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大掃除も出来ました。おせちも作りました。風邪もちょっとよくなりました。いよいよ2005年も終わりです。何はともあれ、家族みんな元気な1年でした。来年もいい年になりますように。そして、ブログのお友達みなさんが幸福な2006年になりますように-☆
December 31, 2005
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年末も押し迫ったこんな時期に体調がわりぃ~みなさんの日記を読んでるとちょっと元気が出るけど・・昨日は医者に行きました。おなかを2回切っているので、たぶん腸の癒着があって、そのせいでおなかの調子が悪くなりやすいんです。もちろん風邪が引き金です。ウイルスがおなかで暴れているらしい。体中痛いし、横になりた~い!!でもだめ・・・なぜかというと26日から、ダンナが休みでいるからです。とにかくダンナがいると落ち着かない、せわしない。とことんマイペースな奴でして、おまけに私が体調不良だとものすごく機嫌が悪くなる。朝も寝坊なんかさせてもらえません。自分がお酒飲んで、毎晩9時に寝るので、その分、早く目が覚めてしまうからです。外に出かけるのも大好きで、自分が出かけたくなると朝一出発しなければ気が済まず、そのために逆算して、掃除洗濯。全部率先して手伝ってくれるけど、私は自分のぺース(元来のんびりやなので)を乱されて、うぅう~ストレスストレス・・・だいたいおなかもすぐ空くみたいで年中ご飯食べたがるし。今は私自身おなかの調子が悪いから、人の食事作ることほど苦痛なものはないのに。息子は今日から部活も休み。でも、サッカー部2年全員でとっとと遊びに行っちゃたし・・・今、ダンナは美容院に行ってるので束の間、パソコンに向かってます。帰ってきたらまた戦争だぁ~わたしだってやりたいことは山ほどあります。こまめな掃除もしたいし、おせちの準備もしたい。毎日日記も更新したい。でもダンナがいると無理無理~あぁぁ。。。余計に体調悪くなる~~~
December 29, 2005
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初めて人を好きになってクリスマスに初デートできる人って世の中にどのくらいいるでしょうか。それって結構ラッキーなことじゃないかしら。だって町を歩くだけでロマンティックな演出でいいムード。そんな幸運をゲットした息子は昨日何事もなかったかのようにデートから帰ってまいりました。ダンナは結構心配していたらしく、4時ごろからそわそわ。「あいつはこんな時間までいったい何をやってるんだ!!」「何をって、映画見て、マックでお昼食べて、クイーンズイースト(映画館がみなとみらいでしたので)でクリスマスツリーでも見ながら、おしゃべりしてるんじゃないの」「そうなのか!?・・・おまえよく知ってるな」「知ってるわけじゃないけど、今朝のニュースで横浜のクリスマスのことやってたから、参考にするんじゃないの」「あぁおれはうちの子が男でよかったな。女だったらもう生きた心地がしない」・・・・って少しは落ち着け~!!!ところで帰宅した息子はM姫からのプレゼントと「ハリーポッター」のパンフを私に見せてくれました。プレゼントは女の子らしくこまごまといろいろ入っていて、中でも息子が喜んでいたのは彼女の手作りクッキー!男はこういうの弱いのよね~息子を思って焼いてくれたのかと思うと、母も感激です。(一個食っちゃうかな!)昨日はお互い冬期講習1日目なので(違う塾なのです)途中まで一緒に帰ってきて、M姫はそのまま塾の自習室へ、そして息子はいったん自宅に戻ってきました。塾の支度をしている息子の傍らで、息子の話を聞きたくてちょろちょろしてみましたが、やっぱりあんまりは聞けません。親子といえども超えてはならない1線がありますね。そう思いながらも、未練がましくうろうろして・・・ふっと息子の貰ったプレゼントの小さな持ち手のついた紙袋を覗くと中に小さなメッセージカードが入っているではありませんか。「ねぇ、お手紙はいってるよ~」「えっうそ!!」どうやら気づいていなかった息子。「よかったね。ちゃんとメッセージ書いてくれたんだ」そういい残し、わたしはす~っと部屋から出て行きました。でもって、廊下を歩いている時、そっと振り返ると、息子は私に背を向けて・・たぶんお手紙を読んでいるのです。(うちは息子の部屋のドアを閉めないことにしているので、廊下の突き当たりの部屋の様子が丸見えなのです)なんだか母は嬉しい!!息子に好きな人ができるのがこんなにも幸せなことだとは思いませんでした。息子は塾に出かけ9時半帰宅。前回の駿台模試の成績表を持って帰りました。低迷気味な数学が今回もいまいちでしたが3科の総合成績偏差値64,9で、難易度の高い駿台では比較的良い成績でした。この偏差値が続けばお目当ての学校も視野に入れられるのですが・・・今日は1月7日の大会に向けて朝からサッカーの練習。勉強も初恋もサッカーも青春の大事な1ページ。おもいっきり欲張って、どれも手を抜かずがんばれよ~
December 26, 2005
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ドヒャ~!!わぁドキドキする~今頃。。。いいないいな。昨日は我が家でクリスマスイブを過ごしましたが、今日は二人ではっぴぃ~なクリスマス。キリストもびっくりして復活しちゃうわ。23日、息子のサッカー区大会でM姫に会ったけど、なんと清潔感があって清楚で美しいお姿。なぜかこっちがモジモジしちゃいました。息子の奴、夕べはダンナに言われてお風呂で鼻の下の産毛を剃り(鼻歌交じり)今朝は、顔がバカ殿なみに真っ白になるまで泡だてて洗ってました。卸したてのトレーナーを着て。そうそう靴も買わされた。アディダストップサラ28cm。今回はまだお小遣いをあげてないのでとりあえず軍資金もたせて。息子のデートでこっちが気ぃ遣って、アホかいな~ダンナが「相手はお嬢さんなんだから、暗くなる前にお返しするんだぞ」と。あと数時間で帰ってきます。わくわく・・・ってあんまり根掘り葉掘り聞けないしなぁ~
December 25, 2005
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皆様のご意見、シカと受け止めました。おこづかいの相談にご意見たくさんいただきましてありがとうございました。ほんとうに参考になりました。持つべきものはブログ仲間。感謝感謝です。そこでやはり大多数のご意見とおり、こづかいはやはり¥2000で手を打とうかと思います。まずは無難な路線からはじめてその後はまた考えましょう。そうそうルール作りも話し合わねばね。それにしてもちょっと悩んでどうしようかと思っているとき、こうして日記に書いて、お返事がいただけるって嬉しいこと。今日は一日家にいたのに誰かと話をしたような気分になるのは、ブログを通じていろいろな方とコミュニケーションが出来ているからなんですね。しかも同じ中学生をもつお母さんたちとすぐにコンタクトが取れるなんて本当に素敵なことです。文明の力は偉大だ~!!皆さん!ありがとう。またよろしくです。
December 23, 2005
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以前にもおこづかいをあげようかどうしようかと日記に書いたことがありましたが、その時は、まだあげていないとのご意見が多かったので(めんど~なこともあり)踏みとどまりました。で、今回・・・。息子は18日に友達ふたりと「チキン・リトル」を見に行き、なんだかんだいって¥2000ほど使っております。25日はデートでまた映画代もかかるし、お昼はマックで食べるだろうし、電車賃だって往復¥460かかるわけです。これって結構立派な交際費ですよね。いくら真面目で硬い息子とはいえ、その都度お金を渡しているのではこっちのお財布の方が軽くなってしまいます。そこでまたまたおこづかい定額制の話が浮上したわけです。息子もなんとなくその方がいいみたいに思ってきてるようですし。まずは友達がおこづかいをもらっているかリサーチしてもらい、結局、周りではみんな貰っているのが判明しました。徒歩通学の子がほとんどいない学校なので、親もお金を持たせているのでしょう。だいたい¥1500~3000で、中には年中ピ~ピ~してみんなに借りている子もいるようです。借りるということは貸す子もいるわけで、一人の子はいつも¥5000ぐらいもっているので簡単に人に貸したり、帰り道かならずコンビ二に寄ったりして、それはそれで困った話ですが・・・。ところでうちの息子。ふたりで話し合った結果、次回からおこづかい制にすることになりそうです。全然使わないときもあるようなので、そういう時は自分なりに貯金しておいて、足りない月に補填するなど、自分の考え次第でお金を自由に使ってもいいことを言って聞かせました。私は中学の時、いくらおこづかいを貰っていたかは思い出せませんが、そのおこづかいのほかに毎日¥200づつもらっていました。母が病気でお弁当が作れなかったので、毎日学食でパンを買っていて、そのパン代が2個で¥200でした。5日制の私立中学でしたが、それでも今思えば月に¥4000食費を受け取っていたわけで・・・。けして裕福ではないのに電車通学の定期代、高い月謝、その上家庭教師代とかなりお金を使わせて申し訳ない気持ちでいっぱいでしたので、せめておこづかいを使わず貯めては自分の洋服や文房具などを買っていました。息子にはこの「やりくり」ということもそろそろ身につけて欲しいなぁと思っています。おこづかいをもらって、自由な気分になるけど、実際は自分次第で困ったりする場合もあって結構不自由を感じる。そういう金銭感覚も息子には知って欲しいのです。ところで、いくらにするか・・・??¥2000かな?えっ少ない??かといって¥3000じゃ多いような気もするんですが。今の相場っていくらなんざんしょ。
December 22, 2005
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2期制なので終業式もなく、昨日の午後から冬休みに突入しました。さっそく「おじいちゃん・・・クリスマスのプレゼント買ってほしいの」と電話をして、お・ね・だ・り。ダンナの母上は「もうDちゃんは中学生だからプレゼントんていらないんでないの」と勝手に決めてしまったので、息子としても要求は出来ません。(一人しかいない孫なのにぃ~!)結局、息子は両親である私たち、そして近くに住んでいる祖父(私の父)だけが頼りです。本当は24日にホームパーティをしてプレゼント交換するはずでしたが、ダンナが急に仕事で、翌日は息子の楽しみ~~~なデートの日なので、昼、父を招いてのパーティは中止となりました。学校から帰ったのが2時で食事をしてから、父と待ち合わせ、近所のYカメラへお目当てのゲームを買ってもらい、そのまま父の家までみんなで直行しました。ダンナが深夜帰宅の予定でしたので、夕食は父の家でデリバリーを頼むことにして、そこから3時間、息子は新しいゲームを思う存分やりまくりました。実は息子のゲームキューブは父の家に預けてあるので、まとまった休みの日にしか遊ぶことは出来ません。でも中学になって部活もあるし、塾の講習もあり、それすらままならない。結局、この冬休みも23日が区大会なので今日から部活三昧。25日からは冬季講習も始まり、29日からお正月3が日は両方とも休みですが、その時はダンナも休みなのでわざわざゲームをしに一人で出かけることもできず・・・せっかく買ってもらったゲームも昨日が遊び始めで昨日が遊び納めです。今度できるのは春休みかなぁ・・・ちなみに何を買ってもらったかというと、ゲームキューブのソフトで「スーパーマリオのミラクルベースボール」ゲームの後はすかいらーくのお弁当を食べながら「ぴったんこカンカン」で呆れる素行とメイクの泉ピン子と潜伏期間30年のきみまろに大笑いし、父もいつも一人で過ごしているのに、私たちが来ただけで、にぎやかになってそれはそれは嬉しそうでした。そんなわけで帰宅が9時過ぎでした。ダンナも2時半帰宅でしたので、今朝はひざびさ家族で朝寝坊しちゃいました。(といっても7時半ですが)息子は午前中、3回ゴミ捨てに行ってくれて、自分の分の年賀状45枚のコメントを書き上げ、ビビンバをたらふく食べ、今しがた部活に出かけていきましたよ~。さぁ楽しい冬休みの始まり。私も年賀状を仕上げましょう!NGC スーパーマリオスタジアム ミラクルベースボール <送料無料>
December 21, 2005
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毎年、我が家ではクリスマスのホームパーティ(家族だけですが)を開いて、プレゼント交換をしています。ダンナにはサッカーのレプリカ系のウエア、息子にはその時々欲しいゲームソフトです。ダンナと息子はわたしにイヤリングやネックレスなど可愛い装飾品を贈ってくれますが、けっして高価なものではありません。今年はダンナにはバイエルンミュンヘンのレプリカトレーニングジャージを買いました。ネットで購入したので現物が来るまでドキドキでしたが、まぁまぁいいものでした。息子は任天堂DSのソフト(内にあるのはDSかアドバンスだけなので)を買ってあげる予定です。その息子君、来週、初デート。ドッヒャ~!!「ハリーポッター」を見に行くらしいんです。その日はちょうどクリスマスですが、ダンナは「誰と行くんだか知らないけど、女の子と行くのならお前プレゼントぐらい用意しないとかっこ悪いぜ」と息子の反応をおもしろがってます。私もどうするのかなぁと心配になり、ちょこっと本人に聞いてみました。そしたら「学校の帰りにちゃんと買うよ」と。「ママ一緒に行ってあげようか?」とまたまた親ばかぶりを発揮してしまう私に、「大丈夫ひとりで買えるから」とあっさりした返事。だってだって~今までは何でもママ選んでって頼ってきたじゃない~!!「予算はどうするつもり??」「1000円ぐらい。だけど貯金箱に入ってるから自分で出せるよ」ですって。ふぅ~余計なお節介ってことなのね。でもちょっと覗いてみたいな。どんな顔して、何を買うのか。私っていつまでたっても子離れできないダメ母。なのに息子は反抗期がないまま、こんな私を置いてきぼりにして、一気に大人への道を歩き始めたみたい。まったく一年前には予想もつかなかった想定外の事態です。サッカーショップ加茂楽天市場店で買い物しました。http://www.rakuten.co.jp/soccershop/バイエルンミュンヘン ホーム ユニフォーム (INT)
December 19, 2005
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最近ニートが増えているのが社会問題化しているせいか、昨日の道徳は職業についてのお話しでした。文科省の話では最近どの学校もやっている職業体験はやはりこの若者の就業意識を高めようとする働きかけの一貫らしいです。さて、その授業に際し、先週事前アンケートのお願いがあり、過去や現在でついた仕事に関して保護者が答えるというものでした。45人中16人が回答。帰ってきた息子に16人の答えがまとめてコピーしてあるプリントを読ませてもらいました。普段あまりお互いの親の話などしないせいか、いろんな職業があって面白い!公認会計士から、IT関係、病院関係、テーマパーク関係まで。そのなかでもアンケートを見て、子どもたちが食いついたのが「音楽業界」の人。しかも「なぜその仕事に就こうと思いましたか?」の質問に、他の人たちは立派な目的意識を掲げていらっしゃるのに、この人の答えは「音楽が好きだったから」「今、自分が中2に戻れたら何をしたいか」という質問にほとんどの人が「もっと勉強したい」とか「英語をがんばる」解答されてるのに、その人の答えは「生まれ変っても同じ人生を送りたいので元の中2で良い」「仕事が辛いと思ったことは」という質問には人間関係を掲げた方が多かったところ、一方、その人は「辛かったことは一度もない!挫折もして苦しかったこともあったけど、好きな仕事のためなので辛いとは思わなかった」「中2の子どもたちに(仕事の観点から)何か言いたいことはありますか」という質問にはやはりすばらしいお答えばかりのところ、その人は「仕事の事など考えず、おもいっきり中2らしく(可能性は無限大なので)生きて欲しい」というお答え。子どもたちはその答えを読んで「この人すげ~!! 」と口々に言い、「誰のオヤジだぁ?? 」と興味津々になったそうです。息子は黙ってその様子を見ていたらしいのですが。。。このオヤジ、うちのオヤジなんです。めんどくさがり屋のダンナ。アンケートに書き込むのも嫌がるので、いちいち私が質問どおりにインタビューして、書き込んで提出しました。ほんとは音楽業界一筋30年!とか。歌も歌えない、楽器も弾けない、田舎から出てきて縁故もないけど、音楽をやりたいというそれだけの気持ちで今まで来たことなども書いたんですが。新旧さまざまなアーティストやいろいろな人びとにめぐり会い、支えられて歩んできた道のり。もちろん裏方の仕事ですが、私は仕事をしているダンナの姿が大好き!同じ業界の中で様々な会社を渡り歩き、生活は山あり谷あり、けして安定したものではありませんでした。でも、この前、しみじみ俺は生まれ変わっても同じ人生送って、同じ仕事をして、同じ家族を持ちたいぞ~と言っていたダンナ。もう第1戦というわけには行きませんし、息子にはいまさらピークの頃のダンナの姿を見せることは出来ません。けれど少し大人になった息子は、今とっても父親の事を誇らしく思っていて、それがまた私には幸せに思えるのです。
December 14, 2005
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本日めでたく10000アクセス達成いたしました。開設315日目。約1年かかりました。ブログの意味もわからず(今もって)・・・最初のうちは自分の日記すら気が向いたときにしか開かず、ましてや、よその方の日記にお邪魔するなんてまったくありませんでしたから、遅々としてアクセスも増えず。夏になっても(半年もかけて)500アクセス程度でございました。それが・・・夏休みに入ったとき、せっかくだから息子のこの楽しそうな中学生生活を日記に書き留めてみようかなどと思い立ちまして。なにしろ何をやっても長続きしない私ですから、たぶん3日坊主とは思ったのですが、なにしろ息子マニアの私、なんとかかんとか息子観察日記を続けることが出来まして。すると私のようなものにもコメントしてくださる方が居られるわけです。ありがたいことに。。。ですが、コメントって何?掲示板とは違うの?とみなさんには当たり前のことでも、わたしには疑問が山ほど。そんな状態でも心優しきお友達も増え、なんとかここまでやってまいりました。どこまでこのブログが続けられるかはわかりませんが、また1からのつもりで、そして皆さんを見習って出来るだけなが~く書き続けていきたいとおもいます。
December 13, 2005
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ここ数日の息子の事を考えていたら自分の初恋を思い出してしまいました。私はポップスが大好きで中学からはいつも聴いていました。だから音楽を聴くとその頃の情景が自然に思い浮かびます。なかでも忘れられないのはユーミン。私はユーミンよりちょっとだけ年下。高校1年で出会ってからも何年過ぎたことでしょう。だからほぼ同じ時代を共有しているような気持ちでいました。高校1年の私は人並みに恋をしていました。純粋でそして辛い恋でした。8年間付き合って結局実ることはありませんでしたが。今でもあの頃のユーミンの歌を聞くとその人の面影はなくても胸はキュンとします。私の頃はレコードでしたが、懐かしい過去の歌を集めた2枚組のアルバムを買って今はそちらを聞いています。私は息子の淡い思いとあの頃の自分を重ねあわし、今日、思わずユーミンを取り出して聞いてしまいました。そしたら、なんだか年甲斐もなく泣けてきちゃった。息子が勇気を振り絞って思いを告げたのは12月9日でしたが、その翌日の12月10日はそのひとの誕生日でした。顔が思い出せないのに誕生日が忘れられないのはなぜでしょう・・・あの頃は恋に恋していたの?1歳年上のそのひとには1年早く大学受験勉強が始まり、そして医学部浪人。そのひとが合格するまでは会えなくても我慢しようと心に決めたのに、入学したのは遠く離れた大学。二人の間には会えない時間のほうが長く流れたような気がします。携帯もメールもない時代。携帯がないのは息子も同じですが・・・鳴らない電話をひたすら待つだけの日々。そんな時いつも寂しい私の心の隙間を埋めてくれるのはユーミンのメロディでした。今は新潟の燕市で病院を継いでいるそのひと。あのひとも子どもはいるかな?どんな人と結婚したのでしょう。そういえばそのひとが好きだったの「はっぴいえんどの風待ロマン」でした。息子はどんな音楽を思い出にするのでしょう。そのひとともう2度と会うことはないけれど、恋をしていたあの頃の気持ちと泣きながら聞いたユーミンだけは忘れられそうにありません。◆荒井由実~Super Best~(2枚組み)
December 13, 2005
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なにやらハッピ~~♪鼻歌交じりの息子。(そりゃそうだろう・・・)韓国出張から帰宅したダンナも「お前、俺のいない間に何かいいことあったのか」と私から事情を聞いているものだから、またいつもの調子でわざとからかいます。でもめずらしくそれ以上突っ込まない。案外父親って理解があるもんだなぁ・・・ところでその浮かれトンチキの息子と昨日の3時ごろから年賀状作りをしました。さぁやろうとしたところへダンナの母上から電話。年賀状作りは中断して仕方なく電話のお相手。長々と後ろ向きな愚痴を40分も聞かされ、だんだんいい加減にしてくれ~とイライラ・・夕飯の仕度も、お風呂洗いもまだなのに。さんざん喋って突然「あっ誰かきた!」とがしゃんと電話を切られたので私もさすがに堪忍袋の緒が切れかかりました。(この時点ではまだ・・・)その後、年賀状作りを再開。息子に全てを託して、私はとりあえず家事をすることになりました。最初、しばらくは印刷の音がリズミカルに続き、うまくやってるなと思っていたら、突然音がしなくなりました。「どうかしたぁ?」と覗きに行くと、泣き出しそうな困った顔の息子。失敗した年賀状を見せて・・・それも15枚の束。なにぃ~~~こんなにミスったのか!!私もミスプリントは何回もしてます。誰でもあること。でも、15枚ミスって途中で気づかないってのはないでしょ。それまで母上との電話で切れ掛かっていた堪忍袋の緒は一気に切れて、ガミガミ怒りまくってしまいました。「はがきは一枚50円もするのよ。15枚っていったら750円。あんたの好きなジュース何本買えると思ってるの!!」・・・て私もせこい。でもなにしろ線香花火みたいな性格なので一度声に出したら、かなりすっきりする私です。「怒ったりしてごめん」とすぐに誤るくらいなら最初から怒るなよ・・・てか!?今日、実家の父にそのことを話したら「あんたもちっちゃいねぇ」と笑われてしまいました。その父のアドバイスでミスした年賀はがきを郵便局に持っていき、1枚5円で新しいのと交換ができ(結局損は750円ではなく75円でした)、一件落着。ものすご~く得した気分で帰ってきました。ほんとわたしってちっちゃい人間だわ~、
December 12, 2005
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大きな声では言えませんが・・(ここで書いたら大声で言っているようなもの!?)昨日突然春が来ました。これ以上は言えませんが。息子との約束で。(息子のことだと言ってるようなもの!?)母としては嬉しいやら寂しいやら・・・とてつもなく複雑な気持ちです。向こうもずっと同じ気持ちだった。キャ~!!何度も日記に登場している私も大好きな・・・超かわゆい子。びっくりするのはその勇気。あの息子がよくそんな思い切った行動にでたものです。心に秘めていたことは母は知っていたぞよ。褒めて遣わそう。立派なモンじゃ。(頭が飽和状態で言葉使いがおかしい・・・)よきにはからえ~
December 10, 2005
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漢検2級、軽くクリアすると思っていた息子。落ちました~(ハハハ・・・)おいおいあの自信は何だったんだ??まぁたまにこういうチョンボはやらかしますので、あまり驚きませんが。だから次も挑戦。英検とW受験で、締めて¥7900でございます。何回落ちてもいいから受かるまでがんばってと心からそう思いますし、もちろん励ましの言葉はかけ息子の背中を押してやりましたが・・・正直、お金に羽が生えているのが見えます。冬期講習も引き落とされたし、うちは子どもがひとりなのに苦しい・・・。外食減らして、こまめに電気も消しましょう。ところで、漢検情報誌「樫の木」12月号ご覧になった方いらっしゃいますか?「日本語教育のあり方」というセミナーの模様が載っていて、わが校の先生の講演の様子が掲載されています。息子が習っている先生ではありませんが、すごく人情味があっていい先生です。私はこの先生のお供で県の国語力向上委員会にお邪魔することになりましたが、発言の段階になるとあらためて自分の語彙能力のなさにがっくり。あまりの自分のバカっぷりに顔から火がでそうでした。子どもの国語力を考える前に自分の国語力考えなきゃだわ。高校の代表委員の方のご意見では本を読む習慣が減っているというお話しでしたが、そういえば耳が痛い・・・私も読書が少なすぎ・・・。数学や理科や社会では息子に太刀打ちできませんので、せめて国語だけは親のプライドにかけてもと思ってたのに何も努力していない私。国語力向上・・・それにはやっぱり読書が役に立ちますね。読解能力はもちろん漢字の能力も読書することにより備わってきます。今は漢字にふり仮名つきの本も多いですが、それでも自然に身に付くものです。かつて太宰専攻であの頃はたしかに必死で本を読んでいましたし、おかげで論文は大学の紀要に載り、今も国会図書館に収まってますし、ネットで私の名前を見つけたときは仰天しましたが。あれから何十年(きみまろ?)すっかり知識は抜け落ち・・・もういちどあの情熱を持って国語を見直してみますか。息子が現役のうちに共に勉強することもいい機会かもしれませんね。
December 9, 2005
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昨日は3者面談でした。わが校は2期制で、しかも独自の成績評定を導入しているため、5段階の成績表は年度終わりに初めていただきます。(中3だけは受験が控えているので前期終了時にもいただきます)今回いただいたのは主要5科目のアルファベット表記(A+、A、B、C)の成績ファイル。もちろんAは優れているという評価ですが、そのなかでも最も優れているとみなされたものにはA+がつけられます。各教科だいたい4~6項目の観点別に分けられています。その内容はまず関心・意欲・態度・・・これは主に授業態度や取り組み、レポートの提出ができているかなど(夏休みの宿題もここにはいります)。次に知識・理解・・・これはテストの成績などが関係します。他には技能・表現・読み書きなどがありその科目によって独自の観点になっています。そして、この全部が加味され、年度末の成績表がつくので、テストの点数が良くても提出物を忘れがちな子や、授業態度が意欲的ではない子は内申点をもらえないという結果が出てしまうわけです。面談ではこのファイルを見ながら先生の話を伺いましたが、息子の成績は・・トータル23項目8項目Aで残りはA+をいただき、ホッとしました。そのほか先生のお話は生活面に及び、「学級委員から生徒会へ進んだことは違う道にステップアップしたという選択なわけで、学級委員をやりぬくのもいいことですが、違う世界を知ることも本人のためには非常に良かったと思いますよ」とおっしゃいました。「それも学級委員になることを学年全体から望まれていたのに、彼自体に生徒会副会長という別の仕事ができてしまい、やむをえずほかの人にバトンタッチした点がいいんですよ・・・ほんとに得な性格というか、これだけいろいろやってるのにそれがイヤミにならずみんなに好かれているんですよ」と。(先生はあまり人を褒めないクールなタイプなのでわたしはこのお話が一番嬉しかったんです~ )また「生徒会は学校全体の事をいろいろ考えていく大切な仕事だけど、これからも学年を陰ながら支えていって欲しい」というお言葉もいただきました。とりあえず、スコップ野球事件も制服落とし事件も先生は笑っておられましたし、何事も無く2005年を終えることができそうなので一安心です。ところで昨夜仕事で深夜帰宅だったダンナは今日から3泊4日で韓国へ出張。あわただしい朝、息子は成績表の話と先生からの話などを説明しながら、ひとときダンナとの別れを惜しんでおりました。ダンナは息子の成績がよかったと聞き、面と向かっては「ズルでもしたのか」とまた、訳のわからないことを言っていましたが、息子が出かけた後、成績ファイルをもう一度眺めて、「あいつはエライな」とつくづく感心しておりました。
December 7, 2005
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金曜日の夕方5時半。インターフォンがいつもの様に鳴りました。息子は部活や生徒会系の会議のある日は5時半。それ以外は4時半に判を押したように帰ってきます。その日もいつも通りなので、インターフォンを見ると画像に映し出されたのはYシャツ姿の息子。おんやぁ?そんなに暑い??まさか外はもう真っ暗で雨さえ降っている状態です。「お帰り~」とドアを開けると、なにやら打ちひしがれた様子の息子君。「上着・・・どうしたの?」「あのね・・・どこかでなくしちゃったの・・・」ナヌ!!なくしたぁ!!「どこで~?」「それがね・・・わからないの」「 わからないってどういうこと?? (この質問自体がおかしい。だいたいわかっていれば落としてこない)」私はこの時点でもうすでに98%近くの冷静さを失い、頭の中で『制服を買う』→『高い』→『もったいない』→『年の瀬にボーナスもなく余分な出費はイタイ』という言葉がぐるぐるぐるぐる駆け巡り、怒りのメーターがぐんぐん上がり、みるみる頭のてっぺんまで到達、爆発寸前になりました。「 どうやったらあんなデッカイもの落っことしてこれるのよ!! 」「手に持っていたんだけど・・・荷物が多くて」「 じゃあいったいあんたは何を着てたの? 」「体育の選択授業のあとでそのまま部活に行くから体操着を着ていて、制服は持っていたの」「 だってサッカー部の子はみんな同じ状態でしょ。なんであんただけ落としたりするのよ、みんな手に持って歩いてるの?」「みんなかばんの中に入れてる」「 だったらどうしてあんたは入れないのよ!? 」「みんなは教科書入ってないから制服押し込められるけど、俺は教科書もファイルも持ち歩いてるから、制服は入らないんだ」よくよく聞いてみれば手には教科書でいっぱいのかばんとお弁当など入れてるサブバック、さらに詰め襟を持って慌てて部活に向かったらしく、その途中で落としたらしいのです。「別に誰かが間違えたとか盗まれたとかって訳じゃないのね(かつて制服を隠された事件がありました)」「それはない。落ちていたのを間違えて持っていかれる可能性はあるけど、中に名前が書いてあるから気づくと思うんだ」そうか、う~ん・・・・「で、いつ気づいたの?先生には言ったの?」このあたりからわたしもだんだんトーンダウン。「部活終わって着替えようとしてないことに気づいて、急いで教室戻ったら先生がいて一応話したんだけどもう校門もしまるぎりぎりだったので帰されたんだ」なんだそうか・・・息子の困った顔を見ているといったん沸騰点までいっていた私の怒りもおさまり始めました。よくよく考えれば、絶対学校のどこかしらに落ちているわけだし・・・とにかく早くご飯を食べさせないと塾の時間に間に合わなくなってしまうので、私はいったん冷静を取り戻し、どうしたらよいか考えてみました。といっても明日は土曜日。「とりあえず先生に電話してみる?明日探しにいってもいいかどうか」「うん・・そうしてくれる?」やはり、月曜日にみんなが登校してからではなく、人のいない学校で探すほうが得策かと思い、私は恥をしのんで学校に電話してみました。先生は事情をわかってらしたので、息子に電話を替わり、なくした状況などをもう一度説明させ、幸い先生は土曜日部活の顧問で午前中出てこられるということでしたので先生の都合のいい時間に学校に探しに行かせてもらうということになりました。私が猛烈に噴火するのではないかと思っていた息子はホッとした様子。息子は小2の時、買ったばかりの6ヶ月定期約\20000分を落とした経験があります。その時の私の怒りようは、たぶん尋常ではなくそれがトラウマになっているのでしょうか。何かなくしたとか、損をしたとか、お金が絡む事に関しては過度に反応して、即座に豹変する母親の恐ろしさ肝に銘じているんですね~。塾から息子が帰ってくると、先に帰宅していたダンナは「オイ!!なんかお前制服なくしたらしいな。へっへぇ~ドジドジ~!!」とからかうからかう。でもそんなアホオヤジ、陰で「大丈夫だからな。すぐ見つかるさ」と慰めておりました。翌朝は1番に、学校に探しに行き、まもなく「見つかったよ」と公衆電話から電話をかけてきました。帰ってくると、ダンナが「お前は朝からいったいどこへ行ったんだ?」とまたからかうので、わたしもつられて「まさかなくした制服探しに行ったわけじゃないよね」とニヤニヤ。息子はまったく何事もなかったような涼しい顔をして「なんのことです?」ですって。あぁでも制服見つかって良かった。痛い出費にならずに母も鬼にならずにすみました。
December 6, 2005
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遡ること木曜日、息子が中学に入って初めて先生に叱られて帰ってきました。何度もお話ししているように真面目を絵に描いたような息子にいったい何が起こったか・・・このところ、昼休みに仲間たち数人で野球をやっているんだそうです。野球といってもバットやグローブやボールがあるわけではありません。もちろん野球部には用意されていますが、個人的に遊ぶ場合は貸してはくれません。国立附属といっても、わが校の場合はけして国の税金で賄われている訳ではなく、国の補助を受けている大学のそのまた予算の中にわが校への補助金があるため、学校の財政はほとんどPTAが支えているようなもの。かといって破格な寄付金を集めるわけではなく、入学金10万円、月の学費が約9000円ほど。そこから、給食費、スキー費、校外学習から修学旅行費まで一切合財出しているため、当然余分なお金などなく、(扇風機すら買えないので誰かしらの家で余ったものなどをお下がりで貰い受けてます)したがって遊びのための道具などもっての外な訳です。話は反れましたが、そこで息子たちは日ごろ、折れた木の枝をそのままバットにみたて、テニス部の落としていったボールを使い、素手で野球もどきを楽しんでおりました。仲間はみんな穏やかで(ダンナいわく弱小軍団)そんな野球でも満足していたのでしょう。そして、木曜日。たまたまいい枝がなく壊れた箒をバットにしてやっていたところ、そこへH君一派が「一緒にやろうぜと乱入!?」してきたそうです。息子はその時点で、いや~な予感が脳裏をよぎったと申しておりました。H君といえば、前にも登場しましたが、体育祭で活躍しクラス優勝の立役者となり、学芸祭ではみんなに勝利のミサンガを作り、クラス団結に燃え、スポーツ万能で不良っぽいけどイケメンのかなり大人な奴。彼らは、普段バスケをしていますがその日はバスケに飽きたとかいって、4~5人で息子の下へやってきたのだそうです。なぜかその日に限ってピッチャーは下投げのわが息子。(見た目は違いますがまるでジャイアン対のび太みたいな状況です)とにかく息子に「あんたでも投げられるの??」と思わず言ってしまうほど想像のつかない姿。おそらくH君たちもたかをくくっていたのでしょう。ところがやってみたら箒の柄が細すぎて、H君空振りの連発だったそうです。そこで、負けず嫌いのH君。どこからともなくスコップを見つけてきて、「今度はこれで勝負だ」とばかり、ブンブン振り回し、またそれが見事に当たって息子の頭上高々と飛び、やったぜホームラン!!・・・と喜んでいたのはそこまで・・・「え~グランドでスコップを振り回し野球をやっているそこの君たち。至急野球をやめて職員室に来なさい」という副校長先生の声がグランド中にこだましたんだそうです。「だから言わんこっちゃない」息子と親友のO君は顔を見合わせ、一蓮托生、そこにいた全員同罪ということで職員室に行くことに。慌てて担任の先生もやってきて、みんなで副校長先生のお説教をありがたく拝聴させていただいたらしいです。副校長先生は「あんなスコップなどという危険なものを振り回して、誰かがもし死んだら君たちどうする?君たちだけじゃない。学校だって責任問題で私だって大変なことになるんだよ」と冗談交じりでなぜか手に3000円を握りながらお話しなさったそうです。そうそう、先生は後半年で定年ご勇退なさるのに今になって問題起こしたら大変。ってそういうことじゃなくて・・・やっぱりスコップは危険でしょう!!笑っているうちはいいけど、最悪の事を考えるとぞ~っとします。まったく、大人だと思っていても中学生はまだまだ分別がないんですね。だから、そこだけは私も注意しましたが。とにかく何事もなくてよかった・・・。でも・・・親としてちょっぴり嬉しかったのはそんな青春の一コマを息子が過ごしていること。ダンナは井上ひさしの「青葉繁れる」みたいだと言っていましたが・・・息子の話を聞いていると副校長先生のお目玉もそれがH君のせいだったということもなんだか息子自身楽しんでいるように思えました。
December 4, 2005
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息子君が「おかねの作文」にいったい何を書いたか・・・息子のテーマは悪徳商法だったのですが、そこへ目をつけたのは私のある事件がきっかけでした。息子が小2、小3の頃、私は病気とケガの連続で、周りから見るとかなり可哀相な病弱な人で、我が家自体は気の毒な家庭で、息子は健気な子どもに映っていたのかもしれません。現に体も辛いけど、心も弱くなっていて、特に、病気手術の翌年に大怪我で松葉杖の生活はもうどん底でみじめな気持ちでした。で・・・そういう人には必ず親切に手を差し伸べてくれる人がいます。こっちの心は弱ってるから、ありがたくそういうお方の好意は素直に受け取る。(実際、本当に優しい気持ちの人もいっぱい居られるんですが)しか~し!!ココに大きな落とし穴が待っていたんですねぇ。だいたい・・普段仲良くないのにここぞとばかり近づいてきた人は危ない!?まずは、信ずるものは救われる系のお誘い。こういうのは日ごろ、気をつけていましたから頭の上で手をかざされる前にやんわりとお断りしましたが。ある日、同じマンションの奥さんが「大丈夫?大変そうね」と松葉杖の私に優しく声をかけてくれて、そして、私に手作りのジャムを作ってきてくれたのです。思えばそれが健康食品でした。(なんだかおいしくないけどひたすら親切が嬉しくて、その時の私は微塵も疑うことがありませんでした)数日後、「近いんだから遊びにいらっしゃいよ!」と誘われ、お茶をご馳走になり、その日は楽しく帰ってきましたが。次にまたお誘いがあった日、(断る理由もなく)お宅に上がると、そこにはもうひとり同じマンションの人がいて3人で楽しく会話は盛り上がり・・・ところが1時間ほどすると急に様子がおかしくなり、いきなり目の前にドーンとプロテインの缶が置かれて、「えっ」と思ったときにはもう遅かったのです。そこからふたりしてガンガン売り込みと会員の勧誘が始まったのでした。ほかにも出てくる出てくる健康食品。しかも一つ買えば開放してくれる状況ではなく何十万もするものを「箱買いしろ!!」といわんばかりの勢い。何度断っても、聞いてはもらえず、「絶体絶命、もうだめ~っ!!」と思ったところに「ピンポーン!」と誰かが来たのです。『せっかく良い所だったのに邪魔が入ったわ』と言わんばかりのそこの奥さんが「どなたかしら」と不機嫌に出て行くと・・・なんとそこにいたのは、うちの息子でありました。当時3年生の息子は、たまたまその日半日授業で「母は来てますか?」と尋ねてきたのです。「えっ息子ですか!!じゃあ私帰りま~す」と、私は松葉杖を振り回すほどすばやく、これぞ渡りに船状態!?で一目散に逃げ帰ってきたのでした。「Dちゃん、お迎えに来てくれてありがとう。ママ大変なとこだったんだ。でもどうしてママがココだってわかったの?」と聞くと、息子は「おうちに帰ったらママがいなかったんで、この前のおばさんちかなと思って探しに来たの」ですって。まさかこんな幼い息子に助けられるなんて。きっと神様が見ていて、私の元へ遣わしてくれたのかもしれないと思えるほどでした。家に帰ってもまだ私は恐ろしさに心臓がバクバクしていましたが息子を抱きしめて本当に落ち着きを取り戻すことができました。それから、私は息子がまだ小3だということも忘れて、すべてのいきさつを話しました。もちろん帰宅したダンナにも。そのことが息子の心に今の今まで大きく残っていたんですねぇ。あの時、うんと子どもだからこんなこと忘れるだろうと思っていたのに。それがきっかけで今回の作文でした。もちろんほかにも大学生に流行している新種のねずみ講などいろいろな悪徳商法についても触れていましたが。息子の作文を読んでいたら、案外私のほうが忘れていた状況が蘇って、息子の鮮明な記憶にびっくり。息子には本当に衝撃的なことだったのでしょう。こんなによく覚えていたなんて。今回、賞が決まって、ダンナは「この作文、『あなたのおかげで賞を取りました』ってコピーしてあのプルーンおばさんに(うちで名づけた彼女のニックネームです)送りつけてやったら!!」ですって。あんなことがあった後でも平然と暮らし続ける悪徳プルーンおばさん。(どうやら他にも餌食になった人はいるらしいのですが・・・)ほんとに送りつけてやろうかしら。それともいっそマンションの掲示板に貼り出したろかぁ~
December 2, 2005
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