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私は、両親が小学校の教師という、ビジネスには無縁の家庭で育った。代々が商売人の家に生まれ、MBAを取得し事業の第一線で活躍する友人の姿などを見ると、ビジネスの世界のサラブレッドとしてそれはそれで少しうらやましかったりもする。一方、子供の頃の家庭環境が私なりに今のビジネスの役に立っているなと感じるのは、「歴史を見る目」を育ててもらったことだと思う。中学、高校時代の歴史の先生への感謝も含めて。関西に生まれ育ったから、京都や奈良も近いし、地元の兵庫にも厚い歴史が積み重なっている。有名社寺はもちろん、何気ない街角でも、心の中の目を凝らし、中世や古代のその地へタイムスリップすることを学んだと思う。妄想の中に、その時代のその土地に生きた一人ひとりの希望や苦悩まで再現される気がするのだ。古い時代だけではない。昨晩も知人と新宿の焼鳥屋をご一緒したが、今の新宿の、乱雑ながらも「日本一の大都会」といった印象は実はここ30~40年程度のものでしかないことが、路地の側溝の蓋あたりから不意に浮かび上がってきたりする。戦後のヤミ市時代の、この街の湿った賑わいが鼻先によみがえる気がするのである(この「戦後の新宿の風景」については、今月末まで新宿文化センターで写真展が開かれている。非常に興味深いのでぜひご覧頂きたい。マニア的には、立体化する前の新宿西口ロータリーの写真も印象的)。歴史を「暗記科目」と捉える方は多いが、申し訳ないがそう捉える方は想像力も創造力も不足しているのではないか。そんなヤツだから、<成定さんはバス産業の今後をどう考えているのか?>というご質問をいただいたりすると、その答えが、普通の「今後」よりも長いスパンで考えた回答になってしまっている気がする。もしかしたらご質問者は、ここ数年の、例えば高速ツアーバス台頭や「1000円高速」などの高速路線バスへの影響と、それが「平場」の路線バスに与える悪影響についてお聞きになりたいのかもしれない。しかし私はどうしても、そのスパンで「バス産業の今後」を語りたくない。今日、この国では不況だという声があちこちで聞かれるが、もう20年も「苦しい」状況が続いていることを指して「不況」という短期的サイクルで捉えること自体が間違っている。もっともっと長期的なトレンドの話なのだ。バスが置かれた現状も、何十年のスパンで長期的に捉えるべきだと私は考える。何度も繰り返すが、わずか40年前、つまり私が生まれた頃、この国の乗合バス(平場の路線バス)輸送人員は年間約100億人であった。今は約40億人。我々バス関係者は、先輩たちが作り上げた市場の6割を既に食いつぶしてしまった。ちなみに現在の高速路線バス(通勤需要を取り込む短距離路線を一部含む)の輸送人員は1億人強、高速ツアーバスを足し算しても1億1000万人である。高速バスの輸送1人当たりを、仮に平場の10人分に相当すると勘定した上で上記40億人に足し合わせても年間50億人相当(20人分と勘定しても60億人相当)であり、さも「救世主」のように言われる高速バスであるが、いかんせん高速バス程度の売上や利益では、平場の路線バスの減少分を補う規模にはほど遠いのだ。シュリンクの主要因はモータリゼーションの進展である。それらはバスという「事業」を取り巻く環境変化であるが、一方で既存バス事業者という「企業」を取り巻く環境変化としては、いつも書いているように戦後日本固有の特殊条件(持続的な人口増加、土地の値上がり神話など)は崩れ去っており、実は既存事業者は、「事業環境」以上に「経営環境」において、難しい状況に置かれているのだ。もちろん、これらは全て外部環境の変化であり、少なくとも一義的には、経営者や従業員一人ひとりの努力不足が招いた事態ではない。バス以外の多くの日本企業が同じ問題に今ぶち当たっている。しかしだからといって、事業者の経営が行き詰れば、元も子もない。私自身は、高速バス分野に限ってなら、現場、販売双方での実務経験も知識もあるから、今後の高速バスがどうあるべきか信念を語ることはできる。一方で平場の路線については、理想の将来像を描くほどのバックグラウンドはない。ただ、一つだけヒントになると思うことがある。この国では従来、「事業者の経営の安定」と「公共交通ネットワーク維持」は相関関係にあるという前提で語られてきた。公共交通を守るために事業者の経営の安定を、という考え方だ。地域独占認可を与える代償として内部補助理論によるユニバーサルサービスを提供することを義務付けるスキームがうまく回っていたからだ。そしてそのスキームがうまく回っていたのは、この国全体が右肩上がりだったからだ。しかし今日、既にその制度も改正され、何よりもその形にこだわる限り、あらゆる意味で右肩下がりの現状において縮小均衡以外の結果が導き出されるとは思えない。結局、この二つをデカップリングして考えない限り、お互いの体を縛ったまま水底まで一緒に沈んでいくようなものだ。その二つをデカップリングした理想の制度については、繰り返すが明確な私見は未だない。が、今日の状況を打破するためにはそれしかない、という直感はある。それと、もう一つ。仮に理想的な新制度やビジネスモデルを構築できても、各事業者の経営者一人ひとりが、その制度やビジネスモデルのビジョン(理念)を腹の底まで落とし込むことが必要だということだ。<あの頃はよかった>とノスタルジーに浸るときの「あの頃」を、「規制が厳しかった(規制に守ってもらっていた)頃」と解釈する余地を残してはならない。そこでいう「あの頃」の定義は、ほかでもない、この国全体の経済がうまく回っていて、かつ、バスという輸送モードの存在感が今よりもっと大きかった頃、なのである。規制のあり方がどう変わろうと、本質的な意味での「あの頃」は、もう戻ってくることはない。表面的に目に見える事象から、その深層にある本質を探り出す力こそ、歴史を見る目を育ててもらうことで得た最大の強みだと感謝している。あとはそれを、どう言葉にして伝えていくか。その方法を、私は頭がちぎれるほど考え抜かねばならない。なにせ、なんとしてでも、私はこの業界を変え抜きたいのだから。
2011.01.27
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本日付の『日経産業新聞』に、『高速バス、年末年始“快走” 高級シートや女性専用車「安さ+快適」で人気』と非常に大きな囲み記事が掲載されている。私たちのサイトの送客実績が前年比31.7%増であったことをベースに、<大都市間が中心だった新興ツアーバス会社が、地方路線を拡充して需要を喚起している>という私のコメントと、同時に、高速路線バスの取扱も順調に増加していること、サイト全体の利用単価が対前年で+2.4%となり上級座席から売れる傾向が強まっていることをご紹介いただいている。それを受け記事の後半ではサプライヤー側の事例をいくつか紹介し、<各社は安さと快適性の両立にしのぎを削り、リピーターの獲得に一段と力を入れる構えだ>とまとめられている。会社としては文句なしの記事なのだが、後半部分で紹介されているサプライヤーの顔ぶれがウィラー・トラベル、平成エンタープライズ、オリオンツアーと全て高速ツアーバス企画実施会社である点は、個人的には微妙だし、ある種象徴的だという印象をも受ける。企業経営者向けの月刊誌『企業家ネットワーク』2月号の巻頭記事『【ビジネストレンド】急成長する高速ツアーバス市場』においても、急成長の背景を説明する私のコメントの後に紹介されるサプライヤーはウィラー、オリオン、平成の3社だ。後者の記事はそもそも「高速ツアーバス」がテーマだから仕方がないが、前者は「高速バス」の記事であり、ここに1社も高速路線バス事業者の名前が無いのは少し残念だ。特に前者は部数の多い媒体であり多くの路線バス事業者やその関係者が目を通しておられることだろう。その際の反応まで目に浮かぶようだ。<ツアーバスの連中はメディアを使うのがうまい。目立つのが得意>。私も「体の中には路線バス事業者の血が流れている」身。彼らが、主に運行に関する側面で高速ツアーバス各社よりも高い基準のもと、レベルの高い仕事をしていることや、そのことに強い自負を持っていることはよく承知している。しかし、高速ツアーバス各社(および、一部の高速路線バス事業者)が順調に数字を伸ばし、それがメディアに大きく採り上げられる裏側に存在する、販売(マーケティング)面での緻密な戦略や努力にあえて目を背け、<見せ方>に議論を矮小化する限り、高速路線バスに再成長のチャンスが訪れるはずもない。話は変わるが、早稲田大学ビジネススクール(大学院)で講演をさせていただく機会があった。学部を卒業するのに(バスターミナルのバイトを楽しみすぎて?)6年かかった落ちこぼれが、母校それも大学院の壇上で話しさせていただいたのだから大変光栄で、ご指名いただいた先生や紹介者ら多くの方々に心から感謝申し上げる。参加者は、社会の第一線で経験を積んだ後さらなる成長のためビジネススクールで学ぶ、または学んだ精鋭たちだ。胸を借りるつもりでお話しした。前半で高速ツアーバス業態成長の背景や戦略を説明した上で、後半では、それに対する既存の路線バス事業者の反応をベースに、戦後バス産業の歴史などを振返ってバス産業の今後のあり方について考えてみた。路線バス事業者の現在の苦境は、規制緩和による競争激化が原因の一つではある。が、歴史を俯瞰して見るなら、戦後のこの国の経済や社会のあり方(持続的な経済成長、人口増、間接金融、モノ言わぬ株主など)が限界を迎えつつあるという現実の方が実はインパクトが大きい、と。いや、戦後モデルの限界が規制緩和という政策を導いたのだから、バス産業が置かれている現状は、我が国の多くの産業が陥っている「日本病」に他ならない。「よかった頃」の思い出を引きずったまま自己変革を拒みずるずると逆回転を始めたこの国で、せめて自分の守備範囲(バス産業)だけは正の回転を始めるきっかけを作るのが私の役割だと。参加者にはエネルギー産業の方が何人かいらっしゃった(電力、ガス会社は、鉄道会社同様、幹部候補をこの種の教育機関に多く送り込む)。<「バス産業」という言葉をそのまま自らの産業に置き換えて聞いていました。変革が必要なのは私の業界も同じです>というご感想を頂戴し懇親会で盛り上がる中で、事業者の経営破たんの話になった。彼の<事業者の経営行き詰まりに対し、行政はどのような態度を取っているのか>というご質問に私は固まってしまった。バス事業者の経営行き詰まりを、運輸行政が放置しているわけではない。産業再生機構活用以外の私的再生スキームの場合も、全く知らんふりはしていないはずだ。しかしバスの場合、最終的には民間企業の話である。むしろ、あまりに強く行政が関与することには社会から非難を浴びるリスクさえあろう。だが、電力、ガスといったエネルギー産業の場合、警察や消防、水道ほどではないにせよ、市民がまっとうな生活を送る上で1時間でも欠かすわけにはいかないものだ。私も上記講演の中で、高速ツアーバスとの対立軸を明確にする意味もこめ路線バス事業を<公益性が大きいゆえ地域独占認可(だった)事業。電力やガスと同じ>とついつい強調していたわけだが、当の電力、ガス事業にたずさわる人たちが考える公益性は、より高いレベルだったということだ。考えて欲しい。仮に東京電力や東京ガスが経営破たんする、となれば、例えば東京都交通局や大手バス事業者の経営破たんのニュースが万に一つも流れた際の、何倍もの大騒動が巻き起こり、行政への非難は相当なものになろう。もちろん、平場の路線バスを「公益性がない」と言い切るつもりは一切ない。都市部でも地方部でも、十分に社会から必要とされているはずである。しかし、だからといって、公益性や安全性といった錦の御旗に逃げ込むことで結果として自己変革を拒むことが、バス産業の将来にとってプラスとは考えられない。そして今回の講演で多くの方々とお話できたことで、「自分で編んだ錦の御旗」に逃げ込んでいるのは、路線バス事業者だけでないこともよく理解できた。必要な自己変革を後回しにしているのは、農業、医療、教育、金融など多くの産業で共通なのだ。冒頭の日経産業新聞の記事を、既存の路線バス事業者が、<あいつらは目立つのが得意>ではなく、<なぜウチの会社はこの記事に登場できないのか>と考えながら読んだとき、必要な自己変革への大きな大きな最初の一歩になると信じている。
2011.01.11
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既存事業者のある経営者はこんなことをおっしゃる。<今は乗合バス事業の第二の危機だ>と。そして<第一の危機は自家用自動車管理業の「大新東」が急成長したとき。企業の通勤バスや過疎地の乗合バスの多くを大新東に取られてしまった。あの時、彼らに対する規制を強化するように(行政に対し)求めたのに、ずるずると来てしまった。そして今日、高速バスの分野でツアーバスが成長している。このままだと大新東の二の舞になる>。ご丁寧に<モータリゼーションの進展は大した問題ではない>とまで付け加えた上でだ。(高速バスによる平場の乗合バスへの内部補助の存在を前提に)<新参者に対する規制を強化すればさえ乗合バス事業は守ることができる>と本気で考えているのか甚だ不明だが、多くの既存事業者からは<規制緩和によって事業者は疲弊している>の繰り返しだ。ここで少し冷静に日本の乗合バス事業について振り返ってみたい。1975年ごろまで年間輸送人員100億人をキープしていた乗合バス輸送人員は、今日では42億人にまで減少している。これは輸送人員ベースだから、「人キロ」ベースではもっと大幅に減少していることだろう。ピーク期に比べ市場規模が4割にまで縮小しているのである。にもかかわらずおおむね同じ数の事業者が同じやり方で事業を続けている。他の業界に当てはめて考えれば、それがどんなに異常なことかすぐわかるだろう。もちろん、市場規模縮小は事業者の努力不足が主たる要因ではない。国全体での人口減少、わけても少子化による通学需要の減少、そしてモータリゼーションの進展がこの事態を生んでいる。さらに、本業の乗合バス事業以外の環境も強い逆風だ。土地の値上がり神話崩壊と、特に中心市街地の空洞化は、古くから所有する中心市街地の土地を活用(例:駅前にあった車庫を郊外に移転させ、跡地で貸ビルやホテル、スーパーなどを営む)するなど土地の含み益に頼って成長してきた事業者の経営そのものを脅かしている。長年、一心同体の関係を築いてきた地元の地域金融機関も、長期的に物事を考える余裕はなくなっている。保守系政治家との緊密な関係も、地域開発の規模が縮小しうまみは小さくなっている。一つ象徴的な例がある。多くのバス事業者は、航空会社から「地域総代理店」事業を請け負ってきた。「代理店」というと団体営業など航空券拡販という印象を持たれがちだが、空港での旅客カウンター(地方空港では航空会社の制服を着ていてもバス事業者の社員であるケースが多い)や貨物取扱、機内清掃業務など実はその範囲は極めて大きい。当初、本制度がバス事業者の地元での存在感を背景に航空会社の成長に大きく寄与したことは間違いないが、そのためもあって、かなり大きな利益をバス事業者にもたらしていたことも事実である。しかし、航空会社は海外勢との激しい競争にさらされ経営破たんさえ起こっている。航空会社は、既に、従来どおりの金額を従来どおりの委託先に払ってはいない。なぜこのケースが象徴的かというと、一つには、そもそも委託を受けることができた要因が「地元の名士企業」であったことであり、つまり「名士企業」であれば自動的においしい話が転がり込んでくる時代が終わったことを意味するからだ。もう一つは、非常にドメスティックな事業を営んでいるバス事業者も、実は間接的に海外(世界)と日本との激しい競争の影響を受けていることを明らかにしているからだ。上記経営者のように、乗合バス事業の今後のため「規制」を求める事業者は多い。それはすなわち<規制が自分たちの事業や経営を守ってくれるはず>という期待を意味する。しかし、いま既存事業者が置かれた厳しい環境は、規制強化などで守ることができるレベルではない。いや、既に4割にまで規模が縮小した市場である。従来のやり方や、その延長線上に位置する小手先の変化で乗り切れるはずが無い。私がいま高速ツアーバス事業の業界内でのプレゼンス向上にこだわるのは、たとえその手法をそのまま平場の乗合バスに展開できずとも、少なくとも<従来とは違うやり方をすればバスには再成長のチャンスがある>ことを証明し既存事業者の皆様にそれを腹に落としていただきたいからだ。<このままだと「第二の大新東」になる>というご指摘には、皮肉をこめて<はい。全くその通りでしょうね>とお答えするしかない。もし彼らの声を受け高速ツアーバス業態に厳しい規制がかかったら、既存事業者はそれに安堵して一心地(いや二心地も三心地も)つき自らの変革をおろそかにするだろう。もし逆に高速ツアーバスに関する規制がなんら変わらなかったら、ウィラー・トラベルや平成エンタープライズの成長を指をくわえて見ているだけだろう。「第二の大新東」という指摘は、皮肉な意味で的を得ている。大新東のビジネスモデルが問題になったとき、既存事業者は、なぜ新しいモデルが顧客(自治体、企業、乗客)の心をつかむのか、研究すべきだった。同じモデルに進出できないか、検討すべきだった。<固定費のレベルが違うから価格でかなわない>というなら、固定費の差が品質の差につながっていることを証明し、顧客に伝える手法を考えるべきであった。元日の夜に放送されたNHKスペシャル『2011 ニッポンの生きる道』の冒頭でゲストのノーベル賞受賞者、根岸博士はこうコメントなさていた。<経済の落ち込みやそれに伴う閉塞感が報道される様は、日本がそれに酔っているように見える>。過剰なモータリゼーションに対する政府の無策や規制緩和による競争激化を悪者にすることに「酔っている」とまでは言わないが、そう叫ぶことが何かの免罪符になっていないか。あの時、既存事業者が正しい対応をしていれば、この国の乗合バス事業には別の未来があったかも知れない。未だ既存事業者によって悪者視されることもある自家用自動車管理業というモデルが、今後この国のバス産業がおそらく目指すであろう「企画(経営、計画)と運行の分離」の萌芽とも思えるだけに余計に悔しい。そう、だからこそその意味で、「第二の大新東」にするわけには絶対にいかない。
2011.01.02
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