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蒸気機関車と言いますが、煙気機関車の方が合いますね。鉄道マニアが愛する機関です。車窓を開けたまま、トンネルに入り抜けると石炭すすで顏が真っ黒になったようですね。シュッシュッ ポッポの シュッシュッは煙を吐く音なのですね。爆煙をふかして通り過ぎますが煙が薄くなると寂しくなったのです。1960年代、日本の男性の82%以上が愛煙家だったのです。大人になったら喫煙するのが義務のようでありタバコをパカパカ吸う事自体が活力剤になる気がし、家の中は煙で充満し地面には吸い殻が敷き詰められ臭いに人々は麻痺してしまっていました。現代嫌煙社会になったのは喜ばしい限りです。近くに浅間山(活火山)があるのですが日本が高度経済成長期に差し掛かる頃ひんぱんに噴火を繰り返していました。その見事な噴煙の豪快さに手を叩き飛び上がって感激したものです。風に乗って灰は飛んできましたが危機感を覚えなかったのは不思議です。昭和30年代、家の屋根から煙突が突き出ているのは当たり前で、朝 昼 晩と煙がモクモクだったり、棚引かせだったり煙の匂いで人々は落ち着き、幸せに包まれたのです。プロパン瓦斯や石油が燃料に変わる以前のことです。山の炭焼き小屋の煙です。煙を出して野焼きすることが禁止になって早20年以上経ちます。焼却炉の廃止もそうですね。不用なものを焼却炉や野焼きでバンバン焼べて処分できた爽快さはもう味わえませんね。Y Z 世代の方はピンと来ないと思いますが煙の何とも言えない芳しい匂いの心地良さってあるのです。静かな大気の中で何処かで誰かが許可を取って野焼きをしていると思わず探ってみたくなるのです。
2023.06.26
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前々回、昭和30年前期の農村は江戸時代末期とさして変わらなかったを図載したのですが、その続きです。洗濯は川でしていたのです。家の井戸で洗い、濯ぎは流れる川の水で大胆に濯いだのでした。お風呂もバケツで川や井戸から水を汲み、焚てたのです。川から汲んだ使い終わった風呂場の湯体を洗ったせっけん湯は再び川に戻すという排水をしていました。それが普通で、まるで自然の成り行きということで、当時の人は何とも思いませんでした。テコの原理を使った天秤棒で担いでいるのは、肥担桶(こえたご)です。農産物の化学肥料は、戦後普及されましたが昭和30年代まで人糞を肥溜めで発酵させ畑に撒いて、うまい野菜をつくっていました。人糞には、窒素 リン カリウム がバランスよく含まれていますが欠点は、臭いと寄生虫だったのですね。畑で捥いだ胡瓜、井戸水で洗いたっぷりの味噌をつけた味覚は忘れられません。日本に環境省が発足したのが1971年それ迄 特にオリンピック以前迄人々は環境を守る 資源を大切にする自分の近辺が清潔ならそれで良くて不用なものは、非所定のゴミ集積場などに放置すればそれでいいという意識で生活していたのです。近年 環境が良くなったのは紛れもない現実ですね。
2023.06.10
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