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既にご紹介したように、「高速バス・マネジメント・フォーラム2013」の様子は、『日刊自動車新聞』『東京交通新聞』『観光経済新聞』でご紹介いただきましたが、合わせて11月21日付『旬刊旅行新聞』でも大きく取り上げていただきました。たまたまバスのネタが重なったらしく、アルピコ、京王、ウィラー、三八五といったバス事業者さんのニュースと並んで掲載。各専門紙の書きぶりは様々ですが、同紙はいつも、私の「思い」を強く表現してくださるので感謝。今回も、開会挨拶の趣旨を的確にご紹介いただきました。話は変わりますが、来週12月7日(土)18:30~のテレビ東京『土曜スペシャル』は、「鹿児島〜青森2000キロ 高速バス限定!列島縦断の旅」です。当社では、企画の当初段階(実は関越道事故前の昨年冬)からお手伝いをさせていただきました。「寝ずの全国縦断ロケ」となったスタッフのみなさんお疲れ様です(むしろ今ごろは編集作業で「寝ず」状態かもしれませんが)。またロケにご協力いただいた各バス事業者のみなさまにも感謝です。大鶴義丹さん、ダンディ坂野さんたち三人組が、「乗っていいのは高速バスのみ」「6日間以内に20地点以上を回る」というミッションに苦しみます。ダンディさんが、いくつ「(バスを)ゲッツ!」を連発できるか? そして6日間というデッドラインまでに無事に青森までたどり着けるか? 楽しみです。『土曜スペシャル』は、企画性の高い旅番組の枠なのですが、太川陽介さん、蛭子能収さんの「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」という大ヒット企画が既にあります。「高速バス限定!」も、果たして、この大先輩企画のようにシリーズ化できるか? 「6日間に20地点」以上に過酷なミッションかもしれませんが、楽しみです。地上波では放送地区が限定(首都圏、岐阜、滋賀、奈良、和歌山。北海道と愛知は後日放送)されていますが、1月にはBSでの全国放送も予定されているので、その際にはあらためてご報告します。
2013.11.30
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前回、旅行形態が変化していて、高速バスには追い風と書いた。旅行に行くこと自体が目的となり得た時代には、貸切バスに乗り合わせ、なるだけ多くの観光地(ガイドブックに載っているスポットのこと)を回ることに価値があった。だが、人々が豊かに、そして社会が便利になり、遠くに行くこと自体の価値は低下した。一方で消費者が手にする情報量は圧倒的に増加したから、「有名な」スポットに行くだけでは満足しなくなった。旅行形態は「個人化」が進み、通過型から「滞在型」へ、さらには日常生活の中では出会えない「体験」を求めるようになった。従来は、近場であれば出発地から貸切バスで、遠方への旅行であれば航空や鉄道で現地まで赴きそこで貸切バスに乗り換えて、添乗員やガイドが案内するフルパッケージ型の旅行が中心であったが、これからは個人によって旅行の目的も異なり、もとより興味の対象もバラバラである以上、個人単位で好みの旅行を組み立てるはずだ、というここまでの話は、繰り返すが、何も私が主張していることではなく観光業の世界では半ば常識となっている。そこで登場するキーワードが「着地型旅行(着地型ツアー)」である、と言われる。従来の、「発地」つまり市場(おおむね東京や大阪)側の担当者が、先輩から引き継いだアンチョコ片手に企画する通り一遍のツアーではなく、「着地」つまり目的地側に住む地元の旅行会社や宿泊施設、観光協会といった人達が、「地元の人しか知らない」観光素材を掘り起こす。歴史好きを対象に郷土史家による案内で寺社を巡るツアーとか、都会では経験できない気象条件(地吹雪や樹氷、満天の星など)体験とか、親戚のウチに泊まる感覚で農家に宿泊する「民泊」とか、当然のことながら内容は多岐にわたる。特定の発地から「ワンバス(貸切バス1台分。つまり約40人)」を仕立てるには細分化され過ぎているが、各地(地元も、逆に海外も含む)からそれぞれの交通手段で集まって来る観光客を分母にすれば、そのような細分化されたツアーも十分に成り立つだろう。いいではないか、と、おそらく誰もが感じるはずだ。もちろん世の中には旅行嫌いもいれば、昔ながらの「旗持ち」バスツアーが好みという方もいるが、それでも、「団体から個人へ」「通過から滞在へ」「物見遊山から体験へ」という流れと、その結果としての着地型旅行の隆盛は、直感的にも論理的にも、世の中の流れとして否定する人はおそらくいないだろう。現に、私がホテル勤務だった頃から、観光系のセミナー等に「着地型」というキーワードが登場しなかったことはないと言っていいくらいだ。しかし、である。逆に言えば、業界内ではもう10年も、<これからは着地型の時代だ>と言われ続けているのに、一般消費者の間で着地型旅行が定着しているとは思えない。いったい、なぜ、着地型旅行は定着しないのか?この問いは、実は高速バスが簡単には「第三の市場」を開拓できない理由を考える上でも非常に重要である。最大の課題は「流通」だ。かつて、旅行に行くとなれば、消費者はまず近くの旅行会社(かつては「旅行代理店」と呼ばれていた)を訪れた。店頭に並ぶパンフレットを手に取り、電車の中や自宅で広げて旅の気分を盛り上げる。目的地が決まれば、また旅行会社に出向き、相談する。ここでは、おおむね「発地型」のフルパッケージ商品が比較検討される。その旅行会社で販売されているフルパッケージ商品は、例外を除き、旅行会社の基幹システムに登録されている。スタッフは、パンフレットの隅に小さなフォントで書いてある番号(コースコード)を確認しシステム操作すれば、さほどの手間をかけることなく予約を受け付けることができる。「発地」つまり大都市部の旅行会社で販売されることとは、単に受託販売契約という書面上の話ではなく、商品がパンフレットに掲載され、基幹システムに登録されるということなのだ。それも、原則として「在庫」の登録がなされる必要がある。つまり、その旅行に必要な交通機関や宿泊施設の座席や客室が既にブロックで押さえてあり、カウンターのスタッフがいちいち電話等で空席、空室を確認する手間は不要だ、ということだ。そもそも、パンフレットは企画実施会社(商品造成主体)が制作するものだ。旅行業界は、「ハワイ」とか「登山」とかそれぞれ得意分野の商品造成を行なうホールセラーと、一等地に店舗を構え、数多くのホールセラーの商品を取り揃えて販売手数料で食べているリテーラーに分かれるが(メーカーと小売店の関係。もちろん、造成から販売まで一貫して手がける「総合大手」もある)、出発から帰着まで旅行を丸抱えする「発地」のホールセラーだからこそ、フルカラーのパンフレットを制作するコストを負担できる。またリテーラーは、簡単なオペレーションで予約まで完了するからこそ、販売手数料程度の「取り分」でもなんとか食っていける。だが、往復の交通、現地での宿泊さらには「着地型」と、それぞれ個別に手配していたのでは作業があまりに煩雑で到底儲からない。もちろん、旅行者の希望通りに交通や宿を個別に手配していく「手配旅行」という形態もあるが、その場合は単価も高いうえに取扱手数料を別途請求する。こだわりの旅行者でなければ喜ばれるやり方ではない。いわゆる(今日風の)着地型旅行が、発地型パッケージの現地での「オプショナルツアー」としてパンフレットに掲載されている例も見かけるようになった(なお旅行業界の古い用語で「着地型」とはオプショナルツアー全体を指していた)。しかし、パンフレットの制作にはコストがかかり、掲載スペースには限界がある。「地元の人しか知りえない」レアさを売り物にする着地型旅行の魅力が、パンフレットの隅の方にようやく確保できたわずかな記載で伝わるはずがないし、「細分化されたニーズに対応する」多様さを売り物にする着地型旅行をふんだんに並べるスペースがあるはずがない。ただ、それらも全ては「ウェブ化」が解決してくれるはずだと、着地型旅行や、旅行や宿泊のウェブマーケティングに携わった者は皆、そう考えた。私自身も、間違いなく、ウェブ化の進展が着地型旅行の普及を後押しするだろう、と踏んだ。しかし、実態は先述の通りだ。次回は、着地型旅行がウェブという後ろ盾を得てなお未だ乗り越えられない壁ついて考えてみたい。
2013.11.30
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自分の話で恐縮だが、「高速バス・マネジメント・フォーラム」が終わった後の週末には、毎年、北海道に一人で出かける。実は、私はすごい人間嫌いで強い孤独癖があるため(人生観も極めてネガティブだし。ただ今のところ、お取引先その他周囲からは、逆に社交的で活動的な印象を持ってもらっているようでほっとしているが)、ふだん一人で生活し一人で仕事しているにもかかわらず、もっと一人になりたくて旅行を組む。目的地が北海道であることには、そんなに深い意味はない。ただ、飛行機でしか(事実上)行けない、という立地は、しかし、(海外に向かうほどのコストや時間をかけずとも)それなりに日常との断絶感に寄与している気もする。出張の際には煩わしさしか感じない搭乗までの段取りも、旅だと思えば、自らを日常と切り離してくれる儀式のように思える。ざわついた東京駅から新幹線に乗車する際はこのような儀式がなく、物足りない。あと私の場合、気に入っている宿泊施設があることは目的地の重要な要素だ。洗練されていて、それでも居心地がいい宿泊施設というのはそんなに多くない。滞在自体が目的だから、いわゆる観光地には立ち寄らない。「ガーデンシティ」と呼ばれる帯広の街が気に入っていて、市内を歩いたりする程度。帯広には、有名なバーテンダーさんがいるバーもいくつか。そうやって何もしないでいると、心の中がほぐれてくる。就寝中に見る夢はふだんは仕事の話ばかりだが、だんだんと高校時代の友人や子供の頃に住んでいた家が登場するようになれば、自分が日常から解放されたことを実感する。もっとも、その頃にはもう東京へ戻る日が近づいているのだが。長々と私の旅の「絵」をご紹介したのは、旅行者によってその絵は多様化しているはず、との思いからだ。子供のいる家族なら「雪かき」や「キャベツ刈り」体験はかけがえのない思い出になるだろう。ダイビングなどアウトドアスポーツが目的の方もいれば、地元の歴史に詳しい先生が寺社を案内してくれるなら日程調整してでも出かけるという人もいるだろう。かつて観光といえば、知らぬ土地に出向き、風光明媚な景勝地をまわればそれが十分な価値を持った。目的そのものが「見知らぬ土地」に出向くことなのだから、消費者自身が現地の情報を得て自ら商品(旅程)を作ることは困難であった。また、受け入れる側の宿泊・観光施設にとっても、物理的に遠く離れた所に住む消費者を対象とする以上、(巨大な首都圏市場を抱え自身も巨大な「伊東に行くならハトヤ」のような例外は別として)自ら直接プロモーションを行なうことは困難であり、その結果、旅行会社の存在感が大きくなった。彼らは、消費者が多く住む市場(大雑把に言えば大都市)に立地しながら、旅行のプロとして全国全世界の観光地の情報を持っており、それらを組み合わせて旅行商品を造成し販売した。それらの旅行商品は、おおむね市場側(つまり「発地」)で参加者が集合し、鉄道、航空や貸切バスなどで移動してまた発地に戻ってくる形をとった。商品を企画するのは発地側に住む企画担当者である。ただ、もちろん彼らはプロではあるが、限界もある。全ての宿泊施設や観光地について自ら深い知識を持つわけではない。先輩から受け継いだ「アンチョコ」を頼る部分は少なくない。ましてや、カウンター(店舗)で消費者に対し販売を行なう担当者は、パンフレットや基幹システムに記載されている以上の情報は持ち得ない。一方、消費者の側は大きく変化している。先日のフォーラムで、<1960年代、某事業者では高原のスケートリンクに向かう会員制バス「スケートバス」が一晩で50台口も出たらしい>とお話をさせていただいたが、おそらく当時はスケートくらいしかレジャーが存在しなかったのだろう。首都圏から北東北などへの「帰省上京バス」が年末年始などに限定され通年運行されなかったのは、高速道路が未整備だったという環境とともに、そもそも休日数が限定され可処分所得も少なく、そう頻繁に実家に帰ることができなかったのだろう(故郷の津軽平野を懐かしむ当時の演歌を聞いて、<じゃあ今度の週末ちょっと帰省して両親の顔を見てくればいいじゃん>と感じるのは、そのあたりの環境が大きく異なるからだろう)。だが今日では(歴史を振り返ると高度成長から安定成長に移行した80年代からのようだが)、人々は豊かになり、同時に我が国の社会は様々な点で急激に便利になり、「知らぬ土地に行く」こと自体のバリューは急速に低下した。さらに、消費者が手にすることのできる情報量は急激に増加した(A5判ガイドブックからムック版の『るるぶ』『まっぷる』へ、さらにウェブへの変化を見るだけでも実感できる)。知らぬ土地に行き、ガイドブックやテレビで何度も見た名所旧跡を訪れること自体を、今では、消費者は「光を観た」とは感じない。だからこそ、従来の「通過型」「周遊型」の団体旅行から、「滞在型」「体験型」個人旅行へと旅行の形態がシフトしていく・・・いや、なんのことはない、従来なら鉄道や貸切バスを使うツアーに参加していた旅行者が自家用車で移動するようになっており既にシフトは進んでいるのだ(旅行会社視点ではその全貌が見えないだけだ)・・・だからこそ、「発地」の企画担当者がアンチョコ片手に組む通り一遍のツアーから、「着地」の地元の人しか知らない素材を観光商品としてもっと売っていかないと我が国の観光業に明日はないんだ!という話は、何も私が書かずとも、観光業の世界ではずっと前からよく知られた説である。前回書いたように、「既存組」高速乗合バス事業者には、これまで綿々と築き上げてきた地方と大都市を結ぶ市場(第一の市場)において、後発参入を少しでも防ぐべく、現有顧客基盤のなかで収益性を高め、そこで得た新たな収益を、多様なニーズにきめ細かく対応するために再投資する「筋肉質な」高速バス作りが求められていると同時に、まだ誰も掘り当てられていない新しいマーケットである大都市や海外からの観光客(第三の市場)をどう高速バスに誘導するか、真剣に取り組みことが求められている。そして上に挙げたような旅行形態の個人シフトが、高速バス事業にとって追い風となることは間違いない。第一の市場の戦い方については(まだ完全にはご理解いただけていないとは思うが)何度もご説明してきた。ここからしばらく本ブログでは、第三の市場の歩き方、いや厳密に言えばその「歩き方」はまだ誰も見つけられていないわけだから、その市場のまだぼんやりした輪郭線を、次回以降、ご紹介していく。
2013.11.20
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11日(月)に開催した「高速バス・マネジメント・フォーラム2013」では、冒頭でWILLERの村瀬社長から、<高速バスに次なるイノベーションを起こしたい>というお話があり(それにしても各掲載記事を読むとどうしても村瀬さん色が強いなあ。アイツら、またツルンで何かコトを起こそうと企んでるんじゃないか?と思われていないか心配)、それを請け私からは、<高速バスには3つの市場がある>という言葉を皆様にお伝えさせていただいた。「第一の市場」は、1980年代後半以降、共同運行クローズドドア制の下、「地元の名士」である地方部の既存乗合バス事業者がコツコツ開拓した「地方→大都市往復」の流動だ。何度も書いたように、地方部では東京や大阪への出張で高速バスを使う人も少なくないし、東京の有名店に買い物に行くとか知人の婚礼に参列するとか、とにかく多様な移動が該当する。大都市で一人暮らしをしている学生が実家に帰省するというような流動も、データ上は「大都市→地方往復」となるものの、本質的には地方の既存事業者が掘り起こしたマーケットでここに含まれる。「第二の市場」は、ここ数年で高速ツアーバス各社がウェブという新しいツールを使って一気に掘り起こした、大都市間路線である。「第一の市場」が、長距離夜行路線もあるものの路線長200キロ以下の高頻度昼行路線のボリュームが大きく老若男女が利用するのに対し、首都圏~京阪神、名古屋、仙台という路線はいずれも路線長300キロ以上、乗車時間が5時間を超え夜行便が中心であり、ウェブの特性もあいまって若年層の比率が大きい。だがこの市場はサチる(飽和する)ことが見えている。7年前、私が楽天に転職し高速ツアーバスを育てる役割を背負った時、大都市間路線は明らかにブルーオーシャン(競合の少ない未開拓市場)だった。私たちはまずは首都圏~京阪神、ついで名古屋、仙台に徹底してリソースを集中させ、高速ツアーバスはこの三路線において市場を新たに掘り起こしつつ自らも成長した。ただ、それはあくまで潜在的な需要に答えただけで、新たに作り出したわけではない。いつかは掘り起こし尽くす。さらに忘れてはならないのは、この市場が成長する過程で、旧・高速ツアーバス各社どうしは激しい競争を戦ってきたという事実である。彼らの中で高い戦略性を持っていたのはせいぜい2~3社だが、他の会社も生き残るために必死で考え抜いた。もう「ちょっとした工夫」程度では、この市場が新たに成長する余地はない。今やレッドオーシャン化しつつあるこの市場に、既存事業者が無理に出ていく必要はない(もともと大都市間路線で生きていたJR系など一部事業者には申し訳ないが)。だが、この市場が完全にサチった時、これまで無風に近かった、地方向けの、特に高頻度昼行路線で新たな競争が始まるだろう。7年前の私にとって大都市間路線がそう見えたのに比べると「海の青さ」は劣るが(現に7年前には「青くない海」と判断したのだ)、旧・高速ツアーバス各社が激しいつばぜり合いを続けてきて、これ以上絞りようもないほどリーンな大都市間路線と比べると、バスどうしの競争がほとんどなかった地方向け路線においては、既存事業者の脇の甘さは否定できない。したがって、ここまで地方向けの、それも高頻度昼行路線中心に事業を行なってきた既存事業者にとって採るべき戦略は二つ。自分たちが30年かけて作り上げてきた「第一の市場」において、誰かが入り込む隙を徹底して潰しておくことである。従来は「鉄道か高速バスか」という二者択一の中で、まるで「『非自民』票を集める社会党」(例えが古いなあ)のように非鉄道マーケットを包含する中庸な立ち位置が重要であったが、今後、別の選択肢が登場した際に、<不満ではない(苦情を言ったり、乗車するのをやめたりするわけではない)が、不満足(すごく気に入っているわけではない)>という顧客から順に離反されてしまう。だからこそ、より踏み込んできめ細かく、多様なニーズに寄り添う必要がある。しかしそのためにはコストが必要だから、まずこの「第一の市場」の現有顧客基盤の中で収益性を向上させ、そこで得た新たな収益を商品性の向上やプロモーションに再投資する「筋肉質な高速バス事業」の確立が望まれる。それと並行して、次なる「青い海」探しを忘れてはならない。ここまで述べてきたように、「第一の市場」が「地方→(右矢印)大都市」であり、「第二」が「大都市↔(両矢印)大都市」であるならば、残る市場が「大都市→(右矢印)地方」であることは子供にでもわかる話。とはいえ、この「第三の市場」は手ごわい相手だ。思えば、80年代半ばに「第一の市場」が生まれた背景は、『日本列島改造論』から10年経って高速道路ネットワークがほぼ完成し、バブルに向け人の移動が活発になり都市間移動に対するニーズが急激に高まったことだ。これに、旧・国鉄の末期症状が加わり高速バスは地方部で一躍脚光を浴びた。大都市では認知が遅れた高速バスだが、00年代半ばには、道路運送法改正(乗合バスの需給調整規制撤廃)に端を発した高速ツアーバス容認と、ウェブという新たな集客ツールの登場により、大都市どうしを結ぶ路線でようやく日の目を見た。これまでは、もちろん個別の事業者の努力はあったにせよ、外的な変化が高速バスにスポットライトを当ててくれた。それに対しこの「第三の市場」は、われわれ高速バス業界が主体的、能動的に需要創出を目指していく、初めてのマーケットということになる。フォーラムでお話したように、この市場での「勝ちパターン」は、私自身も含めまだ誰も見つけられていない。その鍵は、ウェブ上での最新の集客・予約技術か、それとも旅行マーケットを握っている既存旅行会社との戦略的な提携か、あるいはメディアの活用か。いま想像できることは、一人で、あるいは一社で答えを見つけることは困難だということだ。業界内の、そして隣接業界との協業は欠かせないだろう。間違っても私自身がこの波に乗り遅れることがないよう、「第三の市場」の歩き方を徹底的に探り続けてみたい。この「第三の市場」を取り込むスベ(それがサイトの集客力なのか、予約エンジンの技術なのか、同業種・異業種コラボレーションの中核となることなのか、さえわからないが)を見つけた者(それがバス事業者自身なのか、旅行会社なのか、サイト運営者なのか、さえわからないが)にこそ、我が国の高速バス事業の「次の歴史」を書く権利が与えられるはずである。
2013.11.18
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先週11日(月)に開催した「高速バス・マネジメント・フォーラム2013」について、『日刊自動車新聞(15日付)』『観光経済新聞(17日付)』『東京交通新聞(18日付)』でご紹介いただきました。皆様に感謝。 特に『日刊自動車新聞』は、ちょうど大型連載「高速バス新時代」(ちなみに連載名は本ブログと同じですね。前回11月1日付は海部観光でした)がまとめに入る時期なので非常に大きく、写真も5点入りで掲載いただきました。また『観光経済新聞』は同社のウェブサイトでも記事をアップしてくださっています。それにしても、順番に「自動車メーカーや関連メーカー、販社中心」「旅行会社やホテル旅館中心」「タクシー事業者中心」と、それぞれ読者となる業界が異なる三紙にご紹介いただくというのは、バス事業者が共通に読む媒体がないという不幸を表わしていると同時に、業界のカラに閉じこもらず隣接業界と協力し合って成長していくというこれからのバス業界の立ち位置を示している・・・のかな
2013.11.18
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昨日11月11日(月)、「高速バス・マネジメント・フォーラム2013」を、東京・新宿エルタワー「サンスカイルーム」で開催し、全国から高速乗合バス事業者(既存組)を中心に、昨年をわずかに上回る154人の皆様をお迎えいたしました。動画映像がうまく表示されないなど進行上の不手際がありましたが、講師の先生方のご講演はいずれも説得力があり、皆様にはなんとかご満足いただけたのではないかと考えております。ご参加いただきました皆様、また講師の先生方、ご協賛いただいた日野自動車の皆様に心からお礼を申し上げます。また、ふだんは一人でやっている会社ゆえフォーラムには欠かせない、ボランティアのスタッフの皆さんにも感謝です。今回、私が少し慣れている分、気が緩んでいたのか準備や情報共有が不十分な点もありましたが、先回りして動いてくれて無事に終了することができました。フォーラム当日は、ホスト(兼)講師(兼)ディレクター(兼)現場監督という、重圧がまとめてやってくる役回りなのですが、スタッフの皆さんのサポートと、懇親会での参加者の皆様の笑顔、それと二次会(そして三次会)での楽しい時間のおかげで乗り切ることができました。本日、日野自動車「お客様テクニカルセンター」見学会を行なっていて、これから午後の部に同行いたします。最後まで気を抜かず、お客様をお見送りしようと思います。来年も、できれば同時期に同様のセミナーを開催しようと考えています。今年は「原則として既存組を対象」として開催しましたが、さて来年は「移行組」の皆様にもご案内を差し上げるかどうか。どんな先生にお願いするか。会場アンケートのご回答など拝見しつつ、ゆっくり考えたいと思います。ありがとうございました。
2013.11.12
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