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2011年01月24日
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 つんつんと袖を引かれてあかねは自分が寝ていたことに気づいた。はっと周りを見回すと、心配げに見上げる藤姫と目があった。

「神子様、お疲れですか?」
「あ、ううん、大丈夫。そういうわけじゃないんだけど……」

 藤壷中宮に誘われて出席した、御所の管弦の遊びだった。帝の御前でもあるし、楽人の中には友雅もいるし、眠っていい場面では決してないのだが、ゆったりした雅楽の音色は思いの外心地よく、ちょっと油断して目をつぶっていたらそのまま寝ていたらしい。
 御簾の向こうの舞台から視線を感じる。うつらうつらと影が動いたのを見られはしなかっただろうか。たどれば友雅がそこにいると知っているから、あかねはそちらを見なかった。打ち物の楽人の姿勢が改まり、新たな曲の始まりを知らせる龍笛が響いた。友雅の音色だと藤姫がうっとりとつぶやいた。あかねは、ここへ出席することになった顛末を思い出していた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その日も、あかねは琴の練習に余念がなかった。

「精が出るねえ、神子殿。」

 いつも通り、さぼる口実にあかねの部屋に隠れに来ていた友雅が呆れたように言った。


「そうかい? さっきから同じところばかり繰り返しているようだけれど、よくも飽きてしまわないものだね。」
「弾けないと悔しいです。友雅さんは悔しくないんですか?」
「私かい? そうだねえ……」

 友雅はやおら身を起こしてついとあかねのそばへ寄った。あかねが身を翻すようにして座を移るのをふふと苦笑いで見送って、琴爪をはめた。

 あかねが苦労していた節をいともあっさり弾いてのける。
 しかも、華やかなきらきらしい音色で。

(すごいな。)

 あかねが寄せる感嘆の視線が心地よい。友雅が奏でる様子を食い入るように見ている姿がかわいくて、友雅は同じところを幾度か繰り返してみた。

「どうしてそんな風に弾けるんですか? 友雅さんも練習……」
「そんな面倒なことを私がすると思うかい?」
「……思いません。でも……」


 次々に恋人を取り替える今の友雅とイメージがかぶった。きっと同じように、次々と挑戦する物をかえていったのだろう。

 友雅が琴の前を空けたので、あかねはまた琴の前に座った。友雅の手の通りに弦に指を置き、弾いてみた。

(あ?)

 音が変わったと思った。

「おや、なかなか飲み込みがいいね。素直だからかな。」



「そう、もう少し軽くね。弾くというより掻く感じかな。」

 無駄に力を入れていたところがこつを得て抜けたのだろうか。軽々ときらきらと弾けるようになってきたから、あかねの瞳も輝いてきた。

「最初から弾いてごらん、神子殿。今ならきっとできるよ。」

 友雅が蝙蝠を開いて立ち上がった。あかねの奏でる音に合わせて舞い始めた。

(え?)

 あかねはあっけにとられた。嗜みなのだから友雅が舞えないはずはなかったが、管弦の才の方が目立つのか、所望されることもなければ自ら舞うなど言うはずもない。それが、あかねの琴に合わせて舞って……いる。

「友雅さん、急にどうしたんですか?」
「さあ、どうしたのだろうね。君の琴を聴いていたら、体が動いてね。」

 やめないでとあかねに言い、友雅は舞い続けた。
 体の中から何かが突き上げてきたのだ。呪でもかけられたかのように蝙蝠を開き、手舞を始めていた。不思議な心地よさを感じた。音に抱かれ、音を抱きしめる。面はゆいほどだった。自分のどこからこんな情熱がわいてくるのかと。
 友雅が自分の演奏で舞ってくれるから、あかねもうれしかった。間違えて友雅が困らないようにと懸命に弾いた。友雅が打ち鳴らす蝙蝠のリズムに合わせて夢中で弾いた。

「少将殿が舞ってらっしゃいますわ!」

 廊下で声がした。とたんに、周りの部屋から女房たちが集まってきた。

「おや。」

 舞の手が止まった。がっかりした声が上がった。

「ではね、神子殿。」

 ぱちんと蝙蝠を閉じると、友雅は部屋を出て行った。もっと舞ってほしかったとねだる声に「またね、姫君方」といつも通りに流す声が遠くなっていく。

「ねえあなた、どうして少将殿は舞ったの?」
「あなたの琴がよほどすばらしかったのかしら、ねえ、私にも教えてくださる?」
「もっとお弾きなさいよ、戻ってらっしゃるかもしれなくてよ。」

 口々に言う声にあかねは困惑しながらも言われるままに琴を弾き続けた。押さえる手に弦の跡がくっきりついて痛かったけれど、友雅の舞姿を思い出すと、弾く手は止まらなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「実に参ったね、御達の噂話ときたら、あの後すぐにお召しがあって参上したらもう帝のお耳に届いていた。」

 管弦が終わった後の宴で、友雅が近くに寄ってきて言った。

「居眠りしていたね、神子殿。」
「……ばれてました?」
「耐えられないというようにかくんと首が落ちたからね。笑いを堪えるのに苦労したよ。」

 やっぱり見られていた……あかねは首まで赤くなった。

「ごめんなさい、寝ちゃうつもりなんかなかったんですけど、なんかすごく気持ちよくて……」
「いいよ。よい楽の音はよい眠りを連れてくる。酒と同じさ。あの楽が君に眠りをもたらしたのなら光栄だね。」

 友雅が満足そうに言った。そのとき。

「橘少将、今宵は舞わないのかしら?」

 中宮の声だ。参ったねと友雅は蝙蝠の先でこつんと額をついた。

「仰せのままに。」

 中宮の意向が楽人に伝えられたらしく、舞台の楽が「青海波」を奏で始めた。「少将殿が舞われるぞ」と舎人が呼ばわる声がした。

 翻り翻る袖。篝に照らされた友雅の顔は翳りを帯びていつにまして美しい。

 ほうっというため息が庭に満ちた。

「今宵は珍しい物が見られることだね。これも神子殿の人徳かな。」

 帝の声に、あかねはまたかあっと赤くなった。





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最終更新日  2011年01月24日 23時50分47秒
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