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2026.08.03
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カテゴリ: 報徳
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報徳外記

(現代語訳)
 第二十三 全功(中)
 衰えたものを挙げ、廃れたものを興すのは、聖賢の道であり、人君の職である。このためにに身をゆだね、力を尽して、その成功するのは、家老の任務である。創業の家老が禄位を辞退して、その成功を全うするのは、前論で述べたところである。そうして国を興す大業は、どうして家老一人の力でなすことができよう。成功は必ず役人に頼る。いやしくもその人を得るならば成功し、その人でなければ失敗する。けだし末世の人心は、おうおう名誉や利益の外には出ない。その心は名誉や利益にあり、上につかえれば相手に気に入られようとこびへつらい、下にのぞめば残忍で酷薄であり、国君が是といえば、答えて是といい、家老が非といえばば、答えて非という。黙々としておもねり、諾々としてへつらう。ひどいものになっては、禄位を貪ったり賄賂を釣ったり、人民の努力で得た利益をさらって自分の一身を利し、一国の興亡や人民の安全・危険においては漠然としている。詩にいう。赤くて狐でないものはなく、黒くて烏でないものはないと。ああ、廃国の俗人は、水がどんどん流れるように皆このようなものである。
もしこの輩をして大業に任じ仁政に与からしめば、則ち徒らに攫竊を資くるのみ。縦ひ偶々忠直の臣有り、いったん激しく憤って、一身を報国に忘れても、志を得て道が行われるに及ぶと、一身・一家の得失の念が生じ、高位・重禄を期待し、こびへつらい面前では服従し、逆らわずに言いなりになって、終いに厳しく税を取り立て利益を得させる、人民をそこない国を滅ぼすようになる。また雇い人と異なることはない。雇い人はもとからその者のようである、忠義であり正直な者すらなおこのようである。ともに成功を全うすることができないのはなぜであろうか。国を興すのは、もともと聖賢君子の道であって、雇い人の関与するところではないからである。人民を安らかにするのは、もともと王公・国君家老の業務であって、小臣や召使や下男の任ずるべきところではないからである。その関与すべきでないことに関与し、その任ずべきでないことに任ずる、これが大業の成功を全うすることができない理由である。そうであれば大業はついに成功できないのであろうか。そもそも国は功臣の忠義に興って、代々の臣家の無為無能で禄を受けて廃れる。今、まさにその廃れたものを挙げようと願って、地位にみあった仕事をしない者と行いを同じくする。これはなお屋根の上に坐って、その家を興そうと願うようなものである。地位にみあった仕事をしない者は屋根の上にある者である。屋根を降りなければその覆ったものを興すことはできない。禄や位を去らなければ、その廃を挙げることはできない。だから大業に任ずる者は、必ず先ず禄位を辞して、淡泊に甘んじ、節操を励まして、賞を与えるといってもこれを辞退する。朝から夜まで一生懸命に勤め、数えられないほどの苦労や困難を尽すところは、ただただ代々の賜った君恩に報いるだけである。どうしてまたた、成功した後に賞を求める心があろうか。しかし衣食が無ければ、どうしてその任務に堪えることができよう。ここにおいて家老が辞退した所の給与で荒地を開墾し、そこで産出した穀物を代々その家が受けていた俸禄に変え、職務を行う資本とする。なぜならば、一国の荒地は、数十年たたなければ、開墾しつくすことはできない。数十年開墾しなければ、荒れた田や原野のままで、開墾すれば産出した穀物も、またなお原野の草のままである。








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最終更新日  2026.08.03 00:00:10


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