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2026.03.25
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カテゴリ: 内村鑑三
カーライル は現在、忘れられた思想家である。

せいぜい思想史のなかで「衣裳哲学」とか、断片的に知られているにすぎない。

しかしながら明治後半の日本においては、その影響力は現在では考えられないほど強かった。

とくに内村鑑三、新渡戸稲造、留岡幸助などに強い感銘をもたらしたのが、
カーライル の「クロムウェル伝」であった。

畔上賢造氏が大正2年(1913年)1月に発刊したその翻訳に、「日本におけるカーライルの弟子である恩師内村鑑三先生」の文章を序文として載せたほどである。



   余が学びし二大政治書
(略)
   その二、カーライルのクロムエル伝
「雑誌の雑誌」記者ステッド氏曰く「余を利益せし書は第一にキリスト教の聖書なり、第二にカーライルの著コロムウェル伝なり、第三に米国詩人ローエルの詩集なり」と。しかしてステッド氏と同一の経験を持ちしものは他にも多からん。
 今日まで地上に顕れし最も大なる国家は英国なり。しかして英国の二大政治家とは一はエリザベス女王にして、他の者はオリバー・コロムウェルなり。二者共に政治を学ばざる天然的政治家なり。政治の術、豈これを政治書においてのみ学ぶべきものならんや。
カーライルの「コロムウェル伝」は彼の50歳の時の作なり。これ実に彼の著述中最も大なるものなり 。「フランス革命史」はそのドラマ的修飾において、「フレデリック大王伝」はその歴史的考証においてこれに優る所あらん。然れどもカーライルの精神はすべて彼のコロムウェル伝に籠れりといわざるべからず。彼の崇敬を呈せし人、彼が真誠に崇拝せし人はオリバー・コロムウェルその人なりし。
250年間大逆無道の臣として英国人の脳裏に存在せしこの人を恥辱の墓の底より発掘し来り、彼を英国第一の愛国者として、再び世界に紹介せし歴史家カーライルの功は偉大なるかな。 余はおもう、もしカーライルがコロムウェル伝を以て彼の著述事業を中止せしならば彼は益のみを後世に遺して害を伝えざりしならんと。彼のフレデリック伝はあらずもがな。彼の「末世の冊子」は彼の公にすべからざりしものならん。彼の英雄崇拝論は多くの不健全なる思想を青年に供し、ことにその我が日本に伝わりてより以来、この書により生涯を誤りし青年少なしとせず。これカーライルの不平時代に成り書にして、これを読んで多少不平病に侵されざる者なし。
 然れどもコロムウェル伝に至ては全く然らず。これカーライル氏の「愛の著述」なりという、 彼をしてこの書をなさしめし動機は彼の母より受けしものなり という。彼女の深き宗教心と強健なる常識とはこの誤解されし偉人において真正のキリスト教的ヒーローを発見せり。しかして彼の 幼時において彼女より注入されしこの思想はこの大著述となりて世に現れしなり。 カーライルのコロムウェル伝は実に一平民が一大平民を弁護せし書なり。
 オリバー・コロムウェル、彼は英国セントアイブスの一農夫なりし。家は富めりとは称すべからざりしも、さりとて貧しからざりき。畜類の飼育を以て業とし、大いにその道に熟達せりという。歳20にして結婚し、清き幸福なるホームを作るを以て彼の唯一の目的となせり。かくて彼は政治家に成るの必要なく、またその野心もなかりしなり。彼は心に神を拝し、手に正業を取り、以てこの曲がれる世にあって罪なき生涯を送らんとせり。
 彼が政治に入りしは40歳の時なりし。しかも彼は大政治家となりて名誉を天下に博せんとて政治に入らざりしなり。彼は時の圧制を憤慨せり。ことに彼と同郷の人なるジョン・ブラインなる者が治安妨害的文書を頒布せりとて獄に投ぜられしを憤り、彼のために弁ぜんとて国会に入りしという。茅屋の下にて在て静かなる生涯を送らんと企てし彼れコロムウェルは人類的観念に迫られて止むを得ず国会議員と成れり。
 然れども彼に政略なるもの一つもあらざりしなり。ありのままなる実に彼のごときはあらざりし。彼に丈夫の勇気ありて、また処女のそれのごとき涙と愛情とありし。敵と戦いてかつて敗を取りし事なき彼は友人の反逆に会しては悲歎痛哭に憂き日月を送れり。朝にダンバーに敵の大軍を敗(やぶ)って夕に家郷の妻女に送るに心情溢るるばかりの恋文を以てせり。人は彼を以て大偽善者なりとみなせり。然れども彼は偽善者にはあらざりしなり。彼は余りに感情の人なりしなり。故に彼は偽善者のごとくに見えしのみ。
彼の政策 とは何ぞ。他なし。 英国を以て地上における天国となし、終に英国をとおして全世界を天国と成さんとするにありき。 故に俗人の眼を以て評すれば彼の行為は狂的なりしなり。彼はなし得べからざる事をなさんとせり。しかも彼はこれをなし得べからずとは信ぜざりしなり。彼はもし英国人にしてことごとく彼の信仰を懐きなば英国を以て真正の聖人国となし得べしと確信せり。しかしてミルトンは彼の書記官として彼のこの偉想を賛し、ブレークは彼の海軍を指揮して海上に彼のこの理想を実にせんとせり。世の智者はいう「幸福なるは無学なり」と。特別に政治学を究めざりしコロムウェルと彼の補助者とはこのイムポスビリチーを実行せんとせり。政治家の手を束ね彼の足を縛るものにして実に彼の政治学のごときはあらざるなり。

正しかれ、しかして懼(おそ)るるなかれ 」。正義に因りて進む、大国何か懼るるに足らん。コロムウェル時代の英国はヨーロッパ第三等国に上らざりし。第一等国はスペインにして、フランスとオーストリアとはこれに次ぎ、オランダ、また新たに勢力を得たり。イギリスと対比すべき国とては北欧のスウェーデンかドイツ連邦の一二に止まりしなり。然れどもコロムウェルその主権を握りてよりイギリスは一躍してヨーロッパ大強国の一として算(かぞ)えらるるに至れり。意志と信仰とに富める一偉人の勢力もまた大ならずや。
 時の大強国はすべてカトリック国なりし。しかして英国は新教国にしてコロムウェルは新教徒中の新教徒たりし。しかして彼は強国に媚びんために彼の信仰を曲げんとはなさざりし。否、彼は彼の信仰に基きて、弱き新教国を統一して強きカトリック国を挫かんとせり。彼の外交政略なるものはただこの一事に存せり。彼が提督ブレークをして海上にスペインの船舶を捕獲せしめ、西インドにその領土をもとめ、テスリフ島にその海軍を殲さしめしは皆「大教敵スペイン」を挫かんとの方法に外ならざりし。彼がサボイ山中にある新教徒の虐殺を聞くや、直にフランスに通牒して無辜(むこ)の血を償わせしも、また彼のこの信仰に基けり。彼は小にして新教国なるスウェーデンと同盟して大にして旧教国なるスペインに当らんとせり。彼の宗教的信仰は吾人の問うべきところにあらず。然れども彼の勇気と大胆とに至りては実に余輩の嘆賞して措くあたわざる所なり。
 進歩的保守家、ハンガリーの愛国者ルイ・コスートのごとき人、米国のワシントンのごとき人、然りリンカーンのごとき、グラッドストンのごとき人、彼らは皆はなはだしく国人に誤解された人なり。しかしてコロムウェルはその最もはなはだしき者なり。彼の情性に貴族的分子ありたると同時にまた平民的分子ありたり。彼は天稟(てんぴん)の貴族が平民として生まれ来たりし者なり。彼の同情は平民にありし。然れども彼の平民なるものは凡俗の謂(いい)にはあらざりし。彼の平民とは彼並びに彼の書記生たりしジョン・ミルトンのごとき者なりし。すなわち人たるの品性を具え、位階と勲章によらずして高貴なる人なりし。彼がついに彼の国人の棄つる所となりしはまた故なきにあらず。

世の平民は多数者にして貴族は少数者なりと思う者は誤れり。貴族は実に多数者にして平民は実に少数者なり。世にいわゆる平民なる者は実は貴族にして、彼らが平民的運動なるものを起こす所以のものは彼らが現在の貴族に代わりて自ら貴族と成らんがためなり。近くは東洋日本国の維新歴史においてこの事実を目撃するを得ん。 薩長の族(やから)にして名なく位なき者、民の声なればとて四民平等を主張し、時の政府を倒し、しかして自身権威の位置に立つや直に新華族の制度を定め己れ自ら貴族となりて天下に臨む。 彼らは昨日の平民にして今日の貴族なり。 40年前の伊藤博文侯は渺(びょう)たる一平民にしてまた平民主義を唱え、時の貴族制度を憤りし者なり。 今の平民主義者また然らざらんや。今の民間の政治家なる者も、一朝勢力の人となれば、直に貴族の中に列せん事を願う。彼らは貴族を嫌うにあらず。彼らは貴族を嫌うと称するのみ。彼らは実は生来の貴族にして、貴族たらんと欲して政海に乗り出せし者なり。言を休めよ。日本国の貴族は3千人にしてその平民は4千万人なりと。その 平民4千万人の最大多数は貴族根性を以て生まれ来たりし者にして、彼らは機会あれば貴族たるを辞せざる者なり。 吾人少しく歴史をひもときし者は彼らの平民主義なるものに欺かるべきにあらず。
平民は平民を迫害す。これ隠語のごとく見えて実は明白なる事実なり。英国がついにコロムウェルを嫌悪するに至りしは、彼れコロムウェルは余りにまじめなる平民なりしが故なり。彼らは彼が少しく殿様然として天下に臨み、少しく国民の弱点に乗じその名誉心を充たし、その利欲心を満足せんことを求めたり。然れども コロムウェルは厳として彼の平民的態度を守りたり。 故に彼らはついに大偽善者として彼を記憶の外に葬り去らんとせり。彼らは再び彼のごとき政治家をもたざらん事を望めり。彼らはコロムウェルに勝り暗主チャーレス第2世を愛したり。然れども 少数なりといえどもこの宇宙は平民の属(もの)なり。 コロムウェルは死後300年の今日英国人の理想的政治家となれり。彼の肖像は今は英国国会議場の前に建てられたり。「コロムウェル再び出でよ」とは今は英国人の声となれり。英国永久の光栄はコロムウェルの理想を実行するにありとはその多数の政治家の所信となれり。
「コロムウェル出でよ」。英国においてのみならず、支那においても、朝鮮においても、ビルマにおいても、ベトナムにおいても、すべて腐敗せる政治家の横行する国はコロムウェルの現出を要す。 上、貴族を挫き、下、衆愚を抑え、少数者なる平民の勢力を地上に扶植せんためには、コロムウェルは幾回かこの世に来たらざるべからず。
カーライルのコロムウェル伝はかくのごとき事を教うる書なり。

(明治33年12月稿)」

内村鑑三は言う。

「コロムウェル伝に至ては全く然らず。これカーライル氏の「愛の著述」なりという、彼をしてこの書をなさしめし動機は彼の母より受けしものなりという。彼女の深き宗教心と強健なる常識とはこの誤解されし偉人において真正のキリスト教的ヒーローを発見せり。しかして彼の幼時において彼女より注入されしこの思想はこの大著述となりて世に現れしなり。」

大正15年4月15日発行の柳田泉氏著作の「クロムウェル伝」(カーライル全集)があり、

その解題に、このカーライルの母のことについて述べられている。

「神と神のなす業とをこの上もなく畏れたトマス・ カーライルは、絶えて他人を恐れない人であった。

だがその彼にも天下にただ一人の恐ろしい人物があった。

それは無学で誠実な彼の母であったのである。

この母は、トマスは幼い時にしばしば彼に諭してこう言った。

オリヴァー・クロムウェルは世人のいうごとき悪人では決してない。

英国の政治家中、最も偉大な英雄であると。

40年の後、わがトマスが・・・・・・神の人オリヴァの真面目をひらくにいたった機縁の種子は、この時まかれたものといってよろしい。

この母の諭しが、不断に若きカーライルの心のうちに転々して、彼の興味意識をクロムウェルなる人物に向けていたことは、次の事実によって推察される。

すでに1822年、カーライルが、自分はなんらかの題目を借りて著作するよう神の冥命をうけていると感じたときに、

その第一の書はイギリスの内乱時代、共和政治時代のことに関するものでなければならぬと考えて、

この時代に関する文献を手に入るに従って読破したという。」

しかし、このカーライルの試みは苦難の連続であった。

1840年、カーライル44歳の時の日記には、

「資料文献をひもとき、この仕事を続ければ続けるほど、自分の愚劣さが増加するように思われる。

私は今やわれらにとって死物でおおわれた『時(タイム)』の言語に絶する泥沼ーから厳密な意味での歴史など決して作られないというにいたった。」と絶望のうめきをあげた。

カーライルという人は、かんしゃく持ちで文章でも悪口雑言を怒鳴りちらすようなところがある。それはあの ハリー・ポッターにおける 謎のプリンスと自称する 先生にも似て 回りの人々にとっては、慣れっこになるようになっていたらしいことが、

妻がカーライルの母にあてた手紙でわかる。

「このごろカーライルは、新しい本を書くしたくとかで、大きな二つ折り本を貪るように恐ろしくたくさん読んでいます。そのほか、例のようにいろいろなことを怒鳴りつけますが、しかし誰だって彼の人の怒鳴るのには慣れて無頓着になります。でもなかったらとてもやりきれません。」

このころカーライルはまったく行き詰っていた。

「オリヴァ・クロムウェルは私にはうまくいかないかもしれない。この題目につい調べはじめてから、もう4ヶ月になる。こうして資料を何ほど集めてもほとんどなにも得ることがない。かといってまだ書き始めるほどの確信がもてない。紙に書いたものは一枚もない。どこから始めていいか分からない。私とこのテーマとにはまだ一枚の膜が破れずにいる。

これを破ってこのテーマに純一に共鳴する心境には入っていない。

だが私にはどうしてもこのテーマを捨てることができない。・・・・・

天よ、私を導きたまえ!実に天の冥助がなくば、何事もできない。」

満1年後の1841年、歎息しつつ意を決してかき始めるが、満足がいかず、その年の12月にはそれまで書いたものをすべて焼き捨ててしまった。

このとき書かれたものは、いわゆる「クロムウェル伝」という伝記であったという。

1842年11月25日の日記には苦悩が綴られている。

「私はオリヴァーに関してはまだ一語も紙の上に書き付けていない。仕事を始めるのは、それを片付けるより恐ろしい。・・・・・

こうした苦闘を経て、カーライルが悟ったのは、いわゆるクロムウェルの伝記の十分なものを書くことは絶対に不可能であること、可能なのは、クロムウェルの書簡と演説を収集編纂することだけであることであった。

これこそが「泡沫と、混沌と、虚偽と、愚鈍の無限の大海のなかにそそり立つ一連の不動の岩山」ではないか。

こうして、「方針を別にして始め直しました」と母に報告し、オリヴァーの現存している書簡と演説を収集し、その一遍ごとに考証と解説をつけて全体の連絡をもたせた、全く新しい形の伝記が誕生したのである。

1845年(49歳)8月26日この故障困難だらけであった6年間を費やした労作が完成をみた。

「私はたった今オリヴァーを終ったところである。hang it!善かれ悪しかれ彼は片付けられた。・・・・」

10月には母のもとで、校正を終え、いわば 母への約束を成就したのであった。

したがってカーライルのクロムウェル伝とは、実は『クロムエルの書簡及び演説』(Oliver Cromwell's Letters And Speeches.)にほかならない。

カーライルは序文で主張する。

「自分がクロムウェルの言を集めて整理してみると、次のことが次第に明らかになったように思われる。

すなわち クロムウェルは清教徒革命の中心人物であって、彼がいなかったならば清教徒革命は世界史に一期を画する大事件にはならなかった であろうということ。

もう一つは世間の人の考えと正反対であるが、クロムウェル は虚偽悪逆の人間ではなくて、真実の人間であり、その言は大いに意味がある ということ

この二つのことである。実にその言によって見れば、彼は立派な大人物であるとほか思えない。

 善人か悪人かは別問題としても、とにかく オリバーの人格、その事業の性質は、その書簡・演説によって知ることができる。これらの言によって、彼は自分のうちにあるもの、自分の外にあるものを言い表わそうと努めたのである。それ故その言葉を知るは彼の事件の精神を知る所以である。

願わくはこの書が数人の真面目な読者に迎えられんことを。かの清教徒事件がこの書によって少しなりとも明瞭になれば、後の著述家によってますます明瞭になることであろう。」

鈴木藤三郎が、日本醤油会社社長のとき、サッカリン事件で失脚し、全財産を提供して自宅に謹慎しているとき、留岡幸助は自転車に乗って小名木川まで慰めに行った。

藤三郎は面会謝絶していたが、留岡とききて特別に招き入れた。

藤三郎が、失敗したことが仕方がないが、自分が最初から世人をだます目的だったとか、山師だとか、そしられていることに愚痴をのべたところ、留岡幸助はこう慰めたのである。

「それは君の平生にも似合わぬ繰言である。天下の人が皆、君を奸物であるといっても、それは皆利害の関係から君を評するのである。しかし自分のごとき、君とは何ら利害の関係がない人間が、君と共に公益のために尽くさんがために交わっておるのである。それ故自分は、自分の経営する家庭学校の事業のためには君を煩わすことをしないのである。これは公益をもって交わろうとの考えがあるからである。自分が聞くに、 英国のクロムウエルは、多年奸雄と定(き)まっておった。ところがカーライルが出て、その雄勁なる筆を揮(ふる)って、クロムウエルは千古の大忠臣で、真に社稷(しゃしょく)のためにその身の毀誉を顧みなかったのであるといって、冤(えん)を雪(そそ)いだのである。君もこの際、泛々(へんへん)たる毀誉褒貶を眼中に置かず、前途の事を考えられた方がよかろうといって慰めたことであった。ちょうどその際クロムウエル伝の翻訳が出たから、翌日その書籍(ほん)を贈って置いたことである。

その際自分は、ちょっと横を見ると、 老母が私を拝んでおるのが眼に入ったが、その当夜の光景は真に厳粛な光景で今もなお眼前に見るごとき心地するのである 。」

真に惜むべき人  本会評議員家庭学校長 留岡幸助)


いずれ、こうした資料をもとに留岡幸助氏が藤三郎に慰めたように「 クロムウエルは千古の大忠臣で、真に国家のためにその身の毀誉を顧みなかったのであるといって、冤罪をそそいだ 」ように、 鈴木藤三郎氏が真に国家に報いるために一生を捧げたと雄勁な筆をふるう人が出でてくるやもしれぬ  と。


いつの日か、鈴木藤三郎氏の真の業績と思想が世に顕彰されんことを希(ねが)う。






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最終更新日  2026.03.25 17:29:43


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