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2026.01.24
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カテゴリ: 坐禅
永平初祖学道用心集 5-3

道元・学道用心集講話「第五 参禅学道は正師を求むべき事」(澤木興道)
その3

 前に述べた、殺人鬼・央掘摩羅がお釈迦さまに出会って、正しい道に引入れてもらった話を思い出してほしい。また摩訶迦葉は天才で、黙ってほっておけば縁覚になる。ところがお釈迦さまに出会うた。人間というものは妙なもので、会うただけでもう一大事成就した。それで一生頭陀行(ずだぎょう)、糞掃衣(ふんぞうえ)を衣となし、乞食を食となし、老いぼれてからでもこの頭陀行をやめなかったので、「お前、もういいかげんに修行をゆるめたらどうだ」といわれると、「あなたにお目にかからなかったならば、わたしは縁覚で終るはずだったが、あなたのおかげでわたしは正しい道を得た、それがためにわたしは一生この頭陀の行を捨てません」と。これは摩訶迦葉のお釈迦さまに会うた喜びである。そこに「参禅学道は正師を求むべき事」と。どうしても正師を求めなければならね。もし正師がないならば、生は無駄である。念仏申せばそれでいいか、坐禅したらそれでいいか、といえば、坐禅して地獄へ堕ちた無問(むもん)比丘というのがある。これは正師を得なかったからだ。念仏申して地獄へ堕ちる者もあるわけである。だから師を求めるということが非常に大事な問題である。

「右、古人云く」。
これは天台の荊渓(けいけい)大師*1の言葉ーである。
「発心正しからざれば万行空しく施す」
発心が間違っておるならぱ一生涯は間違いである。何で坊主になったかといえば、百姓するより坊主の方が楽じゃろうと思って坊主になった。このごろは百姓も楽ではない。芋作りからしてえらい。むかしはよく侍(さむらい)の冷飯とか、家老の息子が坊主になっておる。弟息子は兄貴の下座に坐って、冷飯で一生兄貴に土下坐して暮さんならんのはばからしいというので、坊主になって上座に坐ってやろうというので坊主になったのがずいぶんある。これも発心が正しくない。だからむかしはよく坊主と女子といっておる。貧乏人の女の子が器量がよければ殿さまのお妾にでもなるとか、あるいは女官でも勤めておったらやんごとなきお種を宿すとかいうことで、玉の輿(こし)に乗った。大正以来はそんなことはいわないけれども、明治時代をではよういいよった。思わぬ出世する者が、何万人に一人くらいはある。ところがそんなものは発心が正しいのではない。

*1 荊渓湛然(けいけい・たんねん)は、中国唐代の天台宗僧侶。妙楽大師と称された。天台宗の第6祖


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面山和尚*2 が『永平家訓』というものを編集せられたが、道元禅師のお言葉の中から、第一番に発心出家訓というものが収められてある。これは何かというと、やはりここにあるところの「発心正しからざれば万行空しく施す」ということである。どうしても発心が正しくなければならん。
(「沢木興道全集」第2巻p.108-109)


*2 面山 瑞方(めんざん ずいほう、1683年12月22日(天和3年11月5日)- 1769年10月16日(明和6年9月17日))は、江戸時代中期の僧。曹洞宗。本姓は今村。

肥後の生まれ。15歳(16歳とも)で母と死別したことにより、出家する。後に江戸に出て卍山道白及び梅峰竺信の門人となった。

後に陸奥の仙台に出て、損翁宗益と共に曹洞宗の興隆に携わり、黄檗宗の卍山と共に曹洞の中興を成し遂げた。1705年(宝永2年)に相模の老梅庵の住職となり、以後生まれ故郷の肥後の禅定寺や清潭寺、豊後の醍醐寺、若狭の空印寺等の住職を歴任した。また、晩年には関東や畿内を行脚し、「建康普説」といった新しい仏法を生み出し、多くの著書を残した。
1741年(寛保元年)より若狭の永福庵に建立し、居住した後に上洛して1769年(明和6年)に建仁寺にて入滅した。入滅後も庶民から「婆々面山」と呼ばれた

面山和尚縁知って 小浜・上野 有志が石像設置 | 社会 | 福井のニュース | 福井新聞D刊


◎「沢木興道 この古心の人」より

p.277-279

5 正法眼蔵の参究へ

面山は生涯の大恩人


29歳から33歳まで、足掛け5年にわたる法隆寺勧学院での勉学中も、道元禅師撰述の書を手放さず、その根元に参入したいという願望は絶えず脳裡を離れなかった。
興道は往時を回顧して 「面山和尚はわしの恩人じゃ」 としばしば言った。

「面山和尚には聞解(もんげ)という多くの古典の解釈書がある。これはカタカナまじりで書いて、つまり平言葉で誰でも読んでわかるようにしたもので、非常にわかりやすい。いくらいいことが書いてあっても、わけがわからないでは困る。学問してからわかるようになる、そんなことでは遅い。学問がなくても、たった今わからねばならぬ。わしは面山和尚の『聞解』でぼつぼつやってきた・・・そんな具合でわしは一生涯面山和尚のご厄介になった」





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最終更新日  2026.01.24 10:56:20


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