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今日の情熱大陸は良かったです。チーズの事を貪欲に調べ尽くしまた、すべての製作工程に関わり芸術のようなカマンベールチーズを創り上げる。購入したくても予約待ちの状況らしいとのこと。天国的な美味しさなのでしょう。印象的だったのが、物凄く真剣に創っている姿です。物凄く集中しているのです。僕は、人は誰しもが集中力を持っていると思います。それは、誰しもが潜在的に持っている能力のように思われるからなのです。そして、その能力を眠らせたままでいる状態を物凄く歯がゆく思うのです。今日は宮沢賢治の詩を載せてみたいと思います。すべての才や力や材というものはひとにとどまるものではないひとさへひとにとどまらぬおまへのいまのちからがにぶりきれいな音と正しい調子とその明るさを失ってふたたび回復できないならばおれはおまへをもう見ないなぜならおれはすこしぐらいの仕事ができてそいつに腰かけてるやうなそんな多数をいやにおもふのだみんなが町で暮らしたり一日あそんでいるときにおまへはひとりであの石原の草を刈るそのさびしさでおまへは音をつくるのだ多くの侮辱や窮乏のそれらを噛んで歌ふのだちからのかぎりそらいっぱいの光でできたパイプオルガンを弾くがいい
Jun 26, 2005
理念とシステムのどちらが重要かというと僕は理念だと考えています。お客様はシステムの中にひそむ理念をしっかりと見定めて、来て頂いていると思うからです。僕の塾の理念はチョットだけ抽象的でそして、かなりカッコつけてベートーベンの第九の歓喜の詩にしています。この地上で………真に私のものと言える………たったひとつのたましいを勝ち得たものは、集い……歓喜の歌を歌う資格がある出来なかった者は泣きながら我等の集いから立ち去れ………ここでいう たましい とは志や信念、または才能や能力を意味します。僕は困難に出合うときこの詩を頭の中で復唱するようにしています。そうすると、決断がしやすくなるのです。システムは理念にあわなければ、変わっていっても良いと考えています。ただ、理念はそう簡単に変えたくはないのです。システムとか、経営すらもぜーんぶ乗っけれるものでありたいと願っています。
Jun 25, 2005
数学のトリビアです。トリビア風に読んでください。では、いきます…「すべての 2次関数は たがいに 相似形である」
Jun 25, 2005
前の塾は5年間勤めました。でも最後の年は、本当にこれで最後にしようと思いました。前の塾は講師の入れ替わりが、激しいところだったので僕はたった5年目でかなりの古株だった。最後に組んだのはT先生という職人気質の講師だった。彼は職人でした。内に秘める闘志を感じる、職人のテクニックをもったプロでした。その卓越した技術は、システムの出来上がった大手にこそふさわしく、まさに強者の戦略のなかでこそその価値を発揮できる人物でした。僕はいつまでたっても泥くささの抜けない授業だった。一斉授業にストレスを感じていました。T先生は絶対に感じていない違和感です。僕は僕のやり方の模索をしていました。実は3年目から4年目の間に、実験をしていた。出来る子はドンドンさせる。出来ない子はジックリさせる。同じ時間に全く違う進捗。そういう指導だった。それも…中3でそれをやったのです。結果は成功しました。成功の要因は生徒自身が何を克服したいのか明確なヴィジョンがあったからです。僕はそのアシストにまわったらいい。この経験が僕を起業にむけての自信につながりました。
Jun 23, 2005
今日もテスト対策でした。中2は人体でした。循環のところです。やっぱりY先生のコピーができる。少し試験範囲にあわせたカンジに仕上げて。やっぱりおもしろかった。その授業をした後、学べたことがあります。教師の伝えたいという気持ちの大切さです。「こうすれば分かるよね!」「ポイントはやっぱりここなんだよね!」すべてが、生徒に向けられた熱意そのものです。あのときY先生がしてくれた授業は間違いなく僕が少しでも上手くなれるようにそういう気持ちが込められていた。だから僕も生徒を尊重する。その上で熱意ある指導をしていきたい。
Jun 21, 2005
今は試験対策週間です。みんな試験にむけて頑張っています。試験は点数を競いあうものです。僕は競い合うことは大切だと思います。競い合うことは、何も人間だけでなく、他の生き物たちもしているからです。みんな自分の置かれたフィールドで戦っている。戦うときは一生懸命戦いたい。正々堂々と。みんな努力しているから、本気でやらないと勝てない。シマウマを襲うライオンもライオンから逃げるシマウマもその戦い方が違っても、みんなみんな一生懸命。
Jun 20, 2005
開講前の教室で僕はひとり、生徒用のイスを組み立てていました。3月はじめのまだ寒い夜でした。チラシもまだ撒いてなくて、生徒はもちろん0でした。実績も0信用も0経営も0なにもかも0からのスタートでした。そのうえ、貯金はみるみる減っていくので僕は不安で一杯でした。それでも僕は…起業して後悔はしていなかった。生徒は0でも自己実現したからです。僕の夢がかなったからなんです。
Jun 18, 2005
僕は一年目理科の授業が下手くそだった。しかも、今までの人生で面白い!と思える理科の授業に出合ったことがなかった。だから、どんな授業をすればいいのか分からなかったのだ。悩んでいるとき、Y先生が人体のところを模擬授業してくれた。生物は覚えることが多いが、彼の授業は、それらを覚えさせるために十分な面白いネタがちりばめられていた。しかも、ポイントの優先順位がはっきりしていて記憶に残る授業であった。現に、今でも僕は彼の授業をコピーしてやってのける自信すらある。彼の授業の本質は伝えたいポイントだけは徹底的に掘り下げそこだけは生徒の記憶に残したい考えさせたいそういう願いがこめられている。よって、彼の授業を受けた者は理科の世界に興味が芽生え、いつのまにか好きになる可能性が大きい。理科が今では好きな教科のひとつであることからそれは証明されているのである。
Jun 17, 2005
大学を卒業して大阪の塾に社員として勤めることになった。3月から勤めだしたから、ゼミ発表してすぐに入社というカンジだった。週の前半と後半でそれぞれ2教室が僕の仕事場になった。初日の授業は中3の一番上のクラスの数学だった。はじめての黒板だった。生徒は確か17名くらいはいたと思う。一斉授業のシミュレーションができていなかったので結果は惨敗。ありがたいクレームを直接本部に頂いた。それからというもの苦悩の日々が続いた。研修のない会社のあり方に腹が立った。同時に力なき自分にもっと腹が立った。そんなとき、僕を救ったのが、Y先生とI先生である。彼らは、プロだった。事実、彼らが組んでやっている教室は生徒数、成績とも躍進していた。色々な問題に対して、独自の持論による論理武装ができていた。何が正しくて、何が間違っているのか何が真実で、何が詐欺なのか彼らは、僕に論理的に説明してくれた。それらはすべて的を得ていて、たまらなく刺激的だった。当然、僕は会社の中でも、一番下っ端の下っ端の地位になっていたわけだが。彼らの考えに触れていかないと、絶対にダメになる…。そんな予感がしていた。
Jun 17, 2005
僕が前の塾で3年目のとき1年間、組んだ英語先生の言葉を思い出しました。canの書き換えでbe able to にする教え方で~することができる と教えるのではなくてable は能力があるという意味でたとえばI am able to play baseball.の場合I am able /to play baseball.で切ってわたしは能力がある、野球をすることはねと英文を解釈するというのだ。日本語としては固いというか違和感があるような気がするけれど英語という言葉の本質が隠されている感じがして心底驚いた。英語というのは主語、述語が真っ先に来て、そのあとに修飾語が添えられるという本質がその解釈にあるのだ。be able to ~ を構文としてとらえると一般性や普遍性が失われてしまう。つまり、英語の本質が表現されていない。素晴らしい講師と出会えたことに感謝します。僕はその取り組み方で英語と向き合っていきます。
Jun 16, 2005
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