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あっっっというまに、その日がきてしまいました。バッグパックで行ってきます。 足元は、軽くて楽チンなクロックス。このままシャワー入って、一緒に洗ってしまえるのだー。出発は土曜。いざ、インドへ! 旅のおともは・・・・悩んだ末寺山修司 「幻想図書館」。 濃厚な旅に負けない濃ーい小説を持ってくつもりが物語ではなく、書物案内書になっちゃったけど、、、もうずっと古書店で目をつけていた欲しい本だったので今日、つい買った。文庫だしいいか、と。一緒に写っているのは、寄り道お仲間のKさんからもらった天然石のお守りです (手縫いの巾着がラブリー) ブログも更新できないほど、慌ただしかったくせに映画はぼちぼち観てました。『パラノーマル・アクティビティ』 とか『インディアン・ランナー』とか『アヒルと鴨のコインロッカー』とか『天使と悪魔』とか『バッテリー』とか。ぼちぼちです。 それでは、旅の安全を祈りつつ行って参ります。
2010.06.24
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今世紀初頭、極東ウスリーの地誌調査をする部隊の隊長アルセーニエフ(サローミン)率いる探検隊は、道案内に老猟師デルス・ウザーラを雇う。苦難のなか、アルセーニエフは自然と同化して生きるウザーラに強い共感を覚えていくが―――――。 隊長アルセーニエフが、ウザーラを弔うため極東の地を再訪する場面から、物語ははじまる。威厳ある自然の脅威と美しさが、二人の出会いと別れを引きたてる。なにかと考えさせられる物語だった。ウザーラが知る、自然のなかで生きる術がすばらしい。それ以上に、彼の人柄と愛着わく存在感が、本編の一番の魅力となっている。アルセーニエフの一行は、幾度もウザーラの知恵と知識によって救われることになるのだった。しかし、そんなウザーラでも老いには勝てず。今度はアルセーニエフの計らいで都会で安泰に暮らすようになるのだったが・・・・・。自然の厳しさのなかで生きるのは難しい。それと同様にして、田舎暮らしに慣れた老人が、都会で生きるのは難しい。順応できない。なんともやるせない、現代社会にも当てはまる、切実な問いかけがあった。若いころの鋭さがなく、冗長気味なのが玉に瑕。苦労の連続だったろう映像にも、それほど迫力とパワーを感じない。ただ、物語が言わんとすることの核は、とても学ぶところが多かった。人間も自然の一部であるという感覚は、常に忘れないでいたいものだ。 黒澤監督にとっては初となる海外作品。この頃、日本国内でも興行成績が落ち込んで、窮地に立たされていたという世界の黒澤は、厳寒のソ連で長年温めていたこの映画を撮りあげた。監督/ 黒澤明 原作/ ウラジミール・アルセーニェフ 脚本/ 黒澤明 ユーリー・ナギービン 音楽/ イサーク・シュワルツ 出演/ ユーリー・サローミン マクシム・ムンズク スベトラーナ・ダニエルチェンコ (カラー/161分/ソ連製作)
2010.06.22
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失踪した夫を思いつつ、恋人の青茲と付き合う京は、夫の日記に「真鶴」という文字を見つける。夫は「真鶴」にいるのか? “ ついてくるもの ”にひかれて、京は度々「真鶴」を訪れる――――。 最愛のひとだったはずの夫が、突然失踪して、ひとり娘と母と、女ばかり3人残された主人公の、喪失と再生の物語。やはり、川上弘美の世界は不思議ちゃんだ。淡々としているのに、ときどき濃厚。まっすぐな切なさはないれど、じんわり沁む至極にっぽん的な感覚がたまらない。すぴりちゅある・わーるど・びゅー。喪失感漂うなか、主人公・京(けい)についてくるもの。それはまさしく幽霊なのだけれども、じつはもうひとりの自分だったり、“ 作家自身 ”であったりする。その“ ついてくるもの ”に導かれて、心神耗弱気味の主人公が、ありのままを受け入れ自然治癒していく。女ばかりのなかで、夫を失った京と、もう何年もお付き合いしている妻子持ちの青茲(せいじ)との、会話や存在の関係性がおもしろい。不倫しているわけで、じつはけっこう、どろどろしたことを描いているはずなのだけれど、川上節にかかると、透明で純粋な恋愛劇へと変わってしまう。生きていくために必要不可欠な感情――――そんな強い絆をさらりと描いてみせる。物語もさることながら、じつはわたしには、川上ワールドに登場する言葉が大好きだ。多くの現代人が忘れてしまって使わないような、古風な語彙の数々。それらは柔らかくて、さわりよくて、心地よく響く。きっと作者が意識して使っている、言葉遊びのようでもあるのだ。
2010.06.15
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「山路を登りながら、かう考へた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」 冒頭の一節がとても有名な『草枕』。漱石はどれを読んでもおもしろいと思っていたら、初期にはこんな読みにくい小説があったのね。主人公の中年(といっても当時はまだ30代)画家が、独自の芸術論を独白で展開させるのだけれど、聞いたこともないような語彙と漢文があふれてむつかしい!当時はたいそう人気で、本作の成功が、作家・夏目漱石の足がかりとなったというから、むかしの人は情感豊かで趣があったのね。正直、おもしろさの半分もわらなかったよ。西洋文化の批判をしているということは、多くの知識人たちがそうだったように、漱石もイギリス留学中には、国民性の違いなんかに悩んだのだろうか。それなら少しは身近に感じられそうだけど。だって週に一回、ほんの小一時間、英会話の先生と向き合っているだけで、わたしは疲れるもんね(笑)自我が強くて、テンション高くって。物語は、熊本小天温泉を舞台に、洋画家である主人公が、山中の温泉宿に逗留し、宿の若奥様の那美と知り合い、他愛のない会話を交わす――というもの。そのなかで、東洋の芸術や文学についてが、「さりげなく」ではなく、どうどうと頁を割いて論じられていく。時おり会話には、のちの作品に通ずるユーモアがあり、主人公の自論もハッとするものがあるのだけれど、全体に古風でとっつきにくく、なにぶんわたしには難しすぎた。じっくり味わいながら読み返せる日は、いつか来るだろうか。漱石を読むなら、高等遊民の出てくるのが、好きだなぁ。
2010.06.03
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ドイツ映画にも、こんなに陽気で楽しげな時代があったのね。『カリガリ博士』(1919年)の表現主義から一転、トーキー初期の、ハリウッドのような華やかさ。スラップスティックで描く、オペレッタ風の賑やかな歌と踊りに、ベタベタな恋愛劇さえ微笑ましい。劇中の音楽では、馬車の上で唄われる『ただ一度だけ』が屈指の名場面として有名なのだそうだが、酒場のシーンでつかわれた『 Wien und der Wein 』のほうが、私的にはとっても好みだった。いつかどこかで耳にしたメロディは、一緒になって陽気に踊りだしたくなるような名曲。メッテルニヒが繰り返す盗み聴きだったり、アレクサンドル1世の影武者が、空き時間にはじめる趣味の刺繍だったり・・・・・・いちいちおかしめるシーンが盛りだくさん。黒澤明の『影武者』でも思ったけれど、影ゆえの苦労もさることながら、意外と大事にされつつ、美味しい蜜をちゃっかり吸っている(笑)その存在自体がおもしろい。実際の歴史上には、たくさんの影たちが活躍していたのだろうなぁ。狡猾かつ偽善的であった(?)という、アレクサンドル1世。その気まぐれに本気になってしまう下町の娘(リリアン)。彼女に恋する侍従の青年。三つ巴の恋愛模様が、ラストでは儚く終わりを告げ、お祭り後の物悲しさ。“ 傑作 ”という言葉がうなずける後味の良さだった。『死ぬまでに観たい映画1001本』に選ばれているかなーと思ったが、意外にもリスト入りはしていなかったよ。1814年、メッテルニヒの策略で、「会議は踊る・・・」といわれたウィーン会議を背景に、ロシアのアレクサンドル1世が、替え玉を使い、公務と下町の娘との恋を掛け持ちする様を軽快に描く――――。(あらすじ)監督/ エリック・シャレル 脚本/ ノルベルト・ファルク 出演/ ヴィリー・フリッチ リリアン・ハーヴェイ コンラート・ファイト (モノクロ/84分)
2010.06.01
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