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麻雀を覚えたのは今から13年前になります。大学の先輩から教えてもらいました。その後フリー雀荘に一人で通うようになりました。最初は高田馬場の「天壇」、代々木の「平和」その後池袋の「BOY」大宮の「BOY」と通いました。大学を卒業する頃には大宮の「きらきら惑星」に通うようになり、恐らくこの店に通った期間が一番長かったと思います。4年位前からは、同じく大宮の「ぴいちはもも」に、そして2年位前から高田馬場の「ピンたぬ」に通い始めました。現在は開業資金を貯めるために雀荘通いは自粛しています。実はここに挙げたお店の約半数は閉店しています。特に私が行かなくなって2~3年経ってから閉店したお店がいくつかあります。雀荘は、あくまでサービス業です。お客様の支持を得られなくなったお店は次々と閉店しています。閉店したお店のどこに問題があったのか、当時客であった私には何となく分かります。今回開業を検討するにあたって、一番考えなければならないことは、いかにお客様の支持を得られる店を作るか、そしてそれを維持できるかということです。具体的な部分については、今後書いていきたいと思います。
2005年01月24日
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戦前に主流だったのがアールシ-アールというルールです。これが戦後になるとリーチ麻雀というものが誕生しました。面前でテンパイしてリーチをかけると一役つくというもので今現在でも主流となっています。阿佐田哲也さんの「麻雀放浪記」が流行り、その後麻雀プロが誕生しました。小島武夫さんなどです。雀荘においても知名度アップのため「○○プロ推薦の店」というのが集客に役立ったようです。その後、麻雀プロと打てる店、麻雀プロが勤務している店などがお客さんを集めるようになりました。そして、雀荘界に革命的な店が誕生しました。高田馬場の「ポリエステル100%」です。これが所謂「ギャル雀」の始まりだったようです。従業員に若い女性を雇って、お客さんと打つというスタイルは一気に普及しました。また、ギャル雀が増えることによって、女性麻雀プロも増えてきました。今回私が開業しようと考えている麻雀荘はギャル雀ではありません。すでにギャル雀は飽和状態で淘汰が始まっているからです。見た目上は極々一般的な点5の雀荘になるかと思います。長くなるので続きはまた後ほど。
2005年01月22日
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立ち寄っていただいた方々ありがとうございました。まだ何も準備できてなくて申し訳ないです。さてさて、どんな雀荘にしようか、このことについては実は10年以上前から構想は出来てました。もともと、麻雀を覚えた学生時代、雀荘に行くようになってから、こんな店があったらいいのにな…何でないんだろうかと思っていました。本当は就職して20年くらいで開業しようかなと思っていたのですが、婚期が遅れるな…と。無職になるかも知れん人間が結婚してはいけないなと考えたら、もうあんまり余裕がないという結論となってしまいました。都内の点5の雀荘…立地は神田と御茶ノ水の中間辺りがいいな。大学(日大・明治大)も近いし、競合店も少ない、交通の便もいい…よし立地は決まったな。何だ…普通の学生向け雀荘かよ?はい。ここまでは確かにその通りです。一番肝心なことを未だ書いてませんからね。後ほど、それについては書きたいと思います。
2005年01月21日
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はじめまして。御茶ノ水HAKASEと申します。テストを兼ねて初めての日記です。これから何を記録するかというと、1000万円の資金で麻雀荘を開業する軌跡です。今までの麻雀荘の常識を覆す発想の下に、開業を試みようとしていますが、計算上自己資金に不安があります。これから一年間を開業&資金準備期間として過ごす計画であります。縁あってここにお越しいただきました皆様、拙い文章だと思いますがお付き合いいただきまして、足跡でも残していただけますと幸いです。
2005年01月19日
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