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昨日、息子の英語スクール最後の日でした。息子は4年生から、まる4年英会話を習いました。息子は系列の中学に進学予定で、きつい受験勉強はしなくてすんだのですが、そこの中学は帰国子女の受け入れをしていて、英語のレベルがものすごいという話。それで内申が取れず、希望高校に受験できないと聞き、そちらに進学するなら英語…といっても会話中心の教室に入れようと考えました。何故4年生からだったかと言えば、それ以前はまず日本語の勉強をしてほしかったし、せっかく英語をやるなら中学まで3年間はさせたいなと思ったからなのです。とはいうもの、どこの教室に行けばいいかさっぱりわからず、とりあえず近所の英会話スクールをあたってみました。まあどこも値段が高い割りにやっていることが見えてこない。体験にも行かせたけど、ピンと来ない。そんな時出会ったのが大手進学塾の経営する英語スクールでした。そこはフォニックス教育を売り物にしていて、教師はネイティブあるいは限りなくそれに近い人ということでした。私の惹かれたのはこの教師の部分。他はみんな「教師は外国人!」が売りでしたが、そこの話では「外国人教師は英語を話すかもしれないが教育者は少ない。うちは厳しい研修制度を経て、教育者としてやっていける人を教師に選んでいる」ということでした。う~む、なるほどぉ。子どもを預ける人がただのお友達じゃあ高い月謝を払う意味が無い・・・と私は納得。すぐさまここの体験授業に行かせることにました。するとこれがまた楽しい!!その日は8人ぐらいの教室でした。アクティビティでは生徒たちにゲームをさせたりしながらの、体も使う生き生きした授業。息子も夢中であっという間に1時間が過ぎ、即入学を決めました。授業料も高いといっても他よりは断然安かったですし・・・そこで息子を小学校の3年間教えてくれたのは、ご自信が帰国子女だというとってもかわいらしい女の先生でした。20代かなと3年間思い続けていたら、実は中学生の娘がいるお母さんと知りびっくり!でも先生のかわいらしさが息子たちに安心感を与え、また、さすがにおかあさんらしく厳しい部分もあり、すごくバランスが取れたよい先生でした。授業では会話のほかに毎回書かせることもしますし、単語もどんどん増えていくので、これはかなり役にたつなと思いました。3年後、中学進学の際、先生が代わるということになりました。6年生になっても別に英語をしゃべりだすわけじゃなかったし、3年間の効果も具体的にわからなかったので、当初の予定通り、ここでひとまず辞めさせようかと思いましたが、躊躇しているうち新学期の学費が引き落とされてしまい、そのままずるずる中学も続けることなってしまいました。が、しかし・・・中学に入学した途端、驚くべきことがあったのです。息子の英語能力は知らず知らずのうちにかなり進化していたのでした。それが分かったのは前期の中間テスト。息子の英語の成績はかなりなものでした。それから後もほとんどのテストが些細な1問間違い程度。1年生にしてはレベルの高いリスニングテストはパーフェクトで・・・力は着実についていたんですねぇ。中学と同時に学習塾にも通い始めましたので、そちらで文法はマスターし、ますます英語が楽しくなる毎日。中1の4月に英検4級から受験し、今は3級の資格を持つまでにいたりました。これはどう考えてもフォニックスで力を付けたことを認めざるを得ない状態です。というか、行かせてよかったなぁとつくづく思っています。まもなく2年で学習塾のほうが忙しく、時間的に無理なのでフォニックスをやめることになってしまいましたが、本当は中3までやらせたかったです。昨日の授業参観、恥ずかしそうに、でもちゃぁんと受け答えできる息子。もう私届かないレベルにいってしまいました。私なんて中学・高校で、英語・英文法・英会話・宣教師の先生の英会話・英語の聖書と週何時間も英語関連授業があったのに喋るとなるとまったく・・・です。日本の英語教育は間違っていたんですね。今や喋れるだけじゃ就職活動の武器にならない時代とか。息子の頃はどうなってるんでしょ・・・とにかく息子には臆せず、自由にいろんな人と会話の出来る人間になってほしいな。今はまだまだスタートラインだけど、とりあえず躓かなくてよかったよかった!
March 17, 2005
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私の母は横浜生まれの浜っこでその両親も浜っこだったそうです。代々と言うわけではありませんが私も横浜に生まれ育ち、息子にいたっては生粋のという枕詞言葉がついちゃう浜っこなのであります。その私の母の生前の出来事。ある日、自分の戸籍を取り寄せたらなんと本籍が横浜じゃなかったと言うのです。なんでも長崎の五島列島だったそう。なんで、どうして?誰も行った事が無いのに??だからといって何が起こる訳ではありませんが、これは、我が家の小さな不思議となっておりました。その母もおととし3月に亡くなり、悲しみの中、父と二人、母の遺品を整理しておりましたところ、その戸籍とやらが出てまいりました。母の本籍は確か横浜じゃないんだよなぁと目で追っていくと、なんと!!母の本籍は五島列島ではなく、「対馬」ではありませんか!!対馬って、あの韓国に程近い大きな島?それこそ行った事も見たこともないところです。母にいたっては自分の本籍があった場所に一度も行くこともなく亡くなってしまいましたが、私だってこの先訪れるチャンスはないかもしれません。でも、自分のルーツ探しに行ってみたいな。なんか不思議。あの島にもしかして私の血のつながりがある人が住んでいるの?対馬のみなさぁん!!よろしくにゃあ!HPで見る対馬は歴史深い、美しい島です。うちの息子が元寇やら魏志倭人伝やら歴史が好きなのはひょっとして祖先が息子に語りかけているから?母や私や息子に似た人がいるのかな。人口4万の島。その中のお年よりは多分1万人ぐらい。私の母の戸籍のいきさつを知っている人がいるのかなぁ?遠いけど、いつか行ってみたいなぁ。
March 16, 2005
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リトミックも、体操も、幼児教室もチャレンジ失敗に終わった私ども親子でしたが…世の中では松本サリン事件をはじめとする一連の事件が起き、便乗犯の仕業か横浜駅でも異臭騒ぎが起きたりで、いよいよ世紀末に向かってカウントダウンが始まったのかように物騒なことが多くなってきたちょうどその頃、お気楽な私と息子は再び体操教室に通い始めておりました。今度の体操教室は大手でも少人数制でもなく、地元では中堅で、その上スクールバスが家の近くに来るという好条件でした。そこでの息子は見違えるようになんとまあ仲良く仲間と関わり、15人ばかりの教室でしたが生まれて初めて(!?)順番を守り、前転、ブリッジ、壁倒立、平均台など次々上手にこなし…。私も週に1度その教室に彼を連れて行くのが楽しくなりました。やっぱりうちの子は体操に向いているんだわ!末は体操選手か!?なぁんてことは思いませんが…結構いい線いってる息子にちょっぴり満足しておりました。さてさてそれから9年。現在中1の息子は、体操選手どころか鉄棒もマット運動も超苦手マン。つい最近、後転がまぐれで1回出来た事を大喜びしておりましたっけ…今となってはブリッジのやり方すら思い出せないほど。結局お金の無駄遣い…トホホ~
March 4, 2005
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