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今日はプロイスラー『クラバート』(偕成社)を読み返しました。(児童書名は、赤で行きたいと思います。)これで3回目くらいだけど、やっぱり面白かった。ワタシは『ハリーポッター』より好きだな。(ワタシはあまりハリポタを評価していないので点が辛い。詳しくはこちら) 最近ドイツのファンタジーがふるわないですね。ワタシが単に児童書を読まなくなったせいかもしれないけど。あのミヒャエル・エンデのブームはどこへ行ってしまったんでしょう?今はイギリスのファンタジー全盛ですね。ワタシだって「指輪物語」も「ナルニア国物語」も好きだけどさ。 それでこの『クラバート』なんだけど、1971年の発表だそうで、それじゃあ今どきの人々には受けないかもなー、と少し不安を抱いたりするのですが。まあ、ワタシが面白いと思ったんだから、そのまま書いていってしまおう、ということで。 あらすじ書くの苦手なので、扉の言葉をそのまま引用します。「少年クラバートは、荒れ地の水車場の見習になり、親方から魔法をならう。ところが三年後、自由とひとりの少女の愛を勝ち得るため、生死をかけて親方と対決する日がやってくる。」ということです。 うーん「はりぽた」ほど派手な話ではい。魔法も結構地味だしね。でも、結局魔法を使って、親方に気に入られて楽々と生きるよりも、魔法を失っても自分らしく生きようとするクラバートの方が、親や周りから与えられたものにだけぬくぬくとくるまって生きているハリーよりも、主人公としては魅力的。 他の11人の徒弟仲間も、なかなか良い味があります。何もわからない新人のクラバートを助けてくれるトンダ。頭の悪いふりをして親方を欺きながら、実は誰よりも魔法が使えて状況も冷静に判断している、ユーロ。みんなに好かれるローボシュ。お決まりといえばお決まりな、黄金律的なキャラクターの配置ですが。 でも、それに対して女の子は全然ダメ。クラバートを愛して親方のもとから救ってくれる娘には名前すらない…。えー、なんでー!これじゃぁ、まるで道具だよ。娘がなんでクラバートの事を好きになったのかも全然理解できないし。だって、クラバートが彼女の歌を聴いて好きになっただけなんだよ?わかんないや。ここらへんに古さを感じるね。 何はともあれ、最後に魔法を捨てるというのが気に入った。本当に大切なものは自分で手に入れるしかないってことだよね。生まれつきの魔法でヒーローになれるなら、生まれつき何も持たない人間はどうしようもないってことになるじゃない? まぁ児童書にも結構面白い話もあるんだと、ということで。癒しだけじゃなくてね。ブームで売れてる以外にも、昔からファンタジーの面白い本はあるんだぜ、と。(いやいや、この本だってすごく有名な名作だけどさ) みんながそろって、同じ本ばっかりよんでるのって、面白くないじゃん。それで、みんなが口をそろえて「面白い」って言うのもねぇ、価値観は多様なんだから。最近そういう「みんな一緒」みたいな傾向が気持ち悪いと思うのです。(それで、『海辺のカフカ』も楽しみなんだけど、ブームになりそうで、それに流されるのは不本意なので迷ってる。) わたしだって、ベストセラーとか流行りモノの本ばっかり読んでるけど、少しは自分の目でいい本を見つけたいと日々思っています。でも本を探すのがへたくそなので、なかなか「お主やるな」みたいな読書の通人にはなれない。所詮、俗人さ。でもその俗人根性を恥じつつ生きてるわけです。読書日記つけてたら、だれか通の人が「こういう本もあるんだよ」と教えてくれる機会もあるかなーと思って、こういうことを始めたわけですが。あー、教えて貰おうとか思ってる時点でもうダメ? まぁ、なんだかんだ言っても軽い気持ちで書いてるモノなんで、これからもどうぞよろしく。500HITだって!信じられないわ。
2002年08月31日
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今日、読んだ本は磯田和一『書斎曼陀羅』(東京創元社)です。 ※あっ今日から本のタイトルに色を付けることにしました。マンガは青、本(マンガも本だけど)は緑ということで。 これは講談社の「IN★POCKET」に連載されていたもので、いろいろな作家さんたちの書斎をのぞいて主にイラストで紹介するという本です。うんうん、作家の書斎って覗いてみたいよねー。書斎の間取りとか、おいてある雑多なモノたちも紹介されていて、結構おもしろかった。「本と戦う人々」ってちょっと、いまいちなタイトルですが。 これがほんとにまあ、どの人も凄いたくさん本を持ってるんだ。家中本であふれている。よく床が抜けないものです。 中でも、すごいのは京極夏彦の書斎。…書斎っていうか、基地だろうこれは。ちいさーい本棚の本さえ読み終わらないで持て余しているワタシとしては、もう感心するしかありません。1万冊とか2万冊とかあるんだって。へたな図書館より多いんじゃない? ほんとにいろんな書斎があって、こういうルポものとしてはなかなか目の付け所が面白いと思います。 でもなー、この磯田さんの文章、ワタシは苦手です。ひらいたかこさんとの共著『マザーグースころんだ』は、とても好きなんです。ひらいさんのマザーグースへの愛があるし、彼女のイラストがかわいかった。そのせいか、よんでても「イヤな文章だなーとかおもわなかったんだけどな。 でもこの本では、少しこすっからいというのか(適切な日本語がうかばない…)イヤな感じの文章で、げんなりしちゃうんですよね。 たとえば、明石散人の書斎の回。(相手が辛辣な明石散人だというので)「ここで怖じ気づいては、連載も(中略)終わりになるだろうし、食い扶持減らしてなるものかとばかり、意を決して臨んだ」とか書いちゃうんだよねー。食い扶持…なんかがっかりしちゃうんだよなー。そう、この人のルポは「仕事!」というのが文章の前面にでてるんだよね。(そりゃ、妹尾河童の「覗いた」シリーズと比べちゃいけないのかもしれないけどさ。河童さんの好奇心って、すごいよねー。)前述の『マザーグース…』でも「ガキの本でくってるやつら」とかいう言葉がでてくる。いやなことばで少し不愉快。 もう一つの問題点は、変に敬語をつかうこと。文章中「氏は」「作家は」「~されている」が多用されていて、なんか鬱陶しい。確かに取材した相手に対する礼もあるとは思うけど、その前に読者の読みやすさとか考えて欲しいなぁ。 ということで、欠点もあるんだけど、そんなのを吹き飛ばして書斎が面白いのでよしとしよう、そんな感じの本です。結局ルポは素材だぜ。でも、トータルでは、★★★☆☆というところかな。
2002年08月30日
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ここんとこ続いてる修道士シリーズ第3弾!!青池保子『修道士ファルコ』です。マンガね。 今度は14世紀後半のドイツ(第一話はスペインだけど)のシトー派リリエンタール修道院。修道士はみんなトンスラつるつるの時代です。主人公ファルコはドイツ系のスペイン人。元騎士のいい男(青池さんのマンガだから…美男子ばっかりなのよ)しかも、彼はトンスラじゃない!頭におぞましいあざがあるばっかりに、トンスラを禁じられているという、ナイスな設定になっています。 そのファルコともう一人の美男子オド(こっちは、つるつる)を中心に修道院を巡る事件や陰謀を解決していくという、なかなか痛快な物語であります。ちょっといっちゃてる老ヤコボとか自信過剰の自称「芸術家」の写字生アルヌルフといった脇役も個性的。 ワタシ的には、リリエンタールの守護聖人 聖女サウラの聖遺物が盗まれるという事件が面白いと思う。聖遺物といっても、指のさきっぽの小さい骨なんだけど、これが奇跡をもたらしてくれるとリリエンタールには巡礼が耐えない。それをうらやんだ近所の貧乏修道院が、この聖遺物を盗んじゃう。これを取り返したファルコとオドなんだけど、盗賊に襲われ、やむを得ずファルコは口の中に聖女サウラの骨を隠すんだけど…飲み込んじゃうんですねー。さてどうしよう?これ以上ネタばらしするのもなんなので。白泉社のJETSコミックスですので。 ところで、毎回気持ちの顔なんですが、うまく当てはまるのが無いときは適当です。掲示板の時は、すっかり選ぶの忘れたりしているので、あまり気にしないで下さい。 リンクづくりで力つきたので、もう寝るナリ。
2002年08月29日
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村上春樹『約束された場所で』を読み始めてしまったら、自分の中がすっかり「春樹モード」になってしまいました ということで今日は、予告と違うけど村上春樹『雨天炎天』です。 私は村上春樹の紀行文が好きで、その中でも『雨天炎天』の「ギリシャ編」が一番好き。まず旅行先が面白い。ギリシャのアトス半島は、船でしか行けない女人禁制のギリシャ正教の聖地である。やってくるのは、熱心な巡礼や修道士。そんなアトスで、ひたすらに修道院を回っていく旅。いろんな修道院があるし、いろんな修道士がいる。いろんな人がでてくる、というのもこの作品が好きな理由だと思う。人物を描いているときの春樹さんの文章が好きだ。 彼らの旅は、フェリーに乗り遅れ、他の船にお金を払ってアトスに乗せていってもらうことから始まる。リアルワールドの象徴、お金の力で聖地へ入る。アトスでは、半島に入るときにオフィスに納めるお金以外、修道院で接待を受けるのも、宿泊するのも無料である。アトスでは信仰の方が大切なのだ、たぶん。そして、彼らはアトスから脱出するにも船をチャーターし、またしてもお金の力を使う(それはそれで、やむを得ない理由があるんだろうけど。)なんか、この対比があまりにもはっきりしすぎていて、だから余計にアトスが、現実離れした聖地に思えてしまう。私の想像を絶した世界、だから面白い。 ところで、猫好きの春樹さん。「ギリシャ編」にも「トルコ編」にも猫はでてくる。かわいいのは、アトスの猫。カフソカリヴィアのスキテに泊まった時のこと。夕食は、黴のはえたパンの酸っぱい豆スープというひどい食事である。(この時の三人のやりとりもいい。) ところが、どこからともなくでてきた猫が、この黴パンと豆スープを美味しそうに食べているのである。《猫は知らないのだ。山をいくつか越えると、そこにはキャット・フードなるものが存在し、(中略)そして黴パンなんてものは断じて猫の食べるべきものではないのだということを。(中略)きっと猫は「おいしいなぁ、今日も黴パンが食べられて幸せだなあ。生きててよかったなあ。」と思いながら、黴パンを食べているのだ。》(本文より) 私はこの人のこういう文章が大好きです。 ということで『約束された場所で』の感想は、また後日。書けそうなら書きます。明日も修道院つながり(そう、今回も実は修道院つながりだったのだ!)で、昨日予告分行きます。青池保子さんの『修道士ファルコ』。
2002年08月28日
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私のお気に入りのミステリーといえば、エリス・ピーターズ「修道士カドフェル」シリーズ。社会思想社の現代教養文庫という少々マイナーな(私が知らないだけか?例によって!)本で、全部で20冊(それぞれ読み切り)あります。外伝が一冊(かな?)。 昨日登場の紫堂恭子さんの本のあとがきで紹介されていて、(それを見てこのシリーズを読んだ友人に面白いと勧められて)読みました。 時代は12世紀前半。スティーブン王とモード女帝の内乱に混乱する時代。(といっても、歴史は苦手なので、わたしはどんな事件だったのか全然わからない。) 英国のシュルーズベリのベネディクト修道院が主な舞台。主人公は、ウェールズの出で、若い頃は十字軍にも参加した強者、今は薬草園でハーブなどを育て、さまざまな薬を作り出す、心穏やかな修道士カドフェル。彼が探偵となって、シュルーズベリにおこる殺人事件を解決していきます。割と心の正しい若者を救うために、カドフェルが活躍する、というパターンが多い気がする。人間味あふれる心優しい探偵です。 この本は謎解きもさることながら、今まで知らなかった修道院の生活や、カドフェルのつくるさまざまなハーブや薬、田園風景といったものの描写が素晴らしいのです。カドフェルの薬草園なんて、なんかハーブの香りが漂ってきそう。イギリスは、さすがガーデニングの国だけあって、庭とか植物の描写が美しい。キリスト教徒ではないので、単純な好奇心として修道院の生活は興味深いです。 私は第一作目の『聖女の遺骨求む』が単体としては一番面白いと思うんだけど、シリーズとしての面白さは断然2冊目以降です。カドフェルとその友人や、ほかの修道士が本領発揮といったところ。正直あまり奇をてらった謎とかはないのですが、心温まるミステリーだと思います。かなりおすすめ。 この「修道士カドフェル」シリーズ、英国ではかなりメジャーらしくて(日本でもメジャーですか?)、BBCでテレビドラマ化されたそうです。ビデオもでてる。(ハヤカワ文庫のチラシで見かけた気がする。でもTUTAYAにはない…)。あと、シュルーズベリーでは、実際にカドフェルゆかりの地をまわるツアーとかもあるそうです。 ああ、イギリス行きたいなぁ。 じゃぁ、明日はえーと修道士つながりということで、青池保子さんのマンガいきます。覚えてたら。
2002年08月27日
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本日は、紫堂恭子さんの『辺境警備』です。 ど田舎の国境警備隊(豆みたいな兵隊さんがいる)と都会から左遷されてきたスケベな隊長さん、とても綺麗な神官さん、黒魔術師のカイルが繰り広げるファンタジックなお話です。(わたしは、隊長さんが好きです。)前半は、結構コミカルなお話が多いんだけど、後半神官さんの過去に関わる事件がおきるあたりから、すこしシリアスなお話になります。昔小学館で出ていたのですが、今は角川の飛鳥コミックに入っています。 紫堂さんの作品を全部読んだ訳ではないんだけど、絵柄的にも話し的にも私は『辺境警備』が一番好き。 この人のお話は、小道具がとても優しい感じがして、ほのぼのします。たとえば、雪の日に、フライパンに雪をしきつめて、そこに溶かしたアメを絵を描くように流し込み、可愛い飴を作ってみたり、大鍋に山のようなバターを溶かし、何十個も卵を泡立ててスフレオムレツを作ってみたり。森の悪霊が助けたお礼に、クルミの殻につめて極上の果実酒をつめて持ってきたり。(はっ、食べ物ばかり?本当はそんなこと ないない) 読み終わった後、とても優しい気持ちになれるような気がします。いったことがないけれど、とても懐かしい場所。それが『辺境警備』なんです。 今日は、眠いので軽めです。でも、愛は深いのよ。
2002年08月26日
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私の中では、「夏」=『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)です。 作品を語るのは、とても私の手に負えません。そもそも、未完の物語を作家の死後に発表してしまうのはどうかと思う。あれだけ何度も推敲しているんだから、完成形でないものを世に出されてしまうのは、賢治も死んでも死にきれないんじゃないかなー。 私個人としては、それでもやはりこの物語に出会えたことを感謝したいと思ってはいます。「未完成でもすごく良い話しだったよ」と死んだら賢治さんに言ってあげたい。 ということで、『銀河鉄道の夜』と夏のイメージですが、作品が夏の話と言うだけではなくて、夏休みの読書感想文にこの本を読んだと言うだけでもないです。(いや、これはかなりあるか…) 『銀河鉄道の夜』というと、私は最初に公民館の図書室を思い出します。この図書室でこの本を借りて読んだのが最初だからでしょう。 まだ、本棚より私の背が小さかった頃、本棚に囲まれていると無数の本が待っているような気がしました。図書室のにおいと、柔らかな日差し…そういった物が浮かんできます。見渡す限り本に囲まれて、何を借りようかドキドキしている自分。図書室は、家から少し遠かったので、たまにしか連れていってもらえない特別な場所でした。この図書室で借りて読んだ本は、普段忘れていても、きっと今も自分のどこかに残っている気がします。今行くと、本棚も低いし、狭いし、本は少ない、という図書館分室にすぎないのですが。 次に思い出すのが「夏祭り」。友達と出かけた夏祭りのその晩は、テレビで『銀河鉄道の夜』の映画が放映される日でした。映画も観たいが、祭りも行きたい。悩んだ私は、テレビのスピーカーの前にラジカセのマイクをセットし、母に映画が始まったら録音するように頼んだのでした。あのころ、ビデオとか無かったんだよなー。(ビデオがまだ普及していない時代のほほえましい話です。) それでお祭りに行ったのですが、気が気でない。でも気が弱いから、映画(それもアニメ)が見たいから早く帰ろう、とか友達に言えないわけ。帰り、自転車をすっ飛ばして帰った記憶があります。 だから、意味はかなり違うけれど、銀河鉄道から帰ってきたジョバンニが、暗がりを駆けていく焦る気持ちはとても分かるような気がした。今でも、あのシーンを一番覚えています。 帰ってきたら、映画はほとんど終わりかけていました。だから、そのテープを何度も何度もきいたのものです。 さいごに、もう一つ『銀河鉄道の夜』で思い出すのが、中学の修学旅行。東北へ行ったのですが、別に岩手へ行ったのではないので、行き先は関係なし。問題は、新幹線。 映画の中で、ラスト、カンパネルラが行ってしまうシーンがあります。連結のドアがすぅーと開き、カンパネルラはどんどん向こうの車両へ行ってしまう。そこへ、ジョバンニが「カンパネルラ!一緒に行こうって言ったじゃないか!」って追いかける。 そう、東北新幹線の車両のドアは自動ドアなのです!名付けて「カンパネルラごっこ」! ひたすら、2人で自動ドアを抜け、車両を通り抜けていくという…くだらない遊びをやって喜んだのでした。1人はジョバンニ、1人はカンパネルラね。で、後ろのジョバンニが「カンパネルラ!」(恥ずかしいから小声)って呼びかける。やれやれ、今思ってもバカだ。(どうでもいいけど、たしか同じ頃にはやった似たような遊びに、金網越しにやる「ビルマの竪琴」ごっこというのもあった。「みずしまっ!一緒に日本に帰ろう」って言うの。) ますむらひろしさんのマンガは好きです。片山愁さんのはイマイチだった。(猫のイメージが自分のなかで定着していたようで…) そう、今となっては私の中のジョバンニとカンパネルラは……猫です。
2002年08月25日
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やっと『妖怪馬鹿』(京極夏彦・多田克己・村上健司)を読了。タイトル通り、妖怪馬鹿の3人プラス編集者の妖怪についての対談集です。くだらないことーでも盛り上がったりして、ご当人たちは大変楽しそうです。 私は妖怪小説のファンではあるけど、妖怪ファンではないので、結構読みにくい本でした。正直。水木しげるファンでもないしなぁ。 3人の盛り上がっている話題についていけませんでした…。うーん。まぁまぁってところ。 対談では、京極さんがかなり悪のりしてて、まぁこれが好きな人には面白いんだろうなー、と。(すみません。私、この人のこういう悪のりにうまく乗れないので『どすこい(仮)』も苦手なんです。)中のマンガを全部、京極さんが書いていて、これは面白い。いろんな作品のパロディです。実のところ、もとネタがわからないやつも2・3あったんだけど。でも、マンガの画像がなんかみょうにぼやけてて(枠線とかボヤボヤしてる。)コンピュータで作画したのか、あるいはスキャンしたのか知りませんが、すっきりしない。これがどうも気になったのですが、絵はうまいよねー。絵だけでなくストーリーもオリジナルの雰囲気が良く出てる。 妖怪小説ファンであって、京極ファンではないということなんだなー、きっと。この人の意匠とかブックデザインも苦手…。(ああ、京極ファンの方及び京極さんごめんなさい。作品は本当に好きなんだよー!!) さてさて、そういえば『絡新婦の理』が9月に文庫ででるそうですね。DTPで作ったそうですよ。1400ページだかで「製本技術の限界に挑戦」とか、講談社のサイトに書いてあった。 あんまり分厚い文庫も、携帯に不便だし、読みにくいし(手になじむ厚さというのがあると思う。普通のブックカバーじゃ長さ足りなさそう。)デメリットも大きいんじゃないかな、という気がします。新書を持っているので買いませんが、DTPで作ったというのが少し興味ある。どんな違いがあるのか、違いなんて全然わからないようなモノなのか。どうなんでしょう?微妙な違いで、読みやすさが変わってくるもんね。私、講談社文庫のフォント好きです。 あっ、ところで私の中では『鉄鼠の檻』と『狂骨の夢』が同率1位です。3位がうぶめ。 なんか貶してる?まずい…。 うむむ、京極夏彦さんの妖怪小説はたいへん面白いですよ。これは、ほんと。
2002年08月24日
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今日、ジャスコに行ったらお肉コーナーで「カルビ」の歌がかかっていました。先日は、総菜コーナーで「コロッケの歌」がかかっていました。「♪おいしくて グー!うれしくって イェー!♪」こんなのうるさいだけだというのが、私の意見です。 そこで、本題。今日のネタは桑田乃梨子『おそろしく言えない』。全然ホラーじゃありません。 ※桑田乃梨子といえば、先日『卓球戦隊ピンポン5』が文庫化されましたが(これ前の日記で書いたわ)、私としては『おそろしくて言えない』の方を文庫化してほしかったなー、というところ。 このひとのマンガは、ストーリーも面白いんですが、台詞まわしとか、書き文字のひとことなんかが大好き。スーパーの売場ソングのように頭をぐるぐると回ってしまう恐ろしさがあります。 主人公の新名は、霊を引きつけてしまう体質上に、霊を信じていないので憑かれまくり。しかも、クラスメイトの御堂には「霊的嫌がらせ(オカルティックハラスメント←こういうくだらないことを言うから好きだー)」を受ける毎日。しかもやっとできた彼女は、御堂の妹で二重人格!大事な妹の葉月は、新名より御堂になついてしまう始末。そんな新名のほのぼの(なのか?)スクールライフ。かなり面白いです。でも絶版。 ちがう作品の中だけど、登場人物の台詞に「あ~、僕は先輩とだったら匣に入っていっしょに旅したっていいくらいなのにー みっしりと!」(『男の華園』これは男子新体操部の話。ちなみに僕も先輩も男)ってのがあって、嬉しくなってしまう。こういうマニアックな台詞まわしを堂々としちゃうところが好き。別のエッセーマンガでは、飼い猫の「にょろり」が本をかじっちゃって、でもそれが「鉄鼠の檻」だったので、それじゃあ仕方ない(鼠だし。)と落とす。この落とし方なんかが「ジャストあたし好み!」なのです。 あいかわらず、とりとめない文章だけど、日記だししかたなしとして下さい。ということで、この流れ(なのか?)のまま、明日は京極。「ほう。」
2002年08月23日
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「作家のことはよく知らないけれど本は好き」シリーズ第二弾! 本日は森茉莉『贅沢貧乏』『貧乏サヴァラン』です。最初に出会ったのは、筑摩文庫の『貧乏サヴァラン』で、これは森茉莉の食べ物関係のエッセーばかりを集めたアンソロジー。そのほとんどが『贅沢貧乏』からとられてるみたい。 この森茉莉というひとは、ほんとワガママで、自分勝手で、口うるさいおばあさんだと思う。お嬢様育ちだし(なにしろ、森鴎外の娘だから仕方ない)。それに、今は下北沢のぼろっちいアパートに一人で住んでいる、端から見ると寂しいおばあさん。 なのに、本人は全然寂しそうじゃないし、過剰なまでに強固な美意識にセレクトされたものたちに囲まれて満足しているし、食べることが大好きで、ブリア・サヴァランのような味にうるさい自分の舌を満足させるために東奔西走している。なんだか幸せそう。何しろ彼女の毎日は、原稿用紙に小説を書いているか、かけなくて絶望して眠っているか、美味しいモノをたべているか、その美味しいモノを作っているかのどれかなのだ。 パンに缶詰のハムとトマトとキュウリのサンドイッチ(のっぺりとした冷蔵は嫌いなので家に置かない)がないと一日は始まらないし、リプトンティーバッグとやかんのお湯で入れた紅茶がないと夜は始まらない。(紅茶の濃さに細心の注意をはらって入れ、近所の氷屋でかってきたダイヤ氷のうえに注ぐと、「ハヴァナの薫香かナポレオン・ブランディーの香気か、というような香いを発するのだ。」) あるときは、ヒラメの刺身にしんみりする。「ああ、小春陽うららかな、失われたお刺身の刻よ。」 ピーター・オトゥールとシャルル・アズナヴウルに毎日幻の花束を送り(「マリアの幻は、現実以上の現実なのだ」)、ラジオからは時折「体中の皮膚がそうけ立つような歌」が聞こえてくる。 ある意味充実した毎日である。 自分の価値観をしっかり持って、それをすっかり満足させるようにいきること、それが贅沢なんだよなー、って思う。格好いい生き方だなー、しんどそうだけど。 こういうおばあさんに私はなりたい。
2002年08月22日
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帰り道にふと見上げたら月が綺麗だったので、満月は今度の金曜日なんだけど、今日は新井素子『扉を開けて』の話題。 かつて私が中学生だった頃、新井素子の大ファンだった。ちょうど、中学生が読みやすい文章なんだよね。ファンタジーとかSFとか読み始めた頃だったし。 その中でも、一番好きだったのが『扉を開けて』。これは満月になると超能力者の女の子と、その男友達2人(これも月に影響をうける超能力者)が、満月の夜に別世界に呼ばれて、そこで独裁者を倒すために戦うという物語だった。主人公が悩みながら大きくなっていく姿や、異世界で満月の下でライオンにまたがって戦う少女(この時のかけ声が「Go!」なんだけど、当時はかっこよく思ったが今思うとヘボい)、そういうものが凄く魅力的に思えた。登場する神官(物語の鍵を握っている)のラディンとか好きだったなぁ。この物語自体では、この異世界の成り立ちとか秘密とかは全然語られないんだけど、全く別の物語(『ラビリンス-迷宮』『ディアナ・ディア・ディアス』…この話が暗いんだ…)で謎があかされる、みたいな仕掛けがあってわくわくした。今にしておもえば、「ナルニア国物語」からの借り物のイメージ(扉を開けて異世界にいくとか、少女を背に乗せたライオンがはしるシーンとか)が、ナルニアファンの私の心をつかんだ、というところもあったんでしょう。 ところで、この本は映画化されて、萩尾望都『11人いる!』が同時上映だった。うーん、これはかなりイマイチな映画で、なかなか内容もひどかったように記憶している。同時上映に救われた感じ。 新井素子の本も書店で見なくなって久しいなぁ。最近『チグリスとユーフラテス』が文庫になってたけど。『…絶句』も見ないね。うむむ、時代の流れなんでしょうね。コバルト文庫のシリーズも全然見かけない。少し寂しい今日この頃です。
2002年08月21日
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本を読んでいて、実際に行きたくなる事ってありますよね。白洲正子『十一面観音巡礼』は、そんな一冊です。 白洲正子さんが実際に各地の「十一面観音」様に会いに行くというエッセーです。今まで仏像にあまり興味がなかったんだけど、この本をよんで「仏像もいいかもしれない」と思うようになってきました。これまでは、京都・奈良のお寺めぐりをしていたけれど、仏像よりも、お寺やその周辺の雰囲気を楽しんでいました。 この本に紹介される、長谷寺や秋篠寺へも数年前に行ったし、「登美の小川」の章の長弓寺や王龍寺なんかは、まるで地元。それなのに、そのご本尊のことなんて気にしたこともなかった。地元のお寺のことを、よその人に本の中で教えられるというのは、なんだか不思議な気分です。 もともと、この本を読み始めたきっかけは、実は岡野怜子『陰陽師』八巻の雨乞いの話。その中で、晴明と博雅は若狭へ行き、晴明は奈良東大寺のお水取りと若狭鵜の瀬のお水送りとの関係を語る。(お水取り水をくむ東大寺の若狭井は鵜の瀬と地下で繋がっている云々)それで、へぇぇとか思っていたら、次に読んだのが有栖川有栖の『海のない奈良に死す』。若狭が舞台の殺人事件(たしか)。その中に、白洲正子のこの本が紹介されていたという因縁話。 ということで、「若狭のお水送り」「奈良のお水取」は好きな章です。 この本のよいところは、仏像の解説ではないということ。白洲正子さんが自分で、観音様のお姿を拝見して、感じたことを豊かな文章でつづっている。まだ、当時には残っていたひなびた風情も郷愁をそそる。まだ、お寺が観光地化していなかった最後の時代。お寺の住職さんは、白洲さんを暖かく迎えてくれて、その暖かさがまた心地よい。 観音様は、鑑賞の対象ではなく、信仰の対象だった。仏様は大切に厨子の中におまつりされていて、自然光のなかで、自然な目線で向かい合って始めて仏様の本当の姿や良さはわかるものだと、白洲さんは言ってるんだと思います。ガラスケースの中で、蛍光灯に照らされていては本当の良さはわからない、と。 私もすこし、その気持ちがわかる気がします。先日、『東大寺のすべて』展(於:奈良国立博物館)へ行ったけど、ガラスケースの中の仏様は、なんだか古さや汚さやなんか、何もかもむき出しにされて、それほど素晴らしいものとも思えませんでした。 仏像は美術品なんだけど、それ以上のものなんだと、そんなことをかんがえながら、また涼しくなったら、この本を片手にお寺巡りをしてみたいなぁ、とか思ったりしています。 この文章、長すぎますねー。
2002年08月20日
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本当にマンガしか読んでいない今日この頃ですが、最近気に入っているのは今市子『百鬼夜行抄』。(いまいちこって……。)ただし、文庫でそろえているので4巻までしか持っていません。その先がパタリと出なくなってしまって、毎月「新刊が出てないかなー」と本屋に探しに行くんですが…。 この作品、「ネムキ」の連載で、たぶんホラー。あんまり怖くないけどね。主人公の飯島律(男の子)。いとこの司と晶(2人とも女の子)が繰り広げる不思議な妖怪譚。絵がきれいで、読みやすいです。 私は、律の家来の尾白と尾黒(小さいカラス天狗…らしい。実は文鳥かも)が、可愛くて好きです。律をいつも手伝おうとするんだけど、大概足手まといの役立たずなのです。いじらしいんだけどなぁ。 はやく文庫の続きがでないかと、待ち続ける今日この頃。
2002年08月19日
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つい最近、川上弘美という人の存在を知りました。たまたま『神様』という本を本屋で見つけたのがきっかけ。 一発ではまりました。最初のインパクトが大きかったらしくて、今まで読んだ中では、この本が一番好き。『センセイの鞄』もしみじみとよかったけれど、私は少し破天荒気味の方が好きみたい。 書き出しがいい。「くまにさそわれて散歩に出る。川原に行くのである。歩いて二十分ほどのところにある川原である。」…うきうき、してきます。 主人公の家の3つ隣の部屋に越してきたのは雄の成熟したくまで、それも「昔気質のくまらしいのではあった。」そして、このクマと川原に散歩に行って、魚のひものを作って帰って来る、ほのぼのーとした良い話である。 そんな、ちょっと不思議な感じなお話が集められている短編集です。 この人の文章は独特のリズムがあって、「ああ、私はこういう文章が書いてみたかったんだ」と思わせるような、(まぁ及びもつかないわけだし、似ても似つかないわけだけど、)私の肌にはあう、そんな感じがします。 漢字の使い方も独特で、ふつうなら当然漢字にするような言葉をひらがなにしたり、その逆だったり、それがこっちのリズムを良い風に崩してくるのが心地よい。 「ああ、なんかいい本みつけたなー」と久しぶりに思った本でした。
2002年08月18日
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今日、友人(会社の元同僚)に女の子が産まれました。「結構安産だったよ」ということで、ひと安心。よかったね。おめでとう。 そこで、ぜひママさんに教えて貰いたいです。「出産祝いは、何が嬉しいですか?」(っていうか、出産祝いの相場っておいくらぐらい?そもそも、そこからわからない) 他の人には、ブルーナの絵本と、メイシーちゃんの布の絵本 をプレゼントしたんだけど、いくらなんでも そんな小さな赤ちゃん本も読めないねぇ。個人的には、「ぐりとぐら」の絵本がすきなんですが、いくらなんでもこれは気が早すぎかなー、と。 よだれかけとか服をあげてみたこともあるけれど、趣味が違ったりすると逆に迷惑かなーとか思ったりする上に、どのサイズのモノがありがたいのかもよくわからないのです。 おもちゃは、どんなおもちゃが喜ばれるのか全然見当がつかないし、「何ヶ月~」とかあるので、どれくらいの時期のモノをあげるがいいのかなー、とか悩んでしまう。 あげる方の気持ちとしては、だれかとだぶってしまっても大丈夫な「いくつあってもうれしいもの」か、「いつまでも使ってもらえるようなモノ」をあげたいもんねー。 どなたか、よいアドバイスを教えてください。(なんか、今日はあんまり読書日記じゃなくなってしまった…)p.s. ところで…「結構安産」というのは、「よかったね」というべきか「大変だったね」と言うべきか悩むところではあります。
2002年08月17日
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松本大洋『ピンポン』が、かなり好きです。その名のとおりの、卓球マンガです。 登場人物の一人ずつの個性が際だっているし、みんなそれぞれが魅力的。それに、卓球が、こんなに格好いいマンガになるなんて、思いもしなかった。スピード感やゲーム性がうまく表現されているからなんだろうな。 映画をまだ見に行っていないんだけど、すごい気になっています。どうなのかな、面白いのかな?なんか、かなり原作に忠実に作ってあるらしいけど。小泉先生と田村のオババのキャストは、どうなんですか?いいの? 作品のなかでは、キャプテン太田とスマイルが、新しく購入した球を試しに軽く打ち合うというシーンが一番好きです。キャプテン太田いいよね。スマイルが「これすごくいいですよ」と「それはもう単純にはしゃい」でいるのを、すごく嬉しそうに太田が見守ってる、この太田の笑顔がいい!ああ、なんか太田いいやつー、とか思ってしまう。 好きなキャラクターは、やっぱりスマイル。 そういえば、ブルボンのガムはまだ売っているんですか。 さて、話はかわるけれどもう一つ、気に入りの卓球マンガといえば桑田乃梨子『卓球戦隊 ピンポン5』。『ピンポン』とは対局にあるような、ヘボもへぼ、弱小の卓球同好会のほのぼのマンガです。「温泉で浴衣をきて行う」卓球そのもの。どんなに、奇想天外なことが起きても、日常のなかに納めていってしまう、桑田乃梨子のマンガもいいですね。この間、白泉社文庫になったので(この人のマンガが文庫化されるとは、正直おもわなかったよ)驚いた。 同じ卓球でも、こんなに違うものか!と感心します。同じを名を冠したスポーツとは思えない。
2002年08月16日
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この本読むと泣けるわー、っていうか、そのシーンを見るとパブロフの犬のように条件反射的に泣いてしまうという本があります。何冊かあるんだけど、『アルジャーノンに花束を』と川原泉『銀のロマンティック…わはは』なのです。 今更、「アルジャーノン」でもないかもしれないんですが(なんか私の日記って古い本ばっかりだ)、それでもこの本のラストには滂沱の涙が流れる。何度も何度も、この最後の一文の為に本を読み返してしまいます。もちろん、ストーリー自体も面白いですよ。 一方の、『銀のロマンティック…わはは』は川原泉のマンガです。白線社文庫の『甲子園の空に笑え!』のなかの一作です。かなり昔の作品なので、(言っちゃ悪いけど)今より絵はずっとへたくそです。でも、面白い。有名なバレーダンサーの娘で「動作のひとつひとつがあまりにもテロリズム」情緒のかけらもない由良更紗と、悲運のスピードスケーター景浦忍が2人で、フィギュアスケートのペアとして世界を目指すという…ストーリー。でも、全然スポ根じゃない。全体のトーンはお気楽なんだけど、(それが川原泉のカラーだ!)でも、最後にはなんだか不覚にも(そう、不覚にも!)ポロリときてしまう、そんなマンガです。泣かせるんだよ、川原マンガは…。他の作品もいろいろとね。でも、私はこの中の、2人をみてコーチが「電気ごたつが2つすべってるみたい…」とつぶやくのが好きだなー。
2002年08月15日
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最近ミステリの定義が広すぎて、ちょっとよくわからないところがあるんだけど、ミステリの醍醐味は、謎が解けていくときの快感だと、うさぎは思っています。実のところ、ストーリーにほんの少し無理があったってかまわない、と思うのです。 そういう意味では、明石散人『鳥玄坊 根源の謎』は、秀逸でした。読んでいて自分の脳細胞が回転する音が聞こえそうな、そんな気さえしてきます。世界の各地で別々に提示される謎が、徐々に繋がり解き明かされていく。あらすじを説明しても、作品の面白さは伝えられない。結果でなく、課程を楽しむ本です。 浅学な私には、作中の資料がどこまでが実在して、どこからがフィクションなのかもよくわからないけれど、それらを駆使してうまく話が広げられているなぁ、と感心することしきりでした。 そもそも、うさぎは京極夏彦が好きで、(これもミステリといえるのかどうかねぇ)その作品に登場する「築地の先生」ということで、明石散人に手を出したわけなんだけど、これはなかなかの「当たり」でした。
2002年08月14日
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書き込むの初めてなんです。どうぞよろしく。 村上春樹さんの新刊『海辺のカフカ』が9月にでるというので、すごく楽しみにしています。タイトルからして、なんか面白くなりそうな予感がしますよね。 ということで、春樹さんの本を読みかえそうかなー、と思って『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読み始めました。何度読んでも面白い。この本と『羊をめぐる冒険』は、エンターテイメント性が高いというか、読みやすくて好きなのです。てなかんじで、読書日記を付けていこうと思っています。これからもどうぞよろしく。
2002年08月13日
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