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今朝の電話での妻との会話「立つときも座るときもこころの中でそう数えたらいい・・・」みのもんたのトーク番組の話だそうだ。「若くても?」「そう、そうすると、神経がゆっくり反応するから戻るのもゆっくり・・・」身体にもいいと、云う話だ。悪くはないだろうが、元来イラチの性癖なもんきー余計苛々して身体に悪いと、云おうと思ったが退院前の妻の気持ちを慮って飲み込んだ。退院しても自由自在と、いう分けにはなるまい。お互いに不自由な日々が続く筈だ。「・・・急ぐことはない。ゆっくりやって居れば、いいことは向こうからやってくる。ゆっくりをゆっくり楽しもう・・・どちらが遅いか競争しょうか?」帰り着くのは17時頃になるだろう。どうだろうと、一番ホッとしているのは当のもんきー・・・二番目は息子、娘・孫たちだ。今夜は久しぶりに自分のワインが飲めそうである。 合掌
2004年09月30日
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昔懐かしい店の一つで、そこのマスターが呟くように云った言葉が今朝も頭から離れない。写真まで、持ち出してきて見せられ思わず我を忘れて見つめてしまった。こんなに、いい女とは知らなかった・・・戻れるものなら戻りたいなぞと、卑しくも思ったものだ。自分では昔のことは忘れ、生き方、考え方も変わったと、思っていたが、威張れるほど変わっていないことにも改めて気ずいた。人目にも、はっきり変わったところと、云えば半身不随の唯の人であろう。わざわざそんな姿を曝しに人前に出ることもあるまいに・・・そこが、哀れとも滑稽な狎れの果てと、云うものだろう。後悔を心の荷物として忘れないように、時々恥じをかくのもいいだろう。どう生きたって、大した差はないと、考えているのがもんきーたる由縁なのだ。恥らうことなく、懐かしいことは、それで素直に懐かしがったらいいではないか?過去があっての現在である。いみじくも息子の008が云った。「昔を尋ねてもいいんじゃない。相手も喜んで、昔話をしていたじゃない・・・」やっぱり、もんきーはいい人生を送ったのかも知れない・・・。 合掌
2004年09月29日
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たまには、振り向いても、いいだろう?戻りはしない過ぎ去りし日々であっても、懐かしく思っても悪くはないだろう。乗り気でない息子と、昔行きつけの店をハシゴしてみた。酒が入れば難しい考えは薄れ、みんな変わっていない・・・と、溺れ込みそうな自分が見えてくる。続けて調子にのったら多分卑しい自分にうんざりするだろう。その先には確実に嘲笑と、這い上がれない転落の闇が口を開けていると、想像できる。再び惨めさは味合いたくない・・・過去の世界は終った、もう再びすまいと心に固く誓った。夜も昔なりに更けて、侘しさが身に沁みてくる。昨夜は21時過ぎに床について、逆に腰を痛めた。夜遊びもコルセットを外さないままだった。・・・貼薬をつけ代えて、就床する。「腰痛症」も診療内科の範ちゅうに入るのではと、云うと、008もあえて、否定しなかった。 合掌
2004年09月28日
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昨日息子の008と嫁に、お見舞いへ誘われ、小躍りして出かけた。おかげで、土曜日の持て余し気味の時間がつぶれ、有り難かった。夜は、ステーキハウスで美味しいワインにありつけると、期待したが、先日008の結婚記念日とかで帝国ホテルのステーキ・ハウスで食ったばかりと・・・今夜は、おごってやろうと、考えていたが急遽、帰り道にある焼肉屋に付き合えと、変更した。(笑)ワインもあることは在ったが、聞いたこともないスペイン・ワイン(赤)だ。安い、不味かろうと、飲んだが焼肉とのマリアージュも悪くなく結構楽しめた。特上ロースを5人前殆んどもんきーが平らげた。008は一口も飲まず、嫁にはグラス一杯、付き合わせた。・・・寝室まで送られ、家中明るくして朝までぐっすり休んだ。妻は来週もう一度、神経ブロックをやり経過観察する。根治手術は年齢を考慮して断念させる・・・。結果、ドック入院みたいになったが、やれやれである。(笑) 合掌
2004年09月26日
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初体験だったが、想像していたより、いい雰囲気で美味しく食べれた。面白いアイデアにも今更ながら感心しながら空腹を充した。娘ファミリーと一緒に、賑やかなのが何よりのご馳走だった。待ち時間の間に、亭主が自宅で宿題に追われて一人お見舞いに行けなかった上の孫を迎えに行った。もんきーを迎えに来た時、孫の姿が見えない訳を聞いて不機嫌になったもんきーは、お見舞いは止めようかと、考えた。しかし受験期の娘を持つ母親の大変さ、多忙な母親のことも考え・・・気持ち良く好意に甘えることに決めた。さすがに、我々だけで、食事を楽しむことだけは出来ないで、帰路は京都まで同行したわけだ。上の孫は、そんなおじいちゃんの気持ちを分かってくれたようである。二条通りの「京都ホテル」での食事は孫が嫌!昔懐かしい食事どころも、<帯びに短し、タスキに長し>で結局、噂に聞くだけだった「回転すし」に決まった。(笑)ワイン(白)も置てあった。酔った勢いで、娘のエステ・サロンを見学、顔の黒子を取ってもらい大阪まで送ってもらった。くるくる変わる「回転すし」は文句をつけなければ、もんきーの人生模様である。・・・美味かった!(笑) 合掌
2004年09月24日
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午前中に日記を書く・・・習性はPCを使うようになってからだ。つれずれなるままに・・・なのだが、毎日新たな出来事が起てはたまらない。かくて、本日の薄曇の空はもんきーの心模様と、いえる「ゆきあいの空」だ。さて「秋分の日」は娘・孫らが来る?お見舞いより賑やかなひと時が嬉しい。帰りは・・・そんな<遠い先の話>は明後日考えよう。さて、昨日、妻から珍らしく「・・・退院したらクルーズ行こうね」と話が出た。嬉しいより、妻の心根が感じられて哀れに思った。かって、妻から誘われた記憶がないだけに一層不憫である。「あぁ行こう!一週間ぐらいの短期間だったら、大丈夫だよ!なんとでもなる。007は癒しのNO.だ?」(笑)<楽天仲間グラン城さんの言葉>所々青空が見え、明るくなったところで、昼飯の準備(何にする・・・)が心配になったので日記を閉じる。 合掌
2004年09月21日
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昨日は娘孫らと、妻のお見舞いに行ってディナーにジュブレー・シャンベルタン2001を飲んだ。ナポレオンが愛したという伝説のワインとして有名だ。テロワール(畑の個性)を感じさせるルビー色で、芳香に溢れた、それはステーキハウス「松阪」の味を一層引き立てるものであった。シェフやソムリエを相手に久しぶりに食も進んだ。一本あけてしまいデザートの「栗のアイスクリーム」に季節を味合う。今回は娘のおごりだ。娘のBMW・X―5で一路帰路についたが、。高速でインターを通りすぎて京都まで行ってしまい、我が家へ辿り着いた時刻は23時を過ぎていた。宵の口としても妻の居ない家は真夜中に思えた。そんな思いを数え切れない程、味あわせたことも省みながら・・・戸締り、消灯等をチェック、めでたく眠りに就いた。本日が本番だが、先取りしたので自分で素的なシャンパーニュを自分に贈ることに決めた。 合掌
2004年09月20日
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一人では生きれないと聞くことが多いが、そうであろうか?生き難い、不便ではあるが、やり過ごせないことはないと、考える。戦後数十年をフィリッピンのジャングルで一人生き抜いて帰還した日本軍人が頭に浮かぶ。「・・・虜囚の辱めを受けるなかれ」を忘れたことがなかったと、いう。少年の頃読んだ「15少年漂流起」も思い出す。基本的には人のアイデンティティーの一つ、順応性かも知れない。慣れれば、寂しさも不便さも、傍で想う程ではなくなる。いつも其処にいる人がいない・・・空気が薄くなった感じに似ているのでは?始めの内は気になってしょうがないが、それなりに慣らさなくては生きられないと、考える。楽しみだって、向こうの方から、やって来る筈だ。・・・何とかなるものである。また、そうでないと困る。昨日は息子の008に連れられ妻のとこへ、、今日は娘孫らがやって来る。お見舞いの連ちゃんで、僥倖を感謝する。 合掌
2004年09月19日
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20時頃警備保障の者ですが、お宅の電話回線が可笑しいので、調べにきました。警報ボタンを押した分けでもないのにと、一瞬思ったがキーを持っている?入ってきて調べて・・・「よろしいですか?」勝手知ったる人の家と、入って来たが、内心ビビッタ!断れば良かったとも思ったが、間違いなく軽微保証の人だったらこちらの腹が見え見えのようで、失礼と思ったのだ。同時に、気持ちのどこかで、気が小さい男とおもわれてもいい・・・これからはじっくり考えた対応をすべきとも反省した。しかし、こんなご時世である正直!びびった。帰った後一応昨夜から繋がらなかったPCの接続が治ったのだ。最近どうも調子が悪かったのはウイルスのせいでも古くなったわけでもなかったのだ。土曜日に息子と新しいのを買いに行こうと思っていたが、一先ず中止、お見舞いに連れて行ってもらうことに決めた。連休のいずれかは孫を連れ出す予定にしている。何しろタクシーで一時間(高速利用)という距離だ。不便でしょうがない。先日など、渋滞して帰路2.5時間かかった。夜は一層疲れて、あれほど好きなテレビも見なくなった。・・・でなければと、つい愚痴になりそうなので気をつける様に、して居る。 合掌
2004年09月17日
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「お前はアホか・・・」のギャグを売り、にしてヒットした漫才グループをご存知だろうか?大きなノコギリを楽器にして笑いをとった兄弟グループだ。「横山ホットブラザーズ」だったと思う?実は、入院中の妻からの電話で「履きなれた赤い靴を持ってきて、ついでにいつものヘアーブラシ、それと、入院中のピンクの湯のみコップを忘れた・・・ゴメンナサイ」「もう、ない?」「そうそう、いつも使っていた魔法瓶も・・・」何処にあるのかは自分だけわかっても、こちらはとんと、要領を得ない。「お手伝いさんが来てから、もう一度探して持って行く・・・」あれほど念を押したのに・・・と、前述のギャグを思い出したのである(笑)どうしょうもないほど具合が悪いのに、痛いのも我慢して一人、入院準備を整えていた姿を思えば、責める言葉は出ない。・・・「アホなのは、お前!」と、どこからか、声が聞こえてきた(泣) 合掌
2004年09月15日
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昨日、検査入院と、いう名の入院をさせて一安心したが案に相違して以前の時より寂しく苛立つ思いをした。食事の不便さはさることながら、寝る段になってあちこち電気は消し忘れるやら、鍵を閉め忘れるやら、花に水をやり忘れる等々切りがない位で・・・うんざりした。テレビもゆっくり見れない一夜を過ごした。それが、一週間も続くと思うと心底うんざりする。慣れれば、問題にする程のことではないだろうが、口をきく相手がいないことと、食事の用意に気を遣うことが面倒である。何とかなると考えるが未だ、どうでもいいと、思うようにはなりたくない(笑)今日も尚更、長い一日になりそうである。遠雷の音に夕立を予感して窓を閉めて廻る。いうまに、大きな雷鳴と激しい雨足だ。駆け足で夏が去っていく足音と考えた。(センチメンタルもんきー!)男のくせに恥かしいが、夜中でなくて良かった。 合掌
2004年09月14日
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もんきーがそうだと、いうのではなく9/10放映されたNHK番組の題名である。自分のことのように身につまされ、録画までして見た。内容は正直いって期待ハズレの感であった。男は女に比べて孤独な生活に弱い!、生活基盤が出来てない、また人付き合いが下手、世間が狭い、気楽に感情を表わせない。仕事、仕事で子育ても日常生活も女に任せっきりが多い。その妻に突然先立たれると日常生活が一変するのは当然とも云える。食生活が変わるばかりか、家へ帰っても、誰も待っていない、話し相手もいない。之が一番堪える・・・一人で電気をつけて唯黙々と食事をする。侘しさが身に迫り生きる力も失せるであろう。飲みに出かけても男のくせに・・・と、考えてしまう。見栄っ張りで不器用な生き物だ。コツコツ・・・孤独にも耐えて、子育てに追われながら家庭を守ってきた女とは大きな違いがある。あれこれ、考えていたら、バカバカシしくなった。・・・その時考えたら良いと、自然界の生業について想像した。今【西遊記】を読んでいるが、孫悟空の間違いは、色々考え始めて~不幸?が始まったようだ(笑)もんきーも今日は、ここらで夢想を止めて・・・また明日考えよう。 合掌
2004年09月12日
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仰げば「ゆきあいの空」が季節の移り変わりを感じさせる。19号20号と、控えているらしいが、それも・・・「彼岸」までということだろう。昨夜の「硬膜外麻酔」が効いたのか今朝は和らいだ笑顔で食も進んだ。「・・・入院と同じに安静を守って、それで、痛むようなら、ブロック麻酔を繰返しても効かなくなる(無駄)。検査入院で、その原因治療が必要・・・」と、告げられ、今朝は面倒な妻の仕事に追われ?ながら、入院だけは、して欲しくないと考えた。愚痴を云えば、切りがないので、美味しくワインを飲んで絶望的な思いを誤魔化すことに決めた。それこそ、神の贈り物であろう。2004年ものだっていい・・・去年飲んで忘れられない造り手の<ボジョレーヌーヴォー>を待ちかねる思いでいる。「そんなことしかないの!」とも考えたが、好きに出来るだけマシというものだろう。 合掌
2004年09月08日
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地震、雷、火事、親父、と、いい古されてきたが、五日の震度5弱の地震は少し怖かった。思わず阪神大地震を思い出したほどだ。いつテレビがずり落ちるか?書棚は倒れかかってこないか?など考えた。特に2度目の余震が長かったことには、逃げ道を考えた。寝室はベランダに続く鉄筋構造だが、潰れるかも?・・・今更、阪神地震の二の舞は嫌だ。加えて台風18号のニュースも繰り返しとびこんでくる。今年は猛暑~やつぎばやの台風、地震と【天変地異】の予感さえ覚えた。そういえば世界中もあちこち、歪のような異常事態が、起こっているかに見える。先ず何よりも、ロシアでのテロ事件である。神の怒りに触れんばかりの人間の犯罪である。理由の如何を問わぬ人災と考える。米国のフロリダ半島のハリケーンもすざましいパワーだった。【人類滅亡】【世界の終わり】が頭をよぎったが、「被害妄想」か、小説の読み過ぎであろうか?せめて<地震、雷、火事、台風、3.4がなくてテロと、バカ>と、訂正したい。もう一つ、キチガイに刃物!も忘れてはなるまい。 合掌
2004年09月07日
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坐骨神経痛がひどく薬を飲ませすぎて急性胃炎を合併・・・食欲欠損、むかつき、夕ご飯も食べれない状態で床に伏せってしまった。娘からは「孫と,お見舞いにいっていい?」息子の008はゴルフから戻って駆けつけた。神経ブロック注射をして、持続点滴施行。昨日は我が家へ泊まってくれた。その時は、こころから二人の子供と孫に感謝して安心して眠りにつけた。欲張りなもんきーは今朝になったら、もっと、もっと・・・と、望みばかりが大きくなるが、我ながら、うんざりする。昨夜のフレッシュな感謝の気持ちが懐かしいくらいである。ご存知だろうが、大阪で有刻~深夜にかけて二回、震度5の地震があった。長く続いたので阪神大震災を思い出して少し怖かった。物は倒れないまでも、長い余震だった。まだ、まだ人生を潰されたくない・・・と考えている。(笑) 合掌
2004年09月06日
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妻がなった。このところ少し過ごし易くなったと、思ったら妻の神経痛で旅行プランどころではなくなった。寝ても起きても痛い・・・薬をのんでも一っ時しか効かない。少し痛みが和らいでも重痛い感じが、その神経支配領域に残る。知覚異常であるが辛抱強いので口には出さないで脚を引きずってキッチンに立つ後姿に胸が痛む。省みれば妻には口では云えぬ心労をかけて来た。脳卒中に倒れたら、倒れたで、休まることはなかったように思う。人が羨む旅行だって、無理をしていたのだ。彼女の業といってしまえばそれだけだろうが、いい時もあったと、考えないと救われない。もんきーもこの上なくブルーだが、息子に言って【神経ブロック】【硬膜外麻酔】をしてもらった。臀部~下腿にかけてしびれ感は残るが楽になったようだ。008のテクニックは、かっての007に勝る!(・・・麻酔だけ!?)明日までは鎮痛剤は飲んではいけないそうだ。息子のことながら、医者の格言【身内は診るな・・・】を改めて痛感している。 合掌
2004年09月04日
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昔々テレビ画面で見たような記憶が残っているが定かではない。このところ、そのシーンを鮮やかに思い出す。アフガンの動物園の場面である。老いたライオンが檻の中を無残にあるいている。そこには、かって大草原を疾駆した王者の風格は微塵もない、毛艶も色褪せ汚れ、やせ衰えた身体でヨタヨタした姿だ。45才になるそうだが、人間で云うと100才を超えるそうだ。気がつくと、両眼とも潰れて黒い穴みたいに見える。手榴弾でやられたとか・・・脚も悪そうだ。それでも生きている?食事も一日1回与えられるだけとか・・・惨めで無残な姿である。何故、何のために生きているのか・・・?ただ、生きている。それを見ていたら何故か胸が熱くなって、チャンネルを変えた気がする。今朝の新聞で「ゆきあいの空」という言葉を知った。移り変わろうとするころの空をそういうそうだ。今日は冷房も要らず開けた窓からの風が心地よい。夏から秋へ日差しが長く、明るいが「ゆきあいの空」は青空に浮かぶ綿雲のかけらも見当たらない。 合掌
2004年09月03日
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用心をしていたのに、同じ轍を踏んで途方に暮れた。2003年ならよいと、しても2004年は云わば平年作で、おのずとその選択の巾も狭くなって楽なつもりだった。ところが思わぬ伏兵に出合った→マルセル・ラピエール(ロマネコンティと並ぶ伝説的作り手)のヌーヴォーだ。氏のワイン造りのコンセプトは自然派農法といわれるもので要するに農薬、化学肥料を一切使わない。醸造はその畑の天然酵母100%で行う。(農薬を使うと、畑の天然酵母が死ぬ・・・)。何より人工的にSO2(防腐剤)を添加しない。その土地本来の特徴、味合い(テロワール)を大事にする等々である。様々な困難な問題もあるが、その「年」ならでは、その「土地」ならではのワインが出来上がると、云うわけである。ワイン・ジャンキーならずとも飲んで見たい。その他、去年を思い出させる名のある作り手も続々登場して目が点になる。昨日などは読書も出来ないほど目が疲れた(笑)あとは解禁日を待つだけだ。 合掌
2004年09月02日
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