2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全13件 (13件中 1-13件目)
1
業務、超多忙につき、しばらく更新するのは無理かもしれません。一時的なものなので、9月の半ばには通常に戻ると思うんだけどなあ。コメントの返事もしてなくってごめんなさい。朝5時出勤、0時帰宅っていうスケジュールがしばらく続きそうです。
2007.08.27
コメント(4)
いやー、一応インタビューしてみましたよ。3号はクラブへ行っていなかったので、1号(高二)2号(高一)に聞いてみました。「おう、おまえら。ブログのネタにするんだけど、インタビューさせてくれ」「なんだよ?」「おまえら、夏休みの宿題はすすんでるのか?」「おう、ばっちしだ」「パーセントで聞こう」1号「80%ってとこだな」2号「85%くらいだな」「残りが」っていうオチではありませんでした。小学校の頃は、宿題ほったらかしで夏休みを過ごし、最後の方になって怒られていたやつらですが、高校受験を乗り越えるに当たって、「やるべきこと」ってのはやっておくもんだ、ってのが身についてはいるようです。ただし「やるべきこと」にも「最小限」から「せめてこのあたりまでは」みたいな範囲はあります。「で、もうひとつインタビューだ。宿題以外の勉強はしてるのか?」1号。「あーそれは…なーんもしてない」2号。「やってるよ」「いや、別にいいんだけどさ。おまえらの成績がよくてもわるくても、高校卒業の段階なら、そのまま就職っていう選択肢もあるしな」1号の高校受験の頃、私も仕事の関係で子どもといっしょになって勉強していました。必要ならば必要な準備をする。準備もせずに物事をうまくいかせるなどという、偶然や運に頼るものではない。勉強しなさい、とかは全く言わないんですが、社会人になってからでも必要な事はしっかりと伝えておきたい、とは思います。しっかりとした準備は、自信と安心につながります。たとえばですけど、掛け算の九九のテストを今受けるとしたら、そんなにあわてないでしょ。それはもう「身につける」という準備ができているからです。二桁の掛け算も、電卓を「準備」しておけば不安もなくなるはずです。自分を安心させる自信は「準備」にかかってるわけです。今、準備しなくても自信を持って行えることってのは、人生をかけて身につけてきたってことですよね。さあ、勉強しとけよ高校生。人生の準備期間なんだから。あ、そのまえに2号。マッサージ頼むよ~(笑)
2007.08.21
コメント(6)
3号に「おーい、梨が食いてえ。切ってむいてくれよ」って言ったら、ほんとにむいてくれました(爆)「なあ、3号。今の日本に何人の高校生男子がいるかしらないけどな。オヤジのために梨をむいてるのは、多分おまえひとりだよ」「俺もそう思う(笑)」うまく育ててるよなー、俺(笑)さすがに、体力的に負担がかかってきているようで。やっぱり、この夏の暑さは尋常ではありません。実は、3日ほど前、休みだったんですよね。そうそう、あの引き分け再試合の日。前日、仕事から帰ってきたのが、夜12時頃。布団に入ったのは、1時半を回ってました。ま、これは別に珍しいことではないし、大したことではない。…いや、ほんとはおかしいんだけどさ(笑)これが「たいしたことない」っていう感覚は、明らかにおかしい。これを「それくらい俺だって」って言おうと思った人。どちらが大変か、ってのが問題なのではなくて、その労働条件を認めてしまう感覚がおかしいぞ、ってことなんです。ま、今日の話はそういう話ではありません。で、ですね。夜の2時前に寝て、朝8時半に起きました。やっぱさ、再試合って見たくなるし。見終わった後、正午過ぎからマンガの本を読みながら横になりました。…気がついたら午後7時。うそ(汗)気を取り直して飯を食って風呂へ入りました。湯あがりにうとうと……朝5時(笑)出勤時間でした。この日、起きてた時間がトータルしても6時間足らずです。ほとんど寝てました。この日の日本は猛暑。酷暑。すごいな、って思うのは、エアコンもつけずに、爆睡した自分。
2007.08.18
コメント(10)
拍手。自分の母校じゃないけれど、その高校は、とっても身近な高校です。今日は、その高校の近くのお店へ応援勤務に行ってました。店内放送は試合中継(笑)お客さん、いきなり減るし(爆)ま、話に聞いた苫小牧のショッピングセンターのような事はありませんが。(決勝戦ではお客さんどころか、レジ担当者を除いて従業員まで店内から消えたという噂が)再試合、どちらもめいっぱい。高校というのは、人生の一瞬。今、気がつくことができない人生の一瞬。「今」の本当の大切さに気がつくことができた頃、君は大人になれる。「今」の本当の利用方法に気がつくことができた頃、君は自分の人生の設計士になれる。大きなものをつくるためには、それだけの準備期間が必要だから。目的は決まっていなくても、準備は始めることはできるから。建物の形は決まっていなくても、整地することはできるように。大きな舞台に立つ君は、大きな舞台に立つために準備が必要だという事をすでに知っている。気持ちと現実をつなぐ、壊れやすい鍵の存在をしっている。今日、君たちが鍵穴にさした鍵。どちらにまわせば次の扉が開くのかは、まわしてみなければわからない。でも、鍵穴は今日、キラキラと輝いていたんだと思うよ。がんばれ再試合。今、がんばらずにいつ頑張る。その舞台は、普段の場所じゃないんだ。どっちもがんばれ。明日の自分のために。でもまずは、仲間たちとの一瞬のために。
2007.08.14
コメント(3)
事務所で、女性従業員ふたりとチェック業務をしていました。書類を確かめ、ハンコを押して。時々、紙を押えてる彼女たちの手の上にハンコをおしたりして(笑)「お、わりぃ、間違えた(^^)v」「あーーー。油断したっ!(ーー;)」と、物静かに事務作業を進めている時に、ふと数字の違いに気がつきました。「?これ、変だよ。これじゃ合わない」「あ、それはもう一枚の書類が必要なんですけど、もってくるのを忘れました」と22歳のケコちゃん。「ほんとにある?オッケーにしとくよ」「はい、大丈夫です。後で持ってきます」先輩のウノさんが、横から「ツァオさん、ケコちゃんは大丈夫ですよ。ウソつかないから」「そうすると、ウノさんはウソツキ?(笑)」「もーツァオさん。私も正直ものですっ(ーー;)」「へー、そうなんだ。ケコはウソつかないの?つけないの?」「どっちかっていうと、ウソつけないかも…」「そりゃあダメだよー。上手なウソは『いい女』の条件だよ(爆)」「そうですかー?」「そうそう、男は手玉に取らなくちゃね(笑)」「ツァオさん、若い女の子に何を教えてるんですかっ」「ほら、ウノさんみたいに男を手玉に取れるように…」「とってませんっ!」「じゃあさ、二人とも俺のこと好きか?」「……」「……」…そこでかたまってんじゃねえよっ(-_-;)
2007.08.10
コメント(8)
大きく振りかぶって、大真面目に真っすぐをど真ん中に。どうすれば、世界が平和になるのでしょうか。では、戦争ってのは、なんでしょうか?「国と国との争い」ってのが定義でしょうか?国内で争う場合は「内乱」って言いますね。国同士ではない場合、つまり、集団同士の争いの場合は「武力衝突」とかいいますね。などというのは、はっきり言えば言葉の、字面の問題です。新聞読んでる時に、戦闘の規模がなんとなくわかります。smileとlaughを使い分けるようなもんだと思うのです。戦闘に勝つことを目的として開発された道具(武器)を手にした戦闘のために集められた集団が、同様の相手集団を降伏させることを目的としておこなわれる争い。これが、規模はどうあれ「戦争状態」として表現されるものだと思います。戦闘に勝つことを目的として開発された道具を持たない場合「暴動」とか「ケンカ」って表現されますよね。素手だったり、口喧嘩だったり、形態はいろいろですけど。さて、それでは、なぜ戦争は起こるのか。いや、起こす気はなくても、なぜ戦争状態になってしまうのか。国と国が争うから戦争状態になるのでしょうか?じゃあ、国って何?国土?これは違うでしょう。たとえば、南極と北極(陸地はないけど)が争うでしょうか?「俺んとこの方が寒い」「なにをいうか、俺のとこの方がもっと寒い」…よっしゃそれなら戦争で、この論争に決着をつけようじゃないか。などと、南極と北極は争ったりしません。北米大陸と南米大陸が「メキシコとかコロンビアはどちらに入るかはっきりさせようじゃないか」などと争ったりはしないと思います。多分、大陸は、そんなこと考えてもいないとおもいますね。…あたりまえだ。争うのは何?もう簡単でございます。そりゃもう「人間」ですわ。争う心、ってのは人間の中にあるんです。国家も、人間によって構成されます。集団ができあがって、大きくなって国家が形成されます。今のところ、安全な暮らしを営むためには、国家という権力が必要です。古代より、国家の成り立ちとは、権力を握るためのものではなくて、同胞を、細かく言えば自分たちの家族や自分の帰属する集団が、安全に豊かに暮らしていくために大きくなっていったものでしょう。どんなに大きな国でも、小さな国でも、小さな集団をそれよりは大きな集団が包み込み、その集団をさらに大きな集団が包み込むように構成されます。夫婦という二人があり、子供も含めた家族があり、親戚を含めた一族があり、その人たちが住まう「地域」という集団があり、さらに行政による集団になる。なんのことはない。結局、ひとりひとりの人間が集まることで集団ができて、その大きくなっていく集団の途中にある一つの形が「国家」というわけです。「国家」より大きなくくりもありますよ。「地球人」とか「人類」とか、「生物」とか。だいたい、映画とかだと、エイリアンと戦うために「地球人」という集団への帰属意識ができあがりますもんね。共通の敵があると、帰属意識ってのは簡単にできあがる。あっという間に、個人の集まりのはずの集団に「意思」があるように感じられる。じゃあですね。集団を逆にたどっていきましょう。今まで書いた来た事を逆に。「個人」より向こうには戻れません。戦争も、結局「人間の意志」で起こるのです。極論すれば、人間がいなければ戦争は起こるわけがない。「争う心」が存在しないのだから。「争う心」を持つ人間が、集団に帰属することにより、他の集団よりも自分の帰属する集団の利益を優先する。個人の意志に寄らず、集団の意志ができあがってしまう。だれが作ってしまうんだろう?「集団の意志」ってやつを。絶対に、人間の心が作ってるはずなんです。アメリカ大陸が、中東に喧嘩を売るわけがない。行きたくても中東までアメリカ大陸は近寄れないし(笑)じゃあですね。戦争がなくなるためには人間がいなければいい。そりゃそうだ。月とか火星で戦争が行われている、って話はとりあえず聞いたことがない。しかしそれは、原因が存在しなければ問題が発生するわけがない、っていう事です。絶滅危惧種がほんとに絶滅してしまったら、絶滅を危惧する必要はなくなる。ってのといっしょです。人類が存在することと、世界が平和であることは、同時に実現できる可能性があるはずだ。非常にむずかしいけれど。で、ちょっと戻って、戦争は「争う心を持つ人間」が帰属する集団同士が戦ってしまう事です。内乱も、暴動も含めてしまいましょう。どっちにしろ人間の起こす争いです。争いは「戦って勝とう」とする意志です。自分の、あるいは自分の帰属する集団に利益をもたらそうとするものです。「気分がいい」とか「邪魔をされない」というような、無意味な理由や消極的な理由もふくめて。で、それらの理由で攻め込まれた時に「守ろう」とする意志です。意志は、まず「個人の心」に宿ります。いきなり集団という仮面に宿るわけではありません。はい、結論です。「争う心」をなくしてしまうのは、無理な話でしょう。人間には争う心が存在します。「平和のために戦いましょう」などと、平気でのたまうんですから。「平和が実現されるために○○党を倒さなければなりません!」「平和運動」をするのなら、戦いを放棄しなくては。憲法9条を守るために「戦う」のは、その精神に反してはいないでしょうか?戦争を放棄する、という事は武器を持たない、という事でしょうか。武器を持とうとする心を放棄する、という事でしょうか。この地球に平和をもたらすためにはどうすればいいか。武器を持とうとする心を放棄する。「相手に対して優位に立ち、勝ちたい」という気持ちを放棄する。でも、これは無理だと思う。この気持ちをなくしたら、スポーツは成り立たない。でも、知り合ったすべての人と、互いの意思を尊重しあい、互いに言葉を聞き、話し、理解しあう努力と理解し合えない時は、互いに尊敬を持って違いを認め合えれば。そして、我々が帰属するもっとも大切な集団は「地球」である、と考えたなら。ひとりひとりが、一切争わなければ、集団が争うわけがない。帰属意識を「地球」にすれば、自分の帰属する集団のために、ほかの集団と争う必要はなくなります。集団は、そのひとりひとりの集まりなのだから。平和のために戦うのではなく、平和のためにお互いひとりひとりのために祈る。笑顔を交わす。平和は戦って勝ちとるよりも、争いのない日々が続くことで、積み重なる日常、だと思います。戦わない、という意志だけでなく、笑顔でつながりある意志を。ただし、私は今のところ、軍隊が必要ではない、という意見の持ち主ではありません。今の地球で、軍隊を持たないということは、確かな警察権力のない街で、夜中に一人歩きをするようなものです。争いは、個人の気持から始まります。どんな集団だって、個人の意思がスタートラインのはずなんですよね。。
2007.08.09
コメント(4)
明日から高校野球です。「よー、おまえら、明日から高校野球が始まるなあ」「らしいな」「おまえらとおんなじ高校生が、甲子園という舞台で活躍するんだよなー」「なにがいいたいっ」3人をいぢめるのって、すごく楽しい(笑)3人とも、夏休みを満喫しています。…遊んでる、ってことね。進学校の高校生が、こんなに遊んでていいのか(笑)1号は昼まで寝てるし。2学期の実力テストが楽しみだな(爆)
2007.08.07
コメント(6)
ま、程度の差はありますけど。「ストレスなんてたまらない」と口では言っても、って人の方が多いのではないかと。「ほんとにストレスたまらないの~」って言える方は、周囲の人にストレスためてるかもしれません。マジで。「あいつはストレスたまらないだろうなー」っていう裏には「それだけ好きにしてればさー」っていう隠れた言葉がついてる場合あったりして。私は、昨今流行りの「言いたい事を我慢しない」だの、「自分の生き方を通す」だのってのが好きではありません。否定はしません。自分の生き方の「通し方」ってのもあるからです。「自分の生き方を通す事で、周囲に迷惑をかけても自分だけは満足したい」ってのは認めたくない。「自分の生き方」ってタイトルをつけたら、かっこうはつくもんね。身障者用駐車場に車を止めて「ここへ止めるのは私の自由。私の生き方」携帯電話のマナーを守れずに(守らずに、ではなく)「これが私の自由」なんてのは認めない。言いたい事を言っていいなら。この場合、「間違ったことは言ってない」という理由付けが発生しますけど。「あなた太ってる」「老けて見える」を言ってもいい、ということです。自分が言われても、文句は言うなよ、と思います。自分が言いたい事を言いたい。やりたい事をしたい。ひとつの権利です。これは侵害されてはならないものです。ちゅうことはですね。自分以外のすべての人が、同じ権利をもつわけです。それなら、自分の権利と同様に相手の権利も尊重しなければならない。どんなに意見が違っても、相手がその意見を言う権利を奪ってはならない。と言ったのは、私の大好きなカエサルですけど。カエサルは「あなたがその意見をいう権利を、私は命をかけて守る」って言ったんだっけかな?人権を守る言葉です。さて。しかし、ストレスってのは強くなりすぎると、日々に支障が出ます。そりゃそうだ。心が圧迫されるわけだもん。ストレスの解消は、原因を取り除かなければどうしようもありません。原因をふさぐだけでは、解消はしない。しかし、発散はできます。机の上のほこりを取るには、雑巾で拭くのが一番です。そして、ほこりが落ちてこないように空気清浄機とかをつければいい。ほこりの原因もとりのぞけます。じゃあ、ぞうきんでふいてられない場合。そうじをしないわけにはいきません。「ふーっ!」って息を吐いて、ほこりを吹き飛ばすことだけでも必要です。吹き飛ばしただけだから、ほこりはまた舞い落ちてきます。でも、どうせおちてくるから、って机の上がほこりだらけじゃやっぱりちょっと困る。吹き飛ばして、また落ちてくるまでの間だけでもすっきりしましょう。で、ぞうきんのありかと住居用洗剤が手に入ってから。そこで原因をつきとめ解消すればいいのですよ。何が言いたいか、っていうとですね。たまにはぱーーーっと。(笑)
2007.08.06
コメント(6)
自分の中で、結構、基準として作っているもの。この人に仕事をまかせられるかどうか。「できない理由」を探そうとする人に、期待はしません。パートさんだったら、ルーティンとそれに付随する作業しかまかせませんね。多かれ少なかれ責任を伴う事をさせた場合、ほったらかしにして、言い訳だけ考える可能性があるからです。特に「人員不足」を理由に挙げる場合。「どこまでならできて、どこから先は無理」が言えないなら、それは言い訳でしかありません。すべての業務に対して「人員不足」を理由にできるからです。じゃあ、一人でできることは何?優先順位はどうなってる?たとえ人員不足でも必ずやっておかなければならない事は何?これが答えらたら「その業務をこなすためには、どれだけのレベルの人間が何時間分必要」って答えが出るんです。一番わかりやすいのが、どこのお店にでもあるレジ。店が開いてる時間分は、必ずレジに1人は必要ですよね。10時間開いてる店で、レジ要員が4時間のパートさんが二人だったら、2時間は明らかに足りない。で、1時間に1台のレジで平均値でどれくらいの登録ができるのかがわかれば、1時間あたりの売上予想に対して、何台のレジを用意しなければならないのかがわかります。じゃあ、何時から何時まで、何台分のレジ要員が必要で、今どれくらい足りないか。ここまで説明できて、初めて「人員不足」を理由にできるんです。これは、自分の仕事のコントロールができているかどうか、でもわかります。「時間がなかった」を理由にする場合、それが最初に予想できなかったのか?という事になります。時間がなくてできなかった、で済まされては困る業務もあるわけです。だから「時間がなくてできなかった」を理由にする人に、責任問題の係わる業務はまかせられません。「しょうがなかった」で済まされてしまう可能性があるわけです。これ、たまったものではありません。上位職へ就かせるわけにはいかない。上位職ってのは、責任が増えるということです。その責任から「逃げない」ことを確かめられないと、あぶなくってまかせられません。任命責任っていうのは、首相にだけあるのではないのです。極端なこといえばね、「最悪の場合、ひとりで全部片付けてみせる」って人が頼りになるんです。無理だったら早めに言ってくれ。大丈夫、心配ないよ。後はなんとかしてみせるからさ。
2007.08.05
コメント(5)
いろいろニュースがかけめぐってますね。もう、後追いになってしまうのでたいした事は書けないんですけど。スケートの織田くんのはまずいよ(笑)政局と朝青龍、そのほかにも大きなニュースが多くてめだたなかったからいいようなものの、ほかにニュースがなかったら、一発でバッシングです。私たちは、自分の事になると正確な判断を下せない、という事はままあります。たとえばですけど、私は今、店舗の責任者です。すごく気さくにやってます。たぶん。髪の毛ネタ(爆)や下ネタがパートさんから炸裂してますから、それほど話のしにくい責任者ではないのでしょう。しかし、私の発する言葉には重みがあるのです。こちらに意識はなくても、受け止めるパートさんたちは、上司からの言葉として受け止めます。本人の感覚にかかわらず、立場が持つ力というのは意外に大きかったりします。セクハラとかパワハラにならないように、細心の注意が必要なのです。立場や肩書に付与されるのは権限と責任であって、許される特権ではありません。「許される特権」があるように勘違いするのは、止める人がいないからです。権限は不正行為を正当化する免罪符ではない。でね。横綱ってのは肩書ですけど「人気」や「実力」ってのも肩書きみたいなものです。かなり強い力を持つ肩書きです。確かに、いろんな場面で助けてくれることでしょう。織田君の記事でも「大会出場の関係で処分はこれくらい」云々という記事がありました。大会出場が関係ない実力だったら、もっときつい処分が出たのかな?新聞記事にはならなかったかもしれないけど。関係者も、この発言はしちゃだめだよね。これじゃまるで、処分に手心を加えたように聞こえる。処分を出す時は、言い訳をしちゃダメです。しかし。肩書きってのは外れる日が来る事も忘れちゃいけません。自分より下にいたはずの人が、自分を越えていくことがあるって事をわすれてはいけません。20歳の時、二十歳にしては実力がある、と言われても10年たてば30歳です。30歳の実力が身についてなければならない。高校生は勉強ができれば実力があるという事になりますが、10年後には社会人として通用しなければ実力があるとは言われない。現実的なことを言えば、30歳でも夢を追っていられる人は少数派のはずです。それが許されるとしたら、それはすごく幸せな環境にあると思う。もし結婚してて子供もいたら、まず生活を支えるという事が求められる実力になるのです。夢を追い続けることも素敵だけれど、毎日会社で働く人生をつまらない、とは真剣にやったことのない奴にはいわせたくない。で、肩書きが外れる日。その人は周囲の人と、どう接しているでしょう。プロ野球選手は、引退したら「野球が上手な人」になるんです。歌手は引退したら、「歌が上手な人」になるんです。立場や実力を、免罪符として利用していたのなら、免罪符がなくなる瞬間がくるのです。これ、「若いから許される」ってのも同じです。「学生」っていう免罪符がなくなる瞬間もくるんです。社会人として働くことを、学校の延長と勘違いしてるやつは結構多い(笑)「銀魂」ってマンガの、サブタイトルは結構おもしろいんですが。その中のひとつにこんなのがありました。「人生っておっさんになってからの方が長いじゃねえか」スポーツ選手とかって、引退してからの方が長いでしょう。スポーツ選手に限らず、未来のために準備しておく必要があるのは、お金だけではないはずです。
2007.08.04
コメント(2)
外見の雰囲気はいまだに似ているけれど、身長に違いがでてきて、性格にも違いがでてきた双子の2号と3号。「おまえらさ、もう間違われることもないだろ?」「そうでもないよ」「そうそう。この前さ、教室移動の授業の時に後ろから『おい○○ー(苗字)教室移動と違うよ』って言われて、戻ったら誰もいなかった」「俺もあったよ。ちょっと前、学校から帰って来る途中、前から歩いてきた小学生の女の子が『あっ…!』ってバケモノ見るみたいにびっくりして俺をみたんだよ。先を見たら3号が20メートルくらい前を歩いてた(笑)」「ま、実際に二人は全然違うけどね」「そうそう、2号より俺の方が心の広さとか、懐の深さという点ではるかに大きいからな」「ま、そう思い込んでるあたりが人間性の狭さだな」「おまえらに必要な格言をいくつか教えてやろう。『五十歩百歩』『目くそ鼻くそを笑う』『どんぐりの背比べ』とかってやつだ」1号は高校生らしく、ダラけた夏休みを過ごしています。さっき、起きてきたかなーと思ったら、私の部屋にきて寝ている…なにしてんだ、おまえは…おい、1号。もうすぐ甲子園が始まるよなー。あの、甲子園に出ている高校生とおまえと、おんなじ高校生だよな?1号をねちねちといじめるのは、結構楽しい(笑)
2007.08.04
コメント(0)
今年、中学一年生になった娘を持つパートさん。成績表が戻ってきて、ため息をついたそうです。「うちの娘、中学1年生の1学期でこけてるんですよー(T_T)」「夏休みにしっかり勉強させないと、高校卒業までこけちゃうよ」いや、マジですよね、みなさん。かくいう私は中学一年生の1学期、xが1個の方程式を理解できないところから数学が始まって、高校卒業まで数学とは無縁で過ごしました。いや、無縁で過ごせるわけはない(笑)そりゃもう、授業は針のムシロ、テストはバンザイ。高校三年生、すべての授業が終わったというのに、卒業式前に校長室で卒業試験の追試を受けたという過去を持っています。ま、だから自分で計算したくなくてエクセルとかを困らない程度には使えるようになったんですけどね。苔むさずさんとこで今までに読ませてもらった勉強方法を、そのパートさんにいくつか教えてあげました。「とりあえずさ、どこからわからなくなってるかを知らないと。そこまで戻らないとまずいよ」「多分、少数と分数あたりでつまずいてるみたいなんですよねー」「あなたが教えるとしたら、分数と少数って説明できる?」「計算の仕方はわかるけど、説明しろって言われたらどうかなー」1/3÷2/3=1/2これ、説明できますか?言葉で。たすきがけで計算すれば答えは出る、っていうのは結構知ってるんです。でも、どうしてたすきがけにすればいいのか、説明できる人は意外と少ない。「ツァオさん。5千円払うから、うちの娘の家庭教師やってくださいよー」…それって高いのか安いのか?
2007.08.04
コメント(2)
久々にお休みでございます。このブログをあきらめたわけではございません(笑)ほんっとに仕事ばっかりしてる今日この頃。…いや、基本的に仕事が好きなんだとは思うよ。イヤイヤやってるか?って言ったらそんなことはない。ただ、短絡してほしくないのは、だからと言って、仕事ばっかりしてたら満足か?って言ったらそんなわけはない。「私はカレーが好きです」って言ったって、毎日だったらたまんないでしょ。フリータイムもやっぱり必要。そのフリータイムがなかなかとれない、ってのは確かなんですけど。えー、お盆は忙しい私の会社。しかし、私の職場は例外的にお盆が関係ありません。パートさんたちが「すっごいひまだから(苦笑)」ってさびしそうに言うんです。さてと。ということで、人件費の削減も図らなくてはなりません。売上が上がらないのなら、経費を削減しなくっちゃ。といって、今後に影響が残るような削減のしかたをするわけにはいきませんが。私の仕事の最大の責任は、これですから。黒字で営業すること。収入なければ経費を減らすしかないんです。給料少なかったら、支出を減らさないと生活できないでしょ。それと同じ。会社ってところだと、赤字でもとりあえず給料ってもらえるから、勘違いしてしまいそうだけど。自分の会社が、自分のいる事業所が赤字だったら、働けば働くだけ損してるってことです。収支が1ヶ月でマイナスになるんだったら、その事業所がなかったら、そのマイナスはなかった事になるし。うーんとね、一般にたとえましょうか。スポーツクラブの会員になったけれど、ほとんど利用していない。でも、毎月会費は引かれていく…退会してしまえば、この支払はなくなるわけだから、実質収入が増えるよね。私のところは、はっきり言えば会社の「足を引っ張ってる」わけです。で、経費の削減のために。私は自分を売ることにしました。依頼を受けて、他部署へ応援にいけばその分の経費が計上されます。つまり、こっちの経費が減るわけですね。自分のところは、そんなに忙しくないんだったら私がいなくても大丈夫だろう。忙しそうなところに電話をかけて「私を応援にいりませんか?」売り込んだわけです。とりあえず、何日か応援依頼をとりました。いやー、ほとんどセールスだな(笑)よしよし。○万円分の経費が浮くぞ。と、そこへ事務担当のパートさんから。「ツァオさーん、この前見てもらった機械設備の修理代の見積もりが届いてるわよ」「…いくら?(;一_一)」「○万円」どうしてこう、望みもしないのにオチがつくかなー(笑)
2007.08.03
コメント(0)
全13件 (13件中 1-13件目)
1


