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昭和30年代前半まで、農家ではよく働いてくれる馬や牛を飼っていたのです。だから、いうまでもなく家族の一員として、土間の一部に専用の部屋があり、愛情を注ぎ視界に入れて生活していたのです。耕運機が出回るまで、農耕馬は主に木曽馬が多く、一頭でも5馬力くらい、それはよく働いたのでした。上の木曽馬が、戦国武士を乗せて戦いに挑んでいたようですね。映画などの合戦シーンでは、競争馬に乗っていますけれど日本古来の馬は、木曽馬です。基礎馬なのです。温和で足腰が強く、筋肉馬ですよね。日本犬しか存在しなかった頃、番犬として庭の犬小屋で飼うのがふつうでした。懐いているのは飼い主の家族だけで、何よりもよく吠え、極端に人見知りする犬が番犬として優れていたのです。昭和30年代は泥棒が活性化していたものですから。猫を飼う目的は 鼠を捕らせる ためだったのです。ほとんどの猫が鼠を捕ったのです。また 猫がその家に居ることで鼠も近寄らないという現象もありましたね。だから、猫は自分の功績を自慢したいがため摑まえた獲物を、部屋に連れ持ってきたりしたのです。昭和での家畜は、大きな役目を背負っていたのです。
2019.01.25
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エレンスパック です。息を止め、泡の出でいるボールの中に顔を突っ込み、泡の刺激を受け止めるのです。昭和50年頃、美肌になれると信じ、みんなが買い求め使用頻度は 激しく 朝 昼 晩 と使う方も多くいました。これぞ超音波など出ていず、空気で泡を発生させているだけの気納め美顔器だったのです。だけれど、その気納めで美しくなった方も沢山いたはずです。同じ頃、ウエスト引き締めに集中した スタイリー です。プールサイドのチェアみたいな外観で、角度は140度と220度の繰り返しでギッコンバッコンします。自分で角度を変えて運動するということが、返って人々を飽きさせたようです。すぐ下火になってしまいましたね。昭和53年ぶら下がり健康器 サンパワーです。現代でもけっこう販売されていますね。価格は、この頃の十分の一くらい、お安くなっています。背筋を伸ばし、筋力も付けられる健康器ですね。そして、ぶら下がるのに飽きた後は、物干し台に変化しました。 昭和の人々は、真夏の夜 外灯に虫が集まるかのようにブームに激集しましたね。そして、その製品に飽きてしまって、もし欠陥があったとしても大して 問題化させない。それを先読みしていた製造販売業者は、考え抜いて 製品を作り上げ、儲けていたのですねえ。
2019.01.17
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メーカーはスマートでおしゃれな肌着と自負してレースやフリルを付け売り出したのですがなんともまあ、ババシャツなどと不名誉な名をつけられて・・・メリヤスやラクダの肌着が終了して、現在の不知寒ストレッチの肌着に移り変わるまで、そのおしゃれ下着はそれなりに愛され、現在もファンはいて活用されていますね。若い女性は、決して手を出してはいけない。若いのだから いくら寒くても我慢は出来るはず、昭和が終わる頃まで、若い女性はブラの上に直にセーターを着、寒さに耐え その上に虚栄心を羽織っていたのですね。その おしゃれ下着には、幻滅されるパワーを多大に持ち備え、またラブ破壊力なども大きく所持し、昭和の男性は、それを見るだけで恋冷めしてしまう人もけっこういたのです。そういう箇所って、今思うと昭和の人の感情の欠陥のひとつに思えてきますよね。昭和では 薄い⇔寒い 厚い⇔暖かい が定式だったのですがその観念を覆したのが肌着なんですね。今、国民二人に一人がヒートテック(ユニクロ、東レの登録商標)肌着を持っているそうです。その出現で状況は、劇的に変化したのですね。若い女性が肌着をまず着けることになったって事です。ファイバーヒート =====⇒ しまむらピースフィット =====⇒ イオンスマートヒート =====⇒ セシールホットコット =====⇒ ベルメゾン各社、それぞれ呼び方がありますね。でも、今なんだか ババシャツ って呼び続けたくなったりもします。
2019.01.11
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日本人が、フィギュアスケートを認識しはじめたのは昭和47年の札幌オリンピックからでしたね。それまでオリンピックというと夏冬どちらにしても極めて真面目に取り組むものであり、お茶目でコミカルな場面は、観ることができなかったのです。そういう場面を見せてくれたのがアメリカのジャネットリン選手当時18才でした。実力 技量 兼ね備えているのですが、シットスピンでしりもちをついてしまったものの、はにかみ、微笑み、即 次のプレイに流暢に移る。絶句した観衆も視聴者も その愛くるしい強さに魅了されてしまったのでした・・・・プラチナブロンドのショートボブ、五輪に臨むジャネットリンの髪はビダル サスーンがカットしたようですね。スワロフスキーを使わない、タートルネックニットのような カジュアルなコスチュームと、ザックバランなヘヤースタイルに人々は、驚愕したのです。ジャンプの寸前の気合を見せないポーズ、軽やかにふんわり、ルックスとはアンバランスな柔らかさと美しさに溜め息をつかされました。この札幌五輪で、ジャネットリンは、銅メダルを獲得しました。だけれど 金メダルの選手より有名になってしまいました。彼女は、銀盤の妖精だったのです。
2019.01.04
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