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アメリカ映画史上初の長編映画であり、あたらしい映像手法がたくさん取り入れられた記念碑的な古典。南部と北部のふたつの家族を軸に、南北戦争の直前から戦後のアメリカを描く。グリフィス監督が白人贔屓であったために、内容から容易に黒人差別が見てとれるのは、いまでも気持ちのいいものではないが、映画のあたらしい幕開けを目撃する楽しさがある。南部に親友のいる北部の家族、北部に恋人のいる南部の家族。戦争によって引き裂かれていく人々のドラマを壮大に描いた叙事詩には、ユーモアもあり、娯楽作品としてたのしいひとときがある。リンカーンによる奴隷解放宣言や、同氏の暗殺や、KKK(クー・クラックス・クラン)の誕生などなど、歴史的な事実がしっかり織り込まれているので、見ながら学べる作品でもあるのだ。先日の『チート』と同じ1915年製作。もちろん映画史に燦然と輝くのはこちらだけれど、私には情感ある短尺な『チート』のほうがより楽しめた感じ。しかしどちらも素晴らしい。『國民の創生』が残念だったのは、ラストシーンでキリストが現れて宗教的なニュアンスで幕を閉じてしまったことだ。† † †監督/ D・W・グリフィス 原作/ トーマス・ディクソン 脚本/ フランク・ウッズ D・W・グリフィス 撮影/ G・W・ビッツァー 音楽/ ジョセフ・カール・ブレイル 出演/ リリアン・ギッシュ メエ・マーシュ エルマー・クリフトン ロバート・ハロン (モノクロ/154分/THE BIRTH OF A NATION)
2010.11.30
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セシル・B・デミルに見出されて、映画初出演となった早川雪洲のデビュー作。彼の色男ぶりは、まさに一見の価値あり!『戦場にかける橋』の大佐役では、歳をとって、その精悍さに気づかなかったけれど、こんなにいい男だったのだ。なにしろ、劇場にはばっちりメイクをした女性ファンがつめかけるほどの熱狂ぶりだったらしい。100年も前、ハリウッドに日本人スターがいたなんて、ちょっとすごい。 ニューヨーク、証券ブローカーの夫を持つ浪費家の妻エディスは、社交界でのお遊びがすぎて、大きな借金を負ってしまう。困り果てた彼女に金を用立てたのは、富豪の日本人(変な名前の)アラカウだった。小切手を切るアラカウの口からは、「承知ですね」の言葉・・・・。翌日、エディスは約束通り金を返しに行くが、それだけでは満足しないアラカウは彼女を手籠にしようとする・・・・。1915年ですよ! 100年も前に、こんなにおもしろく欲に溺れる人間を描いたセシル・B・デミルはミラコー。ビバ、デミル。なんといっても白眉なのが、うえのスチール写真の場面。伏線で、骨董品コレクターのアラカウが焼印について語る、「わたしの物である印だ」と。その焼印を、抵抗してなかなか自分のものにならないエディスの背に押しあててしまうのだ。妻の行動を不審に思った夫がエディスの跡をつけていくと、ピストルで撃たれたアラカウが倒れている。アラカウは一命を取り留めるが、夫は妻を庇い裁判にかけられてしまう。法廷で、大衆の前で自らの背に押された焼印を晒し、夫の無実とアラカウの非情を暴露するドンデン返しで物語は幕を閉じる。本作がおもしろいのは、エディスがかなりの悪女であること。夫の稼ぎを容赦なく遣い込み、社交界のつきあいに現をぬかしている酷い女。彼女とアラカウはどっこいどっこいの卑劣漢なのだ。なんにも知らない夫だけが、健気にも身を粉にして働いて、彼女の罪まで被ってしまう悲喜劇・・・・。これはほんとに面白い!ちなみに、日本未公開なのは、女性に焼印を押すシーンが日本人の恥であるとして国辱映画とされたからなのだという。以後、早川雪洲は、当分帰国を許されず、ハリウッドで活躍を続けることになった。† † †監督/ セシル・B・デミル 製作/ ジェシー・L・ラスキー 脚本/ ヘクター・ターンブル ジャニー・マクファーソン 撮影/ アルヴィン・ウィコッフ 出演/ ファニー・ウォード ジャック・ディーン 早川雪洲 ジェームズ・ニール (モノクロ・無声/44分/THE CHEAT)
2010.11.26
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川上弘美さん、10冊目にして、はじめて詰らないと感じる作品に会う。飄々として、凛と、頑張らずに生きてる登場人物たちが、これまではすきだった。古風な日本語を操り、言葉のゆりかごで揺れている心地よさがあった。本作は、2006年刊行の比較的あたらしい作品で、川上弘美さんの新たな面が出ているという。けれど、それがあまりにも淡白で、ありきたりな不倫もので、情感がないもので、がっかりしてしまった。在りがちな恋愛小説とかわりないみたい。『センセイの鞄』(本) のようなみっちりしんみりした作品が、これから読めることに期待します。 夜の公園を歩くのが好きなリリ。リリの夫・幸夫。幸夫の不倫相手で高校教師の春名は、リリの親友。暁は夜の公園でリリと出会い不倫関係である。暁の兄・悟は春名のもうひとりの恋人――。こう書くとどろどろ~。しかし、かんたんに堕ちない、透明感と純粋さで読ませてくれるのが川上作品。おもしろくないとはいえ、かんたんにはどろどろしない。恋愛に悩むとこさえ飄々と描かれてきたこれまでとは違って、こんどの登場人物たちはちゃんと悩んでいた。心のイタさが伝わって悲しかった。きっと川上さんはリリのようなひとなのかもしれない。もしくはリリのようなひとが好きなのかもしれない。業の強い春名とは逆の。恋愛ってめんどうなものだ、、。手に入らなければ苦しくて、なかなか会えないと燃え上がるけれど、いざ自分のものになったとき、ふたりでいることが日常になってしまったら、火は自然と消えて、そのころの感情は薄れていく、失われていく。それがわかっているだけに、川上さんはこんなにシビアな結末を用意してしまったのかもしれない。30歳を過ぎれば、恋愛に幻想を抱くことなんて、男性はともかく、女性はしなくなってしまう。そういう現実的な生き物なんだ。
2010.11.25
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この11月、札幌大通りに新しくTSUTAYAがオープンした。日本最大規模に匹敵するタイトル数、北海道最大の品揃えだというから、喜び勇んで足を運んでいる。これまでオンラインに頼りきっていたラインナップがずらり!! DISCASで2枚ずつレンタルしてきた作品が、ここにはいっぱい並んでいるのだ。 初めて足を運んだ日は、1時間も店内を眺めてしまったよ。2度目にようやく、なんでもあるわけじゃないのがわかってきたけど、それでもすごいラインナップ。なんといってもうれしかったのは『ピンク・フラミンゴ』か(笑)いま、レンタルしているのは、グリフィスの『國民の創生』(これもオンラインにない)、ヤコペッティの『世界残酷物語』、セシル・B・デミル『チート』、などなど。まずは『世界残酷物語』の感想からいってみよう。こちらは、なんと「死ぬまでに観たい映画1001本」に選ばれている作品。世界各国40ほどのエピソードを捉えた記録映像で、ヤラセ?という見方もあるけれど、どちらにせよ、未開と文明を並べて人間の蛮性を描いた問題作だ。このての映画はモンド映画といって、しばらく流行したらしい。本作はその先駆け。モンド映画とは、観客の見世物的好奇心に訴える猟奇系ドキュメンタリーのくくりのこと。いったん廃れたあと、近年になってまたドキュメンタリー作品は再び人気を集めているけれど、モンド系はほとんどないと思う。文明と未開が並べてあるのは、シニカルに観れるからいい。かたや、5年に一度、村中の豚を潰して食べつくし、犬やヘビを食す民族がいて、かたやステーキに飽きて蟻や芋虫のゲテモノ料理を食す白人がいて・・・・。どっちが普通といえるのだろう。日本も残酷とは言えないまでも、けったいな風習をいくつか取上げられているので笑ってはいられない。サラリーマンにマッサージと入浴のサービスをする、東京風呂なるものが登場。(ホント!?) きな臭い映像とはいえ、日本人としてちょっぴり恥ずかしい。 先日、寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』を読みながら、ドキリとした一文があったことを思い出した。長いけれど、以下抜粋。 毎年、夏になるとグラフ雑誌は原爆特集をやる。そして被災者たちの死臭にみちみちた写真を満載し、それが飛ぶように売れるのである。(省略)原爆反対に名を借りて、人間の死にざまの醜態を見たがる心理が、大衆のなかに根深くあるかぎり、ぼくは歴史なんて信じないし、原爆反対のキャンペーンにも組することなどできないだろう。夏が来て、ケロイドと死のアメリカの禿鷹の特別号が発売されても、ただの一冊も売れなかった、という時代が訪れたときにだけ、ほんとにベトナム戦争は終わりに近づくだろう。じぶんも含め、残酷や醜態を、どうして人は見たがるんだろう。モンド映画を観る行為と、上の文章には、共通したものがある気がしたのだ。『書を捨てよ、町へ出よう』は1975年刊行の古い本だけれど。 監督/ グァルティエロ・ヤコペッティ フランコ・E・プロスペリ 脚本/ グァルティエロ・ヤコペッティ 撮影/ アントニオ・クリマーティ ベニート・フラッタリ 音楽/ リズ・オルトラーニ(カラー/MONDO CANE/91min)
2010.11.24
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推理作家ジョルジュ・シムノン(1903~1989)の、なかば自伝的な作品。シムノン=推理ものなのだそうだけれど、偶然に図書館で手に取ったこちらは、ふつう小説。速筆であった氏は、一作品を1週間~10日で書きあげていたというからすごい。 パリ下町の貧民街と中央市場を舞台に、無垢で繊細な少年ルイが、無理解と暴力に穏やかに向かい合い、ついには人々の賞賛を集める画家に成長して行く過程を描く―― (「BOOK」データベースより)シムノンの最高傑作、バルザックを彷彿とさせる――そういう殺し文句がテキトウとは思えないけれど、少年ルイが立派な画家へと成長していくまで、気の逸らさない展開が続いた。純真なルイの眼差しは、古風さによるところの懐かしさ。初刊行は1965年。私的にこころをくすぐられたのは、20世紀初頭のパリの風景描写。画家たちが集うモンパルナスのアトリエには、大好きなモディリアーニやピカソが、主人公ルイのそばにいるような気持ちがしてくる。どこかの映画で観た、パリの汚さや喧騒や華やかさが、おのずと脳裏に描きだされていくのは、作家の筆致の技巧にほかならない。調べてみると、大好きなパトリス・ルコントの『仕立て屋の恋』は、シムノン原作によるものだった。孤独な男のペーソス溢れる純愛が切ないあれだ。『ちびの聖者』を読んだ限り、ルコント作品にある情感や官能とは、結びつかなかった。原作は別物というあれかしら。つぎは『仕立て屋の恋』を手にとってみよーう。
2010.11.23
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敬愛する名匠アンジェイ・ワイダのひさしぶりの監督作は、ぜひ観ておきたかった。ワイダ作品とのはじめての出会いは、十代のころの『灰とダイヤモンド』だった。独特なポーランド映画の雰囲気が気にいって以来ずっと好きだ。80の大台に乗ったワイダの、人生の集大成ともいえる本作は、祖国ポーランドを見つめ続けてきたからこその重みを湛えている。 カティンの森事件。この事件をわたしは知らなかった。1939年、ナチスドイツとソ連に分割占領されていたポーランドでは、一万人以上の将校が捕虜となり収容所へと送られた。生きて戻らなかった彼らは、ずっと消息不明となっていたが、1943年にドイツ軍がソ連領で多数のポーランド人将校の遺体を発見したことから、この事件が発覚する。本編では、将校の夫を持つ妻アンナを主人公に据えて、女性からの視点で事件の歴史的事実を描いている。娘のニカとともに、犠牲者リストに名前の載らなかった夫の無事を信じ、待ち続ける残された女たちの苦悩――。抑えられた色調で、淡々とすすんでいくドラマにはリアリティ。色調とともに音も抑えられている。時おり当時の映像を挟んで、より重い歴史の真実が告げられる。誰もがまだ、未来に、ソ連軍による大量虐殺が待ち受けていることを知らない。ただ、アンナの夫アンジェイは、捕虜になってから、事細かに起る出来事を手帳に書き留めていく。いつか遺書になってしまう予感を感じたのだろう・・・・・・そのことは観客にも十分わかるから胸が苦しい。デビュー作『世代』からはじまる抵抗三部作は、とくに好きな作品だった。その悲劇の若きレジスタンスたちを彷彿とさせる青年が登場していたのは、きっと過去へのオマージュ。中盤の人間模様から若干道が逸れ、パーフェクトとは言いきれない作品かもしれないけれども、祖国の暗い歴史を、今またもう一度、見つめ直そうとするワイダ監督の屈強な精神には頭が下がる思い。85歳となったワイダにとって最後となるかもしれない監督作品ゆえ、ファンにとっては特別だ。 †監督/ アンジェイ・ワイダ 原作/ アンジェイ・ムラルチク 『カティンの森』 脚本/ アンジェイ・ワイダ ヴワディスワフ・パシコフスキ プシェムィスワフ・ノヴァコフスキ 撮影/ パヴェル・エデルマン 音楽/ クシシュトフ・ペンデレツキ 出演/ マヤ・オスタシェフスカ アルトゥル・ジミイェフスキ マヤ・コモロフスカ (カラー/122分/KATYN)
2010.11.17
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劇場予告で気になってはいたものの、4時間という長尺に躊躇して、結局DVDを待ってしまった異色な恋愛映画。若者たちの息つく暇もない愛と信仰と懺悔の日々を、おそるべきパワーで描く青春ラブストーリー。実話をベースにしてるとは、にわかに信じがたい!こんなにも熱い血潮の流れた邦画との出会いに、若い監督と俳優たちの熱に、目眩を覚えながらうれしくなってくる。危なすぎる疾走を続ける4時間、まったく飽きることがなかった。 敬虔なクリスチャン一家に育ったユウ(西島)。美しい母を幼いころに亡くしてからは、優しい神父の父(渡部)とふたりきりで暮らしてきた。しかし、ある出来事を境に、父はユウに懺悔を強要するようになる。心優しいユウは父の期待に答えるべく懺悔のために毎日「罪作り」に励むようになる。いつしかユウの罪作りはエスカレートし、気づけは天才的な盗 撮のカリスマとなっていた。そんなある日、運命の女、ヨーコに出会ってユウは初めて恋に落ちる。しかし二人の背後には、謎の新興宗教団体の魔の手が迫っていた・・・・!迷える登場人物たちに、衝撃的なクライマックスが待ている―――。強烈な幼少期を過ごした普通じゃないヨーコは、暴力的でエキセントリックな娘に成長するが、聖書のなかに救いを求めたゆえ信仰心だけは篤い。ユウもまた、“聖母マリア”のような女性を探しているだけの敬虔なクリスチャンだった。ふたりは純粋ゆえに、どこまでも道を逸してしまうのだ。その信仰心を利用するのが、かねてからユウに目を付けていた新興宗教団体のコイケ(安藤)。彼女は、“ゼロ教団”にユウの家族やヨーコを引きずり込み、ユウを孤立させ、ヨーコへの純愛を引き裂く手段にでる・・・・・。R-15指定の、「変態」って台詞が飛び交う際物ムービーなのかもしれないが、しかし、聖なるものと俗っぽさは表裏一体。ひとつのなかに両者が共存する作品が、わたしは好きだ。褒めすぎかもしれないけれど、ホドロフスキーの『サンタ・サングレ』を思い出していた。精神は脆く、信仰を破るのは難い。けどそれらを凌駕するものがあるとすればそれは愛だ。若いころの強靭な想い。一途に相手を求めるはじめての純愛。若者たちにこそ、ぜひ観てほしい、そんな映画だった。アブナさを通り越したあとで、清々さと爽やかに満たされる。主演を演じている、西島隆弘、満島ひかり、安藤サクラの演技は最高にはじけていてスバラシイ!邦画もまだまだ捨てたもんじゃないなぁとしみじみ思う。そしてその演技を引き出したのは、紛れもなく園子温(その・しおん)監督。すごいひとだ。 † † †監督・原案・脚本/ 園子温 音楽/ 原田智英 主題歌/ ゆらゆら帝国 出演/ 西島隆弘 満島ひかり 安藤サクラ 渡部篤郎 渡辺真起子(カラー/237分)
2010.11.16
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『シコふんじゃった。』『それでもボクはやってない』の周防監督による、初期の密かな佳作。身近なようでいて遠い、お坊さんたちの日常を、ユーモラスに描いている。個人的に、僧侶の生活には興味がわく。今どき、禁欲と戒律ずくめだとは思えないけれど、凡人にはとても真似できないような厳しい生活をしていることは確かなのだ。本編に出てきたように、衆道やら盗み食いやら…当然いろいろあるに違いないけれど、仏の道に存る崇高さや美意識には、自然と憧れる。 実家のお寺を継ぐために、山に籠った主人公の陽平(本木)。俗世と離れ、青春を懸けたROCKとも別れ、恋人にも一年間会えない暮らし・・・。それは絶望にほかならない。彼の青春は、禅寺へ押しこまれたようなものなのだ。庶務、座禅、食事は質素、眠りのポーズまで決められた生活は、コミカルな演出によって笑どころと化しているけれど、じつに大変そう。ロックンロール魂と独自の美意識を持つ陽平には、とても耐えられないかに見える生活なのだが、、いつしか変化が訪れる。細かな仕草や作法にみる禅道の美学に魅せられ始めるのだった。俗世に生きても、仏の道に生きても、たぶん人はそうそう変わらない。陽平が目覚めるきっかけとなったのが、彼にもとから備わっていた美意識であることがすべて物語っていると思うのだ。それを、素の生活にも哲学を感じさせる本木雅弘が演じたことで、面白さが際立つ。終盤、首座法戦式なる儀式の長回しシーンは圧巻。法戦式(ほっせんしき)は禅問答のように問いと答えの掛け合いを、怒鳴り合いながらする最終儀式。難解な言葉の意味すら分からないまま場面の勢いに釘づけにされてしまうこと間違いなし。 周防監督の作品には、日本人の美徳を知っているやさしい眼差しを感じる。これまで取上げたテーマ、仏教にしても相撲にしても、しがないサラリーマンの哀愁にしても、愛があった。その上、対象をしっかり調べるたしかな安定感も加わって、ただ笑って過ぎていくだけじゃない凛とした味がある。やはり周防監督はすごいひと。陽平役のもっくんと共に修行僧を演じた、大沢健、彦摩呂といった若かりし頃の面々もいい味だ。時の流れは残酷な、彦摩呂の今と昔のギャップに笑い。大沢健の美青年ぶりも見逃せない。そして誰よりも本木雅弘のスマートで器用な存在感ある演技がいい!。中盤で美について大げさに独りごちるシーンは最高だった。† † †監督・脚本/ 周防正行 原作/ 岡野玲子 音楽/ 周防義和 出演/ 本木雅弘 鈴木保奈美 大沢健 彦摩呂 (カラー/101分)
2010.11.15
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在日コリアンのタクシー運転手・忠男と、パブで働くフィリピーナ・コニーの恋物語を軸に、在日外国人たちの逞しくて熱い日常を、ユーモラスに描く―――。 偏見に負けじと成り上がろうとする者、忠男のようにアナーキーに生きる者。東京で暮らす在日外国人たちの生き様は、じつにギラギラと輝いていてエネルギッシュ。当時の世相がそうであったとして、この熱さは近頃では得がたいすごさだ。女にも喧嘩にも手が早い彼らが、なぜに受け身のタクシー運転手なのか・・・そこには滑稽という言葉だけでは語れない、ペーソスあふれる日々が詰っている。お調子者を演じた若き岸谷吾朗のどぎつさは、かなり魅力的だった。これぞ昭和の俳優というか、、懐かしい感じ。舞台で培われた演技力はさすがだ。他にも、今は亡き古尾谷雅人、城春樹、萩原聖人、國村隼、麿赤兒・・・といった錚々たる面々が脇を固める贅沢さ。マドンナ役のルビー・モレノも忘れてはいけない。当時20代だった彼女はトロのように脂ののった時期で、(濡れ場もあるが)かわいらしい姿が印象的だった。2005年『恋するトマト』で、端役とはいえ久しぶりに彼女を観たとき、なんだかとても懐かしかった。タイトル『月はどっちに出ている』は、本編中の台詞が由来となっている。新米の運転手が街を流すうち迷子になると、電話を掛けてきて聞く。「いま、わたしは、どこにいるのでしょう?」すると、交換手は「月はどっちにでていますか?月に向かって帰ってきてください」と答えるのだ。そのシーケンス。ちなみに、本編は元々、WOWOWで放送された崔監督のテレビ映画で、それを自身が劇場用に撮り直したのだそうだ。† † † 監督/ 崔洋一 原作/ 梁石日「タクシー狂躁曲」 脚本/ 崔洋一 鄭義信 出演/ 岸谷五朗 ルビー・モレノ 絵沢萠子 小木茂光 (カラー/95分)
2010.11.14
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80歳を越えて、なお活躍を続けるアニエス・ヴァルダによる、シネマ・エッセイ。ヴァルダは、1928年ベルギー生まれ、フランスに移住後、写真家、映画監督として活躍を続けてきた人。生い立ち、家族、友人、亡き夫ジャック・ドゥミとの思い出―――心象風景を交えながら、過去と現在を繋ぐドキュメンタリーには、彼女の人生を語る上で欠かせない美しい浜辺の記憶が散りばめられている。ヴァルダ個人の回想に留まらない、時代ごとに変化してきたフランスの歴史であったり、第二次世界大戦、ヌーヴェル・ヴァーグ、女性の社会進出など、幅広く<映画>の枠を超えた現代史まで語られている。そのわりには、作風と構成はいたって軽妙。キュートでユーモラスな人の魅力が、娯楽作品とも芸術作品ともいえる私的ドキュメンタリーをステキに仕上げていた。個性あるセットが最後まで目を楽しませてくれる、その審美眼の素晴らしきこと。ちなみにアニエス・ヴァルダの監督した映画は、作中にも登場していた『落穂拾い』(2000年製作)がとても有名。『死ぬまでに観たい映画1001本』に選ばれているドキュメンタリーだ。道路に落ちているものを拾う貧しい人たちを目にして、ミレーの名画『落穂拾い』を連想したヴァルダが、フランス各地の“現代の落穂拾い”を探し旅に出たロードムービー。独特の文明批判とユーモアとエスプリに富んでいるという。ほかに挿入されていた、過去のモノクロ映画のほうは、残念ながらあまりピンとこなかった。 ヴァルダ最愛の夫といえば、『シェルブールの雨傘』が有名な、フランス人監督ジャック・ドゥミ。彼も多く登場している。ドゥミはもう20年も前に他界しているので、当然、生前の画像なのだけれどとても瑞々しい。恋しそうに思い出話をするヴァルダの姿は、寂しそうであり、幸せそうであった。表現者同士が愛し合って一緒に暮らすとは、なんてステキだろう! ふたりでいればアイディアも相乗効果、語らいも尽きなかったのではないだろうか。息子や娘に恵まれて、いまではたくさんの孫に囲まれて、80歳を越えてなお輝いているアニエス・ヴァルダを見ていると、もっと長生きしてほしいと願ってしまう。そして、こんなふうに幸せなら、長生きするのも悪くないなぁと、思えてくる。 自ら手漕ぎボートを操り、巨大なオブジェを作成し、見る者の心を掴む映像を撮る、こんな元気なおばあちゃんが、果たして世界に何人いるというのか。家族や友人たちに囲まれ、海を愛し、好きなことだけ続ける幸せ。凡人のわたしなら、どんな風に生きれば、こんなおばあちゃんになれるものか、老いたとき幸せであるように今なにをしようか、そっと物思いに耽りたくなる、そんな作品だった。監督・脚本/ アニエス・ヴァルダ 撮影/ エレーヌ・ルヴァール アーレン・ネルソン 音楽/ ジョアンナ・ブルゾヴィッチ ステファン・ヴィラール 出演/ アニエス・ヴァルダ ジャック・ドゥミ (カラー/113分)
2010.11.05
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