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2026.03.28
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カテゴリ: 坐禅
「永平家訓抄話」澤木興道 1-8

 そのころ大師の村の漁師たちには、迷信があって淫祠に牛のいけにえを捧げ、お神酒を供して拝む習慣があった。それが子どもの石頭大師には気に食わなかったものと見える。そこへ出かけて行って、淫祠を壊し、牛を奪って帰った。その数は年に数十頭にも及んだが、郷老がそれをやめさせることができなかったということである。子どものくせによほどの自信があったものと見える。つまり石頭大師は、子どものときから全然迷信というもののなかった人らしい。そしてついにそのいけにえの風習をなくしてしまったということである。わたしは子どものときに、スリがお稲荷さんを拝んでどちらへ行ったら商売がございましょうかと伺うのを見た。すると「巽(たつみ)の方へ行け」「何里ばかり行くのですか」「二里半ばかり行け」その時そちらの方に市があった。観音様の会式であったか何かで、そこへは昔のことじゃからニッキ水売りや、覗き眼鏡などがガチャガチャやっておった。つまりその盛り場へ行ってスリに商売をして来いというのである。わたしは稲荷さんといえば神さまと思っておった。神さまが盗人の指図をする。こん畜生、神もへったくれもあるものか。この時分わたしの頭には、正直の頭に神宿る、これだけのことが入っておった。そうすると、不正直なこの稲荷は神じゃない、ど狐か、ど狸か知らんけれども、こんな者はろくな奴じゃない。よし屁をかましてやろうと思って、そこの人がある間にそんなことをやったらどつかれるから、お稲荷さんだけのときに、「コラッ、稲荷、貴様、スリの指図をするとは不届き千万、神でも何でもなかろう。おのれはおれの屁でもくらえ。罰を当てるなら当ててみろ」プッ、と屁をかました。ところが今日まで罰が当らん、いいことばかり。稲荷おろしの婆さんは、わしが後になって坊主になってからも、わたしをたいへん信頼していた。だからこっちは、お稲荷さんをだましてしまったわけである。





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最終更新日  2026.03.28 02:00:06


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