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日清食品の創業者 故安藤百福氏は、昭和33年に袋に入ったラーメンをデビューさせました。「まあ、なんて便利な食べ物ができたんだろう!」とみんな感激して、特におやつとして 食べまくりましたね。どんぶりに入れてお湯を注ぎ、お皿で蓋をして5分くらい ひたすら待ったのでした。お値段も 30円を切った値だったと思います。他のメーカーも次々と売り出し始め、ラーメンという呼称で、もてはやされ 支那そばという呼称は薄れていった気がします。 そして 安藤氏 昭和46年今度はカップヌードルをデビューさせました。海外に行かれたとき、西洋人がチキンラーメンを紙コップに入れ、フォークで食べていたのを見て発想したそうです。もはや、カップヌードルは世界のブランドであり、80ヶ国以上で愛食されているそうですね。このカップヌードル デビュー当時初はフォークが付いていて、みんなCMで指示されている気がして、フォークで食べたのでした。スキー場で立ったまま、歩行天で歩きながら、食べることが トレンディだったのです。でもフォークは 食べづらかったですね。消費者の意見の反映で、フォーク止めたのでしょうね。一時、「カップラーメンなんか 栄養バランスが悪くって。」なんて声も上がっていましたが、やはり便利食なので、欠かすことできないのですよね。
2014.01.31
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一年前「昭和の団体バス旅行」というタイトルで、アップした絵なのですが、縦丸の枠の中に 行く人の事についてです。 JAL という航空会社、昭和の頃から スチューワデスは勿論、みんながあこがれた会社ですね。2010年に会社更生法が適用され、一旦倒産となりましたが、なんとわずか一年で 黒字化を達成。凄いの一言に尽きますね。そして、一昨年9月には再上場を果たしたのです。要は意識改革と採算管理だったそうです。スチュワーデスのユニフォームも、めまぐるしく 変わってきていますね。昭和では、女の子の憧れの職業でした。1970年くらいまでは、お嬢様 美人 容姿端麗が条件であったのか、あるいは世間が勝手に決めた3大条件なのかわかりませんが・・・現在は、そうではありませんね。上の絵のユニフォームの頃でしょうか、JALが搭乗記念として、プレゼントしていたバック゛、よくみかけましたね。 そのJALのバッグを日常生活や出勤にも フル活用していた方のタイプの同一性は、今でもイメージが鮮明に残っているのです。
2014.01.24
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まだ、この頃 どちらかというと小太りでリュックをショルダーバック風にかけた、お兄さんたちは、勿論 生まれていませんでした。1970年前半、4つのスピーカーによって立体的な音響効果を感じられる、フォーチャンネルステレオが発売されました。その頃は 大手の量販店もなく、秋葉原に出向いて手に入れたのでした。そのステレオの値段は 約15万はしたと思います。高卒 大卒の初任給が3万~4万だった頃です。半年分の給料ほど 値がしたので、おそらく買った人はボーナスをたたいたのでしょうね。 メーカーは、パイオニア、ビクター、コロンビア、サンスイ、オットー、音響の専門メーカーが多く存在していました。自分の家が買ったステレオのメーカーが一番だと みんな思いました。製品を作ったメーカーに拘るという風潮が生まれたのも、この頃からだと思います。LPレコードも フォーチャンネル盤がけっこう出回っていましたね。 音響は、凄く 迫力ありましたよね。だけど市場から、10年も経たないうちに消えていったというのは、気付かなかったのですが・・・・・・このフォーチャンネルステレオは、メーカー各社が方式を前出しし、規格が統一されなかったので、消費者の混乱を招いて、消えていったそうです。
2014.01.17
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今日は、昭和の頃から、登録商標が、すでに名詞化されて、日常に使われている代表的な製品をピックアップしてみたいと思います。だけど その製品を作ったメーカーさんは、生活の中で消費者がPR活動を行ってくれることに、大感謝し続けているのでしようね。上のママレモンの絵、30代以前の方は、ピンと来ないかもしれないですけど、こちらの製品、まだまだ市場で元気に活きています。けっこう業務用などに愛されていますよね。 ハンドクリームとは呼ばずに 桃の花 と呼んでいましたね。こちらもやはり元気です。新聞広告でよく見かけます。当時濃いピンクの艶々のクリームでした。 なぜか、傷絆創膏をバンドエイドと、今でも呼ぶ人って、それほど自意識過剰でない人のような気がいたします。 この接着剤が発売されたとき、脅威に驚異が重なりましたよね。もうすでに色んなメーカーのがありますが、割れた歯をくっつけるのに重宝するそうですが・・・・。 蝶番いが、錆びたとき、スプレーするだけで、無音になります。便利油です「CRCでも ぶっかけておこう。」なんて会話よく聴きますよね。
2014.01.10
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ウエストをシェイプできるとして、フラフープが静かに第二次ブームになっていますね。 第一次ブームは1958年、昭和34年頃からでした。物凄い 超過激ブームでどこへ行ってもみんながクルクル、だけどそのブームは長く続くことなかったのでした。昭和30年代は、迷信や科学的根拠のない風評が優先される時代だったのです。「フラフープは腸捻転を起こすからやらない方がいい。」と決め付けられみんな輪を放りだしたのでした。昭和の頃のブームの消滅のきっかけはほとんどそのようなことからでしたね。今は楽しく フラフープダイエット下の女の子、草履をはいて上手に廻していますよね。片足を前に出したスタンスを保ち、腰は前後に動かすのがコツです。
2014.01.03
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