全3件 (3件中 1-3件目)
1

昨今 設置してある小学校は少なくなってきました。この百葉箱 日本が太平洋戦争に負け理科教育に力を入れるため、文部省が設置を義務化したそうです。だけど1992年から義務ではなくなったので置く小学校が減ってきたのですね。百葉 の意味はと言うと八重の花びらや 牛や羊の胃を指すそうです。壁のヒダヒダは確かに牛の胃に似ていますね。校庭の芝生に静かに正立する真っ白な百葉箱は中に温度計があるとは承知していましたが、やはり謎めいていました。宇宙人が赤い温度計の棒を持って踊り狂うのを想像したのです。林の中に佇む厳かな神社「あの引き戸の内部はどうなっているのだろう?」と いつも想像を巡らせてはいましたが・・・きっとヤマトタケルが静かに坐っているのだと信じ込んでいたのです。現実とは程遠いことを空想できるのが子どもの特権なのです。山の中腹に建っている掘っ建て小屋より1ランク上等な一軒家昭和の中期まで 大工さんでなくても自分の住む家屋を器用に造れた男性沢山在ましたね。土地所有者不明の山の中に平屋を建てて住んでいた男性は、今で言うコミュ障系の方だったのかもしれないですね。勿論 独身です。少年はどんな大人が住んでいるんだろうと目撃の成功を自慢したくて 恐る恐る偵察に行きました。その住人は、案外柔和な表情をしたおじさんだったので 少年は少しがっかりしました。
2025.11.30
コメント(0)

今の時代、女性は他人の前で配偶者を呼称するとき 亭主 と表現する方はいなくなっていますね。亭主の好きな赤烏帽子ということわざ ほぼ昭和までは通用していたのです。烏帽子は黒が普通だけど、赤いのを好む亭主の趣向には従わねばならないそれが一般的な家制度だったのですね。専業主婦の奥さんがほとんどで収入は夫に頼るので夫を立てていたのです。奥さんは主婦専業でいることへの喜びとプライドを持ち備えていたのです。お風呂 最初の一番風呂どの家もお父さんだったのです。だけれど 昭和のお父さん威張って 威厳を自ら主張していた訳ではなくほぼ 奥さんが偶像として創り上げ子どもの躾などにうまく利用していたのです。「お父さんに言うよ」とか・・・威厳を維持するのも、きっと昭和のお父さんは疲れたことでしょうね。
2025.11.17
コメント(0)

女性が太っていることを気にし始めたのは1960年前後からでしょうか。「おねえさん、体重何キロ?」訊かれると答えませんでした。1950年代 日本航空はCAを エアガール と呼称していました。募集条件として身長 158cm以上体重45キログラム容姿端麗英会話可能新高校卒以上などだったようです。エアガールは観られる存在が比重を占めていたのですね。応募は1300人、最終採用は15人のみのようでした。今の時代、大分女性は年令を躊躇することなく答えたりしていますが昭和では秘密にしたい女性が多かったのです。お顔を見れば お年は当てられますけれどね。隠して秘密にしたい願望と共に年令を正直に言ってしまうのは無遠慮で無礼ではないかという 何とも複雑な気持ちがあったのは確かでした。ダイヤモンドにそっくりなキュービックジルコニアが生まれたのは1970年代中頃合成宝石大国ロシアによって製造されたのでした。正確にはソビエト連邦ですけれど・・・その頃 女性は宝石の本物と偽物にすごくこだわりました。と いうより偽物は絶対駄目という認識。だから本物のダイヤでない事をひたすら秘密にしたかったのです。現時代 色んな事においていい意味での開き直りが功を奏して人々の虚栄心や価値観がいい方向に変わってきているのですね。
2025.11.02
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1