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私が「孤独の修行僧」と言われてきた理由はいつでもより苦しい方、苦しい方の道を歩きいつでもより寂しい方、寂しい方の場所を選択してきたから。愛するものを遠ざけて大切なものから逃げ続け自分はいつも人を笑わせるくせに暖かい笑顔を忘れて与えられる「なにか」に背を向けてきたから。「あの頃に戻りたい」と思ったことは一度もない。だけどあの子たちのことは一秒たりとも忘れたことはない。「後悔などしていない」いつでも自信を持って言うけれど自分で自分を騙しているのかどうかもわからない。もうすぐお盆休み。今年は9連休になった。1年半ぶりに娘をつれて田舎に帰るだんだん居場所が少なくなる故郷よりも娘とすごせる時間がなにより待ち遠しい
2005.07.30
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最近の私は、家にいるときと言えばパソコンの前にいるか、ビールを飲んでいるかのどちらかです。そのどちらでも、FMラジオを聴いています。 TVはほとんど見なくなりました。FMラジオを聴くようになったのは、音楽に目覚めた中学生の頃からでした。音楽の趣味や生活環境の変化、時代の流れとともにラジオの聴き方もずいぶん変わって来ました。 まだカセットを持っていなかった中学生の頃、好きなジャンルの曲がかかる番組では1秒たりとも聴き逃さぬように、身を乗り出すようにラジオにかかりっきりになっていました。集中していたので、7分以上ある「HEY JUDE」が2~3分に思えたものです。 高校生の頃は、決まった番組にリクエストはがきを送るようになりました。NHK-FMローカル局のリクエスト番組で、何度かリクエスト曲がかかったことがあります。どうしてもそのリクエスト曲を聴きたかったわけではなく、かけてもらえそうな曲をリクエストして、DJに私のはがきを読んでもらうのが目的だったようなものでした。 大学生の頃はFM雑誌を毎号買って、目の色変えるようにして「エアチェック」に明け暮れていました。3回生の頃にレンタル屋が出来たのですが、店舗数や置いてるレコードの数からも、まだまだ今ほど「重宝」するものでもありませんでした。ですから当時は、イントロにかぶせて曲紹介をしたり、前触れなく突然曲をかけるDJは嫌いでした。ところが最近のDJは、曲に合わせて歌ったり叫んだり楽しそうです。ちょっとしたエピソードや曲紹介をイントロの間にしゃべり、歌の部分が始まる直前に話し終えるようなそんな小粋な演出は、今やDJの基本的テクなのだそうです。 好きな曲がかかるのを待ち続けたり、カセットデッキの録音ボタンに指をかけて集中していた頃と違い、聴く方の私も番組そのものを楽しんでいます。気になる曲があれば、放送局のサイトを見ればオンエアされた曲が紹介されています。 先月から何度か、FM局のHPからリクエストをしてみました。結局リクエスト曲がかかったり、私の書き込みが番組で紹介されることはありませんでしたが、わくわくしながら番組を楽しむことができました。6時間におよぶイカレタDJの番組を聴きながら、ちょっぴり若い頃の「わくわく」を思い出していました。 リクエストがかからなかったことは残念だったとは思いませんが、ちょっと困ったことになりました。リクエスト曲を考えていて、昔聞き逃した曲やもう一度聴きたい曲がたくさん出てきたのです。レンタル屋さんを回ったり、図書館(近所の図書館には古いアーティストのCDがたくさんあるのです)で探してみましたが見つかりません。 ストーリーズの「ブラザー・ルイ」、マーティ・バリン、バックマン・ターナー・オーバー・ドライブの曲がどうしても聴きたくなったのです。・・・って、ここで問いかけてみてもどうにかなるもんじゃないですよね。
2005.07.24
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ちょっと反省しています。昨夜飲み過ぎたからではありません。日記用テンプレートを見つけて、年がいもなくはしゃいでしまいました。同じ日の朝に書いた、私としては渾身の日記を自分で台無しにしてしまったみたいです(-_-;)。ここへ来る度に、TOPでハートがドキドキしてるのを見てたら、なんだか血圧が上がったみたいで目眩がするのです。こんなことしてるところを見た「お久しぶり」さんが『うわぁ~、Pさんがいるぅ』みたいなコメントをくれました。私のいめーじって・・・、おふざけなのねん(T_T)今日からまじめに生きます。私は「詩人」デス・キッパリ(でも、ここには書け書きません)神と神社を身近なものとして紹介する「広報係」になります。息抜きする場合は、別のHNを使います(反省しとらん・しかもここの画像って寺じゃん)
2005.07.20
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なんだかお昼頃からすごくアクセスが増えてビックリよくよく考えてみたら、さっきの「日記」のタイトルのせいかも・爆。みなさん、えっちな誘惑には弱いのでしょうね。期待ハズレですみませんでした。(小犬のロンさんの足跡もしっかりついてましたが無言で立ち去られていますきっと「しまったぁ~」と思っておられることでしょう)今朝、ちょっと辛辣な日記を書いたあとなのに「ふにゃふにゃ」な投稿が続きます。自分でも「同じ人が書いたものなの?」って思います。でも、ちょっとこの日記。らぶり~んな感じでしょ?・・・やめときゃよかったかな・・・ふざけるのは性分だから仕方ありません・・・_| ̄|○ ま、いーーか。あいして まぁーす。 蓮4044
2005.07.16
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なぬなぬ、これってちゃんと 書けてるのかな?ぶはははいいもの 見つけたぜい蓮4044
2005.07.16
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北摂のとある山に鎮座する古社。京都の北野天満宮と肩を並べる「天満古社」だそうです。境内摂社の「野身神社」は式内社(平安時代に作成された延喜式神名帳に掲載されている神社)です。従って、元々はこの付近を統治していたとされる土師氏系の氏族の祖、「野身宿禰命(のみのすくねのみこと)」を祀る野身神社の方が正殿だったのかも知れません。野身宿禰命は、現在の本殿にも祀られています。菅原道真公も土師氏系の出身です。御祭神は 武日照命、野身宿禰命、そして菅原道真命。境内に2基の古墳があり、付近には弥生時代の集落跡や銅鐸が発掘された遺跡もあります。初めてここを訪れたのは、そろそろ新緑が薫る早春でした。歴史の重みを感じるような長い坂の参道を上る途中、花のいい香りに癒されたのを覚えています。麓にはここの神職の理想を書いた看板があり、どんな神社なのかすごく期待しました。本殿はすべて境内で調達した竹材で建てられた、とても珍しいもの。境内の竹林育成の長期計画を書いた看板があり、関係者のユニークさと意気込みを感じます。 しかし境内を歩くうちに、私は感心ばかりしていられない気分になりました。本殿には防犯カメラ。これはよくある光景です。しかし賽銭箱には「防犯センサー」の告知。摂社にもセキュリティーシステムのステッカーや、防犯センサー設置の注意書きがあります。多少「心得」のある人なら、これらの内「機能しているもの」と「機能していないもの」の区別がつきます。 それらの防犯システムは、境内に建てられたどでかい風力発電装置で作動させているそうです。この画像は6月中旬に撮ったものです。まだ緑の少ない早春にはこの装置、とても目立っていました。銀色の鉄柱は周囲の景観にそぐわない、ものものしい化け物のように見えました。境内で使用する電力を、風力発電で賄う理想には賛成です。しかし、これだけの知恵とパワーとお金があるならば、もっと他のことが出来たのではないでしょうか。こういった意気込みには敬意を表しますが、ふと首を傾げたくなるのは私だけでしょうか・・・。 ☆ ☆ ☆社務所の裏の壁面に掲げられた看板によると、竹で造られた本殿は平成14年に完成したそうです。元の本殿は、平成8年に焼失したのです。出火原因は「賽銭どろぼうの少年たちによる放火」だったそうです。よほど腹に据えかねた結果なのか、あちこちに防犯対策の「警告」が掲げられていました。しかし神社側が言う「防犯システム」は、私には気休めのおもちゃに見えてしまいました。こんな対策を行ったのは、神職の意志なのか氏子さんたち関係者のそれなのかはわかりません。大切な本殿を理不尽な理由で失った、神職をはじめ関係者の方々の心痛を思えば、私のような部外者が軽々しく意見することではありません。しかし、神社側のこのようなこれ見よがしの対策は、私の目には神社に放火する大バカ者の存在と同じくらいに悲しい光景に映ったのです。真新しいセキュリティーシステムと、緑の中に立つ風力発電の銀色に光る鉄塔。しかし荒れた境内、埃にまみれ落ち葉が吹き込んだ摂社。やはり悲しい光景です。古くても小さくても大切にされたお社、掃き清められた境内。そういった神社をいくつも見てきました。それらの神社は、お社や祀られている神々、ご由緒や社格に関係なく、とても清々しくて神聖です。そんな神聖で凛とした場所にすれば、最新のサキュリティーシステムよりも効果があるような気がします。少し前の朝刊には、滋賀県で起きた「狛犬どろぼう」事件の記事が載っていました。バチ当たりなお話です。路地裏や街角に描かれた小さな鳥居の絵も、効果のない世の中になってしまっているのでしょうか。 本殿と対峙するように立つ「野身神社」は式内社。古墳の上に鎮座しています。ここもこれ見よがしの錠前による施錠が目を引きます。汚れたお社、錆びた賽銭箱、最後に清掃したのは一体いつだったのでしょうか。機械による竹林育成やセキュリティーシステム、風力発電装置よりも、大切なことが忘れられているような気がするのです。このような写真を撮影することは、全然楽しくありません。投稿しようかどうか迷いましたが、過去にも2回荒れた「天神宮」について書いています。菅公さまからのメッセージだと思うことにして、今回は神社名を伏せて紹介することにしました。いつかまた、ここを再訪したときは、掃き清められた神聖な場所になっていることを祈ります。
2005.07.16
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昨年自転車で転んでから、カーブが怖い。自転車で狭いところを走っていると、私の後ろが渋滞する。「わが道を行く」という面して平気なフリをするが、内心はとっても焦ってたり、恐縮してる。心理学者に「勇敢な詩人」と言われたことがあるが、別のセラピストからは「宇宙一の弱虫」とも言われた。「勇敢な詩人」で「宇宙一の弱虫」ということは、一人でペンを持つ時は立派なことが言えても外で何かに面と向かうと、からきし駄目な臆病者ということか…そう言えば他にも「怖い」ものがたくさんある。静電気が怖い。だから金属のドアノブを握るのに勇気がいる。車にもかっこよく乗れない。へっぴり腰でおっかなびっくりドアを開けるからだ。最近は弾かなくなったが、ギターのチューニングに時間がかかる。弦が切れた時の「バンッ」という音が怖いので、できるだけ体からギターを離してペグを巻くからだ。線路の下をくぐる道が怖い。私が通る時に、必ず上を電車が走るから。頭が付いた、うなぎの蒲焼が怖い。うっかり口に入れると倒れそうになる。対人関係でもきっと、内弁慶の臆病者なのだろう。からだを大きくし、筋肉の棘を立てて「見せかけ」だけで自分を防衛している。友人たちには、いつも難問を浴びせかけて、100点満点の回答を求め続けて「友情の証」を確認してる。何でもないことに嫉妬して、「愛情の証」を要求する。取り残される恐怖から、ただの「やきもち」で傷ついたフリしてる。 ☆ ☆ ☆そんな「クソ」みたいな自分の中を見てみると、弟が出来てから、両親の愛情を独り占めできなくなって途方にくれる子供のまま成長していない自分がいます。だから寂しがり屋で独占欲が強いのでしょう。寂しがり屋だけど弱虫だから「僕と遊んで」「僕と友達になって」が、今でもなかなか言えません(なのにナンデ2回も結婚したのか謎)。考えてみると、きもち悪いオッサンです。寂しがり屋も永年やっていると、ひとりぼっちが平気になったりします。昔っから「孤独の修行僧」って言われるその理由は「いつも寂しい方、寂しい方の道を行き いつも苦しい方、苦しい方のやり方を選択する」から。なのに「孤独の修行僧」って、ストイックで山伏や求道者みたいです。だから、そんなキャッチフレーズが気に入っていまだに「孤独を愛してる」ってうそぶいてます。以前、私の周囲に「セラピスト」「ヒーラー」やその卵が大勢いた時期があります。そんな「おせっかい」な連中(私もその一人だったのでしょうが)が、なんとか私を癒そうとしましたが、私はことごとく彼らをはねつけてきました。「人の心配する前に、てめぇーの心配しろってば」「あんたが何言っても説得力ねえよ。あんたが『成功してお金も時間もたっぷり持ってて、セックスもいっぱいしてる人』なら、話を聞いてやる」などと毒を吐き、諸手突きで時折反則ワザも使いながら、彼らを土俵の外に押出してきました。なんでこんな気持ち悪い独り言を書いてるかって言うと、たぶん先日届いてた、あるニューエイジ系の会社のパンフを見たせいでしょう。唯一私を「ふにゃふにゃ」にした抵抗しがたい魅力を持つ心理学者は、今でも世界中の人々を癒しているようです。精神世界系のサイトや書店のその手のコーナーで、時々知ってる名前を見ますが、あの頃の「卵」たちは今、どこで何してるのでしょう。『成功してお金も時間もたっぷり持ってて、セックスもいっぱいしてる人』になっているでしょうか?彼らより私が先に『成功してお金も時間もたっぷり持ってて、セックスもいっぱいしてる人』になってやろうと思ってました。そうなるには、まだまだ時間がかかりそうです。でも、グズグズしていると、持てる環境を手に入れても「身体がついて行けなくなる分野」が少し心配になってきました・笑。ところでここもやっと、こ~んなこと が出来るようになりましたね。
2005.07.14
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やっとこさネコだか人間だか解らない(だって会ったことないし・・・最初に見たプロフの画像がトラネコだったから)、とらさんから回答がありました。とら's HP 楽園の花の、「戯言日記」に書かれています。しかし、はっきり言ってわけわかりません・笑。よかったら、遊びに行ってあげて下さい。体調不良のため、火曜から実家に帰るそうですけど・・・。ホレはしないけど、いいヤツなんです。
2005.07.10
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前夜から降り続いた梅雨のかかりの雨も、この神社では「歓迎の雨」と思いたくなるのです(参拝日は6/10)。拝殿には自由に上がらせていただけるので、雨の日の参拝も苦になりません。拝殿から本殿に向かって、屋根付きの階段が続いています。(一般参拝者は本殿に上がることは出来ません)ほぎさんのホームページで、丹生川上神社下社のことを初めて知ったのです。今やほぎさん御一家御用達の神社となっているそうですが、あの記事を読んだときの感想は、「どんな神社か知らないけれど、天河神社へ行くことを止めてここで途中下車するなんて、信じられない。もったいないなあ」というものでした。最近はエラそうに神社の記事を書いている私ですが、本格的に神社参拝を始めたのは昨年の初秋からなのです。 ここの記事をちゃんと書く前に「魂の写真」と騒いで、ご神木の画像を先に紹介していました。この拝殿から本殿を見上げる画像に写っているものも、「それ」かどうかはわかりません。興醒めな説明になりますが、他には写っていないもの、別の場所に写っているものもあるので、レンズに付いた水滴ではあり得ません。ここは拝殿内なので雨が写ったものでもありません。同様のものは丹生川上神社下社で撮った写真の一部と、あとでご紹介する天河神社・拝殿での画像だけで写っています。考えられるとしたら、フラッシュの近くにあったホコリが写ったものと言えるかも知れません。だとすれば、もっといろいろな場所で写っていてもいいと思うのです。私は単純に「ありがたいこと」として、喜んでいます。「コワぁ~イ」と思う方もいらっしゃるかも知れませんが、私はその手の事象とは無縁なのです。 拝殿横にある「御神水」です。水好きの私は、一瞬大喜びしましたがここのお水は飲めませんでした。ポンプの鉄サビのニオイがひどかったのです。しばらく出し続ければニオイも消えるのかも知れませんが、御神水を無駄にタレ流すわけにはいきません。ここは天河神社の拝殿です。見えにくいかも知れませんが、トップの画像以外の3枚全てにオーブが写っています。 ☆境内へ
2005.07.10
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職場で隣の席に座っている人は大分県の出身です。その人は宇佐市の出身だったので、しばし宇佐八幡の話題で盛り上がりました。宇佐八幡は、未訪問の神社の中で、行ってみたい神社の筆頭です。全国に44000社はあると言われる「八幡宮」の総本社です。全国にあるコンビニと同じくらいか、それ以上の数ということになります。今度どこかを歩く時、八幡宮とコンビニの数を数えて比べてみてください。その規模、社格などからも是非参拝したい神社なのですが、古代史の興味からも注目している神社です。奈良時代の終わり、称徳女帝の時代に僧・弓削道鏡を天皇にしようとする問題が起きました。皇室以外の人物を天皇にしてよいものか、宇佐八幡でその是非を問い、ご神託を受けることになったのです。遣わされたのは和気清麻呂(わけのきよまろ)。「臣下は天皇になることは出来ない」との託宣を持ち帰った彼は、怒った称徳女帝から「和気汚麻呂(わけのきたなまろ)め」とののしられて遠流に処せられました。このような天皇家の大問題の解決に、なぜ「宇佐」が選ばれたのかという疑問が湧きます。神(=天皇の祖先)からの重要なご神託を受けるのが伊勢ではなくて、なぜ宇佐でだったのか。やはり日本書紀・古事記に「神武の東征」とあるように、天皇家は九州から大和に移ったのでしょうか。従って当時の天皇家にとって宇佐は「墓地」で、伊勢は「仏壇」のような存在だったと言う論者もいます。ただしこの事件には諸説あり、1.「道鏡天皇推挙説」は、道鏡の弟がいた太宰府から「宇佐八幡」のご神託として流された噂だった。2.八幡神は託宣をよくする神であったから。などとも言われ、宇佐と天皇家の出自は無関係としています。どちらにしても、大和から遠く離れた「宇佐」の地は、古くから天皇家にとって重要な場所だったようです。御祭神は応神天皇、神功皇后、比売大神(ひめのおおかみ)比売大神は「宗像三女神」とされていますが、「卑弥呼」だとする説もあります。実は私もそう思ってます。宇佐八幡の下を掘れば、きっと卑弥呼の棺が出てくると想像して楽しんでいます。ちなみに「宇佐八幡」は通称名。正式には「宇佐神宮」といいます。外国人観光客用の看板にはどう書いてあるのでしょうか?前述の職場の同僚は、宇佐高校の出身だそうです。体操服のゼッケンには「USA」と書いてあったそうです。では宇佐神宮の英語看板は「USA SHRINE」お、「アメリカ神宮」※戎神社は「Shrimps Shrine」なんてことは・・・ないですよね。
2005.07.09
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ミュージックバトン 次に渡す方々のご指名をさせていただきます。 次の人に渡す渡さないは、自由だと思います。 ご負担にならぬよう、楽しんでください。 私はみなさんの回答が楽しみです。 1.みおろらさん ほぎ大姉御からのバトンですからねん♪ 2.さくらさん なんだか、みんなさくらさんの登場が楽しみみたいですよ。 書く場所は、あっちでもこっちでもOK。 私んとこ使っていただいてもいいです。 3.とらさん とらネコとらさん「プチごぶ」だニャー、ここのBlog Petに なりたくなかったら、受け取るよーに。書いた場所も連絡し てちょ。 4.香月胡衣どの ははは・・・娘です。 ときどきHP覗いてますが、もちろん父親とは名乗らずに参 上しています。本人は気づいてますけど。 5.背味孝太郎ご夫妻 どこにいるんですか?
2005.07.08
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ついに回って来ました。「不幸の手紙」みたいだ、と言う人もいますが音楽好きなら楽しめますね。ほぎさんから回って来たんだからね。次は「あなた」ですからね。「blog持ってないもん」と言うあなたも安心してちゃいけません。「弟子」なら「師匠」の言うことは、聞くものです。無言で立ち去っても「足跡」つけちゃったら覚悟してください。あっちにアップしました。
2005.07.07
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ドクダミは健康にいいそうです。昔からドクダミ茶は「十薬」と言われたり、「お通じ」にいいと言われているそうです。でも「クサイ」でしょ?・・・爆ドクダミを触った指を鼻先に持って来るのは自殺行為でしょ?特に「生」のドクダミのニオイは、像をも倒す劇薬だっしょ?犯罪に使えますよね?ところが ところがいい「香り」だと言う人が身近にいるのですよ。とっても素敵ないい人たちなのに、ドクダミがいいニオイなんですって。お風呂に入れて美白効果。美白効果はいいけど、クサイでしょ?化粧水にしようとまでおっしゃってます。5m以内に人が寄って来ないのではないですか?私が「ヘン」なのですか?みなさんの ご意見を お聞かせ下さい。好きになろうと 努力はしてみようと思います・笑。
2005.07.06
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コメントをいただく方々から、時々私が撮影した写真にお褒めの言葉をいただきます。デジカメ歴3ヶ月足らずですし、私はただシャッターボタンを押しているだけなので褒められると恐縮します。しかし、ただひとつだけ神社撮影の際に「こだわり」を持っています。「ここだ」と思った場所でカメラをかまえたら、参拝者が視野から消えるまで待ち続けることです。犬や猫でさえ写したくありません。画像からはわからないこうした「頑ななこだわり」は、現場ではしばしば自分でもあきれるほどの忍耐力を必要とします・笑。ここ「籠神社(このじんじゃ)」は神社のご由緒よりも、天橋立のおかげで多くの参拝者で賑わっています。駐車場には多くの県外ナンバー車と観光バス。狭い境内は、信仰の場というよりは観光地です。決して静かだったとは言えません。大江町の外宮・豊受神社と内宮・皇大神社の神聖さに圧倒された私は、ここの駐車場に車を入れた瞬間に「観光地化した」籠神社にいささか失望を覚えたのでした。手水舎で「身を清める」のではなく、「のどを潤す」観光客。アルコールが入ったとおぼしき顔した団体客たち。境内の写真を撮ることは諦めようかと思いました。しかし、私が神門をくぐった瞬間にほんの数秒間、視界から「観光客」や「参拝者」が消えたのです。この日朝食後に突然ひらめいて、無謀にも遙々籠神社までやって来ました。この「数秒間の静寂」のおかげで、報われたようで感激(&感謝)しました。今回詳細説明は省かせていただきますが、歴史的に見ても社格からしても、丹波の元伊勢として記録されている「吉佐宮(よさのみや)」は籠神社であろうと思います。時間の関係で奥宮・真名井神社に行くことは出来ませんでした。次回は是非、人の少ない早朝に参拝し、奥宮までも足を伸ばしたいと思います。
2005.07.05
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もうひとつのサイトで、Blog Petを飼い始めました。昨年後半から、あちこちのサイトで見かけるようになったblogパーツのひとつです。ペットを飼うのは小学生の頃以来のことです。実生活ではペットを飼うつもりがないので、そういったblogパーツには興味はありませんでした。しかしあんまり周りが楽しそうなので、ちょっと試しに貼り付けてみたら・・・。ハマってしまいました。ただのアクセサリーかと思っていたのですが、飼い主の記事が反映されながら「言葉」を覚えて行くのです。私のPetである子猫の「弁財天」は、クリックして呼ぶといろんな言葉をしゃべります。「神社」「伊勢ー」「大祓?」などなど。まぎれもなく、私の子です。みなさん、自分なりに調教しようとあれこれ実験しています。覚えさせたい言葉を連発した記事を書くので、そこら中のblogがとんでもないことになっています。私のblogでも、真言を覚えさせるために2~3行毎に「オン ソラソバテイエイ ソワカ 」を連呼しました。関西どっとコムの一部では今、とんでもないことになっています・爆。
2005.07.03
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境内の紹介です。なんだか前置きなしの記事ですが別のblog に続いてご覧いただければと思います。 山道の参道を猛暑の中に歩くことには賛同できません。この日の丹後や丹波地方は、体温を超える気温も記録されたようです。豊受神社と同様、鳥居は「黒木鳥居」、そして本殿も茅葺き屋根です。実際に見た印象は全く違っていたのですが、こうして画像を見てみると外宮と同じような雰囲気を感じます。神宮にならった形式なのでしょうか、三方を末社で囲む境内も外宮・豊受神社と同じです。このあと北へ宮津へと向かう予定でしたが、昨年の台風被害のため府道は通行止めでした。175号線へと戻る途中に見えたのが「日室山」(日室ケ岳・城山)でした。「ピラミッドみたいだなあ」などと、ちらっと思ったのですが、リサーチ不足でした。このあたりの神域の象徴でもある「神奈備」だったのです。
2005.07.02
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