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2026.02.28
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カテゴリ: 報徳記を読む
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二宮翁夜話巻の5

【37】尊徳先生がおっしゃった。
村里で衰廃したものを挙げるには、資本を投じなければ、進まないものだ。
資本を投ずるに道がある。
受ける者がその恩に感じなければ、益はない。
天下は広い、善人も少くはない。
しかしながら、汚俗を洗い、廃村を起すに足らないのは、皆その道を得ないからである。
およそその村の長たる者や幹部である者は、必ずその村の富者である。
たとえ善人であってよく施したとしても、自分が贅沢にいては、受ける者は、その恩を恩としない。
ただその贅沢を羨んで、自らの贅沢を止めないで、分限を忘れるという過ちを改めない。
だから益がないのだ。
このため村長は自ら謙遜してほこらず、節約して贅沢をせず、慎しんでその分限を守って、その余財を推し譲って、村の害を除いて、村の益を起し、困窮を補う時は、その誠意に感じて、贅沢を欲するの念も、富貴をうらやむ念も、救ってもらおうとか税を免除してもらおうと欲するの念も、皆散じて、勤労を厭わず、粗末な服や粗末な食を厭わなくなり、分限を越すという過ちを恥じ、分限の内にするのを楽しみとする、
このようでなければ、廃村を興し、汚俗を一洗するにたらないのである。

二宮翁夜話巻の5

【37】翁曰く、

財を抛(なげう)つに道あり、受くる者其の恩に感ぜざれば、益なし。
夫れ天下の広き、善人少からず、
然りといへども、汚俗を洗ひ、廃邑(はいいふ)を起すに足らざるは、皆其の道を得ざるが故なり。
凡そ里長(りちやう)たる者、其の事に幹(かん)たる者は、必ず其の邑(むら)の富者なり、
縦令(たとひ)善人にして能く施すとも、自ら驕奢(きやうしや)に居るゆへに、受くる者、其の恩を恩とせず、只(ただ)其の奢侈(しやし)を羨(うらや)んで、自らの驕奢(けうしや)を止めず、分限を忘るゝの過ちを改めず、故に益なきなり、
是に依りて村長たらん者、自ら謙(けん)して驕(ほこ)らず、約(やく)にして奢(おご)らず、慎んで分限を守り、余財を推し譲(ゆず)りて、村害を除き、村益を起し、窮(きゆう)を補(おぎな)ふ時は、其の誠意に感じ、驕奢を欲するの念も、富貴を羨(うらや)むの念も、救ひ用捨(ようしや)を欲するの念も、皆散じて、勤労を厭(いと)はず、麁(そ)衣麁食を厭(いと)はず、分限を越すの過ちを恥ぢ、分限の内にするを楽みとす、
此の如くならざれば、廃邑(はいいふ)を興(おこ)し、汚俗を一洗8いつせん)するに足らざるなり。





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最終更新日  2026.02.28 00:00:11


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