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蠍座では、今日から来月12日まで、タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』と並行して、<ナチス強制収容所の記憶>と題し、『パサジェルカ』『夜と霧』の二作品を放映している。初日の今日はお休みで、さっそく蠍座へ足を運んでみた。 アウシュビッツ強制収容所を舞台に、女看守リザ(シュロンスカ)と彼女が同性愛的な感情を抱く女囚マルタ(チェピェレフスカ)との精神的な闘いを描いた異色作。手なづけ屈服させようとする看守に対して毅然とした態度をとる女囚、それによって看守は精神的に追いつめられていく―――。 映画完成前に、ムンク監督は交通事故で亡くなっている。友人たちが遺志を継ぎ、遺されたスチルを繋いで完成させたのが本作。戦後、新婚旅行に出た女看守が船内で、かつて囚人だったマルタにそっくりな女に出会うところから、物語は始まる。スチルに解説がつき、語りが入り、1時間の映画としての体裁を得ているけれど、そのおかげでかえって描かれない部分を想像して、深みが出たという評価も多いようだ。ガス室も、処刑も、時代背景のなかに普通にあった。怖ろしく描こうとする意図的なものはなくて、リザとマルタの精神的な闘いが前面にある。近年作られたホロコーストものは幾つも観ているけれど、趣の違いを感じるなぁ。当然だけれど。『夜と霧』もきっと観ておこうと思った。リザが、告白という形で、初めて夫に語る過去。女看守だったころの、マルタという美しい憂いと気高さを持つ、ひとりの囚人の話。マルタと恋人のつかの間の逢瀬に目をつむり、病に倒れた彼女を献身的に介抱し、無言のなかで交わされた数々の駆け引き、、、。手元にある本の解説には、“ 同性愛的な感情 ”とあるので、あらすじにはそう書かせてもらったけれど、未完ゆえの曖昧さのなかに半分隠れていた。リザが最初に告白する内容、それからさらに、彼女の心に飛来する回想、回想が二度繰り返されることで、告白できなかった真実が明らかにされていく展開がよかった。先日、『朗読者』でも思ったけれど、戦争中、看守側にいた人間が、戦後自ら行った行為について、どう思い、どういう態度をとるべきなのだろう。ユダヤの人々の苦しみはよく描かれても、看守側にいた者や、ユダヤ人を突き出した人々の苦しみについては、ほとんど考えたことがなかった。再会したのがマルタなのかどうかは別として、再会という形にすることで、そのどちらの立場からも物語を見つめることができる作品になっていた。とはいえ、わたしは時々うつらうつらしてしまって、、そんな自分が信じられない気持で帰ってきたのだった、、。スチルの繋ぎはどう見ても違和感たっぷりであるし、はじめは未完だったのだから、作品としてどうにか成立させた感というのは、残っていて仕方がないのだ。素晴らしい完成度とは言い難い。それがムリのない正直な感想だと思う。この映画、いまだソフト化がされていないのだそう。今回フィルムが日本にあるのも、あとわずからしく、「蠍座通信」(蠍座の館主さんが毎月書かれている上映作品の解説やコラムの冊子)で「貴重な機会ですよ」と書かれてあるのを見て、絶対に足を運ぼうと思っていた。ちなみに『夜と霧』も『パサジェルカ』も、「死ぬまでに観たい映画1001本」に選ばれています。監督/ アンジェイ・ムンク 脚本/ ゾフィア・ポスミシュ アンジェイ・ムンク 撮影/ クシシュトフ・ウイニエウィッチ 音楽/ タデウシュ・バイルド 出演/ アレクサンドラ・シュロンスカ アンナ・チェピェレフスカ ヤン・クレチマル (モノクロ/61分)
2010.03.30
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『天然コケッコー』が超ほのぼのだったので、同じ中学生なのに、両者のギャップに驚いてしまう。時代背景は現代でも、どことなく懐かしい邦画の味わい。SABU監督の人柄が出ているのかな。 西日本のとある町。町は、干拓地にある集落「沖」と干拓以前からの集落「浜」に分かれていた。「浜」に一家四人で暮らしているシュウジ(手越)は、四つ年上の物知りな兄・シュウイチが好きだった。中学生になったころ、シュウジは「沖」に住む、殺人犯と噂される教会の神父(豊川)や、両親が自殺し深く傷ついたエリ(韓)と交流を持ち始める。しかし、高校生になった兄の精神は少しずつ壊れはじめ、「浜」では再開発が始まり、均衡の崩れた町から、物語は悲劇にむかって疾走していく―――。 画面の力に、冒頭から釘づけでした。手越くんをはじめ、ヒロインの韓英恵ちゃんも、豊川悦司の抑えた演技も、なにもかも引き込まれる魅力を持っていました。舞台がなにしろ不思議で、「浜」と「沖」はむかしの被差別部落みたいだし、作品に流れている重みは、最近にはない懐かしさでした。気がつけば、すでに手遅れで、もうどんなにしても取り返せないほど、関係の悪化していく人間たちが悲しくて、辛くて、痛かった。みんなして傷ついて、不器用に繋ぎとめながら、どうにか生きている姿に、泣けてきました。子どもにとっては、あまりにも過酷な運命を抱えたシュウジとエリ。ふたりは聖書を開いて、神父さまの言葉を励みに、運命に必死に立ち向かおうとしている―――ただその姿を見るだけでさえ、苦しく切ないのでした。特別弱い両親に育てられた女の子は、孤独と義父からの暴行にずっと耐えてきました。幸せに見えていたシュウジの家族は、優秀だった兄が壊れ始めたことで、簡単に崩壊してしまいました。大人に守られることのない子どもらが行きつく先は、大都会東京の夜のブラックホール。すでに軌道を逸した純真な魂は、悪い大人を傷つけながら、運命を変えることの叶わぬまま、短い生を終わらせてしまいます・・・・・。それぞれに抱えた闇は大きい。神父様でさえ、弟を殺人者にしてしまった罪を抱えて、罰と向き合い苦しんでいます。長大な原作にはきっと、更に重苦しいエピソードが連なっているのでしょう。近年では稀に見る、奥深な青春映画。骨太で、とにかく懐かしい匂いのする。手越くんの表情、豊川悦司のナレーションに胸を打たれて、久しぶりの感覚を味わいましたよ。ずっと気になっていたSABU監督の作品。見て良かったです。● ● ● ●監督・脚本/ SABU プロデューサー/ 三木裕明 原作/重松清 『疾走』 音楽/ S.E.N.S. 出演/ 手越祐也 韓英恵 中谷美紀 豊川悦司 (カラー/125分)
2010.03.28
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ドスライク!とまではいかないけれど、かなりストライクな作品でした。原作はくらもちふさこさん。舞台は田舎の美しい里山、木村町。中学2年の主人公・右田そよは、小中合わせて全校生徒たった6人という小さな分校に通っています。そんなある日、東京から一人の男子生徒・大沢くんが転校してきて、にわかに心波立つそよでしたが…。そよばかりじゃなくて、子どもたちみんなにとって、東京から来たカッコイイ転校生・大沢くんは憧れと物珍しさでいっぱい。とくに女の子たちには、恋愛対象となる初めての男の子。彼のハートを射止めた―というより、なんとなく一緒にいるようになるそよと大沢くん。ふたりは並んで歩くようになって、自然の流れでキスしたり、手を繋いだり。なんともピュアなお付き合いが始まるのでした。離婚して郷里へ戻ってきた大沢くんのお母さんと、そよのお父さんの間には、昔なにかあったらしい、とかささやかな紆余曲折はありますが、毎日がノスタルジック。子どもたちが、あまりに素朴で素直でいい子で、始終気持ちが温かく、ほのぼのと観ることができました。時は流れ、ふたりは中学3年生、高校受験のシーズンがやってきます。そよは、大沢くんと電車に乗って、地元の高校に通うのが楽しみになりますが、大沢くんは悩んだ末、「東京の高校に行く」とそよに告げるのです・・・。東京の男の子、とはいっても、大沢くんはめちゃくちゃいい子で、顔も性格もパーフェクト。演じているのは『重力ピエロ』の春役を演じた岡田将生くんです。あの時も巧いな~と思ったけれど、今度もすごくいい。そんな大沢くんでも、やっぱり最後には都会を選んでしまうのかな・・・・なんてセンチになってしまいましたが、ラストはしっかり今を選んで、後味最高な物語になっています。原作もいいのだろうな、きっと。ちなみに、そよ役の夏帆ちゃんは、むかしの裕木奈江に似ています。あそこまでインパクトはないけれどね。● ● ● ●監督/ 山下敦弘 プロデューサー/ 小川真司 根岸洋之 原作/ くらもちふさこ 『天然コケッコー』 脚本/ 渡辺あや 撮影/ 近藤龍人 音楽/ レイ・ハラカミ 出演/ 夏帆 岡田将生 夏川結衣 佐藤浩市 (カラー/121分)
2010.03.27
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きのう3月24日は誕生日でした。 仕事を終えて、すこしだけ『vassa』で雑貨を買ってから帰宅すると、 自宅の玄関が飾られていました。 小さな家人の、心遣いにカンドー。 大好きな珈琲と(缶だけどね)、花束と手紙をプレゼントしてくれて、 とってもうれしかった 飾りつけが雑なところが、彼女らしいっス。 ところで 三十代も板についてきた今日この頃・・・・ 歳を重ねただけある人間になるのが、これからの目標です か? いやー、自分でもよくわからないですよね。 歳相応に見られた方がいいのか、若く見られた方がいいのか。 ビミョウなお年頃。 「方がいいのか」・・・って書くのに「邦画」に文字変換されちゃうほど 映画ばっかり観てていいのか。 夜になって、親友のはっぱさんが電話をくれました。 久しぶりにたくさんの話をして、うれしい夜でした。 お互いにいろんなことあるけれど、はっぱがどこかに存在している、それだけで 私の力にも元気にもなっているんだよね。 故郷を離れてもう十数年。おもえばよくやってきたよなぁ。 それもこれも、そばにはいなくても、心の支えになってくれてる、 友人たちのお・か・げ。 ありがとう。 そう、しみじみ思っちゃったんだもん。 そうだなぁ。 歳相応、映画漬け、それでもいいや。それがいいや。 20代の自分より、いまのほうが好きだから、 いつか40代になったときには、もっと好き! といえるような毎日を これから送っていけたらいいなw
2010.03.24
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めったにないことだけれど、読み終わってすぐもう一度、最初から読み返した。二度読むことがおすすめ、と訳者のあとがきにあったし、読ませてしまう本だったのだと思う。昨年、『愛を読むひと』というタイトルで、劇場公開されたのでご存知の方も多いでしょうか。キャストはお気に入りのケイト・ウィンスレット。当時からとても気になっていた映画のほうも、観たくなっちゃった。舞台は1958年のドイツ。瑞々しく青いミヒャエルの初恋は、不器用でひた向き。回想形式で語られる物語から、現在にいたるまで、ずっと気を逸らせないが、ハンナが隠していた秘密や過去が明らかになる後半から、小説の表情も変わってくる。秘密の方は、置手紙のあたりでピンとくるけれど、ドイツの歴史から切り離すことのできない重い過去には、次世代が向き合わなければならない、大きな問題が秘められているので奥深い。先日、田口ランディさんの『旅人の心得』を読んだとき、戦争を知らない世代がどうやって過去を伝えていくかこれからはとてもむつかしい、というような内容のコラムを目にした。広島、長崎を知らない世代は、どうやって戦争を語り継げばいいのだろう。いつか、ヘルガ・シュナイダーの『黙って行かせて』でも感じたように、ドイツは日本よりよほど、自国の風化させてはいけない歴史に上手に向き合っているのかもしれない。二度目読むと、見えなかった真実に出会えるのでウレシイ。ハンナの悲しみも、ミヒャエルの狡さも、何気ない言葉にも。冷淡と思っていたハンナの態度には、ちゃんとしたワケがあり、ミヒャエルのとった行動はやはり卑怯であったし、、。秘密を知ってから読めば、前半の瑞々しい思い出が、さらに胸に響いてくる。日本人にはとても身近ではないけれど、文盲(ネタバレ反転)であることが広げる波紋に、驚かされてしまった。 15歳の少年ミヒャエルは、21歳年上のハンナと初めての切ない恋に落ちるが、ハンナは忌まわしい過去を隠したまま、突然彼の前から姿を消してしまう―――。
2010.03.19
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2009年度アカデミー作品賞を受賞したばかりの話題作。舞台は、テロの脅威が続く2004年のイラク・バグダッドだ。死と隣り合わせの日常を生きる、爆発処理チームに焦点をあてた、緊迫の戦争アクション。チームの殉職者の代わりに、新たに赴任してきたのが、物語の主人公ジェームズ。彼は無茶な任務遂行を続け、チームを危険に晒していく―――。こないだマイケル・ジャクソンの『THIS IS IT』を観たのだけれど、どちらも鑑賞後「よかった」と思った。それは、同じ理由からきているみたいだ。『THIS IS IT』を観なければ、ずっとマイケルをただの変な人と思っていたに違いない。ほんとうは奇跡のようなダンスと、最高に歌の上手い才人だったのに。亡くなったことで映画が作られて、おかげでそのことに気づけた、気づいて「よかった」映画だった。同じように、この作品を観なければ、イラクで起っているアメリカ軍の出来事を、ずっと身近に感じてみることもなかっただろうと思う。文句なしの臨場感と、ビグロー監督のセンスある映像は魅力。自身は女流監督と言われるのを嫌うらしいが、これまでの作品タイトルをみても、とても女性とは思えないような男気映画をたくさん撮っている。アカデミー賞を受賞したからといって、過度の期待をしたわけでもなく、ただただ先入観なしで、観られる作品だった。プロパガンダといわれて当然の社会派の本作は、現地ではこんなに怖ろしいことが起きていますよ、と教えてくれる。破天荒な主人公が、故郷に残してきた妻と幼いわが子の声を、ただ聞くために掛けた電話や、夜にひとりでイラク人少年の安否を確認しに奔走するシーンは、けして無駄ではないと思う。爆弾に関する物々をコレクションしているのも、そうならざるをえない状況に置かれているから。狂気などない、破天荒だけど情を持ち、度胸のある、意外とまともな主人公なのだ。ジェームズが短い休暇を終えて、また再び戦地へと戻ったラストに、ひたすらに思うのは、もう二度とごめんだ、ということ。スクリーンを通してでさえも、再びあの緊張感を味わうのはイヤだし、見物するイラク市民たちの視線も懲りごり。しかし、もうイヤ・・・なんて気持ちをよそに、主人公は悠然と戦場へ戻っていく。「戦争は麻薬」冒頭のテロップが、あとからふと蘇る。 ● ● ● ●監督/ キャスリン・ビグロー 製作総指揮/ トニー・マーク 脚本/ マーク・ボール 撮影/ バリー・アクロイド 音楽/ マルコ・ベルトラミ バック・サンダース 出演/ ジェレミー・レナー アンソニー・マッキー ブライアン・ジェラティ レイフ・ファインズ ガイ・ピアース (カラー/131分)
2010.03.17
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黒澤明が、敬愛するドストエフスキーの名作『白痴』を、豪華キャストで映画化した、美しくも激しい愛憎劇。完成当初4時間25分の長尺は、松竹の意向によって大幅にカットされ、166分バージョンとなった。怒った黒澤の「切るならフィルムを縦に切れ!!」の明言は、この時のもの。ドストエフスキーの『白痴』も、黒澤の『白痴』も有名な作品なので中身は割愛してしまおう。その代わり、感じたことを幾つか。 <あらすじ> 戦時中のショックで白痴になったと自ら語る純真無垢な青年、亀田欽司(森)。彼は札幌へ帰る途中で無骨な男、赤間伝吉(三船)と知り合い、仲良くなる。その赤間は有力政治家の妾、那須妙子(原)に熱を上げていた。亀田も妙子の写真を一目見て心奪われる。一方、そんな無邪気で美しい心を持つ亀田のことを、親類の娘・大野綾子は誰よりも深く理解し、そして心惹かれていく―――。 166分の映画は長い。でももっと長くても見られただろうと思うくらい、おもしろい映画だった。だから、いかにも編集されたとわかる、繋がりの悪い箇所に遭遇するたび、残念に思う。ドストエフスキーの原作は読んでいないのではっきりとは言えないが、あらすじを読むと、戦後の札幌を舞台にしただけで、概ね原作に忠実な展開となっているようだった。白痴の亀田を演じた森雅之が、とにかく素晴らしい!! それだけで、もう満足してしまった。観ながら思い出していたのは、『天井桟敷の人々』のジャン・ルイ・バローと、『ナスターシャ』の5代目坂東玉三郎。この三者に共通するものが、たしかにある気がする。白痴のムイシュキン(亀田)を演じることができるのは、稀有なわずかな男優たちしかいないのではないか、と。ジャン・ルイ・バローのバティストは白痴ではなかった、でも彼の純粋さや無垢な魂は、ムイシュキンと共通したものを持っていた。原作のナスターシャをもじった那須妙子役は、名女優の原節子。彼女の存在感と美貌と演技力は、いつも驚かされているけれど、今回はまたもの凄い。神々しく、妖艶で、怖いくらい。一目会って、亀田の純真さを知り惹かれていくのに・・・・・・自らは赤間のものとなり、大野綾子と結ばれるように手を回してしまう。ラスト、亀田を巡って起る、妙子と綾子の対決は、まさに壮絶極まりなく。いま、これほど手に汗握る女同士の睨み合いを映画で観ることは、もうほんとうに叶わなくなってしまったと思う。すごい。真黒いコートを羽織った妙子は、『サンセット大通り』のノーマか! エド・ウッドのヴァンパイラか! というほどに、圧倒的な存在感なのだった。ストーブから吹き上げる炎や、蝋燭のゆらめき、窓の外の吹雪、ありとあらゆるものがドラマチックで絵になり、いい意味で劇的なのだった。どこまでが札幌ロケだったのかはわからないが、まだ蒸気機関車が走っていた時代、愛すべき札幌の街の、一時代を見せてくれる映画としても、また貴重な作品だ。同じ黒澤映画の、戦後間もない東京を捉えた『素晴らしき日曜日』のように。● ● ● ●監督/ 黒澤明 原作/ ドストエフスキー 「白痴」 脚本/ 久板栄二郎 黒澤明 撮影/ 生方敏夫 音楽/ 早坂文雄 出演/ 原節子 森雅之 三船敏郎 久我美子 志村喬 (モノクロ/166分)
2010.03.13
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ただいま、花の5連休中。どこかへぶらり出かけたいと、ぼんやり考えていたけれど、博物館の『アンモナイト銅版画展』は本日閉館日だった、残念。劇場に『ハート・ロッカー』を観に行こうかと思うも、家人が「一緒に行こう」とめずらしく誘うので、先にのばし。それならば、思い切って小樽まで出てみようと決めた。はじめて、JRに乗って小樽へと向かう。快速なら40分ほどしかかからない、海沿いの長閑な車窓。 市立小樽美術館は、文学館とおなじ建物内にある、小さな美術館。前回は入館せずに帰ったので、ちょっと心残りだった場所。いまの特別展は「小樽・水彩画の潮流」。知らない画家ばかりだからと、ざっと見て歩いた。水彩画を観るのは久しぶり。そうとは思えないほど力強い作品があったりした。画像がないので伝わりにくいけれど、気に入ったのは高橋好子の絵。それからテンペラ画家の平沢貞通。 平沢貞通「黒奴と黒猫」1915年 「カムイコタン夏日」中村善策 1973年平沢貞道は、帝銀事件の犯人として警視庁に逮捕され、1955年死刑囚になった。執行はされずに95歳まで生きた、波乱万丈な人生を送ったひと。黒猫と男の目が、白で異様に強調されているので目をひく。風景画が多いからなおさらかな。フロアが離れて、一階には常設の中村善策記念ホールがあった。日本を代表する風景画家だそうだが、好みの作風ではなくてざっと見て、会場をあとにした。 小樽文学館 そしてこちらのが、きっと楽しみだった、久々の文学館。やっぱりいいよーこの雰囲気。居ついてしまいたい。せっせと頑張るから、ここで働かせてほしい、、(笑)まあるく見学して歩いてから、カフェエリアの珈琲をいただいた。今日はカウンターに館の方がいる。目配せをして、心ばかりの100円玉をチャリン。心づけを貯金箱に入れるのがここのルール。それから、古本コーナーを眺める。「ご自由にお持ちください」を鵜呑みにして、以前はお金も払わず貰ってきてしまったのっだったが、じつはここでもお心づけ入れがちゃんとあるのだった。受け付けのカウンターの上、駄菓子が入っていたらしいBOXに、また100円玉をチャリン。後ろ髪を引かれる思いで文学館をあとにした。今回、いただいて来たのは、うえの二冊。ずっと気になっていた二人の作家の、古い本。どちらも中身はわからぬまま、勘で選んだのだけれど、帰宅して調べてみると、じつにナイスチョイスでうれしい!!
2010.03.12
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『長江哀歌』がよかった、ジャ・ジャンクー監督作品。高度経済成長期をむかえている中国の、新しい世紀のはじまりを感じる一本。若い世代代表として、国の歴史と向き合い、中国の行く末を想う監督の気持ちが、なにやらあたたかい。状況は過酷でも、画面を通して伝わってくる眼差しは、『長江哀歌』のように、どこか楽観的だ。2007年、巨大な国営工場が閉鎖され、そこに働いていた労働者たちが語る、一つひとつの思い出―――。変革、政治のうねり。それらに翻弄されながらも、懸命に生きた人々の悲喜こもごも。それぞれの人生の物語はドキュメンタリーを織り交ぜたフィクション。語る人々は、みんな名の知れた俳優たちだ。けれどどの言葉も、どの思い出も、けしてウソ話には聞こえなくて、きっとこういうドラマは、現実にも起っていたに違いない。景気の良い頃はいい思いもしたし、工場内で恋もした。娘は、くたびれ果てた母親の姿に切なさを覚え、単調な作業を繰り返すだけの仕事に、息子世代は反撥した。カタチはどうであれ、生きている人々の日々の営みには哀愁がある―――。『長江哀歌』で書いた言葉そのままに、監督の、変わらないたしかな目線。新しい太平洋の世紀は、かくじつに中国にむかって追い風が吹く。日本を追いかけてくる速度は、きっと意外に速い。それを実感しつつ。けたたましくまくしたてる中国のイメージを払拭するような、一味違った穏やかで楽観的なジャ・ジャンクー作品が、好きだ。● ● ● ●監督・脚本/ ジャ・ジャンクー 撮影/ ユー・リクウァイ ワン・ユー 音楽/ 半野喜弘 リン・チャン 出演/ ジョアン・チェン リュイ・リーピン チャオ・タオ チェン・ジェンビン(カラー/112分/中国=日本合作)
2010.03.10
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いままで意識してこなかったけれど、最近のイタリア映画を、じつはあまり観ていないのだなぁ。お気に入りの監督、トルナトーレやベニーニ作品は別だけれど。生粋のイタリア映画は、日本でそう多く見ることはできないせいかもしれない。新しくリリースされるDVDレンタルの半数近くは、エロス寄りの作品だったりしてびっくりする。イタリアといえば、過去には名だたる巨匠たちがいた。ヴィットリオ・デ・シーカ、フェリーニ、セルジオ・レオーネ、ヴィスコンティ、パゾリーニ・・・わたしが知っているだけでもこれだけいる。ということはもっといる。では現在の監督層は薄いの?と疑問になって調べてみたら、そんなことはない。先に挙げた、大好きなトルナトーレやベニーニは活躍しているし、『息子の部屋』のナンニ・モレッティとか、『家の鍵』のジャンニ・アメリオもそうだ。しかし、まだ頑張っているのね!! と驚いた巨匠も多い。『ポー川のひかり』のエルマンノ・オルミは80歳のご高齢、『サスペリア・テルザ』のダリオ・アルジェントも70歳というから驚く。あのベルナルド・ベルトルッチも来年で70歳だ。新しい世代の監督が、どれくらいいるものか、最近のイタリア映画事情は知らないのでなんとも言えないが、いつかまた盛り返す日がくるといいなぁ。そんなことを思いながら、いつか劇場で見逃した本編を観た。 北イタリアの小さな村。湖のほとりでこの村の少女、アンナの他殺体が発見された。村に越してきたばかりの刑事サンツィオは、遺体の状況から顔見知りの犯行と推測、周辺で事情聴取を開始する―――。 捜査の過程から、村人一人ひとりが隠し持つ、心の痛みや葛藤が浮き彫りとなっていく様を描き出したヒューマン・ミステリー。 本国イタリアでは、多くの賞を受賞している。もとは単館上映だったのが、その質の高さから話題となり、全国で拡大上映されたという。監督は、ナンニ・モレッティ監督の下で助監督をしていた、本作が長編デビューとなるアンドレア・モライヨーリ。全編通し、静謐で丁寧な語り口が魅力。お金をかけないでもできる、良質な映画の見本のような作品だ。小さな村の、ささやかな事件。けれど隠されている真実はとても深い。映画としての見応えこそ地味だけれど、なかにキラリと光る良さがある。捜査の過程で、殺されたアンナの人となりが見えてくるディテールは巧み。犯人が誰なのか、彼女がなぜ抵抗なく死を受け入れたのか―――。それが分ったとき、ひたひたと感動が湧きあがってくる。静かに、底の方からじわじわと。村人たちの隠された幾つもの事実にも注目したい。苦悩しているのは村人たちばかりではなく、刑事サンツィオもまた、苦しみを抱えている。若年性認知症を患って、施設に入所している妻がいるのだ。最愛の妻が自分を忘れ、娘のことさえ忘れていく・・・。その深い悲しみを受け入れるまでの葛藤も、同時に描いていく。全体をとおせば、前評判ほどではないけれど、観て良かったと思う小品。あとひとつ、特筆するなら、サンツィオと老刑事の名コンビぶりだろうか。遺体発見現場の湖畔に佇み、事件についての所見を述べあう二人がたまらなくいいのだ。まるで何度も演じてきたコンビかのような、馴染みよう。登場人物たちの関係がスマートに伝わると、短尺であるほど見やすいもので、本作ではそれが実にさりげないのだった。● ● ● ●監督/ アンドレア・モライヨーリ 製作/ フランチェスカ・シーマ ニコラ・ジュリアーノ 原作/ カリン・フォッスム 原案・脚本/ サンドロ・ペトラリア 撮影/ ラミロ・シビータ 音楽/ テオ・テアルド 出演/ トニ・セルヴィッロ ヴァレリア・ゴリノ オメロ・アントヌッティ (カラー/95分)
2010.03.06
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