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本日、読んだ本は夢枕獏『陰陽師 龍笛の巻』(文藝春秋)です。サクサクと読み終わりました。この巻、結構良かったです。夢枕獏さんは、蘆屋道満と晴明を対決させる話が好きですね。古典に暗いので、どこからが創作なのかがよくわからないんだけどね、いつも。 この本の中では、「むしめづる姫」が好きです。今昔物語の「むしめづる姫」というのは有名らしくて、よく耳にする。大きくなっても眉も抜かず、歯も染めず、虫を愛でて喜んでいる変わり者のお姫様の話らしい。ナウシカのモデルでもあるらしいですね。この作品では、そのむしめづる姫(露子)の父親が心配して、蘆屋道満に相談を持ち込む。道満は蟲毒(こどく:千匹の蟲を壷に入れ、土に埋めておくと互いに食い合って、最強の式神が得られるというアレです。「帝都物語」にあったような気がする)をやればよいとそそのかす。だんだん蟲が恐ろしい姿に育っていけば、姫も怖がるようになるだろう。それでもダメなら、晴明に相談するように、と。蟲は牛ほどにも大きくなるが、それでも姫はいっこうに怖がらない。そこで、その父親は晴明のもとを訪ねる…。というストーリーです。これは、話の最後がとても綺麗な話で、しかも哀れさもない、珍しくさわやかな作品です。気に入った。 でも本当は私は岡野怜子『陰陽師』(白泉社)の方が好きなのです。第一に絵が綺麗なんだけど、岡野さんがとても勉強しているなーって感じで、ストーリーもとても凝っている。10巻とか、もう理解の範疇を越えているんだけど、岡野「晴明」は、自然の理とかそういうものをとてもよく理解しているように見える。そして自身はそういうものを超越したところに立っている、そういう感じがとてもよく出ている。でも、理解できない(涙)なのに、面白い。 反対に、夢枕獏さんは仏教への造詣が深い上に、わかりやすい言葉にして説明するのが上手い、という特長が裏目にでている気がする。晴明は陰陽師であって、坊主じゃないからね。陰陽道というより仏教の説法を聞いているみたいな気がするんだけど。いつも「呪」の話になってしまうし。少し、仏教よりの物語になってしまっています。それがいいとか悪いじゃないんだけど、好みですけどね。 他に晴明といえば…。他には『火宵の月』くらいしか知らないですわ。正確には晴明じゃないし、鎌倉時代だしねぇ。ああ、稲垣吾郎の『陰陽師』見てた。NHKのドラマのやつ。あんまり面白くなかった。衣装とかショボかったし。ストーリーもイマイチでござった。ただの不思議物語みたいになってたぞ?確か?映画の方はまだ見てないのです。レンタル屋でパッケージを手に取るたびに、野村萬斉のほほえみと目があって「やっぱりやめとこ」って思っちゃうのよ。なんとなく。 「帝都物語」も、最後まで読んでないし。加藤怖いし。映画もっと怖いし。 ということで、ワタシ的には、岡野晴明が一番ということで。
2002年09月30日
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今日は図書館に行ったので、あんしゅさんおすすめの「破妖の剣」シリーズを借りてきました。なにしろ、前に読んだのは7年以上前。多分上下巻を読んだ記憶がおぼろげにあるので、『紫紺の糸』をよんだのでしょう。たぶん。 ということで前田珠子『翡翠の夢(破妖の剣5)』(集英社コバルト文庫)を読み始めてます。なんと閉架だったので、司書さんにとってきてもらいました。今2の途中。 しかし、やはり歳月人を待たず石の上にも三年(意味不明)で「これまでのお話」をすっかり忘れているんですねー。キャラに覚えはあるものの、肝心の闇主がいないんですけど?紅蓮姫が壊れちゃってるンだけど?なんで??状態で、やはり7年ごしで読もうというのは無謀だったようです。やれやれ。 (はっ、ということはこっちも7年近く読んでないグインサーガも最初から読み直し??そりゃ無理だー。30巻から読んだって、あと50冊以上もあるのにー!) それはおいといて、久しぶりですが「破妖の剣」面白いです。なかなかストーリーが先に進んで行かないんだけどねぇ。その代わり、読むのもサクサクと進むのですが。もっと、就職過剰な(黒曜石の瞳、とか雪花石膏の様な肌とかさ、そういうキラキラした)表現だったかと思ったけど、そうでもなかったし。いつの間にか偏見もってたなー、と反省。 「やめられないとまらない」感じで、面白く読んでます。なんかけなげだけど、イジイジしなくなったラエスリールを応援したい感じです。 でも、その前に前の巻読んで、ストーリーを把握しろよ、自分。ということで、感想は後日。 前田珠子さんはデビューの頃(『イファンの王女』これは、正直おおや和美さんの表紙に惹かれたんだけどね)からしばらくは追いかけてて、結構好きな作家さんではありました。なんかこの手のファンタジーの本家本元っと感じがするしさ。でも、そのあと、前田珠子もどきなファンタジーが増えすぎて、もうなんかファンタジーそのものに嫌気がさしちゃってたんだよね。スーパーファンタジー文庫とか創刊された頃さ。もういいよ、って気分になってやめてしまった。 いやーそれにしても、コバルト文庫すんごい久しぶりに読みました。カラー口絵とか懐かしいですねー。 あと、図書館で『陰陽師』の新しメのやつも借りてきました。夢枕獏の本家本元のね。そうそう、夢枕獏も最初、コバルトでデビューしたんだよねー。『猫ひきのオルオラネ』。中学の頃、読みましたがコバルトにしては淫靡な空気でねー、面白かったんだけど、タイトルのかわいい感じとは少しちがうな、と思った。インビと言っても、今の比ではないのですが。はい。
2002年09月29日
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風邪が治って復活しました。いや、昨日も復活してたんだけど、テレビ見てるうちに眠くなってしまって…(子供かオノレは?)。 さて、昨日読み終わったのが長野まゆみ『猫道楽』(河出書房新社)。猫絡みのほのぼのとした話かと思いきや、結構過激な感じでビックリしました。猫ってさ、ナグサミモノのになるオトコノヒトのことでさー(えっ?ちがったりして…。しかも相手もオトコノヒトなのね。当然)、電車で読みつつ「はっ、電車で読むにはちょいと恥ずかしいか?」とか思ったりして。心構えがなかったから、驚いただけなんだけど。いやいやボーイズ系の小説に比べれば全然可愛いとは思うんだけどね。少なくとも、中島梓の「小説道場」よりは全然マシ(例えが古いぞ!)。いやーあれさー、JUNEのそういう連載だとは知らなくてさ、普通のヤツだと思って読んだから、驚いたよ。高校生だったワタクシは。栗本薫の文章は、なんかさギトギトといやらしーい感じがするので、ちょっと疲れる。 まぁ、そんなことはどうでもいいけど。『猫道楽』です。うーん、長野まゆみの場合、具体的に何がどうこうとは書かないんだけど、文章が文章なので、なんか怪しーい空気が漂うんですよね。好きだけど結構この感じ。しかし「少年アリス」と他に数冊(「テレビジョン・シティ」はどんな話か忘れてしまった)読んだだけのワタクシは「おー、過激になったなー」と思ってしまったりした訳です。まぁでも面白かったです。空気の代わりに、なにかもっと濃いもので空間を満たされているような、そんな感じしていい。それこそ、作中に出てきた菊の露を含ませた真綿みたいなものでね。 私は最後の「星電気」の宣伝嬢のお話が好きです。なんか、いい話だなー、と思った。全体的に好きですが。 ということで。
2002年09月28日
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えー、昨日の日記をつけなかったので、その翌日に書いてます。ズルですが。テーマが面白そうだったので無理矢理書く。 『動物のお医者さん』私も好きでした。電車で読んでいて、乗り過ごしたこともあります。二階堂とクリスマスツリーの飾りを探してて、倉に閉じこめられ話に夢中になってたら、次の駅だった。やれやれ。 私のお薦めは「小動物関係のエッセーマンガ」です。 個人的に一番すきなのは、桑田乃梨子『飼うか飼われるか』(ジェッツコミック)。この作者が、こまごまとした動物が好きで、こまごまとしたマンガを描くのも好きな人なんです(たぶん)。だからちまちまと、笑いのツボをついてきます。一回分は数ページの連載をまとめたものなので、イベントに行ったり、動物園のウサギに癒されたり、イルカと泳いだり、イースター島にいったり、読者の手紙を紹介したりしてます。連載中に猫を拾ったらしくて、途中から猫バカぶりも発揮してて面白い。私はかなり好きな本です。 あと、好きなのが今市子『文鳥さまと私』(あおば書店)です。こっちは、文鳥マンガ。地味なジャンルだけどねぇ。いいですよ。 あと大雪師走『ハムスターの研究レポート』は、定番という気もします。なにしろ、ハムスターブームを起こしちゃうんだから凄いよね。 ということで、おまけ日記なのにだらだらとまた長くなってしまった。やれやれ。
2002年09月27日
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こんばんは、どうやら風邪をひいたみたいっす。ということで、もう寝ます。寒気がするので、夕ご飯に、豆乳茶碗蒸しを作って食べました。卵一個(小さめ)と豆乳1パック(200ミリ)を混ぜて、適当な具を入れてちょっとだけめんつゆを入れて、蒸します。できたら、もみのりをぱらりとふって、だしの素としょうゆとみりんで味をつけた「あん」をかけてみました。心に余裕がなかったので、乾燥柚をかければよかったと思い立ったのは食べ終わった後でした。まぁ、美味しかったです。猫舌なので、ほんとにおいしかったか自信はナイ。ちなみに『美味しんぼ』のパクリです。では、おやすみなさいませ。
2002年09月26日
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ここ一年くらい面白いなーと気にしているのが小野不由美「十二国記」シリーズです。所有しているのは数冊で、『風の万里 黎明の空』『華胥の幽夢(ゆめ)』『黄昏の岸 暁の空』だけ。他のもそろえようとは思っているんだけど、講談社文庫か、ホワイトハートにしようか悩んでいるところ。講談社文庫だと、ホワイトハートより冊数が少ない(上下巻にならずに一冊に収まる)ので結果的に安くつくんだけど表紙がイマイチで挿し絵もない。反対にホワイトハートは冊数が多くなるんだけど、表紙と挿し絵が山田章博のイラストで美しい。このイラストがないと、十二国記とはいえないような気もする。 うーん、悩みどころですね、これは。汚い商売だぞ、講談社。 それでどんな話かというと…中国風のファンタジーとでも言ったらいいのかな?国造りゲームのような…それだけではないのだけれど。そこには十二の国があって、それぞれに王様と麒麟がいる。麒麟は王を選び、王は国を治める。王が道を踏み外すと、麒麟は病気になりやがては死んでしまい、その王の時代は終わる。王も麒麟も治世が続く限りは、不老不死である。そんな世界のお話です。日本や中国とも、たまに異次元の通路みたいなモノが繋がっていて、相手の世界の住人が流れついたり、卵(あちらの世界では、子供は木になるのです)のうちに流されてきて、こちらの世界の赤ちゃんとして生まれる者もいて、胎果と呼ばれる。あっ、麒麟は神獣なんだけど、人の形をとることができるわけ。麒は雄、麟は雌。きちんと区別します。 今のところ十二国全部が舞台になっている訳ではないのです。私は戴(しん)慶(けい)雁(えん)あたりの胎果が活躍する話が好きだなー。特にお気に入りは、泰麒(たいき)。なんか頼りなさそうな黒麒麟で、いつもオドオドビクビクしている感じなんだけど、けなげで可愛いんです。なんかよく不幸な目に合うかわいそうな子なのよ。あとは、楽俊(ねずみの姿をしてる、人と混血)と陽子とのやりとりを描いた「書簡」(『華胥の幽夢』)という作品が好きです。どの作品も人と人との絆や思いやりといったものが、とても心にしみます。厳しいなかで人を信じられなくなったり、憎んだりもするけれど、頑張って頑張って、最後にはうまくいく、そんなストーリーが私は好きです。 ファンタジーなんだけど、中で生きている人はとても一生懸命。自分の力を振り絞って頑張っている人たちばっかりです。そんなところがこの作品の良さなんだと思うな。結局はファンタジーであろうと「人間」の話なんだよね。 NHKBSで、アニメ化されているらしいけど、我が家はNHK教育さえもうつらないのでお話にならない。(田舎なんじゃなくて、アンテナの調子がわるいのです)やれやれ。
2002年09月25日
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本日読んだマンガは、とり・みき『SF大将』(ハヤカワ文庫)です。 有名なSF作品を元にした4ページのショートマンガ集です。マンガ自体はナンセンスで面白いんですが、いかんせん(古いなぁ)元ネタがわからない。39本中読んだことあるのはたったの3冊!あと挫折が2冊ほど、という体たらく。やれやれもっと本読めよ自分。まぁ、元作品を知らなくても楽しめることは楽しめるんだけどねぇ。 ワタシはこの中の「スターシップと俳句」が好きです。元ネタは知らず。こんな書名も始めて聞いた次第。作中のセリフが全部五・七・五になっている。女の子が縁日に行くストーリーなんだけど、この縁日でクジラすくい(1回200円。安い!)をやっていて、「やりたいな クジラすくいをやりたいな」「思い出せ 金魚もウサギも みな死んだ」といいつつクジラをゲットして家に帰る。で、庭でかってるんだけど「やっぱりね 生き物飼うのは むずかしい」死んじゃって、「クーちゃんが(クジラの名前ね) 私の血となり 肉となり」って食べちゃうというお話です。マンガで読むと面白いんだけど…。書いちゃうとイマイチでしたね。ごめん。 SFといえば…ル・グゥインの『闇の左手』を読まねばと思うんだけど、結局いつも挫折するんだよねぇ。ふぅぅ、やれやれ。
2002年09月24日
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本日は、まじめに本を読みました。スティーブン・ミルハウザー作/柴田元幸訳『マーティン・ドレスラーの夢』(白水社)おおっ、白水社!なんか賢そうだぞ、自分。 ワタシは偏狭な読者家なので、スティーブン・ミルハウザーがどんな作家か全然知らないのです。単に柴田元幸訳だったから、借りてきた。柴田先生のプチファンなのです。そう村上春樹方面から流れてきたのですね(安易…)。何冊か柴田さんの訳した本を読んでみたら、結構好みの作品だということが判明。ポール・オースター『ムーン・パレス』とかバリー・ユアグロー『一人の男が飛行機から飛び降りる』とかね。あと、エドワード・ゴーリーの絵本とかとても好み。『うろんな客』とかなんか訳わからんけど面白いですよ。 ということでこの本、当たり!でした。1872年生まれの葉巻屋のマーティン・ドレスラーが、大きなホテルを建てるまでになり、そのあと没落していくというストーリーなんだけど、こういってしまうと陳腐ですね。別に、立身出世の物語ではないのです。訳者の解説によると「天才的な才能を持った男が、一個の芸術品であり、かつ商品でもある何かを作る。大衆はそれを歓迎する。次の作品は更に大胆になり、人々の賞賛はますます高まり、男は時代の寵児となる。だが、その作品がさらに、いまや人々を戸惑わせてしまうほど精緻かつ大胆になっていくと、男は一転、寵児の座から転げ落ちる」そういった物語だそうです。 この中で、マーティンが作り上げていく、レストランやホテルがすごい凝りようで面白いです。中に、小さい博物館みたいなものや、劇場、デパート何でもそろっていて、部屋も普通の部屋から洞窟みたいな部屋までいろいろとある。夢の国を凝縮したみたいなホテルです。こういう部分の描写が楽しい小説でした。その場の空気を吸っているような、そんな気がしてくる感じ。面白かった。 そういえば話はグンと変わるけど、村上春樹さんが『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を翻訳するそうで、楽しみです。白水社のライ麦畑でつかまえて』翻訳がすごく嫌いなので、この機会に読みななおそうと、思ってます。そのつぎあたり『グレート・ギャッツビー』も訳してくれないかなー、とか思ったりして。 そうそう『海辺のカフカ』後日談。橿原神宮駅内の若草書店(ローカルだなー)で上巻を買ったのですが、下巻は別の店で買いました。若草書店は駅構内にある大変珍しい書店なのですが、ワタシのような不埒な客が多かったらしくて、上巻は売り切れたのですが、下巻だけがむなしく積んであります。この「下巻だけ」というのが中途半端で気にかかる今日この頃であります。柴田先生は「海辺のカフカ」を舞台でやるなら、ナカタさんの役がやりたいんだって。ワタシは峠口くんがいいですね。では。
2002年09月23日
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世の中、お風呂で本を読む人は多いのでしょうか?角川文庫のキャラクター「チョックラ・ド・フローネ」はお風呂でブンコを読むキャラクターですよね? ワタシも最初、友達が「風呂で本を読むよ」と言った時は「え~?」とか思ってたんだけど。ある日、ふと本を持ち込んでみたら、これがいいじゃありませんか?本を読みながらだと、ゆっくりつかっていられるし、汗も出てなんか身体にも良さそう。半身浴もいいんだよね?それになにより、なんかゆったりとした気持ちになれるんだよねー。リラーックス!ってかんじ。 ということで、最近はしばしば風呂に本を持って入る。ただし、風呂用の本は大体決まってます。それは…短編の文庫。じゃないと、のぼせちゃうんだ。あんまり大きい本だと濡れるし。それに最高にお気に入りの本は、やはり濡れると困るので持って行かない。 そんなワタシのお風呂本はピーター・メイル『贅沢の探求』(河出文庫)』です。ピーター・メイルは『南仏プロヴァンスの12か月』がブレイクしたけど、プロヴァンスよりこっちの方が面白い。(ベストセラーに偏見があるんです)。 メイルさんが、いろんな贅沢について語っている本なんだけど、その中の贅沢品のラインナップが結構面白い。いかにもイギリス紳士風なんだけど。一千ポンドの高級パナマ帽、高級スーツの仕立屋、トリュフ、キャビア、カシミア、別荘、使用人を雇うことについて、リムジンの効用、葉巻、贅沢なシャツ、シャンペンなんかについてなどなど、いろいろと語っている。彼自身は、それほどの金持ちではない(こともないとは思うけど)のに、こういう贅沢品に憧れる気持ちは押さえがたく、これらのうちのいくつかは実際に(贅沢と知りつつも)購入してしまう。この「うわー、いい!」と絶賛したあと「でも請求書もおそろしい額なのだ」という葛藤(?)が結構面白い。経費で落とせないしね。 結構、きつい皮肉も効いていたり、でもユーモアはわすれない。そんなところが、良い文章だと思います。こういう贅沢品をいやみなく、上品に自然に身にまとうのが格好いいんですよね。みせびらかしちゃイカンよ。 ワタシ、こういう人の金で自分も楽しむ、みたいな本が好きです。自分の感受性が鈍いのか、自分で体験するより、人の体験をよい文章で読む方が、何倍も楽しい思いができる。(とことん、暗い人間なんです…。)グルメの本とか、旅行記とかも大好き。こういう本はお風呂向きです。こういう本って、だいたい短編集だし。おふろで豊かなゆったりした気分になれるし。お風呂で思索しちゃいけません。「ユリイカ!」とか言ってる場合じゃないっすよ。
2002年09月22日
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ネタの枯れてきた今日この頃ですが、みなさま如何おすごしでしょうか。おかげさまで1000HITも達成し感謝感謝の毎日です。どうもありがとう。 軽い忘備録のつもりではじめましたが、本人は結構楽しく書いてます。そりゃ言いたい放題ですから。最近、強引なネタふりが目だつんですけどね…(反省)。必ず本の話題を出すようにはしています。 さて、このあたりで改めて自己紹介などをさせていただこうかと…。ということで、ワタシの名前の由来をば。 三月うさぎ(March Hare)は当然ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』から来ています。帽子屋とヤマネと「キ印」のお茶会を開いてるヤツです。キャラ的には、ワタシはヤマネの方が好きなんだけどねぇ。小さい頃から好きなお話の一つです。英語で読まないと面白さは半減なんだろうな、と思いつつ、日本語で楽しく読んでました。 ドジソン先生の頭の中はどうなっていたんだか?大人になった今読むと荒唐無稽すぎる。子供の頃はやはり許容範囲が広かったんだなー、と改めて実感。 うちの妹は、幼い頃にアリスのクビがのびたシーンの挿し絵を見てとても怖い思いをしたらしく、今でも「アリス」が嫌いです。かわいそうに(笑)。 そしてワタシは、ある卯年の年賀状にこのウサギを使って以来「三月うさぎ」です。(as) mad as a (March) hare というのは慣用句で、あんまり良い意味じゃないけど、でも名前の響きが良いので気に入っている。 あと「アリス」といえば思い出すのが中学の英語の教科書。「ニュークラウン」に「Alice in Wonderland」の章があった。「Down,down,down」で始まる朗読テープの声が、暗くてのう…。よく覚えてます。この文章がオリジナルでないと知ったのは、高校になってから。原題も「Alice’s adventures in wonderland」なんだよね。よく考えたら、いきなり穴に落ちてるのも変だ。でも、ずっとアレが原文だと思ってたよ。まったくもう! しかし「アリス」はやはり、ディズニーよりもジョン・テニエルのイラストですね。
2002年09月21日
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中秋の名月は明日だけれど、今日もよい月です。虫の声も秋を感じさせますね。少し雲がありますが、この雲にうっすらと月が透けている様も美しいですね。ああ、秋ですね。 「夜空に光る黄金の月などなくても」(『黄金の月』)というスガシカオの覚悟はこういう月を実際に目にしてみるとよくわかる。あるいは「晴れた夜には 誰の後ろにも 月はついてくる」という斉藤和義の『月影』も胸にしみる。口ずさんでみたりして。 とか ごにょごにょつぶやきつつ、今日の本を探すワタシ。 うーん、月・月・つき…。あっ、『月の子』という名作マンガがありましたね。「モンデン・キント(月の子)今、行きます。」の名セリフは『はてしない物語』のバスチアン。でもいまいち、ピンと来ない。 うーむむ。ということで、ささやかな本棚から持ってきたのが『宙の名前』と『月の本』。綺麗な写真だなー、と思いつつ、これも違うんだなー。なんとなく。 あっ『上弦の月を喰べる獅子』(夢枕獏)ってどうですか?高校の時、この本読んですごく感動したんだけど。アンモナイトに宮沢賢治。美しい物語だなー、と思った。進化も絡めてあって「完璧な物語だ」ってね。(今は夢枕獏は夢枕獏なんだよなやっぱり、と思ってたりする。)仏教っていうのも少し面白そうだなー、と図書館で「般若心経入門」も借りたんだ。懐かしいわぁ。って、上弦じゃん。ダメじゃん。もうっ!ここまで書いたのに! えーとさらに本棚をあさってみる。『星を継ぐもの』は月面の話なんでなんかちょっと違う感じ。『ムーン・パレス』(ポール・オースター)は、大好きなんだけど、表紙も良いんだけど、ムーンパレスは中華料理店の名前なんで、本日は却下。これはいずれまた、ということで。『少年アリス』?吉本ばなな?うーむむむ。江國香織かなぁ?●○● あーっ、稲垣足穂の『一千一秒物語』!!これだよ。月のイメージにピッタリ。今日の月よりも、もっと雲一つないくっきりはっきりした冬の月の方が似合いそうだけど。まぁ、それはそれ。 月や星にだまされたり、喧嘩したり、拾ったり、幻想的な物語集です。星のきらめきの様な一瞬の短いお話ばかりだけれど、なんとも言えない不思議な後味がします。月や星を食べたらきっとこんなひんやりとした後味がすると思うな。 あいやー、今日の日記はひどいですね。申し訳ない。
2002年09月20日
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「ハリー・ポッター」はもう読まないと宣言したうさぎですが、やっぱり読んじゃいました。『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』。この本も今更なんで、あらすじは省略。 やー、前言撤回。面白かったです。『ハリー・ポッターと賢者の石』は、正直面白くなくて「どうしてこんな本におおさわぎするの?」って感じだったけど、どうしてどうして(死語)「アズカバンの囚人」はとてもよかった。買う気も読む気もなかったんだけど、図書館にあったのをフラフラと見つけて(今までは予約がてんこ盛り(これもかなり死語くさい)で、書架に出てなかった)、借りちゃいました。ということで、「秘密の部屋」は未読。 相変わらずフォントがうるさい鬱陶しい(ごめんなさい)本ではありますが、内容はよかったよ。シリーズで、1作目より3作目の方が面白いというのも珍しい。話の作り方が上手になってるなー、って感じさせる。ゴチャゴチャして、あらすじだけを追っているという印象がなくなっている。 でもそれが、本当に作者が上手になったせいなのか、ワタシの気のせいなのか、はっきりしないんだけど。映画を見たので、ハリーやハーマイオニー、ロンに対する好感度がぐーっとアップしてるもんで。安直な性格なんです。すみません。 でも一つずつのエピソードを丁寧に作っている感じもするし、ちゃんと伏線も張れるようになったしね。賢者の石は、一つずつのエピソードが分断してたもんねぇ。魔法の授業の様子もいきいきとして楽しそうだし、道具立てだけに頼ってた感のある1巻に比べて、断然魔法使いの学校らしさがでてるんじゃないかな。と、ワタシは思うんだけど。どうでしょう? スキャバーズはちょっと好きだったので、残念でした。スキャバーズは『千と千尋の神隠し』の坊(ねずみバージョン)のイメージだったんですが。 でもまあ、買う程じゃないです。まだまだ1900円の値打ちはないね。ハードカバーは買わない主義なんです。ワタシにその主義を曲げさせるのは(そして後悔させないのは)村上春樹の長編小説だけですね。基本的には。他は買っても大概後悔してる。
2002年09月19日
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結局、買ってしまいました。遠藤淑子『王室スキャンダル騒動』(白泉社文庫)ほんと、今月の白泉社文庫は魅惑のラインナップで困ってしまうでござる。 遠藤淑子は、前から気になってはいたんだけど、あまりといえばあまりな絵に、腰が引けていたのです。うーん、これはプロとしてしかもメジャー誌として許容範囲なのか?すごい微妙だわ。 しかし、この本はコストパフォーマンスが良いというか、読むのに時間がかかる。字が多いんだよね。川原泉には負けるけど。なんかなー、しかし、絵はまぁアレなんだけど、決して読みにくくはない。これが意外だった。絵はうまいんだけど、どうも読みにくいマンガってあるよね。個人の好みなんだけど。しかしまぁ、ゴチャゴチャしようがない絵ともいう。 ということで、かなり面白かったです。笑いなんて、結局は様式美とテンポだと思うのね。こう来たらこう返すという型をいかにテンポよく見せるか、みたいな。そこに突拍子もないボケが加わるとさらに良し。しかしナンセンスなボケばかりだと疲れる。ということで、このマンガは結構(ワタシ的には)良い線いってます。 作中の名セリフ「いつもあんたのまわりにいる人はフルマラソン走るより体力消耗してるぞ きっと」(「四月の魚」クラーク・ケント君の言葉)。そう、主人公のエヴァンジェリン姫はそういう人です。姫をめぐるドタバタ。そういうマンガです。これ。 マンガ続きですねー。やれやれ。明日はどうなることやら。 ちなみに、本日のお茶は「ラプサンスーチョン」。中国の紅茶です。たぶん。香りの癖が強くて、正露丸の香りと人には言われる。うーん。でもおいしいんだけどねぇ。砂糖とかミルクとか絶望的に合わないので、ストレートで飲みます。
2002年09月18日
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いやー、懐かしいな。山口美由紀『フィーメンニンは謳(うた)う』(白泉社文庫)。ちょうど、掲示板で話題に出したところだったので「これはっ!」と買ってしまいました。しかし一度古本屋に売ってしまったマンガを再び文庫で買いなおすのは屈辱でありますね。(とか言いつつ、『ざ・ちぇんじ』『なんて素敵にジャパネスク』とかも買ってしまった)。 この本 とてもとても大好きだったんだ。すごいベタベタなファンタジーなんだけど、やっぱり良いです。当時のワタシの中のナンバー1だった。とかいいつつ存在そのものを最近忘れていたんですが…。でも、読み返してみて「そうだ!ワタシにはこの本があったんだ」って思った。しかも、話をすっかり忘れていたので、2度美味しかったという…。ちょっと情けない。 主人公のリーナは勉強とバイトの毎日。おとぎ話なんか全然信じないような女の子。彼女がある日、花畑で一人の女の子を拾う。どうやらその子は普通の人間ではないようで…。女の子を迎えに来た、美少年シルヴィーとリーナのライバル無表情男ユリウスと、あっちの世界へ旅立つことに…。でも、夢の世界のように思えたあっちの世界も、こちらと同じ苦しみや哀しみにあふれる世界だった。旅をつづけていくうちにミルッヒ(拾った女の子ね。髪が長くてちっちゃくて可愛い)の正体が明らかになったり、リーナの忘れていた過去がよみがえる…。なかなか波瀾万丈のストーリーかな? ちょっと後半部分が少したるい感じもあるんですが、前半の小さいエピソードの積み重ね方とかワタシは好きです。お菓子の家にすむ魔女のエピソードとかね。心がなごむ。 最近読んでいないんだけど、山口美由紀のマンガは結構好きでした。『V-K(ビビッドキッズ)カンパニー』とか『プリンセス症候群(しんどろーむ)』とか(初期だなー)好きでしたね。すごいツボにぐぐっとくる感じで、心に響く。あと『音匣(オルゴール)ガーデン』が大好きで、これは必ず読むと泣いてしまう名作なのだ。はて?ワタシは『タッジー・マッジー』を読んだのだろうか?文庫が出たらまた買ってしまいそうでこわい。 今月の白泉社文庫はワタシ的にはヒットが多くて、『フィーメンニンは謳う1・2』と『黄昏時鼎談』(わかつきめぐみ)を早速買ってしまったし。伝説の名作『王室スキャンダル騒動』(遠藤淑子)も、きっと買ってしまう。やれやれ。
2002年09月17日
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昨日は久しぶりにDVDを借りてきました。『サイダーハウス・ルール』。でも、おまけの映像を見てるいるうちに寝てしまって、昨日は日記を書けずじまい。スティーブン・キングも中で、語っていました。メイキングで映画を作った人たち自らが、語ってくれるのは、わかりやすくていいですね。映画見て、すぱっと理解できるほど、理解力に恵まれていないもので。まあ、蛇足だと思う人もいるだろうとは思うけど。 原作の『サイダーハウス・ルール』(ジョン・アーヴィング/文春文庫)(山本容子さんの素敵な絵が表紙です)はやたらと長くて、いろんなエピソードが入っていたので、それはそれで面白かったんだけど、なんか疲れる本でした。 映画の方は、ホーマー一人に話の中心が絞られていて、すっきりしていてわかりやすかった。ワタシの嫌いなメロニィの出番もほとんど無かったし。やっぱり、アーヴィング自身が脚本を書いただけ合って、うまく話がまとまっている感じ。 とても映像のきれいな映画でした。孤児院で子供たちが雪合戦をするシーンや、海辺やリンゴ園の美しさ。孤児院の子供たちも、とても可愛い。カーリをやっている少年はとても可愛いですね。 ワタシは、ドクターラーチが夜の朗読を終えて「おやすみ。メインの王子たち、ニューイングランドの王たちよ」と言って部屋から出ていった後に、子供たちが「あの言葉、僕は好きだな」とか言い合っているシーンが一番いいと思うのですが。 原作では、ホーマーは「そういうこと」というのが、くちぐせなんだけど、映画では彼は黙って口元だけで軽くほほえむ。これも好きだなーと思いました。 と、とりとめない感じですが、面白かったです。あんまり映画とかみないんだけどね。たまには、ということで。
2002年09月16日
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昨日は寝てしまったので、おまけ日記を16日に書いてます。 そういえば、新潮文庫の夏の恒例「100冊」の全プレ「Yonda?」ちゃんストラップが届きました。うーれーしーいー♪今年のYonda?ちゃんは、ますます可愛いです。去年は、実際にストラップを電話につけてみたのですが、Yonda?ちゃんが黄ばんできてしまったので、今年は大事にとっておくんだー、とよろこんでいます。 ワタシの携帯電話はauなので、携帯サイトからYonda?ちゃんの待ち受け画面もダウンロードしてきて使ってます。うーん、Yonda?ちゃんマニア?腕時計ももらいました。ふふふ。 やっぱり、文庫と言えば新潮!なんですよね、ワタシの中では。たとえば夏目漱石の本を買うとしたら(いや、買わないんだけど。あんまり)迷わず、新潮を買いますね。ワタシは。 角川の「お風呂で文庫(だっけ?)」の水色の生き物にも心惹かれるものはあるのですが、角川文庫高いしねー(結局、それかい!?) 知恵の森文庫(あら?光文社文庫だっけ?)のエリックカールの青虫ちゃんも可愛いんだけど、文庫そのもののラインナップが好みにあわないので、応募券が集められない。 そんな毎日です。踊らされてるなー。
2002年09月15日
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村上春樹『海辺のカフカ』を読み終わりました。最後まで読んで…すっごい良かったです。何度読み返しても新しい発見があり、違った読み方ができる、そんな本になりそうです。正直、意味が分からないところもあるけれど、すこしずつ読んで行けたらいいなと思います。ワタシの場合5回くらい読まないと、不完全なりにも消化できない。牛みたいなもんです。ということで、全然語ることはできません。すみません。 この作品には『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の続編的な色合いが、少しあります。キーワードは図書館、かな?構成も1章ずつ交互に、2つの流れが語られるという点が似ている。記号士も計算士もなし、ですが。 ずっと読んでいて、一番ホシノさんの言葉が心に響く感じがしました。ホシノさんがナカタさんに「ナカタさんに出会えたことによって、見方や感じ方が変わって、感謝している」というところは、とても良い場面だと思う。 うーん、とにかく面白かった、としか言えない自分が情けないですが、まぁ、そういうことです。相変わらず、彼らは「やれやれ」が口癖のようです。とにかく、最後は彼らが成長し、旅だって行く。ひとまずは、ハッピーエンドと言えるんじゃないかな。
2002年09月14日
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『海辺のカフカ』は、下巻に突入しました。順調に読み進んでおります。ますますいい感じ。バラバラに見えた話が、少しずつ接続しつつあります。中野区野方と四国の高松。ところで野方にはワタシの友達が住んでいる。関係ないけど。 ちなみに「カフカって何?」って、タイトル見て思ったんだけど、主人公の15歳の家出少年の名前です。とりあえずは。フランツ・カフカを読む15歳のようですね。ワタシの15歳の頃と大違いです。でも、当然それだけじゃない。作中に登場するレコードのタイトルが「海辺のカフカ」という。そして、それ以外の意味もあるみたいです。 今回は、なんかやたらと登場人物が多い。珍しいですね。村上春樹の作品は、なんかこう世界の片隅でひっそりと関係者だけでごそごそとやっているイメージがありますが(ない?)、今回は、結構いろんな人を巻き込んで話が展開していきます。猫まで出てくる。 今のところ、大島さん(線の細いインテリタイプ)と星野青年(中日ドラゴンズのファン)が好きな感じです。この二人はまだ作中では出会っていません。それぞれ別のラインの主要登場人物です。このあと出会うのでしょうか?楽しみです。 しかも、ローソンとすかいらーくとか、ネスカフェとか、カーネルサンダースとか、そういった「名前」がたくさん出てきます。かつては、主人公に名前さえつけられなかったのにねぇ…。すごい変化だなー、とか思います。 始まりはいい感じでしたが、そろそろ性と暴力の世界が…。やはりこれを抜けていかないと、ダメって事みたいですね。通過儀礼のような?それが、村上世界だから、たぶん。(ふぅ) 「それはたぶん●●さんに恋をしている、ということ?それとも●●さんにたぶん恋をしているということ?」…「でも君はたぶん●●さんにたぶん恋をしている?」…「たぶんだけれど、とても強く」 というのが、作中なんとなく気に入ったせりふです。●●さんのところは一応、伏せ字ということで。太字の部分は、傍点です。 主人公はアールグレイティーを飲みますが、ワタシはベルガモットガム(こんなものがあるんだねぇ)を噛みながら、熱い烏龍茶を飲んでいます。微妙に似ているようで大違い。ワタシの「読み」もたぶん、その程度だと思います。(それ以下か?)あまり気にせずに、独り言だと思って、勘弁してください 続きを読むことにします。ではでは。
2002年09月13日
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村上春樹『海辺のカフカ』を早速購入しました。うーふふふ。(ここ、ドラえもんな感じで) まだ上巻の3分の1くらいだけど、とても面白くなりそうな予感がします。ワタシ的には、恋愛小説よりこういうほうがいい。装丁もおちついた雰囲気でいいですね。本文用紙も少し薄めの綺麗な紙です。すこし、薄すぎて裏写りが気になるんだけど。ワタシは。 なんかもったいないので、休みつつ読む。美味しいお酒をチビチビ飲む感じですね。 とりあえず、いくつかのパートから始まります。それが、バラバラにそれぞれ進行していっているようです。今のところは。一つが少年の話。一つは猫のはなし(みたい)、あとは秘密(っていうか、今のところ何の話かよくわからない)。高松のうどんが美味しそう。これくらいなら、書いてもいいかな? これからどうなるのか、さっぱりわかりません。 ということで。
2002年09月12日
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早くもネタ枯れか?また川上弘美です。だって、好きなんだもーん。(少しやけくそ) 川上弘美『椰子・椰子』(新潮文庫)です。実のところ、新潮文庫の100冊、Yonda?ストラップが欲しいために、購入したという一冊。(ちなみにもう1冊は『日蝕』)でもまぁ、2冊とも当たりでしたが。 とてもあっさりしてて良いです。『溺レる』は少しどろどろと重かった。こっちは、荒唐無稽な夢物語、といったかんじ。夢でだってこんなむちゃくちゃな話にはならない。渋谷がジャングルになってて、カモシカがいるなんて…。自分の平凡ぶりが口惜しい限り。でもそのかわり、本で楽しませてもらえるけどね。山口マオさんのイラストも、変な感じを増長してます。確実に。 川上弘美さんの作品の中でも、ぽやぽやーとした訳わかんないところだけを集めてきたみたいな作品集。すごい好きだな、この雰囲気。ということで、しばらくは川上弘美ファンで行こうと思ってる次第。 『椰子・椰子』というのは、川上さんのお子さんが小さい頃に、「おやすみなさい」が言えなくて「やしやし」って言ってたのから来てるんだそうです。ふーん、ナイトキャップにピッタリの本ということですね。寝る前に読んだら、楽しい夢が見られそうです。ということで、もう寝ます。早いけど。おやすみ。
2002年09月11日
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うーん、正確に言うと「こどもの本」じゃなくて、「本が好きなこども」のおはなし。(まんがだけど)榛野なな恵『Papa told me』(集英社)が気に入っています。主人公は、的場知世ちゃん、小学生の可愛い女の子です。性格はいたって、しっかりもの。知世ちゃんや、周りの人たちのいろんな物語があつまった、宝石箱の様な本です。 しかし、連載が修了してから、文庫と完全版を読んでいいなー、と思って。だから、全エピソード網羅してない。ほんの一部しか知らない。 それでも知世ちゃんの一言にハッとしたりします。いいこと言うなー、この子って。それに、この知世ちゃん、すごい本好きな女の子なんだよね。かつてワタシが好きだった本を知世ちゃんが読んでいると嬉しくなってしまう。 知世ちゃんの台詞で一等好きなのが「開ける価値の無い衣装タンスの扉は無い」っていうやつ。(EPISODE.48 シルバーチップス)そうなんだよー、そのとおりだよー、ってナルニアファンのワタシも全面的に賛成です。ちなみに、キチンとした女の子なら、入った後の扉はピッタリ閉めてはいけません。これも常識。 この作者の榛野なな恵さんという人が、子供の頃にたくさんのいい本と出会えた人なんだろうなー、と思ったりします。大人になってからも、大切に思っていて、そういう本たちに対する愛情を感じます。それがとても気持ちいい。 今読んだ中で好きなお話は、EPISODE.55 「シェリートライフル」とEPISODE.46 「マイ ソリティア」ですねー。「シェリートライフル」は知世ちゃんが、百貨店の子供服売場のお洋服に一目惚れするおはなし。「マイソリティア」は、知世ちゃんのお父さん(作家です)の担当編集者北原さんのおはなし。好きなんだけど、これをワタシが言うと負け惜しみのように聞こえるので、くやしい。ちぇっ。 そのうち機会があったら、全巻読んでみたいなーと思ったりしてるんだけど、いつになるかな?買ったりしたら、また本棚があふれ出してしまうし、困ったもんです。
2002年09月10日
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村上春樹『村上ラヂオ』(マガジンハウス)をやっと借りる事ができました。図書館で予約すれば良かったんだけど、棚にあるのを見つけて「ああ、やっと会えたね!」という喜びを大切にしたいので、あえて予約はしないのです。(というのはかなり嘘で、本当はただ面倒だから) 文庫じゃないと持ち歩きに不便だから、単行本は買わない主義です。(これも、単に金がないとも言う) 確かこの本ってかなり売れたんですよね?目覚ましテレビのブックランキングにも長い間ランクインしていたし…。だからすごく、期待していたんだけど…。 「anan」に連載していたからだろうし、1回ずつも短かめだし、たぶんそこには明確な方針があって、必然性のもとにこういう文章になったのだとは思うんだけど…。でも、つまんなかった。しくしく。これでもずっと中学からファンなんすよ、本当に。 でも、つまんない本はつまんないと言うべきだよね。お金だして買ってるんだし。(図書館の本だって、何十万分の1くらいはワタシの税金なんだ)。 あくまでも個人的な意見です。世界のほんの片隅で馬鹿なうさぎが、地味なサイトでつぶやいてるだけです。ぶつぶつ。だから勘弁してください。地下でミミズの夢見て眠るモグラのいびきよりも害がない。 こういうワタシのモノの考え方は、村上春樹さんの影響を結構受けてると思っています。でも、この本には、そういう何にも媚びない、いっぽんどっこでやってる「村上春樹らしさ」というものがあまりないように思える。 おじさんが(いや、おじさんだけど)、若い女の子に「おぢさんはさー」とか若ぶって話しかけてる感じ。でも、心の底で「所詮こいつらはバカだから、かみ砕いて話してやんなきゃわかんないんだ。話しも合わせてやってるんだぜ」とか思ってる、そんなイメージを受ける文章でした。軽い、とはなんか違う。うまく言えないけど。文章がね、なんか媚びてる。 いやー、ぼろくそですね。すみません。期待が大きかっただけに、失望も大きかったのです。 ワタシも、何週間もベスト1に輝くような売れまくった本でなかったら、あっさり受け入れられたんだろうと思う。でも、「すごく売れた本だから面白いだろう」と思っちゃったんだよね。ワタシの「面白い」のアンテナが世間とずれてるんでしょう。どこか致命的に。 最近、「売れている」=「面白い」ではないこと、「期待」して読むと本来の面白さを損ねてしまうこと、そんなことを実感しています。みなさんは、そんなことないですか?ワタシがおかしいだけかなー??うーむ。 ところでこの本の文体、何かに似てるとおもったら、谷川俊太郎さんもこんな文章を書かれる気がします。ワタシのお気に入り『ナンセンスカタログ』(ちくま文庫、でも最近見かけない)での文章がこんな感じでした。あくまでも、雰囲気というか においが似てる、そんな淡いものなんですが。
2002年09月09日
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本棚を片づけていたら、奥から安房直子さんの『ハンカチの上の花畑』(講談社文庫)がでてきました。ナツカシー、この本自体は学生の時のモノだけど、始めて読んだのは、小学生の頃。あのころのワタシは安房直子さんの本が大好きでした。不思議で、でも少しかなしい話。 この本の場合は、思い出すのは小学校の図書室。「ダイホンバン(代本板)」っていうのがあって、取り出す本の代わりに、自分の名前を書いたプラスチックの板(というか本の厚さくらいの箱)を本棚に差し込んでおくの。そうすると、読み終わったときに、同じ場所に本を戻せるという仕組み。自分で、どこに差したかわからなくなって、探したりとかしましたよ。今でもあるのかなー。 本を借りるのも、本の貸し出しカードに名前を書いて、自分の貸し出し券にそれを挟んで手続きしてもらうんだよね。それで、本の後ろに貼ってある紙に、返却日をスタンプしてもらう。だから、その本を誰が読んだかすぐにわかるし、人気のある本とない本もすぐにわかっちゃう。今では、図書館はみんなコンピュータ化してしまって、なくなっちゃいましたね。『耳をすませば』的状況もありえないわけだ。 さて『ハンカチの上の花畑』ですが、この本には表題作の他に「空色のゆりいす」「ライラック通りの帽子屋」という3作が収録されています。子供の頃、この「ハンカチの上の花畑」「ライラック通りの帽子屋」がとても好きだった。あともうひとつ、魔法の舌のお話。つぶれかかったレストランの主人が、こびとに舌に魔法をかけてもらう。そうすると、今まで味音痴だったのが、人の作った食べ物を食べてもぴたりとレシピを当てられるようになる。それで、レストランは大繁盛するんだけど……しまった、オチを忘れた!うーん、気になる。 この3つが好きな話でした。そのおはなしを書いた人が「安房直子」さんという人だと知ったのは、かなり後でした。 そうそう、それで「ハンカチの上の花畑」。これは、郵便配達のお兄さんが、おばあさんから不思議なつぼを預かる。このつぼにはこびとが住んでいて、ハンカチをひろげて呼び出すと、ハンカチの上に聞くと、こびとたちはハンカチの上に菊の苗を植え、菊の花畑をつくって、その花でおいしいお酒をつくって、つぼに戻っていく。すると、つぼはとろりとしたいい香りのお酒で一杯になっていて、しかも、飲むと元気になる。おばあさんは、彼に「誰にも見せないこと」「菊酒でお金儲けをしないこと」を約束させる。でも、彼が結婚してお嫁さんを貰うと、隠しきれなくて、お嫁さんに秘密がばれてしまう。しかも奥さんは、ハンカチをどんどん大きいものにしていって、金儲けまで始めてしまう(やれやれ)。こびとたちには、人間が見えないらしい。でも、こびとたちとコミュニケーションをとりたい。そこで奥さんはその「お礼」と称して、ビーズや綺麗な服をこびとたちに与え始めるんだけど…。 素朴な物語です。でも、少しぞっとする。こういう話は流行りではないのかな。物語も時代に合わせて変化していくんだろうけど、子供の頃にこの本にであえて、結構よかったなー、と思っています。本はいろいろとよんだけど、この話はすごい覚えていたもの。個人的には、横文字の少ないファンタジーって好きですね。しかも日常から出発していくタイプのファンタジー。いつの間にか、不思議の国に紛れ込んでいるような物語。最初から「向こうの話」だと、こちらから参加できないような気がしてしまう。 ところで、「ライラック通りの帽子屋」「魔法のした(タイトルをわすれたので、仮にこう呼ぶ)」は、話も好きだったんだけど、なにより強烈な印象は、その挿し絵。子供の時読んだ本は、どっちも、気持ち悪い絵だったんだよぅ。あんまり可愛くない絵でねぇ。いやー、印象的だったなぁ。挿し絵の悪印象ナンバーワンでした。当時。ははは。ごめんなさい。 ところで、「ライラック通りの帽子屋」は、職人気質の帽子屋のところへ、羊がやってきて、自分の毛皮でトルコ帽をできるだけたくさん作ってくれと頼む。自分は、これから羊の国へいくので、その帽子を牧場の仲間のところへ届けてほしい。その帽子には、羊の国へ導く力がやどっているから、と。帽子屋は、羊の言うとおり帽子を完成させ、余った部分で小さめのトルコ帽をもうひとつ作る。その夜、あまりにがみがみうるさい奥さんにウンザリした帽子屋は、そのあまりの帽子をかぶってしまう…。と、いうような話です。ライラック、羊、ジンギスカン…北海道の話だったんですね。ちなみに、ワタシは今年の春、生まれて始めてライラックの花をみました。この本でライラックという花を知って、何十年たったことやら…。お話は大したことないけど、羊の国のイメージや、そういうものがとても美しい作品です。 いやー、それにしても、懐かしい。子供の頃に好きだった本を読み返すというのは、とても不思議な気持ちになるものですね。しみじみ。
2002年09月08日
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やー、とうとう現実になりましたね。全自動の掃除機。東芝から発売される「トリロバイト」(三葉虫という意味らしい)。自走式ロボットクリーナーだそうで、自分で部屋の中をクルクル回って、障害物はよけて掃除してくれる。しかも、充電も自動でやってくれるんだってー。すげー。 だって、これって文化女中器(ハイヤード・ガール)じゃないですか!!まさに。 ロバート・A・ハインライン『夏への扉』(ハヤカワ文庫)の主人公ダンが発明するハイヤード・ガールというのは、自走式の掃除機の発展形なのです。『夏への扉』はマイベストのSFで、時間ものSFの最高傑作(だと思う)。1957年の作品なんだけど、その作中では1970年台の近未来が舞台。その頃にダンは、ハイヤード・ガールなどの様々な発明品を生み出す。家事作業の自動化の遅れに目を付けたダンが、全自動の家事補助ロボットを発明する会社をつくることが、そもそもの話の発端なのです。うーん、それより30年も遅れてしまったけど、とうとうこの世に「ハイヤード・ガール」が生まれた訳ですね。いやー、ハインラインの描いたSFの世界のモノが現実のモノになるのって、すごい感動。うん!これこそ21世紀!って感じがしますよね。 それでストーリーは、ダンが一緒に会社を始めたマイルズと元婚約者のベルに裏切られてしまう。そして、会社と発明の全てを取り上げられて、コールドスリープへ送り込まれ、2000年に目覚める、という風に続いていくんだけど…。この2000年の世界が、いかにも「未来の世界!」って感じで!いいんだよねー。表面に触れただけで、自動で頁が切り替わる新聞があったりとか、重力を制御してしまってたり、人工の肉とかできてたりするんだよねー。(でも、ワープロがない。)「『こち亀』がジャンプに連載されていて、サザエさんをテレビでやってるなんてのは、21世紀じゃない!」みたいな事を、唐沢兄弟が書いてたけど、ワタシもそう思うよ。ホント。 しかしこの『夏への扉』、影の主人公は猫のピートじゃないか?っていうぐらい、ピートが大活躍します。猫好きの人にもお勧め。 ところで、もう一つ全自動の掃除機で思い出すのが、佐藤史生『ワン・ゼロ』。これもたいそう面白いSFマンガなんだけど、ここにも全自動掃除機が登場している。登場人物の一人、コンピューターマニアの馬鳴アキラが、キットから制作した自動掃除機が、彼のマンションの床をうろついてる。なんかこういうところが未来っぽいなーと思った。(うーん、この本のあらすじ、説明しにくいのでパスします。) いやはや、それらがとうとう、現実になるとは嬉しいです。えっ、もしかして、はしゃぎすぎ?? でも、現実問題として、この掃除機27万円もするんですけど…。うーん、我が家にやってくるのは、まだまだ先になりそうです。床に本とかいっぱいおいてあるから、まだまだ掃除機本体も改良してもらわないと、家では使えそうにない。やれやれ。まだまだ夢の機械では、あります。
2002年09月07日
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今日、ふと入った本屋でふと目にとまったのが、漆原友紀『蟲師(むしし)』(講談社)。本屋のお薦めで、試し読みOK!なので立ち読みしかけたんだけど、面白そうなので結局買った。いいよー、このマンガ!!すぽん!とツボにはまりました。今、1巻しか買ってこなかったことを、部屋で悔やんでるところです。ちぇっ。 最近のワタシの傾向としては、日本の民俗学っぽい(っぽい というところに我ながら知性の低さを感じる)話に惹かれるらしい。 「蟲」というのは、人間よりもずっと原初の生き物に近い異形のモノ。その蟲に取り憑かれた人を治療するのが蟲師。(たぶん)蟲師のギンコ(でも男)が、出会った人々の物語。 蟲とか気持ち悪くなりそうなんだけど、絵が柔らかいので、全然不快じゃない。でも綺麗すぎないゴツゴツしたかんじが、人間くさくて良い、と思う。でてくる子供がかわいい。ギンコのちょっとふてくされた感じのキャラクターとかも、いいね。 あと本の装丁が好きだなー。派手さはないけど、落ち着いた感じ。帯と中扉を同じ紺色の紙で統一してたり、臙脂色のタイトルとかいいーと思うわけ。 「蟲」という字をみると、『風の谷のナウシカ』を思い出すのはワタシだけでしょうか?「王蟲!」ってね。いや、あれもよいねぇ。自分、最後の方 意味が読み切れてない気がするんだけど。 まぁ、それはそうと。久しぶりに当たりマンガでした。ふふふ、うれしい。あと、その本屋でもう一冊、北条司の「Angel Heart」も立ち読みしてきました。往年の「シティーハンター」ファンとしては、ぐぐっとくるものがありました(が、買わなかった)。香さん死んじゃったんだー。そういえば、シティーハンターはまってたよなー。「GET WILD」とか「still love her」とか懐かしいよねー。 はっ、いつのまにか話題が変わっている。では、この辺で。
2002年09月06日
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スーザン・クーパーの「闇の戦い」というシリーズ(評論社)が好きです。アーサー王を巡るファンタジーなんだけど、面白いです。評論社って、いい本が多いという印象。長い本が多いですが。 それはそうと、この『コーンウォールの聖杯』(学研)というのが実は、「闇の戦い」シリーズの1冊目なんだけど、版元が違う上に絶版になっていて、大変困った状況になっていたわけです。直接話がつながっている訳ではなくて、序章みたいな感じだから、後の話がわからない、という訳ではなかったんだけど…。ワタシが学生の時点では、全然手に入らない本になっていました。図書館だって、新しい所では入っていない状態。それが、やっと復刊されたのです。うれしいな。 それで、読んでみました。 なんか、ハリーポッターが流行って、ファンタジーは行ける!みたいな安易な本の造りが、少し気に入らない。頁の下の中央に章タイトルを入れてみたり、文中でフォントを変えてみたり、安易な造りになっています。気にいらないです。ふんっ。まぁ、図書館で借りている身で偉そうな事は言えませんね。 内容はこんな感じ。 サイモン・ジェイン・バーニィの3人の兄弟は、両親と一緒に夏休み、コーンウォールのトリウィシックに向かった。そこの「グレイ・ハウス」という古い屋敷を、3人のおじいさんの友達だったメリィおじさんが借りてくれて、一緒に過ごすことになったのだ。「グレイ・ハウス」は探検するにはもってこいの家だった。そして、3人は屋根裏の隠し部屋で古い地図を発見する。 その地図は、なんとアーサー王の聖杯の在処をしめす地図だったのだ。3人は早速、聖杯の探索に取りかかるが…。メリィおじさんとは敵対する勢力も乗り出してきて…。最後に、聖杯を手に入れるのは、誰か? というような話です。だいたい、こういう3人兄弟の冒険するファンタジーでは定石ですが、末っ子が一番魅力的です。重要アイテムを発見するのは、必ず弟さ。バーニィかわいいぞ! ええ、所詮「おにいちゃん」「おねえちゃん」は型から抜けられない、いい子ちゃんさ。へんっ。(長女のひがみ) 今、読み返すと正直それほどでもなかった。(うーん、そりゃ絶版になるわ、ってかんじ…)「闇の戦い」が、かなり良い出来なので(特に『光の6つのしるし』)、比べちゃうからかも。少し低年齢層向きといった感じもするしね。でも、血筋正しい冒険ファンタジーといった作品です。 それでも、これに続く「闇の戦い」シリーズは断然面白いから、この本もぜひ読んでみてねっていうキモチです。ちなみに「闇の戦い」の主役はこの3人ではありません、メリィおじさん(メリマン)は、大活躍してます。
2002年09月05日
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今日はもう9月5日です。昨日は、頭が痛かったので寝てしまったので、日記が書けなかった。(もう、治りました) ということで、おまけ。 先日、耳掃除をしてたら、耳掻きが引っかかって、血が出てしまった。(やれやれ) それで、耳掃除関係の小説のシーンを2つ思い出した。 一つ目は、なつかしの新井素子。(素子さん、妹さんは直子さんで、姉妹で「素直」なんだよねー。:よもやま話でした)コバルトの「星へ行く船」シリーズの『カレンダー・ガール』。 宇宙船ジャックした男の子の耳の中に、暗示をかけるための装置が仕掛けられていて、それを太一郎さんが取り出すシーン。太一郎さんは、耳掻きで無理矢理ほじくり出しちゃうんですね。その装置を。それで、男の子の耳が血塗れになるという、そのシーンが懐かしかった。この巻、あゆみちゃんのお姉さんぶりが発揮されて面白かった。成長するって恥ずかしいことなんだと、そのとき知った。ワタシもそう思う。 太一郎さん、なつかしいなー。広川太一郎とか言われても、あまり具体的なイメージが沸いてこない。昔、NHKのラジオドラマで、山田康男と小林聡美が「星へ行く船」をやっていたこととかも思い出してしまった。2人で全部の役をやってた「カフェテラスの二人」という番組。小林聡美のあゆみちゃんはとてもよかったんだけど、太一郎さんがルパンと同じ声というのは…、どうかと思ったものさ。 二つ目は『1973年のピンボール』(村上春樹)。この中で双子の女の子と暮らしている僕が、双子に両方の耳を同時に耳掃除してもらうというシーンがある(すごく気持ちよさそうだ)。そこで僕はなんと、くしゃみをしてしまい、耳が聞こえにくくなってしまう。医者に行くと、耳の穴の奥が曲がっていて、くしゃみの勢いでそこに耳垢が入り込んでしまっているという。それを取り出すために、耳にどろりとした液体を流して洗い流す。とまぁこんな感じ、だったと思う。(記憶がアヤシイ) この、耳にどろりとした液体を流し込む様子を想像すると、なんか背筋がゾクゾクする。少し水が入っただけでも、結構キモチ悪いよねー。でも、なんか耳がすっきりしそうな気もして、ちょっといいなと思ったり。 そんなことを思ったりする日々です。
2002年09月04日
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ええ、『名探偵コナン コナンからの挑戦状』を読んで、思いましたね。ワタシは名探偵にはなれそうにないです。性格おおざっぱですから。 伊集院大介・榎木津礼二郎は仕方ないとしても(名探偵の趣味が…偏ってる)、高校生にもかなわないとは…(くぅぅ、涙)。しかも、見た目は小学生だし。 殺人があるから名探偵がいるのか、名探偵がいるから殺人がおこるのか…なんて言うけど、コナンの周りは殺人事件多すぎですよね。探偵の家に住んでいることを差し引いても、多いよねー。物騒な世の中だわ。マンガだからといって、こんなにポコポコ人を殺してしまっていいのかと少し思う。みんながフィクションだと自覚していれば、ノープロブレムではありますが。 ところで、ワタシはテレビ派です。「見た目は子供、頭脳は大人 その名は名探偵コナン!」とか言ってるけど、高校生は大人じゃないよなー。まだまだ。とかいいつつ、毎週テレビを見てしまう。問題点は、先週見た内容を忘れている、という所。推理どころか、先週のあらすじさえ思い出せない。だからあんまり、ファンじゃありません。 えーと、ワタシが読んだのは、コナンの初期の事件を事件編と解決編との2冊組にした特別編集コミックです。古本屋で、一冊ずつバラで各100円で売ってた。これで、自分の名探偵度がわかるというしくみ。エラリー・クイーンの読者への挑戦状みたいなもんですね。 さっぱりわからなくて、腹が立つという点で同じです。 以前に読んだこともある話もあるのに、さっぱりわかりませんでした。やれやれ、ってかんじ。 ところで話は変わって、探偵つながりの余談です。 今朝、すこし時間があったのでローソンで思わず「多重人格探偵 サイコ」の最新刊を立ち読みしてしまいました。パラ見程度だったのに、予想以上にグログロで、朝から「む~ん」って感じ。イヤな一日の始まりかただったよ。やはり、朝から読むものではありませんね。でも、昼読んでも夜読んでも気持ち悪いんだけど。いつ読めば…?
2002年09月03日
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今回は、本日ちゃんと読んだ本です。でも、さっき最後まで書き終わったのに、間違って消してしまってしかもやり直しもきかず、書き直してます。しくしく。ショックがかくしきれない。で、その本は松村栄子『紫の砂漠』(新潮社)。ワタシは、この人の『至高聖所(アバトーン)』という本がとても好きなんです。それで純文学系の作家だと思っていた。(純文学って言わない?)それが、この作品でガラリとファンタジーになってたので、かなりビックリしました。 ばりばりファンタジーです。あっ、でも後半SFかも?ファンタジーとSFの違いも厳密ではないんです。なんとなく雰囲気で。 人々は「紫の砂漠(デゼール・ヴィオレ)」の周りに、街をつくって生活している。医師の谷、塩の村、商人の町等々。それぞれの町には特産品や技術があり、それを交換して生活は成り立っている。彼らは「見守る神」「告げる神」「聞く神」の三柱の神をまつり、それぞれの神官は「祈祷師」「巫祝」「書記」と呼ばれている。そして彼らには、生まれつきの性がなく、成長し「真実の恋」に出会って始めて「生む性」と「守る性」とに分化する。生涯にただ一人の「真実の恋人」。それは、ほとんどの人が出会えるものだけれども、いつ誰と「真実の恋」に落ちるのかは誰にもわからない。 子供たちは、七歳になるまで産みの親に育てられた後「運命の旅」に出発し、「聞く神」の町である書記の町に向かう。そこで「告げる神」の告げる運命に従って、運命の親のもとへ赴く。運命の親の元で七年修行し、後の七年は親への恩返しとして働く。親にとっては、運命の子こそが大切な子供であり、産みの子は運命の子を得るための権利を保障する担保にすぎない。彼らにとって、紫の砂漠は禁忌であり、一部の隊商をのぞき、足を踏み入れるものはいない。 しかし、塩の村のシェプシは砂漠に惹かれる子供だった。シェプシの耳は他の村人と違って丸く、他の子にいじめられた。そんなシェプシはある時、「光る音響板」を手に入れる。裏面を日にかざすと、不思議な音が聞こえた。木々のざわめき、赤ん坊の声、犬の声、そして聞いたこともない(たぶん)悪魔の声。そして表面には、耳の丸い男女の姿が描かれていた。それは、シェプシの宝物になった。何故自分の耳だけが丸いのだろう?最初の一の書記は耳がまるかった。聞く神によって創られた人間は、丸い耳で失敗作だった。そして、最初の一の書記と聞く神は砂漠からやってきたのだ。シェプシの砂漠への思いは強くなるばかりだった。 そして、とうとうシェプシにも運命の旅のときがやってきた。子供たちを迎えに来たのは、世にも美しい詩人だった…。 って、まだまだ序盤なんですが、これ以上ダラダラかいてたら、日がかわってしまうので。 とても美しい織物の様な物語です。そして、とても哀しい。いろいろな縦糸をシェプシという横糸が織り上げていきます。シェプシは大切な二人のジェセルの哀しい運命を見つめることしかできない。とても哀しい。見守ることは神の仕事なのに…。それは人間の身には重すぎる運命です。哀く美しい物語だと思う。 深く傷ついたシェプシの魂は癒されるのか。それは、続編へと続く物語となります。続編は『詩人の夢』。ちなみに両方ハルキ文庫です。これが高い!買えない!文庫で1000円超えると手がでないのはワタシだけではない筈。ということで、読みたくなったら図書館で借りてきます。何回か借りてきてる。それだけ好きな本です。この本の知名度がどれくらいなのか、よくわからないけれど、なかなか面白い本だと思います。それでは、おやすみなさい。
2002年09月02日
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はじめて読んだ時に電車で涙ぐんでしまって、やばかったという本の話題。本日は、梨木香歩『西の魔女が死んだ』(新潮文庫)です。今日も電車で読み返していてまたウルウルと来てしまいました。(懲りない…) なんだかこの人の本は新潮社がえらくプッシュしている感じなんですが、第二の江國香織として売りたいのでしょうか?まぁいいや。 うーん、この作品は古き良き児童文学の香りがします。なんとなく、ですが。児童文学のお手本のような本。文章とかテーマとか素材とかそういうものが、王道を行っている、と思う。 ということで、さして目新しくもないんだけど、そこが懐かしさをそそるんだと思います。安心感。あんまり、こういうの読んでノスタルジーに浸ってる場合じゃないとは思うんだけどさ。それに作品にとって、そういう読まれ方ってあんまり幸せじゃないと思うな、というのは余計なお世話な訳で…。 とかいいながら、どっぷりと浸りこんで泣いている私がいるわけです。 この人の本は『裏庭』『からくりからくさ』を読んだけれど、この『西の魔女』が一番好き。 物語は、おばあちゃんの死から始まる。そして、回想…。主人公のまいは、中学でうまく行かず、おかあさんのおかあさん、イギリス人のおばあちゃんと暮らすことになる。(お母さんとまいは彼女のことを「西の魔女」と呼んでいる。)まいは、おばあちゃんのもとで魔女修行を始めるのだが、教わることは魔法ではなくて、意志の力を鍛えること、自分で決めること。草花の茂る気持ちのいい庭と森といった自然に囲まれた自然の中で、まいは自分を見つめ、死を見つめて、生きることを考えていく。人は死んだらどうなるんだろうと苦しむまいに、おばあちゃんは「おばあちゃんが死んだら知らせてあげますよ。(中略)まいを怖がらせない方法を選んで、本当に魂が身体から離れましたよって、証拠を見せるだけにしましょうね」と優しく言って、魔女笑いをする。そのあと、まいとおばあちゃんは軽い諍いを起こして、まいは心にしこりを残したまま、おばあちゃんのもとを去る。 ラスト、この「証拠」というのが泣けるわけです。おばあちゃんは、約束を覚えていてくれたんだ。おばあちゃん大好き!(ここらへんもう うるうる。) 必ずしも、泣ける=面白いという訳ではないのですが(単に盛り上がりに弱いだけなの)、内容的にも結構面白かった。100点満点で82点くらいかな?でも、よくできた物語だと思いますよ。 最近、イギリス風の田園風景に憧れるので、おばあちゃんの庭はとても素敵に思えます。庭や植物の描写も生き生きしていていいですよ。うちにもバカみたいに生えていて使い道のわからないセージはハーブティーにしてさまして、植物にかけると虫除けになるそうです。こんど使ってみよう。 最近読んだ児童文学の中では、わたしの中での評価は高いです。でもこれ、児童文学なのか?新潮文庫なんだけど、と根本的な疑問。 おなじ児童書の「西の魔女」でも、荻原規子の『西の善き魔女』とは全然雰囲気の違う本です。あれはあれで、面白かったけどね。
2002年09月01日
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