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とりたてて書くこともない・・・と、いって思い出の類は限がない。古いアルバムをめくるようなもの・・・話題は尽きないだろうが、そればかりでは寝たきり老人に似て惨めな感がする。昔を懐かしむなぞ、女々しく無意味だと昔から考えていた。と、いって現在も未来もたかがしれてるのに・・・(笑)「人生は旅」旅の支度でもして待つ他がない。 合掌
2004年03月31日
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とりたてて書くこともないと、ページを空けると気持ちが悪い。そこで思いついたテーマ?「老いと若者」の違い?云うまでもなく肉体的能力の歴然とした差異を挙げなければなるまい。年寄りの智慧、教養を挙げる人もいるであろうが、それに耳を貸さない点なども若さかも知れない。勿体無い症候群?が希薄なのも若者だと、考える。天気がよいのに、一日ゴロゴロして憚らない。何かやればいいのにと、大人たちは口煩い。そしてなんとなく日が過ぎていく.。昔見た映画に「コクーン」と云うのがある。大きなプールもある老人ホームの生活模様を描いた物語で、老いたフレッド・アステア演じる、やけに元気な年寄りの姿が印象に残っている。それを見ながら、どう足掻いても若者に叶わない「無駄な抵抗はよせ・・・」と思ったことも覚えている。(笑)そして、その無駄を未だ棄てきれない自分を恥かしく思っている。「年寄りはそれらしく丸く、穏やかになる筈なのに・・・」と妻に云われ「悔いなく、懲りなく、夢をみて、バカはしななきゃ治らない!」と笑う。 合掌
2004年03月30日
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操状態>基本的には気分高揚、能力の増進感があり、多弁、多動となり爽快気分と万能感から自信にあふれ誇大的となり大言壮語し、気前がよくなり後先を考えず高価なもの不要なものを買いすぎたりする。ツアーセンは躁病の病前性格として大胆、自立的、臨機応変行動的、強い意志、非因習的などをあげている。これらは一般社会では見方にもよろうが、人より抜きん出た長所に見える。それに対する<うつ>は少し病的に属するかに思える。今思えば一学級に、一人や二人思い当たる友人も、なくはない。長じて、友人のある病院長などは自分でも云っていたが、躁病的だった。しかし省みれば愉快で気持ちの良い友人の一人だったことを思い出す。もんきーにも多分に躁うつ的な要素があるようだ。昔好きな作家だった<どくとる・まんぼう>こと「北杜夫」氏が自分の<躁・うつ>を面白可笑しく著作の随所に記述されていたことが記憶に残っている。因みに今日の気分は春曇で、気合が入らないもんきー007なのだ。あぁ~(大して)やることがな~い! 合掌
2004年03月29日
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まさに春来たりなばの季節の移り変わる時期、旅立ちも目前に控えて日によって気分が、めぐるましいのは、仕方あるまい。そこで医学書を開いて「操病」と「うつ病」の概念について、復習を試みた。躁病は、循環精神病、躁うつ病、感情精神病、近年は感情障害、気分障害とも呼称されている精神障害の中に含まれるとか。躁病と対をなす疾患にうつ病があるが、それも病的な気分障害だ。操(爽)あるいは憂鬱という誰でもが体験し得る気分状態が病的に高じる、あるいは長びく感情の障害である・・・。昨日から小さな幸運が重なったせいか、その反動というか、欲張りなせいか今朝から不安やら不満がチョコチョコ首をもたげ騒々しい自分に、もしや「初期うつ病」?ではないかと、医学書をひもといたわけである。その危惧はすっかり払われ、妻がデパートへ意中の買い物へ出かけている間に散髪に行った。暖かい良い天気で滅多に出会わない昔の患者さんに声をかけられ、少し悔しさを思い出した。 合掌
2004年03月27日
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・・・アダルトグッズ、有料情報サイトのご利用代金、使用量の請求という葉書が届いた。身に覚えがないので「お問い合わせ番号」へ抗議の電話を入れようと、考えたが相手方の手かも?と、気ずいて中止した。それとは違うが、覚えのない請求書が来て・・・と、いった類の話を聞いた覚えがあり、「ロト籤当選!」同様、巧みに人の心理を突いた商法の一つでは?と考えたのだ。もんきーの葉書なども、一週間以内に連絡なき場合は顧問弁護士を間に訴訟手続を・・・と、あり前述のように、もう少しで電話するところだった。全く人騒がせな話である。アダルト・グッツ・・・>は正直な話、若しやと、思ったもんきーだった。手の混んだ、かような詐欺商法まがいの〒物は、ヤフーBBの個人情報漏出事件もあり今後、更に進化して平和な家庭を脅かせかねないと考える。スネに傷持つ男性諸兄は、くれぐれもご用心あれ?(笑) 合掌
2004年03月26日
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今日の昼ゴハンのために、コタツに腰かけてえんどう豆の皮を剥いた。「マメね~・・・どちらがマメ?」とっさに返事に困った。遊びとどちらがマメ!・・・にかけた分けだ。その豆ゴハンの度に子供を連れて四国・松山に遊んだ後、当時、新開発された奥道後温泉に遊んだことを思い出す。正月休みのことだったが、そこで出された夕食がえんどうまめ入りご飯だった。正月早々豆ご飯とは?と、調理場へ文句を云ったものだ。後になって考えれば、寧ろ縁起が良い筈で・・・ホテル側の好意からのものであったと聞いた。多分子供が(白いご飯がいい・・・)とでも云ったのかも知れない。辺鄙な場所だからこそ街中に見られないモダンで豪壮な構えのホテルだったと記憶にある。親の姿勢が云々より、当時はもんきーも若かったのである。その後「道後温泉」へ妻と二人、訪れ温泉情緒を味わい直したことも覚えている。豆ご飯一つで、そんな思い出が浮かぶようでは情けない。(笑) 合掌
2004年03月25日
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「僕と彼女と彼女の生き方」の最終回を見ながら思ったことがある。娘の凛が神戸へ移転する最後のシーンでの草薙剛(凛の父親)との会話「凛、約束して欲しい。・・・どんなに遠くに離れてもパパはいつも凛のことを思っている・・・」一寸気恥かしそうな、嬉しそうな表情が凛の表情にながれる。もんきーも今度、孫が来たときそう云ってやろうと、いうと、「それは、可笑しいんじゃなーい。それより近くにいてくれて有難う・・・がいいわよ」と、返事が返ってきた。元来、そうしたシリアスなドラマは避けて通るもんきーだが、何時の間にかビデオに撮ってまで欠かさず見終えたドラマだ。スマップの中でもそれ程好きな顔でもタイプでもない草薙剛だが、「成田離婚」~縁のあるタレントだ。因みにキムタクの「GOOD・LUCK」までは中山正弘だった。その彼の「砂の器」も次回で終る。キムタクの「プライド」はハッピーエンド。新たに始まる新番組のチェックが忙しい。(笑)大阪も和歌山についで開花宣言が報じられた。例年より一週間早いとか・・・「介護者ストレス・花で癒す旅」も気が急かれてならない。 合掌
2004年03月24日
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【電脳の 夢幻や 醒めやらず】ネタ(という程のものではない)がなくなると、身の不自由さのせいにして、それをボヤキたくなるのも分からぬでもない。元気だとしたら、多分、老いのせにするであろう。また夢が無くなった、精神が疲弊しているとかなんとかこじつけるかも知れない。考えるより行動・・・>と昔なら一人ででもネオン街を徘徊したものだ。省みれば、自分本位な周りを憚らぬ行為だと反省している。すんだことは今更、どうしょうもないが時折、とうり過ぎる人を目で追いながら焦りにも似た不安を覚えることがある。それが、正常な精神状態なのだとも慰めながら、かっての栄光を思わずにはいられない。しかし、それをやると限がなくなる自分が恐ろしい。それは病床に伏していた当時に最も恐れ、戒めた問題だ。今更そんなことをのんべんだらりと書き続けているとき、ふと浮かんだ<もんきーの17文字>だ。まさにもんきーの今の心情を云いえて妙であろう?(笑)「わけ分からん!」若い人の声が聞こえるようだ。 合掌
2004年03月23日
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「旅人と わが名よばれん 初しぐれ」芭蕉の句で、長谷川櫂氏著【俳句的生活】からの引用である。<冬の初めの心もとない空模様を眺めるにつけても、我が身は風に舞う行方も知れぬ木の葉のような心地がして、・・・>と、芭蕉の嘆きとも諦めともつかぬ憂いを帯びた句の一つとして挙げている。何故か長野の「鹿教湯リハビリ温泉病院」を思い出した。数ヶ月に及ぶリハビリ入院は、どこか旅行中の感覚として時々懐かしく思い出される。病室のベランダから眺めた四季折々の風景は動かないクルーズ船のキャビンに似ていなくもない。そこを拠点にエクスカーションならぬ善光寺参り、安曇野散策、上高地・河童橋等は忘れられない。省みれば、病棟看護士らの笑顔の裏の渋面が見えるようだ。またリハビリと称して出かけ、天然の鰻の蒲焼に舌ずつ味をうったものだ。(笑)鹿教湯の空も空気も、晴れた日は何処までも青く澄んで、ならだかな山の峰にかかる雲は白く陽に輝いて眩しく都会ではお目にかかれぬ清清しさだった。叉行っても良いが、同じ病名では通用しない上、<越冬つばめ>(冬の間は入院、春になると帰って行く)に例えられたくない。 合掌
2004年03月22日
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話題を賑わせた数々のドラマも、余すところ1・.2回の放映で終り新ドラマが四月から次々と、登場する。並み居るドラマを尻目に「白い巨塔」の話題性は、大昔の同名小説の主演者の名前まで思い出させ、若い世代にもアピールしたようだ。時代が変わっても変わらぬテーマの新鮮さには作家の力量を覚えたた。次週の同時間帯にはどんなドラマで誰が登場するか楽しみだ。アイスホッケー選手役、キムタクの「プライド」も面白かったが、スナップのリーダー仲居正弘の「砂の器」も胸が悪くなるくらい見応えがあった。また草薙剛の「僕と彼女と彼女の生き方」は「僕の生きる道」を思わせる暗いイメージのドラマだったが段々惹きつけられて録画してまでドラマを追っかけた。(笑)大河ドラマ「新撰組」の香取慎吾といい現代の才能豊かな若者グループには舌を巻く。そうした才能を存分に開花させられる平和な時代についても・・・少し考えた。老人の戯言はさて置き、テロを除いて日増しに春めいてドラマも衣替えのとき、もんきー007も早く春模様に衣替えして旅立ちたいと思う。 合掌
2004年03月21日
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録画ビデオで主人公の財前教授が自分が診過ごした肺癌で倒れたのが、まるで因縁話のように思えた。本人自身の多忙にかまけた単なる怠慢にすぎない結果だが、根底にある彼の高慢、傲慢な性癖も無視出来ない。とはいえ、それを非難するには当たらないと、気持ちのどこかで思った。寧ろ彼のシャニムニさには魅力さえ覚えたものだ。若く真っ直ぐで、一生懸命だった彼を誹謗するには当たらない。完璧な、人間なんて、どこにもいない!それぞれ建前と本音の坩堝で、、悩みながら、誤魔化して生きるのだ。若き財前教授の真っ直ぐに頂点目指して駆け上がる姿勢には、憧憬さえ覚えたものだ。第二部で世間の渦中に翻弄され傷ついてゆく彼は、ドラマとはいえ見るに忍びなかった。因縁物語的な挫折も最後まで毅然さを保ちライバルでもある友、里見に看取られながら「唯、無念だ!」と告げるシーンには目頭が熱くなった。同時に作家の腕前に脱帽する思いがした。「事実は小説より奇なり」と、云うが高視聴率を誇った「白い巨塔」も、もんきーには、めでたし めでたしと終った感がした。 合掌
2004年03月20日
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ザ・ビストロ(ワイン誌)~のフレーズを引用すれば、ワイン「グラン・エシェゾー」をこう評している。ロマネ・コンティに非常によく似たスタイルを持ち、その味わいは豪華で、この世のものとはとは思えない官能的な芳醇さに満ちあふれています。「深い森を散策する夢見がちな貴族」とも形容されています。昨夜もんきーの生誕○○年と、云うことで、開栓して納得した。ロマネ・コンティの親戚筋で従兄弟ともハト子とも言われるワインだ。育ちも甚だ似ている。問題はこのワインの作り手<ドメーヌ>で、余り有名ではない種違いなのだ。そのせいか値段も本家筋のコンティの何分の一に留まっている。ワインの世界も、人間や馬の世界と似て、ご烙印はリーズナブルなのだ。取り合えずうやうやしくバカラのグラスで飲み干したのだが、血筋の良さはまごうことなく、高貴なロマネ家のものであった。(笑)それに妻が「ふくろうの拡大鏡!」にアロマテラピーと表示した香水をくれた。それには寝室に置いたら?とのコメントが添えられていた。「・・・また眠れそうにない!」地下鉄のギャグで有名になった東京の漫才師を思い出した。・ 合掌
2004年03月19日
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クルーズ愛好者向けのビジュアルなマガジンだ。目白押しに並んだ2004年の新造船の内、特に目をうばった船があった。それが装い新たに今年1月、史上最大となる15万トンの新造船「クイーン・メリー2」(QM2)だ。全長(345メートル)海面からの高さは23階建てのビルに匹敵する72メートルとか・・・世界一巨大な豪華客船といえば「カリブ海クルーズ」<2000・1/29~>のボイジャー号(14万4千トン)を思い出す。1999年10月の<地中海・エーゲ海クルーズ>で、老いたらクルーズに限ると、はまっていた頃だ。その時の船ミストラル(4万9千トン)に比べて大きい船は大味な魚の味と、妻に云って我ながら名セリフ?と、今も忘れない。QE2は豪華客船の代名詞と思っているので、同時に時代錯誤的なイメージもあり、もんきーの最後の旅に相応しいと考えている船である。(笑)蛇足だが7月に予定しているリビエラと南イタリアの風・・・<地中海クルーズ>2週間の船は「クリスタルセレニティ68000トン」で、世界最高峰の客船にランクされており少し気をよくした。 合掌
2004年03月17日
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一寸思いつくままに名前を列挙してみる。蜂蜜・生ローヤルゼリー・プロポリス・クロレラ・深海鮫の肝臓・キャッツ・クロー・アガリスク・ブルーベリー・黒酢・青魚(DHA)等ひと纏め、なんぼ?くらいある。中には尤も?と、思えるものも見受けられるが、いずれにしても長期間摂取しての上、効果ありそう?と、云えるものであろう。それも、臨床実験、データがあってのことではない。当の会社に医学的データを問い合わせてみても凡その答えは「・・・お薬ではありません。食品ですので、どんな風に召し上がってもかまいません・・・そうしたデータはございません。」の返事である。決して健康食品に反対しているわけではなく、消費者の不安心理につけこんだその商法に感嘆するばかりなのだ。70才近く迄健康に過ごした人は、之までどうりの食生活にも自信をもっていいのではないか?それ以上は、健康の問題より「欲望と云う名の食品」の領域と、考えられる。 合掌
2004年03月16日
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老いたかってのスターが広大な邸宅で一人自分の映画を見ているシーンを時々思い出す。昔のアメリカ映画だったと、思うが、そのシーンに、そうなりたくないな~と、考えた自身も忘れられない。そのせいか、昔、毎日放送テレビにレギュラーで出演していた2年余りの録画ビデオも埃が積もったままだ。昨日それを見ながら何故か、いたたまれないような不安におそわれた。様々な思い出のせいなのだろうか・・・?悩卒中で倒れた時の不安についてまで省みた。当時は多分なにも考えなかったと、いうより現実に立ち向かうことを無意識的、本能的に避けていたように考える。おかげで、パニックにならないですんだのだ。神の恵みと、いうべきであろう。・・・くよくよしない、考えない、後悔をしない・・・で過ごしてきた。長嶋監督が悩卒中で倒れた時「静かに見守って欲しい・・・」長男一茂君の談話であったが、誰しも同じ思いを抱いたであろう。また「・・・は幸せだなぁ」世間にあんなに思われて・・・と、考えた人も少なくないと思う。しかし当の本人や家族にとっては、これからが有名人なるが故に苦しみも多く深いと、考えている。<本人にしか分からないことなのである。>健康な人には計り知れないことなのだとも考えた。 合掌
2004年03月15日
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奈良東大寺二月堂の行事「お水とり」も済んで近畿地方にも本格的な春の訪れが間近い。今日は雲ひとつ見えない快晴の青空が窓外に広がっている。桜の開花予想も例年より一週間以上早まると耳にする。それにあわせて五つ星クルーズ船「飛鳥」の日本一周クルーズも大阪港~出航が決定した。キャビンも「・・・9階エレベータ近くで喜んで頂けそう・・・」と昨日連絡が入った。之まで低階層デッキのキャビンは経験がないので当初はキャンセルも考えたが、担当コーディネーターの彼女のこころ配りには大いに感謝した。もう一つの春便り?思いがけぬTEL「先生お元気?・・・・」聞き覚えのあるいい声で、<3/29>有名ライブハウスでの彼女のコンサートのお誘いだった。もんきーの夜の商工会議所(クラブ)の美人3姉妹の一人だ。一瞬タイムスリップしたが、断るより術がないのは当然だろう?しかし華やかな思い出に、心惹かれたことも事実である。(笑)厳しい冬のあとの春の兆しは、もんきーの心を、一気に開花させたようだ。 合掌
2004年03月13日
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新聞を見ながら自分の場合とはどこが違っていたかを比較検討してみた。医療現場の進歩も他の分野と同じく日進月歩の感がある。発症から10年に、なんなんとする当時と現在の医療環境を同様に比較して論ずること自体無理があろう。先ず「悩卒中治療ガイドライン」は出来てなかったようである。脳卒中の専門チーム「ストロークユニット」の呼称も始めて耳にした。それは、10年ほど前から英国や北欧で成果をあげている悩卒中治療方法のことだ。日本でも専門医らの間でその治療方法の考え方が普及しつつあるとか・・・。しかし実際には高度医療レベルの施設を対象にした調査でも、ストロークユニットによる治療を行っている施設は半数に満たないと、いう。東京女子医大神経内科内山教授の言だが「かっては死亡率が高かった悩卒中も、医療の進歩で大幅に死亡率は減少している。しかしその一方で命は助かったものの、手足の麻痺等後遺症に悩む患者さんは多い。・・・」と述べている。予後のQOL(生活の質)向上が今後の重要な課題であることは、云うまでもない。体験者もんきーとして、最も身につまされる課題で、今日までの精神的苦痛は言い表せない。またそれに身近に関わる妻子の苦衷も改めて述べるまでもない。・・・身から出た錆びとはいえ、もんきーのQOLがいささかも損なわれることなく生き延びておれるのは良き妻と子に恵まれた【幸運】のおかげであり「気のもちよう」と考えている。 合掌
2004年03月10日
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息子一茂氏の記者会見の談話「右の部分どうしちゃったのかな」「なんで、こうなったんだ?」と、パニック状態になっていたことなど・・・を聞きながら同じ病気で倒れた当時のことを思い出した。妻をはじめ息子や娘がどんなに心を痛めたであろうかとも、想像した。妻がパニックに耐えてその後の処置を冷静に誤りなく行ったことなど・・・その苦衷は察するに余りある。その後の新聞報道では比較的軽い病状が窺え、胸を撫で下ろしている。同時に紙面等に「生活習慣病の注意」「悩卒中を防ぐ」「ストレスが引き金に」等の活字が、目立った。細部まで目を通さず、無意識に自身と比べていることにも気ずいた。当時「脳卒中体験記」を雑誌に掲載して多くの医師、同僚たちの注目を引いたものだが、反面、それは「・・・そうしたら、こうなる」と、いった真摯なものではなくて、その時の感じ?・・・痛い、とか苦しいと、いった実感覚を述べたもので戯言に近い凡そ事体の深刻さ等から、かけ離れたものだった様に思う。言い換えれば、それが如何に自分自身、直視し難いことであったかを物語るものであろう。以来9年間、再発に最低限の注意?を払いつつ、耐えてこれたことは妻の健気な介護も、さることながら、もんきー自身も誉めてやりたいと考えている。(笑) 合掌
2004年03月07日
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思い出ばかりで恥かしいが、子供が小さい時から夏、冬休みを利用して仕事を犠牲にしてよく出かけたものだ。行き先選別のポイントは有名観光地、宿泊施設は、Sクラスで「娯楽施設(ゲーセン)」が完備されていること、何より<子供が喜ぶだろう>が、コンセプトなのだから親の希望は、あくまで子供の行き先に合わせて二番目というだらしなさでもあった。子育て上よくないと、思ったこともあったが、今では大して間違わなかったと考えられる。毎年<盆と正月>の2回は欠かしたことがない。・・・思い出せば数限りがない。特に印象に残るのは008が幼稚園に上がる前の伊豆・伊東・熱川温泉(伊豆周遊)~修善寺温泉のコースは008も交えて今も語り草の一つになっている。「八丈島観光」と伊勢志摩~「天竜峡下り」も行程の長さと、宿で薦められた「いなごと蜂の子の佃煮」と共に忘れられない。海外は香港とハワイで終りだ。受験期を迎えた子供達は旅行の話題も口にしなくなった。、残ったのは夫婦の熟年旅行アルバムが増えただけだ。やがて、病に襲われ、旅行アルバムは途絶えたが、<葛飾柴又、帝釈天>で産湯ならず・・・生まれ変わったもんきーは、「旅行」は第二の人生と復活?を果たしたのである(笑)。 合掌
2004年03月06日
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交通機関や情報網の発達した咋今では大した意味も期待できないだろうが、高校2年の夏休みを利用したある塾のモニターツアーに娘の強い要望もあり心配しながら参加させた記憶がある。ヨーロッパの主たる国々を廻るカルチャー・ツアーだ。費用は確か80万位で、〆て100万位だったと、覚えている。イギリス~ロンドン、パリ、イタリアローマ、スイス位ではないだろうか?当時としては決して安価な子供の旅行とは云えなかったと、思う。そして娘の帰国第一声!に、今も胸を抉られるような可愛い言葉を思いだす。「楽しかった?」「・・・・ローマでホームシックになった。不思議とパパのことばかり思って・・・」そのせいか、未だ子離れできないのは?近く2週間あまりのクルーズ旅行にも、一番案じられることは、娘だ。何かの時、相談になってやれない!?・・・(実際のところ本当は妻ばかりで・・・<パパは五月蝿い・・とか>)<<今思うこと>>教育の為に、無理して苦労なんかさせることはない!(苦労の予防線を張ろうなんて、ナンセンス!)生きておれば親が予想出来ない苦労にごまんと出くわす筈だ。そこにシャシャリ出る頃は、この世にはいない!! 合掌
2004年03月05日
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もんきーも妻もまだ50代の頃だったと思う。夏休みも終り間近なある日、何を思ったか、老いた母を旅行に連れて行ってやろうか?と思い立った。コースは北陸?花巻温泉~鳴子温泉~中尊寺(金色堂)~仙台空港の予定だった。当時のもんきーとしては殊勝な心掛けであろう。花巻ホテルの和風別館に落ち着いて、確認出来たのだが、88歳の母に呆けが間近いのが見えた。「○○ここはどこかね~?」また切羽詰った表情でバックの中身をブチマケて周りの言葉も耳に入らぬかのように、首を傾げながら、さも不思議といわんばかりに固い表情をくずさなかった母は印象的だった。「失敗したかな~」と妻と語り合いながら・・・明けて2日目はタクシーで毛越寺へ参拝。玉砂利を敷き詰めた広大な境内を母は妻の手を痛い位握り締めて片時も離さなかったいう。ついで鳴子温泉へ向かう途中で立ち寄った断崖佛のあるお寺で妻は別注のデザイン珊瑚の指輪の玉が紛失していることに気ずいた。若しやと、引き返した毛越寺で、それは「奇跡」のように、迷わず、広大な玉砂利の中から見つけたことは今も変わらぬ語り草と、なっている。鳴子温泉に一泊後、念願の中尊寺、金色堂へお参りして・・・・仙台空港を発った。中尊寺の境内の鬱蒼とした杉の大木と蝉の声は今でも蘇がえって、暑い夏の爽やかな思い出の一つになっている。 合掌
2004年03月04日
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そのキーワードは【車椅子持参と介護】だ。不自由になって廻りへの気くばりが欠かせない。リハビリを兼ねて・・・の建前で初めて出かけた旅行は平成8年10月の東京浅草寺~葛飾・柴又「帝釈天」~鎌倉4泊5日である。その後国内では阿蘇~霧島。北海道周遊。沖縄3回(八重垣島秘湯巡り・・・他)伊豆大島、熱海。日光東照宮、水戸後楽園等、枚挙に、いとまがない。国外では中国(黄山周遊~抗州<パンダ動物園>銭唐口逆流観光)韓国、懐かしのハワイ。ラスベガスとグランドキャニオン・サンフランシスコ等も全て車椅子持参の団体旅行を、あえて選んでいる。航空機だけは別に<ファーストクラスのサンフランシスコ>以外はエクゼクティブクラスで別途追加料金を支払った。その間個人でイギリス~フランス(新幹線)へ行った。こうして一つ一つ挙げると想い出でに胸がつまる。それも苦労した想い出が懐かしく忘れられないのは不思議だ。その間にエーゲ海を始め、カリブ海・中国クルーズ等が加わる。圧巻は一ヶ月余りのアジアクルーズとオリエンタル急行の4泊5日の旅&ベトナムツアーは忘れられない。各寄港地では車椅子介護者もつけたが、無理がたたったのか、妻の膝関節障害が増悪、一年余りの入院生活を余儀なくされたのである。2004年は復活の年として、手始めに「飛鳥」で桜前線を追ってクルーズする。ついで新造船「クリスタル・セレニティ68000トン」でベニスまで地中海クルーズと、洒落込む予定である。船も少人数とはいえ、グループ旅行だ。添乗員と介護者も確保しないと、行けない。それも、もんきーの「人生のツケ」であろう?そこで、もう一つキーワード・・・「明るく悠々・急がない」<リハビリ>である。 合掌
2004年03月02日
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