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2011年01月20日
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    夕焼け小焼けで 日が暮れて


 公務を終えて帰宅した友雅の耳に入ってきたのは、あかねの澄んだ細い歌声だった。友雅の知らない歌。おそらく、あかねのいた異世界の楽なのだろう。


    まるい大きなお月様


(お月様、ね……)

 声をかけようとしたところへちい姫の声が聞こえたから、友雅は言葉を引っ込めた。妻戸の陰に隠れて、垣間見の姿勢を取った。気づいた女房が何か言いそうにしたのをしいっと制した。

「お母様、月にはウサギさんがいるのでしょう?」
「そうだよ、ほら、月に模様が見えるでしょう?」

 東の空に浮かぶ月にはくっきりと兎に見える黒い影が見える。くまなく明るく光る月を見上げて話しているのだろう。とすればかなりの端近、直衣の端でも見えてはと、友雅は壁にさらに身を寄せた。

「お父様が、月には姫君がいるとおっしゃいました。お母様、お月様からいらしたお姫様の物語を聞きたい。」



「お父様が……?」

 困惑げなあかねの声音。

(いったい、友雅さんは誰の話をしたんだろう。嫦娥のことか、かぐや姫か、もしかして……!?)

「はい、では、絵巻をお持ちしましょうね。」

 乳母の声に友雅は大きく嘆息した。あかねには大きな助け船だったろうが。

(しかたないねえ……)

 友雅は蝙蝠をぱちんと鳴らした。心得ましたと控えていた女房が妻戸を開ける。

「あ、お帰りなさい。」

 極上の笑みが二つ、友雅を迎えた。一つは大きく手を広げてかきついてくる。

「お利口にしていたかい? ちい姫。」
「あい、お父様。お父様、月のお姫様のお話をして。」


 友雅はあかねに背を向け、ちい姫を膝に置いて低い声で話し始めた。

「お父様が帝のお召しで出かけるとね、空が不思議な色に光っていたんだ。八色の光というのをお父様は初めて見たね。何の徴だろうと思っていたら、空を割って、一人の姫君が降りてきたんだ。従者を二人連れてね。」

 あかねの顔がみるみる赤くなった。

「友雅さん、それは……!?」
「何だね? 私は姫にちょっとした昔語りをしているだけだよ。」

「止めるかい? 姫が続きを聞きたがっているのだけれどね。」

 ちい姫の期待に満ちた丸い目に、あかねは口をつぐんだ。友雅の目から見たその話を聞くのは初めてかもしれないと思った。

 心のかけらの話、札を集める話、そして、最後の戦いの話。

「お父様もそのお姫様とがんばったの?」
「ああ、時々しかられてしまったけれどね。」
「しかられるって……お父様はまじめではなかったの?」
「はは、対の男があまりにもまじめすぎるからだよ。時には肩の力を抜かないとうまくいかないこともあるというのにね。」

 年端も行かない姫に何を教えるのかと眉が上がるのを、傍らの少納言が止めた。確かに、友雅にブレーキをかけられて救われたことが何度もあった。「急いては事をし損じると申します」と頼久さんが頭をかいていたっけ。

「……それでそのお姫様は?」
「さて、どうされたかな。月に帰られたかそれとも……姫の近くにいるかもしれないね。」

 友雅はあかねの方を見返った。慌てたあかねはつんを居住まいを正した。

「……こんなに冴えた月の宵は、何かを思い出したりしないかい?」
「何を?」
「ふふ、そうだね、君にはそういう感覚がなかった。時々忘れてしまうよ。」

 月を割って降りてきたとしか見えない少女だったが、あかねは白い光に満ちてはいても何もない世界から押し流されて来たと言った。

 ちい姫が不思議そうにあかねを見た。

「月からいらしたの……お母様?」

 あかねはちい姫に腕を伸ばした。うれしそうに寄ってくる小さな体を抱きしめた。

「帰らないよね?」
「え?」
「月にはお帰りにならないよね? ずっとここにいるよね?」

 目が熱く潤む。あかねはちい姫をさらに固く抱いた。

「ここにいるよ、ずっと。私はちい姫のお母様だもの。」
「うん……約束。」

 約束と抱く腕に力を込めるのに、友雅がほおっとため息をついた。

「すっかりお株を取られてしまったねえ……」

 にじり寄り、母子共に広袖の中に抱き込んだ。

「私のためにも残ってもらえるのかい? 神子殿。」
「当たり前じゃないですか……」

 大寒の夜寒の空を照らす月が白い。まもなく、あかねが来て何度目かの春が巡ってくる。
 庭の隅で、梅が一輪ほころびる……そんな気がした。





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最終更新日  2011年01月21日 00時12分49秒
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