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著名な漫談家 東京ぼん太さん 昭和で大活躍されました。ご出身の栃木訛りで、どちらかというとソフティシャンな話しぶり。コメディアンの方は、顔を見せるだけで笑いが起きたらずばり一流、そんな方でした。大きな唐草模様の風呂敷に、盗品をくるんでそそくさと逃げる泥棒、このようなドロさんは、金目のものは質に入れたかも知れませんが、物品は自分の生活にフル活用したのでした。昭和初期、どの家にも唐草の大きな布があり、箪笥の一番下の引き出しに収納していたのです。これぞ 昭和の共通意識 です。結婚相手が初対面、事例として数多くあったようですが嫁入り道具は、唐草の風呂敷に包んで、持参してきたのです。そして、箪笥の一番下へ。 そもそも、唐草という植物はないようで、奈良時代に中国から伝わってきたつる草に由来していて、生命力が強い 茎を伸ばす長寿、子孫の繁栄 と言う縁起草になっているのですね。獅子舞の布は、どちらかと言うと右の 毛卍紋 の方が正当であるとか。シニアが唐草模様を見て、笑ってしまうのはやはり、東京ぼん太さんの影響なのですね。
2018.06.27
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昭和には、ぞろぞろ行列がありました。みんなが 同じ方向に向かい、物や事に追随の行動をとりました。団体観光旅行が盛常でした。その団体の中鶴丸のショルダーバッグをさり気なくも意識し肩に掛けた男性っていましたよね。1970年代の日本航空スチワーデス(CA)のコスチューム森英恵さん デザインです。ミニスカートでした。テレビドラマ アテンションプリーズ が大ヒットしましたよね。日本航空は、搭乗客に鶴丸のショルダーバッグをプレゼントしていたのです。飛行機に乗った事実 が自慢できたのです。世界の有名ブランドも まだ人々には浸透されておらず、上の図の三ブランドが代表格とも言えたのです。そして、海外に出向かなければ、また お土産としてか手に入らない状態で、格好の見せびらかし物だったのです。ブランド一級品を持つ人は、人的にも一級と誤解してもらえる風潮で、持つ人はなんとも 心地よかったのでしょうね。(俺は、羨望の視線を感じる・・・)なんて思いながら、目を閉じて電車に乗っていたのですね。鶴丸ブランドを愛用した男性は実直で真面目な方でしたね。時々 虚栄心を表現したくなるという、鶴丸ショルダーバッグが色褪せてきたら きっと肩には掛けなくなったとは思いますが、次は かっこいいアタッシュケースを抱え始めていたとは思うのです。
2018.06.20
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オクラホマミクサー というフォークダンス、メロディーが掛かれば 踊れる方が大半かなと。身長の格差がないと 今一 様にならないダンスですね。アメリカ民謡で、藁の中の七面鳥 という曲からとってフォークダンスとして、日本でアレンジしたもようです。ミクサーとは、ダンスのジャンルで パートナーを順に変えながら踊るという意味とのこと。私は、ず~~っとミキサーと思っていて、パートナーをミックスさせるからだと、長年思い込んでいたのです。昭和の女子、結構 気強い子が ちらりほらり いました。嫌いな男子とは、手を繋ぎたくなく、勿論腕を組んでステップなど、踏むはずがありません。それはそれで、見流されていたのです。もうひとつ 代表的な曲 コロブチカ ロシア民謡です。コロブチカとは、行商人の荷物という意味です。革命前のロシアでの行商人と 村娘の恋のお話の中からできた曲のようですね。オクラホマもそうなのですが、曲は、途中から転調され、気分が乗ってきます。やはり 悲恋を思わせますね。嫌いな男子にリベンジしながら適合したこの曲のリズムで踊るのは きっと気強い昭和女子にとって楽しかったのでしょうね。
2018.06.07
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