみても、何かひとつの法則にのっとって出来ているし、 その秩序の中で生かされているように思う。目に見えない何かのいろんな力に支えられて、導かれて、でも、かなりの自由を許されて生かされている。出なかったら、人は、おんなじ気持ちを共有したり、共感したり、繋がっていったり 和していこうとは思わないんじゃないかしら・・・?小さいときから、思っていた。自然を見ながら、人の生き方のヒントや、法則は 自然を見れば色々わかるのに、何で、人はそういう話をしないんだろう、とか、世界中の人は、共通の気持ちで感動したり 助け合おうとしたりするってことは、「出所」がいっしょってことじゃないか?とか、いろんな神様や仏様がいらっしゃるけど、コレも、宇宙の法則や秩序から言うと、大本はひとつで、あとは、それぞれの人の生活様式や環境に沿った形で、ご守護してくださる形が違うだけじゃないのかな?それなのに、何で 争いがおきるんだろう?とか・・・・。大きな存在が ひとつ宇宙を動かしている。そして、こと細やかなる配置で、宇宙を運営していく力、働く神様が存在していらっしゃる。そして、また、人と、その秩序をつなぐ神様の存在があって・・・そんな風に思ってる。じゃないと、無理やろう、ヒトが生きていくのは!ああ、地震の話から、なんだかここまで来てしまった。つまり、異常天候も、大きな地震も、世の中に起きているいろんなことは、わたしたちが、自分で意識しているわけじゃなくても「よし、今悪いものが体に入ってきたから、今のうちにどうにかするぞ!」って、細胞レベルで活動が始まるのに似ていて、地球自体が、「これ以上、悪いものは今のうちに どうにかして治さないと!」って、きれいに、正常に 清浄に戻そうとして起こっているんじゃないか、と思えるんです。北海道の皆様、大丈夫ですか?ラジオでも言っていたけど、「この地震は、他人事じゃないんです。いつ、日本のどこの地域に起こっても不思議じゃないんです。」地震に津波。地球が「からだなおし」で、いろんなとこを振るわせる前に、わたしたちで、「ごめんなさい!」ッて、きれいに戻していかないと 怖いです。(ヒト自身も、ここまで、汚れて乱れていたら、顔洗ってスッキリされちゃっても、仕方ない状態ですよね、本当にごめんなさいっ!)
2003年09月26日
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きょうは、山寺コンサートの初あわせがありました。お琴、ヴァイオリン、うた。の邦楽曲。もちろん、ヴァイオリンの部分は尺八がオリジナルだと思いますが、初めてあわせたんで、当人たちは呼吸をお互いにつかむので精一杯、だったらしい。わたしは、ピアノの出番がないんで、電子ピアノを他の部屋で練習していたんだけど、遠くの部屋から、イイカンジで音が降ってくる。お琴の音が、2階の床を伝って1階の天井から降ってきて、ヴァイオリンは階段の上をらせん状にまわりながら降りてくる。歌は、遠くから 懐かしい雰囲気で絡んできて・・・・思わず、ピアノを弾くのをやめてしまいました。さて、そこでわたしのとった行動はナンでしょう?正解は、1階のソファーにねっころがって、「黒豆ちゃん(猫)」をなでなでしながら いい音楽を聴く!でしたー。いい音楽を生で、リラックスしながら聴ける!(しかも、ただ。その上、演奏者との、お茶タイム付)コレを贅沢といわずして、なんと言おう。特に、お琴は身近なようで 美樹ちゃんに会って初めて、親しんだ楽器でもある。演奏者つきで、楽器とも出会って、そして、演奏者は心安く付き合える間柄になって とっても幸せなのダ・・・むふ!夕鶴のアリアも、歌、箏、ピアノに編成しなおして弾いたらなかなかgood!今年の山寺コンサートも 面白くなりそう。美樹ちゃんと孝さんのジョイント、「琉歌(りゅうか)」もステキな曲だよ!10月10日、大平村で、お待ちしています。あ、歌の宣伝を忘れとった。童謡唱歌を中心に(伴奏は難しいけど、きれいで、ちょっとアレンジはいってます)岡先生の本領発揮といきますゼ!お楽しみに。
2003年09月25日
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今、我が家の隣の空き地に、家を建てています。もちろん、わたしが、じゃなくて、今度こられる方が新築してらっしゃるところ。宮大工に憧れを持つわたしは、多少なりとも、楽しみにしていました。よし、毎日 大工さんの仕事をこっそり見ちゃおう!あんなことするかな?こんな風にやるかな?勝手なイメージでもりあがっていたんだけど・・・。 つい最近基礎工事が始まって、昨日 柱が家の輪郭に沿ってぼんぼんぼん、って立ちました。今日は、クレーン車が来て、あっという間に2階の柱と屋根が出来上がってしまった!えっ!?職人さんが、柱を丁寧にかんなかけたり 木を組んでいって時間がかかるように想像していたので、もうここまで出来たン!?ってなカンジです。今の住宅は、建てるの早いんやナア・・・友達が、ログをひとりで建ててるのとか見てるから、余計にあっけない。我が家は、古い作りだから 梁もりっぱなのが通ってるし、改装していけば、味のある住まいになると思う。きょう、床の間をふきながら、板張りの隙間をのぞいたら、スグ下が土肌で なんだか楽しくなっちゃった。我が家は、換気要らずで、常にマイナスイオンが漂っている!ハウスシックも縁がない。江戸時代の家なんて もっとすごいよね。鍵はない。サッシ戸や、ガラス窓もない。温暖化でもなかったから 冬は相当寒かったはず!そこに、おもーい湿気を吸うと冷たくズッシリくる綿布団(それでも、あればありがたい)にくるまって寝ていたんだろうなあ。もう、外も家もあんまり関係ないよね。お江戸なんて、火事で焼けても、すぐ立て直せるように作ってたっていうんだから、威勢がいい。執着してなくて 前向きで、いいじゃないですか、流れに逆らわず。宵越しの金は持たず。見えないところにおしゃれをして。そこら辺の心意気は、どこら辺にかくれてしまってるんでしょう?なにも持たずにも、心に不安なく生きてゆける。なんだか、かえって、豊かでうらやましいよ。
2003年09月24日
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昨日の夜は、三光村のややま神社のおまつりについての話し合いでした。今年で、3回目の参加。右も左もわかんないけど、なぜだか、係りになってしまって、うちの地区のお世話人です。お祭りは、子供みこしを出して、村内を練り歩くので男衆は、子供とみこしで回る。女衆は、炊き出しと接待でひたすらいそがしい・・・。でも、いいね。お祭りって。わたしは、結構よりあいが好き。特に、若い人から、じーちゃんばーちゃんまで参加してるものの雰囲気がすきなのです。たのしみだな。ま、係りだし、昨日は話し合いが終わって10時に帰ってきて、パソコンで、チラシを打ったりしたあと、夜中に24時間スーパーまで買出しにいったんですよ。一人で。また、コレが、夜のドライブが大好き。秋風に吹かれ、一人気楽にドライブ。でも、秋の夜長は危険です。なぜかというと、わたしにとって秋は別れの季節。ひとり、孤独感を味わう季節。試練に耐えて、次へのワンステップを踏み出すパワーを蓄える時期なのだ。なぜだか。つらかった秋。谷川潤一郎の「陰翳礼賛」という本を読み、なんだか、日本人の深いところに沁みて、長々と反省文を兼ねた過去の告白を手紙にしたため、彼氏に送って彼氏にショックを与え 別れてしまったあの秋。ひとり孤独に 壱岐に単身赴任して。遊びたい盛りに いつも、ひとり。脱出しようにも 四方は海。ひとり、バイクで岬に出て、空を見上げて「今、がんばる!今度会う誰かに ふさわしくなるために!(マジです。21歳ころ)。」と、叫んだ秋。あまりにも、結婚前は秋に色々ありすぎて、なんだか、反省を余儀なくされているような・・・?今、畑も位置から出直しになってるしね!そういう星のご守護をいただいているのでしょう。秋だぞ、秋だぞ、めげるなわたし!センチで食べるな、ぷくぷく太る!(やけになると、むちゃ食いするし、振舞われると、皿まで食べちゃう勢いなんで。)
2003年09月23日
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すっかり秋めいてきて、空はスコンと突き抜けて青空、山の上に低く雲がたなびいています。いい季節になったなあ・・・最近、気になることに 礼儀正しさと 立ち居振る舞いがあります。自分の所作が 非常にザツで、言葉遣いも美しくないから余計に気になるのかもしれないけど。たとえば、TVのCMでの吉永小百合さんのちょっとした所作、香り立つ気品。ご本人が威張っているわけでもなんでもないのに、感服し、自分の至らなさが身に沁みる・・・。芯がぴっと通っている方は、見ていて気持ちがいいし、素直にすばらしいなと思います。武道にしろ、茶道華道などの、精神性を高める道に身を置いておられる方は、なんだか、オーラが違う。(反して?)テレビで、世界サミットを放映で、日本人のセンセイ方が、海外の方に混じって歩いている姿を拝見して 「なんか、がんばって自分を大きくみせようとしているみたい・・・。」懐深く、大人物は周りが自然と、敬服する。日本人には、気骨や、気品があって、高い精神性と、高い芸術性があったと思う。(体は小さくても)いろいろな作品をみても、生活を見ても、昔の日本を知る海外の方の話を伺っても そう感じます。いまさら、かも知れないけど、ちょっとでも、居住まいを正しくして、礼儀正しく生活してみよう、なんて思ったりしています。他人の振り見て わが身を直せ。(特に、子供を見て、そう思う!しつけがなってないのは、わたしがお行儀が悪いからなんですぅ)ま、ちょっとずつね。気持ちはあるんやけどなあ!あ、この前、本に、「何か、本の中に身に着けたいことがあったら、ただ、8回読みなさい。9回目からは、よし、覚えよう、と意識して読んで見ましょう。するすると、体に、入ってきますよ!」と、書かれてありました(そうな。孝さんに教えてもらったんで)。読書の秋!で、実行してみようと思います。テスト勉強にもいいらしいよン。
2003年09月22日
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昨日寝たの3時。起こされたの6時。さすがに眠くて、おきれなかった。本とは、久留米に行く予定だったのに。「じゃあ、いっすいくんと、僕だけ行ってくるよ。」と、ピプリンとわたしは残されてしまったー。車で寝ててもいいよ、と言われたのに。11時ごろおきて、おいてきぼりくらったもナンも無いけど ふう。悲しみはおいといて。来週は、運動会です。わたしは、大の運動苦手。なのに、今年は走らないといけないかも・・・。大人になったら体育はなくなるとおもったのに!ピアノなら弾くけど!うう~!歩くのでさえ、最近はトータルで1キロ行ってないかも。コレは深刻じゃ。東京で1万歩歩いて働いていたときに比べると、農家で歩かないのとはどっちが健康増進になるのかしら?ひそかに恐怖を感じつつ、とりあえず玉いれのたまを縫おう。
2003年09月20日
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昨日の夜、家族全員乗った車が、ローソンの前で信号停車をしました。ローソンの前には、たむろしていた女子高生が それぞれ帰路に着くので、「ばいばーい!」そこで、間髪いれずに ぴぷりんが車の中から「ばいばーい!!」「!?」言われた高校生は、いったい何かとびっくりして、ひふみを見たほかの女の子たちはオオウケ。場が非常になごんだわけでございました。ねらったわけでもなく、「いつもにこにこ 元気であいさつ」という、お約束をスナオに守っただけで、ひふみは、なんで、みんなが受けているのか きょとん。すごいね、いいね。コレが出来ると、みんなが明るくなるね。いや、ひふみさま、勉強になりました。日本で、ニコニコしてると、(特に都会で)妙に勘違いされたりして、苦しいんだけど、純な気持ちはストレートに通じるのかな?純白で なにものにも汚されていない、髪の魂に近い心を持つ、という童神(わらびがみ)。ひふみにも、その高校生たちにも感じました。
2003年09月19日
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ラジオで、水野真紀さんのお話を聞きました。女優である彼女は、女優という職業ひとつでは 飽き足らず、コルドンブルーにお菓子の勉強に行ったり、日本に戻って 日本食にも目覚め、調理師免許をとるために料理学校へ行ったりと、がんばってこられたそうです。「なんで、ひとつも事じゃなかったの?」という問いかけに、「自分が、どうしているとニコニコしていられる状態かなあって 考えたら、こういう生活になったんです。」と、おっしゃっていました。好きなことだけ、ひとつやっていたら、元来怠け者で ずるずるだらだらモノにならなかっただろうって・・・。そして、お料理が上手になるアドバイスとして、「外食をしたとき、コレにもうひとつ 何を加えると もっと美味しくなるかなあって考えてみてはいかがですか?」と言われたそうです。今でも、外食ノートをつけておられるそうで。さて、じゃあわたしにとってニコニコしていられる状態って どんなんでしょ?音楽では「あれ弾いて、コレ知ってる?」といわれつつ、ラフな演奏をして、みんなで楽しく盛り上がること。ブギウギ、とか、ブルースのコードで、即興したりできるとなお楽し。セッションもしかり。だけど、自分の 体内リズムが モデラート以下の まったりテンポなんで、即興で弾くと、ヒーリングミュージックになりがち。いろんな本を読むこと!漫画もいれて。時々旅に出ること。出来ればつき2,3回は出たい。事務仕事を 有能なふりをしてこなすこと。文章を、これまたラフに書きつけること。そして、あとで読み返す・・・!畑では、野菜を間引くこと。ふかふかした土の 草を抜くこと。畑で、好きな音楽を聴いたり、ラジオを聞いて 新たな知識を得ること。大胆に草を刈って、「やった!」って、達成感を味わうこと。子供がニコニコ元気なとき。ひふみちゃんの体をムニムニするとき。孝さんと、ちょっといい話をすること。家の中が 見事にかたづくこと。おおっと、2つ掛け持ちどころか、多すぎるけど。でも、結構ニコニコ生活の基はあるな。今のままでも。あとは、コレに加えて(手を抜きまくっている)家事をする。と、ピアノの練習をする。と、孝さんに(せめてもうちょっと)やさしくする、という 大変な任務を(!?)加えれば、今度は 家のみんながニコニコ生活が送れるでせう・・・・なんか、こう書くと、私って、好きなことしか してないんちゃう!?わあ、ごめんなさいー。
2003年09月18日
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行ってきました。どんと院まつりin湯布院。この前の大山町でやったエンヤパンチの祭りがきっかけで、ギターのマサハさんと、2代目ネーネーズのよっちゃんに誘われて、乱入してみました。場所は見成寺。孝さんは以前、貧乏ファーマーズ(?)としてセッションを組んだ、姫野洋三さんとのライブで、すでに顔なじみ。今は亡き どんとサンを慕って、全国で展開されるどんと院まつり。三宅農園は初参加。湯布院の「ふくろうの会」のテーマソング「森のいのり」を、贅沢にも コトホギメンバープラス孝さんで、演っちゃおうということで、かたって(参加しての意)きました。リハなし、打ち合わせ少し。コードだけ指示。こんなラフな中で いきなり本番。だけど、きまってないから心地いい。三線と、シュタイナーの竪琴、ギター、ジャンベに乗って、ヴァイオリンと、ボーカルで紡ぐ音。居合わせた人だけの贅沢だな。音はないから、よっちゃんとのお話でも書こう。今日は、わたしがこの前 ハートにパンチをくらった「童神―わらびかみ―」も歌ってくれました。元ネーネーズの古謝美佐子さんの作詞ですが、お孫さんが生まれたときに、夢で、この曲を授かったそうです。天からの恵み 受けてこの世界に 生まれてきたわが子よわたしの胸に(だいて)育てますイラヨーヘイ イラヨーホイイラヨー いとしい わが子よ泣くなよーや ヘイヨーヘイヨー太陽の光を 受けてユウイリヨーヤ ヘイヨーヘイヨー大きくなってくださいね沖縄の言葉で歌われるこの曲は、意味は知らずとも 言霊が直接何か 教えてくれるようです。よっちゃンも、言霊をとても大切にしていて、植物に声をかける話をして盛り上がったりして。「沖縄の歌や言葉は、自然と密につながっているよね・・・。」と言うと「そうそう、沖縄には、自然をあらわす言葉がいっぱいあるんですよ。ただ、風が吹くっていうのでも、何通りも 風のふき方を表す言葉があって、こっち(本土)の言葉には直せなかったりするんですよ。」言葉の数だけ、微妙な感覚の差が出てくると思う。語彙が豊富であれば、それだけ感情や感覚もこまやかな気がする。昔の、日本の色の名前!今何色くらいわかりますか?それはそれは、微妙な色の差で、ステキな名前がついています。(早く、色の本 福岡のアジア美術館に買いにいかないと!)お寺の本堂を開け放ち、木の枝の向こうの半月を眺めながら、みんなのほわっとあったかい気持ちを感じながら、今日もいい日をいただきました。ありがとう。
2003年09月17日
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スーパーでお買い物をしていたら、乳母車に乗っている赤ちゃんに、そこを通りがかったおじいちゃんが声をかけていました。あんまりかわいかったんでしょう、頭をなでて、アゴをつん、と触って去っていきました。その顔は にっこにこ。今、歌い聞かせの会に集まってくる方も、まだ、オムツが取れていないような小さい子供連ればかり。もう、「抱っこさせてー!」「すりすり、ぷにぷにしたいー!」と思わせる子 いっぱい。あかちゃん、触ると幸せ!にっこりされると、うれしい!ここで、ひそかな野望が首をもたげてくるわけです。わたし、作ってみたいものがあるんです。それは、神社の境内のような前庭。お寺のような本堂。そして、昔ながらの農家の家のような土間や台所。本堂の隣には ちっちゃなたんぼ、ちっちゃな畑。小川も流れてて、めだかも泳いでる。裏山では つたで、ターザンごっこが出来る。朝から、近所のおばあちゃん、おじいちゃんたちが 遊びにやってくる。玄関や、縁側を掃除していると、漬物とお茶を運んで 「休憩しようや。」「お茶菓子も今日はあるんよ。」お茶をしていると、赤ちゃんを連れた若いお母さんがやってきて、「すいません、ちょっとみててもらえますか?」って、買い物の間 あかちゃんを預けに来る。「いいよ、ゆっくりしておいで。」「ひとは、ようけおるから気にせんと行ってき。」赤ちゃんは、じいちゃんばあちゃんに囲まれて、おもちゃになる。昼ごはんも、勝手に作ってみんなで食べる。畑したり、昼寝したり、おしゃべりしているうちに、子供たちが学校から帰ってくる。家じゃなくて、ここに、まっすぐ帰ってくる。庭で遊ぶ子、宿題する子、じーちゃんばーちゃんと遊ぶ子、色々いるよ。おやつも 作ってもらってみんなで食べる。日が暮れてきたら、みんなおうちに帰っていく。この場所も、これでおしまい。また、あした。こんな場所をつくりたいなあ・・・。安心していけて、しぜんの中と、家の中の差があんまり無くて、いつでも行ける。誰かがいる。自分が、誰かに必要とされる。そんな場所。みんなが歩いて行けたほうがいいから、学校とかにも近いほうがいいかな?若いお母さんと、年配の方とも 仲良くなれる場所。何かを伝えていってもらえる場所。わたくしめの野望のひとつなりィ!
2003年09月16日
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家がずいぶんかたづいてきた。おくの部屋のぬいぐるみがてんこもりになっている キャリーの前のキーボードも移動したので、やっと動かせる状態だ。よし、この、長雨で、ずっとぬいぐるみが干せなかったから、全部干しちゃお!くんくん、なんだか土くさいなー。・・そうして、キャリーをどけてみたら、「きゃぁぁぁぁ!」♪シロアリサン!はい!シロアリさん!はい!板と畳を~**食べている~♪(大型バスの歌メロで)なんと、湿気と、ずーと手を入れて掃除をしていなかったことより 食べられちょった!ごめんなさい!ごめんなさい!しかし、コレがみごとに土に還っていて、シロアリさんのスゴサを感じたわけです。こうやって、木や草をかえしてくれるわけやね・・・すごい。 そこで、うちの畑。今、野菜がなくってお休み中。せっかくの機会なので、いままでの農法と変えてみる、と、孝さんのたまわく。もちろん有機で変わりは無いんだけど、この天候不順、気温の変化にも対応していけるように、たくましく、生命力の強い、元気な畑にしていかないと、農家として、現状はとっても不安・・・。で、草を刈って整備をして、今しっかり準備をしているわけです。だけど、まだ、野菜の収穫にはいたらず、で、再生三宅農園は 今しばらくお待ちください。うちも、最近野菜食べれず、はやく美味しい野菜を がふがふ食べたいよ。秋になると、なべだな!野菜をてんこ盛りにして 鍋食うぞー!
2003年09月15日
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苦手なもの、それは虫さん・・・。とくにぬめぬめしたヤツは苦手なの・・・。ばったや、カブトムシ、コガネムシみたいなのは大丈夫。すっきりしてるでしょ?いもむしや夜盗虫は 触れない。なぜこんなことを書いているのかというと、我が家では、なめくじを外に出すのと、ゴキブリをたたくのは孝さんの係でありました。なぜならば、わたしは、この二つが大の苦手だからです。なぜか、ナメクジは、さりげなく踏み出した足の下、なにげに探った暗闇のドアのところ、とにもかくにも、わたしのことが大好きなのか 呼んじゃってるのかスキンシップする する。一方、ゴキちゃんは 壱岐で、一人暮らししているときに、隣がラーメン屋さんで、でっかいゴキブリに、飛んでこられたり、お風呂でぶつかってこられたり、いろいろ戦いがあってトラウマになってて 怖い。そして、我が家は、虫の集う家(もちろん 蜘蛛も、こおろぎも、時にはクワガタも ありとあらゆる虫さんたちが自由に暮らしている)うーーーん。そんな中、孝さんが高らかに宣言。「もう、虫は殺しません。」「えー、ゴキブリたたいてくれんのォ?」「あんまりにも、殺生しすぎたけん。もう、せん。」確かに、環境が虫を呼んじゃうわけで、原因を作っているのはわたし。呼ばれて出て行ったのに、殺されちゃったんじゃ、恨み言のひとつやふたつ言われて当然だろう。頭では、ごめん、スマンと思っていても、体が瞬時に「きゃああああぁぁぁ・・・!」と逃げてしまう。けど それは仕方なかろう。ゴキブリさん、なめくじさんに告ぐ!我が家にいてもいい。わたしも、おうちをきれいにしたり、湿気でじめじめしないように心がけます。だから、お願いです。わたしに出会わないように 気をつけて!約束で!
2003年09月13日
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昨日は、夜から雨が降り出しました。台風も最大風速が75メートル弱を観測したとかで、いったいどんな風圧であっただろう、と驚きました。今、ここ大分にはあんまり影響が無いけれど、他の地域ではどうなのかしら・・・?音宮で、司会をしてくれた、むっちゃん夫婦が、1本1本丸太を積んで、陶芸の工房をopenさせました。昨日は十五夜ということもあって 月見と、ヴァイオリンの演奏にみんなが集って お祝いをしよう、という企画・・・。うちの大分の友達は、自力で、家を作っている人が多いです。ログあり、普通の(?)家あり、やねだけはプロに頼んで、後は自分たちで、そして お友達が手伝って ステキな家を建てている。(大体30歳以上になると、たててるんじゃないかなあ?)我が家にも、スペースがあるので(裏庭が)、「いつ建てると?」といわれたりしますが、我が家は、改装が先じゃろう。床板をはがしてー、壁に1箇所窓を開けてー・・・とかね。ま、今日はむっちゃんの話。彼らは、趣味で陶芸をしていて、それがご縁で出会ったらしい。湯布院塚原には友達も多く、観光地であるお店の集まったところの一角に 工房を建てることを決意、丸太を担ぎ出す。完成した「ひば工房」主人あいさつの中に、「みなさんの、罵声にも近い声援を受け、無事ここに、見切り発進できるかな、という工房ができあがりました。」という、言葉がありました。友人の面々を見ても、「罵声に近い」という表現が、あまりにもぴったり、目に浮かぶようで笑ってしまった!口は悪いが、心は熱い。むっちゃんの友達も、最近、再会した学生時代の知り合いが、また 回りまわって出会っている。やっぱり面子は「出来は悪いが 人はいい」メンバーで・・・。(うちらとも、仲良くしてるよ。)あの仲間に会うと、ほんと、心があったかくなって、心地よい。いいたいことはハッキリいうけど、その言葉には愛がある。口では 憎たらしいこと言っても(もちろん、わざーとネ)黙って、いろいろ心と体を砕いて 助けてくれる。人との出会いって、ほんっとにすばらしいなあ!って思います。ヴァイオリンをその 工房の中で弾いたら むっちゃんが、「なんだか、丸太を一本一本 担いでいたときのことを思い出しちゃってー・・・なんか、この木たちに、いい音楽がしみこむようでうれしかったわア。」といってくれました。わたしたちも、むっちゃんたちに とっても、とっても助けてもらっている。そのお返しに演奏が出来るって ありがたい。そのうえ、聞いてくれた方たちに、「今日は、よかったなあ!」とか、「贅沢な時間だったねえ。」とかいわれると、仕事もさせていただいて、その上 喜ばせてもらって。自分のできることで、人に喜んでもらう。これって、ステキでありがたい。自分たちのほうが、すっかり幸せにしていただいちゃったりした、お祝いの日でした。
2003年09月12日
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あしたは遠足!ぴぷりん はじめての「ハーモニーランド(サンリオ)」。10日くらい前から、指折り数えて テンション高し。昨日も、「もうひとつ寝ると キティーちゃんだから はやくおきないと!」って、なんだか早起きしてるし、夜は夜で 興奮して全然寝れない。昨日ねたの12時。朝7時。おかげで、わたしは仕事が押して3時就寝6時起床。今日も、早く寝るって言いながら7時半からお布団に行って 今だ、眠らず。(ただいま10時)もう、つきあえんと思って ほったらかしにしてるけど。秋はイベント目白押しだからなあ・・・お月見に運動会。秋祭りに音楽会。子供は、楽し楽しで、幸せそう。明日の夜は、湯布院の塚原に、友人の工房「ひば窯」が立ち上がります。そこで、お月見をかねたパーティーがあって 弾いてきます。湯布院は、もう夜は寒いかな?
2003年09月10日
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9月5日は、「歌いきかせの会」初日でした。頭の中では、お母さん方に、いろいろな歌を覚えて 帰ってもらって、生活のいろんなシーンで歌っていただくためのプログラムを考えていたのですが、結構ちっちゃい子が多い!だから、うたやお話の間に、遊びをいれていかないと もたないことがわかりました。でも、わたしは保母サンじゃないので、手遊びをあんまり知らないの・・・。それこそ、「げんこつ山のたぬきさん」とか、「むすんでひらいて」とか。(めっちゃ、オーソドックスやなあ!)裏技で見た、「あんたがたどこさ」の遊びは、さすがに1,2歳児には無理やろうし・・・。遊びうたと絵描きうた。コレも取り混ぜて1時間半。この「歌い聞かせの会」には、保母さんや、作業療法士のかたなど、専門職の方がサポートしてくださるので、会の真ん中あたりで、紙芝居や、パネルシアターも入れて、けっこうもり沢山の内容です。始まりのうた「うたえほん」で歌おう紙芝居覚えて歌おう(童謡、唱歌、遊びうた、こもりうた、アニメ、テレビの歌など)お茶タイムえかきうたおしまいの歌毎回コレを柱にやっていきます。今回のアンケートでは、「絵描き歌」「手遊び歌」をいろいろ教えて!とか、お風呂で歌えるうたが、ないかしら?とか書いてあったなあ。お風呂の歌!ありそうで、あんまり無い。どうしようか、と考えて、ちょっと替え歌で、お風呂うたを作ってみることにしました。それと、孝さんに発注。なければ、作っちゃえばいいんです。今回の絵描き歌も、三宅農園音楽部+けんちゃん作「チビトトロ」の絵描き歌だったし。そんな感じで はじまった「歌い聞かせの会」。どうなるかは、請うご期待。さ、のぼサンの「あそびうた大全集」で、研究よ!
2003年09月09日
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なんだか、上から「なんでもいいから、四の五の言わずに ともかく働きなさい。」と、言われているような気がする。最近。わたしは、まったく働きものじゃありません。な―んにもしないで、本でも読んで、ご飯作ってもらって、たまにピアノ弾いて ドライブに行って遊んで暮らせるなら、そうしてしまいそうです。でも、その反面、一気にがんばっていろんな事を片付けてしまいたいときもあります。今、ちょっとがんばりモードに入っているんでしょうか?たとえば、暮らしの中で 今まではほったらかしにしてそのままだった 些細なこと。ソファーにかけている布が曲がっていたら、まっすぐする、とか、ごみが落ちていたら、ゴミ箱に入れる、だとか、埃がたまっていたら拭くとか・・・関係ないけど「誇り」と「埃」って意味はずいぶん違うのに おんなじ「ほこり」・・・(意味論や、言霊、音霊、小さい頃から 非常に興味があって なんでかな~ってひっかかっちゃった。)ここまで暴露していいものか?わたしの生活。ちゃんと、家族にご飯を作る、とか、洗濯はこまめにする、とか・・・(今、洗濯機こだわりの2層式なんだけど、層がちっちゃいから大変なんだわ。でも、2層式じゃないとヤダ。なんとなく。)お前は主婦やろー!ってつっこみたい気持ちに 家族はなっていると思います。そんな、当たり前の家事を きちんと、みんなが気持ちいいくらいにこなす。そういった意味で、「働けよ。」と、いまさらですが なんとなーく言われているような気がするのです。(コレが、親や、だんなに声にだして言われると、素直に聞けずに 文句や言い訳をしてしまいそうですが そんな気がするだけですから、わたしが改心してがんばればいいだけ、周りも、「おっ、さっちゃんヤッテルネェ。」てなもんで、いいことづくめですな。)なんとなく、そんな気がする・・・そんなとき、とりあえず、そんな気がすることをやってみることにしています。まだまだ、言われていそうな気がすること、いっぱいある。「態度がでかいぞ。」とか「立ち居振る舞いが雑!」とか・・・・でも、きちんとできるようになればステキだな、と思い ちょっとずつ 「当たり前」にできるようにがんばってみようと思います。(わたしにあったときに、「全然できてないやん!」とは、言わないように!「そんなん、すぐ出来るかあっ!」って ちゃぶ台ひっくり返しますんで。)
2003年09月08日
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最近ページが重い・・・・ ゆーっくりしか開かないから、自分の分をUPするので目いっぱい。しかも、毎日、畑と音楽活動と仕込みと、家のことがあると、ちょっと日記を書くのも難しい。この3日間は、「第一回うたいきかせの会」と畑の草刈、伴奏の練習、「第二回うたいきかせの会」草案作り、もみじ学舎音楽会、「森の学校」映画鑑賞などなどで、忙しくしていた。書きたいことは色々あるけど、そうだなあ、今日は映画の話。「森の学校」・・・河合雅雄原作「少年動物誌」が映画化されたものだ。はじめ、何気なく見ていたけど、「はーちゃん(隼雄)」が出てきて雅雄先生は、河合隼雄先生のお兄さんやな、これが先生の育った家の風景か!ということがわかった。自然の中で育っていっていた子供たち。やんちゃだった子供たち。取っ組み合いのけんかをしていた子供たち。お父さんが怖くって、お母さんがやさしかった家。そんな、ちょっと昔の日本の風景がこの中にはいっぱいある。映画の中の子供たちは、いつも群れていて、なぜだかいつも走りながら「わー!」とか、叫んでいたりする。勢いがある。元気でもある。兄貴分がいてみんなをまとめるし、弱いものは守る。社会の縮図がある。そして、正義で戦っている。自然の中でも、摂理を学んでいる。雅夫少年(マト)は、体は弱いところもあるが、腕白で、正義感も強く、腕っ節もつよい少年だ。生き物が大好きで、もりのなかで、いっぱいの動物たちと 時間をすごせるように動物園をつくりたいと夢見ている。でも、生き物を飼うということは、命を預かるということで、また、他の生き物の命もいただきながら生きてゆく生き物には、たくさんの生き物を殺してあたえていかなくっちゃならない・・・。そのことも、自然が気がつかせてくれた。あのころに戻りたいか、というと正直わからない。でも、自然はわたしたちには なくてはならない恩恵だ。自然の中には、わたしたちの生きるヒントや、摂理や、天地の法則がいっぱい詰まっている。その上、わたしたちに、生命の息吹を吹き込んでくれる(そういえば、三光の広報誌に、今は都会で暮らす村出身の女の子が、美味しい水を当たり前に飲めていた幸せに はじめて気がついた、と書いてあったなあ)。だから、自然の中で、生きていったり、何かを感じたりするのは ひとのねっこを育むことだと思う。こどもに自然をかえしてあげよう。大人も、自然を感じよう。自然が 自分の体の中にあるうちは、大丈夫。それは、あなたのねっこです。
2003年09月07日
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10月10日は山寺コンサートの日です。山国川をはさんで、大平村の西友枝の徳宝寺という、山寺でのコンサートです。毎年、10月10日と日にちをきめて、今年で3年目です。今日は打ち合わせの日でした。ソプラノの岡先生、お箏の今長先生(みきちゃん・まんまるさん)が今年の主役です。空は晴れ渡り、日差しは照りつけ、海の上に入道雲、山寺を仰げば秋の空にコスモス。なんじゃそら。自慢のイチョウの大木が、今年はすっきり剪定されて、毎年みんなのお楽しみ ぎんなんの手土産は期待薄・・・残念。さあて、このコンサートが面白いところは、コンサート本番の前に「あんきにどうぞ(気楽にどうぞ)」のコーナーがあり、前座のコーナーがあるところ、休憩中はお茶と茶菓子のサービスがあること、地元の方が、老若男女入り乱れ参加して楽しんでおられるところです。ステージにしろ、お寺のご本尊の前でのコンサート会場にしろ、手作り感、季節感満載。朱色の和ろうそくのゆれる明かりの前で演奏するは、なかなかに不思議な雰囲気です。場所はいい。毎年の期待感も高まって、準備は万端だ。演奏家以外は!そう!まだ、弾けないの・・・。今回、岡先生はいつもの伴奏より、難しい楽譜を用意してこられた。わたしは、ソプラノの音域でのフラットやらシャープやらが、4つ5つ ついてる調はとっても苦手。曲は季節の童謡唱歌だけど 伴奏はいつもとちがうー!ちゃんと譜をよんどかないと弾けないよ(あたりまえだ、そんなの)。リサイタルなら、半年前、1年前からじっくり準備もする。でも、わたしたちは、「あと、1ヶ月やー。」とか、「いったい明日は何弾くんよ!」なんてことが ざら。今、やっとかんと、間に合わんことを肝に銘じながら、ピアノに向かうのでした。ああ!時間が欲しい。(ちなみに、アンコールでご用意しております曲が 一番気合入ってます。アンコールしてね。)
2003年09月04日
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なんとなく、お風呂に入れる丸いアロマオイルが気に入って買ってみた。それを、孝さんが2個お風呂に入れてみたら、さすがオイル、べとべとになって失敗したーと、言っていた。ああ、それなのに、それなのに。1個なら大丈夫だよね、きっと。だって、商品になってるわけだし・・・。1個入れて、すぐさま湯舟の表面に広がる油膜。うーーーん・・・・。この暑いさなかにコレは失敗したかも・・・。孝さんもこんなカンジでべたべたしちゃったのね。でも、自分でもやっぱりやってみないと、わかんないって言うかぁ、あー全然さっぱりしないよォ。高校生の時くらいまでは、自分の経験で人に意見したり、いらんお世話してたりしたけど、どうも、それは実に余計なことだったようで。人は、それぞれに経験や、体験しないとわからないことが大いにあって、そのお邪魔をば せっせとしていたことになる。何がいい経験で、何が悪い体験なのかは、本人の今わの際にしかわからないことだと 今では思う。わたし自身もおバカなことを繰り返し、しかも2,3度失敗してはじめて気がついたりして そんな人生ですが、失敗してもやり直しもできるし そこで何かを学べば収穫としよう。元には戻れなくても、新たに切り開き 築くことは出来る。こんなことを 呑気に書いている一寸先だって、なにが起こるかわからない。ならば、目の前に用意されたものを、どんどん飲み込んで ガリガリ進んでいってみようか・・・!(最近、与えられることに とりあえず不満を言ったりしてみた上で 実行に移していたことを反省して。)それにしても、べたべただあ!
2003年09月03日
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さてさて、今日は津和野第2弾。安野光雅美術館で非常に満足したわたしたちは、ちょっと早めの昼食をとるために 「ポンム・スフレ」というお店に行きました。お店の奥に、ちょっと庭が見えるガラス窓があり、なぜだかそこには、悠然と泳ぐ なまず2匹・・・。子供が喜んで、あまりに騒ぐので、お店の方が「鯉のお米屋さんには行った?鯉がそりゃあもういっぱいいるよ。見せてください、って言えばすぐ見せてもらえるよ。」と、教えてくださいました。パスタが出来上がるまで・・・行ってみよう!そこは、お米屋さんですが 店の奥の中庭に池があって、もうそりゃあいっぱい、丸々した色とりどりの鯉鯉鯉、鯉の嵐。鯉の上に鯉が乗っかって、「くれ、くれくれ、くれ。」と、口を開けてる。1袋100円のお麩を買って ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。太るやつは太るし、食べれないやつは食べれない。そんな弱肉強食の世界を垣間見て、鯉タイム終了です。さて、お次のターゲットは「葛飾北斎美術館」です。また、見にいくか!?という気もしますが、いいものは、何回でも見たい。でも、大分に来た絵たちは、だいたいここから出張して行ったんだけど・・・。初刷りの「北斎漫画」が津和野でみつかったのを縁に、ここに美術館が建てられたらしい。ということは、この前売っていなかった資料や本が手にはいるかも・・・!こじんまりとした美術館に入るや否や、ロビーのテーブルの上に「北斎漫画」見本が、3冊。大判の「北斎美術館」全5巻。ああー!展示を見る前から、舞い上がっちゃうわたし。展示物は、大分に本物が行っているんで、写真がおいてある状況でしたが、200人以上もいた弟子の「北斎スケッチ」模写(?)何かを見ることができました。でも、弟子と師匠の差は歴然。全然違う。日本画は墨で、一筆で、どんな大作でもやり直しがきかない一発勝負、真剣そのもの。氣の入れようが違います。たとえ、原画じゃなくっても、その凄まじさが伝わってくる。その上、北斎にはシャレもある。寸分の隙の無い作品と、遊び心のある版画の作品。彼の才能と、懐の深さを堪能して、またまた幸せに・・・。本は、全部欲しかったけど、1冊が3000円以上するので泣く泣く1冊。北斎美術館の第一巻、「花鳥画」に決定!(しかも、だんなの母上に買ってもらった)今日はここまで!
2003年09月02日
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津和野に行ってきました。はじめは、萩もいいな、と思っていたんですが、津和野の魅力は なんと言っても小さい町の中いたるところに見るべきもの、魅力のあるものがつまっているところでした。あまり時間も無いし、ぎぎゅっとした時間をすごしたいな・・・そんな気持ちで6時に中津を出発。憧れの地には、9時過ぎに到着。夏休み最後の日曜日、町に人影はまばら、とってものどかで しかも涼しい。町並みは白壁や、古い家並みの居住まいがここちよく、ほっとします。高い建物はなく、家瓦が朱色なのが、目に新しい。ピプリンが自転車に乗れるなら、レンタサイクルもよかったけど・・・まずは、1番行きたかった「安野光雅美術館」へgo!彼との出会いは高校時代。「旅の絵本」を図書館でみつけたときでした。絵も好きだったけど、緻密な絵の中に色々隠れているシャレ(?)を探すのに夢中になりました。いろんな童話ネタが隠れていたり、有名絵画のワンシーンが描いてあったり、木のこずえに動物の絵がかくれていたり、さりげなくトリックアートになっていたり・・・わたしがもっと物知りなら、もっといっぱい面白いところを発見するはず!友達と一緒に、みつけあいっこをして楽しんでいました。美術館は建物からして、よかった!生まれ育った津和野の景観にそうモノを、と希望されていたそうで、それはもう、漆喰壁に黒瓦、美術館の中には懐かしい木造の教室や、図書室があり 津和野にぴったり。プラネタリウムもみましたよ。彼の「天動説の絵本」と、「津和野のまち」がドッキングしたプログラム。あたしは、星を見つけるのが苦手で、わかる星は北斗七星!(オンリー!)という情けなさでしたから、45分間、楽しく勉強しました。展示のほうは、昔のこどもが、どんな風にして、遊んでいたかや、津和野で、安野さんがどんな少年時代をおくっていたかを描いた絵と、津和野の風景、童謡唱歌の風景などの絵本の原画が展示してありました。いま、一番自分が興味を持っているものだったので、もう、大興奮!津和野に行って わかったこと。安野さんの描く絵は津和野そのものです。太鼓谷稲成神社に登って、山の中腹から見る津和野は、真ん中に川が流れ、それに沿ってSL(走っているSLをはじめてみた!それも、目の前で。)が、黙々と黒煙をはき走り去ってゆく。朱色のかわらの家が集落をつくり 田んぼの上をサギがとんでゆく・・・。こんな中でそだったらから、あんな絵が生まれるんだ。やっぱり、どこで、育ったか、どんな環境が自分のねっこにあるかは、とってもとっても大切だ!と、強く感じました。三光村はいいところです。でも、なにか津和野で感じた何かを、プラスαしたいような気になりました。今日はここまで!
2003年09月01日
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