MM2022のブログ

PR

×

プロフィール

MW2022

MW2022

カレンダー

コメント新着

天国にいるおじいちゃん@ Re:打席に入る前に、バットを天にかざして、天国にいるおじいちゃんに『力を貸してくれ』(08/24) 天国にいるおじいちゃんについては、 089…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2026.01.24
XML
カテゴリ: マザーとマハトマ
「本当に偉い人」坂村真民

 本当に偉い人は

 マザーテレサのように

 素足にサンダルを履き

 極貧最下の人たちに

 一生を捧げる人である



『二度とない人生だから、今日一日は笑顔でいよう』横田南嶺禅師
二度とない人生だから、今日一日は笑顔でいよう:横田南嶺 : 北鎌倉湧水ネットワーク


p.88-92 

・・・
マザーが来日した際、渡辺さんは通訳としてマザーに付き添ったそうです。私が渡辺さんに「来日中のマザーで、一番印象に残っていることは何ですか?」とお聞きしたところ、次の三つのエピソードをあげてくださいました。
 まず、マザーに泊まっていただくために、一番いい部屋を用意した時のこと。
疲れをとってゆっくり休んでいただこうと、ベッドも完璧に調えておいたのですが、朝、マザーが出たあとの部屋を見ると、ベッドはまったく使われていませんでした。マザーは床の上で寝ていたそうです。
 二つ目のエピソードは、お祈りの時の話です。マザーはどんなに多忙で、疲労し、夜遅くなった日でも、宿舎に戻ってくると、必ず「今日はまだお祈りをしていない」と、ひとりで教会に行って、一時間以上お祈りをしていたそうです。
 冬の寒い時ですから、教会の中は冷えきっています。マザーの体を心配してシスターたちが暖房をつけておきました。するとマザーは「暖房を切ってください」と言い、冷たい床の上で、はだしになって一時間以上お祈りをしていたといいます。
 三つ目のエピソードは、笑顔についてです。マザーは渡辺さんに「私はどんな時でも笑顔で写真に写るようにしています」と話しました。それはマザーと神さまとの約束だからだそうです。
 カメラマンの中にはぶしつけな人もいます。目の前でいきなりフラッシュをたいたり、了解もなく、パシャパシャ写真を撮る人もいます。しかしマザーはいやな顔一つせず、どのカメラマンにも必ず笑顔で答えるのです。なぜなら、マザーは神さまにあるお願いをしていたからです。
「本当はシャッターを押されるたびに、私は不愉快な気持ちになります。でもその気持ちを表わさず、必ず笑顔で写るようにします。その代わり、私が笑顔をつくるたびに、神さまのお近くにいる誰か貧しい人をひとり救ってあげてくださいと、私は神さまとそういう約束をしているのです」

(略)






インドのカルカッタに当年とって78歳になるマザー・テレサという一老修道女が住んでいる。
この人は、「神の愛の宣教者」という修道会の創始者であり、国際連合が『世界最悪の居住条件を持つ』と宣言したこの街で、貧しい人の中でも最も貧しい人々に仕えることを使命としている。その貧しさとは物質的なものもさることながら、それ以上に、この世で人々から『不要』『邪魔者』扱いをされている人々、自分自身「生きていても、いなくても同じ」、または、「生きていない方がいいもしれない」と思っている、 貧しい人々 である。
 1979年のノーベル平和賞受賞者であるマザーはかくて、望まれずして生まれたが故に棄てられた子供達を拾って育て、人々に忌み嫌われるハンセン病患者を手厚く看病し、さらに、路傍で一人淋しく死んでいこうとする瀕死の病人を「死を待つ人の家」に連れて来て死なせてやることに力を尽くしているのである。

「人間にとって、生きのびることも大切ですが、死ぬこと、しかもよい死を迎えることは、もっと大切なことです。」そうマザーは考える。

マザーの手の中で死んでいく人々がほとんど例外なく最後の息を引き取る前に言う言葉が「サンキュー」であるということ、感謝して死ぬという事実がマザーの信念を支えている。

この話を終ってマザーは言う。

It is so beautiful.
それは本当に美しい

 それは pretty きれいではない。汚い建物、蠅が飛び交い、異臭が立ち込める中、ゴザを敷いただけの床の中で骨と皮にやせ衰えた人が死んでゆく。そことは立派な病院、清潔な病室、真っ白のシーツ、消毒された器具、最新の医療機器に囲まれて死ぬ人々と外見において雲泥の差がある。

 しかし、それらの『きれいなもの』に囲まれながらも心淋しく死んでゆかねばならない人々がいる。
それに引き比べ脱脂綿に水を含ませただけのもので、唇をしめらせ、手を取って「よく辛い人生を生きてきましたね。さあ安らかに旅だちなさい」と優しく語りかける看護人に見守られて死ぬということは、より人間的な死なのかも知れない。

 マザー・テレサが3度目に来日した折り、岡山での祈りの集会に出席された。
その朝東京を発って広島へ赴き、そこで一つの大きな講演を済ませての帰途という強行軍であった。
駅頭には報道関係はじめマザーを一目見ようとする人々が押しかけ、数限りなくフラッシュがたかれ、シャッターがきられていた。・・・
老齢、長途の旅、ハードスケジュールにもかかわらず、カメラにほほえみかけていたマザーは、通訳として傍らを歩く私(シスター渡辺和子)にささやくように一つの秘密を明かしてくれた。

「シスター、私はね、一つのフラッシュがたかれ、一つのシャッターが切られるたびに、一つの魂が神さまのみもとに行くようにと祈っているのですよ」

その言葉に何の気負いもなかった。それは時空を越えて、人が beautifull にその一生を終え、新しい生を感謝のうちに始めることを願う優しさに満ちていた。

私はそのささやきに、深く深く感動させられた。

「時空を超えたやさしさ」より抜粋(「愛をこめて生きる」渡辺和子著)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2026.01.24 15:46:52
[マザーとマハトマ] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: