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[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事] ★二月の名物風物詩として親しまれている ゆどうふ・ゆばなべ 南禅寺「順正」が催す、湯豆腐を食べた量を競う「ゆどうふ食べくらべ大会」が二十五日、恒例の桂文枝を審判長に迎えて第四十一回目を清水寺参道の料亭・清水順正「おかべ家」で行われた。 全国から応募した六〇七人の中から「とう(10)ふ(2)」の語呂合わせで、男女五十一名づつ一〇二人が抽選で選ばれ、桂文枝さんの軽妙な話術で雰囲気を盛り上げ、土鍋に入った一丁 四百グラムの豆腐が出され、十分の試合を三回繰り返す方式で行われた。宮川町の芸舞妓四人を含む、十六歳から七十四歳までの参加者が挑んだ。 優勝者は介護職員の山崎公史さん(34才)が三回で約四、二五キロ(十丁四分の一)の豆腐を平らげた。なんとも京都らしいユニークな行事です。 会場敷地内にある五龍閣は、京都大学時計台などの設計で知られる明治・大正時代の、著名な建築家・武田五一による設計で、国の登録有形文化財に指定されています。★第一四三回を迎える京の花街、祇園甲部の舞踊公演「都をどり」(四月一日~三十日)の開幕を前に出演者の衣装合わせが東山区の祇園甲部歌舞練場であった。 芸舞妓たちが琳派四〇〇年をイメージした図柄の衣装をまとい、プログラム用の写真を撮影した。 今年の演題は「花都琳派染模様(はなのみやこりんぱそめもよう)」で全八景。期間中、地方を含め計九十五人が出演する。尾形光琳の絵にちなんだ「西王母三千歳桃(せいおうぼみちとせのもも)」は中国を舞台とした珍しい春の景で、「光悦寺紅葉尽(もみじづくし)」では琳派の祖・本阿弥光悦ゆかりの寺の秋を描く。式年遷宮の年を迎えた上賀茂神社が舞台の景や、能でおなじみの土蜘蛛などの演目もあり、総踊り「平野社桜花絵巻」で華やかに閉幕する。 【2015年の演目】「花都琳派染模様(はなのみやこりんぱそめもよう)」全八景第一景: 置歌(銀襖)-長唄-第二景: 上賀茂社梅折枝-(上賀茂神社)長唄-第三景: 西王母三千歳桃(中国)-別踊 長唄-第四景: 三河八橋燕子花(三河八橋)-別踊 長唄-第五景: 源頼光土蜘蛛討(源頼光館)-別踊 浄瑠璃 第六景: 光悦寺紅葉尽(光悦寺)-長唄-第七景: 新口村雪道行(新口村)-別踊 長唄-第八景: 平野社桜花絵巻(平野神社)-長唄- 午後〇時半、二時、三時半、四時五十分の一日四回公演。 二五〇〇円~四八〇〇円。新たに設ける当日学割は千円。
2015.02.26
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】★節分が過ぎると、やさしい香りがしだす京の町に間もなく春を告げる上京区・北野天満宮で、梅の花をこよなく愛した菅原道真の命日にちなみ、遺徳をしのぶ「梅花祭」が二月二十五日開かれる。まだちらほら咲きの梅の花の美しさと香りに誘われ、本殿の神事では、祭神・道真の霊を「なだめる」という音に通じる「菜種」を冠に付けた神職が、古式にのっとり梅の枝や約四十キロの蒸し米などを神前に供えた。 梅苑(約一.六ヘクタール)と境内合わせて約二千本の梅の木が並び、種類も五十種以上と豊富で、道真の命日に当たるこの日に毎年行われている。約九〇〇年前から続く神事と、安土桃山時代に豊臣秀吉が境内で催した「北野大茶会」にちなむ野点大茶湯がある。殿近くの仮設テントの下で行われた。紅白に彩る梅の花の風情や三光門西広場での茶席「野点大茶湯」は、色とりどりの着物姿で上七軒の芸舞妓や女将ら約四十人による野点を、ちらほら咲きから満開の早咲き梅花を愛でながら、参拝者は春の訪れを満喫し楽しんでいた。 宝物殿も特別に公開され、「梅花祭と天神さま今昔写真展」が開かれている。 絵馬殿に、縦約七十センチ、横約一メートルのパネル七十枚を並べ、昨年の祭典や茶会の様子や、約百年前の境内、市電の走る周辺の町並みなどの風景も紹介している。恒例の縁日・「天神市」と共に楽しめます。
2015.02.25
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】★洛北の風物詩・上賀茂神社周辺で二月二十四日、少年の成長を祝う「幸在(さんやれ)祭」が営まれる。 元服の風俗にならい、「あがり」と呼ばれる数え年で十五歳の少年を一人前の大人として祝う儀式で、上賀茂神社の氏子町で受け継がれてきた。 「幸在(さんやれ)祭」は元服にならって子どもの成長を山の神に報告する儀式で、江戸初期にはすでに営まれていたという。 真新しい大島紬の羽織と着物に白いマフラー姿の「あがり」の少年らは、打ち鳴らされる鐘の音に合わせて太鼓を叩き、「おーめーでとーごーざーるー」と独特の節回しのはやしを演奏。 「ダイショウギ」と呼ばれる緑の葉のついた枝を持って、氏神の大田神社や地域を巡り、沿道の住民の出迎えや祝福を受け、最後に上賀茂神社に到着。本殿でお祓いを受け大人の仲間入りを報告し祈祷する。
2015.02.24
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】★伏見区・醍醐寺で「五大力さん」の名で親しまれる「五大力尊仁王会」の法要が二月二十三日営まれた。 「五大力さん」とは醍醐寺にある五大堂の五菩薩の事で、衆生済度、現世利益の霊験あらたかだとか。 本尊・準提観音の眷属である五大力菩薩が開帳され、不動明王など五大明王の力にあやかり、国の安穏、無病息災、万民豊楽を祈願する山伏による法要が行われる。約千百余年の歴史がある。 僧侶が一週間かけて祈祷した「五大力尊御影」と呼ばれる災難・盗難よけのお札やお守りがこの日だけ授与される。 ☆恒例の風物詩、豪快に巨大な鏡もちを持ち上げる時間を競う餅あげ怪力奉納がある。 「五大力さん」と親しまれ、国の平和や家族の健康を祈る醍醐寺最大の法要「五大力尊仁王会」の関連行事。「力」を奉納すると御利益が得られるとして、戦後に始まった。 当日の呼び物「鏡餅上げ力競べ大会」では国宝金堂前広場であり、男性が百五キロ、女性が九十キロの鏡餅を上げて力比べをします。 優勝者にはこの大鏡餅が授与されます。 昨年('14)は、男性が二十一~七十歳の六十七人、女性が二十~四十三歳の二十五人と男女百十七人が挑戦。 「男性の部」では大阪府豊中市のインテリアリフォーム業が四分二十秒で優勝した。 「女性の部」では東近江市の会社員がこれまでの記録より一分十秒長い十一分十一秒で新記録で優勝した。はたして今年の力持ちは・・・? 男女六十九人が挑戦。 「男性の部」は、=京都・消防士=が五分十一秒で優勝した。 「女性の部」は、=奈良・林さん=が十一分三十一秒の新記録で優勝した。★左京区・聖護院山内積善院準提堂でも山伏による五大力尊法要があり、柱源護摩供養の後、本堂に高らかに響き渡るほら貝の音。経を唱えながら山伏が次々と護摩木をくべていくお札焼があり、普段は公開していない五大力菩薩図像が本堂で開帳され、家を盗難などから守るという魔除けのお札「御影」を買い求めるのに賑わった。 粕汁の無料接待があります。
2015.02.23
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【京 の 季 節 の 花 だ よ り]★名勝地として知られる京都府城陽市の青谷梅林で二十一日、「梅まつり」が始まった。このところの冷え込みの影響で大半はまだつぼみの状態だが、この日は春のような陽気に恵まれ、多くの家族連れなどでにぎわった。青谷梅林は花を間近で見られるのが特長で、約二十ヘクタールにわたって梅の木が植えられており、うち約一ヘクタール(約五〇〇本)をまつりの会場として開放している。この日は朝からぐんぐん気温が上昇し、多くの人がござを敷いて梅を見ながら食事をしたり談笑したりしていた。梅風味のフライドポテトや特産の寺田イモを売る出店もあった。 三月二十二日まで。営業時間は午前十時~午後三時。 【京 の 梅 だ よ り】 京の各地で梅の花が咲き始めた。 社寺や公園で紅白の花びらをほころばせ、一足早く春を告げている。 (今日現在の梅だより) つぼみふくらむ・・・京都御苑、二条城、、随心院、青谷梅林、ちらほら咲き・・・北野天満宮、梅宮大社、城南宮、
2015.02.22
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[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]★京の花街、宮川町の春の舞踊公演「第六十六回京おどり」(四月四~十九日)の衣装合わせが東山区の宮川町歌舞練場であった。芸舞妓が華麗な衣装をまとい、プログラム用の写真を撮影した。今年の演題は「宮川かぶき花街咲芝居錦絵(さとにさくしばいのにしきえ)」。歌舞伎の流行とともに茶屋町として発展した宮川町で、ゆかりの出雲阿国(いずものおくに)の人生をテーマに全九場で繰り広げる。 第一場: 「劇場通い」 第二場: 「かぶき始A」 第三場: 「かぶき始B」 第四場: 「かぶき始C」 第五場: 「宮川かぶき」 第六場: 「毛槍執着獅子」 第七場: 「女助六刀語」 第八場: 「京野菜小唄」 第九場: 「宮川音頭(フィナーレ)」 「ややこ踊り」で人気を呼んだ阿国が名古屋山三(さんざ)と出会って芸を磨く姿を描き、形見の刀を残して戦に向かう山三との別れのシーンなども盛り込んで物語として展開する。女助六が登場する場や舞妓による京野菜小唄もあり、恒例の「宮川音頭」で華やかにフィナーレを飾る。
2015.02.20
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[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]★京の花街の春を彩る舞踊公演の先頭を切って開幕する上七軒の「第六十三回北野をどり」(三月二十五日~四月七日)のプログラム用の写真撮影が上京区の上七軒歌舞練場であった。衣装合わせをした芸舞妓が、舞台上であでやかにポーズをとった。 芸舞妓が舞台衣装に袖を通し、本番に向けて気持ちを引き締めた。 今年は全三部構成、芸舞妓二十九人で披露する。最初の演目「四條かぶき」は、北野天満宮でかぶき踊りを演じたとされる出雲阿国(いずものおくに)の芸にかける思いを、名古屋山三(さんざ)との恋模様を交えながら舞踊劇で表現する。第二部の「舞姿つなぎ団子」は、「十二つき」「長崎ぶらぶら節」などの小曲集をにぎやかに披露する。フィナーレは芸舞妓がそろって舞う恒例の「上七軒夜曲」で華やかに幕を閉じる。 午後一時半と四時の二回公演。四三〇〇円(茶席券付きは四八〇〇円)。 当日のみ二八〇〇円の学生割引もある。
2015.02.19
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[京 の 季 節 の 花 だ よ り] ★しだれ梅と椿まつり城南宮の神苑・楽水苑では、源氏物語に登場する一〇〇余種の草木があり、「春の山エリア」に植栽された一五〇本余りの紅白のしだれ梅は、二月下旬から咲きそろい始め、追って三〇〇本もの様々な椿が開花します。神職による案内もあります。 二月十八日 ~三月二十一日(毎年同じ日程です) [今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]★十七日午後十時二十分ごろ、東山区下河原町の高台寺の境内で火の手が上がって、方丈の西側の木造平屋建ての物置小屋延べ約一〇〇平方メートルが全焼し、東隣のポンプ小屋の壁を焼いた。高台寺の火災は一九三〇年以来とのこと。 高台寺は一六〇六年、豊臣秀吉の正室北政所(ねね)が秀吉の供養のため創建した。ねねの墓所となっている霊屋をはじめ、開山堂や傘亭、時雨亭、表門、観月台などが国の重要文化財に指定されている。 周辺には高台寺塔頭の圓徳院や石塀小路、清水寺へと続く二年坂などの名所があり、観光客に人気があ
2015.02.18
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】★北区・上賀茂神社では、昔の人が春を待ちきれず野原に出て若菜を摘んだように、白装束の神職が境内で小さな松の苗を摘み取って神前に供え、早春の草花を採取して神に春の訪れを告げる祭祀、 神山の麓で際官達が姫小松を引き、玉箒草をそえて神前献上する「燃灯祭」が二月十七日行われる。もともと二月の二番目の子の日に若菜を採って遊宴を開いた宮中行事に由来する。 「乙子(おとね)神事」とも言われ、平安時代には貴族らが盛んに行い、和歌にも詠まれたが、春の到来を尊び宴遊した「野辺の遊び」を神事化したもので、いつのまにか一年の健康を祈願する神事に変わったという。八人の神職が約三十センチの松を丁寧に引き取り、玉箒草(タマボウキソウ)(別名・燃灯草)とともに紙に包んで本殿に奉納。 境内には和歌愛好家らが詰めかけ、ゆっくりと松を摘む珍しい神事を見つめていた。
2015.02.17
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[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]★餅上げ力奉納で知られ、「五大力さん」の呼び名で親しまれる五大力尊仁王会に先だって営む前行法要が十五日、京都市伏見区の醍醐寺で始まった。 国宝の金堂で五つの護摩壇に火が付けられ、参拝者が祈りをささげた。 五大力尊仁王会は平安時代から続く法要で、不動明王など五つの明王の力を授かり、国の平和や人々の幸せを願うとされる。 前行法要は一週間で二十一回あり、延べ約千人の僧侶が金堂にこもって営む。この日は午後三時に始まり、五十人余りの僧侶が真言や般若心経を唱えた。 参拝者は護摩壇から上がる火柱に護摩木をくべ、静かに目を閉じて手を合わせていた。 五大力尊仁王会は二十三日に営まれる。
2015.02.16
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【今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]★京都名物 百七十一段を走ってタイムを競うJR京都駅ビル「第十八回大階段駆け上がり大会」が十四日、JR京都駅ビルで開かれた。全国から集った健脚自慢の三百十五人が、見上げるような大階段を勢いよく走り、健脚を競い合った。KBS京都が主催し、十八歳以上の女性一人と、四五歳以上の男女いずれか一人を含む計四人でチームを組む。一般と新設されたパフォーマンスの二部門に京都のほか大阪、福岡、神奈川、広島など全国から計七十八チームが出場し、四人の合計、個人のタイムでそれぞれ順位を決めた。 参加者は気合十分にスタート位置に立ち、合図とともに一斉に駆けだした。一気にゴールして好タイムが出ると歓声や拍手が送られた。途中やゴール付近で足がもつれる参加者もおり、仲間や家族からは「頑張れ」などと盛んに声援が飛んでいた。 パフォーマンス部門では人気の映画のキャラクターやお笑い芸人に扮(ふん)した走者が会場を盛り上げていた。★「京都マラソン2015」が十五日、右京区の西京極陸上競技場をスタート、左京区の平安神宮前にフィニッシュする四十二.一九五キロのコースで行われ、初マラソンに挑む選手、二人でたすきをつなぐペア駅伝の夫婦やカップル、車椅子で駆ける(六・一キロ)選手、アップダウンが激しく折り返しも多い起伏の激しい難コースで知られる京都マラソンに、さまざまな背景を持った一万六千人が出場した。 ★東山区・高台寺で開催中の「夜咄」は、夜に楽しむ茶会。 雨戸が閉ざされた薄暗い茶室の中で、ろうそくに灯がともり、ほんのりと浮かび上がるセピア色の世界。炎の明かりに照らされた釜の湯気がゆらりと映える。冬に行われる茶事で、寒気を和らげる手あぶりなどが置かれるのも特徴。観光客向けに午後五時ごろから催し、雰囲気のある茶室で京菓子や薄茶を楽しむことができる。 茶会の経験の無い人でも気軽に呈茶・点心(軽いお食事)を充分に味わえる企画です。 湯葉料理や庭園の観賞も付き、冷え込む京都で冬の夜をゆったり過ごすのも心地よいでしょう。三月一日まで金、土、日曜に開かれる。
2015.02.15
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[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事 ★伏見区・醍醐寺の恒例行事「五大力さん」(二月二十三日)で使われるのと同じサイズの巨大鏡もちが十日、大阪市都島区の京橋駅にお目見えし、山伏姿の僧侶がほら貝を吹き鳴らして邪気を払う「入魂式」も行われ、同寺の執行長と僧侶計八人が読経。 醍醐地域のマスコット「もちもちぃん」も法要に加わり、無病息災を祈願した。五大力さんで催される「五大力餅上げ力奉納」では、力自慢の男女が鏡もちを持ち上げていられる時間を競う。鏡もち展示は、PRとして二〇〇五年から毎年、醍醐寺が行っている。 展示された紅白の鏡もちは、本番で男性が持ち上げるのと同じ紅白二段の通称「五大力餅は」、直径は最大八十センチ、重さは百五十キロ。(女性は九十ロ)。 旅行客らも興味深そうに立ち止まり、カメラを向けていた。展示は十六日まで。 ★伏見区・伏見稲荷大社で二月初午の日(今年は十一日)に「初午大祭」が営まれる。 七一一(和銅四)年二月の初午の日に、祭神・稲荷大神が稲荷山に降臨し、初めて鎮座したという故事に由来する。この日にお山の杉の枝を持ち帰ると幸せになると伝えられている。本殿や社の柱には、杉とシイの葉を組み合わせた「青山飾り」が取り付けられ、境内は家内安全、商売繁盛を願う人々で、祈祷の順番を待つ長い列が夕方まで続き、縁起物である繁栄・招福を祈る御神木「しるしの杉」や「福かさね」を買う参拝客で賑わった。 ★北区・上賀茂神社では、「建国記念日」の二月十一日に恒例の「紀元祭」があり、古式ゆかしい装束に身を包み、蹴鞠が奉納される。蹴鞠は約千四百余年前に中国から伝わり、日本独自の文化として発展した。 上賀茂神社では江戸時代に一時途絶えたというが、一九九七年に復活した。 保存会のメンバー十四人は烏帽子に専用の水干姿で、神から鞠を受け取る儀式に臨み、その後八人ずつ鞠庭に入り、シカ皮を馬の革で縫い合わせた鞠を「アリ、ヤア、オウ」と独特の掛け声と共に和やかに蹴り続けた。 ★源氏物語の世界を実現しようとしたと言われる庭園「神苑」をもつ伏見区・城南宮では、物語に登場する風習にちなんで、毎年旧暦の一月七日に近い二月十一日に、境内で栽培された新鮮な春の野草を神前に献じ、セリやナズナ、スズナ・スズシロなど、色と香りの「春の七草」を入れた粥を食べ、一年間の万病退散、無病息災と不老長寿を願って貰おうと祈願する神事。参拝者には七草粥がふるまわれ、みずみずしい春の味が楽しめる。 庭園・楽水苑では春の七草が見られる。 ★梅宮大社では、醸造期たけなわの酒造家より奉納の酒粕を甘酒に仕立て神前に供えて、酒造業の安全繁栄と氏子崇敬者が無事冬を越えられるように祈願します。行事として酒粕より造った甘酒を無料接待します。 ★山科区・北花山の「阿含の星まつり」で知られる阿含宗の神仏両界大柴燈(だいさいとう)護摩供が二月十一日 、本殿境内地で営まれた。全国各地から多数の信者らが集まり、景気回復や家内安全を祈った。 願い事の成就を祈る「神界壇」と先祖供養のための「仏界壇」(いずれも直径十一メートル、高さ七メートル)という二つの八界形の護摩壇が設けられた。 太鼓や読経が響く中、信者が奉納した約三千万本の護摩木を山伏姿の修行者ら六百人が護摩壇に焚き上げ、約二十メートルもの高さに燃え上がる炎に向かい、手を合わせていた。
2015.02.11
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"おいない"の京都最新情報 [京 の 季 節 の 花 だ よ り] 京の各地で梅の花が咲き始めた。 社寺や公園で紅白の花びらをほころばせ、一足早く春を告げている。 ★梅の名所、北野天満宮でこのほ、ど恒例の梅苑の公開が始まった。 苑内に、赤や白の花が顔をのぞかせ、小さな春の息吹を参拝者に届けた。寒風の中で紅梅が凛(りん)と咲き、参拝の人たちがじっくりと愛でていた。 祭神の菅原道真は梅を愛し、「東風(こち)吹かばにおいおこせよ梅の花 主なしとて 春を忘るな」の名歌を詠んだ。 北野天満宮は全国各地に菅公をお祀りする天満宮や天神社の宗祀であり、その道真をしのんで二万坪の境内には五十種、約一五〇〇本の梅が植わり、半数が梅苑にある。 早咲きの梅は例年十二月中旬頃からつぼみがふくらみ始め正月明けに冬至梅・照水梅・寒紅梅等が寒さの中、春を告げるかのように咲き始め境内一円馥郁な香りで包まれる。 すでに早咲きの紅梅が二センチほどの花をつけている。ここ数日の冷え込みで多くはつぼみを固くしたままだが、寒さが少し緩めば一気に膨らみ、開花しそう。 梅苑には和魂梅(わこんばい)・黒梅(こくばい)・座論梅(ざろんばい)・緋の司(ひのつかさ)等の珍種も多く三月下句まで公開の予定。梅苑は例年二月初旬に公開され、二月下旬から三月中旬までが最も美しい時期となる。 尚、天正十七年(一五八九)に豊臣秀吉公が京洛の区域を定めその境界と水防の為、京都の四囲に築造した御土居(国指定史蹟)の一部が境内に残っており梅苑内で同時公開される。 今日現在の梅だより (2月10日) つぼみふくらむ・・・京都御苑、二条城、梅宮大社、随心院、城南宮、青谷梅林、 ちらほら咲き・・・北野天満宮、
2015.02.11
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★山科区・小山に伝わる早春の伝統行事「二ノ講」(ニノコウ「二九」)が、二月九日に行われる。 鎌倉時代、一三一三(正和二)年、牛尾観音の参拝者や村人を苦しめていた大蛇を一人の武士が退治した言い伝えに由来する。その後、武士に倒された大蛇のたたりを恐れた住民が、音羽川の岸の松に流れ着いた大蛇の死骸をあつく葬ったのが始まりと言われています。 音羽川の堤に稲わらの大蛇を祭ったのが始まりと伝えられる。それ以来毎年、順番で小山町に住む四軒が、当日の早朝から退治された二月九日にわらで大蛇に見立てて編みはじめ、その松の木に奉納し、五穀豊穣と家内安全を祈ります。 直径十センチほどの稲わらの束をねじり、全長十メートル、太さ〇.メートルの大蛇に仕上げ、長さメートルの竹の棒に巻き付け、うろこ見立てたシキミやマツ、御幣を取り付けて完成させる。 杉と松の老木に掲げて豊作と厄よけ、一年の平穏を祈願する。一九九三年に京都市無形民俗文化財に登録されている。
2015.02.09
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】★平安時代に活躍した空海、最澄ゆかりの毘沙門天立像が、東山区の八坂通を挟む二つの臨済宗の寺院でそれぞれ初公開されている。 空海の作と伝わる六道珍皇寺の像と、最澄が持ち帰ったとされる仏舎利を手に持つ霊源院(建仁寺塔頭)の像。 冥官(みょうかん)伝説で知られる小野篁(おののたかむら)ゆかりの六道珍皇寺は、もともと真言宗で、平安・鎌倉期は東寺(南区)を本寺として栄えた。中世の兵乱で荒廃し、南北朝期に建仁寺の住持が再興、改宗した。毘沙門天立像は高さ約一メートル。明治期の寺院調査書に「篁の魂を鎮めるために空海が制作した」との記録が残る。 長く収蔵庫に安置されていたが、昨春の東京国立博物館での「栄西(ようさい)と建仁寺」展の際に学芸員が調査したところ、平安初期の作と判明した。腰の部分の肉付きが重厚で、憤怒の表情の彫りが浅いのが特徴という。 傷みが激しく同展への出品は見送られたが、このほど部分的に修復、公開にこぎ着けた。八坂通を挟んで十数メートル北にある霊源院の像は、重要文化財「中巌円月(ちゅうがんえんげつ)坐像」の胎内仏。高さ三十七・五センチ、鎌倉時代の慶派仏師の作とされる。左手の水晶球の中に収められた仏舎利は、最澄が持ち帰ったものと伝わる。仏舎利は像の制作より後に、同院の僧が京都の寺で手に入れたとみられる。 ★十三まいりの“虚空蔵さん”で名高い嵐山の法輪寺は、裁縫・手芸・芸能上達の守護神として信仰され、二月八日、全国から集まった折れたり、使い古した針を供養する「針供養」が行われる。 縦三十センチ、横五十センチのこんにゃくを祭壇に供え、参拝者は飾り糸のついた長さ三十センチの祭事用の針を次々と刺し、針への感謝と技術向上、家庭円満を祈願した。 同寺の針供養は、平安時代に清和天皇が針を納めるお堂を建てたのが始まりと伝わり、毎年、二月と仕事納めの歳末(十二月八日)にも営まれている。 本堂の前に設けられた供養箱には、折れたり使わなくなった針が寄せられた。 法要では、雅楽に合わせて奈良時代の衣装を再現したいでたちの女性四人が舞を奉納した。 ★「京のよつぎさん」として知られる下京区の上徳寺で二月八日、子宝や安産を望む恒例の「世継地蔵尊大祭」が営まれる。 同寺に安置されている世継地蔵に参ると「一億日分の功徳が授かる」と伝わる。 午前中は地蔵堂で住職らが子孫繁栄や長寿など数の限定された十種の福のお札を祈祷。 午後から山伏姿の信者や僧侶による柴灯(サイトウ)護摩供があり、「子宝に恵まれますように」など思い思いの願いが記された護摩木を焚き上げた。 上徳寺の寺伝によると、江戸時代の初めに世継ぎを授かるよう日参した人が七日目の夜、お地蔵さんの夢を見た。お告げのままに地蔵菩薩像をつくり、お寺に安置したところ、懐妊したという。その像が境内にある地蔵菩薩立像といわれ、子無き人に世継ぎを授けられる霊験あらたかな地蔵菩薩として古くから信仰され、各地からの参詣者も多く訪れます。酒粕汁の無料接待もあります。
2015.02.08
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】★三千院初午大根焚き法要三千院では、ご参拝の皆様に幸先のよい年をおくっていただければと祈念し、毎年二月の初午の時期にあわせ「幸せを呼ぶ大根焚き」を奥の院金色不動堂前広場において盛大に行われます。今年は七日~十一日。 大根は大原の畑で有機農法で栽培されたものです。大原の里人たちが真心を込めて育てられたこの純白の大根は何色にも染めやすく、味付けも沁みやすいことで有名です。 厳冬の大原の里で、特別祈祷のあつあつの大根を味わい、お参りの皆さん共々、無病息災、開運招福をお祈りしましょう。なお「三千院の初午大根焚き」は、出世金色不動明王のご加護とご利益をいただけるよう、特別祈祷をしております。
2015.02.07
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[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事]★水尾・柚子風呂水尾は京都の西北、愛宕山の西麓にあり、柚子の里と呼ばれる小さくてのどかな山里です。 農家にはそれぞれ広い柚子畑があり、初冬(早くは十月を過ぎると)に入ると、熟した柚子を採取して柚子風呂が始まります。 訪れた人々は、清和天皇陵 円覚寺等の史跡を巡り、柚子風呂に浸かり、地鶏の鶏すきや水炊きを味わいます。また、お鍋の地元産の野菜、地鶏の味は格別。 水炊きの自家製ポン酢には、採れたての柚子がたっぷりと搾られています。
2015.02.06
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【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】 ★東山区の八坂神社で二日、節分祭が始まった。花街の舞妓らがあでやかな姿で豆まきをし、一年の幸せと無病息災を願った。 午後三時ごろ、京都五花街の一つ、宮川町の舞妓五人が黒紋付き姿で舞を奉納。芸妓や氏子の年男らと、「福は内」の掛け声とともに豆の入った小袋をまいた。 小雨の中、詰め掛けた多くの参拝者は懸命に手を伸ばして催促した。 立春の前日の二月三日を中心に(二日~四日)、古来、鬼は見えない気「邪気」を表し、心中の災いと疫病をあらわす鬼を追い払う「節分祭」、招福を願うさまざまな行事が各社寺で行われる。この頃京都は一年中で最も寒い時季だが、暦の上では冬と春の境になる。代表的な節分祭を紹介。 ★上京区の大報恩寺(千本釈迦堂)で二月三日、伝統の「おかめ福節分会」が営まれる。おかめ福節分会は、江戸時代末期から一九五五(昭和三十)年ごろにかけて一時途絶えていたものの、本堂が建立された約七百八十年前から同寺に伝わる除災招福の伝統行事。 本堂を舞台にして、伝統のおかめや赤鬼、青鬼が登場する狂言「鬼追いの儀」が披露される。 狂言は、三人の年男が豆を投げつけても退散しない四匹の鬼のもとに、おかめが登場し、笑みを見せると鬼がとたんに改心するという筋書。 ★上京区・廬山寺(紫式部の邸宅跡)で二月三日、「鬼おどり」の通称で知られる「追儺式鬼法楽」が営まれる。 境内で、ほら貝と太鼓の音に合わせて三匹の鬼がおどろおどろしい動作を披露したあと、餅まきが行われる。 「鬼おどり」は約千五十年前、寺を開いた元三大師良源が、宮中での三百日間の護摩を邪魔しようとした悪い鬼を法具で降伏させたという故事にちなむ行事。人間の苦しみの根元とされる三つの毒「どん欲」、「怒り」、「愚痴」を表す赤、青、黒色の鬼が舞台に登場。 太鼓とほら貝が鳴り響く中、三体の鬼たちは松明やおのを振りかざし、観客をにらめ付けながら護摩共が営まれる大師堂に侵入したが、僧侶の護摩供や追儺師の弓によって、苦しみ悶えてよろけながら逃げ去った。福娘らが豆や餅をまいて福を招いた。 ★「だるま寺」の愛称で知られる上京区下立売通御前西入ルの法輪寺で三日、だるま約八千体を一堂に公開する節分大祭があった。境内に所狭しとだるまが並び、開運を願う参拝者でにぎわった。四日午前も行う。だるまを戦後復興のシンボルになぞらえて堂を建てたのを契機に、だるまが奉納されるようになった。節分に、だるまの「七転び八起き」にあやかろうと開いている。 表情も大きさもさまざまなだるまや、普段は非公開の屏風などが境内の棚や縁側に飾られ、参拝者が願い事を書いた札をだるまに張り付けていた☆ 上賀茂神社・・・節分祭・古神札焼上祭 ☆ 北野天満宮・・・節分祭と北野追儺式☆ 金閣寺・・・不動堂開扉法要☆ 鞍馬寺・・・節分追儺式☆ 地主神社・・・節分祭☆ 下鴨神社・・・節分祭☆ 聖護院・・・節分会☆ 誓願寺・・・節分会☆ 狸谷山不動院・・・狸谷山節分会☆ 天龍寺・・・天龍寺節分会☆ 日向大神宮・・・節分厄除大祭☆ 平岡八幡宮・・・節分祭☆ 藤森神社・・・藤森神社節分祭☆ 伏見稲荷大社・・・節分祭☆ 平安神宮・・・平安神宮節分祭☆ 松尾大社・・・節分祭☆ 六波羅密寺・・・六波羅密寺節分祭 ★天龍寺七福神めぐり 節分の日、嵯峨・天龍寺では、総門前で福笹を受け、境内の塔頭七カ寺のお札を受けて廻ります。三秀院から始まり、弘源寺、慈済院、松厳寺、永明院、寿寧院、妙智院と続きます。山内では甘酒の無料接待もあります
2015.02.03
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[今日の情報・歳時記・催し・話題・出来事★壬生寺は京都の裏鬼門、開運厄除けの寺として古くから信仰を集めて来た、また狂言の草分けとも言える「壬生狂言」が「節分会」で披露される。 壬生寺の大念仏堂で[ガンデンデン]の囃しに合わせて演じられる軽妙な無言劇。 壬生狂言は、鎌倉時代に壬生寺を興隆させた円覚が、民衆に仏の教えを身振りで伝えたのが始まりとされている。 国の重要無形民俗文化財の指定を受けて、三十曲を受け継いで毎年春の「大念仏会」で厄よけ鬼はらい狂言「節分」(変装した鬼が女主人に酔いつぶされて正体がばれ、豆で追い払われる筋書き)が上演される。 二月二日~三日(二日間) 午後一時から一時間おきに八回上演。 境内や参道の露店で素焼きの炮烙を買い、「無病息災」などの願い事を書き込んで寺に奉納し、一年の無事を祈る。納められた炮烙は四月の壬生狂言「炮烙割り」で割られる。 ★平安時代の歌人、小野篁が開いたとされる上京区・千本ゑんま堂(引接寺)で二月二日~三日「強運節分会・こんにゃく炊き」の行事が行われ、四日の立春から始まる新しい一年を無病息災で過ごせるようにと、訪れる参拝者に裏表のない食べ物としてえんま法王が好むこんにゃくをふるまう習慣が古くからあり、えんま法王の恵みをより身近に感じてもらおうと、えんま様の舌の形に丸く切ったこんにゃく炊きを販売している。 一年間の強運を願ってだるまを供養する行事もあり、参拝に訪れた人たちが名前を書いては本堂で祈りをささげていた。夜からは「ゑんま堂大念仏狂言」が行われる。★左京区・吉田神社は都の鬼門。都に入ろうとする鬼を退散させる鎮守社で、古式ゆかしい節分儀式で有名です。二日の夜、災いを象徴する鬼を追い払う神事、節分伝統行事「追儺式」が営まれる。 追儺式は「鬼やらい」とも呼ばれ、平安時代初期に始まったとされる宮中で旧暦の大みそかに行われていた行事で、一九二八(昭和三)年に、節分祭の一環として神社が復興した儀式。 冬と春を分ける節分の前夜に、陰と陽が対立して生まれた怒りや苦悩、悲しみを表す悪鬼を正義の使者、黄金の目をした役人の「方相氏」が登場し、手にした盾と矛で鬼を追い詰めた。続いて今年の年男が務める上卿(しょうけい)たちが桃の木の弓で葦矢(あしや)を放ち、三匹の鬼を追い払った。 境内の舞殿に登場した赤色、青色、黄色の三体の鬼は、周囲の参拝客に向かって、雄たけびを上げて金棒を振り回すと、四つ目の面を着けた方相氏は、たいまつを掲げた童子を従えて鬼と対峙し、矛と盾で追い詰め、最後は上卿が魔力を封じるといわれる桃の木で作った弓でヨシの矢を放って鬼を山へと退散させた。三日は午後十一時からの火炉祭で直径5メートルの大火炉で古札を焼く神事が行われ、参道には露店が建ち並び、深夜まで吉田山一帯は賑わう。
2015.02.02
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2015年 2月 1日(日)【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】★湯立神事は湯をふりまく厄除けの神事。府下八幡市・石清水八幡宮の節分行事の一つで一年間の厄除け、無病息災と五穀豊穣を祈る神事。 釜で沸かした神水を神楽女がササの葉で振りまく節分行事「湯立(ゆたて)神事」が営まれた時折、雪が舞う厳寒の中、参拝者が湯しぶきを浴びて無病息災を祈願した。 早朝に男山中腹の霊泉からくみ上げられた岩神水が、本殿前に設けた三基の釜で沸かされた。神楽女が塩、米、神酒を釜の中に入れて湯を清め、両手に持ったササを沸き立った釜の湯につけた後、勢いよく振って湯しぶきを周囲に飛ばした。その後、釜の湯を二本の笹で周囲の参拝者に激しくぶちまけ厄を祓うものですが、熱い地獄のえん魔大王と出会ったような一場面です。 ☆毎年、節分前の日曜日に節分行事「鬼やらい神事」を斎行しており(但し、二月三日が日曜の場合は二月三日に斎行)、午後一時と二時の二回、本殿前にて宮中に伝わる古式に則り行われます。 先ず「鬼やらい人」が邪気を祓うといわれる桃の枝で作られた弓で四方を射、次に同じく桃の枝で作られた剣で「鬼やろう」の掛け声とともに四方を打ちます。その後、鬼やらい人を始め、年男・年女が境内に現れた鬼たちに「鬼やろう」の掛け声とともに豆を撒き退散させます。それまで鬼を見て泣きじゃくっていた子どもたちもその退散する姿に笑顔を取り戻し、そして参拝者に豆が振る舞われます。一般に節分とは、もともと季節の移り変わる時節を指し、つまり立春、立夏、立秋、立冬の前日すべてが節分のはずだが、立春が旧暦で一年の始まりとされ、その前日の節分を大晦日として、年を分ける重要な意味があった。 伝統が息づく京都は、各社寺ごと追儺式(鬼やらい)が催され、多様な行事内容で登場する鬼も個性豊かで面白い。各家庭では威勢良く「福は内、鬼は外」と豆をまき、邪気を祓い無病息災を願う。 鬼やらいに豆が用いられたのは「魔滅」(まめ)に通ずることからだと伝えられ、年の数より一粒多く豆を食べるのは、来る年の福を願う心を託したものである。 さまざまな巡礼の風習が残る京都、冬のしめくくり・節分の日に一年の無事と幸福を願って都の四隅に当たる四つの社寺(伏見稲荷大社・壬生寺・北野天満宮・吉田神社)をめぐる「四方参り」に出掛ける習慣がある。
2015.02.02
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