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2024.11.29
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カテゴリ: 報徳記を読む
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二宮翁夜話【43】
尊徳先生はおっしゃった。
「村里の復興は正直な人を挙げることにある。
土地の開拓はよく肥えた土地を挙げることにある。
ところが、善人はおうおう退いて引きこもる癖があるものだ。
勤めて引き出さなければ出ない。
よく肥えた土地は必ず低いくぼんだ所にあって掘り出さなければあらわれない
ここに気づかないで、開拓した土地をならしてしまえば、よく肥えた土地は皆土中にうずまってあらわれない。

村里を復興するのもまた同じ理だ。善人を挙げて隠れないように勤めるがよい。
また土地の改良をのぞむならば、よく肥えた土地を掘り出して田畑に入れるがよい。
村里の復興は、善人を挙げ、精を出す人を賞誉することにある。
これを賞誉するには、投票で耕作に精を出して品行がよく心がけがよい者を選んで、無利息金を貸し付けるとよい。
無利息金貸付旋回法は、たとえば米をウスでつくようなものだ。
杵(きね)は、ただウスのまんなかをつくだけであるが、ウスの中の米は同一に白米になるのと同じ道理だ。
無利息貸付金の返済さえとどこおらなければ、社中一同が知らず知らず自然と富裕になっていこう。
だが、返済がとどこおるときは、たとえばウスの米がかき混ざらないようなものだ。
これがこの仕法の大きな患いである。ウスの米がかき混ざらない時は、むらつきとなって、米が折れ砕くるものである。
この仕法で返済がとどこおる時は、仕法が萎えしおれてふるわなくなるものだ。
貸付を取り扱う時、よくよく注意して説諭しなさい。」


然れども、始めは凡庸の常、依怙(えこ)を用ひ、己の意に合せる者を挙げて、善者なりと云ふ。己の合せざる者は入札せず、故に人情の帰する所の終始を知らざれば益なしとして、是を患ふ。
嗟(ああ)然らず。是れ始め民心定らず。善悪未だ明かならざるが為なり。
此の如くして息(やす)まざれば、遂に依怙変じて実義に至るなり。
何なれば、始め依怙を以て挙げる者、称を得て更に恩を感じず、無利金返す道だも立たず。
是れに於いて、再び入札するに、己の目の善にあらずして、悪に組するの心顕るる。

是の時に当り、静かに衆に云ふべし。
村人彼れを善なりと云ひ、挙げたり。故に之を称す。
然るに彼返金も立たず、家をも治めず、善者は是の如き者か、恐らくは衆人の目当て差(たが)へたるに非ずやと。
民是に於いて、非を侮(くゆ)るの心起り、年を追て善者を挙るに至る。
譬へば米をつくが如し。庸夫嘗(かつ)て疑わず、臼の中央をつひて息(やす)まず怠らず、数万の杵を臼の中央に落して、更に他の念無し。
始めは更に精白に至るの姿なし。遂に白精に至る時は、何億万の米粒尽く同白に至る。
入札して已まざるも、入札して已まざるも、其れ猶此の如し。
嗚乎(ああ)、聖人の道なり。
天下を治る、一人毎に改心せしむるに非ず。
唯(ただ)其の要をつくのみ。
凡夫の米をつくや、大道有り。つく者知らずと雖も其の行い差はず。
若し其の速やかに白ならざるを憂ひて、粒々に就て白に至るを求めば、何れの時か億万の米粒白に至らんや。
大道を行ふ者道を知り、是を行つて、息まず患はざるにあるのみ。


☆二宮先生の仕法で注目されるのが、投票で仕事に精出し善良なものを選び出して表彰するというやり方だった。
投票によって一番札の多かった順から表彰することが一番公平なやりかたであることを知っておられ、実践された。

報徳外記にはこうある。
「廃国、衰村を復興するには、『直きを挙げてまがれるをおく』(論語)にある。
『直きを挙げる』には投票をもちいる。
すなわち自分の判断を用いないで人の意見をとるのである」





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最終更新日  2024.11.29 12:00:13


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