成定 竜一~高速バス新時代~
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一昨日は、関東運輸局主催「新宿駅周辺高速バス停留所調整協議会」。会議の内容は非公開になのでご紹介できないが、2時間の会議のために、その何倍何十倍もの準備時間と多くの関係者のご協力が必要だった点だけはお伝えしたい。新宿を筆頭に、とにかく停留所の件をなんとかしないと高速ツアーバス各社は食っていけないはめになる。実はときどき、万一停留所調整に失敗した時のことが夢に出てきて、夜中に目覚めてしまうことがある。さてこのブログでは、既存事業者の動きを中心にご紹介し、高速ツアーバス各社の乗合移行に際して具体的な動きやそれに対する論評を行なってこなかった。ある会で専門紙の記者さんから、<成定さんはもうツアーバスから離れつつあるというウワサだが>とご質問を受けたが、たしかに個人的な思い入れの強い弱いはあるとはいえ、高速ツアーバス連絡協議会の顧問の仕事をお引き受けしているのも事実。見捨てたりしたつもりはないのだが。彼らはいま乗合移行に向け準備の真っ最中だ。ここでいう準備とは大きく分けで3つある。第一は、乗合の法的要件を満たすことで、小さいもので言えば車両の要件(方向幕など)や運行管理者の資格など。大変なのは従来はバスを持たなかった旅行会社が、車庫を設け車両を買って乗務員を雇い、バス事業者になるパターンだ。もっとも、実は高速ツアーバスの担い手は旅行会社と貸切バス事業者を兼業する会社が多かったから、このパターンは10社ほど。とはいえ、当事者にとっては「生き様」「生業」まで変える大きな変化だ。なお、「楽々道中」というシステムがある。「メイテツコム」と「メイエレック」(ともに名鉄グループのシステム会社)が共同開発する貸切バス運行管理システムだが、高速ツアーバス各社の乗合移行に伴い「高速乗合バス版」もスタートさせる。その発表会では私も業界の今後など講演させていただいた。既存事業者は「平場」の路線バスも含む大掛かりなシステムをおおむね導入済みだから、本システムのターゲットは高速ツアーバスからの「移行組」。名鉄グループが結果として彼らの移行をサポートする形になったのは皮肉ではあるが、それが皮肉に感じられるところがこの問題の矛盾の象徴とも言える。第二の準備が、法的要件以前に、漠然と存在する「貸切」と「乗合」に求められるレベルの差を超えること。本来は貸切の方が乗合より高いものを要求されるべきだと思うが、現状はなぜか逆。要するに乗合の方がチェック項目が多いから、結果として細かいメッシュで規制の網がかかっているということだ。第三が停留所問題。なお、大規模発着地の停留所確保は高速ツアーバス連絡協議会が主体的に担当しているが、地方の停留所調整(と、先の二つの課題)は、移行を目指す各社が個別に乗り越えるべき課題。専門家をご紹介するなどフォローはしているが、あくまで自分の意志と努力で乗り越えていただくよりない。ところで最近、特に停留所の件で、高速ツアーバスの企画実施会社と既存の乗合事業者が会う機会が増えた。というよりこれまでそんな機会はなかった。私はそれに立ち会ったり報告を聞いたりする立場で、嫌な言い方だが、これが非常に興味深い。7~8年前の時点で、高速乗合バスのあらゆる関係者は、高速ツアーバス会社を、見習うべき点など何もない、レベルの低いヤツらだと見下していただろう。かくいう私自身がそうだ。「きちんとした既存乗合/ならず者のツアーバス」というのが当時のステレオタイプだ。で、停留所の件があって高速ツアーバス会社と初めて会うことになった既存事業者の中には、未だに江戸時代のままの感覚で(言い過ぎ?)、向き合うことさえ避けようとする人もいるようだ。<まだそんな感覚の人がいたのか>というのが私の率直な感想。一方、ここ3~4年で「新しいステレオタイプ」も登場した。それは、「安全面は立派だが営業面では保守的で顧客志向でない乗合/ウェブを中心にマーケティングが上手で業界にイノベーションを起こしてきたツアー」というもの。先日も既存事業者と高速ツアーバス企画実施会社の担当者どうしを私が紹介する機会があり、既存側が名刺を出しながら、<御社ほど集客は上手じゃありませんが>とおっしゃっているのを聞いて、むろん社交辞令や謙遜もあろうが、既存事業者の間で「新ステレオタイプ」が定着してきたことに驚いた。その上でもう一回かき混ぜるようなことを言うが、では本当に高速ツアーバス各社は、成熟産業たるこの業界に自らイノベーションを起こしたと胸を張れるだろうか。前にも書いたが、2001年にオリオンツアーと西日本ツアーズ(現・WILLER TRAVEL)が東京~大阪の商品を作った(高速ツアーバスという呼称もなかった)時には、単にテーマパーク直行バスの派生形という自己認識に過ぎなかった。それがある日、ウェブマーケティングを武器に急成長した。その大きなうねりを、自らの手で作り出したと言える会社は、いったい何社あるだろう。たしかにWILLERはそうだろう。地場で孤軍奮闘した海部や、既存事業者ながらあえて一歩踏み出した弘南も、その一つだろう。他にも数社あるかもしれない。逆に言えば、それ以外の多くの会社は、もちろん個別に見ればさまざまな苦労も挑戦もあったには違いないが、イノベーションを起こしたと言えるほど、斬新なアイデアを打ち出し、多くの苦難を乗り越え現在の立ち位置を築いたと、胸を張って言えるだろうか?高速ツアーバス各社は、いま一度、この試練が持つ意味を真剣に考える必要がある。むろん、新制度が上から押し付けられたもので、さらに関越道事故により(自社の事故でもないのに)期限が大きく短縮され、受け身になってしまう気持ちはわかる。しかし、この環境変化さえ乗り切れずして、後年、誰があなた方のことを「業界を変えた」と評価してくれようか。イノベーションとは、今とは違う姿を絵に描き、それを実現していくことである。あなた方が、放っておけば沈みゆくだけのこのバス業界に本物のイノベーションをもたらしてくれたと既存組から評価を受けて初めて、一緒に育ってきた私も、業界に対する自分の役割の第一段落を終えることができるのだ。歯を食いしばってでも、この試練を乗り切りたい。私も、(時には自らのクライアントと停留所の交渉をするというような難しい立場ながら)サポートを惜しむ気はない。次の季節は、もうそこまで来ているはずだ。
2013.03.03
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